18.フロリダメンテ

 

 夜……。

登貴子が腕を振るってくれた和の夕食。

明るく陽気な亮介の話に笑い声をたてながら……

まるで三人家族のように食卓を囲んで、隼人は願っていた『おふくろの味』を堪能。

 

「隼人君、疲れただろう? 明日から早速空母艦とか……。

積もる話はまたゆっくりするとして、早く休んだ方が良いね?」

ワインでほんのり頬を赤くした亮介が、優しい笑顔でそう言ったのだ。

「そうね? 私達は適当に休むから……貴方も遠慮なくリラックスしてね?」

登貴子の優しい笑顔と気遣い。

まるで父と母に囲まれているような錯覚。

葉月に悪いと思いながらも、隼人は……今まで諦めていたはずの光景に浸っていた。

 

「有り難うございます。では……少しばかり、部屋に入って整理したいことが」

「ええ……パソコン使うなら勝手に繋げて構わないわよ?」

ノートパソコンを抱えている隼人を見ていた登貴子が

細かい気配りでそう言葉を添えてくれた。

 

隼人は道場が見える泊まり部屋へと、早々に退出させてもらって籠もることにした。

 

「……とりあえず、向こうのチェックしておこうかな?」

『向こうに行ったら軍オンラインでメールを送受信出来るようにするから』

空軍管理の後輩達にそういって、何かあればメールなりなんなり連絡が取れるように、

夕方までにあのメンテ本部内で送信できる許可を得て準備した。

まずジョイに、こっちにいる間の専用メアドを知らせた。

そして……葉月に私用だが到着のメールを大佐室に出した。

 

その返事のチェックをする。

(葉月は望み薄いな? 後でお母さんにお願いして電話借りよう)

『ピッポー』

何通かメールが早速届いた。

『お疲れ!』

まめなジョイから一通……。

空軍管理関係は今のところ何も届いていない。

『こっちは隼人兄がいないせいか、逆に皆必死にやっているよ。

日頃もそうすればいいのにね〜? 帰ってきたら喝入れてやらないとね!』

ジョイのこの報告からも……今のところ本部は安泰のようだった。

そして──

『ご苦労様』

(ん?)

もう一通……。

 

『無事に着いたとの事で、一安心しました。

こちらでは中佐がいないせいか、空軍管理の男の子達も必死に頑張っているようです。

父と母は……貴方に迷惑をかけていませんか?

困ったことがあれば、遠慮なく言って下さい。私から注意いたします』

 

葉月からだった……!

「うわ……。こいつから、こういう返事もらうのって初めてだな!?」

 

『私用』を意識したのか?

『私用』にならないような固い大佐嬢の真面目な文章に、思わず隼人は吹き出しそうになった。

日頃……『お嬢ちゃん』でもあるあの葉月が……

こうして大人ぶった落ち着いた文章で隼人に接してくるなんて……。

それも彼女らしくて……隼人は暫く笑みが止まらなかった。

(でも、フランスで初めて会った時の最初の印象は大人びていたもんな)

隼人はそっと瞳を閉じた。

あれから『一年』

その後から飛び出してきた『お転婆ウサギ』

その方が今の隼人は気に入っていた。

そして、暫く──そんな葉月の文面を眺めて懐かしさに浸っていたのだが……

 

「なーにが、『私から注意いたします』だよ。偉そうに……」

やっぱり可笑しくて笑いだしていたのだ。

隼人は早速キーボードに指を置く。

 

『お父さんとお母さんは、大変気遣ってくれ、居心地よく過ごせそうです。

お母さんの肉じゃが、大変美味でした。

ちょっと葉月が羨ましくなったかな? 良いお母さんに、楽しいお父さんだね』

そういう隼人もちょっと『固いな?』と思いつつ……

カフェで早速達也に会った詳細も細かく書き添えたのだが……

『遅刻』に頭を痛めていたフォスターの話は伏せることにした。

同期生の達也がそうんな状態であると知ると、葉月がジッとしていない気がしたのだ。

 

フロリダの第一日を報告するメールを送信した。

 

その後……

隼人がシャワーを浴びて、慣れないベッドに入る頃。

 

『おやすみなさい』

 

(お? 早いな??)

 

また一通、パソコンに受信されていた。

 

『皆に快く迎えてもらったようで安心しました。

出来れば、受け入れ隊のメンテ本部のお話も聞きたいわ?

達也も思った以上に元気そうで……。

それにしても、廊下を走って母様に叱られるなんて相変わらずね?

そちらはもう夜ね……。旅の疲れをしっかり癒して、明日から空母艦見学頑張って下さい』

 

そんな返事が届いていて隼人は思わず『にんまり』

それに葉月の文章が少し和らいだ気もしてきた。

また、早速寝る前にキーボードに指を置いた。

 

『新鮮』

隼人は、また早速返事を打ち込んで送信した。

 

『俺達がこういうやり取りをするなんて不思議だな? 結構新鮮』

 

葉月となんだか秘密のメール交換。

いつも一緒にいるだけに……隼人は妙な感覚で血が騒いだ。

 

だけど──

達也のことは……少しだけ嘘をついたことを心の中で葉月に謝った。

いずれ知れるかもしれないが……それまでに少しは彼と向き合って話したいと隼人は思っている。

 

 

 「お天気が良くて良かったね」

 「はい、大佐。有り難うございます」

金茶毛の恰幅の良い大佐と供に隼人は連絡船に乗り込んだ所。

小笠原のように、透き通ったアクアマリンブルーの海の上だった。

 

(暑い……潮風がある分、まだマシか)

隼人は、この日は茶色のサングラスを持参で、白い半袖制服姿。

(小笠原以上に日に焼けそうだ)

じりじりと太陽は小笠原より近くに感じる。

初めての見学とあって、ランバート大佐と、その側近と供に

付き添い付で空母艦に向かう。

「大佐嬢は如何かな? 今回の任務では身をなげうった活躍。大変だったね」

「ああ、はい。お陰様で、負傷した肩も癒えてフライト復帰するためトレーニングに入りました」

「そう。彼女は、女性と言えどもなかなか高度な飛行能力の持ち主であるのは有名だからね」

「そうですか。キャプテンであるコリンズ中佐に負けじと食らいつく生意気さは

私も何度か目にして驚いたのですけど」

空の男同士の会話。

フロリダでも葉月の名は知れ渡っていて、隼人は内心驚いた。

「今日のフライトチームはね……確か、アンドリューが率いるフライトチームだったかな?」

「アンドリュー?」

「そうそう、アンドリュー=プレストン中佐。確か? ミゾノ嬢とは同期生だったはず?」

「うちの大佐と?」

隼人は自分が持ってきたメンテ員のデーターを揃えたファイルバインダーしか持っていなく……

そういう話を初めて耳にして驚いた。

(そうか……そういう葉月のパイロット同期生と出会わなくもないわけだ!?)

 

「訓練が始まりそうだね? 急がないと」

連絡船は空母艦の搭乗口へと到着した。

階下から甲板へと階段を使って上がって行く。

 

『キーーィン』

 

ホーネットのエンジン音が青い空に高鳴り始めているところ。

 

既に訓練は開始されていた。

「サワムラ中佐、こちらをどうぞ」

ランバート大佐の側近が手はずを整えてくれていたのか、

いつも訓練で頭に付けている通信ヘッドホンを、隼人に手渡してくれた。

そう──管制室とメンテ員達の『やり取り』を聞き取るためである。

「大佐も宜しかったらどうぞ? せっかく見学に来たのですから」

側近の男性は、ランバート大佐にもヘッドホンを渡した。

「どれどれ? 皆の手際は如何かな?」

フロリダ空部隊、全体を取り仕切ると言われているランバート大佐も

何かを試すかのように頭にヘッドホンをつけた。

 

『上空、障害物なし──。離陸OK!』

『こちらメンテ──離陸許可OK! 発進準備OK!!』

『オーライ! 発進準備OK!』

『GO!』

『行ってくるぜ!!』

 

『ゴーー!!』

 

カタパルトの横で、合図を出したメンテキャプテンに従って

パイロットが敬礼をして甲板滑走路を滑って空に向かって行く──!

隼人には見慣れた光景。

 

(エディ=キャンベラは、どれだ!?)

 

次に発進する戦闘機を取り囲んで、カタパルト発進の手はずを整える幾人かのメンテ員を

隼人は一生懸命目で追う。

隼人の視線があちこちへと移動しているのを察したランバート大佐が指さした。

「あの赤毛の青年解るかな?」

皆、キャップ(帽子)をかぶっているから髪の色では解らない。

隼人はサングラスを外して、目を凝らす。

「あ。あの──青年ですか?」

背丈はジョイぐらいだろうか?

動きは活き活きとしているが、まだ、先輩達に動かされている青年を確認。

「どうだろうね? まだ若いから……動きというのは私から見ても……少し」

ランバート大佐は、まだ先輩達についてばかり動いているエディを見て

ちょっと渋い顔をしたのだ。

(いいや──)

実は隼人……『エディ=キャンベラ』は『絶対欲しい一人』の第一候補にあげていた。

ロベルトも『賛成』だった。

彼の繊細な整備に目を付けた。

性格も慎重派らしく、そこがまた『早さ』という点で障害にはなっているが……。

『こういう几帳面な男が欲しかったんだ』

『そうなんだ? 僕も賛成だね。それに彼……。

訓練校では整備成績がAAプラスだ。なかなか取れる成績じゃないよ!』

『葉月の機体を担当させたい』

そう言いきった隼人にロベルトが面食らった程。

隼人は『キャプテン』になるのだ。

誰の機体担当という訳には行かない。

なったとしても……やっぱりキャプテンである『コリンズ中佐』を差し置いて葉月の……

しかも直属の上司で、もっと言うと『恋人』である葉月の機体を進んで整備する訳にはいかない。

『俺でなくては!』……そういう気持ちはあるのだが、

そこを殺してこそ……葉月が望んでいる『コリンズチームのメンテキャプテン』になるのだ。

それには隼人も絶対に『信頼が置ける整備員』が欲しかった。

それが……『エディ=キャンベラ』だ。

 

 

エディは特校での成績もさることながら……

実訓練での整備の点に関しては『優秀』であり、そのきめ細やかさをかわれ、

他の同世代のメンテ隊員よりかは高レベル、熟練チームに配属されている。

ただ……必ずしも『AAプラス』の実績が、

訓練という『動』の世界になると『優秀メンテナンス員』の『証』になるわけでもない。

理屈が動作と結びつかない……と、いうのが今の彼の『現状』。

先輩達のような『要領良さ』は、隼人より若い彼にはまだ身に付いていないようだ。

そこで『パッ』としない存在になっている……。

(AAプラスが邪魔したか。ワンランク下のチームなら伸びていた可能性もあっただろうに?)

彼も『AAプラス』の『肩書き』と『実訓練』という『社会人』=『隊員』になってから

きっとそこで苦しんでいる……と、隼人は睨んでいた。

エディは、きっと無理に要求されたレベルで引きずり回されているのだ、おそらく──。

(俺が……抜け出させるようにする!)

そこまで、隼人は惚れ込んでいるのだ。

葉月の機体を自分以外に任せる以上に……

コリンズ中佐も絶対に喜んでくれると思っている。

隼人は……軍人としては、葉月に『殻から脱出』させてもらった。

今度は隼人が『中佐』として……そういう隊員に何かをする様になりたい。

中佐になったからこそ──。

隼人は、そういう『意気込み』も胸に秘めてフロリダに来たのだ。

 

小一時間──。

ホーネットの飛行訓練が終わり、空母艦へ着艦する為の作業へと動きが展開する。

確実に着艦するホーネット。

 

『お帰り! プレストン中佐』

『サンキュー』

 

一番最初に着艦した一号機。

ホーネットから甲板に降り立った男がヘルメットを脱ぎ去る。

金髪、短髪──。

遠目で見るとデイブ=コリンズに似てる男。

「さすが、アンドリュー。若いが、腕前もさることながら、統率もバッチリだったな」

「そうですね。大佐」

ランバート大佐は、アンドリューという若い男に感心顔で微笑んでいた。

大佐の高評価に側近の男性も、同意と頷く。

(へぇ! 葉月と同期の男ね?)

同期と言ってもこの大基地のパイロットは沢山いるだろうから……。

どこまで葉月と親しいかなんて、隼人はこの時さほど意識はしなかった。

しなかったのだが──。

微笑みかけたランバート大佐に気が付いた『彼』が礼儀正しく甲板から敬礼をした。

「こういう所もぬかりない」

ランバート大佐は、『彼』の礼儀正しさに今度は感嘆のため息までこぼしながら

さらなる笑顔で『彼』に敬礼を返す。

無論、上官に従って側近の彼も……つられて隼人も敬礼をした。

 

すると──。

見慣れない日本人隊員がいる事に『彼』が気が付いたようで……

敬礼を解いた後……。

彼の背後の甲板で、チームメイトが次々と着艦する中……

ジッと隼人を見つめているのだ。

「──??」

隼人が戸惑って、ちょっと微笑みをこぼすと……。

彼がスッと視線を逸らして背を向ける。

そして──着艦したチームメイトの一人の側に寄っていった。

「ケビン=バレット。アンドリューの『パートナー』で同期。

フロリダ空軍では有名な若手タッグだよ」

隼人の横で、ランバート大佐が呟いた。

アンドリューとか言う『彼』より、少しばかり小柄の……黒髪の青年だった。

 

「──!?」

金髪、短髪の彼と……黒髪のアメリカ青年が二人……。

隼人の方へまた視線を送ってくる。

その顔が、遠目だが強ばっているようにも見えた。

「日本人の君が気になるみたいだね? それとも……同期のミゾノ嬢の側近だって……

もう何処かで聞きつけて気になっているのかな?」

隼人に『直感』が走った!

『葉月とかなり親しかったに違いない』と──。

二人のアメリカ青年は、妙に冷たい視線を一時……隼人に送って、

二人で背を向けてお互いに耳打ちをし合っている。

『プレストンにバレットね……覚えておこう』

隼人は鼻白み……パイロット達が帰還する甲板を暫く眺める事に集中を傾ける。

バインダーのエディのプロフィール。

ロベルトと作った『評価表』にコメントを書き込み、ランク付けのチェックを入れる。

パイロット達は隼人がいる空母艦入り口とは違う扉へと……

ランバート大佐に敬礼をしながら消えていった。

 

メンテ員達が、機体を整列させるために牽引を始める。

プレストンフライトチームの機体を甲板に整列させると整備を始めた。

「今日は……近くで見ると怪しまれますでしょうか?」

隼人はそっとランバート大佐に意見を伺った。

「いや? 大丈夫だろう。まだ、引き抜きという話は何処にも漏れていないはず。

お目当ての彼が気構えない今なら、

『小笠原メンテ中佐の参考見学』ぐらいで接してくれるだろうしね?」

(なるほど──)

と……隼人は許可を得て、甲板に足を向けることにした。

 

「お疲れ様です! 小笠原四中隊から参りましたサワムラです。お邪魔します」

隼人は、メンテチームの自分より年上のキャプテンに敬礼、挨拶をする。

「……四中隊? ミゾノ嬢の!?」

キャプテンは源中佐ぐらいの40代の男性だった。

胸に貼り付けている『ワッペン』は、隼人と一緒で『中佐』だった。

だが──彼はそれが『ミゾノ中隊の一員』と解っただけで顔色を変える。

途端に機体から離れて、隼人と向き合い握手をする為に手を差し出してくれた。

「私は、ウィグバード」

「フロリダの空軍を知りたくて、大佐嬢に無理言って来てしまいました。

暫く、いろいろなチームを見学するつもりです。ウィグバード中佐、宜しくお願いいたします」

隼人の物怖じしない笑顔に逆にウィグバード中佐の方が戸惑っていたようだった。

隼人が……と、いうより『大佐嬢の部下』という事を気にしているというのは隼人にも解っている。

キャプテンが顔色を変えたから……チーム一帯にもそのムードが流れたようで

各機に散らばったメンテ員一同の作業の手が緩んだようだった。

隼人は『見学しても構いませんか?』とウィグバードキャプテンに如何いつつ……

エディに目線を走らせた。

エディは……四号機で他の先輩達の『お客が来た』というざわめきも何のその──。

たった一人……、コックピットに頭を突っ込んで黙々と作業に取り組んでいた。

(そう、その『集中力』──!)

隼人は心でひっそりほくそ笑んだ。

『エディ! ミゾノ嬢の中隊にいるメンテ中佐だぞ! 挨拶しろよ!』

一緒に四号機で組んでいる先輩に背中をはたかれて、やっとエディは顔を上げたようだ。

(別に俺が邪魔しているんだから、挨拶なんていらないよ)

隼人は、エディを『不届き者』扱いする先輩をすこしばっかり睨みそうになった。

顔を上げたエディと視線があった。

赤毛にロベルトのようなグレーの瞳。

あどけない表情が隼人の心にまず焼き付いた。

隼人がニッコリ……微笑むと……。

エディは何を感じた訳でもなさそうで……

『お客様? 関係ないよ』とばかりにコックピットにまた頭を突っ込んでしまった。

(あー。なんか俺と同じ物を感じる……)

隼人は若き頃の自分を見ているようで、やや苦笑い。

でも……素っ気なくて、それでいて『整備が一番』のその青年を益々気に入った。

「お構いなく。皆様の整備が見たかったので、気にせずに続けて下さい。

ああ……発進の誘導もお見事でしたね。

小笠原のトップメンテチームと同じレベルの様で驚きました!」

この感動は正直な感想だった。

源のメンテチームと同じ俊敏さを目の当たりにしたのだ。

小笠原と違って、フロリダには数々のフライトチームにメンテチームがあり

『中隊分け』されていない。

『空部隊』と大きな部隊として取り使われていて、

フライトチームに専属のメンテチームはない。

その日の日程で、フライトチームとメンテチームがランダムに訓練で甲板を供にする。

小笠原で言うなら……源チームが……ロベルトチームが

毎日、他の中隊のフライトチームと当たるという形になる。

それだけに……どのフライトチームにも対応できる『一定化』したレベルを隼人は感じた。

(小笠原では考えられない形態だ)

まだ基地内全体で『連隊』という小笠原では考えられない規模。そしてシステム。

だから、そこは正直にキャプテンに伝えた。

勿論……隼人の出現に戸惑っていたキャプテンはホッとしたように嬉しそうに微笑んでくれた。

隼人はまずウィグバードキャプテンの整備を覗く。

ホーネットのコックピットまで取り付けられた梯子を使わせてもらい、コックピットまで登った。

手際よく手慣れた『コックピットチェック』

キャプテンとタッグを組んでいる中年の男性が、ホーネットの下部にまわり

キャプテンの指示で動く。

(ううむ! さすが!!)

やっぱりその早さ、的確さに隼人は唸った。

この早さではエディの四号機に行くまでに、全機整備が終わってしまうのではないか?と

気持ちが焦った。

だから、すぐに……あのアンドリューが操縦していた一号機から降りて……

何気なく……四号機に近づいてみる。

四号機──。

エディはコックピットチェックは先輩に任せて、先輩の指示で機体下部にいた。

「ハロー?」

「ハロー」

隼人が声をかけると、エディがやっと反応してくれた。

「……」

だけどすぐにエディは……『中佐』が側に来ても狼狽えることなく……。

淡々とした表情で、ドライバーを手にして機体内部を開けて集中してしまったようだ。

(それでいい)

整備には『余所事』は『不要』だ。

集中力がすべてだ。

だから隼人はあれこれ声をかけずに……ジッと真顔で見守った。

手は他の先輩に比べると確かに遅い。

だけど──

『本当に好きなんだ』

彼が機体に愛着を持って触っているのが隼人には通じた。

子供か……恋人か……それとも家族か?

そう言う『心』で接していると解った。

丁寧に丁寧に……接している。

隼人が『期待したとおり』の隊員……。

今日は……それが解っただけで満足だ。

隼人はそっと四号機から離れて、後の機体の整備具合も参考までに眺める。

その足でランバート大佐の所に戻った。

 

「大佐。有り難うございます。本日はこれで結構です」

「そう? 後はお昼に1チーム入っているね? 一人でいけるかな?」

「はい。今後はメンテキャプテンに私自身から交渉して見学を申し込みます」

「参考になったかな?」

「それはもう──。やっぱり……自分はまだまだと痛感しました」

隼人はそこは……妙に脱力した気持ちだった。

自分はまだ、小笠原でも『未キャプテン』であり、キャプテンとしても一番後輩になる。

それなのに……こんなレベルを見せつけられては、ハッキリ言って自信を無くす。

それこそ……苦悶はしているだろうがエディの方が

隼人より経験豊富?とすら錯覚しそうになった。

 

だけど、隼人は内心ほくほくで午前中の見学を終了し、一端甲板から陸に戻る事にした。

 

 

 午後にも1チーム見学をして、この日は夕方メンテ本部に戻った。

残った時間は明日の見学のため、各班室にいるというメンテキャプテンに許可をもらう手続きを。

そうして一日が終わろうとしていた。

夕方、本部の窓際の席でノートパソコンと睨み合っていると……。

『ピッポー』

丁度、オンラインに繋いでいたのだがメールが一通届いた。

 

(ん? ジョイかな?)

半分……葉月の事を期待した。

『おはよう』

 

『もう業務は終わりましたか? お疲れ様。

今日も一人で車で出勤。朝ご飯作ってくれる人がいないから大変!』

 

葉月からだった!

 

(おお!? こいつがこんなマメなのは驚きだな!??)

しかも文面がだんだん彼女らしくなってきた。

『フレンチトースト、隼人さんのじゃないと美味しくない』

そんな朝を一人で過ごしてきた彼女の『不満』まで女の子らしく書かれていた。

『いかに日頃、隼人さんに甘えているか身に染みています。

それに……一人の食事は味気ないです』

「そうだろー。お前、朝飯滅多に作らなくなったよな?」

どうしてか? 目覚めは隼人の方が早いのだ。

あれだけ葉月は隼人より早く寝ているのに……。

葉月も隼人より早く起きればちゃんと支度はしてくれるし、それなりのメニューは作れる。

だけど……なんだかいつの間にか隼人が朝はほとんど作っている。

『フレンチトーストは、隼人さんじゃないと美味しくないと解ったので

明日からは作りません!』

「あはは……!」

隼人は、他の隊員に聞こえないようにモニターに顔を隠してそっと笑った。

 

『それはそれは……意外な事でお褒めいただいて光栄です。

やっと俺の有り難み解ってくれた?』

そんな事を返信の冒頭において……

『今日は初めてフロリダ空部隊の見学へと空母艦へ出ました!

ロベルトから話には聞いていたけどレベルの高さに感動です。

それから……葉月には狙ったメンバーの事はあまり説明していないけど

俺が目を付けた候補員、レベルと俺が狙った性質に関して手応えありました。

また夜、細かく説明の返事を送ります。

ちゃんと昼飯も食って……トレーニングも気合い入れろよ?』

 

そう打ち込んで早速、送信した。

 

「隼人君! もう終わるなら一緒に帰りましょ!!」

本部の入り口で、また登貴子が叫んで手を振っていた。

「博士。もう、遠慮せずにサワムラ君の席までどうぞ?」

入り口にいる本部員が登貴子をまたもや丁寧に迎え入れて入室をさせていた。

「お母さん。お疲れ様です」

「あら? ちょっと日に焼けたかしら? 甲板にでたらしいわね?」

隼人をお迎えする事に嬉しそうな登貴子の顔。

「なんだか、学校から帰るのに迎えに来てもらった気分です」

「あら? 嬉しい事、言ってくれるわね? 一緒にマーケットに行かない?」

「え!? 買い物ですか? 是非! うわぁ、アメリカマーケット楽しみだな!」

「でしょ?」

隼人は丁度切りよく業務も片づいたので、急いで帰り支度をして

登貴子と本部を後にした。

 

その夜──。

隼人はまた……葉月にメールを送った。

エディの事を葉月に報告したのだ。

寝る前に……また……葉月から返事が来た。

 

『隼人さんがそこまで惚れ込んだメンテ員なら……私も会ってみたいわ』

 

絶対に──会えるようにしてみせる!

隼人はまた張り切った返事を送信して……

 

この日はフェニックスが窓から見える景色を眺めながら、スッと眠りに付いた。