=マルセイユの休暇=

11.思わぬ告白

 昼の日差しが入り込む静かなHCU待合室。

そこで、登貴子と隼人が静寂の中……暫く、向き合っていると……

登貴子が顔を上げて、隼人の不安そうな瞳を見上げた……。

 

「残念……と言えばいいのかしら? 妊娠はしていないそうよ」

 

登貴子がまた穏やかに微笑んだ。

 

でも……

「そ、そうでしたか……」

隼人は半分ホッとして……半分、ガックリ肩を落とした。

 

「残念そうね……。私も今、あなたと同じ気持ち。

婦人科の先生も言っていたわ。

出来ていたらやっぱり処置は絶対だったからこれで良かったのだと

もし? 葉月が妊娠していたとしても、婦人科の先生としては絶対に処置を取るそうよ。

そうなると……葉月の身体には絶対に負担がかかるわ。

先生には葉月が過去二回流産を経験していることを話したわ……

『処置をすれば……妊娠が望めなくなる可能性も出ていた』と……」

登貴子のその話を聞き届けて……

隼人は……力を落としてソファーに座り込んでしまった……!

「……俺、アイツに……もう少しで取り返しのつかない事を……!」

両手で額を押さえてうなだれた!

『出来ていても何とか出来ないのだろうか?』

そう思うことすら……『自分勝手なエゴ』だったと……。

出来ていなくて『正解』だった!

それでも、本当に彼女との間に子供が出来ていれば……

本当に隼人にとって『幸せな瞬間』であって、待ち遠しい検査結果だったのだ。

それで解った……。

(やっぱり、俺には葉月が必要なんだ)

愛しているのだと……確信した!

だから──

『妊娠できない身体に追い込んでいたとしたら……』

隼人は一生……葉月に償えないことをするところだったのだ!

何故そう……自分を責めるかと言ったら……

あの朝、葉月に無理矢理『挑んだ、挑ませた』からだ。

もっと自然になるまで待つべきだったかも知れない。

でも──自分にそんな幸せを感じる気持ちを持つことが出来た。

感じることが出来る付き合いが出来る女性に巡り会ったと言うことだ。

そう思って、間違いを起こさずに済んで力が抜けた。

そんな隼人の横に、登貴子がそっと座り込んで優しく肩をさすってくれた。

「隼人君? そんなに自分ばかり責めないで……

葉月もバカね? そんな身体なら……現場に飛び出さなければ良いのだから……

あの子にはもう少し女性としての心構えを教えてやらないといけないわね?

あの子は妊娠しても、男性と『セックス』が出来ても……

まだ『大人の女性としての自覚』なんてこれっぽっちもないのよ? 解っていた?」

母親が娘の性的な感覚について冷静に口にしたから

隼人は驚いて登貴子の瞳を見つめた。

「隼人君……葉月はまだ『子供』なのよ……。

中佐とか隊長とか……歳にそぐわない地位に登り詰めてしまって……

そんな所だけは上手く成長してしまっても……

女性としては全然……『子供』なのよ……」

「……なんとなく、感じてはいたのですけど……

お母さんにそうハッキリ言われると……そんなに子供なのかと戸惑いますけど?」

「実はそうなのよ。そう認めたら……簡単に見えてくるかも知れないわ?」

登貴子がニッコリ……微笑んだ。

でも、その笑顔はなんだか……そんな娘を持ってしまった母親の致し方なさそうな笑顔。

「もし……そうなら。俺……本当に、彼女に対して大人として無理なこと……」

「あのね? 隼人君──。

だから、そんなに今回の事も自分を責めてはダメよ?

婦人科の先生は『妊娠できない可能性があった』と言っただけで……

もし? 処置をするような事になったとしても、妊娠が出来なくなると言うわけではないのよ。

ただ、葉月には『流産癖』の可能性があるから……

これからは慎重にした方が良いかも知れないわね?」

「はい……解りました」

隼人が安堵と落胆が入り混じったため息を再びこぼすと……

また、登貴子は優しく隼人の肩を撫でてくれたのだ。

それで……どれだけ救われた事か……。

登貴子がいなかったら……一人で落ち込んで一人で立ち直らなくてはならない所。

「お母さんが来てくれていて……俺……本当に……救われました。感謝します」

「まぁ……。そんなに頼ってくれていたの? 嬉しいわ!

これからも……あんなじゃじゃ馬オチビさんにあなたは振り回されるのよ。

いくらでも……困ったときは頼ってね?」

時々……本当に恋人に見間違うほど愛らしい笑顔をこぼす『マダム』

隼人はすっかり……登貴子を気に入ってしまった。

葉月はやはり、この黒髪のママンの血を引き継いでいると……違和感がないのだ。

「彼女を……大切にします……本当です」

隼人は登貴子の瞳を真っ直ぐに見て笑顔で答えた。

登貴子も嬉そうに、こっくり……静かに頷いてくれる。

「葉月にもあなたを大切にするようにしつけるわ」

「いやいや……あまり厳しくすると可哀想ですから……流れ任せで」

「甘いのね。あの子に……我が儘なはずだわ!」

登貴子がクスクスと笑い出すと、隼人も照れて黒髪をかくだけ。

「さぁ……これからあなたも休暇に突入ね……! 一緒に出かけましょうね♪」

登貴子に手を引かれて立ち上がらされた。

「……はい!」

隼人も……心配事が一つなくなってやっと心が解放……。

『マルセイユの休暇』はこれから!

 ただいま……隼人は登貴子と亮介に連れ出され……

真一と共にマルセイユの街中に出てきたところ。

まず『洋服』と言う事で、ブティック街に隼人は案内しているところだった。

「さーて。どんな服を買おうかなぁ?」

側近のマイクが持ってきた正規の詰め襟制服に着替えた亮介。

(その恰好で充分だと思うけどなぁ?)

背が高く栗毛のダンディな男性。

詰め襟制服を着込むとなんとも格好良くて街角の人々が亮介に振り返る。

そんな所……も、やはり葉月の父親。御園の人間だと隼人はため息……。

隼人はすぐに帰還できると思ったので制服など持ってきていなかった。

「ジャッジ中佐はどうされるのですか?」

いつも亮介と一緒のマイクがいないので隼人は尋ねてみる。

「ああ……『休暇まで将軍のおもりはゴメンだ』とかいって……

このフランス航空部隊にも友人が何人かいるから適当に遊ぶと言っていた。

帰りの待ち合わせ時間だけ打ち合わせて、自由行動にしたよ」

「ああ……なるほど」

隼人は『将軍のおもりはゴメン』というマイクの顔がすぐに浮かんで苦笑い。

それもそうだろうな? と、彼もそれなりに仕事とプライベートは分けているので安心した。

「まぁ……可愛いわね。これ!」

隼人が住み慣れていた商店街。

そこの一つのブティックで登貴子が足を止めた。

そこのウィンドウのディスプレイには夏物のワンピースが数点飾られている。

「お母さんが着るのですか?」

「何言っているの! 葉月に決まっているじゃない!」

「いえ。結構似合いそうだなとおもって……」

正直に述べたつもりだった。

飾られていたのは水玉のワンピースが三色。

フランスらしく……白・赤・紺。トリコロールカラーで揃えられていた。

シンプルで上品なデザインだったので登貴子が着てもおかしくはないが……

「まぁ! お上手ね……隼人くんったら!」

登貴子が頬を染めて嬉しがったのだが、視線は真剣に娘の為とウィンドウに注がれた。

「……白が良いかしらねぇ? どう? 隼人君!」

登貴子に紺の上着の袖を引っ張られたので隼人もついついウィンドウを覗く。

「白ですか……」

確かに……夏に白は最適だし……いかにも『清楚なお嬢様風』になりそうだ。

でも……

「紺ですかね? 彼女……肌が白いから映えるような気がしますし……

落ち着いていていいと思うのですけど……」

「そうね♪ じゃぁ……これにするわ!」

「え? もう、買うのですか??」

街の中でも一番高級なブティックで……基地の女性達にも有名な店だった。

だけど、登貴子は一人で店に入って、店員を呼びつけて

サッとウィンドウのディスプレイを取り外させてサッサと買い終えたようだった。

「あなたが選んだって葉月喜ぶわよ♪」

「うーん……僕が払ったワケじゃないし……」

「登貴子〜! 私はこの店にはいるからね! 隼人君もおいで!!」

亮介は亮介で……真一の手を引っ張って店に畏れをなさず入って行く。

とにかく……

登貴子も亮介も、買い物に畏れなし。

登貴子は娘の洋服ばかり買う。それも先程のワンピースだけじゃない。

何着か目に付いたら買って靴やバッグまで……。

しかも……カードでどんどん……買う始末。

隼人は冷や汗を流して苦笑い。

『本物の金持ち』……そう思った。

遠慮している隼人にも亮介と登貴子が無理矢理隼人の服を選んで……

「これ似合うと思うよ!」

「これはどう? あなた結構、細身だから!」

「隼人兄ちゃんは、いつもこんな感じの着ているんだよ!」

真一までもが、あれやこれやと選んでくれて隼人は少しばかり

「これで構いません」と一言返事すれば

亮介が登貴子が率先してレジで買ってしまう。

「……慣れた方が良いよ?」

真一がそっと一言。

(そうだな。諦めよう……)

いちいち気にしていては、こちらの一家とは上手く付き合えないだろうと

隼人は逆らわないことにした。

とにかく……そんな買い物が一通り済んだ。

御園夫妻も満足そうにして、買い物袋両手に基地に戻る。

 

 「どうしたのよ!? それ!!」

当然……両親の凄まじい買い物力に葉月も驚きを……。

隼人も解っていた。

葉月の生活そのものは本当に『質素』なのだ。

洋服に関しては母親が率先して送りつけてくるから

自ら『欲しい、買いたい』という感覚すら乏しいようだから……。

「なにいっているのよ? あなたの着る物ないでしょ??

どんな恰好で外に出るつもりなの??」

「パパ!!」

葉月が怒ったように亮介をベッドから呼びつけた。

亮介も娘に『パパ』と呼ばれて嬉そうに『ハイハイ』とやってくる。

「さっき頼んだじゃないの! 私のサイズに合う軍服を支給して貰うよう頼んでって!」

「なんだ。葉月……また軍服かい?」

「当たり前じゃないの! そんなよそ行きの服をわざわざ買わなくて良かったのに!!」

葉月が本気で怒ったので隼人もすこし戸惑った。

休暇だというのに、異様な『拒否反応』に見えたのだ。

(そういえば……あまり外にヒラヒラした服を着ていこうとしないモンな?)

ジョイが正月、ロイの自宅に招かれた時……

『厳しく言わないとよそ行き着は着ようとしないんだよ』

……と、ぼやいていたのを思い出した。

「なんなの! この子ったら本当に!!」

当然……休暇だというのにそれでも外に軍服で出ようとする娘に母親が怒り出した。

そこで隼人……

登貴子が手にしている袋からそっと……一番最初に買ったワンピースを取りだしてみる。

「お母さんと選んだんだよ。きっと葉月に似合うねって……

せっかく、お母さんが一目で娘に可愛く着てもらえると目につけたんだ。

着てみたら? お母さんは白が良いって言っていたけど……

お前、紺が好きだろう? だから……紺にしたんだよ

マリーママンの家に訪問したときも紺のスーツ着ていただろ?

あの時はきちんと着ていたじゃないか? 似合っていたよ? あの色……」

隼人は葉月が座っている白いベッドの上に……

葉月の身体の上にそのワンピースをあてさせる。

「…………」

フランスでの想い出を隼人が取りだし……

隼人が色を選んでくれたことで葉月がそっと刺々しさを和らげて黙り込んだ。

「髪が短くなったからなぁ……ほら、このお揃いの水玉のスカーフ。

首に巻いたら、細いその首によく映えると思うよ」

紺生地に、白い水玉のスカーフもベッドの上に置くと……

「解った……着ていく」

葉月がそっと微笑んで、そのスカーフを手に取ったのだ。

登貴子と亮介もホッとしたようで夫妻で顔を見合わせて微笑んでいた。

『本当に隼人君じゃないとダメって感じね!』

登貴子が隼人にそんな耳打ちを……。

葉月もまんざらでもなさそうで……

そのワンピースを手にとって、穏やかな笑顔を浮かべていたのだ。

『きっと似合うよ。リトルレイ……』

父親がそっと微笑みかけるとやっと葉月は素直に笑っていた。

 その夕方……隼人はまだ着替えないである所に足を運んだ。

同期生の『ジャン=ジャルジェ』に、登貴子のジャケットのクリーニングを頼んだからだ。

『お前、幸せそうだなぁ♪』

久振りに話をしたが……ジャンも康夫が不在で忙しそうで

今回は積もる話も出来なかった。

でも……嬉しい報告が一つ。

『俺もさ。彼女が出来たんだぜ♪』

『本当かよ!? また、振られんなよ!』

『そういう事で……俺の所には今は泊められないな。素直にミゾノファミリーと泊まれよ♪』

それなら本当に御園一家と行動を共にすること……隼人も腹に決めた。

ジャンには車を借りる約束をして、今回はそこで別れたのだ。

『クリーニング代はつけておくぜ♪ オガサワラ研修が実現したらいっぱいおごってくれ!』

『勿論♪ じゃぁな!』

『頑張れよ!』

お互い……既にそれぞれの環境が出来ていた。

去年より、一歩進んだ違う環境。

隼人は早速、登貴子にピンク色のジャケットを返した。

「新品だったのよ。フロリダに持って帰ってからじゃ落ちなかったわね。きっと……

有り難う……隼人君!」

登貴子が嬉そうに……淡いピンク色のジャケットを早速羽織ったのだ。

「憧れだったんですよね」

隼人がポツリと呟いた一言に登貴子の動きが止まる……。

「憧れ?」

「ええ……母親がそんな女性らしい色の服を着て参観日に来てくれるとか……

僕の場合は……祖母が着物で来るとか……地味な服装でしたから……」

隼人のそんな穏やかな笑顔を登貴子が切なそうに見上げた。

でも……すぐに笑顔を返してくれる。

「そうだったの……そうなの……」

それ以上は登貴子は追求もしなければ、『私が代わりになる』とも言わなかった。

「このジャケット大切にするわね……せっかく綺麗にしてくれたから

これからはお洋服の色……色々考えてしまいそう……」

それだけ……。それでも隼人には登貴子の優しさは充分に伝わっていた。

隼人の新しい黒髪ママンの誕生だった。

 そんな御園家とも徐々に自然に慣れ親しんできた頃……。

葉月がやっと退院をした。

一足先に、隼人と御園一家はソニアママンのホテルアパートに泊まり込んでいた。

葉月もいよいよ……左肩は釣り包帯姿で……

でも、あの水玉のワンピースを着込んで……

懐かしい想い出のホテルアパートに姿を現す。

「ソニアママン! おじ様!」

任務負傷をしたと聞いていたママンとオヤジさんは

それは毎日葉月の心配ばかり隼人にこぼしては、今か今かと葉月の退院を待っていたのだ。

「葉月! 久振りだね! 良く来てくれたね♪」

オヤジさんも嬉そうにやってきた葉月を抱きしめ……

「葉月……隼人から聞いたよ……アンタ、頑張ったね!

あんなに綺麗だった髪が短くなってしまって!」

ママンは本当に心配だったようで涙を流して葉月を抱きしめたのだ。

「痛い……ママン……」

「あら! ついつい……ゴメンよ??」

肝っ玉なママンに抱きしめられて葉月は左肩が痛むのか少し顔を歪めたが

やっぱり再会できたことは嬉しいようで満面に微笑みを浮かべていた。

「康夫が心配だね? 雪江に子供が出来たと毎日、自慢話聞かされていたのに……」

ママンがそうため息をつくと……葉月もしょんぼり俯いた。

とにかく……葉月が退院しても、康夫の意識はまだハッキリ戻らないらしい。

それでも……少しばかり医師の声に反応を時々見せるとの報告は耳に入ってきた。

葉月は雪江に会いたがったが、隼人は差し止めた。

今は人付き合いに気を遣わせない方が良いと葉月に言い含めたのだ。

葉月もそこは納得して……逢わずして日本に帰ることを決したようだ。

「アンタの扇子……大切に飾っているよ。良く知り合いに見せるんだけど

皆、欲しいって羨ましがってくれるよ!」

ママンが、昨年、葉月が御礼に送った扇子のことを話すと葉月も再び笑顔に。

御園夫妻はすっかりこのホテルアパートも気に入ったようで

もう隼人の案内無しで、孫を連れて街に買い物、観光に出かけていた。

隼人が一人で、葉月の退院を迎えに行ったのだ。

勿論……登貴子と亮介は

『そこまで隼人君にさせられない』と言って葉月を一緒に迎えに行こうとした。

だけど……

『彼女と二人きりで話したいことがあるので……午後一杯、僕に任せて下さい』

強く願い出たのだ……。

すると……亮介は訝しそうに困った顔をしたが……

『そうね! それも良いわね! パパ、二人きりにさせてあげましょう!』

登貴子が『妊娠の話をする』と察してくれて……それで任せてくれたのだ。

泊まる部屋は亮介と真一が一室。

登貴子と葉月が女性同士一室。

隼人は……一人……『あの部屋』を頼んで泊まっていた。

葉月が泊まったあの四階の部屋だ。

そこに葉月を連れて一休みすることにした。

「隼人さん……ワザとこの部屋頼んだの?」

葉月は『懐かしい……』と呟いて隼人のエスコートでその部屋に入った。

「そりゃね? 想い出の部屋だモンな……ベッドで横になる?」

「大丈夫……先生に貰った痛み止め、飲んだばかりだし平気」

葉月がニッコリ……水玉のワンピース姿で微笑んだ。

「お母さん、見る目あるね。本当に似合っているよそれ……」

隼人が素直にワンピース姿を誉めると、また嬉そうに葉月は微笑む。

そんな彼女がこうして再び見られるなんて……

数日前のあの勇ましい女性はもう見る影もない。

それで良いと思った……。

あの魔女だったような彼女も否定しない。

でも……御園の両親と葉月が一緒にいるところを初めて目にしたが。

目にして本当に感じた。

『葉月はまだ……10歳で止まったままかもしれない』

それを必死に払いのけようとしている父親と母親の姿を見てしまった。

頑なにその父と母の心配を拒否しようとしている娘の姿。

そこに穏やかに微笑んでいる彼女がいるだけで……隼人は充分だと思った。

でも……

「葉月。座って」

「なに?」

隼人が真顔で、側のソファーに促すので……

葉月も大人しく言われたとおりに腰を下ろした。

その隣りに隼人は腰をかける。

「どうしたの?」

「…………」

訝しそうでも、そっと微笑みながら隼人を愛らしく葉月が覗き込む。

そう……子供のこと。言いたいけど……

やっぱり無理に検査した事は言いにくかった。

そうして黙り込んでいると……

「……『赤ちゃん』の事? 怒っているの?」

葉月から言い出したので、隼人は驚いて……葉月を見下ろした。

いや……『やっぱり、気が付いていた!』

そう思って驚いたのだ!

「……気が付いていたんだ」

「だって……変な診察、検査だったもの。ママに話したの?

でもね……私からママには言いにくいわよ……聞き難くて……」

「そうだよなぁ……」

「出来ていなかったんでしょ?」

葉月が確信したように笑顔で笑ったので隼人はおののいた。

「な、なんだよ? その自信!」

すると葉月がクスクスと笑うのだ。

「そうじゃないかな?……と

たった一日飲まなかっただけで出来るかな?って……」

クスクスと笑っていた声を葉月はすぼめて……

それで隼人を微笑みながら、申し訳なさそうに見上げたのだ。

「ああ……そう……かもね?」

「ごめんね? いろいろ気遣って動き回ってくれていたみたいで……

ママにだって……言いにくかったでしょう?」

葉月から謝ったので隼人は大慌て!

「バ、バカ! お前が謝るなよ! 俺、本当にお前に悪い事したなって……

反省したんだ! 今回……これでもし? 出来ていたら……」

「それ以上……言わないで? その手の話、苦手なの」

葉月がそっと瞳を揺らして隼人を見つめるのだ。

その麗しい眼差しで見つめられて隼人は言葉が出なくなった。

『苦手』……そう言われてそれが葉月の『トラウマ』の一つだから

だから……葉月は『ピル』を手放さない。

だから……彼女の願い通り……隼人はそこで色々と言い訳るのはやめた。

その代わり……

「葉月……本当にこれからは、もう少しもっと……」

そう言いながら葉月の短くなった栗毛の頭を引き寄せた。

「……充分よ。今まで通りで……」

すぐに察してくれるところなんて……

登貴子が言うほど葉月はそんなに『子供』でもない。

「いや……大切にするから……」

それはハッキリ言いたいことなので、隼人は言い切って葉月の唇を塞いだ。

「いつも言ってくれているじゃない? 今更……」

葉月もそっと隼人の唇を噛み返してくる。

持ち上げ式の窓から船の汽笛の音が響いてきた。

白いカーテンが揺れて……潮風がそっと入り込んでくる中……。

隼人と葉月は誰にも邪魔されず、お互いの腕をお互いの身体に巻き付ける。

葉月は片手だったが……それで暫く二人の唇が触れ合っているから

静かな街の音が流れているだけの……懐かしい想い出の部屋。

「初めてキスしたのも……このソファーの上だったわ」

葉月がそっと微笑んだ。

「そうだったな……」

そこでお互い気が済んで唇も身体も離れた。

「……あのね?」

隼人の横で葉月がそっと俯いた。

「なに?」

「…………」

葉月が黙り込んだので、隼人はそっと頬だけ髪が長く顔を隠す栗毛の中を覗き込もうとした。

「……好きな人がいて……」

「!!」

いきなりそんな言葉が葉月の口から突いて出たので隼人は驚いて身を固める!

思わぬ話が始まり、隼人としては幸せな気持ちが一気にすっ飛んだ!!