-- 蒼い月の秘密 --

TOP | BACK | NEXT

 
 
19.リストラ対象

 

 平井中佐配下の『班室』へ配属されて、一日目。いきなり屈辱的な指令を告げられる。

「――見ての通りの任務となる。テストパイロット二名、『主機』はクライトン大尉、『予備機』に鈴木大尉。主なデーターはクライトン機で取る……という段取りになっている」

 室長である平井中佐の淡々とした任務辞令、そして手渡された『テストマニュアル』に掲載された『スタッフ』の欄を見て、英太は絶句していた。

 フレディが『主機』になるのは、まあ……仕方がないとしよう? なんと言っても、英太はこの班室に配属されるまでの道のりで、ホワイトを乗りこなすのがせいいっぱいで、この隣の同世代の男になにひとつ勝ることが出来なかったのだから。その上、『中尉』だった彼が、ミセスと約束したとおり、この航行任務に合わせ『大尉』に昇進した。つまり英太と同ラインに立ち、尚かつ、一歩前に出ることができたのだ。
 だがそれでも『俺のこの予備ってなんだ!?』と驚愕した。同じ扱いのテストパイロットではないのかと。

「あの、平井中佐」
「――『予備は予備』だ」

 質問する前に、『これが聞きたいのか』とばかりに察知され、しかもきっぱりと切り捨てられた。
 その平井中佐の冷たい顔。流石、あの冷徹なミセス准将と同期でチームメイトだった男だと思わされる。

 しかも振り向けば、隣のフレディも含め、皆、平井中佐と同じような冷めた顔をしてる。
 こちらの室長とのやりとりを気にしている者は誰もない。英太より年上の、三十代の男達ばかり。英太が一番若いらしい。フレディは少し年上。でも隣の男も、他の兄貴先輩達と同じ顔。そして、なによりもここの室長でキャプテンである中佐が冷めた顔。『ホワイト』という白い機体に乗っている男達は、つまり『雪の男達』のよう、ひんやりとしていた……。

 その冷たい男筆頭である平井中佐がさらに付け加えた。

「予備でもデーターは取る。だが主に採取するのはフレディの――」
「では、自分は何の為に空母艦に搭乗するのですか。スクランブルに備えるわけでもなく、データーを取るわけでもなく!」
「全てはミセスのお考えだ。不満なら……」

 またお決まりの文句を言う上官がここに現れたな――と、英太は憤る。懇々としたありきたりな説教が始まる前に、持っていたマニュアルを握りしめ英太は言い放つ。

「わかりました。ミセスのところに行ってきます」

 そう言うと、フレディが驚いた顔。それだけではなく、デスクに控えている先輩達もこちらに視線を集めたのが解った。
 だが、平井中佐はまだ淡々とした様子で、動じてはいない。

「そうか。行きたいなら行ってこい。どうせ、テッドに追い払われて終わるだろうがね」
「では、工学科の御園大佐のところに行きます。テストのデーターは、ミセスより大佐が最後には管理するわけですから」

 そこでやっと、平井中佐が驚いた顔をした。しかし一時して呆れた溜め息をこぼした。
 ここでどんなに引き留められても、俺は行くぞ! と、訴える眼差しを彼に突きつける。彼は怯むことなく受け止めてくれたが、今にも英太を説教しそうな強面に変化した。
 来るぞ、来るぞ。この班室に来て『ここの上官と第一回戦』の開始だ。英太は構えたのだが……。

「そうしたいなら、そっちの方が良いだろうな。解った」

 怒鳴られるか説教をされると構えていたのに、静かな男がやったのは傍にある内線電話を手にしたことだった。

「お疲れ様です。空部第一飛行隊の平井です。ええ、お久しぶりですね。お元気ですか。大事な時期でしょうから、無理せずにご自愛下さいね。実はですね、今からそちらにうちの『鈴木』がお伺いしたいことがあるとかで――」

 何処かにコンタクトしている目の前の中佐を見て、英太は『な、なにをする気なのか』とこちらが落ち着かなくなってきた。
 彼が静かに受話器を置いた。

「今、科長室には吉田大尉しかいならしく、御園大佐は留守だそうだ。航行前のデーター整理で、チェンジ演習室にいるらしいから、そちらへ行ってくれ」

 ――な、なんと。英太が行きたいと言い放った『工学科科長室』に連絡していた!

「……行ってきても、よろしいのですか」
「鈴木が『行く』と言ったのだろう? 違うのか?」
「い、いえ。自分が……そう言いました」
「だから行ってくれば良いだろうと言っているんだ。以上」

 それだけ言うと、平井中佐は室長の椅子に座ってしまった。
 隣から呆れた溜め息だけこぼしたフレディは、無言で自分の席に帰った。彼が席に座ると、他の先輩達も静かに事務作業に戻ってしまう。

 あれ。なんか、なんか、予想と違う? なんか今までの先輩達とは違う? あれ、上官の平井中佐も今までの上官とは違う?
 これが『ミセス』に染められた男達? そう考えればしっくりのような、しっくりしないような。なんとも奇妙な空気の部署に置かれたと英太は思った。

「で、では。行って参ります」
「昼までには帰って来いよ」

 昼までって!
 今はまだ始業したばかりの朝だった。そんなに長くここを留守にしていいのか? と、英太はまた唖然とさせられる。

 それとも俺って本当に必要とされてないわけ?
 らしくなく、英太はそんな不安を抱いてしまった。

 すごい『拍子抜け』したまま、英太はふらりと一人、チェンジ演習室を目指した。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 教育隊、つまり工学科がある『六中隊棟』へと英太は向かう。
 昨日、卒業したばかりだというのに、早速『古巣』に帰ってきてしまった気分だった。
 一階へ下り、シミュレーション『チェンジ』の屋内演習室の入り口へと向かう。

 そこは、空部隊大佐以上の上官の許可がなくては入れないとても厳重なセキュリティを施している場所だった。
 そこへ向かい、会いたい人物とどうコンタクトを取ればよいかと思いついた時、出かけようとしていた英太の背に『インターホンがあるから、そこから室内にいる人間を呼べばいい』と平井中佐が教えてくれた。
 ――ということは、次第によっては中で仕事をしている大佐に『くだらない用事でくるな、帰れ』と一蹴される可能性もあるというわけだ。
 顔も見せてくれない状態で追い返されるのは、なおさらに悔しい思いを抱くだろう。

(待ち伏せるか?)

 それで『昼までに帰ってこい』と平井中佐が言ったのだろうかと思ってしまった。

 いつものように直線で向かっても、あの大佐には上手くかわされることは、直々に研修してもらっている間にだいぶ身に染みている英太。あのミセス准将を手玉に取る男だ。直ぐにインターホンを押して『俺の話を聞いて下さい』と言っても、あの『上手なおっさん』に一撃されるのは目に見えている……。英太は考えた。

 暫く、チェンジ演習室に向かう手前の棟舎内通路でうろうろ。
 そんなことをしているうちに、厳重で重厚な自動ドアが開いた。英太はさっと傍の曲がり角の壁際に身を隠した。
 出てきたのは工学科科長室の若い隊員が二人。――『では、御園大佐。先に帰っていますね』という声が聞こえた。彼等がこちらに向かってきたので、英太は工学科の彼等と鉢合わせをしない通路の角へと密かに移動し、さらに身を潜める。

「時間がないな。急いでまとめないと……」
「宇佐美の佐々木女史に、うちの大佐がまた文句を言われるぞ」
「大佐も大変だよな」
「慣れているんだろ。ああいう女性達を相手にしている毎日だぜ。俺なら、ウンザリだ」

 彼等はそんなことを囁き合いながら英太が身を隠した反対方向へ、工学科へと向かっていく。
 どうやら、時間がない仕事をしているらしい。そんな状態なら、益々、英太だけの感情で来たような文句など聞いてくれないだろう。

(やっぱり本人をとっつかまえて、真っ正面向き合わないとな)

 あれだけすったもんだを繰り返した研修をしてくれたのに。なのに『データーを取っても、余計なデーター。予備のデーター』を任命されるだなんて、だったらなんであんなに真剣に詰め込んでくれたんだよと――。英太はそこを隼人に問いたい。他の上官では駄目だ。英太を直々に送り出してくれた本人ではないと。
 これは彼が出てくるまで、意地でも待ってやると、英太はそこにひたすら留まる。

 腕時計を眺め、英太は決して演習室から目を離さなかった。
 その間。誰一人、チェンジ演習室には近寄ってこない。六中隊という端に位置する部隊の裏手にあるせいだろうか。厳重なセキュリティが施されていて近寄りがたいのだろうか。本当に閑散としていた。
 だが、その時は案外直ぐにやってきた。待つこと三十分強――チェンジ演習室の自動ドアが開き、あの御園大佐が一人で出てきた。

 来たぞ――と、英太は鼻息を荒くし一歩踏み出した。……のだが! 先程、工学科科長室の隊員二人が去っていった通路から思わぬ人が現れ、英太は一目で驚き再び身を隠してしまう。

「御園大佐」

 ゆったりと彼を呼ぶ女性の声――。隠れている英太の目の前を、栗毛の女性がすうっと通っていった。
 あの人だ。ミセス准将、葉月さんだった。彼女が棟舎から外にある演習室入り口へ繋がる渡り廊下へと出て行った。当然、夫の御園大佐も驚いた顔。

「どうしたんだ。こんな時間に」
「うーん、いつもの『お散歩』ってところかしら?」

 『お散歩』? 誰もが一日の始まりで忙しいこの朝の時間帯に、空部隊トップの大隊長が『お散歩』? 人のことなど言えぬ英太ではあるが、流石に眉をひそめてしまった。
 だが英太は気配を殺しつつ、人気のない棟舎の裏手の外、演習室の入り口で向かい合う夫妻を眺めた。

「お散歩ってお前。また抜け出してきたのか。いま、テッドも忙しかろうに」
「テッドは明日、一足先に横須賀入りするでしょ。だから、今日はゆっくりと準備をさせてあげようと、朝一で自宅に帰したわ」
「ってことは。お前の面倒はアドルフがみているのか」
「面倒ってなによっ」

 人気がないせいか、二人の会話は肩の力が抜けているように英太には見えた。
 どうやらミセス准将は、部下達の目を盗んで、一人気ままに基地内をお散歩――と言うことらしい。
 『なーんだよ、葉月さん。この前“昔はやっていた”とそう聞かせてくれたけれど、未だにそんなことするのかよ!?』と、英太は唖然としてしまった。だけれど、妙な親近感。そう、英太をあの非常階段に連れて行ってくれた日の『あの日のお姉さん』が目の前に現れたのだ。

 そして夫の御園大佐も、やっぱり呆れた顔をしていた。

「テッドならお前を小一時間で捕まえるだろうが、アドルフは一日経っても捕まえられないだろうなあ。泣くぞ、彼」
「まあ、これも訓練ってことでいいでしょ」
「訓練ってなあ。秘書官は、お前の『かくれんぼ』の遊び相手ではないんだぞ」
「逃げられる秘書官も悪いと思うわよ」

 口が減らない奥さんの言い分に、益々御園大佐が呆れた顔。ついに小脇に抱えていたバインダーで、彼女の頭を軽く『ぺし』と叩いていた。

「おい、お嬢さん。ただでさえ忙しい時に部下を煩わせるんじゃない。それからな。お前が見つからないと、テッドでさえ工学科の俺のところに連絡してくるんだからな。いま、工学科もいっぱいいっぱい、秘書室から『手伝って欲しい』なんて申し出があっても手が貸せない状態なんだから、今日は俺のところまでひっかきまわすのはやめてくれないか」

 御園大佐のくどくどとした小言文句に、あのミセス准将が『敵わない』とばかりにふてくされた顔。唇をとがらせ、何も言い返せない程に丸め込まれている姿。
 やっぱり旦那の『隼人さん』は、彼女より上手なのだと、英太も恐れ入った。
 それにしても、なーにが『いつもやられているのは旦那の俺。嫁さんには敵わない』とか言っていたけれど、昨日言っていたこととは実は逆じゃないかと英太は鼻白む。

 だが、そんな『敵わない旦那さん』の説教で拗ねていたのは一瞬のミセス准将。次には、先程も見せていた和みある笑みを旦那に見せる。

「これ、そこで買ったの。どうぞ」
「お、メルシー」

 タイトスカートのポケットから彼女がなにかを取り出し、夫に向けて投げた。
 夫の御園大佐が息があったように受け取ったのは『缶コーヒー』だった。

「それ。貴方のお気に入りの缶コーヒーがある自販機まで買いに行ったのよ」
「へえ。その自販機に行って、そして俺がここにいることを探って、ここまで散歩に来た。なに、本当は俺に会いに来てくれたってわけ?」
「ただの……『お散歩』の通り道ってだけよ……」

 なんだよ、なんだよ。この雰囲気。
 いつもは冷たい横顔、冷徹な指揮を発揮する女将軍様が『サボタージュ』をしようとしてその道で、『旦那さんに会いに行こう』なんて、ちょっと可愛らしいことを思いついたということらしい。しかもそれを知って『嬉しそうに差し入れを受け取った旦那さん』も天の邪鬼に『俺に会いに来たんだ』なんて、奥さんをからかっているし! そして奥さんも照れているし!! なに、この……妙なムード。なんだか逃げ出したくなるような『甘い匂い』がここまで漂ってきたっ――と、英太は落ち着かなくなった。でも興味津々。『前から気になっている夫妻』の本当の姿をみているのだと、さらに目を凝らし覗き見。

 そうして部下の一人が覗いているとも知らず、それとも、そんなことも気にならなくなるほどに『その気』になったのか。照れている奥さんを目の前に、御園大佐の眼差しがやっとしっとりと和らいだのを英太は見る。

 向かい合っている夫妻。二人は互いの目を見つめ合い、やがて夫の指先が妻の頬に触れた。
 もうその時点で、英太は『うわー、ここでそれはまずいだろっ』と反射的に目を覆う。それでも気になる。指と指の隙間から意地でも眺めた。

 英太の目の前でチョークを持って講義をしてくれたあの長い指先が、葉月さんの頬に沿う栗毛にふわりと触れた……。
 その指先が今度はそっと、彼女の栗毛を柔らかにつまむ。

「昨夜は、ごめんな」
「……どうして? いつも通りだったわよ」

 大佐の指がゆっくりじっくりと、栗毛の毛先へと滑る。毛先まで来ると、そこでいつまでも指が撫でている。なんだか指先から離すのを惜しんでいるかのように。

「そうか? 俺……」
「なにも変わらないわ。なにがあっても、どんなことがあっても」

 旦那の甘い仕草に、こちらも照れたのか。葉月さんからふっと離れた。

「お散歩も急ぎ道なのよ。ちょっと寄り道しただけ。じゃあね、貴方」

 彼女から歩み去っていく。それでも、その笑みはとても満ち足りているもの。それは甲板では決してみることのない女性の顔。
 英太ですら、釘付けになった。あの人、あんな顔するんだ。それは英太にも垣間見せてくれた『気の良いお姉さん』の顔でもなかった。

 本当なら職場では一切断ち切らねばならぬはずの分かち合いだったのだろう。そのせいか、葉月さんは足早に去っていく。

「おい、ほどほどにして直ぐに帰ってあげろよ」

 また彼女が笑顔で夫に手を振る。彼女が棟舎内に消えてしまうと、御園大佐もふと和んだ笑みを湛え幸せそうな顔をしていた。

 その大佐が、やっと……。英太が待ち伏せている通路までやってきた。

「みーちゃった」
「す、鈴木……!」

 にんまり、笑みが押さえられない英太が声をかけると、御園大佐がとても驚いた顔で振り返る。
 しかも『なにを見られたのか』すぐさま察した大佐は、流石に狼狽えたのか。すぐさま英太に背を向けてしまった。
 なんだか初めてこのおじさんの上を陣取った気分。こんなこと滅多にないかもしれない。ここぞとばかりに英太はからかう。

「いくら人がいない教育隊の裏手と言っても、誰かが見ているかもしれないでしょうー。大丈夫なんですかねー」
「だから、なんだ」

 なんとか答えてくれた彼だが、背を向けたまま淡泊な声。なんとか冷静を保っているかのようで、英太は益々にんまりしてしまう。

「葉月さん、可愛い顔してー。大佐もすんげー愛おしそうに見つめちゃってー。『昨夜は、ごめん』ってなんだろなー」

 まだ彼は背を向け、こちらを見てくれないし、答えてもくれない。

「大佐、昨夜。ちょっぴり酔っていましたよね? あれからどこか行きました? もしかして凄く酔って帰って、奥さんに甘えちゃったとかー。仕事では張り合っているけど、甘々な仲良し夫妻じゃないっすかー」

 ――なんて、思いつくまま、憶測だけでからかってみた。
 だが思いの外、大佐が無言で背を向けているので、もしや『図星!?』と英太は仰天した。
いや、からかって楽しんでいたつもりだったが。そんな御園大佐が現れても、今度は英太が困ってしまう。そんな御園大佐ってアリなのか? と――。ないと思ったから、言ってみたのに。

 だが、それは英太の思い過ごしだったようだ。目の前には、いつもの余裕の笑みを肩越しに見せている大佐がいる。

「ふふん。羨ましいだろ」
「どこがっ。部下の手前、気を付けた方がいいんじゃないかって、俺は心配したんですよっ」
「余計なお世話だ。嫁さんと俺の勝手だろ。お前こそ、航行に行く前に叔母さんと『彼女』にしっかり連絡しておけよ。まったくコンタクトが出来なくなるんだからな」
「航行任務は初めてじゃないから、あっちもちゃーんと心得てくれているんですよ。ご心配なくっ」

 妙な師弟の言い合いは、御園大佐の『あっそう』という冷めた声で鎮まった。

「せっかく工学科から卒業させたのに。その翌日に来るとはお前も全く……」
「それですよ、それっ。俺、聞きたいことがあって――」

 ようやっと本題にありつけたと御園大佐に食らいつこうとしたところ、彼はこともなげに『英太が思っていること』を言い当てた。

「お前が『予備機』であることか」
「そ、そうっす……。なんで、データーを取っても取っていないに等しい扱いの任務を言いつけられたのか。俺、何の為に……」
「お前、ちっとも分かっていないな。横須賀を出てきて、俺の研修を受けて、少しは考えてくれるかと思ったのに」

 妻との甘いやり取りを目撃され戸惑っていたのに、やはりそこは御園大佐。一気に黒い目が鋭くなり、英太をその目線で突き刺す。
 だが英太には彼がなんのことを理解させようとしているか解らなかった。途端に、言葉が続かなくなる。

「鈴木……。お前、ミセスが見つけてくれた時、本当は横須賀で追いつめられて退官覚悟をしていたんだってな」
「そ、それは」
「なのに小笠原に転属することにした。その道を選び、再びパイロットの務めに戻った。そんな心変わりを起こせたのは何故だったか、もう忘れたのか」

 それは橘隊長の『真意』を知ることが出来たからだった。
 苦渋の決断を下し、英太を切ったその向こうに秘められた『部下を思う気持ち』。それはミセス准将の葉月さんと面接して初めて知ることが出来た。それがあったから、英太は横須賀で退官せず小笠原に来た。御園大佐はその『橘隊長の気持ち』のことを言っているのだろうと、英太もそこまでは解ったのだが……。

「思い出したか。お前を倦厭していた先輩達を選んだ隊長に切られ、他の研修へと追い出されるように放り捨てられたと思っていたが。実はそうではなかった、隊長のその裏の気持ちに気が付いていなかった……だったよな」

 だからと言って……。橘隊長の真意と今回のこの『予備』任命が、どのように関係しているのか。英太にはまだ解らなかった。それとこれを差し出している御園大佐の言いたいことが理解できない。

「俺も言ったよな。目の前にあることだけ、見えることだけで判断するなと。もっと柔軟になれと」
「でも、だからって『予備』なんて役目で、なにを頑張れば良いんですか!」

 解らないから、この大佐を頼ってやってきたのに。教えて欲しい、納得できる答を――! だが、御園大佐は無情だった。

「……答は。お前がついさっき、既に自分で口にしていたけどな。お前は気が付かないのだろうかね。それだけの男だったわけかね」
「ど、どういうことっすか? 俺、自分でそんなこと、言っていました?」
「ああ、言っていた。まあ、気が付いていないみたいだけどな」

 勿体ぶっているのかなんなのか。一番教えて欲しい人が教えてくれない。苛ついた英太はついに……。一番頼っている彼へ向かって一歩踏み出していた。
『また、感情的になって、俺の妻を掴みあげたように、俺にもそうするのか』――。御園大佐の眼がそう言っているのが解った。そして彼は怯んではない。

「俺からのヒントはここまでだ。あとは自分で見つけろ」

 彼も若い体格良い青年に掴みあげられる覚悟を決めたかのように構えて待っている。大佐の威厳を保ち、その気迫で青年の勢いに勝ろうとしている。

 しかし彼は妻とは違った。たった一言で英太の勢いづく前の足下をぴたりと止めた。

「それぐらい、そろそろ自分で理解できるパイロットになれなくては、一年後、お前は雷神にいないと思う」

「一年後、には……いない?」
「今回のこれが、一番最初の課題だな。自分一人で空を飛ぶパイロットが、しかもトップフライトの雷神に所属する男の『思考能力』がこれでは。俺なら一年後には切る。候補はいくらでもいる。覚えておけ」

 一番、解りやすい答を教えてくれるだろうと頼ってきた大佐に、きっぱりと切り捨てられた。
 しかもその大佐からの通告。『俺なら一年後に切る』。彼がそう思うなら、他の上官達も同じように思うような気がした。そうなったら英太は『リストラ対象』とされてしまう――。
 でも、『予備』であることの意味なんてあるのか。
 その答がちっとも見えない英太は愕然とした。 

 

 

 

 

Update/2009.7.23
TOP | BACK | NEXT
Copyright (c) 2000-2009 Yuuki Moriya (kiriki) All rights reserved.