・・Ocean Bright・・ ◆蜂親分の苦悩◆

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2.澤村チーム

「笹木です」
「峰原です」
「村上です」
「三宅です」
「篠山です」

 その日、管制塔の空軍ミーティング室で澤村メンテチームのメンバーが、やっと勢揃いをしていた。
 今、佐藤大佐が引き抜いてくれた後からやって来た日本人メンテ員五名の自己紹介中だった。
 皆、隼人より若いところ……佐藤が言うには『これからという感じの隊員』がほとんど。
 もっと言うと葉月と同世代が多い。

 

「では、今度はフロリダ出身の紹介と行こうかな? 先ず……」

 一番前の教壇机に立っていた隼人は、隣に控えているデイビットに視線を向けた。
 控えめな彼がちょっと怖じ気づいたように一歩前に出る。

「デイビット=ファーマーです。宜しく」

 にこやかに金髪のデイビットが日本らしくお辞儀にて挨拶をする。

「これは俺の独断であったけど、彼にはサブキャプテンをお願いしている」

 隼人はキッパリ告げる。

「異議が有れば、今ここで……」

 隼人はそういって、室内に座っている全員を見渡した。

 

「異議なし──」

 隼人の目の前に座っているのは赤毛のエディ=キャンベラ。
 すっかり小笠原に溶け込み始めたエディは、颯爽と一人だけ手を挙げた。

 隼人はちょっと苦笑いで『こら』と言いたくなったが……室内は『シン……』として今のところ異議はないみたいだ。
 ミーティング室の入り口ドア前には、パイプ椅子に座っている佐藤が、事を静かに見守っているだけ──。

「私も異議ありません。この半月、ファーマー大尉の指導は的確で動きやすかったから」

 その次ぎに手を挙げたのは、小笠原第二中隊中隊長『マクガイヤー大佐』の娘、『トリシア』。
 彼女の一言で、さらに皆が『シン……』としたように隼人には思えた。
 先に来ているフロリダメンテ員が、デイビットの後押しをしたためか、日本人側の新入メンテ員も、今はそれほど逆らう気もないようだ。

(なんだか不安だな……)

 隼人はまだ馴染めないように硬い雰囲気の日本人青年達の様子を見守る。

(まぁ……おいおい解ってくるだろう)

 隼人としても、デイビット以外のサブは他の隊員の経歴を見ても他にはいないと思っている。
 それにデイビットは彼等より先輩に当たり、しかも……本部基地のメンテ員をしていたのだから、今のところ異議する気もないだろうと思った。

 それに彼等は佐藤の様子をうかがっている。
 同じ日本人の佐藤が『総監』であり、さらに隼人が日本人キャプテンというのを頼りに、彼等は本島からワンランク上のこの小笠原総合基地への『転属』に、意気盛んにやって来たはずだ。
 その隼人が選び、佐藤が何も言わない。
 それなら……と思っているだろう……。
 隼人はそう思う。

 

 

 そして、先に来ていたフロリダ隊員の自己紹介が始まる。

「エディ=キャンベラです」

「私はトリシア=マクガイヤー。力無い女性ですが頑張ります!」

 トリシアのはつらつとした輝く笑顔が垣間見るたびに、その場が和むようだった。
 隼人としても嬉しい効果だ。
 女性が一人いるという事で、なんとなく彼等の顔つきも和らぐ。

「デイル=ラングです」

 隼人が最後に引き抜いたマリアお勧めの新入フロリダ隊員の青年。

 

 そしてロベルトが引き抜いてきたフランス隊員の自己紹介。

「ヨハン=シニエです」

 隼人と葉月が昨年、フランスで供に受け持った研修生。
 最後の滑走路デビューでキャプテン役を務めた金髪の青年だ。

「ジャック=アルマン」
「ラサール=シャトレ」
「ピエール=モリス」

 こちらも隼人が一度か二度以上触れた顔見知りの後輩に教え子、ジャンの後輩も含まれている。
 なので……こちらは隼人的には問題なし。
 親しみやすい所だ。

 すると、パイプ椅子に恰幅良い体をゆったりと委ねていた佐藤が立ち上がる。

「これで14名揃ったね──」

 佐藤は隼人の第一印象通りに、始終穏和な上官で細川とは大違いだった。
 そして彼がゆったりと隼人が立っている教壇へとやって来た。
 佐藤がやって来て、隼人は自然と場を譲って、デイビットの隣に退いた。

「さて、諸君。まだまとまりについては、澤村キャプテンを始めとして不安もある事だろう。だが──存じていると思うが、君達には小笠原式典の航空ショーをサポートする事が 『出発』という非常にプレッシャーがかかる難題が最初から立ちはだかっている。先ずは、この山場を越えるために、個々それぞれの思いもあるだろうが 譲り合って成功に導いて欲しいと思う。私も、心よりそれを願っているよ」

 恰幅良い佐藤大佐が教壇に立つと、いつもの穏やかさもどこへやら?
 途端に威厳を醸し出したので、隼人も彼に対しての畏怖を改めた。

『イエッサー!』

 全員が揃って声を発した。
 その揃った声に、隼人は『大丈夫だ』と……鳥肌が立つ感覚を初めて得る。

(いよいよ……彼等と俺のチームが動く!)

 そんな武者震いだ。

「では。澤村君……次を」
「はい」

 佐藤が教壇を退いて、またパイプ椅子に戻った。

「では……担当機について話し合おう。まず、これも独断だが、俺が選んだ担当を発表する。プリントを配るので、それを参考に──」

『デイビット……』
『はい』

 サブキャプテンのデイビットが隼人が作成したプリントをメンバーに配る。

 皆、気になるところだろう……。

 手元に届くと、それぞれ食い入るように眺めて、自分の名前を探し始めた。

『やり!』

 まず、エディが拳を握って満足そうな声をだした。

『え!?』

 そしてトリシアの驚きの声。

『……どういうパイロットなんだろう?』

 まだ見ぬコリンズチームのメンバーを知らぬ者は戸惑っていた。
 そんなざわめきが室内に広がる……。

「異議を聞く前に、先ず、コリンズチームのメンバー特徴を紹介する。それから……担当機に選んだ理由をね……」

 皆が、眼鏡をかけて教壇に立つ隼人に注目をする。

「先ず、キャプテンであるコリンズ中佐。こちらの中佐は大変ベテランであり、先のフランス航空部隊分隊である岬管制基地がテロリストに占拠された際、そのリビアとの空域攻防にて、若手のこのチームを引っ張ったという経歴をお持ちである。非常に豪腕でいらっしゃる威勢の良い男性だ。こちらの機体は、キャプテンである自分とサポートに岩国基地から転属してきた『村上君』。こちら二名で担当をしようと思っている」

 隼人はスッと達也ぐらいの歳である青年に視線を走らせた。

「村上君、君は岩国という国際提携基地で母艦に搭乗していたし、今までのキャリアをかって選んでみたよ」
「あ、有り難うございます。光栄です」

 スッとした目鼻立ちのクールそうな青年だが、いきなりキャプテン機担当を命じられて、やや戸惑い気味のようだった。

「俺がキャプテンというポジションで、君には負担がかかることも有るだろうけど宜しく」
「はい! キャプテンのお役に立てるように精進します」

 隼人が微笑むと、逆に村上の表情は引き締まった。

「そして……サブキャプテン機……。こちらは皆も良く存じていると思うけど? 我が中隊の中隊長、御園大佐──。言わなくても知っているね? 女性パイロット。こちらの彼女は……俺が側近をしている直属の上司に当たるが……」

 そこで隼人はちょっと言葉を濁しそうになったが……

「非常にお転婆で、この方がコリンズ中佐とタッグを組むと……見ているこちらの寿命が縮まる。と、いうような……女性でありながら、飛行技術は定評高いパイロットだ。小笠原メンテ員達には『やんちゃ坊主のようだ』と言われているので要注意」

 隼人の『じゃじゃ馬呼ばわり』に、先ず、佐藤が『ハハ』と笑いをこぼした。
 総監が笑ったので、他のメンバーも噛み殺そうとしていた笑いをこぼし始める。

 その時──。

 その管制塔空軍ミーティング室の上半分が透明なアクリルボードの壁。
 眉間にシワを寄せたおでこと、茶色い瞳がサッと姿を現した。

「なぁ? お嬢さん──。やめようよ」

 彼女の隣には……黒髪の青年。

「聞いた? 今の! ひどいでしょ? うちの中佐は、本当はあんな人なのよ!」

 廊下で腰をかがめて息をひそめていた二人。

「そんな事言って……本当は中佐を頼っているくせに」
「あなた、出会ったばかりだから知らないのよ」
「だって、中佐はお嬢さんの事、よーく解っていると俺には通じたよ」
「岸本君」
「吾郎で結構。それになに? 俺に用があるからと滑走路警備まで連絡してきて『大佐からのお呼び出し』って俺の上司、慌てて送り出してくれたのに。ついてきて見れば……かくれんぼ?」

 そう……ひっそりと廊下でメンテミーティングを覗いているのは、葉月と、岸本吾郎だった。

『皆、勢揃いでミーティングなの。岸本君はまだ正式メンバーじゃないけど、見に行かない?』

 葉月のその誘いで、二人揃ってこっそり管制塔にやって来たのだ。
 すると……隼人が葉月の事をあんな風に言って、皆を笑わせているではないか?
 それで……眉間にシワを寄せて覗いていたのである。

「ちょ、ちょ……お嬢さん!」
「なぁに!」

 吾郎が慌てたように、葉月の制服の袖を引っ張った。
 吾郎が指さしたのは……。

「!」
『お嬢!』

 そんな言葉を透明壁の向こうで発した様な佐藤が、振り返っていたのだ。

『どうしたんだい!?』

 席を立とうとした佐藤に葉月はビックリし、吾郎と一緒に頭を下げた。
 そして、すぐにおでこだけ出し、『シーシー!』と口元に一本指を立て、なんとか佐藤を座らせようとした。

『ハハ』

 佐藤は何か通じたのか、おかしそうに笑いながら腰を落ち着けてくれる。
 彼は何食わぬ顔で、教壇でチームメイトをまとめよう、理解を得ようと、必死に対している隼人へと視線を戻した。

「なんでコソコソするのさ……」

 吾郎も一緒に腰をかがめながら怪訝な顔。

「いいの! あなたも皆の顔を良く覚えてね」
「はいはい……。俺、なんだか大佐の事、ちょっと考え方変わったな」
「あら、光栄ね? おしとやかなお嬢さんだとでも思っていたの?」
「まぁね。でも……こんな子供みたいな事をするなんて……ま、この方が面白いかも」

 吾郎も結局、ニヤリと笑いながら……葉月にならっておでこだけ見学。

 さて──隼人の説明に戻る。

「こちらの機体は……」

 隼人が御園機の担当を発表しようとすると……。

「俺だ! レイには絶対、俺って決まっていたんだ!」

 エディがザッと立ち上がった。

「こら! エディ。そんなに落ち着きないと、お嬢さんと同等と見て任せられないな!」

 隼人がお小言をこぼすと、エディが膨れ面で座り込んだ。
 そして……また、皆が笑い出す。

 当然──廊下で覗いている葉月のこめかみも『ピクリ』と反応。
 だが……それも一瞬で、葉月には隼人がそう言う事で、徐々に、空気が和んできているのが伝わってきた。

 そして──隼人も、そんなムードメーカーになりそうなエディをきつく叱る事も出来なくなった様だ。

 ところが──

「キャプテン!」

 従順で物事はきちんと捉えるトリシアまでが立ち上がった。

「トリッシュ、何か?」
「私まで、御園大佐の担当とありますけど!」

 トリシアは意外だったのか、かなり慌てている様子だった。

「書いてある通りだけど?」
「私みたいな駆け出しの女性メンテ員がサブ機を担当しても宜しいのですか!?」
「……嫌なら希望の所に変えるよ」

 隼人の眼鏡の縁がキラリと光り、さらに視線は冷徹な眼差し。
 今までは、穏和なお兄様のようだった隼人の『確固たる姿』に、初めてトリシアがスッと後ずさった──。

「いえ、嫌ではありません……でも……」

 トリシアが俯く。

「確かにトリシアはまだ技術的にも体力的にも未熟だと、自分で認めているのは良いとしよう? だけどね……。何故、トリッシュを御園機に付けたかというと……。まず、エディが完璧と言っていいほどの技量を持っている事。フロリダ訓練校で、AAプラスの実績を持つ先輩から、これから学ぶ事。そして……御園嬢という女性パイロットから、甲板で有るべき姿を学ぶ事。同じ女性として、君と大佐嬢が組むという事も有意義な事だと思って考えたけど?」

 隼人のその説明に、トリッシュはすっかり呑まれたのか、茫然としている。
 そして……室内がまたざわめいた。

『フロリダでAAプラス!?』

 一番、落ち着きない青年がそのような『技量』を持っている事に、フロリダ以外から来た青年達が驚いたようだった。
 エディはいつもの如く、知らぬ振り。

「このチームで、一番動き回るのは、キャプテンのコリンズ中佐と御園嬢。その機体には、他のメンバー以上の手間がかかるだろうと見込んでエディに任せた。それから……エディ」

 今度、隼人は満足そうで浮かれているエディを、スッと教壇から見下ろす。
 エディは不思議な青年で『やるべき事、ここが大事』という事は絶対に見落とさない。
 葉月がそこも気に入っているは隼人にも良く通じている。
 そして……その澤村キャプテンの眼差しに、エディの顔つきが直ぐに変わった。

「はい、何でしょうか……」

 急に落ちつきある青年になる。

「エディには大変な負担になるだろうけど、トリッシュはフロリダ出身同士で後輩だ。わかるな? 投げ出さずにちゃんと指導してやってくれ。これは整備は既に完璧である、エディの今後の『課題』だと思って……。そして──女性パイロットと女性メンテ員に挟まれることになるけど、これもエディがこれから自分なりに、誰よりも学べることだ、頼んだぞ」
「……」

 隼人の真剣な眼差しに、エディの顔つきが益々凛々しく変わった。

「はい、心得ておりますが、より一層胸に留めておきます」
「よし」

 隼人と先輩エディのやり取りを見て、トリッシュも覚悟を決めたようだ。

「宜しくお願いします、エディ先輩」

 健気で素直なトリッシュの挨拶にもエディはただサッと片手を挙げるだけの素っ気なさだ。

 だが……隼人とエディの間で既に出来ている『信頼』。
 そして……隼人の『思うところ』と『采配』。
 そして……トリッシュの覚悟。

 これは、後から来た青年達の気を引き締めたようで、先程、僅かに和んだ空気が、また……キュッと引き締まり静まり返った。
 隼人は教壇に手を付いて、更に念押しに出る。

「これはエディやトリッシュに限らず、皆にも同じように学んで欲しい。女性が男性と同じ土俵に上がる事。これは誰よりも、御園大佐が一番その点は苦労しているし……。そして、俺も……彼女の側近となり供に仕事をする上で、今までの概念を変えさせてくれる程の『センス』も学ばせてもらった。決して、彼女は『体力ない女性』としての甘えを持ってはいないし『女性だからこういう所は力を抜いても良い』だなんて甘えも持っていない。むしろ──男がもって当たり前の気構えの数倍は、自分が持って当たり前と心得ている。だけど──」

 そこで、隼人の言葉がいったん止まった。


 隼人の熱弁に、佐藤が肩越しに廊下に振り返る。

「……」

 そこで、葉月はジッと彼の熱弁に聞き入っていた。

「素敵な男性なんだろうね? 大佐嬢にとっては……理解ある……」

 悪戯心的に覗きに来た葉月の横で、吾郎はニコリと微笑んでいた。
 でも……葉月の眼差しは一直線に、教壇で『彼女の誇り』を伝えようとする隼人に釘付け。
 言葉も発しなくなっていた。
 既に二人が『恋人同士』と知っている吾郎もそっと微笑むだけ。


「──だけど、やっぱり女性なんだ。それは男として忘れちゃいけない。だが……『彼女達』も同等に、俺達『男』が『当たり前』と持っている力の差を埋めようと、必死に頑張っているんだ。その持っている『当たり前』に俺達も甘えてはいけない。どうしても女性として適わないところは、フォローする。そして、女性も女性なりのセンスで男性を助けてくれるだろう。俺は……このメンテチームは、『誰でも学べるチーム』にしたい。それは初めてキャプテンをする事になった俺も勿論の事、皆、それぞれの足りない物を『見つけられるように』……していきたい」


 隼人の熱弁が終わった。

『パチパチ』

 小さな拍手が響いた。
 それは隼人の横にいたデイビットだった。

「俺もサブキャプテンというポジションは初めてだから……中佐の言葉に賛成」

──『パチパチ』──
 次に手を叩いたのはエディ。

「俺も賛成。整備の事しか頭にない俺に『何か他にある』と感じさせてくれたのは『レイ』……じゃ、なくて『御園大佐』だったから……。俺もそれが何か見つけたい」

 エディがまたいつにない真顔で拍手をしてくれた。

──『パチパチ』──
 次の拍手はトリシア。

「私も……女性パイロットの御園大佐がいるだけで来た訳じゃないわ。私を推薦してくれたフロリダの女性大尉が『サワムラ中佐なら女性がいても他のチーム同様に立派なチームを作れる男性だ』と言ってくれた意味も、ここに来て痛感しているし。中佐が言ってくれた通り、大佐同様、男性には負けないように努力してみるの!」

──『パチパチ』──
 あちこちから拍手が沸き上がってきた!

「俺も! 俺は中佐直々の教え子であって、御園大佐のおかげでトップクラスの奴らより先に、母艦研修が出来るようにしてもらったし! 最後の滑走路デビューは何処よりも早くしてくれて、自信を付けさせてもらったし! 今度はもっと! 前にある事に怖じ気つかずに自分らしく、もっと前へとやっていきたい!」

 フロリダ出身者に負けずに声をあげたのは、隼人と葉月が昨年、滑走路に送りだした教え子──『ヨハン』だった。

「俺も、中佐がフランスにいる時に甲板で何度か世話になった事がある。中佐は、フランスでは控えめなメンテ員だったけど……いつも『自分』を持っていて、そして……周りの隊員にとても慕われていたから……だから、来たんだ!」

 走り出しのヨハンに負けまいと、隼人とジャンの共通の後輩──『ジャック』も立ち上がって拍手をしてくれる。

「あの! 異議あり!」

 そこで立ち上がったのは、黒髪の日本人青年──『三宅』。
 隼人の熱弁が支持される拍手の中、そんな声で勢い良く立ったので、皆が驚いて振り返る。

「なんだろう? 三宅君」

 それでも落ちついている隼人と、皆に注目された事で三宅がちょっとおののいた様子に。
 だが……彼は拳を握って、恥ずかしさを弾き飛ばすように叫んだ。

「私も……この小笠原転属の話が来て、何が一番嬉しかったかというと、今は本島でも噂高い『コリンズチーム』のメンテチームに選ばれたことです。それでさらに楽しみにしていたのは、御園大佐の飛行です!」
「それで?」
「私は最初から御園大佐が女性云々なんて、考えていません。だって、そうでしょう? 彼女はあの岬任務の一番の功労者ですよ? 噂ではフロリダの特攻隊長が、彼女を認めたほどだというではありませんか?」
「ああ。まぁ……そうだね?」

 隼人は何が言いたいのだろうかと眉をひそめた。

「キャプテンの人選に全て否と言うわけではありません。フロリダ校出身の『AAプラス』の先輩に敵対心を持つわけでもありません。だけど!」

 『だけど?』と、皆が三宅の言う先に身を乗り出した。

「私も御園機担当に立候補させてください!」

 『ええ!?』と、皆が驚き、またどよめいた。
 だが……驚いていないのは隼人一人だけ。

「何故? 彼女の担当にこだわる?」

 教壇で腕を組み、落ち着き払っている隼人の静かな問いに皆がサッと静まり返った。
 隼人の目の前では、エディが不服そうだったが『敵じゃない』とくくっているのか、いつものようにムキにはならず、静かにしていた。

「今、澤村中佐は仰いましたね? 今までの概念を変えさせてくれる程の『センス』も学ばせてもらったと! 私もそれを体感したいんです! 『皆が学べる』と仰るなら……ここで、諦めずに思い切って立候補します!」

 三宅の思い切った本心の打ち明けに、また……室内がざわめく。

「それなら……俺も一緒です。澤村中佐のサポートに付きたい!」

 次はフランス側から、隼人の数年前の教え子である『ピエール』が手を挙げた!
 今度は既に位置づけてもらった『村上』が、驚異の顔に──。
 皆がそれぞれ『本音』を洩らし始めた。

「ちゅ、中佐……いいのかい?」

 皆がそれぞれの事を言いだしたので、デイビットが心配そうに、隼人がいる教壇に寄ってくる。

「……」

 隼人は腕を組んで暫くジッとそれを眺めていた。
 そして──。

「ま、そうこなくっちゃなぁ?」

 隼人がニヤリと微笑んだので、デイビットが少し驚いた顔をしたのだが……

「なんだ、狙っていたんだ」

 隼人の余裕に安心したのか、デイビットもほっとしたように笑顔になる


「ちょーっと、すごいことになってきたね!」
「これぐらいでたじろぐ中佐じゃないわよ」

 廊下の外では、この熱気を見守っていた吾郎も巻き込まれたように興奮。
 しかし……葉月はいたって冷静で、教壇の隼人の行く先を見守り続ける。

「本当は、『彼氏』が心配で来たんじゃないの? お嬢さん」
「なによ? 中佐から何を聞いたのよ?」

 葉月がそっと頬を染めると、吾郎がまた横でクスクスと笑っているのだ。

「男同士の内緒かな?」
「あっそ……」

 葉月がそっぽを向くと、吾郎が益々おかしそうに笑いだした。

「俺、やっぱり……」

 吾郎は葉月の横顔を見て、囁いた。

「なに?」
「いや……独り言」

 吾郎の目の前の女性は、大佐でもなく中隊長でもなく……。

(なんだ……俺と同じ年頃の女の子と変わらないじゃないか?)

……だった。

 彼女の目は、初めてキャプテンという大役を担う相棒を見守るパートナーの目。
 そして……女性の眼差しだったのだ。

「わー。だけど……俺、こういうチームにいつか入るんだな!」

 吾郎も葉月の横で、武者震いを起こした。

「気に入った? 中佐のチーム」

 葉月がニッコリと優美に微笑んだので、吾郎はやっぱりそこはあたふたとたじろぐ。
 それは、側にお近づきになれないとなかなか拝めない笑顔だったから。でも──。

「うん……頑張ってくる。絶対に……俺は澤村中佐のサポートのポジションを狙うよ。俺も……今、あの中でそう言えたらいいのにな……」
「そうね……」

 葉月と吾郎は、まだざわつく室内に集中力を戻す。
 佐藤が時々こちらを振り返っては苦笑いをこぼしているのだが、彼はこのざわめきにも落ちついていて、事の流れをただ見守っているだけだ。

「はい! 静かに!」

 隼人が手を一拍叩くと、皆がシンと静まった。

「よし、解った。だったら、担当機希望を後で取ろう。だが……数日後には先ず、第二中隊のメンテと供の訓練にはいるから。俺が見込んだ担当機でこなしてもらう。それで、君達の希望と照らし合わせて『担当機ローテーション』を組もう。コリンズチーム、それぞれの機体を一度は整備する、パイロットに接する。そして……パイロット達の感触を聞いて、最終的に式典前に担当を決めようじゃないか?」

『賛成!』

 皆が揃って声をあげた。

 ただ、一人……エディだけはふてくされていた。

「良いだろう? エディ」

 隼人がそっと微笑むと、エディはフンとそっぽを向く。
 だが……

「結局、どの機体だって同じ機体だし。それにレイは絶対に俺じゃないと駄目なんだ」

 エディが自信たっぷりに言い切ったので、また、室内がシンと静まり返った。

「すっごい自信ですね?」

 トリシアが笑い出す。

「そう……皆、それぞれの『自信』で『我が儘エディ』に負けないように」

 隼人が笑うと、エディが更にむくれた。

「我が儘はないっしょ? ひどいキャプテンだなぁ」

 だが、それほどムキになってこだわらずに、エディはとぼけた声でおちゃらけたのだ。
 皆が一斉に笑い出した。


「さて……話はまとまった様だね」

 佐藤がやっと腰を上げた。
 上げたのだが……彼が向いたのは背中合わせになっていたドアの方だった。

「大佐──。構いません、私が行きます」

 佐藤の動きに何か感じたのか、隼人が教壇を降りた。

「なんだ……解っていたんだ」

 佐藤がニコリと笑って、パイプ椅子に腰を再び落とした。
 隼人はドアに向かって開け、廊下を覗いた。

「こら。覗き見とは趣味悪いな。達也が休暇でいないことを良いことに、抜け出してくるなんて」

 そう……隼人は途中から『二つのおでこ』に気が付いていたのだ。
 だが……隼人が声をかけた途端に……。

「え! いつから気が付いていたのよ!?」

 葉月が慌てて、立ち上がる。
 その上……。

「い、行きましょう! 吾郎君!」

 仲良しになったばかりの吾郎の腕を引っ張って、走り去って行ってしまったのだ。

「こら! ちょっと待てよ! 挨拶ぐらい……」

 すぐ側にある鉄階段へと、葉月が去っていってしまった。
 吾郎は葉月に引っ張られながらも、隼人の方へ振り返って何度も頭を下げていた。

 

「あれ? レイの声がしたのになぁ?」

 それで気になってエディまで廊下を覗きに来たのだ。

「ったく……なにやっているんだよ」

 隼人は腕を組んで、溜息をこぼした。

「君の初ミーティングが心配で来てしまったんだろうね? お嬢らしくないね」

 佐藤がなにやら意味ありげにニヤリと隼人に笑いかけたのだ。

「……まったく本当に」

 隼人はその心配は有り難いと思ったのだが、仕事的には佐藤が言うとおりに『──らしくない』と同感だった。
 今までの彼女なら、隼人を信じ、いや、ある程度は任せきりで知らぬ振りだったのに……。

「彼女……君の熱弁をジッと見つめていたよ。女の子の目で」

 佐藤のニンマリ顔に、隼人はちょっとだけ頬が熱くなった。
 熱弁の途中で、葉月の『おでこ』に気が付いていたのだが……誤魔化さずに思うままに……『彼女の事』を皆に伝えた。
 彼女に届くように、普段言えないことを、ここで思いっきり言ったつもりだったのだ。

 逃げてしまったが、こっそりと隼人を心配してくれていた心遣いは……正直、一個人の男としてはそれとなく嬉しい変化だったような気もしてくる。

「お嬢が逃げたという事は、お嬢も今の話し合いで異議なしって事みたいだね」

 佐藤も異議なしなのか、ニッコリと満面の笑顔で隼人の肩を叩いてくれた。

「総監からも一言、お願いできますか?」

 皆の動きが一つに流れ始めたミーティングの『閉め』を彼にお願いした。

「そうだね……私も言いたいことがあるよ」

 佐藤がまた引き締まった表情で、教壇に向かう。

「さて……キャプテンの言葉を聞いて、私も一言」

 総監の威厳ある声に、皆が一斉に背筋を伸ばす。
 だけど……今度の佐藤大佐の顔は温和な笑顔だった。

「私も『総監一年生』──。澤村君の言葉を借りるなら……私も今から手探りで見つけ学ぶ立場であるのは、君達と一緒だ。エディの様にAAプラスの隊員もいれば、トリッシュのようにまだ駆け出しの隊員もいる。皆、それぞれ、今持っている力を持ち合わせて乗り越えて行こうじゃないか? 私は総監として出来ることを君達に提供する。実は、私も……隠居寸前の窓際族になりかけていたのだけど……」

 佐藤がチラリと隼人を見下ろした。
 そして彼が再び、部下達に輝く笑顔を見せる。

「私も、大佐嬢とそこの澤村君に、再び現場に引っぱり出されたこの『興奮』は、この小笠原に引き寄せられてきた君達とまったく同じだ!」

 佐藤まで急に若々しくなってきたように、頬に艶が出たよう?
 その意気盛んな『オヤジさん』に、メンバー達がワッと拍手をした。

「しかしだ!」

 だが、佐藤が急に大佐の威厳を醸しだし、皆に鋭い眼光を放った!
 拍手の音が一斉に鳴りやむ。

「私はメンテの総監ではあるが、このフライトチーム全体のトップに『総監将軍』がいらっしゃる。コリンズチームをここまで叩き上げてきた方だ。その方はこの小笠原空部隊で一番恐れられているとても厳しい将軍で、メンテ員もパイロットも怒鳴られ叱りとばされる事は日常茶飯事。そこで根を上げることがないように覚悟はしてほしい」

 細川の事は噂には聞いているだろう皆が、改めて緊迫した空気を放ち始める。

「今回は澤村君の抜粋にてのメンバーだが……」

 佐藤は教壇に両手をついて、そこで大きく息を吸った。

「覚悟が出来なかった者はすぐに国に帰ってもらう。代わりはこの総監の私がいくらでも補充するつもりだ。君達を選んでくれた澤村君と御園嬢の期待を裏切らない頑張りを願うばかりだ」
『頼んだぞ!』

 最後の佐藤の響き渡る言威厳ある声──。

『イエッサー!』

 皆が一斉に立ち上がって、敬礼をした。
 隼人もデイビットと一緒に──。

「もうすぐだね。キャプテン」
「ああ、いよいよだ──頼むよ、サブ」
「勿論、キャプテン」

 隼人は敬礼をしながら、新しいメンテパートナーのデイビットと微笑みをかわす。
 その後、佐藤は退室したが、担当機の希望取りで暫く室内は盛り上がった。

『ジッと見つめていたよ。女の子の目で──』

 隼人はジッと自分を見つめていた、おでこの下の彼女の眼差しをフッと思い出す。

 皐月の命日が過ぎても、何も起きなかったが──。
 忙しい中にも……葉月の気持ちが徐々に側に近づいてきている事に……。そっと頬をほころばせていた。

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