プロローグ

3.返信

「なぁ・なぁ。お嬢。ロイ兄のヤツ、俺達に『側近候補』の情報、

ちっとも教えてくれないじゃん?おかしくない??」

弟分のジョイがやっと許可が出た『本部構成』の書類を眺めながらそう呟いた。

「別に…。どっちにしたって『側近』…というか、サポートしてくれる人は欲しいから…」

遠野が座っていた『大佐席』に今は葉月が座って…一人でこの『大佐室』を使っていた。

その席で訓練後の業務をしているとジョイが大佐室に入ってきて

本日の『訓練結果書』を提出してきた際にそうぼやいたのだ。

葉月もそれは…本当のところは気になっていた。

隊長代理の自分が動揺すると本部員も『改革』に動揺するので

いつもの『無感情』で知らぬ振りを決めているのだ。

だが、コッソリ…。直属上司である『ウィリアム大佐』には尋ねに行ったりした。

すると…

「大丈夫だよ。私はフランク中将から『彼』の経歴見せてもらったけど

お嬢のためになると思うよ?私としては『賛成』。たのしみにね。」

父に似た穏和な大佐にそう言われては…『反対』は出来なかった。

ウィリアム大佐は『彼が来るのが楽しみ。ウチの空部には良いプラスになる』と、ほくほくしていた。

四・五中隊の全てを仕切っている彼がそう言うのだから、

…そうなのだろうと…葉月はそこで引き下がった。

「ところでさぁ。お嬢…。この新しく来る人…『内勤』を重点にしろってロイ兄は言うからそうしたけど。

空軍の何をやっている人なんだろうね?パイロットかな?メンテかな?通信員かな?

訓練には暫く出さないようにってロイ兄は言うんだけど?」

ジョイが言うとおり…そんなことすらロイもウィリアムも教えてくれないのだ。

「いいじゃない。『内勤』をやってくれる人が今はここには必要なんだから。

その人が『空部』の内勤をしてくれたら私は訓練に出て行きやすいから」

葉月の落ち着きにジョイはムッスリふくれつつも…『そうだね』と言って去っていった。

葉月はどちらかというと『外勤向き』なので、

『内勤』を承知でやってきてくれるのなら文句は言えないと言うところだ。

(『内勤向き』かぁ。)

葉月はそれなら、隼人だって丁度良かったのに…。と、まだ、彼のことに未練が残ったりしていた。

葉月がフランスから帰ってきて1ヶ月が経とうとしていた。

『いよいよ。明日ね』

葉月は夜…。風呂上がり、お肌のお手入れをしながらふと鏡の前でため息をこぼした。

ロイの話では…

『候補の隊員は一応、日本人官舎で寝泊まりをしてもらうことにした。

『転勤』が決まってから『荷物』を送ってもらうそうだ。

葉月。不自由ないよう、しっかり面倒を見てやってくれよ。』

と、言うことらしい…。

基地から一キロほど先に『集合官舎住宅』がある。

そこには四階建ての団地がズラリと並んでいるのだ。

海軍棟。軍医棟と別れていて、その中でも『アメリカ棟』とか『日本棟』と別れている。

デイブのように『家庭持ち』のアメリカ人は基地から繋がっている

『アメリカ住宅』に住んでいて、そこは金網のフェンスで囲われた敷地。

つまり…『アメリカキャンプ』と言うことで『治外法権』の範囲に入る。

緑の芝生に白い一戸建ての住宅がまるでアメリカタウンの様並んでいる。

その敷地が基地から一キロ続いていて、金網のフェンスが切れたところで

日本の範囲になる『官舎』がある。

その日本側官舎に住んでいるアメリカ人は殆どが独身で『日本在住』の手続きをとって

ここでは日本に従う…と言うことになっている。

ジョイはその『フェンスの外』のアメリカ棟・独身宿舎に住んでいる。

葉月は念のため、補佐の一人、山中がすんでいる日本棟に行ってみた。

候補の彼が来るという部屋にはベットだけロイが手配したらしく…

まだ、『暮らす』と言う雰囲気ではなかった。

そんなことを思い返しながら、自分の部屋のドレッサーで化粧水をはたいていると…。

『わ!!!!』

そんな声が外から響いて葉月はビックリ…部屋の外を覗いた。

「どうしたの??シンちゃん?」

またもや、遊びに来ている甥っ子が何をしているのか?と

林側のパソコン部屋を覗くと…。

「なに!?あっち行ってよ!!」

真一はパソコンのディスプレイを抱え込んで葉月を追い払った。

「なによ…。」

年頃になってきた男の子の『秘密』には、なかなか立ち入れなくなってきたので

葉月も大人しく部屋を出ていった。

真一は…葉月が部屋のドアを閉めたのを確かめ…

叔母の気配が遠退くのを確かめて…

もう一度…。

パソコンの画面に食い入るように見つめた。

『Reはじめまして』

(へ…返事が来ちゃった!!)

SAWAMURA…という文字に真一はドキドキした。

真一はマウスを握って…ふと、先日思い切って送ったメールを思い出す。

『はじめまして。SAWAMURAさん。叔母がフランスでお世話になりました。

僕は甥の御園真一と申します。

ぶしつけに、送りつけて申し訳ないと思うのですが…。僕の話を聞いてくれますか?

僕の勘違いかも知れないのですが、叔母はサワムラさんからのメールを見て泣いていました。

サワムラさん宛のメールも書いているのに送ろうともしません。

でも、叔母はフランスから帰ってきてから以前のようなしっかりした中佐として頑張っています。

きっと、サワムラさんのお陰だと僕は思っています。そんな叔母を元気づけるメールを

また下さると、甥としても嬉しく思います。なんで泣いていたかは知りませんが

これからも、差し支えなかったら、叔母のこと宜しくお願いします。』

と…、本当にぶしつけな…賭にも近い内容で送りつけたのだ。

恋が絡んで別れてきたのなら…『返事』は来ないだろうと、思っていた。

案の定…。暫く返事は来なかった。

それなら、叔母と彼との間は終わったのだろう…と、真一は判断していた。

葉月が泣いていたのも頷けたし…。送りたい『仕事用』のメールも送れないと納得した。

だけど…。諦めた頃に…向こうから返事が届いた。

真一は深呼吸…。そのメールを開いてみる…。

『こちらこそ。はじめまして。澤村隼人と申します。

御園中佐にはこちらで随分お世話になりました。

その中佐から聞いていた甥御さんから突然メールが届いてとても驚いていました。

お返事が遅れて申し訳ないです。こちらの方で中佐が受け持っていた研修生の卒業等で

手元がふさがっていたので、お許し下さい。

叔母さんが…私のメールを読んで泣いていた…と、言うことですが。

その事については詳しくはここでは言えません。

ですが、彼女が元気になって、いつもの中佐として頑張っていると聞いて安心しました。

私がフランスから彼女にしてあげられることはもう何もありません。

こうして、真一君に返事を書いたことも彼女には絶対黙っていて下さい。

泣いていた彼女に動揺はさせたくないからです。

私宛のメールについても、そのままにしておいて下さい。

それが例え『仕事』に関する内容でもです。

彼女の方から何か…相談してくれば私も力になりたいと思っています。

ただ、今は…彼女が思うままにそっとしておいてあげてくだい。

これは…男と男の約束として…真一君を信じて返事を書きました。

ですから…このことは…絶対彼女には言わないで下さい。お願いします。

真一君のようなしっかりした甥御さんがいれば中佐も助かりますね。

真一君のメールが届いてそう思いました。真一君も…勉学頑張って下さい。』

「…………。」

真一は『大人の男』が、語る内容がなんだか真意は理解できないが、哀しいような印象を受けた。

隼人の文面を見ると…決して叔母を嫌っている内容ではなかった。

むしろ…葉月の方が彼を捨てた?と言うような感じがした。

だったら…何故?叔母はこの男のメールを見て泣いていたのだろう?

もしかして…二人は惹かれ合ったが、どうにもならない理由があったとか?

まさか…また妻子持ちに恋をしたのではないだろうな?と、真一は不安になったが…。

それならそれで、『終わった』事には変わりがないのだから…。

葉月には、叱られる覚悟で彼のメールが来たら見せようと思ったのに…。

こんな内容では見せられなかったし。

大人の男が言う…『彼女を動揺させたくない』に、逆らえないような気がした。

そして…

『彼女にしてあげられることはもう、何もありません』

この一節を真一はずっと眺めていた。

葉月を元気づけるようなメールは送れない…。

葉月から泣きついてくるまでは…。

そんな男の気持ちに水はさせない。

真一はそっと…そのメールを『削除』した。

二度と…この大尉からはメールも来ないし…自分も送らない。葉月も送らない。

きっと…この大尉は葉月の気持ちを良く理解して…別れたんだ。

真一はそう思えてきた。

『わかったよ。澤村さん…』

真一はちょっと…せつない気持ちをこの男からもらったような気になってパソコンを落とした。

「ジョイ。行って来ます。後はよろしくね♪」

葉月の訓練に出掛けようとしていた。本日は午後からの滑走路訓練だった。

「行ってらっしゃい♪いよいよ今日だね〜。新人さんが来るの〜。」

ジョイは結構…ワクワクとしていたが…。

葉月はそれを聞いて…ちょっと憂鬱になった。

どんな人なのかとにかく想像が付かない。

もし?年上の…葉月を「小娘のくせに…」とか言う人だったらどうしよう?とか

もし?年下で野望心たっぷりの生意気な人だったらどうしよう?とか…。

それとも、「さすが中佐ですねぇ」と、補佐官肌バリバリのなんでも言うことを聞く人だったら??など。

一番可能性が低いのは…一番最後の補佐官肌のタイプだ。

ロイがそんな側近は葉月には付けない…と言っていたからだ。

一番可能性が高いのは年上の叱るタイプだ。

それなら上司の方がやり安いのに!!と…そんなこといっていると

フランスで悩んでいたときのように振り出しに戻ってしまうので…

葉月はぶるぶる頭を振って…「いい??ここでしっかり見極めて新しく展開するのよ!?」と

新しい候補に会う心構えを整えようとした。

それと同時に…。

ここで側近が決まれば中隊にはプラスになるし…

葉月にとっても気が楽になるのだが…。

(隼人さん。ゴメンね。あなたの答えは間に合わなかったかも)と思った。

彼が研修に来ることは今でも待っているが…。

それ以外ではもう二度と会うことも、話すことも連絡を取ることもないだろう…と。

再びせつなさを噛み締めながら葉月は訓練に出掛けた。