7.期待

「やっぱりなぁ…。二人はそうなっていると思った。

葉月ってそうゆう女なんだよなぁ。妙に『取り憑かれる』って言うのかな?」

ミツコが帰って。俺の入れたカフェオレを手に、机の椅子に座った康夫が呟いた。

「でも、彼女もてるんだろ?島でも…すぐ次の男が見つかりそうだモンな」

「まぁな。でも。アイツ自身が『男嫌い』でさ。よーく男は吟味してから…信用してからってタイプだし、

逆にその慎重さに焦っている男の方が投げ出したりするからさ。安心しろよ」

「うん…。実は…聞いた…男嫌いの訳。『サツキお姉さん』の事…。残酷な話だよね。」

そう言うと…康夫はかなり驚いた表情を刻んだが。

「聞いたのか…そうか。そうだよな…『寝た』ならアイツの肩の傷、疑問に思うモンな」

康夫はやるせなさそうに、力無い笑顔でうつむいた。

「それが…そうなる前に聞いちゃったモンで…」

俺は『寝た』と言う言葉が出て…妙に恥ずかしくなって俺までうつむいてしまった。

すると…康夫は『寝る前に聞いた』と言うことにもっと驚いた顔を俺に向けてきた。

「そうか…。だからか…。アイツが…そこまでね。

それならよっぽど連れて帰りたかったはずだ。隼人兄のこと。

葉月の幼児期について知ってしまったのなら…言うけどな?

実は今回葉月が急いで帰ったわけなんだが…」

俺はその『訳』とやらにドキリとした。

「甥っ子の真一が…。何も知らない真一が…

葉月が留守にしている間、アイツのマンションに出入りして

なんだか知らないけどおふくろさんの死に疑問があるらしくて

いろいろかぎまわっているって気が付いたらしんだ。

どうして急に…そんなことが解ったかは知らないけど。

ジョイかフランク中将が何か解って葉月に伝えたのかもな。

あちらさんの事情だから、首つっこめないし…

何よりも、俺も真一にはなつかれていたから…心配だったんだ

解るだろ?真一にとって…葉月は母であり姉なんだ。

恋しい母親に一番近い存在なんだ。葉月も…。

守ってくれた姉さんが残した子だから…姉さんのためにそうして頑張っているって。

何よりも…心配して守っているんだって…だから…許してやってくれよ。黙って帰ったこと」

それを聞いて…俺はひどく胸を打たれた。

葉月がそっと帰ってしまった訳…。

俺とのこともあったと思うが…何よりも大切な甥っ子のために…

すべてを切り捨てるように帰ったんだと。

康夫の『母であり…姉であり』の言葉に急に継母を思いだしてしまった。

もしかしたら…葉月は継母との事に対して何か答を出してくれる存在のように思えてきた。

彼女と一緒にやっていくウチに出てきそうな答。

今まで逃げ出していたことを急にせかすように『風』を俺の中に持ってきたのだから。

彼女と一緒に何か始めたら…もしかして?俺の中にしまい込んだ『疑問』とか

『わだかまり』とかすべてが…答となってでて来るんじゃないかという気に急に…

目が覚めたようだった。

「隼人兄…。もしかして…と、思っていたけど…」

「何?」

「葉月と男と女の仲になって上手く仕事が出来るか?って不安なら安心してくれ」

俺の不安の一つに触れてドキリとした。

「葉月は…側にいる男ほど信用して惚れたりするけど…

仕事に関しちゃ割り切る度合いは半端じゃないぜ?

思い出してくれよ。研修生にさ。まるで自分の答を求めるような

『投票』をしたときのことを。それから…隼人兄を置いて帰った事もな。

アイツは『軍人』になったら甘かないぜ。それに…隼人兄ならそこんとこ。

冷たいほど割り切るからな…。だから俺…推したんだぜ?隼人兄の為もあったし…。

俺も…葉月の取り乱し…祐介先輩の葬儀で見ちまったからさぁ。

早く元のアイツに戻ってくれないと『ライバル』として張り合いないジャン?」

康夫は『ライバル』とか言ってふざけ半分に言うが彼女を心から心配する照れ隠しのようだった。

「康夫は…やっぱり彼女に取り憑かれたことあるのか?」

何気なく聞くと、康夫は口に付けていたカフェオレを『ゴホッ!』と詰まらせた。

どうやらあるらしく俺は『意外!』と驚いてしまった。

「ま…まぁな。俺の『初恋』だからな…。でも。目の前であっさり『達也』にさらわれちまったよ。

その反動かな?あの二人には絶対負けるモンかって…。

今では。アイツの殆ど知っているからさ。『初恋』で終わって良かったと思っているよ。」

「へぇ〜。意外!!」

「言っておくけどな!雪江は知っているから『脅し』には使えないからな!!」

俺がクスクス笑うと康夫もしかめ面からクスクスと笑いだした。

「アイツ。イイ奴だぜ。活きが良くて、フライトも俺と結構合うし。

隼人兄と一緒。傷ついた分、何処か懐が広くてどんなわがまま言っても

『あら・そうなの?』って吸収してくれるところがあるんだ。仕事…いつか一緒に出来たら…。

俺。良いパートナーにはなれると思うんだ。雪江とも仲良いし、楽しくて安心して過ごせる仲間なんだ。

俺…アイツの『真実』って奴…。大好きだぜ♪スカッとしていて、ほろ苦くても曲げないところ。」

いつも、『じゃじゃ馬・強情ッパリ!』と彼女にそうゆう康夫が、初めて暖かい目で彼女を語る。

俺も…その通りだとすんなり聞いて『ウン』と頷いていた。

彼女のスカッとしていて、ほろ苦くても真実は曲げないところ…。

一緒にいた二ヶ月間…。

数え切れないほどそんな彼女を見てきたのだから。

「俺も…。彼女のこと好きだよ。彼女の『真実を追求』するところって安心する。信用が出来るよな。

彼女…。俺のことミツコみたいに『男』として無理に必要としなかった。

まず、『一人の隊員』として吟味して…認めてくれて必要としてくれた。

でも…もし。彼女とは仕事で上手くできても、プライベートのせいでギクシャクするなら…。

中佐の彼女には迷惑かと…。そうすると、『別れた』て事で俺はフランスに帰って来られないと不安で…」

康夫の素直さにつられて…俺はいつにない自分の内面にある弱いところをやっとさらけ出していた。

すると…康夫が『ワハハハ!』と大笑いをしたので俺はビックリ彼を見つめ返してしまった。

「安心しろよ!タダじゃあいつはフランスには帰したりしないよ!

もし、プライベートで上手く行かなくなって仕事がしづらくなっても

葉月はキッチリ鍛えてから帰してくれる奴だよ。達也がそうだ。

葉月と上手く行かなくなって飛ばされるようにはなったけど…。

葉月はキッチリ『中佐』にして、しかもフロリダ本部へと送ったくらいだ。

もし…隼人兄と上手く行かなくなっても『中佐』ぐらいまでは折り紙つけて

フランスに返してくれると思うぜ?そうしたら、

隼人兄もあの一等基地で箔をつけて、胸張って帰ってこれるだろう?

こっちもしてやったり♪隼人兄を引き抜いて強力タッグ組んで

バシバシ一等基地のエリートを叩きのめす中隊作ろうぜ♪」

ちゃっかりとしていて…いつもの負けず嫌いを叩く康夫に俺はっホッと安心感が生まれてくる。

「決めたか?」

その一言が…急だったが…

俺は…「うん。」と頷いていた。

「そうか…。もし…上手く行かなくても俺が必ず引き取るから。

何がなんでも隼人兄の籍は空けるようにするから安心して行って来いよ。

その時は…ダンヒル氏もマリーママンも快く『おかえり』って言ってくれるさ…。」

「解ってるよ…」

「それから…よけいなお世話だけど…」

そこで、康夫が口ごもって…暫く沈黙が流れた。

でも…俺も何を言おうとしているか解っていた。

康夫には面と向かって話したことはないが、長い付き合い、祐介先輩と供に薄々気付いているだろうと。

「解っている。彼女と仕事で上手く折り合いついたら…日本の実家とも上手く折り合い付けるさ…」

彼女と真一君の話を聞いて…俺は急に前に進む気になった。

真一君は…悲劇な死を遂げた母を知らないし、それ以上に父親すらいない。

若いお嬢さんが母代わりとして頑張っている。

ここで。俺が逃げたら…『想い出の男』にすら泥を塗る。

それが嫌だった…。

俺のような男だけれど…彼女とその両親がいない男の子に何か少しでもしてあげられるんじゃないかと。

そう感じていた…。

「そっか…」

そこで、俺達は揃ってしんみりして…冷めたカフェオレを飲み干した。

すると…うつむいていた康夫が…そっと涙をこぼしていた。

「や・やめろよ…。自分で話を勧めておいて…泣くなよ」

そんな俺も…康夫の涙についにもらい泣きしてしまった。

「メルシー…。康夫。今まで、こんな天の邪鬼な俺に本当に良くしてくれたよ…」

机の椅子に座って…うなだれながら声を殺して泣く康夫の肩を叩くと

彼はそっと首を振った。

「俺の方こそ…。隼人兄のサポートで『中佐』をやってきたようなもんだ…」

「大丈夫。康夫はもう…立派にやっていけるよ。チ−ムメンバーもいるし…。

ジャンもいる。本部だってこの二年でだいぶ固まったし。俺…安心していけるよ。」

もう一度彼の方を揺すると、康夫はグズリ…と鼻をすすってやっと涙笑顔で俺を見上げた。

「隼人兄も頑張れよ。葉月の中隊は俺の中隊とは規模が違う。

しかも祐介先輩がたたき上げて作った中隊だ。本物のエリートが粒ぞろい。

だけど…きっと。葉月の元なら…ここより、たくさんの気のいい男達の仲間が増えるさ。

俺も…本当は、春に研修で『島』に行ったとき、

たくさんの先輩に囲まれて『ぐらり』と心が揺れたからな。

でも…俺じゃ…今の俺じゃ…まだ、アイツの元にはいけない。

俺はまだ、アイツより上を目指したいんだ。それからアイツと仕事をしたいんだ。」

康夫の瞳はその時はキラリと遠くを見つめて輝き出した。

「うん。そうだね。それを目標に頑張れよ」

「ああ…。」

康夫は再びうつむいて…肩にある俺の手をそっと握り返してきた。

彼の笑顔はさわやかだった。

『さって!明日から転勤準備で忙しくなるな!!』

康夫はその晩…そう張りきりながらもやや…女々しさを残して…俺のアパートを出ていった。

俺の決心は…彼女が去って一週間半でケリが付いた。

康夫が帰ったあと、途中だった夕食を作り直して、一人遅い夕食をつついた。

シャワーを浴びて、テレビを点けてビールを飲む。

いつもの時間に、本を抱えてベッドにはいると…

また、あの『カボティーヌ』の香りがしてホッとした。

『明日こそ…消えるかも』

そう…本当は俺の方が毎日・毎日…。彼女のことを引きずっていたのだ。

決心は着かないくせに、毎日、彼女が唯一残していったこの香りに『執着』していたのだ。

ミツコが押し掛けてきて彼女の大人の香りが葉月を消しそうになって初めて思った。

『彼女との神聖な…俺との場所を消さないでくれ』…と。大切にしていたのだと。

ミツコに殴られてもっともな俺なのだが…。

『俺はこれから…葉月という女を引きずって…こうして他の女を傷つけてゆくのだろうか?』

とも…思えてきたのだ。

もう…ミツコとの追いかけっこもケリを付けなくてはならない。

ミツコは別れた俺がいつまでも目の前、姿が見えるところにいては。

俺との過去に捕らわれたまま。

ミツコにとっても俺は消えた方が良い。

そして…もう一度…。ウサギさんを手に入れたかった。

俺は…今日まで、俺の孤独な部分を癒してもらい、

彼女は俺に女としての部分を男として癒してもらい…、

そんな傷のなめ合い的な寂しい間柄になりたくないと思っていたから、心を開けなかった。

でも…彼女が俺の前を走り出したのなら、俺は後を追いかけたくなった。

あの誇り高き女の横に並ぶことが出来るなら…もし一緒に走ることが出来るなら…

彼女の力になりたい…守ってあげたい、包んであげたい…。

その想いで充分じゃないか?そう…考えついたのだ。

康夫が来て、俺に素直に…そして優しく心配事を除けていってくれて

俺も天の邪鬼や照れはナシに彼女への思いは告白できた。

だから…急にすんなり…『決めたか?』に『ウン』と言えたのだ。

 

これから…どんな日々が来るのだろうか??

 

不安もある。

でも。あのウサギさんにまた会えるという『期待』で急に胸が満たされて

俺自身が自分のこと『意外!』と、驚いていた。

『葉月。また逢えるよ』

 

『スッゴイ!その本フランス語をしっかりマスターしていないと読めない原本じゃない!!』

初めてあった日…彼女が見てビックリしていたその本を読みながら俺はクスリとこぼした。

『この本が解る女か』

案外良いかも…と笑えてきた。

ミツコはこの本を見て『工学は工学よ。メカニカルとは関係ないわ』と…

工学科でも役に立つ本なのに見向きもしなかった。

ミツコは何処かしら…フランス慣れしている俺に『敵視』しているところがあったから…。

『アチチ…。あっ。汚しちゃったー。』

ハーブティーをこぼしてもケロッとしているちょっとがさつな彼女。

『え?そうだった?私そんなこといったかしら?』

妙に抜けているぼんやりしているお嬢様の彼女。

『もう!大尉のせいでミルクティー飲みそこねたじゃない!!』

俺のいたずらにすんなり引っ掛かってすぐにムキになる彼女。

次から次へと俺の中から二ヶ月分の彼女が浮かんできた。

『ごめんなさい。傷だらけの身体で…』

『ううん。見えないくらい…キレイだよ』

俺の身体の上に乗ってきた白い肌の彼女…。

ほんの一時だった肌の分かち合いが俺を狂おしく包む。

枕を抱いて…俺は彼女の美しく長い栗毛が

このシーツの上に広がったのを思い出して…眠りについた。