1.工学子息

『いってきまーす…。』

午後の業務が一頃落ち着いて、隼人はバインダー片手に、側近席を立ち上がる。

「システム工学の講義?」

午前の訓練が終わり、午後の事務作業に専念していた葉月が尋ねた。

「ああ。一週間に一度の楽しみ♪」

「楽しみなの!?」

「ああ♪結構いろいろな人に会えるしね。俺の得意分野だモンな!

そうそう…。ジョイも行きたがっていたけど…。一緒にいけないかなぁ?」

隼人がため息をつきながら、隊長の葉月にそれとなく伺う。

「そうねぇ。本部全体の管理を任せるようになったけど…。

ジョイも本当なら、『通信科』にいるはずの専門隊員ですものね〜。

今は週に一度…情報システムの強化講義に出ているだけだものねぇ…。」

『もう少し・本部が固まれば…』

まだまだ。若僧達がまとめている『第四中隊』

ジョイと葉月は、今まで通り一番の『内勤の要』なのだ。

隼人は、葉月の悩むため息に『余計なこと聞いた』と一言謝る。

「いいのよ。考えて置くけど…ジョイに期待させたらいけないから黙っていてね。」

「解っているよ。そうそう…。うちの通信科隊長、小池中佐が何故か…

『今日は俺も出る』っていっていたんだよね。益々、楽しみ♪」

「小池のお兄さんが?」

葉月は『今・知った』とばかりに驚いて隼人を見つめた。

隼人も葉月が今・知った…と、初めて知った。

小池は班室をまとめている『外勤』の幹部員だった。

葉月が内側を山中とジョイと固めて、外には年上の実力者を置いて

とても頼りにしている。そのうちの一人が通信科の『小池中佐』だった。

歳は隼人より少し年上の33歳。

葉月が『慶応ボーイみたい』とか言って、頼りにしている爽やかな男で

どちらかというと、隼人のように『理数専門』の頭の良い先輩だ。

隼人も四中本部に来てから、同じ専門と言うことで

何度か話をしたことがある、信頼が出来る男だった。

その男が、葉月に相談もなしに『専門講義』に出ると知って

彼女は驚いているのだ。

「え〜と…。知らなかったのか…。」

隼人も隊長の彼女より先に知っていたので戸惑ってしまった。

「別に良いけど?お兄さんも考えがあって出るのでしょ?」

『信頼しているから、別に構わない』と

葉月は不思議に思いつつも、さして気にしなかったようで、

そのまま、机の書類にむき始めた。

「さり気なく聞いてみようか?いきなり講義に出ること…。」

「いいわよ。何かあったら隠すような人じゃないから…。」

小池は歳は上だが、山中と同じく、葉月の下にいることで

若くして『中佐』に昇格した一人と聞いている。

つまり…『葉月・信望者』と言うことだった。

「そうだな。じゃ。行って来ます」

「いってらっしゃい。少佐♪」

『少佐』という響きもだいぶ慣れてきた。

葉月の笑顔に見送られて、隼人も気合い充分…

一週間で一番のお楽しみの時間に出かけるため『中佐室』を出てゆく。

『お疲れさまですー。』

『Hey♪』

何人かの隊員が講義室に集まって、とりどりの挨拶を交わす。

隼人も、顔見知りの隊員と英語で話しに花を咲かせて、席を取る。

講義開始前になって…何人かの男が堂々と入ってきた。

講義受講員…隼人達常員の皆が動きを止める。

その中の一人が『小池中佐』で早速隼人と目があった。

『じゃ。俺は、同本部員がいるからそこに行く』

そんな英語をかわして、堂々とした男達は散り、小池は隼人の所へやってきた。

「よぅ。澤村君、隣いいか?」

「お疲れさまです…。勿論♪どうぞ?」

黒髪を爽やかに分けている、眼鏡をかけた彼。

『あー、小池のお兄さんはお嬢も結構お気に入り?きっとタイプなんだよね〜。』

葉月の幼なじみであるジョイの言葉を思い出した。

(なるほど。俺もそう言われたモンな…。康夫に)

つまり…『真兄様タイプ』って事らしいのだ。

小池は残念ながら(?)既婚者であるので、

葉月もそうは真剣には意識していない。

そこは。隼人も安心していた。

とはいっても、独身で少佐に成り立ての隼人に比べると

年上で、しっかり落ち着いていて中佐故か堂々としているのだ。

「あの…。一緒に来た方々…。他中隊の?」

「ああ。俺と一緒の『通信科隊長』それが?」

小池の冷たい表情がいつもの『お兄さん』でなくて

そこで隼人は『いいえ。別に…。』と、言葉を止めてしまった。

だが…。

「うーん、澤村君はさすが。お嬢の側近だけあって『勘』がいいなぁ。」

「は?と…いうか、小池中佐クラスの方々がそろってきたら皆不審がりますよ?」

「やっぱり?」

「やっぱり…って?」

隼人はなにやらイヤな予感がして眉をひそめる。

「ま。いずれ解るさ。見ていなって。」

小池はポケットに手を突っ込みながら、片手でキーボードを

自由自在に叩いて『ログイン』

(なんだ?おい…。)

手際の良い先輩が横に来たものの、隼人のイヤな予感は拭えない。

そんなうちに、いつもの『老先生』がご登場。

隼人が出る講義は、現役の隊員がレベルアップするために

開かれている講座だったのでかなり専門的。

『老先生』は、アメリカ人だったが現役当時はいくつか『勲章』を

もらっているというかなりのベテランで隼人も『老先生』の講義には

信頼性を持って望んでいた。

その『老先生』がいつもの穏やかな笑顔でニッコリ…。

「諸君。おまたせ。」…と教壇に立つ。

「さて。本日はちょっと変わったメンバーがいることにお気づきかな?

少し、変わった趣向で本日は講義をしようと思ってね。

一番の先輩達にも頑張ってもらうおうかな?」

『老先生』の穏やかな笑顔はいつも通りなのに…。

隼人の横にいる小池が『チッ』と舌打ちをしたのだ。

「先生が一番くせ者だぜ。気を付けろよ澤村君。」

「はぁ…。」

などと…教えてもらっても…隼人には何のことかさっぱり。

だが…。通信科隊長が1中隊から、6中隊そろって出てきているので

いつもの講義員達も、今日の講義の違和感を感じ取って表情を固めている。

「さて。君たちに出題。見れば解るよ。『早い者勝ち』ね…。

先ずは。問題を設定しているからいつものデーターを開けてみてね。」

教壇のパソコンを見ながら先生がにこりと微笑む。

それを見て、皆遅れまいと、いつものシステムを立ち上げる。

隼人も、マウスを持って『クリック』…。

(なんだ?これ!?)

いつもと違う授業内容。

見慣れない画面に、隼人は思わず小池の方に視線を向けたが…。

小池もなんだか、驚いたような顔をしていた。

「さぁ、問題。その基地全体にかけられたロックを解除し、システムを解放せよ。」

「…………。」

皆が、唖然として「シン…」とした空気が漂った。

「おや?出来ないはずはないよ。ここにいる者達は

その知識があって当然で私の講義を受けているんだから。

むろん。通信科隊長達は、出来て当然だね?

制限時間は一時間。早かった者にご褒美があるよ♪」

『はい!スタート♪』

老先生のいつもの優しい微笑みが、余計に不安を煽る。

だが…。ここでトロトロしているわけには行かない。

この講義を選択している者は皆『システム工学』に自信がある者ばかり。

隼人も、意気込んで取りかかろうとすると、横で小池が一言。

「澤村君。お嬢に恥かかすなよ。俺も真剣勝負。」

その一言が余計に隼人の神経を煽った。

「当然でしょ。僕は彼女の側近ですよ?」

「俺は、外勤補佐官だ。」

『葉月・信望者』の二人は、周りのマウスを打ったり、キーボードを打ち込む音に

せかされるようにして、お互いの画面に無言になって食らいつく。

(って。言うか…これ何の必要性があるわけ?

実戦でも滅多にないと思うけどなぁ)

そう疑問に思いながらも…なかなかの難易度で隼人も焦る。

(ロック…。つまりこの基地が乗っ取られたって事か…。)

じゃぁ。何をすればいい?

そこを崩すことをしないと、

ロックをかけられたシステムを起動することは出来ない。

先ずは、その基地の『元データ』をコピー…。

それは皆行っているようだった。

その次は…どうする?

(じゃ。壊す)

などと…大胆な考えが浮かんだが…さすがに躊躇した。

壊す…ウィルスで…

(そんな事したら…オンラインで繋がっている世界各地の基地にも感染だなぁ)

(じゃぁ…。根っこから壊す。で。データーを新投入)

小池はどうだろうと、チラリと彼の方を見ると…。

(お!中佐も破壊派??)

辺りを見渡すと、謎解きパズルのように丁寧に一個・一個

ロックを解除している者もいるようだった。

(制限時間一時間だろ?間に合わないだろ)

そこを考えて…隼人も決する。

(じゃ。遠慮なく壊させていただきます)

などと…やっているうちにいつの間にか楽しんでいる自分に

隼人はそっと。微笑んでしまった。

ふと…気が付くと、隼人と小池の後ろに『老先生』

「なるほどね。性格が似ているのかな?四中隊諸君は。」

白ヒゲの教官先生に言われて隼人と小池は顔を見合わせる。

「カンニングするなよ。」

小池も隼人が同じ『破壊派』と知ってディスプレイをサッと隠そうとする。

「失礼な。同じ破壊派でも僕なりの起動って奴やりますよ!」

「はは。澤村君らしいなぁ。そうゆう所、好きだぜ♪」

小池は隼人のこの口の効き方を結構気に入っているらしい…。

『それでこそ・じゃじゃ馬の側近』と言ってくれる先輩なのだ。

老先生は日本語がイマイチなのか、隼人と小池の会話の雰囲気だけ

感じ取って、ただニッコリ微笑んで眺めている。

そして…隼人が起動作業にやっとこぎ着けた頃…。

『先生。出来たよ』

一人の男が立ち上がった。

やはり…第一中隊の通信科隊長だった。

「お見事。時間はさすがだけど、中身はどうかな?トッド?」

先生は白いヒゲを撫でながら、金髪中年の隊長の所へ移動してゆく。

『くっそ〜。トッド先輩にはやっぱり適わないか!』

小池はそんな言葉を呟いて急にキーボードを激しく叩き出す。

隼人も…それにつられる。

第一中隊の隊長が出来てから数分後…。

もう一人の隊長が、席を立って先生を呼んだ。

また。小池が焦る。隼人もまた。つられる…。

『先生!出来た!』

小池が三番手に立ち上がった。

(うーーー!専門隊長にはやっぱり敵わなかったか)

隼人は…やはり空軍のメカニックでしかないのだ。

オールマイティーにこなしている通信科隊長に敵うわけがなかった。

小池の後に、隊長連中はすべてクリア。

講義受講生の中でも、隼人より通信科よりの生徒が

何人か難関を突破している。

「出来ました…。」

受講生の中で何番目かに、隼人はクリア。

でも…隼人は時計を見てため息。

(ギリギリかぁ…)

「ま、空軍にしちゃ・上出来さ。

日頃はでっかい鉄のかたまり触っているだけだろ?」

小池が隼人の健闘をねぎらってくれたが。

(やっぱ、納得いかない!)

隼人はずっと外勤をしてきた『メカニカル』ではない。

これでも、島に来る前は数年…教官をやってきたのだ。

その間、空軍以外のメカニカル、最新のシステムへの

情報収集は事欠かなかったし、それなりに磨いてきたつもりだった。

その点では、『通信科』にいてもおかしくない隼人なのだ。

ただ。元は『パイロットが夢』だったから空軍を選んだだけ。

先生が出来上がった一人一人の『解除具合』をディスプレイを眺めてチェック。

「一つの問題なのに。解き方はそれぞれ…個性があって面白いね〜」

などと…いつもの呑気な調子。

隼人も添削していただく。

「はは。見かけに寄らず。サワムラ君は大胆だねぇ」

「そうですか?」

「さすが…」

その後の言葉に隼人は「さすが?」と次を待ったが

老先生はにこりと微笑んで、ただ、隼人の『作品』を見つめるだけだった。

横で、小池まで隼人の画面をのぞき込む。

「へぇ…。」

小池まで…なんだか、妙な微笑みを浮かべて黙り込んでしまった。

その後。先生は隊長達の「解除具合」を代表作にして

いくつかのアドバイスをして、この日の講義は終わったのだ。

『意外と難しかったな』

『まぁ、たまには実戦タイプの講義も面白いかもな。』

他の受講生達が口々に講義室を出る中…。

隼人はなんだか腑に落ちない気持ちで、バインダー片手に講義室を出た。

同じ四中隊だからか、帰り道が一緒とあって

何故か隼人の後を小池がひっついてくる。

「うーん。」

とか言って…小池はずっと隼人の後ろで唸っているのだ。

「何ですか?中佐。」

彼も隼人と同じように今日のいきなりの講義が腑に落ちない様子。

「いやぁ。ウィリアム大佐に出てくれって言われたから出たんだけどなぁ」

「やっぱり。お嬢さんが知らなかったてことは、大佐の指示だったんですね。」

「そんなことはどうだって良いんだよ。」

「は?」

「なんて言うのかな?言って良いのかな?」

小池のもったいぶった言い回しに隼人は顔をしかめる。

「何ですか?先ほどから…ずっと、僕の後ろで…。」

「………」

小池は隼人の顔を見つめてまだ戸惑っている。

「本当に…僕は本部に帰りますよ?」

班室は一階、本部は三階。

その分かれ道に来て、隼人は呆れて小池に礼儀の挨拶をして別れようとした。

「うーん。さすが『澤村精機』の息子だなぁってね。」

小池の最後の一言に…隼人はドッキリ…振り返ってしまった。が…

「な・何のことですか?」

「って。そうなんだろう?あの『澤村精機』って実家なんだろう?」

「え…。その、誰がそんなことを?」

葉月ですら…『澤村精機』の四文字は口にしないのに

思わぬところから、問い詰められたので隼人は顔色を変えてしまったが…

それでもしらばっくれようとする自分にやや…嫌悪感が走る。

「お嬢さんが?」

「いや?お嬢にこの前…『澤村精機』の息子かって聞いたらさぁ…。

『知らない』っていつもの冷たい顔で返されたからさ…。

それからは、問いただしていないけど。

俺達『理数系隊員』の間ではもう・かなりの『噂』だけどなぁ…。」

『噂』と来て…隼人は益々『ドッキリ!』

「澤村精機は、規模は小さいし、生産数は少ないけど『画期的』なんだよなぁ。

メジャーなメーカーが作れない重厚な製品って言うのかなぁ。

だから生産数が少ないんだろう?仮に…澤村君のお父さんが社長としても?

その親父さんを筆頭に、専務が仕切る技術を『軍』がかっていることは

ここの理数隊員なら皆知っているぜ?」

隼人はそれは実家のことだから知っていたが…

軍の中でこんなに浸透しているとは内心…驚き。益々焦る。

オマケに…『専務』は亡くなった母の兄…。

つまり…『伯父』だった…。

その上、まだ小池は隼人をたたみかけようと続ける。

「世界に先駆けた『チップ作り』もあの会社ならピカイチだし…。

そこの息子って言うなら、あの力量は『さすが』だなぁって思っただけさ。

お嬢がそれを知らないはずないよな?なんでお嬢までかわすんだよ。

『血は争えない』って感じで…俺・今日はかなり感心したけどな。」

隊長である小池の『お褒め』は嬉しいが…妙な前置きによって素直になれず

隼人はただ…表情を固めてしまった。

そんな隼人を見て、小池はなにやら察したらしい。

だから…それ以上は突っ込まなくなった。

「お言葉は嬉しいのですが…。関係ない会社ですよ。」

「そっか?」

「ええ。」

隼人のいつもの平静顔を見つめて、小池は呆れたため息を床に落とした。

「ところで…。今日の講義妙だったな。」

「…ですね。何かご存じなのですか?」

「いや?ウィリアム大佐に『行って来い』って言われたから行っただけ。

でもな。その内、お嬢の耳に何かはいるかもな。」

「………。何ですか…それって…」

「…。ま・俺達若僧には関係ないかもな。何でも第1中隊がこなすから。」

「『任務』とか?」

隼人の一言に、小池も驚いた顔を急に浮かべる。

「やぁ…。さすが、お嬢の側近だな。

タダの変わり講義と済ましていたそこら辺の隊員とは察し方違うよ。」

「小池中佐も?そう感じていたのですか?」

「まぁな。もしかしたら…どっかの基地。

本当に乗っ取られているかもしれないぜ。」

快活な小池の明るさが急にサッと退いて…

やはり中佐たる瞳を輝かせたので、隼人はおののいた。

「先生の『ご褒美』は任務着任って事かもな。」

「………。」

隼人は、今まで『内勤教官』だったので『任務』など遠い話だったので

益々…おののき、言葉を失ってしまった。

やはり…ここは『島』

大きな総合基地なのだと、未だにその規模、レベルに驚かされているのだ。

『側近として何か聞いたら、外勤補佐の俺にも情報くれよ。』

小池は最後にそれだけ言って、一階の班室へと帰っていった。

隼人も、急に事が気になって、隊長である葉月が待つ本部へ急いだ。

それにしても…

『澤村精機の息子だろ?』

(ああ。フランスでは名が知れていないから気が楽だったのになぁ…。)

日本ではそうも行かないかと…今までかわしてきたことが

ついに『明るみ』に世間に出てしまうのかと急に気が重くなる。

(葉月が『お嬢さん』って奴。嫌う気持ちがなんだか解るなぁ)

自分はどこから見ても『御曹司』のつもりはなかった。

ただ…父と亡くなった母の家系である血筋は、守っている自分がいる。

それがやはり…『工学子息』の証になっているかも知れない。

隼人はバインダーを肩に乗せて、葉桜がさざめく三月の空を見上げる。

『おっと…。早く帰らないと葉月の空軍ミーティングが始まる時間だ!』

急に頭の中に日常の『忙しさ』が戻ってきて隼人は足早に本部に向かう。