6.出動準備

葉月が本部に帰ると、ジョイと山中が何か悟ったように席を立ち上がった。

「お嬢?何の会議だったの??」

ジョイの心配そうな顔…。

そして、いつもの落ち着きで山中もジョイの後ろで立ちつくしていた。

「お兄さん?達也から聞いていたの?任務のこと。」

葉月がいつもの冷たい顔で尋ねると…

ジョイは『やっぱり!』と驚き、山中はため息をついた。

「ああ。お嬢には面と向かって言いにくかったと…。

ただ声が聞きたかっただけだからってね…。

それで?何があったんだよ。達也はいずれ…島でも解ることと言っていたけど

今日の昼にアイツから電話があって、こんなに早く島でも公表されるなんて…

そんなに急ぐ大事でもあったのかよ?島はどこの隊が出動を?」

今度は葉月がため息をつく。

「その話は今から中佐室でするから…来てちょうだい。」

若い本部員達が、四中隊の幹部が入り口に集まっているので

なにやら、不思議そうに眺めている。

ここで、補佐の二人を驚かせては、本部内に動揺が走る。

先ずは…この補佐から落ち着かせなくてはならない。

そして…

「デビー!」

窓際の席で、夕方の業務をしている葉月と同期である、

山中の後輩…陸官のデビー=ワグナー少佐が

葉月に呼ばれて首を傾げながらも寄ってきた。

「何だよ。お嬢…おっかない顔して…。」

デビーは口元を曲げながら、

いつもの如く同期の葉月に遠慮もなく口悪を叩いたが

葉月はいつも以上に無反応。ジョイの方へと向いてしまった。

「隼人さんは?」

「隼人兄なら…お嬢が帰ってくるまで

心配そうにして中佐室で残業していたよ?」

ジョイも葉月とは長年の付き合い。

中佐室に、幹部を集めて『話す』という

思い詰めた姉貴分の顔を見ただけで、何か不安を深めたようだ。

「そう。ジョイ。小池中佐も呼んでくれる?」

葉月のその『召集具合』で三人の男は息を止めたように動きを止めた。

「解ったようね。大役が来たのよ。早くして。」

『俺達に任務が言い渡された!』

ジョイも山中もデビーも…今度こそ驚きの表情を刻んだか、

女の葉月がことごとく…

冷たい顔で落ち着いているので慌てることは出来ない様だった。

だから…ジョイも急に表情を引き締めて、内線を手に取った。

山中は、机から筆記用具を準備する。

デビーも、机に走り、急にキビキビと『ミーティング準備』を始める。

葉月もその男達の機敏さと落ち着きに一応ホッとして中佐室に入る。

「ただいま。少佐。」

「お帰り!どうだった?」

葉月の帰りを待ちかまえていたのか、隼人はすぐさま席を立った。

「大当たり。」

葉月の淡泊な一言。

だが…隼人は他の男と違って、

『悪い予感』が数日前からあったからか落ち着いていた。

「そう…。それで?」

「うちと、ウィリアム隊が着任よ。」

「それ!本当かよ!小池中佐はだいたいが第1中隊に回るって…」

そこは、さすがに隼人も予想外だったらしく驚いたのだ。

葉月はため息をついて、資料を中佐席に置く。

隼人は、落ち着き払っている葉月をジッと固唾を飲んで見つめていた。

「今から1時間後、19時から、第五中隊でミーティング。

その前に四中隊でミーティングをするから…ソファーに集まって」

葉月は制服の上着を脱いで皮椅子の背もたれに掛ける。

カッターシャツの第1ボタンをはずしながら、

『ふぅ…』と皮椅子に座り込んだ。

「何があったんだよ。」

「だから…今から皆に話すから…」

葉月の疲れた様子を見て、隼人もそれ以上は突っ込むのをやめたようだ。

「ああ。煙草吸いたい…。」

全くやめた訳ではなかったが、隼人の前でこんな言葉を

平気で口にするのも久しぶりだ。

「吸えば?買ってこようか?」

隼人も止めはしなかったが無表情だった。

「じゃ。ミルクティー。」

葉月がそう言うと、隼人がやっと微笑んでくれた。

「おやすいご用♪どうせジョイ達も集まるのだろ?準備するよ。」

そんな彼の眼鏡の微笑みを見ただけで葉月はホッとして

自分もやっと…笑っていた。

なのに…

この優しい彼を…闇の中に見送らなくてはならないなんて…

隼人の逞しい背中がキッチンに向かうのを見つめながら

葉月は、目を細めてそっと…ため息をついた。

『と、いう事よ。』

葉月は、フランス管制基地の現状と、作戦内容。

スケジュール、出発日。

そして…隼人が選ばれたわけを、集めたメンバーに一気に説明した。

暫くは、小池を含めた男、5人は黙り込んでしまった。

「…隼人兄。本当に行くのかよ。」

一番最初に言葉を発したのはジョイ。

葉月が驚いた人選だから、他の男達も驚いたし…

勿論…当の本人隼人も落ち着いてはいるが硬直しているのだ。

「俺は…トッド先輩が一緒なら。久々の任務仕方がないと思うけど。

…。澤村君は…こう言っては何だけど今まで『内勤専門』

外勤での訓練だって最近始めたばかり。それで?初任務を??」

小池も実は自分が通信隊副隊長に任命されて戸惑っているようだが

隼人が『一緒』と言うのは、彼も腑に落ちないようだった。

しかし、隼人は膝の上で手を組み合わせて

ジッと何を考え込んでいるのか、

眼鏡の奥の瞳を凍らせて床を見つめている。

隼人が勢い余って反抗的に騒ぐこともしなければ…

すんなり『行く』とも言わないので…

空気の重さに耐えきれなくなったのか山中が葉月にまず質問。

「それで?お嬢。俺とジョイは留守番か?」

四中隊でどのような体制で、出動し、本部の留守を守るか。

お互いの戸惑いはさておいて、男達は

一番上座の単体ソファーに足を組んで座っている葉月に視線を集める。

「お兄さんに留守を任せるなら…デビーはここに呼ばないわよ。」

すると。今度は山中が驚きの表情を刻んだ。

一瞬の沈黙の後すぐ。隼人が呟く。

「なに?俺の代わりに山中の兄さんを『側近代理』に連れてゆくのか?」

(さすがぁ)

察しが早い隼人の言葉に葉月はおののいてしまった。

「そうよ。会議から帰って来る道…考えたんだけど。

私の側近に山中中佐。ジョイは本部留守番。

デビーは山中中佐がいない間に補佐としての代理を務めてもらうわ。」

意外な役目が回ってきて、今度は栗毛のデビーはビックリ…

葉月を見つめたのだ。

「デビーもいい機会よ。陸官として中隊本部と訓練をまとめる経験をね。」

葉月の無表情な眼差しが余計にデビーにプレッシャーを掛けたようだった。

「小池中佐と澤村少佐は…本日21時から講義室にて

実戦の模擬訓練をマクティアン大佐の元で。

悪いけど、『徹夜』ってわけ。

いろいろなパターンで、乗っ取られた現システムの切断。

敵に気づかれない為の新システムの起動。

これを五中隊第2陣と、クロフォード中佐と計画を立てるそうよ。

明日の午前中は自宅療養。明日の夜は機材準備。

次の日、出発準備を整えて夜は早めに帰宅許可が出ているわ。

明後日早朝、ウィリアム大佐の元、空輸機でフランスへ移動よ。

フロリダの特殊部隊は、私達より一日早くフランス入り。

管制基地から離れた海上で、管制基地の代わりに

空の管理管制を緊急で業務している空母艦で

各隊、全集合という手はず。

ジョイとデビーは、明後日までは出動準備を…。本部員を使って行って。

私は空軍にも回らなくちゃいけいないから…

今回は細川中将も『監督指導』で空軍に着いてくるそうだから。

私が本部にいない間、出発までは山中中佐が皆をしきってね。」

『いい?』

帰り道でこれだけのポジション組みを考えてきた葉月の言い渡しに…

男達は、暫く沈黙していたが。

『ラジャー』と皆が沈んだ声でそろって答えた。

「そうと決まれば…夜勤に供えてカフェで腹ごしらえかなぁ!」

やっと…ジョイがそれらしく張り切り始めた。

一番年下のジョイが、胸張ったので他の先輩一同も

やっと、微笑みをこぼした。

「そうだな。ジョイが行くなら俺も一緒に行こう♪」

デビーもサッと立ち上がる。

「みんなで行って来なさいよ。私本部の留守番しているから。

その代わり。19時にウィリアム大佐室に集合してよ。」

『それもそうだな』 山中も立ち上がった。

「お嬢は…側近と行ったらどうだよ?」

小池が葉月と隼人に気遣ったのか

『少しでも長く二人一緒に』とばかりにそう言いだしたが。

『いや…』

『いいえ。』

と、二人そろって首を振ったのだ。

「小池中佐。いろいろお話ししたいことがあるから是非一緒に」

隼人が冷たい顔で申し込んでくる。

彼は既に『緊迫状態』であるようだった。

「そうしたら?私もいろいろ一人でまとめたいことあるし。」

葉月はまだ余裕があるのか、男達にニコリと微笑んで

食事へと見送ろうとした。

『じゃぁ。お言葉に甘えて』

男達は五人そろって、カフェへと中佐室を出ようとしたのだ。

しかし…

「隼人さん。少しだけいい?」

背を向けた男達に葉月がそっと囁いた。

皆が一緒に振り向いたが…隼人は振り向いても誰よりも先に

再び前に向き直って自動ドアを出ようとしていたが…

『なに格好付けているんだよ!』

小池に襟首を捕まれて、山中に腕を引っ張られて

『そうだよ!もう!』とジョイにとうとう背中を押されて

葉月の目の前に突き出されてしまった。

『先に行っているぜ〜♪』

妙な笑顔の中佐2名と年下の少佐2名に隼人は置いてかれてしまった。

「『…さん』って呼ぶからだよ。」

「わざとよ。」

『少佐』でなく『隼人さん』

葉月の恋人への呼びかけの意味。

他の男達には『プライベートの話』と上手く伝わったようだった。

隼人は二人きりになると、いつもの柔らかい表情に崩して照れていた。

葉月もそんな天の邪鬼が相変わらずな隼人にそっと微笑んでいたのだ。

「それで。なに?早く食事しないと…時間ないし。」

「……。」

今度は葉月が思い詰めた表情で隼人を見上げる。

「なに?」

「お願い。実家のお父様に連絡して。」

葉月の真剣で真っ直ぐな瞳に隼人は硬直した。

「………。」

やっぱり反応が出来ない隼人を見て葉月はため息をついた。

しかし、すぐに隼人が答えた。

「それどころじゃないんだ。親父と話すと余計な時間をとられる。

ちょっとやそっとで、話は終わらないし俺の精神にも波風が立つ。

俺は…どうせ出動するなら今からは余計なこと考えずに集中したいんだ。」

隼人の言い分、気持ち…それは葉月にも解る。

きっと…帰国しても帰省しない隼人が実家に連絡して

生死に関わる任務に着任となれば…

きっと、隼人の父は動揺する。

『なぜ?こんな事になる前に帰ってこなかった!?』

そこで、長年の間出来てしまった『溝』について

父子がすれ違いの言い合いを始める。

そうすると、隼人が日頃、心の奥に波風立たぬよう

そっと置いている『心』に荒波が立つ。

隼人はそれが嫌だから、日頃はたった一人で『平静』を保っている。

今は…葉月と真一が一緒の日常だから

隼人も忘れたようにフランスにいたときより

活き活きとした笑顔で日々を過ごしている。

葉月も…事情がほぼ解っていながらそっとして置いた。

でも…こんな任務が本当にやってきてしまって…

(しまった。放っておきすぎた。)

と…正月に隼人に厳しく釘を差されてから、

本人任せにしていたことを初めて悔やんだのだ。

「…そう。解ったわ。」

「無事に帰ってくればいいんだろ?

おれ…葉月をおいて殉職するつもりはないからな。」

隼人の眼鏡の奥の瞳が強く輝いた。

前へ出ることを嫌っていたフランスでの彼はもういない。

頼もしい…安心できる瞳。

その言葉、その意気込みは葉月も嬉しく思った。

でも…

「でも。黙っておくことは出来ないから…

じゃぁ。鎌倉の叔父様から…

横浜のお父様に報告してもらう。それじゃダメ?」

「勝手にしろ。葉月の立場がそれで救われるなら、それでいいよ。

俺からは連絡はしない。帰ってからする。じゃぁな。」

隼人は『そんなことで引き留めたのか』とばかりに…

葉月とうち解ける前、フランスでよく見せていた冷たい表情で

先に出た男達の後を追ってサッと、中佐室を出ていってしまった。

葉月も再びため息。

でも。

(いいわ。一筋縄でいかないことは百も承知よ。

今度は退かないわよ。私、一応…連絡は勧めたからね。忘れないでよ!)

彼の姿が消えた自動ドアを見つめて瞳を輝かせる。

とりあえず、『連絡して』と隼人に頼んだ。

断られた。

サッと退いたのは…葉月にも覚悟があったからだ。

(あなたがそう出たなら、サッサと事は進めさせてもらうわよ)

葉月は栗毛をなびかせてサッと身を翻し中佐席に向かった。

自分の頭より高い背もたれの皮椅子に座る。

受話器を手にして、ダイヤルを押す。

『はい。神奈川横須賀訓練校です。』

「お忙しいところ申し訳ありません。御園の姪です。叔父はいますか?」

葉月は、横須賀にいる御園京介叔父に連絡をする。

隼人が嫌がっても…彼に叱られても…

このまま任務に行かせるつもりはないから…。

自分がしたような後悔はして欲しくないから…。

だから…。

葉月は、事務官が校長室に内線を繋いでくれて

叔父の側近が出るまで、そっと日が長くなった窓辺の席で瞳を閉じで待つ。