24.お手並み

山中とジョイがヒソヒソと話し合っているところに…

葉月が無言で帰ってきた。

いつもは『ただいま』と言うはずなのに葉月は何だか考え事をしているかのように

そのまま大佐室の前に立って自動ドアが開くのを待っている。

ジョイと山中は、そんな葉月を眺めて顔を見合わせたが…

「っと!お嬢??」

自動ドアが開く寸前にジョイが葉月の肩をつかんだ。

「あ。ただいま…。」

「って。のんきだなぁ。大尉が自ら志願して山本少佐の所に行ったんだぜ?」

そう言っても…葉月は「ふーん」と生返事。

今度は山中が呆れて割って入ってきた。

「『ふーん』ってなんだよ。お嬢の大切な側近だろう?随分、やられて帰ってきたみたいだぜ?」

心配顔の山中の次に、ジョイが葉月の前に割り込んでくる。

「かなりへこんでいたよ?やっぱり俺が行けば良かったのかな?ゴメン…お嬢…。」

補佐の二人は隼人がガックリ帰ってきたあと大佐室にこもりきり…と、かなり心配している様子。

山中が食事に誘ったが『後で行く』と断ってきてその後も出掛けようとしないと言うのだ。

「…。バカね。大尉はその程度じゃないわよ。」

葉月は、過保護な二人に呆れたように栗毛をなびかせて大佐室に入っていった。

補佐の二人はまた顔を見合わせてため息をついた。

「ただいま。」

そうは言ったもののやはり…葉月は自分がたきつけたからちょっと心配になって

隼人の様子を伺った。

しかし、彼はいつもの眼鏡笑顔で『お帰りなさい。中佐』と迎え入れてくれる。

葉月はお着替えバックを机の下に入れながら…

「早速…少佐の所行ってきたんですって?」と尋ねてみると…。

『まぁね』とやっぱりいつもの淡白な答えが返ってきた。

そうゆう男なのだ…澤村という男は…。と、葉月はホッとした。

「散々やられた?」とも尋ねてみた。するとやっぱり…『まぁね』しか返ってこない。

彼がそう言うのだから、まだ自分の手はいらないだろうと…葉月は再び午後の業務に取りかかった。

「食事は行ったの?」

『大佐室から一歩も出ない』と補佐の二人が心配していたので何気なく聞いてみる。

「まだ。ちょっと…心の整理」

「心の整理??」

「気にするなよ。俺。やれるところまでやってみるからさ。

あ。今回のことで結構色々見えてきたんだ。」

「見えてきたって??」

少佐とほんのちょっとやりとりをしただけで何が見えてきたのかと葉月には判らない。

「メンテナンスチームのこととか…。その点は少佐になって落ち着いてから

葉月ととことん話したいなって考えていたところ…」

『え!?』

葉月は急にそんなことを言いだした隼人に逆にビックリだ。

つい最近まで、フランスの基地から出てきて島の雰囲気に飲まれてばかりだった隼人が…。

急に凛と堂々としてきたように感じた。

葉月の予想では。隼人がそうなって自信を持つのは『少佐になってから』と言うものだった。

その、片鱗が急に垣間見えたのは予想外だったのだ。

「そうそう。一応、報告しておかないとね。山本少佐。お前に一度顔見せに来いってうるさかったよ。」

『おまえ』と呼ばれたのも初めてで葉月は思わずのけぞってしまった。

「そ…そう?」

「ああ。しつこいくらいにね。でも、真面目に取り合うつもりないだろ?」

そう言いながら、隼人が何だか闘志を携えた瞳を眼鏡の奥からチラリと

大佐席にいる葉月に送ってきた。

言われなくても、取り合うつもりはないが隼人の気迫に押されて

いつもの…兄様に諭される妹のようにコクリと頷くだけだった。

「暫くは。大人しくしていろよ。じゃじゃ馬。」

まるで…本当に冷たい兄様に言い含められている妹のように葉月はただ頷いた。

「そうだ。フランク少佐がまだ飯行っていなかったかも。一緒に行ってくる。じゃぁな。」

「い…行ってらっしゃい…」

隼人がまた、いつの間にかジョイと仲良くなっているのも予想外。

勿論…自分が今朝、そう仕掛けたのだが…。

急にフランスにいたときのように…人を食ったような兄様になって隼人は出掛けていった。

『うん!!いく・いく!!初めてだね♪一緒にカフェに行くの!!』

『いってこいよ!!俺とお嬢で留守張っているから…』

ジョイと山中と…隼人の仲のいい会話が大佐室まで聞こえてきた。

暫く葉月は呆然としていたが…。

(そうこなくっちゃ♪)

ボールペンを顎の当ててニヤリと微笑んでいた。

(隼人さん。やっと解ってくれたのね…。自分がどうして引き抜かれたかって…)

『メンテナンスチームはこれからは絶対必要だ。』

隼人がそれに気が付いたようだった。

隼人はロベルトと同じ様なタイプ。

後押ししないと今のところは前に進まないと葉月は睨んでいて

メンテナンスチームのことは、『少佐・側近業務』が落ち着いてから、順を追って話すつもりだった。

それが…この騒ぎをキッカケに、葉月の予想を上回る考えを持ってくれた隼人。

(そう…。この感覚…待っていたのよね〜♪私より大人で兄様って言う判断力。)

葉月の満足は隠しきれなかった。思わず頬がゆるんでいた。

そして…

(隼人さんがそう来たなら…やりやすくなってきたかなぁ)

また一人…『フフ…』と葉月はほくそ笑んでいた。

そして内線を手に取った。

「お疲れ様です。御園ですが…コリンズ中佐いらっしゃます?」

まずは先輩の意見と一致しなくてはならない。キャプテンの許可が必要だった。

しかし…コリンズの答は解っていた。

『なんだ。嬢ちゃん。ミーティングはまだだぞ?』

「中佐?前から言っていたでしょう?メンテチームのこと…。そろそろ…計画立ててみません?」

『……!?なんだ。急に?まだちょっと早くないか?

サワムラはまだ、連隊長やウィリアム大佐にも外勤は差し止められているだろう?』

「そんなの解っていますわよ。そうでなくて…」

葉月がすらすらと言いだした説明をコリンズは黙って聞いてくれたようだった。

『なるほどな。ま、俺は見て見ぬ振りしているぜ?テキトーにやれよ。

何かあったら必ず連絡しろよ。まったく。お前と来たら突然やること大胆だな!』

「あら?反対するなら今のウチですわよ?」

『するモンか♪しかし。お前も女としても成長したかもな。前の事は本当に気にしていないんだな。

サワムラがどんな男かまだ知らないが…。あんまりビックリさせると可哀相だぞ?』

「したとしても…私…彼は解ってくれると信じていますから…。」

『内助の功か?』

デイブ=コリンズのからかい笑いに…葉月はちょっと頬を染めていた。

デイブには既に隼人との仲のことすら見抜かれていたからだ。

「変な日本語知っていますわね!!」

『これでも日本在住、八年だからな。バカにするなよ!俺は…『ハリス』と組むなら何も言わない。

アイツは真面目で信頼できる男だ。やれるとこまでやってみな♪』

「有り難うございます。」

『じゃな。後で…ミーティング後、ティータイムの時、詳しく聞く。』

「はい。では…。」

葉月はニッコリ内線を切って…ボールペンをくるくる回しながら後ろの大窓を眺めた。

差し込んでくる昼下がりの日射しに葉月のガラス玉の瞳がキラキラと輝き出す。

隼人は急に無邪気になついたジョイと楽しい会話の食事を終えて、

午前の不機嫌も解消されて大佐室に戻る。

葉月はいつものように、大窓の光を受けて黙々と書類に向かっていた。

「ただいま。中佐」

『お帰り。』 彼女のニッコリのお迎えに隼人は益々不機嫌が飛んでいってしまった。

「ジョイって面白いでしょ?」

ボールペンを紙の上に滑らせながら葉月がそっと尋ねてきた。

「え?うん。色々聞かせてもらった。この中隊の歴史とか」

「そう?元々…ロイ兄様が大佐だった時の分隊を私が小さな中隊で引き継いだとか?」

「ああ。康夫の中隊より小さかったって…。空軍がメインだったてね。

その後。海陸が加わることになって空軍の若い葉月じゃ仕切れないから

遠野先輩が大佐として今の規模になった四中隊を引き継いだって…。

それで先輩が亡くなってしまったから…葉月が代理として今はなんとか保っているってね。」

葉月は『実は、そうだったのよ』と何気なく呟いて書類に向かった。

この中隊が…遠野だったからこそこの規模で管理が出来ていた。

葉月では出来ないから、遠野が来た。

なのに…今は遠野がいなくなったの一つで、元は隊長をおろされた葉月が危なげに管理している。

だから…その補強に隼人が必要だった。

過去のことは…既に隼人には必要ないことと改めて彼には『中隊の歴史』は語らなかった。

隼人とは『これから…』を意識していきたかったからだ。

葉月の中では『中隊の歴史』は『栄光』もあるが苦いことばかり…。

隼人が気にしてはいけないからと思っていたのだが…。

「また、もう一度。先輩がいたときのように立て直そうってフランク少佐は張り切っていたよ?

俺もそう思う…。女たらしの先輩だったけど…仕事はピカイチだったからね。

その、後を引き継げるってやっぱり俺は遠野先輩の後輩なんだって話し…彼としてきた。」

隼人は、やっとうち解けたジョイとの食事がことのほか嬉しかったのか、

笑顔を絶やさずに葉月にそんなランチタイムの報告をしてくれるので

葉月まで『良かった…やっと隼人さんが馴染めて…』と、心で喜んでいた。

『さて。明日の準備しよう…』

処理が早い隼人は、張り切って明日の分まで取りかかろうとデスクについた途端だった。

また、二人の内線電話が一緒になって、二人で顔を見合わせたが…。

いつも通り隼人が手を伸ばした。

「はい。第四中隊大佐室。澤村です…。」

「御園嬢いるか?」

隼人はその声にせっかく、キレイになった心が荒んで行くかのように顔をしかめてしまった。

『おりません!』 そう言うつもりのところを…

葉月が何か悟ったように『山本少佐なら取り次いで!!』とメモ用紙に書き込んで

大佐席から隼人に突き出したから…隼人も驚いた。

本当なら…絶対取り次ぎたくなかったが…仕方がない。中佐の命令だ。

「はい。おりますので…少々お待ち下さいませ。」

「へぇ。いるのか珍しいな。」

山本のそんな声を耳に掠めて隼人は憮然と葉月の席に内線を廻した。

(真面目に取り合うなっていったのにな)

隼人は、葉月が何を考えているのか解らなくて久しぶりに葉月の『じゃじゃ馬流』に苛立った。

「はい。御園です。」

隼人は聞き耳を立てながら、葉月の反応を伺った。

いつも、ペンで何かを紛らわすようにメモ紙に何かを書いている葉月が

今は、何かを待ちかまえているようにジッと山本の話を聞いているようだった。

そして・・・

「そうですか。わかりました。こちらでなんとかいたしましょう。ご苦労様でした。

今すぐ・・・澤村に取りに行かせますから。では。」

葉月は早口でそれだけ言って『ガチャリ』と受話器を置いてしまった。

「な・なんだよ?」

隼人に取りに行かせるときて、ドキリとした。

「来週のメンテナンスのスケジュールが調整できないんですって。

そうゆうことだから、隼人さん、午前中に渡しに行ってくれた書類もって帰ってきてくれる?」

それを聞いて隼人は驚いた。

山本は『調整出来なくってねぇ』とでも、葉月に言ったのだろう。

そこで葉月が『何とか、お願いいたします。』と泣いて頼むのを待っていた。

ところが、葉月も『じゃじゃ馬』。

そんなことなら、面倒くさいから『結構です』と切り捨てたようだった。

その後の対処はどうするか不安だが・・・

隼人もニンマリほほえんでいた。

「解りました。すぐ、行って来ます。」

隼人は、『真面目に取り合うなよ』と言った通りに葉月が動いたので颯爽と出かけようとすると・・・

「そうそう。大尉。私ここにいるから、すぐ帰ってきてね。

『やっぱり・調整がとれた』と手のひら返すかもしれないから。そうなったら

急いで私の許可印押して、書類提出しなくちゃいけないでしょ?」

葉月が書類を書き込みながらサラッと髪を耳にかけて呟いた。

隼人はそこまで読んでいたのかとさらに驚いたが・・・。

「了解。超特急で帰ってくる。」

「それから・・・少佐が『何とか調整したんだ』とか恩着せがましいこと言ったら

『宛があると中佐は言っていたから無理はしなくても宜しかったのに』とでも言い返してやって。」

隼人は平静な顔つきでそんなことまで言う葉月に呆れはしたが

「なるほど。『生意気小娘』って言われるはずだ。怖いね〜。」と笑ってしまった。

もちろん葉月もそんな隼人の返事にニコリと微笑んで

『行ってらっしゃい。頑張ってね』と見送ってくれたのだ。

(まったく。本当にじゃじゃ馬だな・・・)

そういいながらも・・・隼人はやっぱり微笑んでいた。

隼人が第二中隊の山本の元へ急いでいくと・・・、彼は何かばたばたしていた。

「お疲れさまです。うちの中佐に言われて書類取りに来ました。」

隼人がそういうと・・・山本はキッと隼人を睨みつけたのだ。

「まったく!何とか調整とれたところだよ!!」

(あ。葉月が言ったとおりだ)と、隼人は午前に冷たくあしらわれた気持ちがスッと退いていくようだった。

「忙しい中佐みたいだからな!仕事が増えないように、何とかしてやったんだぜ!!」

山本はそういい捨てて、隼人の胸に書類をパシリとはねつけてきた。

隼人もそれを受け取って・・・勿論、葉月に言われたとおり一言。

「中佐は宛があるといっていましたから、無理をしなくても宜しかったのに・・・。」

そして、自分としてもう一言。

「山本少佐は忙しそうだから・・・他に当たった方が早いかもしれないって言っていましたよ。」

隼人がそこまで言うとさすがに山本はなにも言い返さなくなった。

山本と向き合うとちっとも仕事が進まない。葉月がそう思っているという風に言ったのだ。

葉月に宛てにされなくなると言うことは・・・相手にされなくなるということだ。

何時までも、『何とかやってあげているんだぜ?』と

中佐である葉月を『小娘扱い』していると葉月も一応、中佐だ。

相手にしているどころではないってところなのだ。

隼人は大人しくなった山本の左薬指にきちんと

銀色のリングがはめられているのを、初めて目にした。

それを目に留めて、頭を下げてサッと二中隊を後にしたのだ。

葉月に言われた通りに早く持って帰る。

大佐室に戻ると葉月が待ちかまえていたように持ってきた書類に『認め印』を押して

来週のメンテナンスに穴があくことなく何とか今回は確保することができた。

「これで暫くは大人しくしているでしょう・・・」

葉月はそっと微笑んでその書類を木田君に後の処理をさせるよう隼人に渡してくれた。

隼人は本部室にいる木田君にその書類を渡した。

「中佐。結構、手厳しくやり返していたよ。俺も午前中のイヤな気持ちスッとした。」

隼人がそう報告すると若い木田君もにっこり微笑んでくれた。

「でも。それは中佐だからですよね・・・」

木田君は『このまま、中佐に任せっきりって訳にもいかない』とため息をついた。

隼人も『そうだなぁ・・』と、葉月だからこそ大人しく引っ込んだ山本。

葉月もこれで、手を緩めるつもりか?と不安にもなるし。

もう。一丁、仕掛けるとなってもあの『じゃじゃ馬』がなにをしでかすかそれも不安だった。

隼人はフランスにいたとき・・・『デビュー実施』で投票を始めた葉月を思いだした。

お手並みは見事なのだが・・・

期待と不安が混じるそんな葉月に隼人はまだ振り回されるだけだった。