-- メイビー、メイビー --

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21.愛を教えて

 

 ヒュゥーンという高音を含めたゴウと鳴る轟音が近づいてくるのが聞こえる。

「来た。あれ、英太!?」
「そうだ。七号機のバレットだ」

 華子は大佐の腕の中、手を振りたい気持ちになる。英太、頑張って。もうすぐそこよ。駆け抜けてエースになって! だが華子の思いも虚しく、英太の背後に影。

「バレット、背後に二機、上空十二時に三機、四時の後方に一機……背後の二機のうち一機は、貴方の天敵三号機のスコーピオンが追いついているわよ」
『わかってる!』

 英太の短い一言だけが返ってきたが、それっきり。それほど集中しているよう。それもそのはずで、華子の期待も虚しく先頭に見えたはずの英太の背後に上空に左右に何機もの戦闘機が出現したのを見たのだ。しかも英太を始めとするどの機体も低空飛行でものすごい勢いで近づいてくる。

「しっかり掴まっていろ。さっき空母上空を通過した時より激しいぞ。上空で攻防戦をやられる――」

 大佐がそう言った時にはもう、沢山の戦闘機が空母の上空を取り巻いていた。
 また逆風にバリバリとした爆音が空母艦に渦巻く。

『駄目だ。隙がねえ……!』
「落ち着きなさい。でもせっかくのチャンス、そのまま空母から離れないで。一度離れるとまた体勢を立て直すまでに撃墜される」
『ラジャー。このまま周辺を旋回、もう一度アタックする』

 切羽詰まっていた英太の声が、淡々としたアドバイスをするミセスの声を聴いた途端、同じような落ち着きを見せたのを華子はすぐに感じ取った。
 すぐに熱くなるのが英太ではあるが、そんな彼をすぐさま落ち着かせることができるミセスの影響力はかなりのものなのだと……。こんな切羽詰まった状態で、あんなにあっさり落ち着くと言うこと。そこで華子は『強い信頼』を見せつけられていた。

 また上空を英太の七号機がかすめていく。その背後を二機が食らいついて離れない。
 先程と同じ光景で空母艦のアンテナの上をかすめて行くのだが、今度違うのは英太が上昇せずに、片翼を海面へと向け横飛びでぐるりと空母を取り囲む円を描くように旋回したことだった。
 海原すれすれの低空飛行で白い戦闘機がぐるりと空母艦周辺を一周しようとしている姿は、ファイティングの最中でスピードはあるが、とても綺麗な飛行姿だった。だがそれも同じような軌道で二機がくっついて離れない。まるで英太の真似をしているかのようにして、同じように軌道をトレースして追ってくる。

『くっそ。腹立つほどそっくりについてくるっ。このまま上昇をする』
「ま、待ちなさい。この低空からの……」

 珍しく葉月さんが慌てて止めようとしていたが、遅かった。英太はミセスの指揮をすべて聞き取る間を与えないかのようにして、機首をぐんとあげ、急に上昇を始めた。

『はあ、はあ……はあ……』

 何故、ミセスが止めようとしたか、華子にも解った。
 ものすごく苦しそうな呼吸音が聞こえてきた。英太の息切れにスースーと激しく聞こえるマスクの呼吸音。

「あの急上昇は、7G、いやあの無茶振りだと8Gは行っていそうだ。あのバカ、無茶しやがって」

 奥さんが慌てただけあって、御園大佐も苦い顔で上昇していく英太を見ていた。それが華子の不安を煽る。

「7G8Gてどれぐらいなの」
「簡単に言うと、英太自身の体重が七倍八倍、のしかかっているということだ。旋回で3G、上昇時にかかるGはだいたい6〜7Gと言われているが、この高度ゼロに近い海面低空から、あの急角度での上昇はかなりのGがかかっているはずだ」
「そんな、胸がつぶれちゃったりしないの!?」
「それができるから雷神パイロット、エース目前の男なんだ。ほら見ろ。この無茶上昇で、背後の二機を振り切った……が……」

 大佐の顔色が変わる。ミセスが見ている通信機のデーターを見て青ざめていた。

「葉月、やめさせろ。焦って暴走している」

 准将と大佐という仕事の関係を振り払った御園大佐の姿がそこにあった。それだけ素にもどってしまうほど慌てている。

「わかっているわよっ」
「早く止めろ。お前しか止められないだろ。あいつ、今度は急降下で振り払おうとしている。気を失い操縦不能になるか、バーティゴ(空間識失調)を起こすぞ! 言ってやれ、命を懸けなくては得られないエースは、本当のエースじゃないと!」

 夫に煽られ、流石のミセスも焦りを滲ませていた。
 それだけ英太が手に負えない状態に追い込まれ、行って欲しくない瀬戸際で独りで暴走しているということらしい。華子もハラハラし始める。

「バレット。無茶はやめなさい。それができることは素晴らしいテクニックだけれど、私は命を懸けるエースは要らないと言ったはずよ。余裕で帰ってくるエースしか要らない。身体を壊したり事故で負傷したら二度と飛べなくなるわよ!」

 大佐が言ったとおりの言葉を、ミセスも英太に懇々と伝えている。日頃、二人の指揮官が良く言い聞かせている言葉だったようだ。

『俺を7Gで潰れる男だって思っているのかよ、これぐらい信じてくれないのかよ!』
「信じているわよ。でも予測8Gは忠告する」
『はあ、はあ。俺は飛べる、飛べるんだ。俺は飛べなくなったミセスを飛ばしたいんだ。1対9の向こうは俺もミセスも見たことがない世界だ』
「そうよ。でも壊れたら元も子もない。今日でなくてもいい、明日が、あ……」
『パイロットに明日なんてない。アンタが一番知っているじゃないか!!』
「いえ、貴方に明日はある」
『はあ、駄目なんだ。俺が飛べる今じゃないと駄目なんだ。……俺、ミセスを葉月さんを……誰も行ったことがない空へ、俺が飛ばしてやる』
「ええ、待っている。ここで。いつまでも待っているから、慌てなくていいのよ」
『連れて行くよ。一緒に行くんだ、俺と、一緒……に……』

 ミセスも一緒に連れて行ってやるよ。

 苛酷な操縦の中、息が切れても英太は彼女に呼びかけている。対等の話しぶりで彼が言い切ったその言葉に、華子の身体がビリッと痺れた感覚――。同時に心ががっくりと脱力する感覚を華子は味わっていた。

 英太、それって。それって……。『彼女をコックピットで抱きしめているみたい』!!
 そんな言葉選びではなかったのに、華子にはそう感じることができたのだ。そしてまた『入る隙がない』と教えてくれた大佐の言葉を思い出し、彼を見上げた。
 でも大佐は毅然とした真っ直ぐな目で妻をただ見守っている。そんな大佐は華子の肩を優しく包みながら労るように囁いた。

「わかっただろう。英太の純粋な気持ちが。あいつは空を飛ぶことで、恋している女の為にすべてをなげうって応えているんだ」

 飛ぶことで好きな女性に応えようとしている英太。エースになることが、恋している人への思いを遂げる最高でたったひとつの方法。それをひたむきに真っ直ぐに突き進んでいる英太。
 大佐が言っていたことの全てを華子は痛いほど感じ取れていた。

「バレット。私がいるのはここよ。帰ってこない男は信じない」

 モニターには発進した後の上昇とは逆の、海と空母艦がどんどん近づいてくる映像。英太が急降下をしている映像。だが、デジタル表示のモニターに映っていた高度計と高度表示の水平ラインが激しく流れていたのがゆっくりになった。
 ミセスの言葉を受け入れ、英太の手がスピードを緩め無茶をやめた瞬間だった。どこか華子もホッとした。

「今はまだそれでもいい。戻ってきなさい」

 ミセスがそう言った途端だった。

「准将。七号機バレットが三号機スコーピオンに撃墜されました」
「そう……」

 補佐官の報告に、あのミセスががっくりと項垂れた。

「せっかくのチャンスだったのに。なにもしてやれなかった……」

 拳をドンと叩き付け、あのミセスが唇を噛みしめ表情を露わにしている。それだけ彼女自身も『彼の身体を考え、止めるしかない』指示しかできなかったことが悔しいというのが華子にも伝わってきた。

『くそ、あと少しだったのに!! あのまま、あのスピードのまま空母に近づいていればっ』

 英太の悔しそうな声も届いた。だが、彼も……。葉月さんの『帰ってこい』という言葉を受け入れていたのだ。信じているから、悔しいけど、無茶をやめて負けて帰還することを選んだ英太。
 華子はそこに、師弟の不思議な間柄を感じていた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

「さあ、陸に帰ろう」

 興奮醒めやらぬ華子に、御園大佐が言った。

「英太は……?」
「上空で呼吸を整えてから着艦する。それまでに姿を消しておかねば」
「今日のコンバットは終わったみたいだし、もう判ってもいいと思うんだけれど。英太に見に来ていたって……知れたっていい」

 考えもしなかった自分がそこにいた。
 この英太が全てを賭けている甲板で『私も見たよ。英太の甲板で応援していたよ。一緒になって私も空を飛んでいるみたいにドキドキした』と一体化していたことを、彼と一緒に感じたかったのだ。
 英太の驚いた顔が浮かぶ。『華、お前、なんでここにいるんだよ』『えへ、銀座で大佐と出会って、連れてきてくれたの』『まじかよ。お前、じゃあ、今の俺……』『うん、見ていた』。そして華子は誇らしげに瞳を輝かせて彼に言いたい。『英太、すごく格好良かったよ』。誰よりも、どんな男よりも素敵だった。そう伝えたい。

「駄目だ。英太がそれを望んでいないと思う」

 華子の淡くとも心に柔らかい花色が広がるのを、瞬時にかき消す毅然とした声。

「そんなこと、どうして大佐にわかるのよ」

 華子が睨むと、やはり曖昧な憶測だけで言っていただろう大佐が口ごもった。

「准将、バレットが着艦要請をしています」
「いいわ。帰ってくるように言って」
「ラジャー」

 指揮を終えたミセスはもう、通信は補佐官と管制員に任せ、ただ海に向かい部下達が帰ってくるのを黙って待っていた。
 そんな潮風に佇む、凛としている女性を華子は見つめた。
 無口で表情のない混血の横顔はミステリアスで、その冷めている寂しげな眼差しがよけいに彼女を涼やかにみせている。化粧気がないぶん、雰囲気だけなら若くて線が細い青年にもみえるし、でも顔をしっかり見れば女性としての雰囲気もちゃんと残していてユニセックス。
 冷めたロボットのように無感情さを見せているが。基地を出て制服を脱いでしまえば、彼女にはあんな幸せな家庭が待っている。こんな理解ある夫を持って。あんな可愛い子供がいて。そして、男達にかしずかれる地位にいて。なにもかも持っているのに、この人は『英太』までも自分のものにしてしまうのか。
 華子の中に、初めて女としての嫉妬の炎が燃え上がったのが判った。
 絶対にこんなみっともない醜い女になりたくないと思っていた。なのに……! この女が全てを手に入れ、そして華子に醜さを覚えさせた。

「英太が帰ってくるわよ。別に私はここで対面させても良いのだけれど」

 会っても会わなくても、私には関係ない。そう聞こえるほど、また冷めた声に戻っていた。『どっちでも関係ない。空での英太さえいれば、あとはどうでもいい』。華子にはそう聞こえた。

「いえ、准将。大事なコンバット中の見学許可、有り難うございました。鈴木と彼女は陸で対面させます」

 そして妻にも下手になる御園大佐にも華子が腹が立った。なんでこの奥さんに、急に偉くなったり頭を低くしたりころころ変われるのか。しかし、その大佐がなおも言った。

「空母艦に乗るという任務に就く限り、パイロットは皆、プライベートを封印して乗船する。准将、本来ならそれを貫き通すべきところ、わたくしの勝手で許可して頂きまして有り難うございました」
「いいえ。澤村大佐が思うところに、私も賛同したまでです。ですから……」
「ご心配なく。わたくしがやり始めたことですから、このまま彼女を連れて帰ります」

 暫し、上司と部下の間柄である夫妻が見つめ合っていた。無言で、でも長く、そして強く。二人の視線は逸れることがなかった。

「貴女は貴女のまま、パイロットを守るためにシビアでいて頂きたい。甲板というフィールドにいる限り、全てのパイロットにクルー達は貴女の中にある。そうあって頂きたい」
「有り難う、澤村。承知しているつもりです」

 あくまで上官と部下、でも奥底に強く光って見える夫妻の繋がり。その見つめ合いにも、意思疎通にも、華子は嫉妬していた。

「故に私の勝手でパイロットの家族を見学させたことは、甲板の外にそのまま持ち帰りたく思うのですが」
「それでは、後は任せます」
「イエス、マム。では失礼致します」

 今回の全ては夫である自分がやり始めたこと。お前はなにも気にしなくて良い。
 パイロットの家庭事情を案じる御園大佐が始めたこと。奥さんは甲板でただパイロットと向き合っていればいい。そんな感じ見えた。旦那さんがなんでも引き受けているように華子には見えた。彼女が光って見えるのは、この夫が影で支えているから……。彼女だけが光ってよく見える。汚れ役は全て夫の自分が。
 この旦那さんの理解なくして、彼女の准将という地位はあり得ない。それに乗っかって胡座をかいてこの女は女王のように君臨して、ここにいる男全てを自分のものにしているのだと――。

「さあ、帰ろう」
「ええ」

 華子の目に悪意の炎が宿ったのを御園大佐は見抜いただろうか。
 いや、分かっていないと華子はほくそ笑む。素直に自分の後をついてくる若くて可愛い女の子。そう思っているに違いない。

 振り向いても、もう。大好きな男の雄姿は二度と見られなかった。
 彼女が静かに待っているそこに、英太はまっすぐに駆けていき、『ただいま、ミセス』と微笑むのだろうか。すべてあの女の元に吸い込まれていくのだろうか。

 鳴る潮風の中、彼女はやはり表情のない顔で海原を見据えているだけ。その微動だしないスッとした立ち姿が華子の目に焼きついた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 このまま黙って帰りたくない。このままでは済まさない。

 急な鉄階段。今度は大佐が華子が落ちないよう先に進んでいる。その彼の背中を見つめた。
 英太ほどじゃないけど、身長はある。若い頃はその大きな瞳が魅力な清々しい青年だったのだろう。そんな優しく安心できる顔つきだった。逆風から華子を守ってくれるその腕も、英太に負けず逞しかったし、抱きしめてくれた胸は大きくとても頼りがいがあった。
 その全てに、あの女はあの家で愛されている。仕事では完璧なるフォローを得て、あそこで『エース目前の男の指揮官』として集中していられる。そして将来有望の若いパイロットさえも、空を理由に夫の目の前でも疎通して、まるで……二人ひとつになるかのように。

 鉄階段を最後まで降りた時、華子は決した。

「大佐。ここに来ちゃいけない私を無理にここに連れてきたくせに、最後は英太に会って欲しくないだなんて邪魔者扱い。ひどくない」

 思っていることをハッキリと、その大きな背に投げつけた。
 だが振り返った大佐は、なにもかも分かり切ったような疲れた顔で溜め息をこぼす。眼鏡をふいと眉間で直し、華子を見た。

「華ちゃんの気分を害して悪かった。だが、悪いが……『白い飛行服を甲板でしか袖を通さない』という英太の話を聞いて、あいつが甲板ではパイロットとしての自分だけに集中していることを察したもんで」

 それは華子からなにげなく話した日常の英太のこと。あの話だけで、大佐は甲板での英太の思いを察したという。そして華子も納得してしまった。だからこそ……さらなる悔しさがこみ上げてくる!

「英太を一番解っているのは、この私よ! あんなオバサンじゃない。アンタみたいなオジサンじゃない。たった二年、一緒に仕事をしてきただけじゃない。私は……私は……」

 母親は産んだ娘より、新しい人生を選んだ。残された乱暴な父親にぶったたかれてアパートの廊下で泣いていると『なにがあった』と英太は必ず声をかけてくれた。困っていると、春美と住んでいる部屋にかくまってくれた。
 春美が留守で、凶暴な父親が英太と華子二人だけで篭もっている部屋に押し入ってこようとしても、英太は華子を抱きしめてじっと一緒に耐えてくれた。
 まだ少年だった英太が。大人の男の凶暴さに震えていたこともあった。なのに、彼は華子を抱きしめて守ってくれた。
 やがて、その父に『知り合い達にお前をまわす、売れる』と言いだし、華子が逃げた時も、英太と春美がかくまってくれた。
 父親となんとか引き離してもらい、その上、施設で不安に過ごしていた華子を春美が救ってくれた。
 新しい家族。同年代の英太と一緒に過ごす毎日は、初めて楽しい日々だった。学校でもどうしても集ってくる男達から英太は退学寸前になってまで喧嘩をして助けてくれた。
 やがて、側にいるが故に。年頃の誘惑に流されるまま、二人は素肌を寄り添わせ身体もひとつに繋がった。
 めくるめくような輝く日々がそこにあった。英太の腕に背中に肌、黒い髪にくっきりとした眉と凛々しい目が、いつも華子にだけ笑ってくれていた。
 『大人なんて信じられない』。春美以外の大人は大人じゃない。自分勝手な生き物だ。俺と、私の、両親さえも……。だから二人で抱きしめあい寄り添って生きてきた。

 なのに。なのに。たった二年。英太はこの島で、華子が知らない大人に全てをなげうっていた!
 英太を信じている大人に囲まれて、英太がおもいっきり自分だけの人生を生きている!

 華子は御園大佐をさらに憎々しく睨んだ。やっと彼が、華子の様子が豹変したことに気が付いたのか、神妙な顔になる。

 この男だって。ただの男。妻を愛してる愛しているとどんなに胸を張っていても、男なのだ。
 華子は言い聞かせ、そんな大佐の目の前に立ちはだかった。

「現状に真向かってしまい、驚愕しているんだな」
「有り難すぎて、ほんと余計なお世話をしてくれたと思っているわよ」

 華子の怒りがどこから湧いているか、目の前の男は瞬時に悟っていたことに驚きつつも、華子も負けずに本心を言い放った。だがそれすらも大佐は予想していたかのような落ち着き振り。
 それがまた気に入らない華子は、ついに行動に出た。

 借りて着ている紺色の訓練服のボタンを外し、下に着ていたキャミソールを大佐の目の前で捲り上げた。
 そこに露わになるおしげもなく突き出した豊かなバストが揺れる。薄桃色の大きなカップのブラジャーに包まれてる乳房を大佐に突き出した。

「余計なお世話のついでに教えてよ。私に、女を懸命に支えて愛している男が、どうやって愛する妻を大事に愛しているか教えてよ!」

 流石に、大佐がギョッと目を見開いていた。だが、彼の目はやはり華子のバストではなく、華子の顔を凝視しているだけ。余計に苛立たされた華子は、無理矢理御園大佐の手を取ってその豊かなバストに触れさせた。
 彼の大きな手が、淡い桃色のレエスと肌にぴたりと吸い付いた。

「あの奥さんを、どうやって愛しているか教えてよ。英太と私の関係が本当の男女ではないなら、大佐が教えてよ。奥さんと大佐の愛をこの身体に教えてよ」

 ぷるんとした揺れる弾力ばかりの乳房に、さらに大佐の手を押しつけさせた。
 ここまでしているのに……。大佐の手は華子の豊かなバストを握りもしないし、顔色も変えていなかった。澄ました顔で、どこか華子を哀れむように見下ろしている。『言いたいこと、やりたいことはそれだけか』。そんな憎たらしい目。

「俺がどうやって女の身体を愛すのか、ということか?」

 ほら、乗ってきた。『おじさんが、気持ちよくさせてあげるよ』。経験があってもなくても『おじさんは経験達者の顔』で若い女の子をものにしようとする。
 この大佐も然り。この華子の胸に沢山の男が言い寄ってきた。華子の顔以上に、華子の心を無視して、鷲づかみにしたいと飛びついてくる。この男だって澄ました顔をしてほら。

「ただ女を愛する大佐じゃ嫌。奥さんを愛しているように私を愛してよ」

 あの女だけに与えられる夫の愛撫を、簡単に奪ってやる。華子の心が燃えた。

「本当に、それでいいんだな」

 完全にノッてきた大佐に、華子はにっこりとここぞとばかりに女神の微笑みを見せてやる。
 無理矢理押しつけた男の手は、もう華子が力を入れなくても、しっかりと乳房に吸い付いたまま。彼だって、こんな大きな柔らかい胸の感触には抗えなかったのだろう。そんな無抵抗になった大佐の手に華子は優しく触れ、伏せ目がちに俯きそっと囁く。

「うん、それでいい。知りたいの。ガツガツと吸い付いてくるばかりのいやらしい男の触り方じゃなくて……。奥さんを激しく優しく愛しているのがどんなのか知りたい……」

 ワザとしおらしく、しっとりと懇願してみた。
 ちらっと見ると。意外と、まったく変わっていない澄ました顔のまま。どこにも欲情した様子がない。目の色も至って正常で息も乱れていなくて、そしてつい確かめてしまった股間も……。気配がなくて、華子は一瞬『え』と小さく驚いた。
 なのに、その華子の隙をつくようにして、大佐が急に華子の腕を引っ張り上げ、自分の胸の中に抱きしめた。

「わかった。それを教えれば良いんだな」

 逆風から守ってくれた胸に、華子はすっぽり抱きしめられていた。しかもすごい力! もし、今になって怯えて抵抗しようとしてもきっと逃がしてくれない。そんな力だった。勿論、華子は抵抗して逃げるつもりもなく『してやったり』の微笑みをそっと、彼の胸元でこぼしてた。

「あ……んっ!」

 抱きしめた華子の身体を、大佐は多少荒っぽく、すぐ側にあった細い通路の影へと引きずり込んだ。人気のないその通路の鉄壁に華子の背は押さえつけられる。

 

 

 

 

Update/2010.7.18
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