4.愛の夢

 

 夕食後、隼人はまた……玄関を出てスタジオに入ってみる。

 

『もう、私。先に寝ているからね』

葉月は、スタジオに行くと言うことは『玄関から出て行く』事になるので

側にいなくなると感じているのか、妙に不機嫌にそう言ったのだ。

『どうぞ? どうせ、仕事するんだろ?』

葉月は風呂上がり……早めに帰ったが為に処理しきれなかった雑務をするためか

ダイニングテーブルに書類ケースを置いていたから……。

『……もう、いいわよ。オートロックだから、玄関の鍵、持っていくの忘れないでスタジオに行ってね!』

ふてくされて、書類ケースを開け始めた。

それを確かめて、隼人はちょっと苦笑いをしながらも……

葉月が、そんな風に隼人が目の届かないところに足を運ぶことに

不満げな様子を見せたことがちょっと嬉しいような……。

そんな気持ちを胸にとめて、そっと玄関を出た。

 

それで葉月が渡してくれた『楽譜』に向かって

先ずは片手で『キラキラ星』の主旋を小学生のように辿々しい指使いで音符を追っている段階。

『教えてくれないか?』と申し出た後も、葉月が時々覗きに来るようになったが、

ある段階を越えるまでは口うるさく指導に来るという事はしない方針らしい。

そんな指導の距離の置き方は『大佐』になった彼女が持っている『上司の感性』なのだろう。

 

『ピン、ピン ポンポン、ピン、ポンポン〜♪』

キラキラ星を、子供の遊びのように弾く青年中佐。

こんな姿、基地の誰が想像するだろうか?

だけど……隼人は真剣だった。

『指一本は、ダメよ……。ちゃんとね? 鍵盤に対して位置があるんだけど……

先ずは、好きなように……指数本で弾いてね?』

葉月は、初めてピアノ椅子に座った隼人の肩越しからそう教えてくれた。

『解った』

隼人が真顔で、指数本をテキトーに使ってみると……。

『さすが……パソコンキーボード日頃使っている感覚で充分ね』

葉月はそれだけ言って……満足そうに微笑んで、隼人一人を部屋に残して去っていってしまったのだ。

 

とにかく──

隼人はたとえ、まだ和音が弾けなくても……

この曲は滑らかに弾けるように努力しようとした。

 

『カチャ……』

 

ドアが開いた音がしたので、隼人は鍵盤から指を離す。

葉月が、いつもの黒いシルクのガウン姿で現れたのだ。

 

「そんなに根を詰めて……大丈夫? 少し、休憩しない?」

葉月の手には、グラスを乗せたトレイ。

缶ビールも乗っていたのだ。

「あ、ああ。もう、そんな時間?」

掛け時計を眺めると23時を回ろうとしていた。

葉月はそっと微笑みながら、ソファーベッドまで長いガウンをなびかせて歩き始める。

ソファーベッドは、初めて入った日には『黒いグレンチェック柄』のシーツだったのだが……

すこし埃がかぶっていたので……

『なんだかな? この黒いチェックのシーツだけ妙に違和感だな?』と思いつつ

隼人が、白いシーツに変えたのだが……。

その白色になったソファーベッドの上に葉月はトレイを置くと……側のクローゼットを開けたのだ。

そのクローゼットが開いたのを見たのは隼人は初めて。

 

「わ。そこって……楽譜入れだったんだ?」

隼人も興味が湧いて、ピアノ椅子から立ち上がって近寄ってみる。

クローゼットの中には本棚があってそこに沢山の楽譜。

そして……

カセットテープにCDが沢山収納されていた。

「?? あれ? それって……エレキギター??」

葉月がクローゼットから出したかったのは、小さな折り畳みテーブルだったようだが。

そのテーブルを出そうとする葉月の側にあったスタンドに立てかけてあるエレキギター。

隼人はちょっと驚いて、跪いて手に触れようとした。

「……達也が置いていったの」

「!!」

葉月がテーブルを取りだして、そっと顔を背けるように呟いた。

「……」

(達也はここに出入りできていたのか??)

そんな……彼なら許してもらえていた事、隼人は少し胸が痛んだ。

葉月はソファーベッドのサイドテーブルとして、手にしているテーブルの足を立ててセッティングし

その上にそっとビールを乗せたトレイを置いた。

 

「だからね……ちょっと、ここに入れにくかったの。ごめんね」

跪いてギターを眺めている隼人の背中に近寄ってきて……

葉月が、申し訳なさそうに呟いた。

「そ、そうだったのか──」

なんだか……少し腑に落ちなかった部分が、やっと埋まったような気がした。

音楽を避けてここを封鎖していただけでもなかった事を。

もし、達也の匂いがなければ……もう少し早い時期には入れてくれていたかもしれない?

「達也もね……この部屋に入りたがって……。ここに良く泊まってたの。

私の部屋で寝るより……気に入っていたみたい。

ここの窓は、防音効果があるから……ギターも思いっきり弾けるって……。

見て? CDの中で、ロック系が結構あるでしょう? それ、全部、達也の趣味」

申し訳なさそうに微笑んでいた葉月だが、何故かこの時は楽しそうに笑っていたのだ。

「……本当だ。エアロスミスだってさ……ボンジョヴィも、ん? カルチャークラブまであるなぁ?」

隼人も……『達也のイメージ通り……』と、CDの背表紙に触れて笑っていた。

「本当にごめんね……」

葉月が、また……申し訳なさそうに……今度は真顔で呟いた。

「別に……。俺に気遣ってくれていたんだ。でも……今は平気だよ。

達也の事だって……今は『戦友』だから……」

「そう思ってくれていると思って……でも、キッカケが見つからなくて……」

「葉月らしいね……。あ、ビール……頂こうかな?」

それ以上……葉月から言いにくそうな事は言わせたくなかったし

自分も何処まで聞けるか自信が持てなかったから……そこで話題の方向を変えようとした。

葉月も、そんな隼人らしい気遣いを解ってくれたらしくて

クローゼットを閉めて……笑顔で、ソファーに来てくれた。

 

葉月がテーブル側に座り、隼人はその隣りに……。

 

『カシュッ』

葉月が缶ビールの栓を開ける。

「グラス、暫く冷凍庫で冷やしてみたのよ」

そのグラスにビールをそっと注いでくれた。

「有り難う。本当に小笠原は暑いな」

「この部屋は……窓を開けていると涼しいでしょ?」

「うん──」

葉月が注いでくれたグラスを隼人は受け取る。

本当にグラスはヒンヤリとしていて、熱中してピアノを弾いていた指に心地よい感触。

葉月も自分の分のグラスにビールを注いで……そっと両手でグラスを包み込んで一口。

葉月は一口、ビールを飲み込むとそっと、しなやかに立ち上がった。

髪は短くなったが……その黒くて薄いシルクのガウンを羽織っている彼女は

急に大人びてシャム猫のような悩ましさは全然変わらない。

隼人はそんな葉月のしなやかな艶っぽさに見とれながらグラスビールを煽った。

 

そんな葉月が部屋の灯りを消してしまったので、隼人はドッキリ!

でも……葉月は何喰わぬ顔で、ピアノにそっと近づいた。

そして……ガウン姿でピアノ椅子に座ったのだ。

 

葉月がそっと鍵盤に指をしなやかに置いた。

『チャラン……』

弾き始めた曲は……リストの『愛の夢』

 

灯りが消された広いスタジオに……そっと月光が射し込み……

葉月の姿が、蒼く浮かび上がる。

夕立の雨も嘘のように……静かにさざ波の音がそよ風と一緒に窓辺から入り出す。

その中で……美しく少し切ないようなリストの『愛の夢』

 

葉月がこのスタジオで……そうして演奏をするのは初めてだった。

隼人は思わず……見とれてしまって……。

ビールを飲む手を止めたほど……。

静かな出だしが徐々に盛り上がってきて……葉月の奏でる和音の激しさに驚いたり……。

なのにゆったりと静かなところは、眠りを誘いそうなほど緩やかで……。

あの無感情で、それでいていつも平淡な表情の彼女が

これだけの表現が出来ることが本当に驚きであって……

それでいて……そんな感情を持っていることで感激してみたり……。

 

「凄い……やっぱり、素敵だな……」

いつの間にか……グランドピアノの側に隼人は立っていたようだった。

葉月がニコリと微笑んでくれたので……隼人は胸がときめいた。

「一緒に弾いてみる?」

「え! 無茶言うなよ?? そんなリストなんて弾けないって」

「ううん? キラキラ星。私が伴奏してあげる」

「え? そう??」

隼人は、ちょっと腰が引けたがおもむろに葉月の隣、ピアノ椅子に腰をかけてみた。

「私が低音で伴奏するから、メロディー弾いてみて?」

低音の鍵盤に葉月が指を置いた。

隼人は少し緊張しながら……中音の位置に片手を置く。

 

「キラキラ光る〜」

葉月が……甘い声で出だしだけ唄ってくれたので……

隼人もそれにつられて練習したとおりに主旋律だけを辿々しくも一生懸命に弾いてみる。

段々と音符は良く解らないが鍵盤の位置と順序は解ってきた。

なのに──

辿々しい隼人の奏でる音なのに……

葉月が付けてくれる伴奏で……もの凄く豪華な『キラキラ星』になってゆく。

隼人も弾いているのに……自分が奏でている音じゃないような感覚。

でも……確かに隼人の音も存在しているのだ。

「ね? 面白いでしょ?」

弾き終わって……隼人は暫く茫然としていた。

「凄い──この気持ち……この気持ちが欲しかったんだよな!

ほら! 右京さんが教えてくれた『カノン』……。

一緒に弾くおもしろさ……羨ましかったんだよな!」

自分の音と、彼女の音が一緒になる……それが欲しかったのかもしれない。

それが、ほんの少しの感動を隼人は今、味わったのだ。

「……右京兄様に感化されたのね? 隼人さんも……」

「も?」

「そう。私もね……お兄ちゃまが最初に教えてくれたの。キラキラ星。

今みたいに……私が主旋律を弾いているとね? お兄ちゃまが隣りに座って

本当に『キラキラッ』って……音を飾ってくれたの。楽しくて、嬉しくて……。

それからよね……たぶん……私の音楽って」

「……そうだったんだ……凄いね、右京さんって」

「うん……お兄ちゃまの音楽に対する愛情には、敵わないの」

「……」

葉月が、そっと微笑んで鍵盤の一つを『ポン』と弾いた。

「俺も……教えてもらったね……葉月に」

葉月が音楽を愛している事……それを隼人も分けてもらって気がした。

「私に?……たいそうね」

葉月が照れるように微笑んだが、日頃見せない愛らしい笑顔を浮かべてくれたのだ。

「また、逢えたね……リトルレイ」

隼人がそっと葉月の栗毛の生え際をかき上げると葉月の瞳が熱っぽく潤んだ。

 

静かなスタジオの風の音。さざ波の音……。

その中……二人はそっと……ピアノ椅子の上で口付けた。

今夜は……少し葉月の口づけが熱い気がする。

彼女が熱っぽいと隼人の熱も急に上昇する。

葉月が美しい音を奏でる白い指でそっと隼人の首筋を愛おしそうに撫でてくれるから……。

そのまま、葉月をピアノ椅子から抱き上げて、ソファーベットに連れ込んだ。

 

「あ……」

まだ、椅子型になっているソファーに座らせてそのまま葉月の胸に隼人は頬を埋めた。

はだける黒いしなやかなガウン……。胸元から覗く豪華なレエスのスリップドレス。

葉月は……隼人がそのままショーツに手をかけても何も抵抗はしなかった。

この場所でも……。

 

「黒いシーツは達也の物か?」

葉月の身体中を手で撫でながら……隼人は耳元でそっと囁いた。

意地悪な質問だとは解っているのだが……。

「そ、そんな事……どうだっていいじゃない?」

「凄く違和感があったから……そうなんだろう?」

「う……あ、ん……」

隼人の片手は……葉月の褐色の茂みの中……。

その栗色の草場の影でそっと指を弾くと葉月が敏感に反応して身体をよじらせた。

「そ、そう……だっだら、な、なんなのよ……綺麗に隼人さんが変えたじゃない?」

声がうわずりながらも、いつもの素直じゃない言葉。

勿論──隼人自身が虐めている……と、言うところなのだが。

「じゃぁ、俺が……変えた、白いシーツの上で……」

隼人が片手で、ソファーを無理にベットに変える。

ガタッ! と、いう音ともに、葉月が後ろにひっくり返って仰向けになった。

「も、もう! もっと丁寧に出来ないの!」

驚いたのか葉月が、片手を付いて起きあがりそうになったのだが。

「葉月──レイ……」

そのまま……隼人は葉月の唇を塞いで……彼女に覆い被さった。

 

「は……隼人、さ・・・ん」

黒いガウンは、ベッドの横から床に滑り落ち……。

覆い被さった隼人の手がそっとショーツを落とす。

 

暗闇の中、目が慣れてくると……青白い夜灯りの中、葉月の白い肌が浮き上がった。

白くて陶器のような白い肌。

風呂上がりのバスミルクの香り。

いつもの彼女の匂い。

ババロアのようにそっと震える白い乳房。

ストロベリーの飾りを飾ったように彼女の胸先が、艶っぽく隼人を誘っている。

それを鼻先で確認するかのように……隼人の唇は所々、彼女を愛して行く。

「は、ぁ……ん」

少し鼻から突き抜けるような甘い吐息で葉月が応えてくれる。

 

 

白いシーツの上で……静かな木々が風に揺れる音。

さざ波の音。

 

葉月の手がまた……白いシーツを掻きむしって……。

そして隼人は、そんな彼女を胸の下で自由に動かす。

(随分……俺になついてきたなぁ)

隼人の首にしがみつきながらも……葉月の視線はずっと……隼人の瞳から離れなくて。

彼女のピンク色の唇がずっと隼人を何度も誘う。

本人はそんなつもりはないのだろうが……。

だけど……隼人がそっとその唇を吸っても葉月は悩ましい声を奏でるだけ。

無抵抗の唇を隼人が荒らしているような……。

葉月は徐々に激しくなる隼人の男の行為に既に虜になっているようで

ただ……甘い声を……吐息を唇から発して……

隼人の口づけを力無く受け止めるだけ。

「あ、ああ・・・ん、は……あ、あん」

そんな声をずっと出している彼女の唇を何度も何度も

唇の端、ふっくらした山も……隼人は奪うように吸い上げた。

彼女の唇がそんな隼人の口づけですっかり、濡れてしまった頃。

そっと……葉月はシーツを両手で引き寄せて……背を反った。

少し……激しい声を突き上げて、隼人の肩先に額を押しつけて……。

呻くように、細くてしなやかな指先が隼人の首筋で食い込んだ。

 

「本当に……敏感だな」

「……は、隼人さんが……上手すぎるの」

葉月は隼人の背中にしがみつくように、泣きそうな声で呟いた。

実際……力尽きた葉月は隼人の胸の中で、瞳に涙を浮かべているじゃないか……。

「お、お願い……もう、だめ……」

「冗談じゃないぞ。俺は……これから……」

潤んだ瞳で嘆願する彼女に構うことなく、隼人は再び葉月の両足を引き寄せてまた仰向けに寝かす。

「ね、お願い──」

「残酷な事言うな……俺はまだ……」

そういって、自分の手元で葉月の両足の根本を固定した。

「い、いや……」

日焼けしている隼人の黒い手が、自分の白い足を力強く固定したのを見た葉月が……

少しばかり、怯えた顔。

だけど隼人は、構うことなく続けた。

先程より激しく……今度は『俺が感じたい』為の行為だった。

「や……あん!」

今度の葉月の反応は、先程のようなとろけるような甘い声ではなかった。

隼人に突き上げられて……それこそ、隼人が葉月の両足付け根を固定していないと逃げそうなほど。

後ずさろうと……

「……あ、あ!……」

首を振って……栗毛が徐々に乱れるまま葉月の汗ばんだ額に張り付いて、頬に張り付いて……。

彼女はシーツをまた口に運んで噛みしめる。

よがる腰、揺れる白い乳房、泣くような猫のような声。

隼人は、それをずっと彼女の足を固定したままずっと眺めていた。

自分の行為で、頑ななお嬢さんが乱れて行く、淫らな艶っぽい夜の淑女。

それをずっと眺めていた。

彼女は、怯えた顔をしたのに……

徐々に、長くて白い足は隼人の腰に巻き付いて……

大胆にも隼人の腰を締め付けて引き寄せ始める。

ずっと……望んでいた葉月との『肌のシンクロ』

それが……徐々に……ピアノを一緒に弾いたように

身体でもこの頃は感じるようになってきた。

少し乱暴になったかと隼人は思うのだが、その分葉月は、乱れる。

隼人の目の前だけで……。

 

 

 

(達也も……ここでこうしたのか?)

こんな時に、そんな事を頭にかすめたが……。

今目の前で、乱れている女性。

紛れもなく、隼人がこの身体で……彼女を動かしているのだ。

だから……そんな事……深くは考えられそうになかった。

 

葉月の過去の一片など。

今ここで起きている、艶やかな愛の夢……。

それ以外のことなど……隼人の胸を邪魔することはなかった。

隼人の手元……葉月の白くて柔らかな腿の筋、褐色の茂みの周り……。

 

その辺り下の白いシーツは随分と……濡れていた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

猫のような鳴き声が止んで……。

さざ波の音、木々の揺れる音……。

風の音……。

そして隼人の息づかい。

 

「はぁ……」

力尽きて隼人は白いシーツの上で横になった。

葉月もその横で……隼人に背を向けてぐったりとしている。

息を整えるように……小さな白い丸い肩が小刻みに動いていた。

 

「傷──」

隼人は、葉月の左肩に残る浅黒い貫通跡に指を伸ばした。

「だいぶ……ふさがったな」

「うん……まだ、突っ張るけど。痛くはなくなってきたわ」

彼女が寝返りを打って、そっと白いシーツに頬を埋めるように隼人と向き合う。

頬が火照っているのか、愛らしく紅く染まっていた。

「フライト……早く復帰できると良いな」

「うん」

頬を覆うようになった栗毛の毛先が彼女の首をくすぐるようにサラサラと頬にかぶる。

「凄く、良かったよ」

隼人がその栗毛を生え際からかき上げると、葉月は照れるわけでもなく

そっと満足そうに瞳を閉じて微笑んだ。

少しずつ……艶っぽい大人の女性の顔をするようになった気がしてならない。

 

「ここで、こんな風になるなんて……」

葉月が瞳を閉じたまま呟く。

「ここで……そんな風に俺と過ごしてくれるなんて……」

過去は気にしない。

そんなつもりで隼人が栗毛を指に絡めて、彼女の頬を撫でると

葉月はまた……嬉しそうに笑い、そっと隼人が横たえている身体に寄り添うように近づいてきた。

隼人も……葉月の肩を抱いてそっと天井を見上げた。

 

「達也のことなんだけど」

葉月から……そう呟いたので隼人はドッキリして肩先に頬埋める葉月を覗き込んだ。

「何か……おかしいなと思っていることがあって」

「……な、なに?」

「…………」

「聞いてくれるの?」

「も、勿論……。気になっていることを一人で溜め込んでいるなら、聞くよ」

(もしかして……感づいているのかな?)

隼人は、胸の鼓動が早くなった。

葉月に悟られまいかと……彼女を肩先から降ろして、半身起きあがる。

隼人が起きあがると、葉月もおもむろに起きあがった。

ベッドの背もたれを隼人はお越しあげて、足だけ伸ばせる形に変える。

そこに葉月が、枕代わりのクッションを置いて背もたれに寄りかかった。

隼人も同じようにして……葉月がテーブルに置いたビールを一口、口に付ける。

「達也の奥様がどんな方か、知っている?」

「え? ああ、ブラウン少将のお嬢さんなんだろう?」

「それだけでしょ?」

「……は?」

「マリア=ブラウン大尉、隼人さんと同じように工学専門の軍人よ」

「!? マジかよ?? それっ!」

「うん、そうよ。だって、私と同じフロリダ訓練校にいたもの。

私のパパと彼女のパパは昔から仲良しだし……。

あまり喋ったことはないけど……何度か顔は合わせているわよ?

パパ達のパーティーがあると彼女はいつも素敵なドレスを着てリチャードおじ様のお供で来るし。

私は毎度の如く、挨拶だけすると、抜け出す性分だし。

ドレスなんてもってのほか、学生の頃はいつだって軍服だったから。

でも──とっても綺麗な……素敵な人よ。

歳は私の一つ上だけど、私がステップしちゃったから一期下になるから──。

そこの所で……挨拶以外はどうにもお互い言葉が浮かばないって感じ。

私が男の子のような感じだったから、女性らしいマリアさんから見ると

私の事、理解し難いって顔されていたし、そう思われて当然だと思うしね。

だから──関係が近くても会話がなかったのよ」

「──!!」

達也が付き合っていた女性二人が、実はそんなにも近い関係だったことに

隼人は益々驚いて言葉が出てこなくなった。

「私と同じ様な栗毛で、でも、私と違って、とってもスタイルが良くて、頭が良くて……。

学校ではいつだって男性達の憧れのマドンナって感じの人。

だから──達也が結婚するって聞いたとき、『ああ、なるほどね?』って思ったの

美男、美女……それに達也ならマリアさんが目に留めて当然だし。

達也にも最高のお嫁さんと巡り会えたんだって……お似合いだって、正直、安心したの」

「……ま、まて……。あのさ──普通の専業主婦なお嬢様なのかと思っていたけど??」

達也の別れた女房が、あのミツコのような『工学大尉』と来ただけで隼人は思わず引きつった。

「いいえ? マリアさんは、れっきとした職務に携わる女性よ?

康夫とか達也とか……ジョイからとか……少しは聞かなかったの?」

『男同士で聞いているかと思っていた』とばかりに葉月は

隼人の驚き顔が意外だった様子。

「いや、何も聞いていないよ。達也だって任務で最後に少し話しただけだし。

康夫やジョイだって……葉月と付き合っていた男の事だから遠慮しているのか、そうは触れないし」

「そう──?」

葉月は、ベッドの下からガウンを拾ってそれを着ずにシーツ代わりに身体を覆った。

「……達也が現場に戻るって言っていたわね?

出動する前に、奥さんとは上手くいっているって本人の口からは聞いているんだけど。

なんとなく引っかかって……なんていうの? 達也が強がっていたような気がして。

義理父様のブラウン少将から離れて、現場に戻るなんて……奥様、許してくれたのかしら?

学校でもそうだったけど……彼女はお嬢様筋でいうと一番だったのよね。

その彼女が……夫が華の側近職を離れることを、そう簡単に賛成したのかしら?って。

達也は……妻は俺のすることには、何も言わないって言っていたけど……」

「……」

(今しかない!)

隼人はそう思った。

なんだ──葉月だって、達也と少しは話して『予感を抱いていた』のじゃないか!!……と。

白い頬に指をあてて、神妙に考え込む葉月の肩を抱いていた隼人は……

そっとその手に力を込めた。