35.彼同士

基地一番のメンテナンス員頭。源中佐に『管理改革』の許可をもらってから数日。

葉月はデイブと共にお互いの上司、五中隊長『ウィリアム大佐』に

事の次第を説明して、あっさり…『OK』の返事をもらったとのことだった。

隼人が葉月から聞いた話によれば…

『ウィリアム大佐は元より澤村大尉を使ってのメンテチーム作りは賛成だった』と言うこと。

その最初の基礎固めとして、隼人に『空軍管理リーダー』を任せることは

四中隊管理の葉月が決めることだから、よほどの間違いを犯さない限り

ウィリアムも葉月のすることには口は出さない上司であると言うことだった。

問題は『小娘が生意気なことを出しゃばるな!』と、いつもすぐさま叱りつけるという

『細川中将』が賛成としてくれるかどうかと言うことで

この数日、葉月の元にちょくちょくとデイブが話し合いにやってきては

二人そろってどう…細川を説得するかの『事の運び』を相談しているのを隼人は眺めていたのだ。

ところが、葉月とデイブの『事の運び』が慎重で上手くいったのかどうか知らないが、

隼人が心配していたほど、細川は反対したわけでもないようで

葉月の報告によれば…

『現場の者が皆そう一致しているなら若いもの同士勝手にやれ』と言うことらしい…。

源がまず・賛成してくれたという葉月とデイブの下準備の効も奏していたようだが、

(聞いた話より…理解ありそうな将軍じゃないか?)と隼人は細川のことを初めてそう思ったのだ。

まだ・顔も見ていないお偉いさんだが…。

葉月の考えがまた『風』のように周りを動かし始めていた。

周りをアッと驚かせながらも、葉月はいつもこうして人を上手く動かしてしまう。

『持って生まれた素質』

康夫はそんな葉月のことを『得なヤツ』と言って羨んでいたが

こうして側にいるようになると隼人としてはそれは『得』ではなくて『徳』のような気がしてならなかった。

それが側近として『誇らしい』ような気もするし…

ある意味恋人として…男として『恐ろしい女の子』とも感じそうになるぐらいだった。

葉月が年下の男だったら…間違いなく…『もっと恐ろしい存在』だったような気がする。

しかし…

隼人が葉月を遠巻きにしてパソコンデスクから『このウサギさんは末恐ろしい』と

なんだか疑い深く観察していても…

「ああん!もう!失敗した!!」

葉月は自分が書いていた事務処理用のレポート用紙をクシャクシャ!と丸めてふてくされている。

「なんだよ?何を失敗したんだよ??」

隼人が呆れて尋ねると葉月は気まずそうに『別に。』と言い返して

その紙をポイッとゴミ箱に捨てたのだ。

その数分後…

「もう!いや!!」

また・葉月が苛ついてレポート用紙を丸めたのだ。

隼人もとうとう呆れて側近席を立ち上がって、葉月の手元を覗いてみる。

葉月は『見ないでよ!』とムキになって両腕で覆って書類を隠したので

隼人もムキになり面白がって葉月の腕の下に敷かれた書類を取り上げてみたり…。

「なんだよ?こんな事で苛ついているのかよ??」

「…………」

自分が提案した『管理改革』の要点をまとめて、五中隊管理科に提出する文書に手こずっていたのだ。

「私。文章苦手なんだもの。特に日本式ビジネス文章!」

「頭で解っていても、表現できないって事?」

隼人がはっきり言いきると葉月がウッと黙り込んだ。

帰国子女だけに、英語の方が文書制作がしやすいと言うことらしい。

それで今まで良く遠野亡き後、隊長代理をしていると隼人が不思議に思うと

今までは山中と、あの五中隊補佐の河上少佐の妻、経理班の『河上大尉』が

それとなく年下の葉月の文章はチェックをしてくれていたと言うことらしい。

「しょうがないな。俺がまとめてやるから清書は自分でやれよ?

側近としてお嬢さんの考えは大方のみ込めたからね。」

葉月は自分で仕上げられないことと、そんな事を初めて隼人に知られて不服そうだったが…

側近として隼人が『提案』には一言も反抗せずに容認してくれたと言うことで

今回は割と素直に隼人にその文章代筆を任せてくれたのだ。

隼人も、年上の山中と経理班の『河上姉さん』が面倒を見てきたことなら

これからは側近である自分の役目だと心得たのだ。

(まったく。考えることは大胆にやりこなすのに…妙なところが不器用って言うのかなぁ??)

そんなところはまだまだ手の掛かる妹か弟みたいで隼人も

遠くから葉月を観察して畏れを抱いていても

こうしてすぐにいつもの『兄貴』に戻ってしまうからやはり不思議なものだった。

「もうすぐ・空軍ミーティングの時間だろ?行って来いよ。

帰ってくるまでに大方まとめておくから。」

隼人がデスクのマウスをのけて書面作業に早速向き合うと

葉月は申し訳なそうな顔をしつつも…

「どっちが上官か解らないわね。これじゃぁ…」と笑い出した。

「よくいうよ。誰も葉月には敵わないって。あの源中佐を丸め込んじゃってさ。

そろそろ…山本少佐が事の不穏を察して『俺の役目を何処へ持ってゆく気だ!』と

お怒りの内線でもかけかねない頃だぜ?」

隼人のシラっとしたお返しに葉月はまたふてくされる。

「『丸め込んだ』とはなによ!人聞きの悪いこと!」

「ま。それぐらいの要領がある上官でないと俺も困るけどね。」

「もう!」

どういっても口でも隼人には余裕で『年下扱い』で返されるので

葉月は『一番敵わないのは隼人さんの方よ!』と舌を出して

隼人に言われたとおりに空軍ミーティングに出かけていった。

葉月が出かけた後、隼人は一人でこっそり笑いをこぼしていた。

無感情令嬢の若手エリートのくせに、妙に憎めない可愛げがあるのは

本当にフランスで一緒に仕事をしてきた夏の日々とは変わっていやしない。

むしろ…ここ最近、葉月とは『上官と側近』の枠をこえて

上手くやりとりが出来て仕事の分担もスムーズに流れるようになった。

その充実感が隼人に早くも『島』にいることの安定を与え始めていたのだ。

隼人の『欠員補助訓練』はもう・目の前に迫っている。

源の希望で…まず彼のチームの補助を第1日目に控えていた。

季節は…少佐昇格試験を一ヶ月後と迫ってきた11月に入っていた。

(益々…忙しくなってきたなぁ。覚悟はしていたけど…)

代筆を続けようと、葉月が丸めた紙をしわを伸ばして見直してみた。

まだ26歳という成長しきっていない…

堅い日本語を使いこなせない年相応さを見て、

隼人は『普通の女の子じゃん』と安心しているのだった。

これで、文章まで26歳以上にきっちりやりこなされていたら…

隼人は本当に立つ瀬もないし…フランスを出てここにいるはずもないのだ…。

葉月とデイブが話し合った事は隼人も良く二人から聞かされていたので

代筆と言っても、リーダーにされる自分のこれからの業務を

再確認しているような気持ちで隼人はスラスラとペンを走らせていた。

(これならすぐ終わるな…)

見通しがついて少しペン先のスピードを落としたときだった。

ここ数日静かだった内線が隼人の目の前でなって…『ドキリ』とした。

(きたか?山本少佐??)

隼人が外訓練に出るまでは『現場直結営業』はキャプテン同士だけの内密になっていた。

それまでは今まで通り…各担当が各中隊の担当に交渉を付けている。

隼人が空軍管理のリーダーになることはジョイは手放しで賛成してくれて

逆に本部全体の取り仕切り役を葉月に言いつけられたことにビックリしつつも…

肝が据わっているというか…

『あーびっくり。ま、いいか。やるしかないしね。

空軍のことは隼人兄には敵わないと思うから』

とかいって…ケロリとしているので隼人はさすが…フランクの息子…と唸ってしまったほどだ。

『じゃ。隼人兄に引き継ぐまでは俺が山本少佐の事は何とかしよう!』と

快く、彼との最後の営業をかって出てくれていたのだ。

だから…また・文句の内線があるとしたら隼人の方にかかってくるのは担当違いだ…。

そう思いめぐらせながらもイヤな予感を走らせつつ…

『お疲れさまです。第四中隊隊長代理室。澤村です』と…受話器を取ってみた。

『御園嬢はいるか?』

(うわぁ…)

イヤな予感は的中…。ちょっと久方ぶりに聞いた山本少佐の声だった。

「ご存じだと思いますが。今はミーティングに出ておりますが?」

『先日のフランク少佐が第一中隊にメンテを借りに行った事について

連絡をくれと言っても一向にこっちには連絡をしてくれなかったが…』

山本のこの日の声はいつもと違って怒鳴る激しさはなく妙に静かだった。

「その事は、中佐にはキチンとお伝えいたしました。

しかし、担当であるフランク少佐から直に山本少佐に対してお詫びをしたと聞かされていますが?」

ジョイは無茶な営業をしたのは自分でも承知の上。

山本を驚かすためにやったのだから、山本に『すみませんでしたぁ』と

かーるく詫びるのも覚悟の上だったらしくあの後すぐに…

『山本少佐がグラフ表作ってまで本気で怒るから、

僕も本気で第一中隊まで借りに行っちゃいました』と、しらじらしく謝りに行ったらしい。

そんな所までケロッとしているジョイの大胆さに隼人は面食らっていたが

葉月と山中は『ジョイらしい…』と二人そろって笑い飛ばしていたのだ。

山本をないがしろにした営業の件については、

ないがしろにした本人・ジョイが詫びたことで一件落着したはずだった。

こちら四中隊側にしても、事をやらかした本人がキチンと山本に面向かって

『詫び』を入れたのだから、後腐れもないはずなのに…

山本としてはやっぱり…『御園嬢が謝るべき』と思っているのだろう。いや…

ジョイが素直に謝りに来たのは計算外だったに違いない。

山本の計画では葉月がジョイという部下の不手際に頭を下げに来るシナリオだったに違いない。

それでまたこうして…隼人の所に内線をかけてきたのだろうか?

隼人は『意外としつこいな!』と苦虫をつぶしながら相手の反応を待った。

『どうして彼女はそうやって俺を避けるんだ。』

妙に声が真剣だったので…隼人はいつもと違う彼の反応に急に困惑した。

(それは…アンタの下心が見抜かれているからだよ)と…言ってやりたいが…

『もう・相手にしなくていいわよ』

葉月のある日の声が耳元をよぎっていった。

「彼女は…ああ見えても隊長代理です。空軍管理のことについては

現在はフランク少佐にほぼ任せておりますから…。

少佐同士で事を運ぶことには首は突っ込まないと決めているようですが?」

それとない…業務的建前で切り返してみた。

『その少佐と俺は折りが合わないんだよ。俺はあの坊ちゃんとはやりにくい。』

(だろうなぁ…。ジョイの方が上手っぽいモンなぁ)

今のところすべての軍配はジョイにあがっているようだった。

「それでしたら…私が明日からまたお伺いいたしますよ?」

空軍管理を半分任されてきた隼人が次に出ていくのが筋である。

『お前は、なんだか信じられないな。シラっとした顔して本当に俺の言っていること

解っているのかいないのか?のらりくらりとかわしやがって…。

俺が言いたいこと本当に御園嬢に伝えているかも疑わしいモンだ!』

(あっそ…)

伝えてはいるが確かに『真に受けるなよー』と葉月にはたたき込んではいた。

ジョイもダメ。隼人もダメ。

もう葉月しかいない。早く出せ!

山本はもうそこまで詰め寄ってきているのだ。

「彼女にこれ以上仕事を増やすと、フライトチームのキャプテンであるコリンズ中佐に叱られます。

第四中隊で快い担当がいないようであればおそらく第五中隊の空軍管理から

新しい担当が回されることになると思いますよ。」

四・五中隊の管理システムが飲み込めてきた隼人もこれぐらい言い返すことが出来るようになっていた。

元より、メンテチームを借りるのに四・五中隊の空軍管理官で担当は振り分けているから

これは筋の通った話であるのだ。

すると…山本がフッと…呆れたような息づかいだけの笑いを返してきた。

『そこまでの担当替えになったら、嬢ちゃん中隊は役立たずって事だな。

結局は五中隊の先輩の力なしではまともな営業もできないって事じゃないか?』

そんな恥をさらすぐらいなら、恥をかくまえに四中トップの葉月を出せ!…

隼人には山本がそういって、葉月をおびき出すように隼人をあおっているのが解った。

しかし…『相手にするな』という葉月の言葉がまだ残っていた。

「そうゆう事になりますね。承知いたしました。担当のご不満については中佐に報告しておきます。」

とにかく…好きなように納得させて早く内線を切ろうとした。

「またそう言って…。御園嬢には取り次ぐ気はないんだろう?」

「毎回取り次いでおります。信用されていないのなら仕方がないですけどね。」

『信用されたいなら、今日にでも御園嬢と一緒に俺の所へ…』

(う…来いって言うなよ!)

そんな約束を取り付けたらウンと言った手前葉月と一緒に山本の所へ行かなくてはいけなくなる。

『ウン』と言わなくていいような言い訳を一生懸命一瞬で探そうと頭脳回路を高速化させてみたり…。

隼人は、また…妙に話を延ばして言葉巧みに相手の思うつぼに持って行かれたことにヒヤリとした。

『Rurururu…』

隼人が内線を使っているので…葉月の席に珍しく内線がかかってきた。

(お!しめた!)

隼人は渡りに船♪とばかりに…

「申し訳ありません!隊長の席の内線が鳴ってますので!中佐にはその旨キチンと伝えておきます!」

『では!』

隼人は『あ!』と叫んだ山本の声に構わず自分の席の内線を切ることに成功した。

隼人はすぐさまパソコンデスクの側近席を立ち上がって

葉月の重厚な隊長席に身を乗り出した。

こんな時に上手いタイミングでかけてきてくれるなんて救いの神!とばかりに

サッと…葉月の席の内線を手にした。

「お疲れさまです。第四中隊隊長代理室。澤村です。」

ハキハキといつもより元気のいい声が出てしまった。

『…………』

「??もしもし??」

相手の息づかいの気配はするのだが…受話器は無言のままだった。

「?」

隼人が首を傾げながら『間違え電話かな?』と切ろうと耳から離そうとしたときだった。

『申し訳ありません…。ミゾノ中佐が出られると思ったので驚きました。』

言葉は綺麗な敬語なのに…妙なイントネーションの日本語…。

「あ…ハリス少佐ですか?」

『お・お疲れさまです…二中のハリスです。あ。ミゾノ中佐は…ミーティングでしたっけ?』

出たのが隼人と解ると、彼の声は妙に慌てていた。

(彼から葉月自身に連絡してくるなんて…)

隼人はよほどのことか…メンテチーム結成のことでもう耳に入って慌ててきたか…

ハリスの反応が気になった。