1.葉月の勘

 葉桜が潮風に、ザワザワとそよぐ小笠原の早い春。

時は、4月始め。

日本では年度開始という事で、小笠原総合基地は日本的に忙しくなることが多い。

そんな中……

第四中隊の中隊長付き『側近』である澤村少佐は、とにかくイライラしていた。

 

 「なんなのよぉ? うっとうしいわね!」

まだ任務負傷にて怪我をした左肩は釣り包帯のままの『女中隊長』

若きエリートの筆頭、御園葉月中佐は

隼人より立派な木造のデスクにて右手一本でいつもの書類制作。

とにかく、彼女もイライラすることがここ最近多いらしい。

……と、いうのも……

『外勤寄り』の彼女はパイロットであるので毎日外で戦闘機に乗っていたのである。

それがここ半月……負傷にて訓練は当然『休養中』

内勤に精を出すしかないので、一日中デスクに張り付いている。

だから……ジッとしているのが耐えられないのか時々、ストレスが溜まるようだ。

隼人はそうでもない。

内勤もあれば、外勤に、レベルアップの講義にも出かける勤務態勢。

それに隊長の葉月が一日中内勤をしているので

今は内勤はさほど、手に余ったりはしない。

だが……ここ二、三日、隼人はどうにも落ち着かないことがあって

それに……どうにも納得できなくてとにかくため息をついたりしていると

ジッとしていることに耐えている彼女がいよいよになって

『うっとうしい!』とぼやくのだ。

隼人がイライラしている訳……。

 

 「だからさ! なんでそんな事になったのか? と、俺は言いたい訳!」

隼人はここ数日このセリフを何度も吐いていた。

するとやっぱり葉月が中佐席から、面倒くさそうにため息をこぼす。

「いいじゃない? ロイ兄様だって了承したんだもの。

それに隼人さん……結局、任務帰還後、横浜に帰らなかったじゃない?」

「だから! お前が怪我しているから一人置いていけないだろう??

親父も側にいて世話しろ、横浜はそれから帰ってこいって言うんだから!」

「だから。私一人だって留守番できるから、隼人さん一人で帰ったら?って勧めたじゃない?」

「そう言うワケにも行かないだろ!?」

そうなのだ……。

とにかく心配をしている隼人の父親に任務の報告は済ませてあった。

勿論、小笠原帰還後すぐに横浜に電話にて連絡を入れたのだ。

隼人の横浜の父──『澤村和之』は、

息子が無傷で生還したことは大喜びだったのだが……

『葉月君が怪我をした!? 何故? そんな事に!!』

一部始終、隼人が説明をすると……

『この、バカ息子!! お前という男が側にいてどういう始末だ!!』

隼人は受話器を耳から思わず離してしまったくらい怒鳴り飛ばされたのだ。

そして隼人はフランスで過ごした休暇中、彼女の両親と供にしていたことも話した。

『なんだと!? それで? お父さんとお母さんはもうフロリダに帰ったのか?』

『ああ……親父に挨拶したいから横浜に寄るとか言い出したけど

いや……そこまでしなくてもいいって俺と葉月で……

忙しい方達だから、小笠原に娘を届けてその足でフロリダへ……』

『バカモノ!! 私に挨拶ぐらいさせないか!!』

とにかくそうして、怒鳴りっぱなし……。

それを側で見ていた葉月がとうとう……堪りかねたのか、受話器を取り上げた。

『お父様? 私は全然平気、元気ですわよ。彼がうんと優しく世話してくれて……』

そこで何を話しているか隼人には聞こえないのだが……

『ええ!? そんな……構いませんわよ。お父様もお忙しいでしょう??』

(おい? こら? 何を言い出したんだよ??)

葉月が出てくれて、父親の憤りは収まったようだが、葉月が急に狼狽える。

『そうですけど……フランク中将の許可が……

え!? ちょっと……?? お父様??』

「……隼人さん……切れちゃった」

葉月が困惑した表情で……隼人に受話器を向けた。

何を話していたのか? と尋ねると葉月が思わぬ事を言いだしたのだ……。

 

「ええ!! うちの本部の端末を? 澤村精機製品に入れ替えるだって!?」

「この前……出動する前にお父様いらしたでしょ?

その時に……ロイ兄様とそういう話が出来ちゃったみたいなのよ?

それでね? お見舞いに来るからその時入れ替えるって……手配するからすぐ来るって」

「なんでそんな事になったんだよ!」

隼人はそんな事されたら、本部中に『澤村精機の御曹司とばれてしまう!』

と……思って……すぐに横浜にかけ直すと……

『隼人ちゃん?』

継母が……出た。

『お父さんなら、なんだか急な仕事が出来たって。今、忙しそうに出ていったわよ

“隼人ちゃん”……無事だったのね! 良かった……』

『その言い方……いい加減直してくれよ』

それだけ、継母に呟いて構わず、諦めて受話器を置いた。

葉月の事を娘として云々と右往左往したフランスでの休暇だったが

隼人もまだ……どことなく自分自身にも問題有り。と思った瞬間だった。

いや──そんな事は今は、後回しだ!

とにかく……本部の端末機材『総入れ替え』……これを阻止せねば!

「でも。お父様に買ってきたお土産これで渡せるわね!」

葉月は呑気に、和之に買ってきたワインとアスコットタイを出して

もう……再会できる事で嬉しいらしくどうでも良いようだった。

 

 とにかく! それから隼人の『阻止』が始まったのだが……

『社長ですか? ただいま社連会にお出かけですよ』

『社長ですか? ただいま小笠原行きの手配で出かけておりますよ』

会社にかけても家にかけても

『親父? ここの所、夜遅いよ? 兄ちゃんの所に機材を運ぶとかで……』

弟もそういって最近、顔を合わせていないと言う。

そうして和之をなんとか捕まえようと、時間を変えながら

勤務中にも横浜に連絡をしても……

『社長はお出かけです』

『お父さんは、まだ、帰ってきていないわよ?』

会社も実家も同じ様な返事。

その内に……継母の『美沙』が……

『隼人ちゃん……あのね? 彼女の事なんだけど?……』

そんな事を少しばかり探るようになってきたのだ。

『ごめん! 今忙しいから……』

そういって逃げてきた。継母は気の優しいおっとりした女性だから……

隼人の恋人が『犯人とやり合った女中佐隊長』と聞いただけで

きっと……『ものすごい鬼女に振り回されている!』と思っていると感じた。

隼人の事を心配してくれるその心意気は相変わらずありがたいと思いつつも

昔から……すこし度が過ぎるところが本当の息子でない隼人にとっては鬱陶しい。

もっと言えば……一度、『恋した女』

そんな女性に今の恋人のことでとやかく言われると、余計に鬱陶しいのである。

時々、弟の和人(カズト)が電話に出る。

『お母さん、最近様子どう?』

それとなく弟に聞いてみると……

『ん〜……兄ちゃんの彼女の事が気になっているみたいだぜ?

俺は何とも思っていないよ? 母さんにも、考えすぎだって俺言っているよ?

だいたいにして……親父がさぁ……彼女の事、話過ぎなんだよ。

小笠原から帰ってきてから自慢話みたいに……あれじゃ、女は気にするって!』

『ませてんなぁ……和人……』

『俺、もう18歳だよ? 彼女だっているぜ!』

『あっそ……』

『今度! そのお嬢さん中佐さん、うちに来るの?? 連れてきてよぉ〜♪』

『はいはい……勉強しろよ』

弟とはいつもの会話が出来るが……

その弟に継母のことが久振りに気になって尋ねてから

『余計な物思い』まで、心に宿るように……。

それで父親は一向に捕まらない。

そうしている内に……一週間が過ぎ……。

 

 「お疲れ様です〜! フランク中将の承認で届いたお荷物です〜!」

今週始めに、四中隊に配送課から……荷物が届く。

それを入り口で対応したジョイが驚いて中佐室に駆け込んできた!

「お、お、お嬢! なに!? あの荷物!!!」

ジョイの驚きように、葉月と隼人も訝しみながら四中隊本部の廊下に出てみると……

「すべて、こちらで宜しいですか?」

配送課の隊員達が……台車に段ボール箱を沢山積んで並んでいる。

隼人はガックリ……力が抜けた。

段ボールには『澤村精機』の文字……。

葉月も流石に驚いたようだが……

「諦めたら? 隼人さん?」

例の無感情令嬢の落ち着きで、すぐに冷静になり……

本部の若い男の子達を動かして廊下に本部事務所内に邪魔にならないよう

機材が入っているだろう段ボールを積み上げる指示をテキパキとこなし始める。

(親父の奴〜……!!)

「流石、お父様。お仕事の手際、お見事ね! 早いわ♪」

葉月はそう言ってなんら『抵抗』がない様子だが……。

「さて、ここまでロイ兄様とお父様の商談が出来上がっているなら

本部員にもデーター等、機材入れ替えの準備してもらわないとね」

葉月の心積もりは着々と『入れ替え』に進んでいた。

「葉月!……いや、御園中佐!」

「な、なに?」

「俺と親父の会社は関係ない! だから、朝礼、終礼で妙なこと言うなよ!」

「あ。そう言う事ね?」

葉月はそこでニッコリ微笑んでくれたので、息子とは言わないだろうとホッとした。

 

……はずなのに……。

「今週末、本部の端末機材の入れ替えを致します。

データーの移転はシステム科から応援が参ります。データー管理の準備をするように。

今度は液晶画面のディスプレイに……あとはフランク少佐から機材性能の説明を受けて下さい」

荷物が運ばれたその日の終礼で葉月がついに本部員に入れ替えの周知をする。

若い男性隊員達は老朽化していたパソコンやらが新品に変わるとあって大喜びだ。

ジョイもシステム担当として手配に大張り切り!

段ボールの中に入っていたパンフレットに説明書を眺めて、

接続作業の準備にかなりの意気込み。

「それから……週末、こちらの入れ替え作業に

澤村精機様、自ら取り付けメンテナンスにいらっしゃいます。

『澤村精機代表取締役』でいらっしゃる社長様自ら来てくださるそうです。

皆様、失礼のないよう本部員らしく接して下さい」

葉月のそのお知らせまでは隼人も胸をなで下ろして木箱に立つ彼女の横で頷いて……

「いずれは解るかと思いますし、既に知っている本部員もいるかと思いますが

澤村少佐のお父様ですが気になさらないように……」

隼人はそこでウンと頷き……

「ええ!? 何言い出すんだよ!」

葉月に食らいつこうとしたと同時に……

『ええ!!』

本部員のあちらこちらからどよめきが湧いた!

金髪、栗毛の外人青年達までもが数名、会社名を知っているのか驚き、

特に……

「澤村少佐って……! 精機会社のご子息だったんですか!!」

「先日、いらしていたあの素敵なお父様……社長様だったんですか!!」

日本人の事務系女性達が揃って、隼人に叫んだのだ。

そして河上大尉こと、洋子姉さんまでもが

「隼人君ってそういうお家柄だったの!?」

と──女性陣に詰め寄られて隼人はタジタジとおののくばかり。

「静かに!」

葉月の一声で、本部員全員が一斉に静かになった。

ここの所、葉月の統率力はさらに磨きがかかってきている。

それも……やはり、『任務成功の鍵は御園中佐の単独潜入、犯人と渡り合った』

という功績がアッという間に小笠原基地内に流れて……

葉月の『じゃじゃ馬台風』が、『恐るべき御園の女』に変わってきているのだ。

たとえ、若かろうが女性だろうが

髪を切り、左肩にスナイパーライフルの的を自ら引き受けたという『名誉負傷』にて

男性隊員までもが葉月に畏れを抱き始めたのだ。

だから……本部員達もその基地中の空気を徐々に感じているのか

葉月の一言は以前以上に『重さ』を感じて来ているようなのだ。

とにかく──

そうして本部がざわめく中終礼は終わり、葉月と隼人は残務にて中佐室に戻る。

当然、隼人は葉月に抗議をしたのだが

「私、言わないなんて約束していないわよ。それにいずればれる事じゃないの?」

『いい機会よ』といってシラっとしているのだ。

じゃじゃ馬の『魂胆』にすっかり一本取られて、隼人はもう叱る気力もなし。

これはそれで諦めた。

 

 じゃぁ……今度は、どう手を打とうかと隼人は頭を痛めながら考える数日。

唸っていると葉月が

『うっとうしい。諦めろ』と言い続けるのだ。

それで隼人は『どうしてこの様な事になったのか!?』と言う会話の繰り返しなのだ。

葉月までもが父親の味方に付いているような気がして隼人は余計にイライラする。

とうとう……思い余って……ロイに『いきさつ』だけでも説明してもらおうと

畏れ多いが連隊長室に葉月がいない間に内線を入れてみる。

かけてみると連隊長付き秘書室の女性が内線に出た。

『フランク連隊長は只今、フロリダに出張中です』

「ホプキンス中佐もですか?」

『はい。当然……主席側近ですから付き添いでフロリダに』

「そうですか……」

八方塞がりに追い込まれて隼人はまたガックリ力を落とす。

そうして……週末が近づいてくる。

それでまたあの適わない営業親父がくるのかと『イライラ』しているのである。

とにかく、隼人はそうしてイライラしているのだが……

葉月は和之が来ることに関しては冷静そのもの。

それどころか……

「お父様……早く来ないかな? お土産、喜んで下さるかしら?」

可愛い笑顔を浮かべて、隼人の父親を待ちかまえている。

髪が短くなって少々少年っぽくなっても、そうして愛らしく微笑んでくれると

隼人も何も言えなくなる。

それも隼人の父親を嬉そうに娘のように

待ちかまえているのだから余計に何も言えなくなる。

「ところで、なんで任務から帰ってきたらスカートやめたの?」

葉月は髪が短くなった事を気にしているのか、していないのか解らないが

急にタイトスカートをやめて『スラックス』を穿くようになったのだ。

まるで『少年隊長』でも側にいるような身なりだ。

隼人としては、男としてその変化もまた『がっかり』

「いいじゃない?」

その葉月の真相もまた曇りガラスの向こう。

また訳の解らない恋人の『謎解き』が始まりそうなのだ。

 「ふーん。ロイ兄様、フロリダに出張なのね……」

隼人が父親の勢いに四苦八苦、抵抗していても葉月は益々落ち着く毎日。

マルセイユで二人一緒に過ごした休暇も功を奏しているのか解らないが

妙にしっとり落ち着き始めていた。

私生活は……後で語るとして

部隊では『内勤一本、デスクに居座っている』姿のせいか

本当にどっしりと立派な木造の机、立派な背もたれ付の皮椅子に納まっていた。

スラックスを穿いて、短い髪。

少年の様な凛々しい顔つきで書類に向かっているとまるで本当に『青年幹部将校』

隼人も妙な緊張感を与えられるようになっていた。

最後にロイにすがろうかと内線をかけたことは、葉月にも既に話した。

ロイが『出張』と言うのは……おそらく『任務後の後片づけの為』と思ったからだ。

だから、葉月にも側近として一応報告しておく。

そのロイなのだが……

 

 話はマルセイユで帰還後、葉月が短期入院をしていた頃に戻る。

葉月は……

『葉月、フランク中将がお見舞いに来たよ』

マルセイユで任務が終わって二日目。

達也を見送った後……ロイがフランスでの会議を終えて

約束通り、HCUにやってきたのだ。

なのに……

『いや。気分が悪いから……今は会えない』

そういってワザとか知らないがベッドに横になってしまったのだ。

『どうして?』

『…………』

葉月はなにも言わなかった。

それで隼人は悟ったのだ……。

(やっぱり、フランク中将が突然フランスに来たのは……)

葉月が勝手に単独行動に走ったからだと確信した。

しかし、そのお陰で隼人達、第一陣『フォスター隊』は命拾いをし

葉月が身を投げたから犯人を引き留め、狙撃に持ち込めたのである。

隼人はそんな葉月の行動も非難する気はなかったが

葉月が勝手な行動をとったとしてロイが動いてくれたなら

『会いたくない』は葉月の我が儘だと見なした。

ところが……

『葉月……ロイは忙しいから帰るそうよ? いいの? 会わなくて?

ロイは『怒っていない』と、言っているわよ?』

登貴子がそう言って葉月をなだめに来たのだ。

『……じゃぁ。ちょっとだけ』

母親の取りなしでロイはやっと葉月と顔を合わせる事が出来たようだ。

『大丈夫か? よく頑張ったな……』

『大丈夫……』

『小笠原に帰ってからゆっくり話そう……』

『うん……』

葉月は何かロイに恐れているように怯えているようにも隼人には見えた。

いつもは遠慮がない親族に近い付き合いで兄妹のような二人なのに

すごい違和感を感じたのだ。

ロイも何処かしらぎこちなく……。

でも、葉月の栗毛を優しい笑顔で撫でて本当、それだけの会話で帰ろうとしていた。

ロイが病室を出る間際。

『兄様……有り難う。心配かけてごめんなさい』

葉月がやっとそれらしく声をかけると、ロイもいつにない優しい笑顔をこぼして

でも……何処か憂いを含んだ眼差しをうっすらと滲ませて出ていったのだ。

隼人には、それだけで帰ってしまうロイの背中がなんだか小さく寂しく見えて戸惑ったほど。

『葉月……ロイには感謝しなくちゃ駄目よ? あなたの言い分も解るけどね?』

登貴子は何か知っているのか葉月にそう言い含めていた。

『解っている……小笠原に帰ったらもう一度、謝る』

『そうね……』

母娘の会話にまだ口は挟めないから……隼人はその時はそれで聞き流した。

そして──

小笠原に帰還して葉月とロイがいつ接触するのかと思えば

まったくそんな気配もない。

それどころかロイは忙しいのか葉月の中佐室にいつものからかいにも来ない。

その上……『出張』と来た。

それを報告すると葉月も……なんだか思うところあるのか

『フロリダ出張』が妙に気になっている様子だった。

 

 それが……

『御園葉月の勘』と言うのだろうか?

葉月のその『勘』が見事に当たったのは、隼人の父、和之がやってくる日に解る事となる……。