17.恋人紹介

『どうなったかしら〜……』

20時に部隊に戻れるように、葉月は再び『Be My Light』へ向かう途中。

すっかり雨が上がった海岸沿いの道路を赤い車で

何となく……『億劫な感覚』を交えて飛ばしていた。

(殴り合いの喧嘩……うううん! あの上品そうなお父様がするはずない!)

(うーん。 押し黙って黙々と食事……。まったく!面倒ね!!)

息子の顔を叩く父親も想像したくないし……。

何も喋らない父子も、進展がなくてじれったい……。

自分が、またまたふっかけた『置き去り』で

事態が悪く転んでしまっても、葉月も困ってしまう……。

億劫さの中で、やはり心配で自然とアクセルを踏んでいた。

さらに駐車場には車が多く停まっていた。

葉月も駐車して、そっと店の木階段をあがる。

チラリと……木枠のガラス扉を気配を殺すように覗いた。

『!??』

ガラスショーケースで笑っているマスターがまず目に留まり……。

その正面で……。

隼人と和之が並んで何かをしていた。

『マスター。早く包んで! 葉月が迎えに来る頃だから……。』

『そうせかさないでくれよ! ジョイと山中君の分もだろう??デビーもだろ?』

『アイツら……何も食べていないと思うから。』

『しょうがないね……。任務に行くとはね。絶対にまたここに来てよ?』

『……。当たり前ですよ……。大丈夫、心配しないでよ。マスター……。』

そんな微かな会話が聞こえてきた。

隼人は、マスターの暖かい眼差しに少しばかり……

込み上げる物があるのか、うつむいてしまった。

葉月もため息……。

それでも、本部を管理している仲間に食事をお土産にする気遣いが

やっぱり、きめ細かい隼人らしくて……。

葉月はそんな優しい彼をジッと見つめていた。

『マスター申し訳ないね……。そこのパイをワンホール下さい。』

隼人の横で大人しくたたずんでいた和之がガラスケースを指さした。

『ハイハイ♪ おーい! 可南子!』

マスターがいつも一緒にお店を切り盛りしている妻を手伝いに呼んだ。

『はい! パイをワンホール!? 宜しいのですか??』

いつもは切り分けで売っているパイを丸ごと買う紳士に

『Be My Lightのママ』も驚きながらケースを開けていた。

『なんだよ。親父……。どこに持って行くんだよ?』

葉月も不審に思う。横浜に土産でもって行くにしても、生物。

隼人が訝しげに尋ねても当然。

(でも……話しているじゃない??)

どことなく先ほどの父子睨み合いの刺々しさがなくなったように

葉月には見えた。

『葉月君を始め、本部には女性が幾人かいたからね。』

『なんだよー! 余計な事するなよ!!』

女性には嫌に紳士な父親に隼人は食らいつていた。

気遣いは、『父親譲りなのかなぁ?』と。

葉月は和之の気遣いにも感心。

その会話も、先ほどの『意地張り合い父子』の言い合いとは違って

葉月には自然に見えたが……。

ちょっと……安心が出来ずにまだ、入り口で様子伺い。

和之は息子の叫びにもシラっとして、とうとう買い入れてしまったのだ。

『もぅ……まったく。何しに来たんだよ。親父はぁ』

『まったく。女心を心得ていないな? せめて葉月君にだけでも

デザートを用意する男心はないのか??』

『アイツは、パイロットだから大食らいなの! これで充分さ。』

隼人がマスターから茶色紙の包みを受け取る。

(もう。。失礼な人!)

葉月は、隼人の扱いにふてくされ、

父親である和之のきめ細かさの方に『言ってやってよ! お父様!』と

拳を握って、まだ……ガラスドアで一人であれこれ……。

マスターとママがそんな父子に笑い声を立てていた。

(うーん。何とか語り合えたのかしら??)

葉月は、言い合いは相変わらずの父子に

『自然』を感じつつも、やっぱりまだ『父子らしい』と納得できなかったが。

和之がパイの箱を手にして、隼人が時計を気にしたので

ため息をついて、やっと店のドアを開けた。

「お疲れ様。早く行かないと間に合わないわよ。」

『爆走後』なので、妙に気まずく父子を真っ直ぐに見つめられない。

葉月は、いつもの平静顔を保って、開けたばかりのドアを

すぐにすり抜けて外に出た。

マスターが声をかけたそうにしていたが、彼が言いたいことは解っている。

任務のことで心配する言葉も。

恋人の父親が来たことも。

『良いお父さんだね♪ 良かったね〜♪

でもね……葉月ちゃん。気を付けて行って来るんだよ。良いね?』

からかいに『照れ』、気遣う言葉にも『照れ』

葉月は今はゆっくりマスターと言葉を交わすと

せっかく保っている平静が崩れそうなので

素直じゃないが、すぐに背を向けてしまった。

そんな葉月を追いかけるように父子が店を出てきた。

父子が砂利の駐車場を横切るその前を

葉月は既に車の運転席のドアを開けて乗り込もうとしている。

葉月の素早い行動にせかされるように父子も車にやってきた。

「急いで。」

葉月が運転席に乗り込むと、

隼人が助手席に、和之は後部座席にそれぞれ乗り込んだ。

車を発進させて、海辺の道に出ても……。

車内は妙に固い空気。

葉月も、和之の前でかなりの『お転婆』をしてしまったので

なんだか、気の良い言葉が出てこないし……

やっぱり、父子は上手く語り合えなかったのかと一人で不安になったり。

ステアリングを握りしめて今度は安全運転で海辺を走っていると……。

助手席で隼人が、急に鼻を『スッスス』と息を吸い込んでいた。

「葉月。お前 煙草吸ったな?」

葉月は『どっきり!』

(バカ! お父様の前でそんなこと言い出さないでよ!!)

と……動揺したものの……。

「それが?」

ツンとした冷たい顔のまま、『開き直り』

本当にこんな時自分の『平静』というか、素直じゃないところ。

葉月は自分で感心してしまうぐらいだった。

「まぁ。いいけどね。」

いつもそう……。

自宅でも、テラスの灰皿に吸い殻が残っていても

隼人は知らぬ振りをするし、極たまに、

『程々にしておけよ』と釘を刺されるぐらい。

だから、隼人もそれ以上は追求してこなかった。

葉月が気になったのは、和之の反応。

この世代の男性は女性が煙草を吸うことに敏感だ。

特に、日本人は……。

そう思って、葉月は何気なくフロントミラーから後部座席の紳士を確かめると。

そのミラーでバッチリ……和之と視線が合ってしまった。

(うー。。。)

葉月が気まずく視線を逸らそうとすると、

なんと。 和之はいつもの余裕で『にっこり』微笑み返してきた。

「イライラしているんだね? 無理もないよ。

葉月君も無理したらいけないよ?明日の夜はフランスに発つんだからね?」

葉月は妙に寛大で余裕である恋人の父親に戸惑い……。

ちょっと気まずく、うつむいてしまったが。

隣で隼人もなんだか面白そうに笑っているのだ。

『もう……。余裕な所まで似てるぅ。。。』

隼人にすら敵わないところがあるのに、そんな男が二人がかり……。

『敵わないなぁ』と葉月も少しばかり気がゆるんだときだった。

「有り難う……葉月君。色々と気を遣わせて悪かったね?」

和之の優しい穏やかな笑顔がフロントミラーにまた見えて、

葉月は、少し照れて僅かに微笑み返す。

「親父。面白がっていたぜ? お前のスピード違反!」

隼人は、さらに楽しそうにケラケラと助手席で笑い声を立てた。

(その事も話した訳!?)

葉月としては、恋人の父親の前でやらかした『お転婆』

一番触れて欲しくないところだ。しかし……。

「いやー♪ 久しぶりのスリリングだったね! さすが隊長!」

和之も息子と同じ様な笑い声で声を立てたのだ。

「いえ! あれは……その!!」

葉月の身体の体温はまた急上昇!!

ステアリングを握る手が、急に汗ばんだのが自分でも解る。

「あはは♪ じゃじゃ馬には敵わないって!やられてばっかりだって!」

「馬鹿者ー! お前など葉月君に敵わなくて当たり前だ!」

「何だよ! オヤジ! 女の肩ばっかり持って、スケベオヤジ!」

「お前こそ何だ! こんな可愛いお嬢さん捕まえておいて人のこと言えるか?

まぁ……私の息子。スケベというなら、血筋と思えよ!」

「オヤジと一緒にすんなよ! 失礼な!」

「お前の方が、失礼だ!」

(な、何なの!? この変化は!!)

葉月は自分がやったことの不安を通り越して、

どつきあいながらも思った以上に、会話を自然に交わす『父子』に仰天……。

戸惑いながら、助手席にいる隼人を見つめると……。

可笑しそうに笑っている隼人が、ニッコリ……

笑っている笑顔とは違う父親そっくりな穏やかな微笑みを投げかけてきた。

その微笑み一つで……。

『有り難う。葉月……。』

と……思い込みかも知れないがそう言われているような気がした。

その後も、和之と隼人の『どつきあい』の様な会話が賑やかに続いて

葉月も、運転席でそっと笑いをかみ殺していたのだ。

『父子……かぁ……。こんなモノなのかしらぁ??』

漁り火が漂う景色を和之が感動している中……。

赤い車は基地の警備口に辿り着く……。

「じゃぁ! 俺、ここから講義室に向かうよ!」

駐車場で車を降りるなり、隼人は本部に戻らず、

演習を行っている講義室に急ごうとしていた。

葉月は、隼人が気遣って持たせてくれた『Be My Light』の食事を抱えて

『気を付けて、頑張ってねー。』と声をかける。

駐車場を、走り出した隼人が急に振り返った。

「オヤジー! 本部で迷惑かけるなよ!」

「馬鹿者! そんなこと良いから、早く行け!」

そんな父子の別れ方にも、葉月は苦笑い……。

所が、背を向けた隼人が今度は走ろうとせずに立ち止まった。

そして、また振り返って……今度は違う眼差しで

葉月と並んでいる和之を見つめていたのだ。

葉月も、急に……『ハッ!』として父親の方を見上げると。

なんと……和之も息子と同じ眼差しをしていたのだ。

明日になれば……和之は本島・横浜に帰ってしまう。

予定はずらすことはいくらでもできるが、隼人は今は拘束されている身。

もう、ゆっくりは言葉も交わせないだろう……。

葉月も、思わず胸が熱くなってきて……

『お父様。明日また必ず……。』

保証はないが、何とかしようと、

その気持ちを安心させようと口を開きかけた時……。

隼人がまた走って戻ってきた。

そして、葉月の肩を急に抱いて、自分の胸に引き寄せるように

父親の方に向き直ったのだ。

葉月は、驚いて彼とピッタリ寄り添う姿を恋人の父親に向けられて『硬直』!

でも……。

「親父……。俺……。」

雨上がりのしっとりした潮風の中。

隼人の顔がいつも以上に真剣に引き締まっていた。

そんな隼人を葉月はジッと見上げて『何のつもりか?』と、固まる。

「俺……彼女がいるから……絶対戻ってくる。

そして……彼女と横浜の家に行くから……。

それから……。俺は今、官舎にはいない。

彼女と一緒に彼女の甥っ子と暮らしているから、

連絡するなら……彼女の自宅にしてくれ。」

葉月は……『恋人として紹介された!』と解ってさらに身体が硬直した。

和之の反応が気になって、今度は神妙な顔つきの父親を見つめる。

「葉月。 親父に……自宅の電話番号……教えてやってくれないか?

いいよな?」

また、いつもの兄様に言い含められたような気がして

葉月は混乱しながらも『コクリ……』と頷いてしまった。

「そうか。解った。 解ったから……早く行きなさい。

時間を守れない軍人ではいけない。皆に迷惑をかけないようにな?」

「ああ。」

その時、向き合った父子の顔……。

何かに向かって『輝きだした』

そんな気が葉月にはしたのだ。

「じゃぁな! 気を付けて帰れよ!」

輝く笑顔をこぼして、隼人は今度こそ振り向かずに駐車場を走って行く。

その背中を……和之が悲しそうに見送っていた。

葉月の目が熱くなる。

やっぱり……明日も何とか会えるようにしてあげたい……そう思った。

「はは……。隼人のあんな笑顔は十何年ぶりかな?」

「え?」

海風の吹く駐車場で、和之のセットされている黒髪が少し揺れている。

「全く笑わない子になってしまった。それがここ最近の息子でした。

今の笑顔……。 あの子が小さかったときの……

『やんちゃ』な時の笑顔そのものだったと……。」

「……そうなのですか?」

解らないでもないな? と、葉月は思いながらもそう返事をした。

でも、『フッ……』と、うつむいた和之の顔は何か満ち足りているよう……。

その笑顔に葉月は少しばかり……『ドキリ』と胸がときめいた。

そこに『父親・和之』ではなく……

一人男として生きて来た和之をみたような気がした。

「亡くなった沙也加にこれで……顔も立つかと。」

和之はまた……切なそうに小笠原の空を見上げる。

薄い雲が所々線を引いて流れてはいたが、いつもの満天の星が散らばっている。

葉月も、そんな女性を心に残す男性を切なく思って一緒に見上げた。

今。和之は心に残している女性の事を大切に噛みしめている……。

そんな、一人の男。 だから葉月は彼が『男』に見えたのだろう。

「あの……お父様。 色々と黙っていて申し訳ありませんでした。」

葉月は『建前・中佐』の態度を取り続けて、

大事な報告を避けていたことを詫びるために頭を下げた。

すると……和之は、またいつもの余裕で『ニッコリ』

「あはは! 甘く見られては困りますよ。葉月君。

コレぐらいのこと見抜けぬ親じゃあなたもガッカリでしょう?」

「いえいえ! そんな事!!」

「いいのだよ? 隼人は15歳の時……家を出たときから

『軍人』として生きて行く……その覚悟で外に出しましたし……。

フランスで安易な教官で一人きりで殻に籠もっていた隼人を

あなたは、外に導き出した。それだけで感謝しているよ?」

「いいえ! 私は何も……むしろ……側にいないと困るのは……私で。」

そんな『本音』が思わず口から出て、葉月はハッと口をふさいだ。

そんな葉月の本音がやっと聞けたとばかりに

和之はまた可笑しそうに大笑い!

葉月は『うー。。。』と、またうつむいてしまった。

「本当に有り難う……葉月君……。

もしかしたら……沙也加のお導きかもね?

隼人のあんな笑顔を、見せてくれて……本当に有り難う……。」

和之が、しっとりした眼差しで……

息子と似た眼差しでそう言うモノだから……葉月もまた胸が詰まってくる……。

「細かいことは隼人もあなたもいい大人だから言うつもりはないけど……。

私も細かいことで詮索する気持ちの前に……

『そろそろ孫の顔をみたい』というお年頃だからね?」

恋人の父親に『孫の顔が見たい』と言われて、葉月は混乱……!

思わず、タイトスカートの上に手を当ててしまった。

でも……

『お年頃』という言葉を使う初老の紳士が可笑しくて……

葉月はとうとう、笑い声をこぼしてしまった。

「あなたも笑わないと。せっかくの美人さんなんだから。

あなたのお父様が羨ましい……。私には息子しかいないから。

あなたのようなお嬢さんがいたらそれは可愛いだろうねぇ……。」

葉月の笑顔をやっと見られた。と、ばかりに和之は嬉しそうに微笑んでいる。

でも……そんな和之の言葉に、葉月はすこし……『ドッキリ。』

『父と娘』

そんな姿……今は、あり得ないかも知れないと。

顔を合わせれば『将軍と中佐』

そのお互いの『ポーカーフェイス』

今度は隼人がそれを見ることになるのかも知れない……。

人の事……言っている場合じゃないかも知れない。

でも……葉月と父・亮介は『父子』じゃないから

和之と隼人のようには行かないのだ。

「さぁ。あなたも中佐の顔に戻って……今から頑張らないとね?

その前に、腹ごしらえもしないと!」

買ってきたパイの箱を掲げる和之の言葉に我に返って……

しっとりとした夜風が吹く駐車場を、葉月は恋人の父親と

微笑みながら……後にした。