32.作戦決行

『こちら空母管制。102。OK?』

『こちら。フライト451 102。OK!』

『ミゾノ中佐。いってらっしゃい!』

葉月が真っ直ぐ見据えた先には、空母艦の先端。青い海と空が広がっていた。

グッドサインを出して操縦管を握ると、カタパルトに機体を装置してくれたメンテ員が

腰をかがめて葉月に『行ってらっしゃい!』のグッドサインを返してくれた。

操縦管を少しひいただけで、ものすごい早さで機体が空母の滑走路を走り出す。

その早さに気を取られていると大変なことになる。

葉月の集中は空にうまく滑り出すまで抜けなかった。

『嬢!出たか?早く来いよ!!』

ヘルメットの交信から先にカタパルト発進をして空に飛び出たデイブからいつもの元気な声。

空母艦から瞬く間に青空に葉月は飛び出していた。

その訓練を、無事に終えて葉月はいつものチームメイトに囲まれて

海上の空母艦から小型連絡船に乗り込んで基地へ帰ろうとしていたが…。

葉月は、いつもの如く賑やかなチームメイトをよそに、

甲板の遠くで、機体の整備を始めたメンテナンスチームを眺めていた。

この日。葉月とデイブのフライトチームをサポートしてくれたのは

第一中隊の源中佐のチームだった。

葉月は賑やかなチームメイトに背を向けてそっと走り出した。

「ようし!ちゃっちゃとやって、昼飯にするぞ!!」

『ラジャー!!』

キャプテンの源の威厳ある声に、機敏にチームが各機体に散らばった所だった。

源は、キャプテンのデイブが乗り込んだ『101号機』についたところだった。

「源中佐。お忙しいところ申し訳ありませんが…。少々宜しいですか?」

機体の背に張り付いた源を見上げて葉月は叫んだ。

源は紺色のキャップのつばを少し傾けて、機体の下から聞こえた声の主を確かめる。

「お嬢?どうしたんだ?パイロットは退散しているはずだけどな?」

源はいつものように優しく微笑んでくれたが、葉月が単独で側に来たことで

他のおじ様メンテ員達がいぶかしそうに手元を止めて葉月に注目していた。

「あの…」

皆が、葉月の言葉に視線を集めていたので言い出しにくくて…

葉月も、紺のキャップのつばの影にうつむくと…

源が軽い身のこなしで、F18の背中からヒョイと甲板に降りてきた。

「どうした?俺に個人的に用事?デートの誘いなら甲板以外が助かるなぁ♪」

源のジョークに葉月は思わずクスリ…と微笑んでしまった。

「奥様がいなければ、そうしたいのですけど…」

葉月のお返しに源もケラケラと笑い始める。

「惜しいな。もうちょっと若かったら、将軍一家の一員だったかもなぁ。

と。言いたいが…。お嬢がそんなことで来るはずないが?本当は何の用事?」

源はまだ、チーム員の視線を気にする葉月の目線に気が付いて振り向いて大声を上げた。

『こら!!サッサと片づけろよ!!』

源の檄でチーム員達は葉月から視線をはずしていつもの機敏な整備に戻っていゆく。

「あの。宜しければ相談したいことがあって…。

本日。午後の中休みの時間頃。私の部屋まで来ていただけませんでしょうか?

お忙しければ…私の方から、そちらの班室に伺います。」

「相談?」

源は葉月自ら個人的に『相談』と言うことに首を傾げた。

確かに同じ空軍に身を置くが、パイロットとメンテナンス員。

歳も離れていれば、中隊属も全く違う。

こうして、訓練で一緒にならなければ葉月とは接点はほぼ無いのだ。

「はい。ご意見を賜りたくて。」

「俺にできること?俺なんてお嬢と違って外勤族のおじさんだよ?

お嬢は本部員だし、一中隊の隊長代理。何か役に立つことなんてあるのかな?」

そこは事実である。葉月は年が若くとも源より学歴も家柄もしっかりした

正真正銘の若手エリートだ。

外勤だけでなく、内勤も仕切っている『本部幹部員』だ。

「源中佐でなければ…いけないんです。」

葉月の真っ直ぐな瞳に見つめ返されて源は少しばかり、その瞳に呑まれかける。

「わ。解ったよ。お嬢の中隊は『お茶が美味しい』って評判だからね。

3時頃。手元が開いたら行くから…。それで良いかい?」

『はい!お待ちしております!!』

葉月がこの上なく嬉しそうに元気良く返してきた返事に源は驚いて…。

紺のキャップをはずして頭を下げた葉月に『ああ。もう。そこまでしないでくれよ』と

チームメイトの視線を気にして慌てて止めた。

葉月もニッコリ…微笑んで紺のキャップをかぶり直してサッと走り去って行った。

(なんだろうなぁ。あの子が何かやるときっと何かあるって言うからなぁ…)

葉月の『じゃじゃ馬』は源もこの目で良く目にしていた。

『相談がある』に、荷担して、『じゃじゃ馬嵐』に巻き込まれるのじゃないかと不安になったりする。

しかし、彼女が今まで乗りこなしてきた『経歴』はさすがの源もうなる部分があるのだ。

彼女はいつも何かを始めては大騒ぎにはするがそれが何処か『新しい風』になっていたりするのだ。

その『新しい風』に荷担できる一人になれるかもしれない期待と不安が

42歳の中年の心に入り交じる。

『キャプテン!お嬢さんからのご指名!何だったんですか??』

『彼女があんな風に声を掛けるって珍しいですね〜♪』

『嬉しそうに彼女笑っていたじゃないですかぁ??』

チームメイトも興味津々…。

「うるさい!!何でもない!仕事の話だ!さっさとやらないか!」

キャプテンの檄に皆は『ヒュゥ〜』と肩をすくめて、手元の作業に集中した。

『嬢!何やっているんだ!船が出るぞ!置いて行くぞ!!』

空母艦の甲板の向こうに走りきった葉月を丁度、フライトキャプテンのデイブが見つけて

彼女を引っ張り連れていったのが源の目に留まった。

(コリンズ中佐は知らないところなのか?)

葉月とコリンズが共に始めたことならまだ安心することができるが…。

葉月の独断であると源も、一介の…おじさん先輩として

聞いたことによっては『反対』もしなくてはならない。

(なんだろうなぁ。)

相手は若くとも経歴を付け始めている『将軍の娘』

源は葉月から一対一でこうして向き合う申し込みをされたのは初めてだった。

(アランに相談してみるかな…)

葉月には申し訳ないが…同じキャプテンの『アラン=ブロイ』にその判断を仰ごうと源は心に決めた。

「全く…。お前と来たら…俺に相談もなしに源中佐に声掛けて何を始めるんだ!?」

小型船が晴れ渡った秋晴れの波に揺れる中、デイブが葉月を船室に連れ込んでまくし立てた。

「あら?見ていらしたの?」

シラっとした葉月にデイブは呆れて紺のキャップを取り外して短い金髪をカリカリとかいた。

「『見ていらしたの?』じゃないだろう?白状しろ!」

髪を一つに束ねている葉月のその、髪をデイブが引っ張り上げると

葉月が『痛い!』と頭を振って抵抗した。

「もう!デイブ中佐は!何でそんな事するの!!」

デイブは康夫と同じで、飛行服を着ている葉月には女扱いを滅多にしなかった。

葉月は、引っ張り上げられた束ねた髪をデイブの大きい手から取り返して大切に撫でる。

「そんな事するな!って言いたいのは俺のセリフだ!何を始めたんだ!?」

デイブのつっこみに、チームメイト達が船室の椅子に並んで

日本語でやりとりをするキャプテンとサブキャプテンのいつものじゃれ合いに苦笑いをこぼしている。

チーム内の標準語は「英語」だったが…。

チームメイトに一人…葉月よりやや年上の日本人がいたので

皆が『何をやり合っているんだ?』と彼にしきりに通訳を求めていた。

しかし…賢い彼はその様子を見て『いつものじゃれ合いさ』と…

デイブと葉月の間でやりとりされている『何を始めた?白状しろ』の真相は

そっと避けてくれたので…。

葉月とデイブはそれを見ていつものパイロット兄妹のじゃれ合いはそっと引っ込めて声もすぼめた。

「デイブ中佐?実は…違う中隊のメンテチームが組むこと…。

まず。一人者である源中佐に意見を伺って『賛成』してもらおうと思って…」

葉月がコソッと耳打ちをすると葉月の大胆な出方に

デイブはビックリ背筋を伸ばして葉月を見下ろした。

「なんだ。そんな事しようとしていたのか?そりゃいいや♪

源中佐が、お前の考えに賛同してくれたらこっちとしてはやりやすいからな♪」

『でしょ?』

葉月はこうゆう感覚はデイブと一緒なのでニヤリと微笑み返した。しかし…

「この!バカ小娘!一人でさっさと勝手にやるな!」

賛成してくれたかと思ったがデイブからお叱りの一発が葉月の頭に返ってきた。

『もう!!痛い!』

葉月ははたかれた頭を押さえてムスッと膨れる。

「俺も仲間に入れろ!お前は本部の頭かもしれないが。俺はお前のキャプテンだぞ!」

勝手に一人で『メンテナンスチーム結成』に動く葉月に業を煮やしたデイブは

葉月の飛行服の襟首をつかみあげて、葉月に突っかかってきた。

「そこまでおっしゃるなら…。本日の3時の中休み。

私の隊長代理室までいらしてください。源中佐と約束取り付けましたの!」

葉月は襟首をつかみあげるデイブの手を振り払ってキツク言い返した。

「へぇ。と。言うことは…。そこで『サワムラ』に逢えたりするんだな♪」

「もちろんですわ。彼には、今日…その話し合いで『何をしてもらうか』明白にするつもりですから」

「へぇ♪元・恋人と組まされると知ってどう出るか…って所か。そりゃ・楽しみだぜ♪」

『行く!!』

と、デイブは急に調子よくウキウキと面白がって機嫌が良くなった。

『ヤレヤレ』

葉月は、自分と同じく…大胆なことには面白がりのキャプテンの調子の良さに呆れたため息をつく。

しかし。どちらにせよ…キャプテンのデイブにも参加はしてもらうつもりだったのでそれで良しとした。

(源中佐が…ブロイ中佐でもつれてきてくれたら言うことなしなんだけどなぁ)

葉月は一人でこっそり…微笑んだ。

隼人とロベルトが組めば…空軍管理は隼人がやっているから二中隊とのパイプは

隼人とロベルトでやってもらおうと考えていた。

ロベルトは班室の外勤人間だが…隼人は内勤の本部員。

隼人はこれから外勤にいそしむのだが、ロベルトはしっかりした班室のキャプテン。

お互いに無いところをカバーしあってメンテナンスチームができるようになり…

空軍管理も隼人とロベルトの間で交わされるようになれば

山本の変な小細工を使って人の足元を見るような管理などに

手こずらなくても良くなるのだ。

しかし…この形は今までにない異例の『繋がり方』だ。

まずは。四・五中隊に『メンテナンスチーム』を作るためには、

隼人と同じようなレベルの『ハリスチーム』に協力を得たい…。と言うことを

メンテチーム筆頭の源に認めてもらわねばならない。

こうすれば…四・五中隊にメンテチームを作るきっかけができて

スムーズに空軍管理ができ、二中隊とも強いパイプができる。

山本は担当からはずされることはいうまでもない。

彼の仕事は何も四中隊の空軍管理とやりとりするだけではない。

この仕事が無くなって彼が困ることは

葉月とのきっかけが無くなることぐらいだ…。

葉月の『さぁね』はそうゆう事だった。

後は、他の先輩達をいかにこの『計画』に巻き込むか…。だった。

それから…隼人とロベルトが良き『同業者パートナー』になってくれるかだった…。

デイブは元より『早くメンテナンスチームが欲しい』という側だったので

葉月の『隊長代理』の立場にあやかってこの作戦には元々賛成してくれていた。

だから…

デイブは今日からいよいよその作戦が決行されるとあって

意気揚々と葉月の横で、海の波を見つめながら腕組み…上機嫌に口笛なんか吹いている。

葉月もデイブと同じ方向に視線を馳せた。

秋晴れの青い空に海鳥が風に翼を任せて悠々と舞っている。

(隼人さんなら…解ってくれるわよね?)

今回の週末も、隼人は金曜・土曜と二晩続けてマンションに泊まっていった。

勿論。昼間は試験準備のために書斎にこもって神経を集中させていた。

日曜日の夕方。いつもの如く真一が遊びにやってきて、

真一は隼人がいたことにまた大喜びで…

隼人をこの日は引っ張り回して遊び相手をしてもらっていた。

隼人もどうしたことか真一には甘くて、ふたりでパソコンなんか立ち上げて

男同士でヒソヒソ…コソコソ…しているぐらいで

葉月など入る隙が無いぐらい仲がいいのだが…葉月もそんなふたりを…

亡くなった真・義理兄との親子を見ているようだと…ほほえましく見守っていた。

隼人は、日曜日の夜、寮に帰る真一と共に自転車で週末同棲を終わらせて帰っていった。

『また・明日来るよ』

真一の目を盗んでそっとくれた『おやすみのキス』

朝日の中。起こしてくれる微笑み。

一緒に作ってくれるカフェオレ。

味に妙に厳しい隼人のからかいばかりのブランチ。

夕暮れ…買い物から帰ってくると、眼鏡の笑顔で書斎から出迎えてくれる暖かさ。

葉月が寝付くまで絶対に眠ろうとしないで見守ってくれる彼。

葉月はそんな隼人の不器用でも暖かい優しさを徐々に実感して身体に刻み込んでゆく。

『愛しい』と言うことがこんな事なのかと感じ始めていた。

『俺と葉月って何?』

(恋人で…最高の側近で…パートナーでしょ?)

今度はそう…はっきり言おうと…葉月は思いながら…

上機嫌なデイブの横で紺のキャップのつばをそっとつまんで…顔をかくし…

晴れ渡った海光の中。そっと…微笑んでいた。

(そう言えば…彼にも言ってもらっていないけど…私も言っていないわ)

葉月はフランスから隼人が来たら迷わず言おうと決めていたのに…

まだ・伝えていなかったとハタと我に返った。

(だって…隼人さんだって…言ってくれないもの…)

ベッドの上でだってね…とやはり『兄と妹』を何処か卒業し切れていないのかと

葉月はちょっとふてくされた。

『大好きよ』 そう…言えるはずだったのに…まだ伝えていないと…。