2.報告

講義がある日はいつも隼人は残業だった。

(はぁ。疲れた…)

一週間のうちに、空軍管理の内勤をこなしながら

何日かは『メンテ補助員』として未だに、各チームの訓練に参加。

他にレスキュー講義を二週間に一度。

工学と空手は週に一度。

余った時間は、第二中隊のロベルト=ハリス少佐と共に

『メンテチーム結成』の為に候補メンバーを選りすぐったりの話し合いをしている。

一日とて、暇な日はなかった。

今日は葉月が先に車を使って帰ってしまったので

隼人は『置き自転車』で丘のマンションに帰宅。

カードキーを差し込んで帰宅するのも、もう…当たり前になっていた。

「もう!葉月ちゃん!!ちゃんと洗ってよ!!」

「洗うわよ?」

「ちゃんと、手洗い選択で洗うの??」

「ううん。丈夫な生地だから大丈夫よ。」

「だめジャン!!これだけはちゃんと手洗い選択で洗ってよ!」

玄関に入るなり、隣のランドリールームが賑やかだった。

(またか…)

隼人はため息をつきながら黒い革靴を脱いで、隣を覗く。

「また、制服の上着洗うことでもめているのか?」

「あ。おかえりなさい…隼人さん。」

「あ。お帰り…兄ちゃん…。」

制服姿の隼人が現れたので栗毛の二人は言葉を沈めたようだ。

「真一。葉月にそう突っかかるなら自分で洗えよ?」

「うーー…。」

「葉月も…。紺の制服は単独で洗わないと、白物の糸くずが付くだろ?」

「だって…。」

二人にそれぞれの注意をすると一緒に黙り込んだ。

「それにしても真一どうしたんだよ。新しい制服にしてから嫌に過敏だなぁ」

こうして、真一は新しい上着を妙に大切にしているのだ。

そんな過敏さが隼人から見ても不思議なのに

若叔母の葉月は、上着に関しては真一の言いなりなのだ。

隼人が『どうして過敏?』と尋ねると…

「あ!お鍋かけたままだったわ!」

葉月は急に用事が出来て…

「宿題の途中だった。あ・自分で洗おうッと…。」

真一は、葉月がいなくなると甘える相手がいなくなったせいか途端に

最近見せ始めた『自立的少年』に大人びる。

そうして…隼人も何か二人にかわされていることは感じていながらも…

(まぁ。いいけどね…)

葉月と真一の向こう側に透ける影を解っていながら

もどかしいままに放っておいた。

その『影の正体』を知る事の方が、怖い気がするからだ。

背が伸びた真一が自分で洗濯機に紺の上着を丁寧に入れたのを

目の端に止めて、隼人もやっと…リビングに入る。

夕飯が終わって真一は長居をせずに、サッと寮に帰っていった。

葉月と隼人だけ。二人の静かな夜。

隼人は、ビール缶片手にテラスでまたノートパソコンを広げる。

仕事をしたり、息抜きにネットをしたりまちまち…。

葉月は、夕飯の後片づけ。

そんな時だった。

滅多に鳴らない『葉月家』の電話が鳴った。

葉月が水を流す音を止める。

隼人は出たいのは山々だが、『世帯主』ではないので

出ることは控えるようにしていた。

「はい。御園です…。」

隼人もパソコンから手を離して、『誰?』と言う視線を葉月に向ける。

すると…

「あ!うん♪元気!!どうしたの?」

葉月の明るい応対で、親しき『親類』からの連絡と隼人は思った。

(右京さんかな?)

真一のことで、右京は何度か本部に葉月宛に電話をかけてきた。

それは、隼人が取るまでには至らず、『受付役』のジョイが

すべて、葉月に取り次ぐので隼人はまだ一度も彼女の従兄と会話をしていない。

だが、彼が真一が落ち着いてから何度か電話をしてきたことは知っている。

しかし…

「え?いるけど?」

葉月の『いるけど?』に、隼人はドキリとした。

葉月以外にいる人間は自分だけだった。

(まさか…兄さん、俺と話したいとか!?)

葉月がいぶかしそうに、受話器を耳から離して

「隼人さん。『康夫』から…。代わって欲しいって…。」

「康夫!?」

「うん。フランスからよ?今・中佐室からかけているみたいよ?」

久々の友人の名前が出て、隼人は一瞬躊躇したが…。

「うわぁ。メールは送ってはいたけど、声聞くのは久しぶり♪」

軍人として出身地である『フランス』からの連絡に

隼人は嬉々として、葉月から受話器を受け取った。

「康夫?俺♪」

『やっぱりなぁ!葉月の所に入り浸りかぁ!隼人兄!』

こんなからかい…。いつもなら天の邪鬼に冷たく返すが、

ずっと仕事をしてきた友人からの声に思わず頬がゆるんでしまう。

「メールで報告しただろ?一緒に住んでいるって…。」

『ああ。知っているけど♪なんだよぅ…。すっごく上手く行っているんだなぁ』

「まぁね。いろいろあるけど、何とか…。

ところで…どうしたのさ?何かあればいつもメールなのに…。」

『ああ。うん…。メールじゃぁちょっと…。直接隼人兄に言っておきたくて』

「なに?」

『その…』

康夫が言い出しにくそうにしているので、隼人もイヤな予感。

『そこに葉月いるんだろ?顔色変えないで聞いてくれよな?』

「……なに?…」

隼人はチラリと肩越しに振り返る。

親友とまだゆっくりと話していない葉月も

ダイニングチェアに座り込んで『何の話?』と言うように隼人を見ている。

『ちょっと前。一ヶ月くらい前かな?』

「うん。」

『達也…おっと。『ウンノ中佐』知っているだろ?』

「ああ。」

『達也から、連絡があってさ…。『離婚』したって…。』

「え!?それで??」

隼人も思わず声を上げてしまって『あ…』と肩越しに振り返ると

やはり葉月も『何!?』と表情を固めていた。

なので…

「へぇ…そうなんだぁ!いいんじゃないのぉ??」

『だから…驚くなよって言ったのに…。葉月は勘がいいからな。気を付けないと』

隼人のわざとらしい、おどけ笑いに康夫が呆れたため息。

「どうして俺にそんなこと言うんだよ!」

受話器を片手で包んで隼人は小声で言い返した。

『葉月に言うと…気に病むから。

すっかり幸せでやっていると、思わせておいてあげないとな。

ただなぁ…。』

「なんだよ…。」

『達也の方から離婚を切り出したらしいからさ。』

その一言で康夫が言わんとすることが、隼人にも予測できた。

つまり…『ウンノ中佐』は、葉月を忘れられないって事か?と。

『まぁ。葉月と別れて半年で勢いで結婚したからな。

俺には解っていたんだよ。三年もすればすれ違うってね。

達也は痛い目に遭わないと納得しない性分だからさ。

結婚を決めたときも『よく考えろ』って説得したのに。』

康夫は悪友の始末の悪さにため息をこぼす。

康夫は『葉月を捨てた!』と怒って彼の招待状をはねのけて

妻の雪江共々、悪友の結婚を歓迎していなかったほどだ。

「でも。もう、俺にも彼女にも関係ないだろ?」

『そうさ。関係ないさ。俺は達也は悪友だし、隼人兄も友人だし。

どっちの味方になる?といったら…

葉月をしっかり支えている『隼人兄』だな。

もちろん…葉月が今一人なら達也とよりを戻すのもいいかも知れない。

でも…遅いっちゅうんだよな!どうせ離婚するならなぁ…。

そうそう…最近・こっちのフランスでも隼人兄の噂良く聞くぜ?

メンテチームを作るとかで『ジャン』とも連絡しているんだってな!』

「ああ。ハリス少佐にジャンの事、話をしたら偉く乗り気で…

ジャンとも一度会ってみたいって言うんだ。

俺のチームはフランス・アメリカ、日本混合で上手くバランスを取る予定。

ハリス少佐もフランスの航空員には興味あるから

ジャンを紹介してくれって言って…ジャンもメンバー推薦に

若い新人を捜してくれるって言うから…。」

隼人を通して、島とフランスのメンテ員が繋がる…。

その充実感も最近、出来た物だった。

ロベルトは、真剣に協力してくれるし、

フランス同期生のジャンも『島』とのパイプが出来て喜んでいる。

そっと。葉月の様子を伺うと、『仕事の話』と安心したのか

彼女は隼人にニコリと微笑んで、またキッチンへと戻ってしまった。

また…キッチンから水が流れる音がする。

隼人もホッとして…『葉月が向こうに行った』と小声で康夫に告げる。

康夫も『じゃぁ、気兼ねなくもう少し…』と話を続ける。

『ジャンから俺も聞いているぜ?島に良い奴送ってやるって

新人のチェックに、余念がないようだけど。まぁ。それはおいといて…。

フランス基地でも隼人兄の噂が流れて来るんだ。

フロリダではもっと・流れているだろうなぁ。

もしかしたら、葉月に確かなパートナーが出来たって事で

達也の奴…騙していた自分の気持ちに気が付いたのかもな。

なんたって…葉月の相棒は『自分が一番』って奴だからさ。

隼人兄が来るまでは、葉月も一人で頑張っていたし、

その前は、自分は新婚で、葉月の相手はあの遠野大佐だろ?

諦めたつもりが、結婚して三年で何か気が付いたんじゃねぇの?

気を付けろよ!って隼人兄に言っておこうと思って。

達也は悪い奴じゃないけど…離婚を決したって事は、

葉月の元に何が何でも戻るって事だと思ってさ。

本人からは、その本心は聞いてはいないけどな?

将軍の娘と結婚してしかも…側近をしている上官が義理父だぜ?

それに反してまで『離婚する』って言うんだから余程だな!』

「オイオイ。脅かすなよ…。それにそう簡単に…こっちに転属は出来ないだろ?」

『ああ。俺もそう思うぜ?達也もそう言っていた。

もう幹部幕僚は辞めるって。』

「辞める!?」

隼人の声に、葉月がまた…いぶかしげに反応したので

隼人は、また背を丸めて、口元に受話器を近づける。

「辞めるって…じゃぁ?何?教官になるとか?」

『かもなぁ。俺もそこまでしなくても…と言ったんだけどさ。

なんせ、側近をしている上官の娘を放り出したって事だぜ?

しかも…将軍の…。葉月のことは元より、また・将軍の娘とひともめ…。

もう・世間体と言う部分ではかなりの『レッテル』だしな。

達也自身も、嫁さんに後ろめたいんじゃないか?

自分の後始末の形が『幕僚辞退』ってことかもなぁ…。』

「それで?どうやって『島』に戻るつもりなのかな?」

『さぁね。当分は一人でいたいとか言っていたぞ。

とりあえずは…いけそうなところに転属するってさ。

落ちたな。アイツも…。実力はバッチリなのに…残念だよ。』

17歳の葉月と、19歳の康夫と海野の出逢い。

その話は、隼人も葉月からも、康夫からも聞かされていた。

若い十代の3人が誓い合った『幕僚トップへの道』

葉月は、中佐で最新基地の一中隊の隊長。

康夫も同じく、中佐で小さな航空部隊の中隊長。

そのうえ、一つの飛行編成隊のキャプテン。

海野達也は…中佐でフロリダ本部、将軍付の側近。

三人の誓いは、守られている。それぞれの道を歩みながらも…。

だが…。ここへ来て、その『海野達也』は、

『幕僚トップ』から身を退く決心をしていると言うことだ。

だから…悪友に康夫が納得いかなそうに、ため息をこぼす。

隼人もつい最近までは、タダの補佐官で教官だった。

『少佐』と言う地位を得て、葉月の側近と言うことで

確かなる『幕僚』の道を歩み始めたばかり。

今度は逆に『海野達也』は、一年前の隼人のように

教育官とか、補佐官という事務的な仕事しかない地位に退くのだ。

それは、まさしく『エリートコース』から転落することを意味しているのだ。

三人の誓いがここで途切れる…。

葉月は、海野と別れるとき、彼への餞として

『中佐昇格、フロリダ本部転属』を言い付けたのも

自分と別れることで、誓いが途切れて欲しくない…。

そうゆう事だったのだろうと…

隼人は、半年彼女と付き合ってそれは理解していた。

恋人としては続くことのなかった仲は、

最後の一つだけ…『誓いを立てた仲』の信頼だけは…

それだけは、葉月は彼と別れるときに残しておきたかったのだと…。

(こんな事聞いたら…葉月…ショック受けそうだな…)

隼人もそれぐらいは、飲み込めていた。

だからか?康夫が親友の葉月には言わずに、隼人に先に知らせたのは…。

『まぁ。上官であるブラウン少将は、

娘のこと抜きで止めてくれているらしいけどな。

達也としては…ブラウン少将の側じゃなくて

もっと違うことがしたいようだったから…俺も止められなかったな。

遠回りしてでも…どんな役職であれ…島に戻りたいんじゃないかな?

そこはアイツも意地っ張りだから、本音は言わなかったけど。

だからさ。隼人兄…葉月をしっかり繋げておけよ?』

「ご忠告有り難う。俺、昔の男なんて何とも思っていないし…」

本当にそう思っている。

むしろ。隼人が気にしているのは、葉月の根本的な

『男基準』を植え付けただろう…『誰か』の方だ。

その影が解らない。その方が、海野よりも気になる存在なのだ。

『ふーん。余裕だな。ま・隼人兄らしいけど?

でもな。達也の一途さには…適わないかも知れないぜ?

葉月に対する思い入れは、右に出る奴いないほどの男だから。

葉月がどこまで、その達也のこと…心の中でけりつけているかだよな?』

『確かめておいた方がいいぞ?』

「はいはい。テキトーに対処しておくよ。」

康夫の忠告に、隼人も解っちゃいるがやっぱり最後は『天の邪鬼』

『相変わらずだな♪』と、康夫も解っているのか笑っていた。

『あ〜。そうだ…もう一つ…』

「まだあるのかよ?」

『じつはぁ…』

また言いにくそうにしている康夫に隼人は、ため息をついた。

今度は、どんな話だと…。そして…康夫がやっと一言…。

「えええ!?それを早く言えよ!!」

隼人の驚いた声に、今度こそ葉月がキッチンから出てきた。

「なぁに?さっきから…驚いてばかりで。」

むっすりふくれて、隼人の横に寄り添ってくる。

「葉月。康夫が親父になるらしいぞ。」

「え!?それって…」

「雪江さん…今お腹…五ヶ月だってさ♪」

隼人がニッコリ…微笑むと葉月も途端に嬉しそうに微笑んで

今度こそ、隼人の手から受話器を奪い去ってゆく。

「康夫!?おめでとう♪とうとうパパになるのね!!」

テレホンラックで、親友のおめでたい出来事に

心の底から喜ぶ葉月を見下ろして、隼人も一緒になって

葉月が耳に付ける受話器にそっと耳を寄せる。

『うん…まぁな。早く報告したかったけど…

雪江が葉月と隼人兄も大変だろうから落ち着いてからって言うから。

隼人兄も空軍管理長とか…少佐とかになって落ち着いたみたいだし…。』

「うわぁ…康夫はどっちが良いのかしら?男の子?女の子?」

『どっちだって良いよ…。』

いつもは口うるさい『親友同士』なはずなのに、

康夫は葉月の嬉々とした突っ込みに、いつもの勢いはなく照れてばかり。

嬉しそうに話す葉月を、隼人はテレホンラックに両腕を付いて葉月の身体を囲う。

一緒になって照れる友人をひやかした。

でも…隼人はそんな葉月を見て、ふと思った…。

人の喜び事をこんなに嬉しがりながら…葉月は『ピル』をやめない。

女としての喜びは、充分解っていながら、

自分のことにはかなり『不器用で頑ななウサギさん』と…。

葉月自身に、いつかはこの喜びを味あわせてやりたいと思いながらも…

そんな自分も、まだまだ…

『子供』なんてピンとこない『ヴィジョン』しか持っていない。

「康夫。なんだかんだ言って嬉しそう♪隼人さんにもよろしくって!」

葉月がいつになく元気に受話器を置いて…嬉しそうに微笑んでいる。

『葉月…』

そんな彼女をそっと…テレホンラックの囲いから出さずに抱きしめた。

「なに?変な隼人さん…。さっきから…康夫と何はなしていたの?」

勘が良い葉月は、男同士の話は

『おめでた』だけでないとやはり気が付いている。

でも…隼人は今すぐ…葉月の『元・パートナー』の変化を告げる気はなかった。

「うん?ジャンにメンテチームの結成の協力をしてもらっているって事。」

「本当に?『辞める』って何を?」

(耳ざといなぁ…)

隼人は、葉月が耳がよいことも知っていた。

ちょっとした物音にも良く気が付く勘の鋭さは、

軍人一家の末娘ならではの『本能』らしいのだ。

だから…ちょっと苦笑いしつつ…

「ああ。雪江さんが…妊娠して辞めるかどうかってこと。辞めないらしいけど?」

などと…康夫から聞いてもいないのにそう…誤魔化しておく。

「そうよねぇ。せっかく夫婦二人で頑張ってきたんだもの。勿体ないわよね。

それで?ジャルジェ少佐とはどこまでお話進んでいるの?

最近、ロニーからもメンテについては報告受けていないし…。」

やっと・話がそれたので、隼人もホッとして腕の囲いから葉月を解放する。

「ああ。ロベルトは…フランスに出張に行きたいって言いだしているよ?」

「そんなに…入れ込んでくれているの?」

「よく言うよ。御園中佐がハリス少佐にその大役振ったくせに。

ロベルトは先輩としてかなり…使命感に燃えているよ?有り難すぎるよ。」

数ヶ月前…渋るロベルトと戸惑う隼人を『前・恋人、現・恋人』なのに

向き合わせて、『同業者パートナー』としての仕事を提案した葉月。

騒ぎを起こして、収まってしまえば『ケロリ』としているので

隼人は、改めて『お騒がせじゃじゃ馬』と呆れてしまった。

隼人の釘刺しに葉月も『なによ…』といつも通りふてくされている。

「ロベルトは元より…フランスに興味があるみたいだからね。

ジャンも…外の隊員を知りたいって衝動は前からあるみたいだし。」

隼人は、話ながらダイニングの椅子に腰をかける。

葉月も、隼人の隣の椅子を引いて腰をかけた。

「じゃぁ?隼人さんが橋渡しね…。フランス…出張に行きたい?」

「……。いや・別に?」

隼人が恋しがっていたフランスをあっさり…拒否したので葉月が驚いている。

「出張費かさむだろ?俺は元々知っている基地だし。

どうせ、出張組むなら、ロベルトだけ行けばいいって今話してるけど?」

「どうして?せっかくだから…」

葉月がそう言って『故郷帰省』のように進めようとしていた。

「どうせ…帰るなら…葉月と一緒が良いな…」

「え?」

「ラ・シャンタルのマスター。海辺のレストランのマスター…

ホテルアパートの親父さんにママン…。葉月と一緒じゃなきゃ…

俺、叱られそうだよ…。ミシェールとマリーにもね。

『側近』は常に側にいるべし…ってミシェールなら言うから。

側近外になりそうな仕事なら…専門員のロベルトが出向くのが一番良いだろ?

俺は第四中隊の『空軍管理長』で側近。チームを組むのに

フランス基地訪問が必要なら他の空軍管理官をロベルトと行かせるよ。

若い奴らも、外の基地見てくるのも良い経験になると思うしね。

チームを組むことは一番の責任があるけど…。

俺がすべて動く事じゃないだろ?動かすことは出来るかもしれないけど?

葉月も言っていただろ?内勤は、俺が頭を使って、他の奴らを動かす。

訓練外勤は、俺が動くって…。」

隼人のもっともな…そして確固たる『幹部員』としての成長に

葉月が面食らっている…。隼人も少々…照れくさくなって黒髪をかいた。

「ま…つまり…俺はもう『島』の人間ってことさ。

いつまでも…フランスにいたがっていた俺のイメージを持っていちゃ困るよ。」

「隼人さん…。」

すっかり落ち着いた隼人を葉月がニッコリ満足そうに

栗毛を揺らして微笑んでくれる。

「いつか…フランス。二人で行けたらいいわね…。」

隣にいる隼人の手を…ひんやりとしている葉月の手が包み込む。

「早いよな。あと…数ヶ月で…出逢って一年経つんだ。」

「うん…。なんだか…懐かしい…。」

「…そうだな。」

隼人もそっと…葉月の冷たい手を包んでいた。

二人の目の前には、漁り火が浮かぶ日本の海。

それを眺めて微笑みあった。

『隼人さんが日本、ロニーがアメリカ。ジャルジェ少佐はフランス。

三人で、メンバー集めたら…隼人さんの理想のチームが出来るわね♪』

『さぁね。理想だから…そう上手くは行かないかもよ。』

二人はまた、いつも通り…仕事の話で盛り上がる。

程良い春の風がもう…小笠原には吹き始めて、テラスから入り込んでいる。

そして…旧友の報告に…

静かないつもの夜に、一際・明るい話に花が咲く、春の一夜…。

でも…隼人は気がそれた葉月を見つめながらも…

(ああ。また・ややこしいことにならなきゃいいけど…)

心の中で、康夫の『海野離婚報告』が心に引っかかり始めた。

そんなにすぐには…海野も葉月の側には来ないと思ってもだった。