・・Ocean Bright・・ ◆揺れる隼◆

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2.新しい風

「朝礼を始める──!」

 総勢50名ほどの『御園中隊本部員』。
 その青年達と女性達を従えて、山中が大きな声でまとめる。
 皆がシンと並んでいる所、小さな木箱の上に黒いヒールで『カツン』と、葉月が立ち上がる。

 その木箱の左側には山中とジョイ。
 右側には隼人と達也といった本部の『補佐官』達が彼女を囲み、部下一同を見渡す形。

 凛とした冷たい表情もない顔で、彼女はスッと一同を見渡す。
 皆の表情が、この時……一段と引き締まる。
 葉月の木箱の横にいる山中が、大声で号令をかける。

「敬礼──!」

 皆が揃って『大佐』に敬礼を向ける。
 そして葉月の凛々しい敬礼。
 『直れ……』の合図で、今度はジョイがスッと葉月にバインダーを手渡す。

「おはようございます。では……本日の周知、行きますね」

 葉月のいつもの落ちついた平淡な低い声。
 その低い声にはとても威厳があり、青年達が揃ってサッとメモ用紙とペンを構えた。

「まず──八月も終わりに近づきましたが……。九月の二週目に、先日入れ替えた、ここ本部の端末のメンテナンスを行います。メーカーである澤村精機様の営業の方が一名……サポートで参ります。本部からは数名、手伝いを……メンバーはフランク中佐の指示に従って推進して頂きます」

 そこで葉月とジョイが視線を合わせて頷く。

「えっと──俺と同じ総合管理官のチームから数名、後でミーティングをするので、よろしく」

 ジョイはそれだけ伝達し、葉月に返した。
 そして今度は、隼人がバインダーを差し出す。

「次は……空軍管理から……。ご存じだと思いますが、澤村中佐のメンテナンスチームに新たにフランス航空部隊から、数名……転属して参ります。その転属手続き、転属後の勤務態勢等……。澤村中佐から説明がありますので、そちらに従って下さい」
「後で空軍管理班は、朝礼解散後、窓際のミーティング席まで集合だ」

 隼人も淡々とした口調で指示をする。
 そして今度は、山中からのバインダー。

「次はこちらは陸部というより、総合のお知らせ。今年も十月下旬に一般公開の記念式典がありますけど、各隊から出店する『模擬店』。昨年、四中隊では『お好み焼き』をしたようですが? 今年もなにかアイデアや意見がありましたら山中かフランクまで……」

 葉月はきっとジョイが仕切るのだろうと……ちょっと言葉を弱めにして告げた。

「できればっ! 今年はアメリカンな物を出したいな!」

 やっぱり、ジョイが一番に意見を言いだした。

「……」

 葉月が平淡な眼差しで見下ろすと、ジョイがちょっとビクッとして、いつもの気取った若中佐の顔で居直った。

「とにかく──こちらはフランク中佐と山中中佐にお任せするので、皆様もなにかあれば、ご意見は中佐二名へ」

 葉月は冷たく言い切って、山中にバインダーを突き返した。
 これで終わりだろうと……葉月は補佐四人を確認するように見渡した。
 すると……最後に達也から報告覚えのない『プリント』を差し出してきた。

「?」

 葉月は達也があまりにも真剣な顔なので、その気迫に圧されたと言うか……突き返せなかったというか……。
 思わずそのプリントを手にして前に向き合って、読もうとすると……。

「……なんですってっ!?」

 葉月が声をあげて、木箱の上で飛び上がったので、皆もビクッと硬直。

「ど、ど、どうしたのかな〜? お嬢?」

 ジョイも達也がまたもや葉月に対しての『悪戯』をしたのかと思って苦笑い。
 そして、葉月がワナワナと震えて顔を引っ付けているプリントを覗き込んで……。

「わっ! 嘘だろっ!?」

 ジョイまでおののいたので、隼人と山中も揃って葉月によってプリントを覗きに来た。

「え……」

 隼人も眉をひそめ……

「こら! 達也! なんだこれは!!」

……山中も驚いたのか、あからさまに達也に食ってかかった!

 本部員一同は、ハラハラしながら隊長と補佐一同が動揺しているのを見つめているだけ。
 達也は知らん顔で耳の穴に指をいれてシラッとしていた。

「達也──! なんで早く言わないの!!!」

 普段は静かに皆を見ている『無感情令嬢』の葉月が、ムキになって突っかかったので、また本部員達がザワザワとざわめいた。

 隼人は苦笑い。
 これが初めての事ではなく、達也はこうして時々、葉月を皆の前で怒らせて『楽しむ』のだ。

 『あいつ、気取りすぎ──。本当の姿、暴いちゃる』
 達也は転属してきてから、葉月の『そそ』とした中隊長振りが気に入らないらしく、皆の前でも『補佐達』に見せている『本来の顔』を見せようとしているのだ。

ご覧の通り、葉月がこうして怒ったりムキになったりすると、最初は本部員達はビックリ目を見開いていたが、徐々に笑いをこぼす者も出てきた。

 隼人も一度、これをした事がある。
 実家に葉月の隊長姿をリクエストされて、デジカメで『敬礼姿』を撮影したあの時だ。
 達也のその『手』に隼人も賛成。
 だから、毎度になってきたが隼人は止めなかった。

 それに本部員達から『あの大佐嬢も、結構普通ジャン?』などという言葉を耳に挟むと、隼人もなんだか微笑んでしまっていた。
 近寄り難かった『令嬢大佐』が、本当は皆とはそうは歳が変わらない『女性』だと言う事。
 だけど『大佐嬢』としての『威厳』は、隼人を始めとする補佐一同で守り抜くつもりだった。

 そして……怒った葉月に対して、達也が面倒くさそうに溜息をつく。

「なんせー。昨日の夕方遅くに始まった会議で決まった事なので……。先にお帰りになった大佐には報告できませんでした。ですけどぉー。早くに周知した方がよろしいかと思ってー。今、ご報告と換えさせていただきます」
「そんな事、どうでもいいわよっ! どうしてこんな『大役』を引き受けたの!!」

 葉月が猛烈に皆の前で怒った上、『大役』との動揺振りに、今度は本部員達が皆眉をひそめて、こちらも動揺しはじめた。
 すると達也は、木箱に乗っている葉月の手からサッとプリントを取り去ったかと思うと、急に輝く険しい眼差しで本部員を見渡したのだ。

 あの『フロリダ本部』から転属し、『元将軍秘書官』。
 そして──小笠原に帰ってきた『大佐嬢の同期生』。
 その達也の『経歴』に対する畏怖は短時間で本部に浸透していた。
 指導力も、そして持ち前の明るさでの皆への接し方でも、すっかり昔からいるかのような『補佐』としてのポジションを確立しつつあった。

 こうして葉月を手玉にとるのは『澤村中佐』だけではない。
 そういう事もすっかり皆に浸透。
 達也がこの葉月の一隊に所属していたのは随分前の話で、その頃のメンバーは少ない。
 大規模に膨れた『元遠野大佐中隊』の本部には達也を知らない者がほとんどだった。

 それでも──。
 今、達也が見せた眼光で、本部員一同がスッとざわめきを消した。
 その統率力、短期での浸透力。
 それに隼人もジョイも山中も驚きつつも『やっぱり俺達の達也』と心より認め
 そして葉月すらも……その達也に『場』を譲ったようで騒々しい声を引っ込めた様だ。

「昨日、御園大佐に任されて『式典に関する会議』に参加した結果。各基地からの来賓、その他の民間よりの来賓客……その総合受け入れの『ホスト役』を、四中隊ですることを他中隊一同の推薦により、引き受けることになり連隊長から認可された」

 達也の淡々とした『周知』に……ザワッとまた本部員がざわめいた!

 つまり──十月の『基地設立記念式典』でくるお客様を四中隊で面倒をみる『手配』をする事になった! と、いう事だった!
 基地に来るお客様の『接待役』ということだ。

「な、な、な……なんで!? そんな推薦されちゃったの!?」

 ジョイもかなりの狼狽振り。

「なーんか知らないけど? 秘書官が来たならやってみてはどうかと?」

 達也は空っとぼけているだけ。

「それじゃぁ……達也兄が来たからやってみろって突きつけられたって事?」
「そうなのかなー? 俺、断ったんだけどなー」

 葉月が木箱の上から、達也を睨み倒している。
 隼人も思った。

(愛嬌良く断った振りして、本当は自分で手元にそっと引き寄せたんだな!?)

 そう──。
 葉月が『こういうお仕事は達也に任せて安心』と、他中隊の補佐達が集まって『式典受け入れの会議』を達也に任せたのだ。
 達也はまだこれと言った大きな仕事をかかえていなかったので、『大喜び』で会議に出かけて行ったのだ。

 陸訓練も参加していたが、山中が仕切っているため……『今はまだ……俺がしゃしゃり出る段階じゃなさそうだなぁ』とぼやいていた。
 山中の邪魔をしたくないと言う事らしい。
 ジョイの総合管理の手伝いもしているが、『物足りない』とぼやいていたから……。
『俺も何かやりたいんだよ!』と喚いていた達也がこういう『大役』を、ニヤリとほくそ笑みつつ、上手に引き受けてしまったのだと──。

「いったん保留にさせてもらって、本部幹部で話し合うとかそういう風に運べなかったの!?」

 葉月は隊長の許可なく引き受けていた達也に、場も構わず攻め立てた。

「……」

 達也の瞳が輝き黙り込む。
 葉月としては──

『もしかすると、うちのフライトチームがショーに選ばれるかもしれないのに……。
こんなに式典ですることが増えて本部が回らなくなったらどうするのだっ!』

──そんな事だろうと……隼人はため息をついた。

 すると──達也が葉月の前にスッと立った。
 葉月には向き合わず、本部員を再度、見渡したのだ──。

「いいか。この本部は他の本部とは違うんだ。隊長はフロリダ中将の娘『御園葉月』。彼女の『実力、経歴』も本部員の皆は、よーく解っているだろうし、信頼しているんだろう? 俺達はその下にいるんだ。だが──『大佐』といえども『若輩』とか『未熟』、そして『親の七光り』。そして……『お嬢ちゃん』……」

 そこまで葉月の事をハッキリいう達也に、本部員全員がヒヤッとした顔に。
 だけど……何故か葉月はムスッとしつつも腕組み黙って聞いている。

「俺達が『出来ない』と言われるのは、全部こういう理由なのだろうか? そうじゃないだろう? 出来なかったら……『若い大佐のせい』に簡単に出来るだろうな? そういう『大佐』のせいに出来る『本部員』とは、なんて……都合がよい部署に皆はいるのだろうか? 俺は……フロリダから来て『その甘さ』に、かなりむかついているけどね。やっぱり『嬢ちゃん大佐』に甘やかされて、ぬくぬくと、彼女を盾に理由に、うまーく流れる事も出来るのも、この本部の『オイシイ』所」

(おいおい──)

 隼人は達也の物言いに、少しばっかりヒヤッとした。
 そう──達也は本部員に『喧嘩を売っているかの如く』
 いくら……葉月と同期生で『元側近』として短期間で『浸透』したとしても、本部員をそんなにバカにすると『反感』を買うに決まっている!

 なのに──。
 隼人の心配通りに、本部員の目がややしらけているようにも見えてきた。

 だが──数名。
 ジョイの総合管理にいる青年達は、我慢ならないように唇を噛みしめて、達也を睨んでいる者も……。

「結局、おじさんがいっぱいいる本部が出来て当たり前。僕たち、まだ若くてわけわかんないし? お嬢さんの下じゃなにも出来なくあったりまえだし? そんな所なのかな〜? やっぱ、この仕事は『でかすぎて』無理だったかな〜? 大きすぎて、ビビちゃったかな〜?」

 葉月は徐々に達也のやることに、逆に落ち着きを見せて、ジッと黙っている。

 ジョイの総合管理にいる男の子達は、いわゆる将来『秘書官タイプ』にあたり、オールマイティーな仕事をこなし、本部でも選りすぐりの『優等生』ばかり。
 まだ葉月は『秘書室』を持つような地位ではない佐官であるので、秘書室はないがあるとしたらそこに当たる。

「今のお言葉、心外です」

 ジョイの後輩が一人、やっとそれを口にした。

 彼はテッド=ラングラー。
 栗毛に緑色の瞳の青年だった。
 ジョイと同じ歳だが、ジョイがツーステップしているので後輩に当たる25歳。
 ジョイが一番信頼している管理官の一人だった。

「私達は、そんな気持ちで本部員をしていません! 御園大佐の下にいる事を誇りに思っています!」

 彼が堂々と達也に言い切った。
 達也はそんなテッドの眼差しを長身の位置から注ぐ視線で静かに見返すだけ。
 そしてテッドは、ちょっと遠慮がちに木箱に立っている葉月を見上げた。

「隊長。この業務を引き受けていただけませんか!」

 テッドは普段は静かで、あまりハッキリと物は言わないが、隼人から見ると『能ある鷹は爪を隠すタイプ』で、内側にそっと隠して、周りを観察してから動く冷静沈着な所があると目を付けていたのだ。
 やっぱり……彼はいざというときは『言う』と隼人は微笑んだ。

「御園大佐──」

 黙っている葉月にテッドがもう一声。

「お嬢、俺もやれと言われたらやるよ……任せてよ」

 ジョイも──。

「私も……お願いします」
「私も……」

 ジョイの配下の管理官達が次々と、テッドと同じ位置へと木箱前に一歩踏み出してくる。

『葉月……』

 隼人は、そっと囁いた。
 彼女はジッと達也と同じ様な静かな眼差しで、彼等の顔を一人一人確かめている。

 そして──。

「海野……任せたわよ」

 彼女はそれだけ一言言うと……締めくくりの『敬礼』を待たずに、スッと木箱を降りてしまった。
 達也がニヤッと笑った。

 そして本部員たちに『忙しくなるっ!』という悲鳴めいた囁きでどよめく。

「大佐……有り難うございます!」

 テッドが荒削りな日本語で、大佐室へと向かう葉月の背に告げる。
 葉月は無反応。
 そのまま一人で、自動ドア向こうの大佐室へと消えていった。

(ああいう反応は、変わらないなー)

 隼人はため息をついたが、そこは彼女の『威厳』かなと……。

 

 

「澤村中佐! 内密になっていますが、航空ショーを受け持つ前に、こういう仕事を引き受けてしまったら、他中隊に持って行かれちゃうんじゃないですか!?」

 朝礼後の『各管理班』のミーティングで本部員達が各中佐の元へ解散。
 そこで窓際のミーティング席に向かっている途中に、隼人の後輩達が食ってかかってきた。

「ああ……そういう事もあるかもね〜?」

 隼人のそんなトロリとした返事に、青年達が顔をしかめた。

「せっかく! うちのフライトチームに『晴れ舞台』が来るって言うのに! 総合管理にあんな大きな仕事とられたら、困りますよっ!」

 空軍管理の青年達は『俺達が一番大きい仕事』をやるんだと、数週間前の隼人からの内密周知を受けてから、こうして張り切っている。
 そこへ来て……総合管理で『式典ホスト』を引き受けられては……じゃぁ? 四中隊は忙しいから『航空ショー』は他のフライトチームね……と、上層部が気持ちを変えてしまうことを恐れているのだ。

 でも──

「……そう思うなら、空部隊の長でもある大佐嬢は、必死になって海野の仕事を突き返したと思うよ」
「!? それって……やっぱり、ほぼ……うちのフライトチームで『内定』しているという事? 御園大佐は知っているのですか?」
「さぁね……俺にもまだ何も教えてくれないよ。暫く、様子見だね」
「両方、引き受けても……俺達本部で絶対、やり通せますよね!」

 空官の青年達も達也の『煽り』に感化されたらしく、『総合管理班に負けるものか』という気迫。

「勿論──。海野が言うように……出来るようにするんだよ」
「航空ショー絶対、取りたい! せっかく中佐にメンテチームが出来たんだし」
「そうそう、デビューは絶対この航空ショー!」

 そんな若い青年達の熱っぽさに隼人は『頼もしいなぁ』と、ニコリと微笑んだ。

「さぁ……ミーティングするぞ」

 隼人は窓際で、空軍管理班数名を従えてミーティング。
 山中は陸部管理班を。
 ジョイは、先程のテッド達を従えて端末メンテナンスについて──。
 だが……その後に達也が、総合管理班の中から数名『めぼしいホスト』を指名したようだ。
 勿論、その中にテッド=ラングラーも入っていた。

『元将軍秘書官』の達也が……『御園本部』の品格を上げようと、『みっちり再教育』を狙って、あの仕事を取ったと隼人は思った。

『達也もやるな……』

 葉月の様子見などお構いなしに、自分で仕事を取ってきてしまうなんて……。
 隼人はちょっと溜息──。
 達也が来て確かに『新しい風』が四中隊に入り込んできた。
 それは隼人にとっても『良き刺激』でもあるが、本当、気が抜けないライバルの登場だった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

「わりぃ! 勝手な事して」
「いいわよ……もう」

 隼人がミーティングを終えて大佐室に戻ると、達也が新しい席から葉月に向かって、手を合わせて拝み倒している所だった。

「達也が言うとおり……怖じ気づいていちゃ、あの子達の為にもならないし。実際、達也も私も……あの歳の時にはみっちり大佐達にしごかれてここまで来たんだもの。出来ないはずないわ……」

 葉月は大窓前の立派な大佐席で、そんな風にいつもの平淡な顔で呟いただけ。
 そしてペンを握っていつもの書類に向かった。

「あ、そう通じると思ったんだ、俺──」
「でも、報告ぐらいしてちょうだい」

 葉月のピシッとした言い方に、達也はちょろりと舌を出してとぼけただけ。
 報告をしなくても『葉月には通じる』。
 それを確信して報告をしなかったのは『感情こもる顔を皆に見せたい』
 達也のそんな葉月を良く知っての『大胆さ』。
 隼人はそれを見てしまって、溜息をつきながら自分の席に着いた。

 達也の新しい席は、隼人と向かい合う形。
 つまり葉月を挟んで、角合わせ右側大佐室の入り口奥に隼人。
 角あわせ左側、大佐室の入り口壁平行に達也の位置になったのだ。

「さって、そうと決まったら総合管理の坊ちゃん達を鍛えるマニュアル作ろう!」

 達也がガシッとマウスを握って、デスクのパソコンに向かう。
 葉月がクスリと笑った。

「これは本当に達也じゃないと駄目ね。なんたって元将軍秘書官」

 葉月は心底信頼している笑顔で、満足そうだった。

「……」

 解っているのに、解って達也を側にと隼人から望んだのに。
 この部屋に……隼人以外に葉月と通じて『任せられる』と言わせる男が現れた。
 あんな風に堂々と仕事を取ってきて、怖じ気づきそうなお嬢ちゃん大佐を後押しするように、そして……『男中佐』として下の青年達をものの見事に葉月に変わって動かしてしまった。

 隼人にはないやり方。
 そして……俊敏さ。
 達也は意気揚々と、パソコンに向かった。

「それにしてもっ。早く兄さんの実家から新しいパソコン持ってきて欲しいな〜」

 そう『澤村精機』がメンテナンスと供に、『達也の為にも来る』というのは……。
 達也の新しい側近席には、以前使用していた旧型のPCしか設置出来なかったのだ。
 『処理遅い、接続感度悪い』と達也はしょっちゅうブツクサ言うため、本部の一カ所から新型のPCを一台、抜き取ろうとしたところ……
 『俺の為に、せっかく使い慣れた男の子達が可哀想だ』……と、取り上げるみたいで嫌だと、達也が拒否。

 それでも側近の席に旧型のデスクトップPCでは、達也も仕事がはかどらないだろう。
 そこを見かねたジョイが……『一台入荷』できる様に上手く手配。
 それで……隼人の幼なじみの晃司が来る際に取り付ける事になったのだ。

『毎度〜♪』

 連絡を取った隼人に父親のほくほく声。また、呆れたぐらいだった。

『それにしても兄さんの実家が、軍に入荷許可されている精機会社で、兄さんがそこの長男って驚いたな〜』

 その入荷が決まったときに、達也には実家のことを初めて明かしたのだが……達也は驚いたな〜といいつつも、それほど驚いたようには隼人には見えない。
 おそらく葉月と一緒で『工学肌』ではないから、良く知らないのだとちょっとホッとした。
 それに……『え? これって兄さんの実家で作った奴なんだ? 知らなかった。へぇー』と……なんだか淡々としていたのだ。

 逆に驚いたのが……隼人の方。
 なんでも……達也の実家は『山梨県甲府市』で……実家は『ワイナリー』だとか!
 つまり……父親はワイン職人らしく、葉月に聞くと、『若々しくて素敵なお父様だけど……ワインとなったらその頑固さと厳しさは本当に職人気質』と言う事で……達也からは想像も付かず隼人の方が、根ほり葉ほり達也に質問したぐらい。

 達也が英語に堪能なのも、甲府ワインを地元に根付かせる為に、彼の父親がカリフォルニアで修行を積むために一家を連れて渡米したからだとか。
 その時に、身に付いた物だという。
 八歳まで、アメリカにいてそれから甲府に帰国したという事らしい。
 彼の実家では兄夫妻と父親がワインを取り仕切っていて、達也は自由奔放な次男だという事だ。

 ただ気になることを一つ。

『達也には絶対に母親の事は質問したり、追求したりしないでね』

 葉月に達也が来る前にそんな釘をさされた。

 なんでも──。
 そのカリフォルニアでお父さんが修行中に……お母さんが同じ農場の若者と駆け落ちをして……それっきり。
 達也はそこでかなり傷つき、達也の兄は達也以上に母親を恨んでいるらしい。
 達也の一番痛い所だから、触れないで欲しいと葉月に言われた。
 なんでも昔、このことだけは葉月が納得いかずとも、平謝りしないと収まりがつかないほどの『大喧嘩』をした事があるらしいのだ。
 その時葉月は……『殺されるかと思った』と今でも苦痛の表情を浮かべたぐらいで、隼人はゾッとしたのだ。

 つまり隼人とは形は違うが、彼も『父子家庭』。
 こちらは完全に男手一つで育ってきたとの事だった。
 明るい達也からは想像が出来なく……隼人は驚きばかりだった。

「よっし! 研修時間を組みたいけど……大佐、よろしいですか!」
「どうぞ? こうなったら必要でしょうからね……達也にお任せ」
「よっしゃ──!」

 なんだか……隼人は達也の『秘書官教育』を見てみたい衝動に駆られた。
 隼人は正直……リッキーやマイクや達也の様な『秘書官レベル』の教育は受けていない。

(俺ってこのままでいいのかな〜)

 達也が来て、本当毎日が刺激・刺激の連続だった。
 そんな事を考えていると──。

「澤村中佐?」

 葉月が書類に顔を向けたまま、ポツリと呼んできた。

「はい……」
「岸本吾郎はどうなったの?」
「あ……はい。今、滑走路警備隊の隊長に申し入れをしていますが」
「面談には私も付いていきたいけど」
「かしこまりました」
「それから──ハリス少佐が引き抜いてきたメンテ員の転属についての名簿を後で見せて」
「はい」
「それから……」

 次々と葉月が隼人に空部関係の用事を言いつける。

『あなたは他の事は気にしている場合じゃない。今、やるべき事はここにある……』

 彼女がそう言っているような気がした。

「大佐──。大丈夫ですよ……私にお任せ下さい」
「勿論よ」

 葉月が冷たい横顔で、冷淡に締めくくった。
 達也はそんな空軍の二人のやり取りを、ちょっと羨ましそうに覗いているのだ。

(こんなもんか……お互い)

 隼人もそれでスッとしたような?

 とにかく……『うさぎちゃん』はここに来れば、何処かに隠れてしまうらしい。
 夜になったら『コンコン』とドアをノックして隼人の目の前に『にっこり』と出てくるようだ。

 葉月のデスクには……リリィがくれたピンク色のウサギの人形。
 リリィとマーガレットがバースデーにくれたフォトスタンドには、フォスター一家と取ったパーティの写真が飾られていた。
 勿論、職場で飾るので『白正装』に着替えた葉月の写真だが。

 彼女のデスクはちょっとだけ……可愛らしい小物が増えた。

 それがここ最近の『大佐室の変化』
 そして──『新しい風』

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