27.挨拶回り

「ちょっと…メンテナンスの班室廻りしてきたの」

屋上で『仲直り』して、二人で階段を下りていると

カフェテリアにさしかかる前で葉月がそんなことを言い出した。

「本当に?班室廻りしていたんだ!」

「?なに?山中のお兄さんにそう言ったはずだけど?」

補佐と側近の男三人は『彼と初めて喧嘩してじゃじゃ馬さんはすねてさぼっている』。

そう…踏んでいたのに…葉月は本当に告げたとおりに『班室廻り』をしていたらしい。

だから。隼人はキョトンとしている葉月にジッと見つめられて

そっと、視線を逸らしてごまかした。

「それで?何しにメンテの班室を?」

「隼人さんに『欠員補助要請』をかけてくれた先輩達に『よろしく』って挨拶していたの。」

「なに?よその中隊に行っていたわけ??」

「?そうよ?その帰りにそこの屋上で一服していたんだけど??」

(なんだよ。まったく)

隼人は拍子抜けして…おまけに恥ずかしくなって黒髪をかいた。

「それでね?『後から、澤村にも行くよう伝えておきます』といっておいたから。

隼人さん、今日中に合間を見て一中隊から六中隊まで挨拶回りに行ってくれる?」

葉月のにっこり笑顔に、隼人は『分かった』と頷いておいた。

「一中隊は、ベテランのチームが二チーム。

第一編成隊のキャプテンが一番だから特に気を配って挨拶してね?

優しいおじ様だけど、この基地で一番のメンテナンス員と念頭に置いてね?それから…

第二中隊は三チーム、ここでは第一編成隊のキャプテンだけに挨拶しておいたけど。

第二・第三のキャプテンにも挨拶して置いてね?第三チームのキャプテンは若いから……」

そこで葉月が言葉を止めたので隼人は『?』と首をかしげた。

「気が合うと思うわ。二年前にできたばかりのチームなの。

これからチームを作ることではいい先輩としてアドバイスをくれると思うわよ?」

「そうなんだ。歳はいくつくらい??」

隼人は、そんな先輩がいるなら…参考としてありがたいと興味を示したのだ。

「………。いくつぐらいだったかしら?32歳だったかしら??」

『じゃぁ。俺とそんなに変わらないいね』と、

隼人は一番身近な先輩として興味を示したのだが…

「そうね。色々聞いたら…教えてくれると思うわよ?真面目な人だから。」

葉月が少しだけ…微笑んで何かためらっているようにも感じた。

後は六中隊は若い層の三中隊をチーム中隊として引っ張る五中隊と同じ様な中隊と

隼人は『心得』を葉月から授かって『挨拶回り』に出かけることにした。

『捜しに来てくれてありがとう。ジョイには挨拶回りに行ったと伝えておくわ。』

カフェテリアで葉月と別れて隼人は一番遠い第一中隊にそのまま出かけることにした。

カフェテリアがある『高官棟』を抜けて…昨日、今までで一番遠く足を延ばした

『山本少佐』がいる二中隊棟をサッと通り過ぎて…

そのまた向こうの『第一中隊棟』にやっと辿り着く。

葉月が言った通りに…『航空員班室』があるという二階に階段を使って降りる。

『操縦員班』・『整備員班』・『通信員班』の大きく三つに分かれていて、

班室の入り口に掲げてあるプレートには『日本基地』だから漢字で書いてあるが

『国際提携基地』だから英語でも書き添えられている。

もちろん…訪ねるのは…葉月が言うところの『基地一番のメンテ頭』である

『第一中隊・第一編成隊付きメンテチームキャプテン』

これを一番最初にこなしてしまおうと言うところだ…。

お兄さん中隊の二中隊に『山本』の様な男がいるから

隼人は、さらに気構えを整えて『どんな怖いおじさんが出てくる!?』と心の準備。

(どんな人なのか?アメリカ人か?)

隼人はがたいの良い外人を思い描いて『おはようございます』と

硬い面もちでとうとう…ベテラン中隊の扉を開いた。しかし…

「君がお嬢が引き抜いたって言う澤村君?案外・細身なんだね?

でも、春に来ていた藤波もお嬢も君の腕は確かだと絶賛していてね。

僕も君に会えるのを楽しみにしていたし、一緒に早く滑走路を走りたいね?

ジョイから要請希望の声がかかったときは、真っ先に申し込んだんだよ♪」

隼人が尋ねてきたと…班室にいる若い男が呼んできた『おじさん』は

なんと…四十代最初ほどに見える『日本人』だった。

『源・中佐』というらしい…。

この外人がたくさんいる基地でたくさんの航空員がいる中で…

その隼人の仕事の『頭的存在』になる男が隼人よりやや小柄の『日本人』なのは意外だった。

外国暮らしが長かったせいか『日本人』に触れることも少なかったので

隼人にとって本当に初めての日本人メンテ員・先輩と言うことになる。

それは意外だったが逆に日本人として嬉しいことでもあった。

そして…昨日、『山本』の様な男に出会って散々先輩にやられた後だけに

『源・中佐』の大人である品格に隼人はいつも以上の好感と『尊敬』を心に感じた。

「教官をして…訓練には二年以上のブランクがあります。

しばらく足を引っ張るかと思いますが、よろしくお願いいたします。」

隼人は自分の『ブランクがある』という弱点もサッと口にして、丁寧に笑顔で頭を下げていた。

『ヨシロウ〜。誰だ??』

班室は、ついたてで二分割されていて、その向こうから

彼と同じ歳ぐらいの外人がヒョイと顔を覗かせた。

「アラン…。お嬢の側近だよ。」

源中佐のニッコリ・ご紹介に金茶毛の『アラン』が立ち上がって向かってくる。

「君がサワムラ君?俺も『フランス基地』出身なんだ♪」

こちらは、軍人らしいがっしりとした男性だった。

「アランは第二編成隊付きのキャプテンなんだ。」

相も変わらず、にこやかな源に隼人もニッコリ…『ムッシュ・アラン』に頭を下げた。

トップ中隊のメンテ員キャプテンが『日本人』と『フランス基地出身』と言うのは

隼人にとっては、縁があるというか溶け込みやすい要素があって安心をする。

「俺も、要請したかったんだけどなぁ。ヨシロウの奴がいっぺんに要請しては

お嬢も手が回らないだろうって…こいつが君を奪っていたんだ!!」

アラン=ブロイ中佐と言うらしいが…彼はフランス語でペラペラと隼人にしゃべり、

源中佐の小さい肩をバンバンたたいてかなり陽気な男だった。

「フランス語でしゃべるなよ。俺は苦手なんだ!」

源中佐はアランが叩いた肩をしかめ面でなでて、

何とも陽気な先輩達であるのが、隼人の第一印象。

隼人はもう一度『至りませんが、よろしくお願いいたします』と頭を下げて

明るいキャプテンおじ様に見送られて第一中隊を後にした。

それでもやはり…葉月の『基地一番のメンテ員』が効いていたのか

緊張していたらしく隼人は額の汗を拭った。

そんなメンテ上官が余裕いっぱい優しい方がよけいに緊張することもある。

そして…隼人は三チームあるという中年層の二中隊に向かった。

二中隊棟の二階にある『航空員班室』に辿り着く。

こちらはベテラン一中隊のようなドッシリさはなくて

やはり何処かしら男盛りの匂いがする若さでざわめいたいた。

それでも、葉月の四中隊よりはしっとり落ち着いている印象がある。

『第四中隊の澤村です。第一チームのキャプテンにご挨拶に参りました。』

近くにいた若い男性に声をかけると、彼もニッコリ、取り次いでくれた。

「初めまして。今朝お嬢が珍しく訪ねてきてね。何事かと思ったよ。」

今度はアメリカ人だった。ちょっとクールに無表情で歳は35・6歳と隼人は見定めた。

「ジョイから要請がかかったのはいいけどウチは残念ながら今は間に合っているんだ。

悪いね。その内に実家に帰る奴とかが出たら、また頼むよ。そうそう。

第二・第三チームはすぐに要請出したらしいから…向こうに行ったら奴らがいるよ。」

無表情だが隼人から見たら『職人気質』という感じの真面目そうな堅い男だった。

クールな彼に葉月の本部ほどある広い部屋のついたての向こうに誘導されてついてゆく。

「山下。お嬢の側近が来たぜ。」

それだけ言うとクールなキャプテンはさっさと隼人から離れていった。

今度は日本人のキャプテンだった。やはり35歳ほどの男だ。

「やぁ。君が澤村君?お嬢が引き抜いたって話聞いてから楽しみにしていたんだ♪」

山中のように『体育会系』の男性がちょこまかと走って隼人のところにやってきた。

「日本人の先輩がいて嬉しいです。」

隼人が頭を下げるとなんだか山下は憎めない笑顔で急に照れたのだ。

「日本人のメンテ員が増えるのは僕も嬉しいよ!」

クールなアメリカ人キャプテンとは全く逆の無邪気とも言える男だった。

その彼が『フランスで鍛えたって聞いたから、どんなものか知りたくてすぐに要請した』と

隼人に対する期待を瞳を輝かせて訴えてくる。

「ですが…。二年以上のブランクがあります。お手柔らかに…」

プレッシャーが徐々にのしかかってくるようなキャプテン一同の期待心。

その上、皆、口をそろえて『あのお嬢が引き抜いた』と言う…。

葉月の品格を落とさないような訓練をやらなくてはならないではないか…。

「しかし。結構・細身だね?鍛えないと…お嬢のチームは結構・激しいからなぁ。」

教官をやっている間に肉体が一回り小さくなったことは隼人も解っている。

そう言われれば…葉月のチームがどんなフライトチームかは隼人はまだ見たことないと気が付いた。

「なんせ…コリンズ中佐が『豪腕』だからねぇ。それに続くお嬢が女の子っていうのが

さすが、将軍一家のじゃじゃ馬さんって言うのかな?普段はしとやかな女の子なのに

飛行服を着たらまるでとんでもないやんちゃ坊主みたいなんだ。

時々、機体を壊されるんじゃないかってドキドキするよ。

とにかく、今一番注目されている『若手チーム』てアメリカ仕込みの血気早い男ばかりだからねぇ。

こっちも、あそこのフライトチームの手伝いにいくとなんだか生気を吸い取られるって感じだよ?

その為にも…澤村君、鍛えておかないといけないね。」

『そのようなチームなのか』と、隼人はカフェテリアで出くわしたあのコリンズチームが

『血気早い』と言うのもなんだかうなずけるような気がした。それほど賑やかな一団だった。

隼人は、日本人同士とあって、山下から色々な話を聞いて『参考になります』と

お礼を述べて次なるキャプテンに会いに移動する。

山下もいい先輩になりそうだと心を明るくして最後の第三チームのついたてを覗いた。

今度は隼人の方から会ってみたい…葉月の話の中で一番興味を示した先輩。

二年前にチームを作ったばかりの32歳とか言う若いキャプテンだ。

そっと…覗くと今までより一番若い雰囲気がするチームで

隼人と同じ歳ぐらいの男達が向かい合わせの机で事務作業をしていた。

窓辺に一人。背の高い男が窓の縁に手をついて空を眺めていた。

葉月より濃い栗毛の男。ちょっとオールバック気味に髪をセットしている。

顔が見えないが、空いている席は…向かい合わせになっている机達の

一番上座に…皆を見渡せるように一つだけこちらに向いていて

その空いている席が彼の席で、『キャプテンの席』と解った。

「おはようございます。」

隼人が挨拶をすると、一番近くにいた葉月の歳ぐらいだろう…

二十代の日本人男性がフッと振り返った。

それと同時に窓辺で空模様を眺めていた栗毛の彼も振り向いて隼人と目が合う。

「なんでしょうか?」

日本人の男の子が愛想良く隼人に言葉を返してくれる。

栗毛のキャプテンも隼人の訪問に視線を馳せながらも…窓辺からそっと…

自分の席に座ろうと椅子に手をかけたところだった。

「第四中隊の澤村です。中佐に言われてこれからお世話になるご挨拶に…」

『参りました…』と、隼人が続けて言おうとしたところ…

『ガシャン…』

と…言う音が第三チームの事務室に響いた。

『ロニー!?何やってるんだよ!!』

『キャプテン??大丈夫ですか!?』

椅子に腰をかけようとした背の高いキャプテンは隼人の視界から消えていた。

座り損ねて床に転げたようなのだ。

床に転げたキャプテンのところにチーム員がわらわらと集まって

隼人はただ…唖然とその様子を眺めていた。

「あの…?」

隼人も躊躇してもう一度声をかけると…

栗毛の男がやっと皆に支えられて机の下から起きあがった。

ちょっとばつが悪そうに…栗毛のキャプテンは頭をなでながら

そっと立ち上がって…皆に『大丈夫さ』と微笑んで隼人の方にためらいがちにやってきた。

「は・はじめまして…御園中佐から噂はお聞きしていますよ。」

葉月のことを、『お嬢』と言わない『先輩』に初めて出会った様な気がした。

彼の優雅な微笑みに隼人は少しばかり飲まれそうになった。

『軍人』その、男の匂いが今までしていたのに…

この男からはあの連隊長の側近『リッキー』から感じた上品な品格を感じたのだ。

彼はなんだか照れくさそうにグレーの瞳をニッコリ和らげ…

口の上にはやしている手入れを細かくしているような細いひげをやんわり和らげた。

その優雅な微笑みと共にそっと隼人に手を差し出してくる。

「ロベルト=ハリスです。よろしく」

イントネーションはちょっとまだ荒削りだが日本語はきちんと話せるようで

隼人はちょっとまたおののきながら『宜しくお願いします』とにこやかに、手を差し出した。

右手を出したのに…彼は左利きなのか左手を出していた。

握手ができなくてお互いにそこで手が止まった。

彼の左薬指にエンゲージリングが…まっさらの新品のように輝いている。

『結婚しているのか』

32歳ならばそれも年頃だよな?と隼人が何気なく見つめていると…

「あ。すみません。私…左利きで!」

隼人より先輩なのに彼はあたふたと額の汗を拭ってすぐに右手を差し出してくれた。

(なんか…先輩って感じがしないな??)

妙に礼儀正しい先輩で隼人は腑に落ちない気持ちになりながらも

「いいえ。こちらこそ…失礼いたしました」とにっこり…

彼が出し直した右手をやっと握ることができた。

「いきなり来たのでビックリしました。」

ハリスの肩章を見ると…「少佐」だった。

「御園中佐はこちらの第一チームのキャプテンにだけ先ほど挨拶に来たらしいのですが…」

「え?そうだったのですか??」

丁寧な日本語が『敬語』なので隼人もなんだか調子が狂う。

『それは知りませんでした』と、ハリスはちょっと残念そうにうつむいた。

「中佐が…あなたが二年前にチームを作ったばかりの歳が近い先輩だから

四中隊のこれからのためにも参考に…お手本にしたら良いと言うので。

本日、挨拶回りの中でお会いできる事、一番楽しみにしていました。」

これから、本当に『身近な先輩』になってもらうために隼人は自ら…

『期待』の言葉をスラスラと彼に伝えていた。

「そんな…私なんか…」

キャプテンのくせに妙に恥ずかしがり屋のようである。

「わたしも…御園中佐からフランスから引き抜いたとお聞きしていたので…

私はフロリダ校出身なんですが…フランスのメンテ員が素晴らしいのは

良く知っているので…何せ若いチームですからまだ至らない点ばかり。

逆に澤村大尉の力を借りたいと言うところです。すぐに要請には申し込みました。」

ハリス少佐があまりにも…腰が低くて丁寧なので隼人は益々躊躇した。

「いえ。フランスにいたときから彼女は…二中隊は若手の素晴らしいチームがそろっていると、

聞かされていましたし…。今でも『最高の先輩』と言っておりますから…。

私も、ブランクがありますので…お手柔らかにお願いいたします…。」

隼人が頭を下げると彼も細長い体を『いえ…こちらこそ!』と

慌てて下げてきて、なんと、『コツン』と隼人の頭に当たってしまった。

『???』

なんだか憎めないが妙にそそっかしい彼に隼人はリズムが合わなくて

頭をなでながら彼を見上げると…『すみません!!』とまた隼人に頭を下げてくる。

チームメイトがそんなキャプテンにクスクスと笑いをこらえていた。

「おい。ロニー。『新婚ボケ』を澤村大尉に移すなよ♪」

彼と同じ歳ぐらいのアメリカ人男性が英語でからかうと…

若いチームメイト達がドッと笑い出した。

(新婚だって!?)

隼人はそこでやっと腑に落ちない気持ちが晴れたように感じた。

葉月が先ほど…なんだかためらうように微笑んでいたこと。

二中隊では第一チームのキャプテンだけに挨拶したこと。

隼人が訪ねてきて…目の前の男が妙に落ち着きないこと。

『葉月が春までつきあっていた男だ…』

アメリカ人で新婚のメンテナンサー。 そう…確信した。

『よけいなこと言うな!』

ハリスはムキになってチーム員達に怒りだしていたが…。

(あいつ…それでも俺のためになるって勧めていた…)

葉月にとっては元・恋人。そんな男に隼人を送り出した。

この男も…隼人にすぐ要請をかけてくれた一人。

その元々つきあっていた二人の間に隼人は挟まれたが…

なんだか…優雅で変に憎めないロベルト=ハリスの暖かさは隼人にも伝わってくる。

きっと葉月を『大切』にしてつきあっていた男…そんな気はしてきた。

「あの。本当にこれから…お願いいたします。彼女のためにも…」

チームメイトのからかいにムキになっていたハリスが隼人のそんな言葉に

フッと…今度は神妙な顔つきで振り返った。

「勿論。彼女には…いえ。御園中佐にはこれからも頑張ってほしいから…。

いくらでも協力はいたしますよ?一緒に滑走路を走れる日。楽しみにしています。」

彼のそんな寛大な微笑み。

葉月の元・恋人…(だと思う)

そんな彼と彼女がなんだかとてもお似合いだったに違いないと隼人は確信した。

隼人はハリスに丁寧に二中隊から送りだしてもらった。

彼の優雅な仕草から…ほんのり香水が香っていた。

『彼なら…きっと四中隊に協力してくれる』そう感じながらも…

『きっと…お似合いだったに違いない。何で別れたんだろう?』

隼人は自分より立派な優雅な男が葉月のつい最近の『恋人』だったことに

わずかながらのショックは隠しきれない。

すこしだけ。隼人の上着に…上品な男の香りが移っていた。