5.人選

「連隊長!」

葉月は、ざわつくおじ様達の中、構わずに机に手をついて席を立った。

「なんだ?御園中佐。」

いつもは優しい兄様が冷たい氷の瞳で葉月を見据える。

「このメンバー選出は確かに理に適っております。

ですが!通信科の隊員と共に、空軍である私の側近…

『澤村少佐』が選ばれているのは何故なのですか!?」

葉月の叫び声に、ロイの横にいる『副連隊長』の将軍が笑った。

「おやおや…。無感情な令嬢様も『恋人』の前線出動は嫌だってことかな?」

小太りな将軍は時々こうして『嫌み』を言う。

他の将軍達は苦笑いをしていたが、若い女性で

しかも『無感情令嬢』と言われる葉月の反応を

面白そうに見つめているのだ。

「そんなに面白いですか?私の女性としての反応が。『おじ様方』」

ハッキリ・無感情令嬢らしく突きつけて涼やかな視線を送ると、

何人かは視線を逸らした。

『お嬢。やめなさい…。』

横でウィリアムが葉月を座らそうとしたが、葉月は突っぱねた。

「島に来て半年で、この様な重い任務を言い付けるためにも

澤村に納得のいく説明がいりますでしょう?説明して下さい!」

葉月は、それだけ言って席に座った。

ロイがため息をついて…『老先生…』と呟いた。

「では。私から、資料を出しましょう。」

老先生…マクティアン大佐がいつもの穏やかさでニッコリ…

資料を配り始める。

皆の手に、工学の資料が配られた。

葉月も、早速開けてみる。

「さて。御園君が納得いかないのは当然でしょう?

『恋人』以前の問題じゃないかな?

彼女の抗議が、『恋人だから』というのは

幹部としての判断力もセンスもないお言葉だね」

老先生は、いつもは穏やかなのに、先ほど葉月をからかった

『副連隊長』を冷ややかに見つめて、あからさまに彼に言葉を突きつけた。

それで、葉月もスッとした。

ウィリアムも横で、葉月に『良かったね』と微笑んでくれる。

老先生は『大佐』だが、実績がある勲章付の『大佐』

ただ、キャリア(内勤)で登ってきた『副連隊長』など、

実戦で言えば『無知』に等しいのだ。

彼は、苦い表情をして唇を噛みしめたが、

若いロイにまで冷ややかに見つめられたため、小さくなったようだ。

(ふん!セクハラ将軍!)

葉月は一人心でほくそ笑んでしまった。が…それどころじゃない。

資料をめくってマクティアン大佐の説明に集中する。

「御園君は、側近の澤村君から先日の私の講義について

何か、聞いてはいないかな?」

(わぁ。さっき…聞いておいて良かった!)

ここで知らない…と言えば、側近との疎通がなっていない…と見られる所。

葉月は出かけがけに、隼人から報告を受けていてホッとした。

心では、慌てながら、表情はいつもの平静を保つ。

「はい。『基地のシステムロック解除』の講義をしたと。

通信科の隊長達も集まっていたらしいですわね。」

「そう。その提案をしたのは、連隊長。テストをしたのは私だよ。」

(テストだったのね?)

葉月は、いつの間にかそんな動きが数日前からあったことに驚く。

これで、康夫と達也がそろって連絡をしてきたことに妙に納得した。

康夫は隼人に何を話したのだろう?

達也は何故?任務出動のことを言わなかったのだろう?

だけれども、達也の気持ちが手に取るように解った。

『出かけるとどうなるか解らないしさ。お前と話したかったんだ。』

または…フロリダ本部にいる彼。

葉月が『島側副指揮官』に任命されたことを知っていて…

『指揮官らしく、大人しくしていろよ。お前が出しゃばるとろくな事ない。

俺達、動く男に任せていればいいのだから!』

それが言いたかったのだろうと…。

「さて。そこの資料を参考にしていただこうかな?

まず、システム回復作業の模擬実戦を講義生、通信科隊長にしてもらい…

その結果が解りますかな?与えた制限時間は1時間。

その表に記載されている隊員はその制限時間内に問題が解けた者です。」

席を立って、皆を見渡しながら説明するマクティアン大佐の言葉に

葉月も集中する。

資料には、一番左側に名前が記されていて、その横にいくつかの数字が。

一番上には、第一中隊通信科長『トッド=クロフォード中佐』

三番目に、葉月の補佐官『小池泰信』

二人ともさすがのクリア時間。

(隼人さんは?)

良く捜すと、表に載せられているのは10名。

その一番下だった。

(あたりまえじゃない。空軍なのだから…。なのに老先生は何故?彼を?)

通信科のエキスパートが並んだ後、一番下に隼人。

それでも、他の通信科講義生をのけてのトップテン入りは

空軍としては良くできているに代わりはないが…。

葉月は納得いかない人選にふてくされて老先生を見つめた。

すると、マクティアン大佐がニッコリ…微笑み返してきた。

「御園中佐は元より。皆々方も不思議に思うでしょう?

クロフォードは通信側潜入隊として今回は隊長にしました。

これは文句はないでしょう。コイケに任せても良かったのですがね?

クロフォードなら、安心して任せられますからね。

コイケは今回は副隊長。数名の隊員と共にサワムラはサポートに。」

すると、第一中隊長フォード大佐が、また質問。

「今回の任務は、第五中、四中隊が出動すると決まっていて、

五中隊通信科隊長のハマードを起用せず、何故?うちのクロフォードが?」

フォード大佐の不可解さを表した質問に葉月も頷いた。

五中隊の『ハマード中佐』なら、クロフォード中佐とそう代わりはない。

すると…穏やかだった老先生がちょっと困った顔をした。

そこで。ロイが静かに立ち上がった。

「五中隊の通信科は第二陣に控えてもらうことにした。

先ずは、四中隊から潜入してもらう。

勿論、第一陣で『成功』が理想だから、

この基地で一番の通信科隊長に前線、システム回復を指揮してもらう。

確かに中隊所属は違うが、ここは一番の実力者として

若い小池のバックアップとして一番手に選ばせてもらった。」

「困りますな。若い中隊が役に立たないのなら。

いつも通り、我が第一中隊にすべてを任せれば同じ事では?」

フォード大佐は、葉月の若い隊員達のサポートのように

一番の実力者である隊長がかり出され…

しかも、第二陣が控えていることにかなり不服そうだった。

葉月も、悔しいがフォード大佐が言っていることは事実。

その上…。第二陣が控えていて…

まるで第一陣が『様子見』の捨て駒のように感じて腹が立ってくる。

若い隊員をまず、捨て駒に使うとは…しかもその一人が

通信科とは全く関係のない空軍の隼人が選ばれている。

「そうはいっても。それなら、フォード中隊が今回の作戦。

すべて引き受けてくれるのか?」

年功者のフォードにも若いロイは怯むことなく、突きつけた。

すると、フォード大佐もひとため息…。

「…。まぁ。我が中隊もここ数年の任務で疲れていますからね。

いつまでも、他の中隊から手柄を奪ってばかりでもいけないでしょうし。

総指揮官は、御園中佐の父上。

娘の彼女が出向くのが良いって所の『人選』ならば仕方がないでしょうね。」

(〜!いちいち嫌み!)

確かにウィリアムと違ってフォード大佐はかなりやり手で冷静な中隊長。

葉月も中隊長になってからは何度か厳しいことは言われたが。

どうあっても、『親の七光り』とか『若いから何もできない』と跳ね返ってくる。

この悔しさは、どうにもならないのが現状だが。

今回の任務がこなせないと一人前の『中隊』とは認めてもらえない。

葉月は…そう初めて肌で感じた。

だが。やはり…隼人の人選は納得いかない。

「クロフォードの着任がそんなに不満なら後ではずす。

その代わり。後で後悔するなよ、フォード」

ロイは、中将に登り詰めただけあって、年功者にもかなり冷酷だった。

そうでなければ、連隊長なんか務まりっこないのだが、

ロイの貫禄はどうしたことか浸透していて、

ロイの冷たい眼差しが鋭くフォードを突き刺した。

思わず、連隊長に不満を漏らしたフォード大佐がそこで退いたのだった。

『続けてくれ…』

ロイの説明が終わり、再び老先生に先導が渡る。

「さて。通信科特攻隊長の事は後ほどとして…。

空軍のサワムラ少佐を連隊長と選出した理由ですがね?」

皆が再び資料に視線を戻す。葉月は先生の顔をゴクリ…と見つめる。

「皆さんはお忘れかな?サワムラ君は

我が基地にも少数しかいない『フランス航空部隊出身』の隊員であることを。

彼なら、今回通信不能になっている管制基地のことは良く知っている。

内部事情も、フランス基地との交信記録などの内勤もこなしていた。

その上、彼の特技として『工学』については磨きが掛かっていてね。

通信科隊員ほどではないが、ちょっとした機転は唸る物がありました。

本来なら、御園嬢の側近としてついている立場の隊員ですが

ここは、航空基地内での事件。空軍の事情把握者としては

彼ほどの適任はいない。その判断で連隊長と共に推薦しました。

最終目標は、通信科潜入隊で管制機能を復活させること。

復活した際、通信科の隊員では、空軍管制は無理でしょう?

その為には通信科サポートもできて空軍の指揮もできる。

空軍管理長をしている彼なら出来るのでは?」

そこで、中隊長連中は、葉月を始めとしてシン…と静まり返った。

(確かに…)

葉月も納得した。でも…まだ残る不満がある。

でも、葉月自身解っていた。

今心に残っている不満は、今度こそ『恋人』としてだった。

「解っていただけたかな?御園嬢?」

老先生のニッコリに…葉月は『ハイ』としか返事が出来なかった。

隼人なら…この説明をしたら『俺は行く』というだろう…。

葉月が逆の立場でもそうする。

例え隼人が止めても…責任として出動する。

どうせなら…隼人の変わりに自分が突入隊に入りたいところだ。

でも…パイロットの葉月では『専門知識』がない…。

どちらかというと…『戦闘能力』なら…ある方だ。

しかし…フロリダという本部の強豪が出動するなら

島側の『指揮官』としては出しゃばることは出来なかった。

(今回は…大人しくしていろと?)

副指揮官に選ばれたと言うことは、基地内の指揮管理室で

大人しく戦局を眺めて、指示の判断を考えるのみ。

『コリンズチーム』とも、空は飛べないと言うことだった。

(いいえ。空ぐらいは…飛ばせてくれるかも)

室内にこもって。一人安穏と皆の帰還を待つのは嫌だ。

どうせ…現場指揮官の下の…島側指揮官のその下の副指揮官。

タダのお人形。

葉月の意見など通らない。

皆、父が決めて…ブラウン将軍が指揮を出し。

ウィリアムがそれに従う。

(もしかして…私は危険にさらされないために!?)

葉月の頭の中に、自分が中佐に昇格した任務

『ミャンマー救助遠征』が頭をかすめた。

葉月はこの任務で、『行方不明』になる事態を起こした。

つまり…その間に二人目の子供をお腹に宿したのだ。

自分は行方不明にはなったが、不時着した仲間は無事に救助できた。

その功績が『中佐昇格』だった。

その代わり、自分の身体は女として傷つき、仲間も失った。

達也という『最高のパートナー』を…。

妊娠は葉月の中では納得した上でのこと。

しかし…家族に仲間に…特に葉月を良く知る男達にとっては…

『許せない』出来事だったのだ。

その事態が二度と起きないための…『隔離、戦線離脱』

葉月をまんまと、指揮という『箱』に収めたのだ。

しかも。父親と言う指揮下の下に置かれてしまったのだ。

(ロイ兄様の仕業ね!)

本来なら、ウィリアムの指揮下で葉月も空を飛ぶ役目の所。

『中隊長』などという立場になってしまったために

上手い具合に『副指揮官』という安易な物も言えない地位に押し込まれた。

その代わり…。

自分の指揮下の男達が、動かされる。

葉月だって…解っている。

『隊長』という業務はそうゆう物だ。

でも…。

葉月の中では、まだそんな老体のつもりはない。

中隊長だって現場に出て体を動かさねばならない。

葉月のように『若い』なら…きっとロイはそうさせる。

前四中隊長の遠野大佐は現場に出て…それで命を落とした。

彼は海陸の男らしく最後まで部下と共に前線を守った。

なのに葉月の場合は…ただ…『女』故に…。

過去があるだけに…。

その後…各作戦の要点が説明されたが、

葉月の中では、何か煮えたぎるようなもどかしい怒りが続くだけだった。

そんな葉月をウィリアムが心配そうに眺めていた。

会議が終わり、葉月は鼻息も荒く資料をまとめて立ち上がる。

「お嬢。四中の幹部を連れて私の大佐室に後で来なさい。」

「かしこまりました!」

ウィリアムの命令にも、葉月は反抗的。

久々に葉月の『じゃじゃ馬』を感じたのかウィリアムはとても不安そうだった。

いつも優しく面倒を見てくれるおじ様にそんな顔をされると葉月も弱い。

「申し訳ありません…。大佐。解っています。ご迷惑はかけませんから…。」

いつもの落ち着いた葉月を見届けてウィリアムもやっと頬を緩めた。

「お嬢?お嬢の気持ちは解るよ。私だっていろいろ辛いのだよ。」

ウィリアムにとっても、久しぶりの任務なのだ。

ウィリアムとフォードは同世代だったが、

やはり、やり手なのはフォード大佐だった。

ウィリアムは穏和故、葉月のような若幹部の面倒見役として

島にやってきたような物だった。

だから…今まで世話になったこのおじ様のためにも

彼の『大佐』としての立場に一花咲かせたいところ。

ウィリアムは遠野が来た頃、一緒にフロリダから島に転属してきたから

葉月の『ミャンマー戦負傷・行方不明事件』を聞いてはいるだろうが

その惨たる有様はその目で見ていない。

遠野が急に亡くなってしまってこの二年あまり、『お目付』として

常に葉月の面倒を見てきてくれた恩人だった。

そんな不安そうなウィリアムと一緒に会議室を出ると…

フォード大佐と目があった。

葉月は思わず反抗的な眼差しを送ってしまったのだが…。

「デューク。頑張れよ。」

「ああ。お前ほどは行かないかも知れないが。」

(!?)

今まで見たことない二人の触れ合いに葉月は

ビックリ…目を丸くしてしまった。

「御園嬢。こいつは慎重派で大人しいからガンガン

後を押してやってくれないか?そこはじゃじゃ馬にお任せだ。」

『マック!』

ウィリアムが照れくさそうに叫んだので葉月も益々驚き。

「失礼ですわ。指揮官に逆らう気などありませんわよ。」

葉月がいつもの生意気を叩くと

フォードは面白そうに微笑んだ。

「さて。どうかな?発展途上の若中隊のお手並み楽しみにしているよ。」

(もう!なんか嫌み!)

彼の好意による激励と解っているが、

エリート中隊隊長としての見下した言い方が葉月の闘志に火を注ぐ。

「そうそう。口悪のお詫びと言っては何だが…

コリンズチームにはメンテがいないから空軍サポートに

うちの『源メンテチーム』を貸そうかと思うのだが?

引き受けてくれるかな?フランク中将にもそう言っておこうかと…。」

急に協力的なフォード大佐の好意に葉月もウィリアムもそろって…

『え!?』と声を上げてしまった。

するとフォードは照れくさそうにセットしている栗毛をかいた。

「ほら…野球でもあるだろう?曖昧な審判の判断には

監督が抗議でもして選手をかばってやらないと。

先ほどのフランク中将への口答えはそうゆう事さ。

重要なところだけかいつまんでうちの隊員を頼られても困るってね。」

(はぁ…なるほど〜)

葉月も妙に納得。

「中隊長はそうゆう物だよ。『選手』に頑張ってもらう分。守ってやらないとね…。

御園嬢だって先ほど納得いかないと意気込んだだろ?

それと一緒さ…。」

『じゃぁな』

フォードはそれだけ言うといつもの冷たい表情になって背を向けた。

葉月は『有り難うございます!』と気のよい声で頭を下げたが…

ウィリアムと彼は言葉なしで何か通じるのか…

ウィリアムは切なそうな眼差しでそっと彼の背を見送るだけだった。

「フォード隊長と大佐は…?」

「同期だよ。フロリダのね…。」

ウィリアムはため息をついて金茶毛をかき上げる。

(同期かぁ…)

葉月はそれで…か。といろいろな想いが駆けめぐった。

同期のフォード大佐はやり手の隊長。

その彼が受け持つ隊員を借りなくては、大きな任務も動かせない…

若い隊員揃いの『第4・5中隊』

同期生の力を借りてやっと…の所。

大人しいウィリアムだが…やはり同期生としての『男のプライド』を

葉月は無口になったおじ様の横でふと・感じてしまった。

「大佐!絶対成功させましょうね!」

葉月が拳を握って励ますと…

「お嬢が大人しくしてくれるのが一番安心だよ。」

いつもの優しい笑顔でニッコリ…。

「もう!何ですの!私・何もたくらんでいませんわよ!」

葉月がムキになるとウィリアムもホッとしたのか

やっと…顔色が良くなってきた。

「お嬢はね…アメリカにおいてきた私の娘とそう歳が変わらないからね。

今回は父上の中将がいるから安心なんだけど、冷や冷やさせないでくれよ。」

優しいウィリアムの釘差しが一番堪える。

葉月は、頬を染めて…

『何もしませんわ。信用ないのですね!』

と…またムキになる。

いつもの如く…ウィリアムは優しい笑顔で笑うだけだった。

『さて…今からお互いの本部は騒然だね。』

後で…と別れたウィリアムの言葉に葉月もガックリ肩を落とした。

(ああ。任務は急だけど、ジョイもお兄さんも隼人さんもビックリするわ)

フランス基地への出発は…3日後に控えていた。

この三日間の間に、通信潜入隊は缶詰になって

老先生から指導を受けることになっていた。

葉月は…そんな中ふと…隼人の実家…横浜の父親を頭にかすめた。