2.ファン急増中

 ロイが出張中……。

隼人は、葉月の妙な胸騒ぎのような『落ち着きのなさ』が急に気になって

ロイがいつ帰ってくるのか、もう一度『連隊長秘書室』に確認を取ってみる。

『連隊長は、週末までにはお帰りになる予定ですよ?

ほら……澤村少佐もご存じでしょうが……四中隊の端末入れ替えがあるではありませんか?』

秘書室受付の事務女性と声だけは『知り合い』になりつつある隼人。

秘書室と言うだけあって、色々と知っていそうな口振りだった。

『イコール』……

──少佐のお父様が来られるのでしょう?──

そんな感じだった。

「はい……入れ替えがありますね……確かに」

自分から内線をかけておいて、すぐに会話を切りたくなったぐらいだ。

『そちらの社長様、自ら入れ替え指揮に来られるからと、そこは外せないといった具合でしたわよ』

「あ。そうですか……」

隼人は多くは語らずに苦笑い。

でも──

『お聞きしましたわよ。少佐のお父様ですってね……!』

「……はぁ」

『全然、知りませんでしたわ。少佐が……』

もう、ここで限界だった……。

「有り難うございました。うちの中佐にもそう伝えておきます。

『彼女』が、連隊長の帰りを気にしておりましたので……」

『あ、そうですか……』

『葉月』を盾にするのは、気が引けたが大抵の女性は隼人がそう言えば『退いてしまう』のだ。

 

 この傾向は、この秘書室女性に限らず……ここ最近隼人は良く感じるようになった。

『澤村精機の長男』という肩書きが広まっていなくてもだ。

隼人が思うに『任務成功、前線貢献者』になってしまったからだと判断していた。

 

 まず……任務から帰ってきて、早速出勤……。

怪我をしている葉月に本部の留守番を任せて一人、カフェテリアに食事に出かけた時。

その日は内勤一本の日だったので、どこの空軍メンバーとも一緒でなくて一人で食事を済ませた。

でも……カフェテリア内で一人食事をしていても、隼人も顔覚えのない男性隊員達が

『おめでとう』とか『良かったね』とか『良くやったなぁ』とか……

『お嬢さんには恐れ入った』とか……そんな事を笑顔で労って次々と声をかけてくれる。

それは、それで……行き過ぎると鬱陶しいが、

中には『さすが中佐嬢、宜しく伝えて欲しい』とか『怪我、お大事に』と気遣ってくれる隊員もいて

葉月にそんな事はちゃんと伝えたくて愛想良く受け答えはしていたのだ。

 

 問題は……その『帰り』だった。

隼人はどちらかというと、食事は遅い時間帯だった。

まず、やはり上官である葉月を先に食事に行かせるのだ。

今、葉月はジョイと仲良く幼なじみ同士で出かけることがほとんど。

なので……先を譲るので隼人は混み合う時間を避けて行くことが多くなった。

でも……まぁまぁ空いてきたカフェテリアで静かに食事が出来るのでそれは結構良かった。

外勤がなくて、一日内勤の日はこの様なスケジュールなのだが……

その空いている時間の食事が終わると、さらにカフェテリアは人気がなくなる。

だから……あのすし詰めのようなエレベーターに乗らなくて済む。

 

 だけれども……ある日。その空いているエレベーターに気分良く乗り込んだとき。

一緒に乗った女性が一人……。

見覚えがない女性であるのは言うまでもない。

暫くはエレベーターの中で二人きり。当然、会話もないのだが……。

『あの……少佐?』

彼女から話しかけてきたのだ。

『はい?』

隼人も何の気もなく返事をした。

日本女性で、言ってみれば黒髪でストレートロングヘアの『隼人のタイプ』である女性だった。

今時の女性のように、ちゃんとお化粧をそれなりにしていて

目元のアイメイクもテレビコマーシャルで女優が宣伝しているような、春新色らしい色使い。

隼人が印象に残ったのはそれぐらいだった。

その女性が黒い瞳でにっこり……隼人を見上げる。

『任務ご苦労様でした。中佐がお怪我をされたとか……大変だったそうですね?』

葉月と違って、日本人だから小柄な方だった。

だが、日本人女性としてはまぁまぁ身長がある方……。

それに、OLらしくストッキングにヒールがあるパンプス。

どこから見ても、オフィスにばっちり似合ったOLさんだった。

葉月はヒールのある靴も履かなければ、ストッキングなど希だった。

いつも黒いショートブーツか、革靴ならローファーで。

ストッキングは時たま穿いているようだが、今風のハイソックスか素足の時もあり……

そこがまだ『26歳』といった感じで、隣にいる女性の方が葉月よりかは大人びている。

『ああ、有り難う……。まぁ、うちの中佐のじゃじゃ馬はいつものことですから……』

この時、隼人は愛想笑いは浮かべなかった。

大抵、慣れていない女性にはそうなってしまう質なのだ。

だが、そんな淡泊な隼人にもめげずに、彼女はニッコリ……話は続けようとする。

『御園中佐は男性にも負けないかんじで……少佐も大変でしょうね』

(ああ。そう言うこと)

ここで隼人は、すっかりしらけてしまったし、女性の魂胆も解ってしまったのだ。

『……大変ですが『世話のしがいがあって』、なかなかやりがいがありますねぇ……』

『……やりがいですか?』

彼女がすこし苦笑いをこぼした。

『仕事としてですよね?』

この女性も『噂』ぐらいは知っているだろう……。

『御園中佐と、その側近、澤村は付き合っている』と……

それでも、そう聞くのはどこかしら『葉月の落ち度』を探っているに違いないと……。

だから、隼人はしらけてしまったのだ。

『プライベートも別口で含まれますけどね、『彼女』、今怪我しているから大変で……』

こんな所だけは、嫌みったらしくニッコリ笑顔の意地悪な少佐になる。

──怪我しているから、大変で──

と言えば……隼人が家で世話していると通じたらしく、その女性はそこで何も言わなくなった。

それが、『側近として上官の世話』か『恋人として彼女の世話』かは

ハッキリさせない表現にしておいたが

誰が聞いても、側近のつもりでも『男が女の世話』とくればある程度は

口に出来ない想像も生まれてもおかしくないだろう。

どうやら、隣の女性は『口に出来ない想像』を先に浮かべてくれたようだった。

『あ。3階ですね……それでは、お疲れ様』

隼人はそういって、そそくさとエレベーターを出たのだ。

(まぁ……嫌いじゃないタイプだけど……)

隼人は扉が閉まったエレベーターの扉に振り返った。

でも……きっと『女性らしい容姿じゃなくなった中佐じゃ、物足りないでしょう?』

そう言いたかったに違いなかった。

葉月があの長い髪をなくした。

御園中佐から女性の容姿を取ってしまえば『男同然』

そう言いたかったに違いない。

(ところが、どっこい……そうでもないんだよなぁ……)

隼人はふと、任務から帰ってきてからのこの半月を振り返って……

人気の少ない廊下でひとり、ひっそり笑っていたのだ。

 あれほど大切にしていた髪を切ってしまって、葉月は今となっては

あの凛々しい顔つきも手伝って本当に『麗しい少年将校』といった感じ……。

その上、只でさえユニセックスな顔つきなのだからタイトスカートでも穿いて

例のナチュラルな化粧でもすればいいのに……

『だって! 片手じゃ上手く行かないんだモン! 隼人さんがしてくれるわけ!?』

──と、まったくスッピンで出勤する始末。

それに……スラックス姿。

肌質が良いから化粧などしなくても陶器のような白い肌はまったく見劣りはしないから

余計に葉月が化粧しないと若々しい肌の少年になってしまう。

だいたいにして、葉月が念入りにファンデーションを塗っていたのは

『訓練の為』だった……。

コックピットの中で浴びる紫外線を受けないため。

だから、訓練を終えると葉月はおしろいだけで薄化粧になるのだ。

今はその訓練がないから、日焼け止めのおしろいしか着けないようで……。

そんな男っぽくなってしまった葉月を基地中の隊員達が

『昔に戻った』と言う者もいれば……『もったいない。せっかく女性らしかったのに』という者もいる。

そう言うのは、大抵が『男性隊員』で、女性達から見れば……

『やった! 御園中佐が女性らしくなくなった!』と言うところなのだろう?

だから、最近になってこうして隼人に『親しげに言葉をかけてくる女性達』が増えたのだ。

 

 これについては……葉月には話してはいない。

何故なら……葉月には言っても言わなくても同じだからだ。

『ふーん。そうなの?』

きっと、無感情な葉月の事……。そう言うに決まっているし。

例え、葉月がそこを気にしたとしても、すぐには表面には出ないだろうし……。

『男女中佐』と思われていることだって……

葉月自ら、『男姿』を選んでいたとしても、まだ真意が解らないから

傷つけないよう……黙っているだけだ。

それに……隼人にとっても意味はない。

強いて声をかけられて心揺らぐ事も全くないからだ。

 

 ところが……そんなこの頃、ある日の事……。

葉月がいつも通り、隼人より先に食事に行って中佐室に戻ってきたときだった。

『はぁ……』

妙に疲れたため息をついて、あの皮椅子になだれ込むように座り込んだのだ。

隼人もいつもはノートパソコンに集中して放っているところだが、

席についても、葉月がぼんやりしているようなので作業の手を止めた。

葉月がバインダーが積まれている席の隅に置いた物。

『くまのプーさん柄、紙ナプキン』で水色のリボンで絞られた包み。

「なんだよそれ?」

葉月が『くまのプーさん』なんて感覚がないのは知っていたから隼人もいぶかしんだ。

「別に……」

葉月はそういって、その包みを無視するかのように左腕を机に預けるように乗せて……

右手にペンを持って、いつもの職務姿勢に入ったのだ。

(知り合いの女の子にもらったのかな?)

そうとしか思えなかった。

葉月自ら、『可愛いキャラクター物』なんて考えられない。

むしろ……まだ、真一だと……

『葉月ちゃん! プーさん可愛いジャン! 買おう買おう!!』

……なんて言いそうなぐらいだ。

「じゃぁ……俺も行ってきます」

入れ替わりで食事に行こうと席を立つと、葉月はまた……ため息をついて

『行ってらっしゃい』と、気だるそうに見送ってくれたのだ。

 

 中佐室の自動扉を出て、すぐ目の前の席にいるジョイにも一声かけて行くと。

なんと? ジョイも同じ様な包みを手にしていて、こちらはもう開いていた。

そのうえ、ジョイはそれを『ぽりぽり』食していたのだ。

中身は『クッキー』だった。見たところ、手作りのようである。

ジョイの包みは『ミッキーマウス』だった。

「それ、どうしたの?」

隼人が尋ねると、ジョイがニヤニヤと笑い出したのだ。

「やっぱりね〜……お嬢は言えないと思った。俺からも言えないよ。後で聞いたら?」

「なんなの?」

ジョイはクスクスと笑いながら、こちらは臆することなくクッキーを食べていたのだ。

(別にジョイのおこぼれでもらったなら、それで良いじゃないか?)

隼人はこの時、ジョイの『ファン』がくれた物だと思っていたのだ。

ジョイは時々そうして若い女性から、

気兼ねない貰い物を手にして帰ってくるのは日常茶飯事だったから。

そうして、隼人が食事を済ませて中佐室に戻ると……

葉月が中佐席後ろの大窓に向かい椅子を反転させていて

独り、何か考え込んでいるようだった。

「ただいま」

そう言うと葉月は何か慌てたようにして手元をせわしく動かしたのだ。

「お、お帰りなさい」

ぎこちない笑顔……。そして、彼女が手元に持っていた物……。

あのプーさんの包みだった。

それをまた綺麗に包んで同じくバインダーの側に片づけたのだ。

「ジョイも食べていたけど……貰ったの? ジョイのお裾分け?」

「え? そうそう……」

だが、やっぱりぎこちないのだ。

「ええっと、冷蔵庫の冷茶でも飲もうかしら?」

葉月が逃げるようにそそくさと……キッチンに入ったのだ。

隼人は気になって、中佐席の前に立ち『プーさんの包み』を覗き込んだ。

「最近の女の子でも手作りの物を渡してくれるんだね〜。ジョイはいいよなぁ……いつも」

『え? ああ、そうね』

葉月の気のない返事。

包みが少ししぼんでいたので、葉月も一人で食したと解った。

「俺にも少しくれない? 最近の女の子はどんな腕前なのかな〜」

隼人もジョイのお裾分けだからと何気なく手にしようとすると……

「あ! ダメ!!」

葉月がキッチンから飛び出してきたのだ。

だが……既に遅し……隼人はもう遠慮なく包みは開けてしまったし……

その上、その中に小さなカードが一枚。

「ジョイへの手紙じゃないか? 渡さなくて良いの?」

「見ちゃダメ!!」

葉月が隼人の目の前で突っかかってきたが、

何分片手で不自由なため隼人がサッとカードを開いたのを阻止できなかったようだ。

 

『初めまして、いつもカフェテリアで金髪の少佐さんと一緒の所を友人と眺めています。

私は四月に横須賀から入隊してきたばかりの統括課の者です。

こちらの小笠原にはお若い将校さんが沢山いると聞いていましたが

中佐のような、若くて素敵な男性がいるなんて夢にも思いませんでした。

お怪我をされているようですが、お大事に……』

 

「……」

それをみて……隼人は一瞬、頭が真っ白になった。

その代わり、葉月は顔を真っ赤にして隼人から顔を逸らした。

「あはははは──!!!」

隼人がのけ反って大笑いをすると、葉月が右手片手でムキになってカードを奪ったのだ。

「なによ! 失礼じゃない! この送り主に!」

「失礼!? 失礼なのはお前じゃないか??」

隼人は『これは良いチャンス!』と、ばかりに葉月を指さした。

当然、急に真顔になった隼人におののいて、葉月が一歩後ずさったのだ。

「だから! スカートを穿けよと何度も言ったのに……!」

「そんなの、そう願っている隼人さんの都合のいいこじつけよ!」

いつもの『即・反抗』が跳ね返ってきて、隼人も『やるな!?』と、一瞬退いた。

「この新入隊員の女の子に対して、私がいつ、失礼をしたのよ!!

私以外に、スラックスを穿いている女性隊員は他にいっぱいいるわよ!」

「だから……化粧ぐらいしろと……」

「化粧!? 化粧をしないと私は『女』じゃないって聞こえるわよ!!」

葉月が本気で怒ったので……隼人は急に何も言えなくなった。

悔しいが葉月の言うとおりで……何となく見えてきた。

葉月の異様なまでの『男姿』への『執着』が……正しい見通しかは定かでないが。

「訂正。葉月が素敵な男に見えたのは仕方がないとして……俺は……葉月が今の恰好だって」

「解っている。知っているからいいわよ……」

葉月がそこでふてくされつつも、スッと隼人の言葉を最後まで聞かずに中佐席に戻ったのだ。

『知っているからいいわよ』

隼人もすぐ通じた。

そんな私生活をしているから。

誰も想像がつかないほどの……帰還後の二人の急接近など、

日常の勤務姿勢からは誰からもかぎ取れない。

今までそうして積み上げてきた職務姿勢が

二人のそんな『熱』を冷静に閉じこめているのだ。

「……やっぱりさ……お前、スカート穿いた方が良いよ?

男として言っているのもあるけどね? 男が悔しいぐらい麗しい軍服姿なんだから……

入ってきたばかりの女の子は勘違いしても無理ないし」

「……昔、フロリダで訓練校生だった時も似たような事、いっぱい経験したわよ。

鎌倉の叔母様にもよく言われたわ。『宝塚の男役姉様』だって」

『ぶ……』と、隼人がもう一度吹き出すと、また、葉月が睨んだ。

(そ、そういえば……ロベルトの奥さん『エミリー』も、少年葉月の『ファン』だったな!?)

つまり……隼人が知らなかった『女ですら惑わす少年葉月』が……

今、まさに目の前でその『現象』を起こしているのだと……。

ロベルトから初めてその話を聞いたときは『まさか? あの女の子らしい葉月が?』と

『大袈裟な……』と眉唾ものだったのだが……

(いや……これは、結構な『威力』かもしれないなぁ)

中佐席に座り込んで、真顔で仕事をする少年将校を隼人は見下ろして……

心底、『御園が持つ魅惑』を再認識した気持ちになってしまったのだ。

とにもかくにも……葉月はどんな姿でも、何かしら人を引きつけてしまう『力』があるのを……

隼人は、ヒシヒシとここの所感じていたのだ。

あの亮介と並ぶと、父娘は絵に描いたような麗しさなのだ。

(この様子だと……右京兄さんとやらもかなりの男だろうなぁ)

隼人は急にため息が出てくる。

しかも……『音楽家』と来ているじゃないか?

葉月の話だと『美意識は絶品』と言うぐらいだ。

(横浜に帰るなら……葉月も鎌倉に帰さないといけないだろうし……)

今度は違う意味で帰省が億劫になってきたのだ。

本当に……葉月が言うとおり、留守番でもさせて単独で帰省した方が良いかも知れない?

そんな風にすら、思えてしまうのだ。

とにかく、隼人も午後の業務へと席に着く。

「一つ、食べてみる?」

隼人にばれたところで、葉月がプーさんの包みを差し出したのだ。

遠慮なく、一つ、頂くことにした。

男性を意識したのか、甘さ控えめのクッキー。

中にはチョコチップが入っていた。

「ママが昔、一番最初に教えてくれたのが……チョコチップクッキー」

葉月が何かを思い出したのか、穏やかに笑ってそのクッキーをまた口にしたのだ。

任務後、家族と過ごした葉月の休暇。

彼女にとっても何か変化があったのか、

この頃はそう言って家族のことも自然に口にするように。

そうして『パパ・ママ』と隼人の前では言うようになった葉月は

どこから見ても『まだ26歳のお嬢さん』のままなのだ。

それも……今まで以上に……。

「俺は……やっぱり菓子はマリーは教えてくれなかったな。ママンが良く作ってくれたけど」

隼人もクッキーをかじりながら……休暇中にちらっと顔だけ見せに行ったダンヒル夫妻を思い出す。

「おじ様もおば様も、隼人さんに会えて嬉そうだったみたいね」

葉月も家族付き合いがあったので、御園夫妻が挨拶へと出向いたのだ。

時間がないからその時は、僅かなティータイム程度でお暇をしたのだ。

帰るとき……マリーが一言。

『隼人……すっかり、日本に戻ったのね……寂しいけど、ママンはそれが一番と安心したわ』

マリーの変わらぬ笑顔に見送られても、隼人はもう……泣きたい気持ちにはならなかった。

『いつか、会いに来てよ? ママン』

抱きしめると、変わらぬ暖かさで抱きしめてくれたママン

『うちの末っ子ボウズも、独り立ち成功だな』

ミシェ-ルパパも嬉そうに見送ってくれたのだ。

そんな事を思い出しながら、クッキーは隼人の手からなくなった。

「葉月……この子にどう対応するのかよ?」

「そうね……ハーブティーのティーパックセットでも買って御礼をするわ」

「……なんだか。慣れていない?」

「だから……言ったでしょ? 慣れているって。

それに……いずれ『女』だってばれるわよ。ショックが和らぐように女として貰ったとしても

ちゃんと気持ちは受け取ったと言う風に返すつもりよ」

「あっそ。。」

心配ご無用のようで、隼人は、妙に手慣れた対応がなんだかしゃくに障ったり……。

女が女へのお返しをするのだ。それは好みも嗜好もバッチリと言ったところだろう?

(なんだかな……男に構われ過ぎても気になるし……

男以上に女に手慣れているのもどうだかねぇ)

複雑な心境だった……。

 

 この後日。葉月がジョイとその新入女性隊員二人組に御礼を渡したとは聞いたが……

その『栗毛若中佐目当て』の彼女がどう反応したかは……隼人は聞いていない。

聞かないことにしたのだ。

なんだか……彼女のショックがいかほどか……いたたまれなくて。

葉月がどう対応したかなんて……どうも、隼人の出る幕じゃないようだし……

昔取った杵柄?で、あまりにも慣れた対応をしている葉月の姿なんか想像したくなかったのだ。

『私生活』で……見ているウサギお嬢さんが隼人の葉月だから……。

葉月が男ぶって、起こった事。

葉月もそれなりに……『男姿』に執着しすぎた事はやや反省していたようだった。

  それが任務から帰ってきた二人の周辺変化で……

葉月は葉月なりに対処したようだったが……。

隼人は相変わらずで、どこに出かけても声をかけられるようなった。

男性、女性に限らず……。

顔も知らない男性に声をかけられるのは……

まぁ、職務人として『株が上がった』と喜べるのだが……

女性から声をかけられると、どうも……『男として株急上昇』のようで

妙に身構えてしまう毎日。

 

 そして……ロイが出張から帰ってくる週末が近づいてきて……

父親の和之も捕まらずじまい……。

だが……週末目前、隼人がいい加減、和之の行方にしびれを切らした頃……。

 

 『隼人兄! お父さんから外線だよ!』

受付担当のジョイが外線を隼人の側近席まで内線で回してくれる。

(きたな〜……この! クソオヤジ!!)

隼人が、拳を握りながら受話器を取る。

『父さんだ。仕事中に、済まないな』

和之のいつもの威厳ある落ち着いた声に益々隼人はムッとしたのだ。

ここ数日の息子無許可、強引さへの『腹立たしさ』が爆発!

「まったく! 俺に何も言わないで、何て事してくれたんだよ!!」

いきなり隼人が電話口で叫んだので、葉月も驚いたのか事務作業の手を止めた。

だが、それで横浜父からの連絡と解ったようで、

葉月はいつにない可愛らしい笑顔を浮かべて、隼人の様子を期待顔で眺めていたのだ。

(その顔、俺にもしてくれ!)

と……いうぐらい素直な笑顔を浮かべていて、この時は全く少年将校には見えなくなる。

まったく……20歳年下の継母を射止めた事といい……葉月と言い……

隼人は父親に対して、妙な嫉妬心を燃やしたぐらいだ。

それも手伝って……今までの我慢をさらに父親にぶつけようとしたところ……

『馬鹿者』

シラッとした父親の『いつもの一言』

隼人は悔しいが、父親にこの『馬鹿者』呼ばわりされたときは大抵、黙らされる傾向があり……

その後に来るだろう……口答え無用の説教に心を構えてしまった。

『お前と私の仕事はまったく無関係。お前のことなど気にして仕事が出来るか』

「……あっそ! だけどな! なんで、俺の本部なんだよ!

よその中隊……いや! 横須賀基地やら訓練校、いくらでもあるだろ!?」

『ふん……改造される程、処理が遅い旧型マシンを使われているプライドが許さん』

(あ! 親父の奴、俺に会いに来たときに俺のデスクを覗いたな!?)

隼人は『確かに遅い!』と思って、改造してしまったのだ。

『お前がそれ程のスピードを要しているならと思っての入れ替えと勘違いするなよ』

強気な父親の発言に隼人は益々おののいた。

『葉月君がこれから引っ張って行く中隊内で、少しでも役に立てばと話を進めただけだ!

若い隊員ばかり集まっているからと事務用機器が

旧型しか設置されていないのを見かねての事だからな!

フランク中将にもそう持ちかけたら、やっと乗ってくれたんだから、息子云々、関係ないぞ!』

「…………」

やっぱり、父親が一枚上手で隼人は額に手を当ててデスクでうなだれた。

確かに……第五中隊や第一中隊の先輩中隊に比べると

葉月の中隊は軽んじられた事務用機器設置されているのは解っていた。

だから……ジョイと出来るだけの事はしようとしたが隊長命令が下って

葉月に『自デスク外、改造禁止命令』を出されたのだ。

(しかし……流石、親父! ただ、来ただけじゃなく本部内の機器周辺を観察していたか)

それに……『四中隊の為』と言われては、隼人も言い返しようがなくなった。

「もう、解った。息子、親父は関係なく頼むぞ!」

『偉そうに、何が「頼む」だ。お前に頼まれる覚えはない』

(この! クソ親父!!)

隼人がムッとしていても、葉月は横で、まだニコニコ……和之の言葉を待ちかまえていた。

『それより、わざわざ電話したのはおまえに入れ替えを報告する為じゃなくて』

(なんだよ、もう!)

まぁ、それぐらい父親として仕事を割り切ってくれれば隼人もすこし安心した。

『葉月君へのお土産は何が良いかな? 彼女に聞くと遠慮しそうだからな?

隼人……お前、好みぐらいは知っているだろう??』

「…………」

隼人は苦笑い。

『変なところにもファンがいたりして……』と……。

「さぁね? クッキー以外なら甘い物結構好きだから、洋菓子でも見繕ったら?」

『クッキーは嫌いなのか?』

父親がいぶかしんだが、隼人はその言葉を聞いてムッとした葉月がおかしくて笑ってしまった。

「ああ……今のところはね?」

『解った! そちらでは食べられないような菓子を探しておこう!』

そう言うと、和之はまた忙しそうに息子そっちのけで電話を切ってしまったのだ。

(あ〜あ。美沙さんが気にするはずだ)

隼人はまた額を抱えながら受話器を置いたのだ。

「お父様……なんですって?」

葉月の期待顔……。

『お土産買って来るって……』

そう素直に報告すると、葉月が輝く笑顔をこぼした物だから……

それが見られて嬉しいやら悔しいやら……。

「お父様ってお若い頃、格好良かったのでしょうね♪」

いつから和之をそう見ているのか……隼人はまったく訳が解らないが。

いろいろと考えることが増えるばかりで……忘れることにしたのだ……。

嬉そうに書類に向かった葉月を確認して……

隼人も何事もなかったように、ノートパソコンに再び向かうだけにした……。