・・Ocean Bright・・ ◆うさぎのキモチ◆

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1.アイツの誘い

「なぁ、なぁ、なぁ! どうしていきなり来たんだろう!?」

 御園大佐室の小さな給湯室。
 知らせもなく突然、隼人の父親が訪問した為、達也が狼狽えていた。

「ちょっと、達也がそんなに狼狽えてどうするのよ? 男の子達の指揮官なんだから、ちゃんと仕切ってよね!」

 そういう葉月も大佐席でドッシリと構えていたのに、急に給湯室へとやってきたものだから……ちょっとばかり、達也が選んだ男の子二人が、不安そうにしていた。

「あ……二人も一度はお会いしているから、大丈夫でしょ?」

 葉月は繕い笑いで、その場をなんとか和まそうとした。

「テッド……。お父様……じゃなくて、澤村社長は『コーヒー』で大丈夫よ。えっとね……モカはある?」
「あ、はい。大佐……それで入れたら宜しいですか?」
「ええ。器はね……萩焼のカップがあったでしょう? あれで入れて」
「はい!」
「柏木君、フレッシュも多めに出してね。社長はミルク多めが好きだから」
「はい……大佐」
「お茶菓子は? 何を用意したの?」
「コーヒーなので……ケーキを」
「そう。結城さんはフルーツ系、社長はショコラ系……ある?」
「ティラミスでも構いませんか?」
「充分よ。柏木君」

 結局、葉月が仕切り始めて、達也はうろうろ──。

「ちょっと達也! 今の覚えておいてよ!?」

 葉月は落ち着きない達也を一睨み。

「なぁ、なぁ、なぁ! だからさ──気にならないのか? 突然に来た事!」
「うるさいわねー、もう……」

 葉月はうんざりと溜息を落とした。

「俺の勘が、そういっているんだ!」

 達也がセットしている前髪の生え際を指で差した。

「あら、そぉ? どんな事かしらね?」

 葉月はシラっと交わして腕を組み、達也に選ばれた管理官後輩二人の動きを観察。

「それに、来るなり親子で出ていった。トイレにしちゃ長い!」

 そういわれると葉月も気になるではないか?
 ちょっとイライラしてくる。

「あーもう! 達也……ほら! 結城さんのお相手をしてよ!?」

 とりあえず達也に誘導されて、ソファーに座っている晃司の方へと、葉月は達也の背中を押した。
 達也は押されるまま……素直になんとか晃司のお相手に向かっていった。

『初めまして。今月から正式にこちらに転属してきた海野と申します』
『あ、初めまして! 澤村から……話を聞いております。フロリダからだそうですね? 葉月さんの同期生だとか?』
『はい』

 達也が晃司の向かい側に腰をかけて、いつもの愛嬌で話を始めた。
 隼人がある程度、達也の事を話していた様で、紹介もすんなり済んでいたようだった。

(達也の言う通りね?)

 葉月は、なかなか戻ってこない『澤村父子』を待っているのだが──。
 目の前の自動ドアはまだ開く様子もなかった。
 確かに──達也も勘が良い。
 そう思うと、葉月もなんだか気になってきた。

 

☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆

 

 その頃──『澤村父子』は、まだ廊下にいた。

 

 父親の驚いた顔──。

「隼人……結婚とは? 急にどうしたんだ?」
「え? そろそろいいかなと思っただけ」
「──思っただけなのか!? 葉月君は、なんと言っているんだ?」
「まだ、一言も言っていないけど」

 すると和之が呆れた顔をした。

「馬鹿者! お相手の気持ちも確かめないで、父親に先に報告したのか!」

 毎度の『馬鹿者扱い』に、隼人も毎度の如く、すぐにむくれる。

「あのな! だから……親父に先に相談したいことがあるんだよ!」
「お断りだ。葉月君にちゃんとプロポーズをしてOKをもらってから、出直してこい!」
「もう……親父もよく考えてくれよ!?」

 即刻、相談を拒否されて隼人は真っ向から父親に食ってかかった。

「親父ほどの人間が、俺と葉月が『結婚』となったらどうなるか──解るだろ!? 親父に『馬鹿者』と言われないために、俺だってたくさん考えたんだよ! まず何が『起こるか』、『必要か』をな!? それを……親父の方が『先走って』いて、俺に結局、馬鹿者と叫ぶなんて心外だ!」

 息子が、ムキになって怒っているので……和之がちょっと勢いを止めた。
 そして──やっと気が付いたようだった。

「そりゃ、いかん! そうだ……まず、あちらのご両親のご意向がある!」
「──だろ!? そんな事、親父なら通じると思って『相談』と言っているのに!!」
「いや、ほら……。お前が『結婚』なんて初めて口にしたからな? つい──」

 さすがの和之も慌てた事を認めたらしく、らしからぬ頬を染めて黒髪をかいていた。
 そんな父親の慌て振りに、隼人はそっと笑って……やっと心が和んだ。

「つまり、お前は……澤村家を『出たい』と言いたいのか?」

 和之がちょっと恨めしそうに、隼人を見つめる。

「そんな目でみるなよ? 『あちらのご両親のご意向』と気が付いたからには……。俺が出て行くことが反対なら、葉月との結婚も反対と言う事だな?」
「二人の結婚は反対はせん。ただな……お前がね、あちらにご迷惑をかけないかと心配でな」

 和之がさらに……淡泊に息子・隼人を見据える。

「そりゃ……俺だって自信がないよ。だったらなに? 葉月に『澤村葉月』になって欲しいと? そう思うなら、今のうちに親父の意向を教えてくれ」

 隼人はクシャクシャと黒髪をかいて渋い顔。

「それもどうかな? 葉月君にとって、この軍内で『御園』の名を変えるというのは」
「名なんて、たいした事ないと俺は思うけど? やっぱりね……御園となるとね……。だから……親父と相談したいと言っているんだよ」
「だが──葉月君の気持ちもどうだろうか? 澤村でも良いと、あの子なら言いそうだが?」
「さてね? 正直、『結婚』となると……アイツも初めてだろうからね」
「……解った」

 和之も隼人が『ずっと考えていた事』の重要さと複雑さを理解したのか、やっといつもの頼もしい落ちついた顔で、了解した。

「だったら……今夜、一緒に食事ができるか? 隼人」
「そうだな。晃司には悪いけど、親父が来たなら早めに色々と話したい。晃司なら解ってくれるさ。どうせ、一緒に帰るのだから」
「そうだな」

 和之がフッと溜息をついた。

「葉月君は……その後、様子はどうかな?」
「どうって? 変わらないけど……」

 いや、人の目には変わっていないが……隼人の目だけという範囲で、たくさんの変化はあった。
 だが……そこは父親に説明する事でもないと隼人は語尾を濁しただけ。
 しかし、父親の眼差しはちょっと神妙だった。

「私もあの後、色々と考えたよ。今までの葉月君をね。お前、持て余して困っていたりとか、人の目には見えない彼女の苦悩なんかもあるのじゃないか?」
「!」

 隼人は『さすが親父』と……また、心が崩れそうになった。
 やはり──ある程度は、隼人の心も弱っていて疲れていたのだと、自覚した。

「そりゃね……あるぜ。でも、それ以上に彼女といたい」
「まぁ……結婚と考え出したのなら、そうなのだろうな? それは安心した」
「そこもゆっくり休暇中に話すつもりだった」

 隼人はフッと微笑んで俯いた。

「そうか……。美沙も連休の後、気にしていた。お前……葉月君がうちで失神した時の手当で、美沙に肩の傷を見せたそうだな?」
「え? ああ。美沙さんなら、察してくれるだろうし。同じ女性だから今後のためにも。親父から上手く説明してくれるだろうと思って……」
「そうか。ある程度、御園の家の事情については説明はした。それで……お前のことも元より、同じ女性として葉月君の事も心配していてな?」
「すっかり姉さんって訳か。美沙さんらしいな……。葉月もそのつもりみたいだし、助かるよ」
「──なんというか。葉月君も色々と遠回りを沢山しただろうと、美沙とね」
「……ああ」

 そこで父子は、黙り込んだ。

「さて……親父、トイレはいいのかよ?」

 早々に戻らないと、葉月も達也も勘良いので気が付くと思って、隼人は冗談交じりに戻ることを促す。
 すると、和之が顔をしかめる。

「あんなの冗談だ。それより……葉月君の同期生が同じ側近になったと晃司君から聞いて。それも気になってな? なかなかの青年ではないか? お前、大丈夫なのか?」
「え? 大丈夫とは?」
「なんだか男前ではないか!? しかも、フロリダから来た元将軍秘書官だと? 本当に立派な青年で、葉月君との仲も良いみたいだし。私は一目見て思ったぞ? お前、しっかりせんと、葉月君を取られるゾ?」

 拳を握って、息子を煽る父親に隼人は唖然とした。
 結局、自分の父親も葉月を手元に置いておきたいのだ……と。

「あーはは! それで達也が『元・恋人だ』と言ったら、親父どうする?」
「な、なんだと!? それは本当なのか? 二人並んだら、美男美女でお似合いではないか? お前なぞ、ひとたまりもないぞ!?」
「あのな、自分の息子をそんな風にけなすか?」

 確かに達也ほど、隼人は色男ではないが、さすがにムッとした。
 だけど、隼人はそっと穏やかに微笑む。

「親父もその内に解るよ。達也が……海野という男がどうしてここにいるのか。どういう男かとね……」
「そっか? お前がそういうなら……」

──と、和之はちょっと呆れた顔。

 でも、隼人には解る。
 確かに『危うい気持ち』を達也は持っているだろう──。
 それを承知で、小笠原に誘い込んだのは隼人なのだ。
 そして……今は一番の『男相棒』だった。
 留守が出来るのも、今は、達也がいるからに他ならない──。

 

☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆

 

 そうして隼人と和之が大佐室に戻ると──。
 応接ソファーでは、晃司と達也と葉月が楽しそうに会話をして、笑い声が響いていた。

「あ……お帰りなさいませ」

 すぐさま席を立ったのは達也だった。
 達也は、一緒に動こうと立ち上がろうとした葉月を制して、そっと和之の前に──。

「ご挨拶遅れまして……。先月、辞令を受けましてフロリダから参りました、海野と申します。澤村中佐には前の岬任務で大変お世話になりました」

 いつもはやんちゃ坊主のようにおちゃらけている達也でも、こう言う時の品格は天下一品。
 スッとした気品でのお辞儀に、さすがの和之もちょっと怖じ気づいたようだった。

「彼が大佐嬢をスナイパーで救ったんだ」

 隼人が補足すると、和之はさらに驚いた顔に──。

「いやー、息子からも聞かされております。あなたでしたか! 遠距離からの射撃を成功させたという名手と一緒だったと聞いています」

 和之が握手の手を差し伸べると、達也も凛々しい笑顔で品良く握り返した。

「とんでもありません。結局は……彼女に負傷させたのはこの私です。今でも──どうして彼女を撃つはめになったのかと、その悔しさは消えません」

 達也が笑顔を消して……フッと口元を曲げて俯いた。
 その顔は、本当に無念そうな顔だった。
 その達也の顔を和之がジッと見上げている。

「海野──。その話は、おやめなさい」

 葉月がスッと立ち上がって、何喰わぬ顔でキッチンへ。

「……だそうです。ああいう女性なので助かりますねぇ?」

 達也の苦笑いに、シラっとキッチンへ向かった葉月の背を和之は眺めて、こちらも苦笑い。

「さぁ──どうぞ? お父様」

 達也のニッコリのエスコートに和之も安心したのか、そのまま晃司の横に腰をかけた。
 そして達也はそのままキッチンへ向かった。

『俺がやる。お前はお父さんのお相手を』
『頼んだわよ』

 すれ違い様の同期生二人のやり取り。
 目も合わせずに息のあった短い言葉の交わし合い。
 それを和之が肩越しに眺め、向かい側で大佐が腰をかけるのを、起立にて待ちかまえている、側近姿の息子を見上げた。
 和之は、なんだかまた溜息をついていた。

(仕様がないだろう〜? 元より、ああいう二人なんだから)

 隼人はツンと、その視線を逸らした。

「お待たせいたしました」

 葉月がニコリとソファーに腰をかけて、和之に微笑みかける。
 その横に隼人がスッと座り込むと、和之が真顔でジッと葉月に見入っていた。

「……? あの、どうかされましたか? お父様」
「……暫く会わない間にも、なんだか葉月君は、一段と綺麗になったね?」

 そこもちょっと和之は、社交辞令的でなく、ちょっとした驚きを葉月の中に見つけた顔だった。
 葉月はすかさず、そっと頬を染めたようだが、いつものように笑い飛ばす。

「まぁ──軍人の私にお世辞は必要ありませんわよ?」
「いやいや、本当だよ? お世辞など言ったことは一度もないよ?」
「いえ、その──」

 和之がそんな軽いお決まりの冗談を転がさない事を知っている葉月が、逆に『失礼を言った』と気にしたのか、言葉を濁してはにかんだ。

「俺もそう思ったよ、葉月さん! 髪が伸びて、また雰囲気が変わったよね」

 晃司も、いつもの気さくさで葉月を幼なじみの恋人として接するかの言葉に、葉月がさらに俯いた。
 でも、和之もそんな葉月をみて、軽く笑い声を立てるだけ。
 でも、隼人は思った。

(この親父め……目ざといなっ!)

 日本に帰国してから、初めて知った父親の『男性としての感性』。
 隼人はそれにもう、気が付いていた。
 葉月に女性として変化があった事。
 隼人が『結婚』と切り出したからどうだかは解らないが、父親の目から見ても、葉月が『女性的』に変化していることはかぎ取れたようだった。
 そして──。

「!」

 目の前の息子・隼人に、軽く目配せをするのだ。
 なんだか……隼人まで頬が熱くなりそうだった。
 『色男も目じゃない。安心するほど上手く行っているのだな──』
 父親がそう言っているようで、隼人は小さく咳払い、詰め襟を緩める。

「失礼いたします」

 テッドが日本語でコーヒーを持ってきた。

「おや? また日本語がお上手な青年がいるのだね?」

 和之は以前、ジョイが接待してくれた事を思い出したかのように、テッドを見てニコリと微笑んだ。

「うちの『ポープ』ですのよ? 彼はとても熱心で日本語も勉強中です。今回、元秘書官の海野が参りましたので、教育を任せているのですが、本日は選りすぐりの二人に任せてみましたのよ」

 葉月がテッドを、誉めて紹介したので……隼人はちょっと驚き。
 今まで『下の子』といえば、ジョイや山中に任せて、中隊管理に走っていた葉月。

(意外と見ているんだな)

 興味を持つ余裕がないと思っていた隼人だが……葉月はちゃんと見ているのだと改めて感心をしたし──。
 それ以上に、こうして彼等が自信を持てるように、こう言うときに誉める事も、今までは見たことがなかったから──。

「いえ……毎朝、中佐に叱られてばかりです」

 テッドはそんな葉月の持ち上げに、逆に驚いて固くなってしまった様だが、落ちついた仕草で、きちんと和之と晃司にコーヒーを差し出した。
 キッチンの前で監視している達也も、満足そうに頷いているので、隼人と葉月はちょっとだけ目を合わせて微笑みあった。

 テッドと同期生にあたる柏木も、きちんとケーキ皿を、お揃いの萩焼皿に並べて差しだし、無事終了。
 達也がホッと胸をなで下ろしていた。

「ふむ。ここの雰囲気も変わってきたようだね」

 和之が満足そうにして、コーヒーカップを手にした。

「いえ。相変わらず──雑然としていて申し訳ないですわ」
「いいや──。春に君が大佐昇進をした時以上に、なんだか活気づいているよ。その雰囲気は……老いぼれの私にも伝わるよ」

 和之が真顔でコーヒーをすすりながら、葉月を見つめる。
 その目は……初めて対面した時に和之が本気で『社長』として述べるときの瞳。

「……」

 葉月はちょっと畏れをなしたかのように黙り込んだが──。

「社長様にそういって頂くと、ホッといたしますし、光栄ですわ」

 葉月が嬉しそうに微笑んだ。

「しかし──全てが補佐や彼等部下達の一人一人の力で成されているだけの事ですわ」

 いつもの葉月の控えめな『大佐嬢』としての締めくくりに、和之も満足そうだった。

 

☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆

 

 お茶のひとときを終えて、和之自ら動き始めた。

「ジョイ君、先日、横須賀から発送した荷物は何処にあるのかな?」
「はい! ご用意してありますよ!」

 和之に呼ばれて、ジョイが嬉しそうに大佐室に入ってきた。

「達也君、お待たせしたね。皆と同じモデルに付け替えるよ」

 そう──明日のメンテナンスの前に達也のデスクに新型の端末を、和之自ら付け替えると言い出したのだ。
和之はジャケットもベストも脱いで、白いワイシャツの袖もまくって大張り切り。

「やったぁ……俺もついに液晶画面!」
「処理速度もアップするよ。ちゃんとラン接続もセッティングするからね」
「すごいっすね! 実は、私の別れた嫁さんは工学科の人間だったのですけど。お父さんの会社の事を知っていて……一緒に仕事をさせていただいた澤村中佐のお父さんと知って、とっても驚いていたのですが……いやー、さすがですね!」
「え? 別れた嫁さん?」

 達也が、なんの臆することもなくおおっぴらに語ったので、和之が面食らっていた。
 葉月と隼人はそれをみて、一緒に苦笑い。

「はい。私はバツイチです! 実は……なんちゃって……。あ……ご存じですか? 例の『システム共同開発』の件」
「あ、ああ……マクティアン大佐からのお話の事だね? なんでもフロリダの工学科の大尉が持ち込んだ計画だとか? その事もあって……大佐にもお会いしようかと、今回」

 和之は、ざっくばらんに愛嬌良く話す達也に、やや困惑気味のよう?

「実は──その工学科の大尉が私の別れた女房です。今後、ご迷惑をかけるかもしれませんが、彼女は仕事には情熱的ですから、宜しくお願いします」
「なんと!? その大尉が君の……奥さん? いや、その別れた? 奥さん!?」
「はい!」
「いやはや……」

 和之がポケットから白いハンカチを出して、汗を拭う始末。

「アハハ。あの親父がやられているな。さすが、達也」

 葉月の横で、眺めていた隼人が面白そうにクスクスと笑いを堪えていた。

「まったく──。達也ったら本当に……」

 天真爛漫に終わったばかりの過去をあっけらかんと話して、その上、別れた妻のことを『宜しく』という達也の明るさに、葉月が額を押さえて唸っていた。
 だが、二人が最後に言うのは決まっている。
 『達也らしいね』と……笑ってしまったのだ。

「助けてあげるかな? さすがの親父も達也のペースには負けたか」

 隼人が笑いながら、達也のデスクに向かった。

『親父、旧型を俺が外すよ』
『おお、頼むぞ』

 隼人と和之が工具を分け合って、作業をする姿。
 葉月はちょっと嬉しくなって暫く、眺めていた──。

 ジョイと隼人が旧型を外し、和之と晃司が床で、箱から出したPCの準備を始める。
 旧型を外し終わって、葉月は一言。

「ジョイ、そろそろ晃司さんと明日の話し合いをしてくれる?」
「あ、ああ……そうだね? 結城さん、僕のデスクに来ていただけますか?」
「ああ、そうですね。フランク中佐」

 メンテナンスの事で、二人は連絡を取り合っていた様で、既に仕事関係の雰囲気が出来上がっている様子。
 二人で、明日の手順を話し合いながら、大佐室を出ていった。

『親父ー。この配線だけどさ』
『どれどれ?』

 父子が揃って作業をするようになったが、どこかしら息があっているようで、葉月も眺めていて、とても微笑ましい限りでホッとする。
 昨年なら、考えられない姿だった──。

「俺、ちんぷんかんぷん」

 弾き出された達也が、眺めている葉月の横に来た。

「そりゃ、私もよ」
「銃器ならね」
「戦闘機ならね」

 二人で揃って呟いたので、驚いて顔を見合わせた。

「日毎、昔の感覚が蘇ってきたぜ」

 達也が嬉しそうに葉月の肩に、拳をちょんと突きつけてキッチンへと向かっていった。

「片づけは、後でいいぞ──。メンテナンスのミーティングがあるんだろう? 行って来いよ」

 達也は、キッチンで片づけをしようとしていたテッドと柏木にそう告げて、外に送り出した。
 そこへ内線が入って、達也が慌てて取りに行く。
 隼人の席の内線だった。

「お疲れ様です。四中隊大佐室、海野です。 あ……」

 達也が優雅に電話口に出たのだが?
 達也の顔がちょっとふてくされたので、葉月は首を傾げて……隼人は手元を休めて、様子を伺っていた。

「おりますよ? お待ち下さいませ?」

 なんだかつっけんどんな英語で答え、受話器を保留に置き、隼人に一言。

「キザ男」
「あ、そう……」

(キザ男?)

 葉月は眉をひそめた。
 達也と隼人の間だけで通じる『キザ男って誰?』と……。
 隼人がドライバーを置いて、自分の席へと内線を取りに行った。

「ああ、ロベルト? 何かあった? ああ、うん、うん……解った。後でもう一度、連絡を入れるよ──。ああ、なんだかうちの親父まで来ちゃってさぁ。アハハ! うん、今度、紹介するよ。じゃぁ──」

(なんで、ロニーがキザ男なわけ??)

 葉月は理解が出来なくて、益々、眉をひそめた。

「なんだ? メンテの同僚か?」
「ああ──ほら、一緒にチームを組むのに協力してくれているキャプテン」
「ほぅ? お前もいよいよだな──楽しみだ」
「楽しみになんかしなくていいよ……」

 父子がまた元の共同作業に没頭を始めた。

 達也がふてくされて葉月の横に戻ってくる。

「げ。アイツと何年か振りに喋ってしまった」

 昔、達也が気にしていた『大人の先輩』

「……」

 付き合っていたと知ったら……『怒るだろうな』と葉月は知らん顔。

「ったく、なんで? 兄さんはあのキザ男と仕事をしているんだろうなぁ? それが理解できないな!」
「……」

 その訳を話すには、やっぱり……いつかは隼人の口からでも『ばれる』と葉月は思ったが、やっぱり知らん顔。

「なんで、お前は黙っているんだよ? いつもなら、良くしてくれる先輩をかばうはずなのに」
「え? 別に」

 葉月は『ドッキリ』……でも、いつもの平淡顔でやり過ごす。

「ふーん」

 達也の探る眼差しに、葉月は内心ヒヤヒヤ。

(いつかはばれるわ)

 そう思ったが、ここは知らぬ顔を通したのだ。

 

 暫くして、達也の席に新しいPCが付け終わった! 後は設定の段階に。

「親父、悪いな。俺、さっきのキャプテンと会うことになったから」
「おお、行ってこい。後は私がやる」

 和之が達也のデスクに座って、マウスを握った。
 隼人は、またバインダーを抱えて『行ってくる』と、足早に大佐室を出ていった。

「ふぇー。ああいう年頃のおじさんが、ああしてこなしていると格好良いなぁ」

 袖をまくった白髪混じりの紳士が、堂々と設定作業をこなしている姿に、達也が目を見張った。
 勿論──葉月もだった。

「やっぱりお父様、素敵──」

 本気で言った言葉だったが、横で達也がちょっとおののいていた。

「お前にそういわせるなんてなぁ? っていうか、お前とお父さん、いい雰囲気だよな」
「でしょ♪ 素敵なお父様なの」
「あらあら。これじゃぁ、『隼人サン』もひとたまりもなさそうだわね」

 達也が時々つかう『女性言葉』で、ちょっと呆れた顔。
 でも──。

「だけど……良かったじゃないか? 恋人の家族に気に入られるなら安心だもんな」

 そこは祝福の笑顔だったので、葉月は思わず、照れ隠しでそっぽを向く。
 達也のクスクス声が聞こえた。

「お茶……差し上げるわ」

 葉月は和之に日本茶を入れようとキッチンへを向かう。

「良い嫁さんだなぁ」

 達也のニヤリとしたからかいに、さすがに葉月はポッと反応。

「なに言っているのよ」

 ツンとして交わしたが、達也はニヤニヤと楽しそうなだけだった。

 

☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆.。.:*・ ☆

 

 葉月がお茶を入れていると、メンテナンスのミーティングが終わったのか、テッドが一人で片づけにやってきた。

「あ、大佐──。申し訳ありません。柏木もすぐに来ますから、やります!」

 日本茶のお湯を沸かしているついでに、葉月は洗い物をしていたのだ。

「もう、いいわ。私だってこれぐらいは出来るし、ついでだから」
「いいえ、いけません。海野中佐にきつく言われています。たとえ大佐がやると言っても、そこは下の仕事だと──」

 テッドの生真面目さに……葉月はちょっと顔をしかめる。

「あのね、テッド。そこまでラインをきっちり引かなくても良いと思うわよ」
「それぐらい私だって解りますよ……ですけど!」

 彼とこうして話すのは、葉月は滅多にない。
 だけど……彼の事を今まで『男の子』と思って従えていたのだが、こうしてみると、彼も大人の男だった。
 その顔で……『確固たる一人の職務男性』として彼が葉月に食い下がる。

 葉月はちょっとドキリとした。
 隼人や達也やジョイ、そして山中や小池などから感じるものと、同じ物を初めて感じたのだ。

「解ったわ。でもね、お茶は私に入れさせて」
「どうぞ? 側近の御父様でしょう? 大佐がされたい事。そのお邪魔は致しません」

 テッドがそこはちょっと冷たく言い放ったように葉月には聞こえた。
 つまり──『恋人の父親だから』。
 テッドがあからさまに突きつけない気遣いにて、それでいてその事をほのめかしたかのように。

 そこで二人は無言でキッチンに立っていた。
 達也が和之の作業を物珍しそうに覗いていたが、こちらを気にしているのが解る。
 だが──そこも達也は何かを試すかのように寄ってこない。

(私が下の男の子と接する所を、見ているってわけ?)

 葉月はムスッとして腕を組み……やかんのお湯が沸くのを待った。
 テッドは無言で、萩焼のカップを洗っている。
 ややもしてお湯が沸いたので、早く冷ますために葉月はボウルにお湯をうつした。

 その時だった。

「大佐──フレグランスを変えられたのですか?」

 テッドが淡泊な表情で、淡々と尋ねてきた。

「え? そうね」

 今日は『そんな気分』で、隼人が誕生日パーティの時に贈ってくれた『ティファニー』を付けていた。
 『たまにはいいねぇ? ドレスアップ用だけどさ』
 隼人が今朝……そう言って喜んでいた笑顔をそっと思い起こす。

「それも中佐のプレゼントですか?」

 テッドがそこまで尋ねてきたので、葉月は戸惑った。

「……だったら?」
「いいえ? 澤村中佐のイメージなのかなと気になっただけですよ。私は、カボティーヌの方がお似合いだと思っていますけどね?」
「!」

 愛用品の銘柄を当てられて、葉月はドキリとした。

「へぇ、テッドたら……あなどれないわね!」

 葉月が怯むことなく、なんなく切り返すと、逆にテッドの方が頬を染めた。

「い、いえ……以前に手に取った事がある香りだったので」
「ふぅん? 恋人?」
「ち、違いますよ!」

 いつもは葉月のような人種である平淡な様子の彼がムキになった。

「私のようにじゃじゃ馬のお転婆だったわけ?」
「だから、違いますよ!」

 葉月の追求に、テッドが無口になった。
 葉月はしてやったりと思ったのだが……。

「おい、柏木は?」

 そこへ何故か達也が、真顔で割って入ってきた。

「今、呼んできます」

 テッドは逃げるように、手元の作業も半ばに放ってキッチンを出ていった。

「なるほどね──」

 達也が腕を組んで、キッチンの冷蔵庫に背をもたれ、葉月を見下ろしていた。

「なにが?」

 葉月は温度計を手にして、お湯が80℃に下がるのを待つ。

「別に?」

 達也は何かを含むような答え方。

そして──。

「今夜は、兄さんとお父さんは一緒に食事だってな。お前は行かないの?」

 達也は真顔のまま、葉月に尋ねてきた。

「ええ。親子水入らずでどうかしら? と。どうも今夜はそうしたいみたい」

 いつもの調子で『親子水入らず』を葉月が勧めると、隼人が『有り難う』と答えただけ。
 別に葉月だって本心で勧めたのだが、『よければお前もおいで』との、いつもの一言が付いてこなかったのは気になった。
 達也が言うところの『何故、突然──お父さんが来たのだ』が、引っかかっていた。

 和之がやってきて、葉月が一番困った事といえば──。
 隼人が『疲れている事』だった。
 紛れもなく自分が原因である。
 葉月の事は良くしてくれる彼の父親だが、良くしてくれるからこそ心苦しい。
 和之の大切な息子を、こんなふうに疲れさせる自分を、和之に詫びたいぐらいだから。
 その事で?
 隼人も父親にだけ、こぼしたいこともあるかもしれないから──。
 それがちょっと気になっているだけ。
 でも、それが今、隼人がしたいことなら首はつっこめないから、今夜は葉月はお留守番の心積もり。

すると──。

「たまには……俺と食事とかどうだよ?」

 達也が、ちょっととぼけたような? 誤魔化すような? 照れを隠すような? そんな自信がなさそうな呟きで葉月を誘ったのだ。

「なに? 急に──」
「色々な。仕事の事、仕事中に話せない仕事の事とか、俺が今、解らないこととか色々。実際、お前とだけにしか話せない話とか、言えない話とかもあるからさ──」

 達也は、また──何かを誤魔化すかのように、クシャクシャと黒髪をかいた。

「……でも」
「解っている。ちゃんと兄さんの許可、もらってこいよ。もらえたら付き合ってくれ」
「……」

 そこまで言われると、葉月も即座に拒否は出来なかった。

「それだけ──。じゃぁな、後で」

 すると、達也までそそくさと逃げるようにキッチンを出ていってしまったのだ。

 恋人がいない夜の食事を、他の男性と?
 でも話は『仕事』。
 葉月はちょっと戸惑って……去っていった達也の背中を眺めるだけだった。

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