32.難航

そして……葉月は父を睨み付けた。

その眼差しに……亮介は一瞬退いたのだが……

「どうした? 御園中佐」

娘の視線はしっかりと受け止めようとしていた。

「勿論……救助を出して下さいますわね? 『総監』」

「当然だ……マイク……すぐに海上救助に当たってくれ。ヘリは使うな」

「ラジャー……中将」

マイクがサッと外に出ていった。

「私を……救助に出させて下さい」

葉月の申し出に、アルマン大佐が驚いた顔をしたのだが、

細川と亮介は解りきった小娘の申し出と取ったのか

顔を見合わせて揃って、ため息をついたのだ。

「ダメだ。お前は今はここの指揮官だ。勝手な行動は許さない。

その代わり……責任を持って彼を捜索する。

ただし……覚悟は出来ているな?」

父の静かな視線に……葉月の瞳が初めて強さを緩めた。

そこを見計らって……亮介は娘の前に立ちはだかり……そっと肩を撫でる。

「お前、素早く彼に叫んだね? 脱出しろと……

きっと、彼に伝わっているよ……脱出しても、重傷で見つかるかも知れないが……

生きていればそれで良いじゃないか? それを信じよう……」

葉月の瞳に僅かな涙が浮かんだ……。

「許せない……卑怯な奴らよ! 岬管制長もきっと心を痛めているわ!!」

葉月は父の襟首を掴んで大声で叫んだ。

「解っている……葉月……解っているよ……私も悔しいのだから……」

父が力を込める娘の手をいとも簡単に襟元から解いた物だから……

葉月も、力を緩めて父の側でうなだれた。

日本語だったが……葉月が叫んでいる『怒り』の意味は管制員に伝わっているようで……

皆、いつもよりしんなりとした覇気のない声で着艦作業に当たっていたのだ。

『うう……ああ……』

「ふふ……どうだ? 自分の手で味方を撃ち落とすのは?」

岬管制室の通信機席で金髪の男が突っ伏して泣いていた。

「なんだか、わからぬ言葉で話していたようだが?」

黒髪の男はブリュエ中佐が日本語で康夫に叫んだことを見逃さなかった。

泣いている彼の襟元を掴んで、そして……

「いいか! 逆らうとどうなるか解っていたはずだ!!」

無抵抗に打ちひしがれているブリュエ中佐を横殴りに拳を振り落とした。

無気力な男になった中佐は殴られるまま、床に倒れる。

黒髪の男は……その『わからぬ言葉』が『日本語』だと解っていた。

「俺は日本人が嫌いだ……まぁいい……

フランス機に乗っていたパイロットは日本人だったのか……あはははは!!

見事に、撃ち落としたから……今回は見逃してやる!」

そういって、機関銃を構えた部下にもう一度人質の輪の中に戻すよう命令。

打ちひしがれている中佐も無抵抗に再び口元にガムテープを貼られたのだ。

もう……ここの誰もが……気力を無くしたのだ。

ただ……黒髪の男に従えられているだけになったのだ……。

少しばかり……時間はさかのぼるが……。

フォスター隊は空の騒々しい攻防戦の中……

無事、3階の『会計室』にすんなり到着したところだった。

フォスターとジェイの警戒で、会計室の扉が開けられる。

室内の右左を確認して、何もないことを確認。

合図で全員が会計室に静かに入り込んだ。

だが……空があまりにも騒々しい……。

隼人はすぐに窓辺に寄ってみて驚いた!!

「これは……かなりの接戦をしているぞ!?」

空には煌々とランプを灯した戦闘機が暗闇の中、

その光がいくつも舞っている……。

「……本当だ!」

達也も隼人の側により、驚くと皆が窓辺に近寄った。

「これは……40機近くは入り乱れているな!」

空軍肌の隼人はランプの数を確かめて指で数えると

そこにいた皆が驚いた。

「康夫も……あの中に……」

達也がやや呆然として空の有様に驚愕とした表情を初めて浮かべた。

同期生の危機……その達也の不安を浮かべた顔を見て

隼人の心に火がついた!!

「うかうかしていられない! 康夫はフランス機のキャプテンだ!

絶対一番危険な区域で接戦しているはずだ!

せめて……システムの破壊、停止だけでも急がないと!!」

隼人が一番最初に背中から機材を降ろした。

窓辺で空の騒々しさに呆然としていた通信隊長クロフォード中佐も

我に返って……『始めるぞ!』と背中から機材を降ろす。

「よし! 入り口にバリケードを作るぞ!」

フォスター隊も慌ただしく『護衛準備』に動き出した。

「いいか……システムの破壊は容易……

敵が手元でシステムが使えなくなった事に気が付き、

新システム立ち上げの作業の一時間が正念場だ。手分けして立ち上げるぞ!」

『ラジャー!!』

クロフォードの『気合い』に、通信班部下4人は揃って気合いの返事を返す。

(待っていろよ! 葉月……康夫。今、もう少しこらえてくれ!)

隼人はそう心で呟きながら、背中の機材をシートを剥いで取り出そうとした。

隼人が担当してきた機材は、『管制通信機』だったのだが……

『あれ?』

見覚えのない黒いビニール素材のスポーツバッグが一つ。

「こんなもの……持ってきていたっけ??」

隼人はそのバッグをクロフォード隊長か小池が付け加えたのだろうか?と

持つと妙にずっしり重たいそのバッグを開けて、中身を確かめてビックリ!!

「なんだこれ!?」

そこで……ハッとして達也の顔を見ると……

「…………あ。ばれた?」

達也がおどけて微笑んだので、隼人は呆れるというか……

その大胆な発想が彼らしいと言うか……。

そう……そのバッグの中には重厚な大きなライフルがあったのだ。

「どうした??」

もたついている隼人にクロフォードが声をかけたので……

「いえ……何でもありません……」

隼人はそのバッグのジッパーをすぐに締めた。

(それでか……俺に背負わせて置いて……

それじゃ、悪いから崖を上がるとき自ら背負ってくれたのか……)

その機材の重たさにさらに大きなライフルの重さが加わったところで

『重たい』は変わりなかったから……

でも……隼人は何故か笑いながら機材の下準備を始めていた。

そのうえ……その微笑んだ余裕に達也がバツが悪そうにして……

『わりぃ! 少佐! 許してくれよ!!』

と、片手で拝んだのが見えたので……

(いいさ……コレがあればいざというとき……そう思ったんだな。

だけど、肩に下げるには身軽に戦闘で動けないから……

それぐらいの事で使われるなら……どうって事ないさ……。

結局、彼が一番危険な崖は背負ったんだから)

口悪く……『まったく細身なんだから……』とか言って隼人から荷物を奪った達也……。

隼人はそんな彼の不器用な……でも、機転が効く大胆さに感心したのだ。

時は……25時を既に回っていた……。

限界の朝方4時までは後3時間もない……。

ここまでは打ち合わせ通り上手く行っている。

「電源を立ち上げるぞ!」

小型の自家発電機のアンプが作動されて、経理室の5台のパソコンに灯りが灯った。

隼人達は素早く席について作業に入る。

「手分けしてロックを解くんだ! 早ければ……俺達なら20分でもいけるはずだ!」

「ラジャー!!」

クロフォードのかけ声で一斉に作業に取りかかり始めた。

隼人もコンタクトをしてきたので予備の眼鏡は胸にしまったまま……

小池の隣に座ってキーボードを打ち始める。

その通信隊員達の気迫ある集中力を今度は

フォスター隊一同が固唾を飲んで見守り始める。

達也は気になるのか……窓辺に背を向けて並ぶ通信隊員の後ろを

銃を構えながらうろうろ……しはじめた。

だが、集中力はお手の物の隼人はもう既に画面に並ぶ数字にしか目に入らない。

静かな経理室に『カタカタ』とキーボードの早打ちの音が響き渡った。

だが……作業を始め十数分経った頃……!!

『ドーン!!!』

一瞬暗かった経理室がオレンジ色に明るく照らされて……

皆が窓辺に振り返った!!

「一機……撃ち落とされたぞ!!」

達也が窓辺に姿が映し出されないよう反射的に伏せて叫んだ!

フォスター隊長も……クロフォードも驚いて窓辺に伏せながら近寄った!

「まさか……フランス機じゃないだろうな!?」

クロフォードがそう叫ぶと……達也と隼人は一緒に顔を見合わせた……。

(まさか……康夫じゃないだろうな??)

隼人もそっと……窓辺に近寄る。

火花を散らしながら粉々に舞っている機体の一部を確認。

「違う……F−14じゃない!」

そこで……ホッと皆が胸をなで下ろしたのも束の間。

フォスターが顔色を変えた……!

「どうゆう事だ!? 犯人は対岸国機も撃ち落としたって事か!?」

とうとう無差別に攻撃を始めたことに……

そこにいた全員は、かなり『クレイジー』である犯人像に青ざめたのだが……。

「くそ! 思い通りにさせる物か!」

小池がすぐさま闘志を燃やしてデスクにかじりついた。

「まったくだ!」

隼人もクロフォードも……自分たちの手ですぐさまこの狂気の沙汰を止めようと

デスクに戻ってさらに集中力を高めた。

「あと5分でいけるはずだ!」

「隊長! 俺は終わりましたよ!」

隼人が一番に叫ぶ。

「俺も!」

小池がそのすぐ後、叫んだ……!

「俺も終わった!」

クロフォードがそう呟いたとき……。

『ヒューーゥ』

そんな音が上空を通ったのが皆の耳に入った!

「くそ! また、撃ちやがったのか!!」

達也がまた窓辺に身体をかがめてそっと外の様子を探る。

隼人もデスクを離れて窓辺の外の様子に目を向けて驚愕!!

「今度の標的は……F−14だ!!」

「康夫じゃないのか!!」

二人揃ってそう叫んだときには……

『ドドーーーン!!』

また……経理室がオレンジ色に照らされた……。

『康夫だ……あんな手前に来るのならキャプテン機に違いない!!』

隼人と達也の脳裏に一緒にそう確信が過ぎる……。

二人は一緒に……あっけなく粉々になったF−14を呆然と見つめた……。

『くそ!!』

達也が拳を床に打ち突けた……。

隼人も……うなだれて唇を噛みしめたのた……。

「あと5分……早く破壊していれば……」

だが感傷に浸る余裕をクロフォードが与えてくれなかった。

「いいか……二度とこうならないよう早く破壊するぞ!

まだ、フジナミ中佐が落とされたとは限らないだろう!?」

クロフォードの『激』に隼人は立ち上がってデスクに戻る……。

すると達也が見たことのない迫力ある顔で隼人に呟いた。

「早くやってくれ……康夫が撃ち落とされたなら……

あのじゃじゃ馬が大人しくしているはずない……!

知っているか? アイツが頭に血を上らせるとどうなるか!?」

達也の素早い葉月の行動読みに隼人もハッとした……!

「知っていますよ……。彼女なら後先考えずにこの岬に戦闘機で向かってくるだろう。

その上、F−18で来られたら、対地攻撃でもしかねないからね」

「アイツのじゃじゃ馬先走りに振り回されるのはゴメンだ」

「私だって冗談じゃないですよ!!」

その会話に横にいた小池も……

「そうだ……まったくお嬢のじゃじゃ馬慣らしの一番手がここにいるからな!

山中じゃ押さえきれないかも知れないぞ!」

違う意味で四中隊がらみの男達が焦りだしたのだ。

「よし! 破壊開始だ!」

ロックを解いたプログラムが実行される。

徐々にダイアログのグラフが20パーセント、50パーセントと動き始める。

『完了!』

その表示が5台のディスプレイに映し出された……。

コレでもう……敵方からは操作が出来なくなったことになる。

システムの機能がサーバーからゼロにされた状態になったのだ。

「今からが勝負だ……すぐ始めるぞ!」

クロフォードがCD-ROMを小池や隼人他の二人に配り始め……

皆、安堵の表情も浮かべずにセットした。

フォスター隊長も……『破壊完了』の報告を司令室に届けた後……

「さぁ……敵さんがネズミ捜しを始めるぜ。気合い入れろよ」

銃を構えて、護衛への気合いを部下達に言い渡す。

皆、銃を構えて……入り口に向けて、息を潜める……。

「このやろう……康夫が撃ち落とされたなら……俺が敵をとる!」

達也の目が輝いたのを隼人は見た……。

その輝きが……葉月に似ているとふと感じたのだった……。

時は……夜中の1時半を過ぎていた……上手く行けば後一時間……

夜中の2時半か3時頃には、隼人の使命はほぼ終わる予定だった……。

その後……空が急に静かになった……。

両国撃ち落としをされて、退却したのが隼人には解ったのだった。

思わぬ出来事で、パイロット達が引き上げてきた管制室は

先ほどの緊迫した活気とは違い静かに静まり返っていた。

『キャプテンが!!』

フランス航空部隊……フジナミチームの後輩達が取り乱しているという報告を

アルマン大佐が受けて……彼はパイロット達を落ち着けようと

戻ってきたパイロット達がいる『詰め所』に出かけていて管制室には不在だった。

葉月は……山中と寄り添ってグッタリ……パイプ椅子に座り込んでいたところだ。

「お嬢……救助隊が今、船で捜索中だからきっと見つかるよ……」

優しい山中の声だけが救い……。

一報も届かない時間が暫く続いて……葉月の心は真っ白になりそうだ。

細川はまた入り口のパイプ椅子に座り込んで、今度は腕組み、

なにやら考え中のようだったが葉月は気にとめなかった。

アルマン大佐が戻ってきた。

そして……入り口にいる細川になにか話しかけている。

「ご苦労様でした」

アルマン大佐がそっと細川に敬礼をしているのを見て

葉月は、椅子から立ち上がる。

そして、アルマン大佐が葉月の目の前にやってきた。

「中佐……フジナミチームは今からマルセイユに返す事にしたよ。

キャプテン不在……行方不明で彼等はもう飛べないだろうから……

今、マルセイユから新しい当直フライトチームが向かったところだからね」

「そうですか……それもそうですわね……」

取り乱したチームメイト達がこの後、キャプテン不在で飛ぶことは確かに……

時間を置かないと無理なことは葉月にも解った。

そして……アルマン大佐がもう一言。

「あなたも疲れたでしょう……。後数時間でコリンズチームのシフトは終了だ。

おそらく……もう当分はリビア側も偵察にも攻撃にも来ないと思うし……。

細川中将にも今、お話ししたが……

フジナミチームと一緒に今からマルセイユに戻られても構わないよ?……」

「……!! でも!」

まだ、最後まで役目を全うしていないのに、いきなりお役ご免に葉月は驚いたのだが……

アルマン大佐は疲れた微笑みを浮かべて葉月の肩に手を置いた。

「一日で……指揮という仕事。お見事だったよ?

特に……先ほどの接戦でニース上空にアタックをかけた判断に

私は救われたからね……。もう……充分だよ。

でも、君達の意志もあるだろうし……

細川中将は、今、引き上げるか……もうそう動きがないだろうが時間的に

最後まで空母艦にいるかは御園中佐の判断に任せると言っているよ?」

「それでしたら……朝の交代の時間までここにいます。

うちのチームと朝方交代するフランスチームが今いきなり空母艦に呼ばれては……

せっかくの休息が無駄になりますから……」

葉月が迷わずにそう……無表情に応えると

アルマン大佐は優しく微笑んでくれたのだ……。

「まだ……あなたとは一日しか一緒にいなかったが……

あなたの事、良く解りましたよ……『あなたらしい判断』だね??」

彼の疲れた表情から少しばかり瞳が輝いたので

葉月と山中は顔を見合わせて少しだけ微笑むことが出来た。

「それでも……休んできなさい……

コリンズチームにも詰め所側の仮眠室で休むようにしてきたから……

あなたには官僚室の側のベッドを開けて置いたから……

ヤマナカ君と一緒に……何かあったらすぐに呼ぶから……」

アルマン大佐はそう強く若い二人に勧めたのだ。

葉月と山中が戸惑っていると……

「行って来い……どうせもう……当分はスクランブルは無いだろう……

対岸国も、今頃あわてふためいて会議中、検討中……戸惑っているところだ」

細川が腕を組みながら、強い眼光で二人を煽ったのだ。

その怖い顔には若い二人は逆らえず……。

アルマン大佐の勧めるまま……仮眠を取るために管制室を出ることにしたのだ。

静かになった暗闇の中……経理室には銃を持った男達がうろうろと警戒し……

キーボードの打ち込む音が絶えず響いていた。

「澤村君、どうだよ?」

隣の小池が隼人に話しかけてくる。

「もう……半分やりました」

「さすが……早いな……」

隼人に妙なライバル心を持ったのか、小池はまた黙ってさらに

打ち込むスピードを上げたようだった。

隼人はダイバーウォッチをチラリと腕から見る……。

新システムプログラムの投入を始めて、40分が経とうとしていた。

5人揃っての投入……これが完了したらクロフォードが新パスワードで

ログインすれば……

『誰よりも早く終わらして……俺が管制通信システムの準備をしないと!』

そう思って、先輩達より早く終わらそうと集中力を高めていたのだ。

そろそろ……敵も気が付いてもいい頃だが……。

『あれだな。空が大接戦の後……両国機撃ち落としたから……

当分、フランス、リビアとも空は飛ばないだろう……

岬の防御設備を使うことは暫く無いから気が付かないんだな……』

隼人はそう思った……。

『このまま気が付くな!』

空の大接戦を繰り広げていた空軍には悪いが……

この大きな接戦で、両国を戸惑わせて動きを止めてしまった犯人の『誤算』だ。

その動きを止めてしまい、システムを使わない間に

隼人達が潜り込んでいたなど……気が付くのに時間がかかるから……。

『好都合』

だが……この好都合な時間を作ってくれて……

被害にあった空軍……パイロット達の苦労を無にしないためにも……

ここで是が非でも上手くやりのけなくてはならない……。

『ただ……レーダーが反応しないことに気が付いたらアウトだな……』

管制室のレーダーに電源は入っていても、

今度、対岸国からアタックがあった場合……

そのレーダーには一つも戦闘機が近づいてくる反応が反映されない。

今、その状態に『破壊』したのだから……。

『終わった!』

隼人が担当したシステムは実行前まで投入出来た!

「隊長! 出来ました! 俺は通信機のセッティングに移ります!」

「そ……そうか……頼んだよ!」

一番手のクロフォードより早く終わった事に、皆が驚き……

そして達也にフォスター隊の全員が……顔を見合わせた。

「へぇ……やるじゃん……」

初めて達也が感心した笑顔を向けてくれたのだが……

「別に。隊長は俺より多めのプログラム今、投入しているから

俺は早くて当たり前なんだよ」

隼人はお褒めの言葉にも微笑まずに……シラっとして

自分が背負ってきた通信機器に手を伸ばした。

「なんだよぅ……せっかく……」

『誉めたのに』……達也がそう言おうとして素直になれないのかそこで言葉を止めた。

隼人の『天の邪鬼』に少しばかり戸惑っているようだった。

隼人は小型の通信機器をパソコンに繋げようと回線のコードを解いて

クロフォードが座る席の周りの電源に差し込む作業に専念……。

『!!』

隼人の作業を側まで来て……物珍しそうに眺めていた達也が

入り口に向かって振り向いた!

「……!?」

隼人はその反応の敏感さも恋人に似ていると感じたが

それが……『敵』のお出ましではないかと手元を止めてしまったのだ。

達也に続いて……フォスターが……徐々に海兵員達が顔色を変えて……

床に伏せたり、入り口の壁に銃を構えてそっと外の音に耳を澄ませたのだ。

外の廊下からは何も物音はしない……人の気配もしないのに……。

そう思ったのは……隼人だけのようだった!

「伏せろ!!」

フォスターの一言の後……経理室の入り口からけたたましい銃声が!!

「気づかれていたか!!」

フォスターが机を立てて作ったバリケードの外から入り込んでくる弾丸の雨を避ける!

「先輩! そんなバリケード時間の問題だぜ!

こっちに誘い込んで口封じしようぜ!」

達也が大胆にそんな進言を!!

「バカ言うな! バリケードを破られてからそうしろ!!」

当然、フォスターに達也はそう叱られたのだ。

隼人もクロフォードに襟元を捕まれてデスクの影に連れ込まれた。

通信班の5人はデスクの下に潜り込んでとりあえず弾丸戦から身を守る。

「あとどれぐらいだった!?」

クロフォードが隼人を抱えながら、他の3人に叫んだ。

「俺は後一息!」 小池がそう叫んだ。

けたたましい銃撃戦が入り口で広げられていてその声も小さく聞こえた。

「僕も……」

「俺も!」

小池に着いてきた四中隊通信科の先輩もそう言った。

「くそ! 何が何でも……投入だけは済ませて実行はかけないと!

その前に……ここのパソコン打ち壊されたらすべてが無駄になる!!」

「だったら! 早く打ち込まないと!」

隼人はそう思ってクロフォードの側から飛び出そうとしたのだが……

「やめろ!!」

クロフォードに再び、机の下に引っ張り込まれた。

確かに……5人が使っていた机に『キュン!キュン!!』と

少数だが流れ弾が飛んできていた。

「いいか……ROMはPCから抜き取れ! 俺が持つからこっちに回してくれ!!」

「わ……解った……トッド先輩!」

それぞれがデスクの下にあるPCからCDを抜き取る。

隼人の席の物は小池が手を伸ばして取り出しクロフォードの手に回された。

「こいつだけは……手渡せられないからな……」

回されたROMをクロフォードが大切そうにケースカバーにしまい込み、

ジャケットの中、背中に隠した。

「この野郎!!」

フォスターのそんな声と一緒に……

『ドカ!!』

大きな音が経理室に響いた……バリケードが破られてしまったのだ!!

それと供にフォスター隊の7人が身を守るために隼人達と同じ

デスクの下に回り込んで……パソコンの影から銃を構えて

入り口に向かって激しい撃ち合いを!!

『あああ……とうとうこんなことにーー!!』

隼人はただ、ただ……クロフォードと一緒に机の下頭を抱えて身を隠す。

隼人の目の前では……勇ましい顔つきで冷静に銃を構える達也が

気迫充分な顔つきでライフルを構えて仲間を援護している。

その腕前と来たら……

「ウンノ! 右の男。邪魔なんだ!!」

「オーライ♪」

「ウンノ、こっちも頼む!!」

「そらきた!」

どうやら、こちらの人数より多めの敵が入り口に控えているらしく……

狭い入り口から入り込もうとする男を的確に撃ち倒しているようだった。

その余裕が……隼人には不思議な場面に見える……。

『どうして? この男……葉月と重なるんだよ!!』

どうもそんな気がしてならない……。

銃撃戦はさらに繰り広げられて……隼人は時計を見た。

『もう3時だ……!』

こんな事でグズグズしていては……第二陣が来てしまう……。

夜の暗闇に乗じての潜入だったのに……

日が昇ってしまうと第二陣の人質救出作戦が始まる……!!

敵には潜入が気づかれ……人質にも負担が!!

空軍も日が昇るとさらに激しい第二接戦があることは間違いない!!

隼人の心に焦りが走ったが……

横にいるクロフォードも悔しそうに唇を噛みしめていた…。