48.鬼おじ様

隼人の不安も何のその…。日々は無事に流れて

とうとう…ハリス少佐のチーム補助員…コリンズチームをサポートする日がやってきた。

コリンズチームはだいたい朝一番の訓練がほとんど。

葉月より一足先に管制塔に向かい、ロベルトと合流。

先に海上の空母艦へと向かう手はず。

「いよいよだね!覚悟しておいたはうがいいよ♪」

「また。そうやってプレッシャーをかけるんですね!」

「僕たちだって緊張するよ?何せ細川中将の監督は厳しいからね〜。」

ロベルトの朝からの気合いはそうゆう事らしい…。

隼人も…

(うわぁ!とうとう…あの噂の将軍と対面かよ!)

と…急に緊張感が走る。

紺のキャップをかぶったロベルトと共に連絡船に向う。

一度、彼のチームとは訓練をしたので

同世代のチームメンバーとはだいぶなじみが早くついた。

隼人が今まで補助員をした中で一番リラックスできるチームになりそうだった。

甲板にあがり、いつもの手順でコリンズチーム専用機F−18のチェックに入る。

「二号機。葉月の機体だよ。」

ロベルトはにっこり微笑んで真っ先に葉月の機体に連れていってくれた。

隼人は昇りきった太陽に先端を光らせるF−18を見上げた。

「やる気ある?」

葉月にはまた…『私情よ!』と叱られるかも知れないが…。

「キャプテンの許可があれば。」

『もちろん♪』

ニコリとヒゲをゆるませてくれたロベルトに背中を押されて隼人は

思い切ってF−18のコックピットに乗り込んだ。

汗くさいはずのコックピットなのに…どことなくあの香りがするようだった。

してはいないのだが…。

(葉月が座るコックピット…)

彼女が握る操縦管…。彼女を指示するデーター…。

隼人は一つ。一つ丁寧にチェックを入れる。

「じゃぁ。僕はコリンズ機に行くからよろしくね!」

ロベルトがそう声をかけても隼人はもう…集中していて返事は返ってこなかった。

ロベルトはその集中力にため息をついて自分も負けないと

隣のキャプテン機に走る。

機体のチャックが終わり、カタパルトの整備チェックにチーム一同は移動する。

『集合!!』

メンテチームの皆が手の動きを止めて振り返るほどの声が隼人の耳にも入ってきた。

『細川中将ですよ』

隣で一緒の作業をしていた、若い日本人の男の子がそっと隼人に囁いた。

(あれが…葉月の鬼おじさま?)

深緑色の飛行服を着込んだ細長いからだの男。

紺色のキャップを目深にかぶり、ものすごい眼光が遠くにいる隼人にも伝わってくる。

年の割には身長があり…髪はまだ黒髪だったが50代後半と言ったところだ。

ロベルトのように口と鼻の間に細いヒゲがあり何ともそれだけでかなりの存在感だった。

そんな壮年の男が現場に出てきている方が驚きだった。

たいていの男はあの年になったら『キャリア組』で室内で管理職のはず。

『まったく現場を退かない元気な将軍なんだよ』

康夫の言葉を思い出した。

『フラフラ飛ぶならフランスに帰れって俺も怒鳴られたしさぁ…。』

現場を退かない将軍。それだけで『頑固さ』が伺える。

ふと見渡すと…勿論、今までだって真剣にやっていたハリスチームだが

急に集中力が高まり、手元がスピードアップしたように感じる。

隼人もその空気に飲み込まれはじめていた。

『遅いぞ!コリンズ!』

『イエッサー!!』

あの豪快男の声までかすむほどの轟く声。

細川の前にコリンズチーム一同が整列。

デイブの横にはサブキャプテンらしく、髪を一つに束ねた葉月も姿を現した。

『本日の訓練メニューだ!』

細川の指導の声が、回りにいるメンテメンバーをよけいに早く動かしているようだった。

隼人もこんな緊張感は他のフライトチームでは味わったことがない。

額に汗を浮かべていた。

『出動準備!』

『ラジャー!』

パイロット達の声の中にキチンと葉月の声も混じっている。

パイロット達が対重力スーツを身体に装着しはじめる。

あのスーツを瞬時に着る訓練もされているからすぐに着込んで

こちらに走ってくればすぐにコックピット搭乗、カタパルト発進準備だ。

「サワムラ君。僕とカタパルトの横行くかい?」

隼人が補助員をした中でカタパルト…キャプテンの横に行ったのは

現場復帰の源チームの時だけ。

隼人はためらった。ロベルトの気遣いは有り難いし…葉月を空に送るチャンス。

しかし…葉月の父と同期生とか言うあのヒゲ将軍は

ロイやロバートおじさんのように同僚の娘が付き合っている男の事くらい

知っているだろうと思ったのだ。

だから、葉月を見送るポジションにつくと…葉月ではないが『私情』と取られる気がした。

しかし…

『ハリス!何をやっている!はようせんか!!』

『イエッサー!将軍!』

雷の如く大きな声が動きを止めたキャプテンにまで飛んでくる。

迷う暇はまたない。反省しながら…

「OK。キャプテン、一緒に行こう」

「うん!」

ロベルトのいつもの穏和な表情も消えていた。

キャプテンらしい男の顔つきに引き締まる。

隼人は、ロベルトと交信機を手にしてキャップの上に装着。

コリンズキャプテンは既にF−18に乗り込んでいた。

メンバーが素早くカタパルトに装着牽引をする。

(コレは…すごい訓練だ)

今までだってどのチームからもレベルの高さは肌で感じてきた。

でも、違う!この空気は…『実戦』に近い物があった!

デイブの機体がカタパルトに装着。

『Hey。サワムラ!たのむぜ♪』

グローブをしてヘルメットで顔は見えないがコックピットからデイブの声が、

嬉しそうに交信機に伝わってきた。

『こちらメンテ。管制室…』

源の横でそうしたように隼人は発進許可を要求。

『こちらメンテ。発進許可OK!一号機。OK?』

『ラジャー!行って来るぜ!』

デイブから張り切ったグッドサインが返ってくる。

ロベルトの合図でカタパルトが発進される。

デイブが敬礼をして空に飛んでいった。

『時間が押している。次!ミゾノ機を出してくれ!』

ロベルトは時計を見て妙に焦っているようだった。

先ほど、雷将軍に怒鳴り飛ばされた事でだいぶ気合いが入っているように隼人は感じた。

葉月の機体がカタパルトに近づいてくる。

彼女がこの超高速発進機で軽々飛ばされるのは隼人も初めての場面だった。

(怖くないのだろうか??)

そんな事は何度もやりこなしている事は解っている。

彼女は若手の優秀なパイロットの一人だ。だから…そんなこと考えたことも尋ねたこともない。

だが…初めて葉月が『女性パイロット』だということを感じたのだ。

葉月の機体がカタパルトに装着。

コックピットを見上げると…ヘルメットのシールドでやっぱり顔は見えないが…。

デイブとは違う妙に厳かで凛とした静かな姿が隼人に映る。

ヘルメットの後ろからはあのしなやかな栗毛がしっとりと

一本にまとめられて…背中に流れている。

『よろしく。大尉』

いつも以上に冷たく落ち着いた…しっとりした声。

その声に…急に…動揺していた気持ちをただされた気になった。

『こちらメンテ。管制…』

葉月の機体が『キーン』とエンジン音を上げてゆく。

『発進許可OK!二号機OK?』

『二号機OK!』

葉月から小さな手のグッドサインが返ってきた。

何処か口元が微笑んでいるような気がして…隼人もニコリと微笑んでグッドサインを返した。

『行ってらっしゃい。御園中佐!』

『オーライ♪』

いつもの元気な声が返ってきて葉月の敬礼。

その途端に葉月のF−18はアッという間に甲板を滑り…

轟音を轟かせて瞬く間に大空に飛んでいってしまった。

(やっぱり…変わらないな…アイツ)

『軍人の時は牛若丸』である葉月に久々に触れて、隼人はまた誇らしさを感じていた。

横にいるロベルトもにっこり…。

『ヒュゥー♪』

どこからかそんな口笛が聞こえてきた。

しかし…それどころではない、葉月にただされた気持ちを維持して

隼人は次の機体…アメリカ出身のコリアン…『劉』の機体を送り出さねばならない。

『How do yo do♪大尉!よろしくなぁ♪』

コレまた…軽いノリの挨拶が飛んできて隼人も苦笑い…。

『宜しく。劉大尉。管制…』

コリンズチームの一人・一人を飛ばすたびに気の良い挨拶が飛んでくる。

さすが…あのコリンズが率いる若手アメリカ流チーム。

細川の監督でキビキビしている中にも何処か明るさがある。

「良いチームでしょ?」

ロベルトの言葉に隼人も『ああ。』と微笑む。

ロベルトの指示で次は着艦受け入れ態勢を整える。

『馬鹿者!リュウ!コリンズのサポートにまわらんか!!』

手元のシステムデーターを除いて空の状態をチェックしている、細川中将が急に吠える。

パイプ椅子に座ればいいのに立ち上がり、戦闘機が見えもしない空に向かって

口元の交信機に怒鳴り散らしているのだ。

(うわぁ…。葉月が怖がるだけある…)

隼人は額に冷や汗。ロベルトも『相変わらず』という微笑みを浮かべながらも…

手元は絶対に止めず気を張っている。

『マイケル!嬢の後にしっかりつかんか!小娘についていけないでどうする!!

小娘!お前は突っ込みすぎだ!後ろを意識せんか!!』

「いつも?」

さすがに隼人は賑やかな訓練風景に驚いて、苦笑いでロベルトに尋ねた。

「うん。いつも。ハヅキが『お嬢』って呼ばれているのはあの中将がああやって呼ぶからだよ。」

(初めて解った!)

いつからお嬢と呼ばれているかが、謎な時があったが…。

葉月が小さい頃甘えていたおじ様が『嬢』と呼んでいたのだろう…。

それが基地内で浸透しているのだと隼人は初めて納得した。

それにしても…細川の怒鳴り声が止むことはない。

葉月に限らず、怒鳴られないパイロットは一人としていない。

あの豪腕パイロットとか言うコリンズ中佐も細川の指導にかかったら

赤子のよう…かなりメッッタクタに怒鳴られていて隼人はビックリだ。

(う…自信なくなってきた…)

コレは気の抜けない監督の元に来てしまった…。いずれは…その監督下のメンテチームを…。

「来るよ!」

ロベルトが急に空を見上げた…。

遠くから微かに轟音が聞こえてくる…。

『ゴォーーー!!』

一機の戦闘機が空母艦めがけて突っ込むように突進してきた。

『誰もコリンズを捕まえられないのか!嬢!!いつものつっこみはどうした!』

どうやら。キャプテンのコリンズ中佐が『逃げ役』で追いかけられているという訓練らしい。

「5対5でもやっているのかな?」

ロベルトが囁く。隼人もこんな活気ある訓練は初めてだった。

出来たら細川の横に行って一緒にデーターを眺めたいと思ったぐらいだ。

『早くしろ!コリンズが空母に『ロック』をかけるぞ!』

隼人達の頭上をコリンズ機が低空飛行で突っ込んできたが…

その上にまた一機が現れてコリンズ機の頭上をキープしようとしている。

『コリンズ!嬢にロックをかけられるぞ!低く飛びすぎだ!』

どうやら葉月らしい…。素早く現れた二機のうち一機が葉月と知って隼人は息を呑む。

その二機に追いつかんが如く、次々と他の機体が轟音をなり散らして空母艦を取り囲んだ。

デイブは葉月に頭上を取られて致し方なく上空にそれていったようだ。

葉月もロックに失敗。

また細川に『来るのが遅い!』と怒鳴り散らされていた。

また、コリンズチームは追いかけっこで今度は基地がある山側の方へ

轟音を引きずるように遠くに姿を消していってしまった。

(うわぁ…。すごかった…)

隼人はキャップのつばを少し上げて汗を拭った。黒髪はべったり…額に張り付くほどだった。

「側にいてもすごいでしょ?この緊張感。」

ロベルトの一言に隼人は無言で納得…頷いていた。

細川が『フン!』というように…納得いかなそうにやっとパイプ椅子に腰をかけた。

『もう一度!体制立て直してこっちに向かってこい!!』

この繰り返しが何度となく訓練時間中繰り返された。

その度に空母を取り囲む十機の戦闘機の乱れ舞いはものすごい迫力だった。

その中でも葉月がコリンズに絶対に離れまいと食らいついてくる。

『お嬢は空ではやんちゃ坊主。機体を壊されるんじゃないかと…』

二中隊・山下キャプテンの言葉を隼人も思い出す。

ロベルトも葉月が怒鳴られていると必ず空を見上げる

『ああ。またあんな無茶をして…』と眉をひそめている。

隼人も『いい加減にしろ!やりすぎだ!危ないだろ!』と叫びたくなるほどの腕前だった。

それよりか…コリンズ中佐の勢いがすごいこと…。

若いメンバー達をスイスイとやり過ごし、まるで墜落でもしてくるかのような空母への切り込み。

どう見てもまだまだ、葉月は適いそうにないところだった。

結果は…最後にコリンズ中佐が一枚上手。空母艦がロックされたようだった。

「ね。コリンズチームは『別格』。発展途上中だけどこんな空気だからねー。」

ロベルトのため息に隼人も同感。

彼がかけてくれた『プレッシャー』はこうなってみると良い忠告であった。

細川の『帰ってこい!ハリス頼んだぞ!』という号令でまた甲板は騒がしくなる。

どうしたことか細川は、側にいたシステムサポートの部下を引き連れて甲板から姿を消してしまった。

また、解散時に散々パイロット達を怒鳴り散らすのかと隼人は思ったので意外だった。

「ミーティングで今度はみっちりって事だよ。」

細川の後ろ姿を眺める隼人にロベルトがそっと囁く。

(アイツ…毎日こんな事していたのかよ…)

隼人は葉月のハードな訓練にかなりの衝撃を覚えた。

なのに…クールな顔をして本部で隊長代理を務めて…マンションでは真一を心配して…

隼人にも笑顔をこぼしてくれる。

今度はロベルト自ら着艦の誘導をして十機の戦闘機は無事に帰還した。

『くそ!お嬢のヤツ!』

『シット!キャプテンには適わないよ!』

息を切らしながら若い青年達は悔しそうだった。

葉月が最後に着艦…。コックピットを開けて姿を現した。

ヘルメットをサッと取り払って梯子も使わずに軽やかに飛び降りてきた。

「あーはは♪そう簡単に捕まってなるもんか♪」

先に帰ってきたデイブが面白そうに葉月を指さして大笑い。

隼人も眺めていると…

葉月は一瞬…かなり悔しそうな目つきをデイブに送っていた。

(はぁ…。だいぶ悔しかったんだな)隼人も苦笑い。

しかし…その目つきは…パイロットのプライドが伺えて初めて目にした物だった。

「別に。先輩に株を譲っただけですわ。」

悔しそうだった目つきはいつもの無感情な表情で消えていた。

葉月は栗毛をなびかせてデイブの前をシラっと遮ってゆく。

「ふーん。ま・け・お・し・み!」

デイブが葉月の後ろ頭をパーンと小突いたので隼人もビックリ…。

「フン!イノシシみたい。」

葉月の強気の反論に隼人は『オイオイ』とまた苦笑い。

つっこみが激しい直進型のデイブには確かに…当てはまる言葉だ。

しかしアメリカンのデイブにはコレは意味が通じなかったようだ。

「嬢!意味は分からなかったが今の俺をバカにしていただろ!!」

「さぁ?していませんわ。デイブ中佐らしく、素晴らしいって言っただけです。」

シラっとしている葉月をデイブが追いかけるように向こうに去っていった。

「いつものことだよ。元気な証拠さ…。」

そういうロベルトに隼人も…なんだか…『…らしいなぁ』と納得していた。

賑やかなコリンズチームはキャプテンの集合と解散の合図で

葉月達は一足先に甲板を出ていった。

「さぁて。サワムラ君。驚くなよ。ここの機体はガッタガタで当たり前かもね」

「うーん。」

今度は脅かしの言葉にとれなかった…。

あれだけ激しい飛行もしていればどっかいかれていそう…と隼人も思ったぐらいだ。

「早くすまして、一緒にランチに行こう♪」

細川がいなくなってロベルトはまたいつもの穏やかさに。

それでもハリスチームの手際は素早くF−18の整備に注がれはじめた。