34.メンテ営業

「ところでさ。お嬢何の用だったんだい?」

挨拶がすんで、ソファーに落ち着くと早速源が葉月の用件を尋ねる。

ブロイは、なんだかニヤリ…と微笑んで葉月を見つめたので

言葉を発そうとした葉月の方がいぶかしみ…フランス人の彼を見つめ返していた。

(本当に…何を思いついてわざわざ呼び寄せたのだろう?)

隼人は、ソファーの四人の様子を眺めつつ…。

『甘党』とか言う、源のために自分では絶対飲まないだろうコーヒーを作り始める。

ブロイにはお得意のカフェオレをボウルを使って難なく入れる。

トレイに緊張感を募らせてカップを乗せていよいよ…持っていく。

しかし…ブロイの眼差しにまだ・葉月が言葉をためらっていた。

良く見渡すと…ソファーにいる4人は葉月も含めて皆、中佐だ。

圧巻である。

その中でも、若いというのに葉月はちっとも見劣りをしない落ち着いた威厳を放っているので

隼人は、どことなく…満足をして眺めてしまっていた。

隼人がそっと…コーヒーとカフェオレを二人の先輩に差し出す。

だが、二人は『ありがとう』『メルシー』と微笑んでくれたが、すぐには口に付けてくれなかった。

そこで、ブロイがやっと言葉を発した。

「二中隊の山本のことか?」

その一言に葉月は一瞬動きを止め…

隼人もあんなヤツのために先輩に『相談』なんて、それで呼びつけるなんて、

あれだけ立ち回る葉月らしくないと思いトレイを持ったまま四人の後ろでたたずんでしまった。

葉月は何も答えなかった。

そんな葉月を、いたわるような眼差しで源が言葉をかけた。

「聞いたよ。お嬢…。アランから。先日、ジョイが無理な営業に来て

アランのチームを借りたいって来たんだってね?二中隊と何かいざこざでも?」

源は、その事で葉月が相談したいと誘ったと思っているようだった。

すると…デイブがニッコリ…

「いえいえ。違いますよ。そうだろ?嬢ちゃん♪」

中隊の管理官の間で起きているいざこざに関しては、他中隊には知られたくない…。

その葉月の心を見抜いたのか、デイブが肘で葉月を小突きながらかばったのが隼人には解った。

(コリンズ中佐は…知っているのか?山本少佐が何を考えているのか??)

隼人はそんな相談は先輩にはしているのだろうか?とそれも葉月らしくない…というか…。

側近の自分だけでは、頼りないのか!?と腑に落ちない気持ちになった。

そこでやっと、葉月が口を開いた。

「いいえ。もっと違うことですわ。もう・キャプテン方は予想されているかと思いますが…。

私がフランスから澤村を無理に引き抜いたのは何故かって事ですわ。」

葉月のニッコリした答えに、ブロイと源は顔を見合わせた。

「それはもしかして…やっぱり?彼を活かして『メンテチーム』を作ろうって事かい?」

源は、いざこざの相談でなくてホッとしたようだった。

「へぇ…。いよいよだね!お嬢と訓練できなくなるのは寂しいけどさ!」

ブロイも急に瞳を輝かせ始めた。

「それで…」

葉月がいつもの落ち着いた無表情で話し始めようとすると…

「そうなんですよ〜。今まで散々迷惑かけてきましたからね!

そこで。サワムラには今までの経験を生かしてチーム結成に力を入れてもらおうかと!」

デイブが思いっきり…『俺がキャプテン!』とばかりに葉月の前を遮ったのだ。

葉月が多少・ムッとしていたが、そこは先輩だからかスッとデイブに譲ったようだ。

隼人はその様子を見て思わず…クスッとこぼしてしまった。

「そこで。嬢ちゃんが僕に申し出たことなんですが…。」

デイブのまるっきり『先輩主導権』に葉月が益々憮然とし始めた。

隼人はまた…笑いをこぼした。

「実は…。チーム結成にサワムラ一人では重荷かと…。

うちは『メンテ専門員』がいませんから。

そこで…まったく・嬢ちゃんらしい考えなんですが…。」

そこで、デイブはやっと…『葉月の考え』ということで、スッと言葉を止めて彼女に譲った。

葉月がデイブを見上げて頷く。

「二中隊の先輩方のお力をお借りしたいのです。」

葉月の一言に…また・源とブロイが一緒に動きを止めたのだ。

隼人は多少…『そんなところまで…考えていたのか』と驚きはしたが…。

それが、葉月の『さぁね。』の答えだとしても…

『そろそろ隼人さんの出番』だとしても…。

(それって…別に…いいんじゃないの?)と、先輩をわざわざ呼びつけることか?と拍子抜けをした。

隼人としても…四・五中隊を見渡しても、メンテ員経験者はゼロに近かった。

葉月やデイブのパイロット組とチームを結成するより、

同じ畑の同業者の先輩がいた方が専門的にチームメンバー集めがしやすい。

もとより。葉月にはそんな相談をいずれはすると思っていたが、

彼女がこんなに早く言い出したのは意外なぐらいでさして驚きはしない。

隼人がそう感じたのだから、メンテ頭の源も『それで?』と言う顔をして戸惑っていた。

「その先輩に…第三チームの…『ハリス少佐』を…お借りしようかと思っているんです。」

葉月が戸惑いながら発した言葉に…今度こそ隼人は驚いた。

(元・恋人と…俺を組ますって事かよ!?)

隼人がビックリ息を呑んでいると…

何故かデイブがチラリ・とコーヒーをすすりながら隼人を見たので、何とか平静を保った。

しかし…源とブロイは…

「へぇ!いいじゃない♪澤村君と年頃も近いし、

ロニーなら最近チームを作ったから、良い先輩だよ!」

源は真っ向から賛成。

「そうだな!ロニーなら快く協力してくれるよ。

あいつのチームを結成するとき、俺達も色々協力したからね!

今度はロニーが指導側って事で良い経験になるんじゃないの?」

ブロイも反対なし。

二人そろって葉月の提案に文句なしの賛成だった。

隼人の戸惑いは『私情』。業務となれば、葉月の考えは、先輩と同じく『賛成』するのが…

隼人の心にフッと浮かんだ葛藤を交えた結果だった。

(まぁ…。ハリス少佐なら…いいかな?)

先日。挨拶回りであらかじめ対面していたせいか、拒否反応は起きなかった…。

先輩なのに妙に礼儀正しくて、品が良くて。憎めない愛嬌があり…。

あの暖かい彼の笑顔だけが隼人の印象に残っている。

あのきめ細やかさは、おそらく整備にもかなり発揮されているだろう。

一緒に仕事をすれば隼人の方も参考になるはず。

性格は違うかも知れないが、機械に対する細やかさは共感できる直感があったのだ。

葉月が前もって会わせたことが『このため』であると知って隼人は少々・恐ろしくなる。

その様に、源とブロイの後ろでうつむいて、考え込んでいると…

また・デイブと目があった。彼はサッと視線を逸らしてしまった。

『??』

「うわ!これは美味いよ♪久しぶりだな〜。こんなカフェオレに出会ったのは!」

ブロイの声で隼人はハッと再び・我に返って笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。気に入っていただけて安心いたしました。」

「あ。俺のも…。結構・砂糖入れたね?お嬢に聞いたのかな?俺が甘党って!」

先輩に誉められて嬉しいはずなのに、隼人は苦笑いを浮かべるのがやっと…。

葉月が言いだしたことにやはり・動揺が多少あったようだった。

「あの…それで。ご相談が…。」

隼人が入れたお茶を堪能している源とブロイに葉月がそっと・一言挟み込む。

葉月の『相談』は『メンテの先輩を借りたい』だと思っていた隼人は

(まだ!終わっていない!?これから!?)と。再び不安の底に陥れられた。

しかし・葉月の横で煙草に火を点け始めたデイブはまた隼人をチラリと見てシラっとしていた。

勿論、葉月の『相談の内容』はたいしたことなかったと安心して、

お茶に気が向いたメンテ員のおじさま方も、隼人同様『まだなにか?』と

カップを持ったまま葉月をジッと見つめて動きを止めてしまった。

「相談って?ロニーを指導側の先輩として借りたいから…

この俺に二中隊に協力要請して欲しいってことじゃなかったのかい?」

源はいぶかしそうに、眉をひそめてカップをソーサーに戻した。

ブロイは葉月の様子を眺めながらデイブと同じように落ち着いて様子を見守っている。

「澤村は…私の側近です。

今は内勤に主力をおくようウィリアム大佐に言いつけられています。

先のことはまだ・キャプテンのコリンズ中佐ともはっきりは決めていませんし、

澤村も今は佐官試験の準備に追われていて、

メンテチームの主力になるなど…考えておりませんから。

ですが、来月からキャプテン方もご存じの通り。

訓練にブランクがある澤村には滑走路・甲板へ出てもらうことになっております。

その間も澤村はここで内勤の主力として空軍管理をしてもらわなくてはなりません。

そこで…」

葉月が言葉を止めると…男達は『そこで?』と返すように葉月の動きに注目した。

「この四中隊の空軍管理の体制を少々改正しようかと思っております。

今は他の中隊にメンテチームをお借りするために、空軍管理官同士で

毎回のスケジュール調整をしてもらっているのですが。

その・空軍管理官のリーダーを澤村にしようかと思っています。」

葉月の思いきった推薦に隼人はまたもや…びっくり!

来たばかりの新人側近に今まではジョイがやってきたポジションにおくと言っているのだ。

(そんな!だったら…ジョイはどうなる!?)

若いながらにして彼女の空軍のためにシステム科の彼が骨を折ってきたのだ。

それを…彼を差し置いて来たばかりの隼人に任せるというのだ。

『まった!中佐!』の一言が喉までさしかかったとき…

「フランク少佐にはこの本部全体の指揮を補佐として任せるつもりです。」

『へぇ…おもいきったね!』

源は葉月の管理体制に深い関心のため息をつき、

ブロイはすっかり…カップ片手に動きを止めていた。

デイブは煙草を灰皿にもみ消してまだまだ…どの男よりも落ち着き払っている。

隼人もジョイの立場が今より格が上になると知って一応安心はしたが…。

「今まではメンテチームを借りるのに各担当がついていましたが…。

まずは澤村を通してから各担当に振る形にしたいと思っております。

澤村は現在は島では新人ですが、うちの若い空軍官では一番のキャリアの持ち主。

私は、隊長代理としてそこまで見込んだからフランスで引き抜きをかけました。」

そこで、葉月の瞳が…キラリと…久しぶりに中佐の目になって隼人を射抜いた。

「適任と思っています」

葉月はその意志を隼人に一瞬・直撃するとスッと視線を逸らした。

「これからは、訓練と共に外勤・内勤と澤村も両立していく心づもりだと思います。

訓練に出る空軍官のリーダーがただ、訓練に出るのはもったいない…。

そこで、先日からコリンズ中佐と相談してまとめたことなんですが…。

せっかく・これからは訓練でキャプテン方と接触するのですから、

『現場』と直結をさせた空軍管理をしたいと思っています。

澤村に…『キャプテン方との営業』をさせていただけませんか?」

葉月の提案に、源もブロイも一瞬動きを止めた。

そして…源がすぐに呆れたように微笑んだ。

「どうしたんだい?急に。今のやり方で何か不都合でも?」

「特には。」

葉月は真顔でキッパリ源に言い返した。

「やっぱり…『山本』といざこざしているからかい?彼と向き合うと仕事にならない。とか?」

ブロイはどうしても、そこの『本音』を葉月から聞き出したい様子だった。

葉月は、ずっと年上のおじさまに鋭く突っ込まれて…表情は変えないが言葉を止めてしまった。

隼人も、『なるほど!?』と…。解ったような解らないような?

葉月がこんな管理体制を考えたのは、山本と直接向き合う管理をやめたいためか?

それとも…隼人とハリス少佐を組ましてまだそれ以上の何かを考えているのか?

それは、隼人にもまだ・葉月の本音は見抜くことは出来なかった。

しかし、一つ解るのは…

隼人が空軍管理リーダーになって、現場に出ているキャプテン達に

直に『次はいつ借りたい』と言う交渉を取り付けることになれば…

空軍管理官の顔色などうかがわずにすむようになる。

勿論キャプテン同士、意見がすれ違うこともあるかも知れないが

山本のように妙な下心をもって人の足元を見るような交渉はもうしなくて良くなるのだ。

「山本…」

葉月がブロイのつっこみに困り果てていると、デイブがそっと呟いた。

「山本と言えば…ほら…。なんでしたっけ?」

デイブが急に話しを変えようとしていた。

「なんていったけ?嬢ちゃん。ベィビーが出来てとにかく結婚することだよ。

日本ではよく言っているじゃないか??」

葉月が急に話を変えたデイブに『はぁ?』と顔をしかめたが…

「『出来ちゃった結婚』ですか?」

葉月はそんなこと聞くなと言うように憮然として答えた。

そんな話を始めたデイブに源とブロイもいぶかしそうに首を傾げていた。

「そうそう!それ!確か。山本は『出来ちゃった結婚』だったはずだ!」

隼人はそれを聞いて『へぇ…』と…山本らしいような?と思いつつも驚いたり。

「それが何か?今の話と関係ありますの?」

葉月としては早く。源を説き伏せたいのにデイブが話を妙にそらしたので

益々、表情を固めて憮然とし始めた。

勿論。ベテランキャプテン二人も『だから?』と言うようにただお茶をすすっている。

「知ってますか?山本の女性問題。」

デイブはなんだか余裕一杯…うわさ話好きのようにベテランキャプテンに語りかける。

すると、ブロイが急に話に乗ってきた。

「知っているよ。やっぱりね。子供が出来て致し方なく結婚したモンだから…。

未だに奥さん以外の女性に何かを求めているって感じだろう?

彼に泣かされた女性が何人かいるのは有名な話だよ。」

(そうゆう男なのかよ!)

隼人はそれを聞いてやっぱり!!と妙な納得と共に確信を得てしまった。

その男が妻を差し置いてでも、欲しい女性、それが今は『葉月』なのだと。

「その男が、目を付ける女性ってどんな女性なんでしょうね?」

デイブの一言で…ブロイと源の視線が一気に葉月に向かった。

葉月はデイブの遠回しなうわさ話が何のためか解ったようで

おじ様二人に見つめられてそっと、恥ずかしそうにうつむいてしまったのだ。

「そうゆうこと?それで?山本に迫られているとか??」

ブロイはやっぱりね!と言うように葉月の口から白状させようとしていた。

しかし。源がそれを止めた。

「お嬢。お嬢は女の子だから…こんな事もあるだろうと思っていたけど。

でも。俺は『同情』はしないよ。女性で幹部になったからにはそうゆう事も覚悟の上。

そこも上手にあしらってこそ…『御園葉月』なんじゃないの?」

穏和そうな源から、初めて厳しい言葉が出て隼人も急に緊張したし…

他の中佐一同もフッと動きを止めて源に見入っていた。

『優しいおじさまだけど…』 葉月がそう言っても、この基地の一番のメンテ員。

だから。心して挨拶せよ…。と言ったときのことを隼人は思い出した。

やはり。トップにのし上がる男はそう甘くはないようだった。

しかし…

「それで?お嬢が考えた『あしらい方』がさっきはなしてくれた…

『現場直結』のキャプテン同士の交渉での営業ってこと?」

源がにっこり…笑いかけてくれたが…

「山本少佐のことは全く!関係ありません。元より…」

葉月がムキになって反論しようとすると…源が『あははは!』と大笑いをして葉月の言葉を止めた。

「元より?澤村君が新しいメンテチームを作ってしまえば、

他の中隊から空軍管理官に頭を下げて俺達を借りなくてすむようになる。

山本のことなど、その時が来てしまえば縁が切れる。

だけれども、今の状態では澤村君がチームを作るまでには時間がありすぎる。

それまで山本に頭を下げるのはイヤだ。そして…業務上支障が出る。

だったら…先に澤村君を営業リーダーとして外に出してしまう。

山本と同じ二中隊のロニーと澤村君を組ませばそこで二中隊とは

山本のことは関係なくスムーズに営業が出来る。

先日ジョイが山本に足元見られて『貸してくれなかった』とかいって、

無理にアランの所に来ることもなくなる…。

元より?空軍管理官は空軍を自由に動かす為にいるんじゃない。

空軍管理官は空軍を動きやすくするためにサポートとしていると言うこと…。

お嬢はそこを山本に解ってもらいたくて今度は現場側から空軍管理を動かすって事だろ?」

源のすべての見透かしに…さすがの葉月も驚いた顔で身動きを止めてしまった。

その葉月を見てデイブが呆れたため息をついた。

「もし嬢ちゃんがそう狙っていたとして…源中佐はどうお考えなのですか?」

若い葉月よりやはりデイブの方が落ち着いていて…

隼人が見る限り、葉月を上手くフォローする息のあった先輩のようである。

源はそこで、一息…隼人が入れた甘いコーヒーを口に付けた。

するとその隙を狙ってブロイが口を挟んだ。

「俺は賛成。現場の声ってヤツは一度管理側にもたたきつけてやりたいことあるからね。

こう言って何だけど…コリンズチームをサポートするのはイヤじゃない。

だけれども、こっちの都合はお構いなしで管理官同士で決めてしまうスケジュールには

少々…その…無茶なとか…ひどいときには、立て続けで甲板にいなくちゃいけないこともあるから。」

「その点はお借りしているこちらとしても…心苦しいところです。

その解消策としても…澤村との営業…一時ためすだけでもいいんです。」

葉月はブロイが賛成してくれて確信を得たのか今度は黙り込んだ源を畳み込もうとしていた。

甘いコーヒーをすすっていた源がそっと…カップをソーサーに戻した。

葉月も…デイブも…隼人も…先輩の答えの言葉に固唾を呑んだ。

『ヨシローいいじゃないか…』

ブロイも…実はしっかり者の第一キャプテンの堅さに伺うように源の反応を気にしている。

「いいよ。実は…アランと同じ気持ちはあったんでね♪」

急におちゃらけた笑顔で源が微笑んだ。

葉月からもデイブからも…ぱっと笑顔がほころんだ。

「でも…解っているんだろう?ウィリアム大佐と細川中将の許可が出てからだよ?」

『勿論です!』

葉月とデイブがそろって声を上げた。

隼人も…これから来る大役には…少し不安だが…

メンテチーム結成に強い味方が出来たような安心感と…

葉月の提案が受け入れてもらえた嬉しさがわき上がって一緒に笑顔になってホッとしてしまったのだ。