31.上司と女

 

 「マーティン少佐!」

 マリアは輝く笑顔をこぼして、自分が詰めている教官室へと戻ってきた。

「あ、お帰り」

教官は専門別に何人かで班を組んで動いている。

そのいくつかの班を取り仕切っている責任者の一人が……マーティンだった。

マリアは笑顔で迎えてくれた青い瞳の上司にサイン書を差し出した。

「父からも許可が出たんです。サワムラ中佐も認めて下さいました!」

「──!?」

マーティンが驚いた顔をした。

皆には『無理』と言われたのだから、応援してくれた彼が驚く事にもマリアは疑問は抱かなかった。

「……!? サインの数が余計にあるな!?」

マーティンは、ブラウン少将のサインに驚いた後──。

その下にある二名新たに加わっているサインを見つけてまた驚いていた。

「その……」

葉月のサインについて、説明する言葉を探していると……

「ハヅキ……ミゾノ? ミゾノ!?」

父のサインよりも驚いた声を上司があげる。

「あの……ミゾノ中将のお嬢様である小笠原の大佐嬢が……昨日突然帰省されていて」

「大佐に……計画書を見せたのか!?」

妙に狼狽えているように見える上司に首を傾げながらもマリアは『YES』と答える。

「サワムラ中佐の所に最後のお願いに行きましたら……

彼女が……いえ、大佐が丁度、中佐のお仕事具合の確認に来ていたみたいで……」

「大佐は……なんと言ってサインしてくれたんだ?」

いつもマリアの目の前では落ち着いている上司が、変に顔色を変えているので

マリアは益々訝しく感じたが……。

「……あの……」

本当の所は葉月が何故、サインをしたかは確信は持てないから

やっぱりマリアは言葉に詰まった。

マリアの返事を待たずに上司は次への質問と急ぐ。

「大佐嬢がサインをしたからか? サワムラ中佐も許可したというのは?」

「大佐がサインするなり……中佐自ら父の元へお願いに足を運んで下さいまして……

そこで父と二人で相談している間に、中佐のサインが増えていたんですけど……」

「サワムラ中佐が自ら将軍室へ行ってくれたと!?」

「は、はい……」

マリアは『あら?』とちょっと違和感を感じた。

あれだけ推してくれて応援してくれた上司がまだ『良かったな!』と喜んでくれないし……

それどころか『どうしてこうなった!?』という質問ばかりしてくるし……

なんといってもその狼狽え具合がしっくりこなかったのだ。

「……」

暫く、マーティンはサイン書を眺めて真剣な面もちをしていた。

 

「そ、それで? ブラウン……サワムラ中佐はなんと?」

やっと言葉を発したが歯切れ悪い。

「今からミーティングをしようと仰って下さいまして……。

それで……明日から空部隊へアシストへ出向くことで、

私の講義について上司と相談したいと言ってこちらに戻ってきたのですけど……」

自分の講義を……他の教官にしてもらう。

そういう事が実際許されるのだろうか?

マリアは、今までサインをもらうこと……、アシストになることで必死だったが……。

その後に展開する自分のセクションへの負担を念頭にしたことがなく

今になって急に不安になった。

だが──そういう心配をせずにこうして必死になれたのも

上司である彼が『大丈夫、良いことだ、やってみたらいい』と勧めてくれたからだ。

彼はマリアの『成功』を望んでいた。

だから──『成功後』の対処についても考えてくれている。

そういう『安心感』があっての事だと思っていたから……今までは『不安』はなかったのだが……。

「…………」

また上司のマーティンが黙り込んでしまった。

「……ブラウン、行っておいで。中佐がお待ちだろうからね」

「え? あ……はい。有り難うございます」

「明日からのことについては、その中佐と君のミーティングで決まったスケジュールで

こちらのフォローを考えるから……」

「ご迷惑おかけします……」

「いや、構わないが……」

なんだかいつも笑顔で寛大な彼が、もの凄く怖い顔をしているようにも見えるが……

マリアが頼っているだけあって、彼は仕事では勿論冷静な方だ。

その仕事の顔で、既に次にやるべき『フォロー』を思い描いているとマリアは思いたかったのだが……。

「何時頃、終わりそうか?」

マーティンが平淡な口調で呟いた。

「はい?……あ、それは……サワムラ中佐とどのようなお話になるかまだ解りませんし」

「明日の為にも一端、サワムラ中佐の意向を報告して欲しいのだが……」

「勿論……いたしますけど……」

 

「いつものバーで待っている」

「……!」

マーティンはそれだけ言うと、サイン書を手にし席を立って外に出てしまった。

『電話で連絡します』

そう言いたかったのだが……。

ここ最近……何かと言えば、彼とその酒場に出かけてはいた。

それだけの事だから……特にその言い付けに違和感は湧かなかったが……。

 

「……いかなくちゃ」

サワムラ中佐には絶対に迷惑はかけられない。

それが父の条件だから。

だからマリアはそのまますぐにメンテ本部をめざした。

 

でも──推してくれた上司が喜んでくれる笑顔を見せてくれなかった事。

それが期待はずれとして、マリアは廊下を歩く間、妙な脱力感を感じていた。

 

 

 夕方の本部室、終業時間を迎えて、帰宅支度をする者……

業務を続ける者などの動きが出て本部内は昼間と違って動きがありざわついていた。

一番奥、ミーティング場になっている窓際の一つの席。

そこでノートパソコンを目の前にして、葉月はキーボードをパチパチと打っていた。

 

「うーん……?

『澤村中佐も御園大佐も不在なので、最終的な許可を得るのは何処の部署が一番か?

他中隊でスムーズに納得してくれる一番良い形。一番早い手順を……』ね?

ジョイがいるんだけど……、ジョイは総合管理だから忙しいだろうし?

不在の場合もあるから……ね。そこで困っているのかしら??

そうねぇ?……ふぅ。

まず、五中隊の管理課に行き許可を得てから他中隊へ訓練手配して下さい、っと。

それから……ええっと、私と澤村が不在の間は今まで通りウィリアム大佐に……」

 

隼人に頼まれた『小笠原向け』の空軍管理の『質問メール』を作成中。

 

「ふぅ。これでOK? 送信っと……」

 

二通ほど返信したところだ。

 

「お先に、サワムラ君遅いね」

目の前の席、先程葉月にクッキーをくれたドナルドが、鞄を持って席を立ったところだった。

「先程はごちそうさま……。懐かしい味でしたわ。もうお帰りなの?」

「うん、今日の所はね」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様、Miss大佐」

変わらず気さくに話しかけてくれるので、葉月もつい……

以前から会話を交わしているかのようにして接してしまっていた。

ドナルドが同僚と供に本部を出ていこうとしていた所に……

入り口に隼人が姿を現した。

 

『お、お帰り!? どうだった?』

ドナルドが隼人に声をかけているのが葉月が座っている席から見えた。

『ああ、なんとかね』

『へぇ! やったね』

『喜んで良いかどうかは解らないけどね』

『中佐なら大丈夫だって! じゃ、また明日』

『サンキュー。また明日』

 

それとない会話を交わして二人が笑顔で別れた。

(ふぅん……。結構慣れ親しんでいる様子ね?)

隼人がフロリダに来て数日。

その男二人はすっかりうち解けた様子に見えて、彼の気さくさがそうさせていると解る。

葉月はドナルドの性格に感心したほど。

 

「只今、戻りました。大佐」

隼人がそれとなく敬礼をして席に戻ってきた。

よその本部にお邪魔している手前、いつも以上の側近振りで葉月はちょっと戸惑う。

だけど……これが隼人の側近としても素晴らしいところではある。

「お疲れ様。どうだったかしら?」

葉月が尋ねると、隼人はにっこりほほえみ、いつものお兄さん顔でグッドサインを出してきた。

「そう……さすが中佐ね……。少将を説き伏せちゃうなんて……」

そこで葉月は、自分とマリアの関係について……。

この話題に『触れた』と悟った。

そうでなければ……あのリチャードが許可なんてするはずない。

隼人にはマリアとの関係については何も語ってはいないのに……

リチャードが抱いている『レイがサインした!?』という疑問から出てくるだろう

『聞いたこともない幼い葉月の話』を耳にして……上手く察して説き伏せてくれた……。

そう思うことが出来た。

 

だけど……いつもそう。

隼人は葉月には面と向かって問いたださないが、

どこからともなく聞いてきた話についても、あからさまに『聞いた』とは報告せず、

その代わり遠回しに『こうすればよいじゃないか?』と手を下してくる。

リチャ−ドにサインをさせたのは『隼人』だ。

彼はきっともう……動き始めている。葉月のためにどうすればよいかと……。

(今回は、隼人さんは……どう私を……)

『説明書』を付けて、動かそうとするのだろう?

葉月は最近、隼人と供に前に進むとき、そう感じるようになっていた。

 

「空軍管理に二通だけ……返信したから」

「おっ。サンキュー!」

途端にいつもの彼に戻ったので、葉月もほっと頬をほころばせて席を譲った。

隼人は席に座るなり、自分の書類をバタバタと揃え始める。

「ああ……今からブラウン大尉と明日からの仕事についてミーティングするんだ。

ちょっと帰りが遅くなるかも知れないから……お母さんにそう伝えてくれる?」

「そうなの……。うん、解ったわ」

「彼女、張り切っていたよ」

「そう……」

自分でサインをしておきながら……やっぱり『彼女』に関しては妙に反応が稀薄になってしまう。

だけど、隼人も葉月の短い淡泊な返答にとりたてて何も言ってもこない。

「じゃぁ……私は先に帰るわね」

「ああ……」

隼人はノートパソコンに向かうといつもの淡泊な受け答えで集中しはじめていた。

そうなると、たとえ葉月でも取っつきにくくなるので、そのまま去ろうとした。

「大佐?」

「……なに?」

隼人がモニターを眺めるまま、眼鏡の奥からの視線は冷静なままの姿だったが……

「……大尉の上司についてなんだけど」

神妙な面もちで、尋ねてきた。

「……それが?」

「昨夜、渡してくれた報告書にもあったけど……。

彼は……彼女の仕事に寛容なのは……『上司』として? それとも……」

まだ報告書の内容についても、それほど顔をつきあわせて話し合ってもいない。

だけど──隼人がそこに気が付いたようなので葉月は、自分の相棒の察し良さに感心。

「どっちだと思う? 『澤村中佐』は?」

そこで隼人の意見を探り出そうとした。

「……例えばだけど? 俺なら彼女の計画は差し止めるけどね……。

彼女が心の中の深い思いを上司に語っていた場合……。

お前や俺、ジャッジ中佐、そして彼女の父親。

皆がサインしたような気持ちも働いていたのだろうか?ってね?」

葉月は『上司の素性』はすでに確認済であるが……

なるほど? そんな風な良き男性として診ることも出来るのだな?と思ったが……。

「……『異性』という感情を交えて許可していると私は判断しているけど?」

葉月がシラっと答えると、隼人がマウスを動かす指を止めて、フッと葉月を見上げた。

「言い切るな? 調べたのか?」

「……だから昨日、工学科で、今朝の悪戯3人組と偶然鉢合ってしまったの」

「それで? 昨日? 早速工学科に、その男を確認しに行っていたのか!?」

「そうよ 同僚と話しているところまでバッチリね」

葉月はマーティンの口から出てきた数々の言葉を思い出して、ムッとした口調で言うと

なんだかんだとうろうろしている葉月の『裏行動』に隼人は面食らっていた。

「本当に一人で何をしていたかと思えば、そういう事をしていたのか?」

隼人は呆れたようだが、いつものお小言はそれ以上は出さなかった。

 

「……『異性』というのは? マリア嬢の為に良い方向へ導きたいと思っているなら……

『彼女に好意を抱いている』と言う事だよな? その上司は彼女を異性として良き相談者?

そういう心積もりで、彼女の無茶な計画をバックアップしてあげた男性になるなら……

なかなかどうして? 職務的にはどうかと思う部分もあるが

理解ある良い男じゃないかと思ったりしたんだけど……」

隼人が『良き相談相手の男性』として捉えた意見を口にしたので、葉月は益々ムッとした。

隼人が言っている言葉は、確かにマーティンの見た目の姿と変わりないのだが!

「彼、彼女が泣いて帰ってくる方が良いみたいよ?」

葉月が口を尖らせて座っている隼人に訴えかけると……

「!?──なに? それ、おかしくないか?」

「泣きついて欲しいのよ」

「なんで!?」

「頼りがいある男に見られたいんでしょ?」

「ちょっと、待った……」

隼人が額を押さえて、暫く考え込む。

葉月は『あなたはそう違和感あるでしょうね?』と、考える隼人を眺めていた。

そう、隼人なら葉月が泣いて帰ってくる事は絶対に後押ししない。

隼人なら……困難なことでも葉月が笑顔で帰ってくるまで、最後まで後押ししてくれる。

だから──隼人はそういう男のやり方を『おかしい』と感じて当然なのである。

葉月はそこは良く解っている。

それに……

何かにつけて、泣いているマリアを『酒場』に呼び出す男のやり方が気に入らなかった。

別に女性もそれとない『期待心』があるならそれも恋愛へ発展するキッカケの一つだろうが?

マリアの『マーティンに対する感情』が

まだはっきりしていないから多くは決めつけていないのが今の段階であって……

だから、隼人ともそうは意見は交わさない。

だけど──葉月の『勘』は、マーティンの異性としての感情よりも……

『彼女なら……まだ、達也の方を心に残しているはず』と感じていた。

それにあれだけ一直線の性格を見ると、彼女がマーティンを気に入っているなら

今頃、隼人に近づきたい云々よりもマーティンに夢中になっているはずだ。

もう一つ。

(支障がないなら……マイクが問題がありそうと判断した事を報告書に盛り込まないわ)

そう……兄様分であるマイクがその目で見た『判断』を信用していた。

これでもマーティンが心底『マリアの為にしている』という事であれば

葉月はマイクと共々『見解違い』を起こしたことになる。

それはないとそこは今は言いきれる。

マリアの心が彼に傾かなければ、言い切れる。

それに、葉月は幸か不幸か? マーティンと同僚の会話を聞いてしまったのだから。

 

「と言う事は? 彼女の上司は、この計画書も推薦書も……嘘で薦めたと言う事?

そうなると『部下』の為じゃなくて、男である『自分のため』と言うことになるな!

『無茶な計画、誰も見向きもしない』と解っていたって事じゃないか!?

じゃぁ……今頃、大尉が俺達のサイン書を持っていってかなり驚いているって事じゃないか!?」

「推薦書?」

「ああ……最初に来たときにマーティン少佐の推薦書を大尉が持ってきたんだけど」

『どこやった?』と、隼人がデスクに散らばっている書類の中を探る。

「これ」

隼人が見つけて、葉月に推薦書を差し出してくれた。

(まぁ〜ぬけぬけとっ!)

葉月はとりあえずその紙面を眺めたが、見るに値しなかった。

「お前、相当怒っているな?」

先程から、マーティンの話をすればするほど葉月が不機嫌になるので隼人がぼやいた。

「それで? 『澤村中佐』はどうお感じなのかしら?」

葉月の変にかしこまった言葉が、隼人の『男』としての意見を探っていた。

「どうって? 人の男女間の事なんて関係ないね」

「!!」

なんとあっさりといわれて、逆に葉月は驚いた。

「俺が今一番、彼に望んでいるのは『こうなった』からには、口から出任せ通りに……

『ブラウン大尉を推薦したフォロー』を真面目にしてくれる事。

きっと今頃思わぬ方向に結果が出て、明日からの講義の空きの対策に頭痛めているよ」

『自業自得じゃない』と心で呟き、葉月は『男感覚』で寛容な隼人にも腹が立って鼻白んだ。

「その後も、悪あがきするような少佐なら、こっちも考えるね。

こっちの業務にも支障がでるから」

「なるほどね?」

なかなかやっぱり……彼は『お兄さん』だなと葉月はちょっとむかついていた気持ちが和らいだ。

「さて……そういう男と解ったのはいいけど……。

俺は彼からは一度も連絡を受けていないことを不思議に思っていたんだ。

まぁ、俺も、この計画については却下するつもりだから、改めて連絡はしなかったんだよな?

こうなったからには……彼に一度連絡した方がよいかな?」

「そんな事中佐がしなくていいわよ。

向こうから申し出てきたんだから、最初にお伺いを立てるのが筋じゃないの?

その責任は少佐にあると思うけど?」

葉月はやっぱりむかついて、そう言い捨てた。

「確かにね……。ただ、つい先程まで俺を含めて皆が『無茶で却下は当然』と思っていたんだ。

それは推したとはいえ、マーティン少佐も彼女の勢いに負けて

『仕方なく推薦』したかも知れないし……」

「それはないわね」

葉月がまたもやキッパリ言い切ると、隼人が葉月を椅子から見上げた。

 

「お前、『忘れ物』の他にもいろいろ思うところあってサインしたんだな?」

「……」

ズバリ正解で葉月は、なにも言えなくなった。

「だから……隼人さんにいっぱい背負わせてしまうかもしれないけど……」

「……彼女とマーティン少佐を引き離すために?」

「……彼、何かにつけて彼女をバーに誘うのよ? 今はまだ良い上司の顔だけど……」

「そこ女の感覚だな。まだ、男女関係がウェイトを占めているとは決まっていないのに……」

なんだか隼人にバカにされたように聞こえたので、葉月は口を尖らせる。

「なによ? 彼女が泣いてからじゃ遅いのよ?

男の『異性を意識した』職務判断で動かされている女性の事を考えて……わたしは……」

「葉月……どうしたんだ?」

隼人があのいざというときの輝く瞳を葉月に放ったので、葉月はちょっとおののいた。

「それはマリア嬢がどういう男か判断するべきであって、お前がすることではないと思うけど」

「……」

それも本当のところは解っている。

隼人にそうして止められると、葉月はちょっと辛くなった。

「解っているんだけど……」

「どうしても心配なのか?」

「あのね……上手く説明できなくてその……達也の事とか私との昔の事とか色々……。

そういう過程があって、彼女を今の状態に追い込んでしまった気がして……」

葉月が困ったように、しおらしくなると、隼人は呆れたようにため息をついた。

「まぁ……お互いにサインをしたんだ。引き受けるしかないけどな」

「怒ったの?」

「いや? お前の……『自分でも説明できない勘』って言うのかな?

それが出たときは俺もなんとも否定できない。

そんな風に思えるから、暫く様子見といこうか?」

隼人が腑には落ちないが、とりあえず受け止めてくれたので葉月はホッとした。

「ごめんなさい。いつも──」

葉月がさらにしおらしくなると、今度は隼人がいつもの余裕で穏やかに微笑んだ。

「あれ? ウサギさんらしくないじゃないか?」

「なによ!?」

「ともあれ……俺は業務の事だけ考えるようにするから。お前はお前で頑張りな」

隼人がいつもの笑顔を葉月に見せてそう言ってくれた……。

「うん……」

マウスをやっと動かし始めた隼人に安心して葉月は改めて帰ろうかと思った時……。

 

「お。来たな? さて、大佐嬢が気にする上司の反応はどうだったことやら?」

マリアが入り口に見えて、隼人がニヤリと葉月に微笑んだ。

『大佐のよけいなお世話』と判断しかけている隼人が、そこは面白がったので

今度は葉月が呆れた眼差しで隼人を見下ろしたが……

マリアが葉月もいることに気が付いて、固い面もちで近づいてきたので

大佐嬢の顔に戻した。

 

「お待たせいたしました、中佐」

マリアがピッと隼人に敬礼をした。

そして──

「大佐、有り難うございました。必ずお役に立てるよう精進いたします」

葉月に向けても凛々しく敬礼を向けてくれた。

「そう、宜しかったわね」

葉月はそこでとりあえずニコリと微笑み……

「では、澤村中佐。『そういう事』で、後はお願いいたします」

葉月はぎこちなく隼人に背を向けた。

「おや? お帰りですか? 『もう』?」

隼人が意味ありげな口調で葉月を呼び止めた。

「後は……中佐にお任せ。報告を待っています」

「そうですか」

隼人の表情は確認できないが……マリアに対してはぎごちなく早々に去ろうとする葉月に

呆れた……というような平淡な声が背中に届いた。

「あの……大佐」

去ろうとする葉月の背にマリアの声も届いた。

「……なんでしょうか?」

葉月はまたもやぎごちなく振り返ると……

「……昨日の男性のことなのですが……」

「ああ……あの3人が何か?」

「本日、私の所に謝りに来ました。有り難うございました」

マリアがスッとお辞儀をしたので葉月は面食らったのだが。

「いえ……それなら良かったのですけど」

「すごかったよ? 大佐の『男と女で勝負!』っていうタンカは」

隼人がニヤリと二人の女に微笑むと……

マリアは驚いて、葉月は隼人を睨み付けてくる。

「よけいな事言わないで!」

葉月はそういうとササッと隼人の席から遠のいた。

隼人のクスクス声が聞こえてきたが構わずに本部を出ようとした。

 

本部の入り口でそっと振り返ると……

隼人が椅子を用意して、マリアと向き合い早速、真顔で話を始めていた。

隼人がああして葉月以外の女性と密着した仕事をしている姿は初めて見るのだが。

これがどうした事か?

変なジェラシーは湧いたりはしなかった。

『隼人さんなら大丈夫』

それもあるし──

『マリアさんなら大丈夫』

それもあった。

なによりもマリアが意識するならば『達也といる葉月』になるはずだったから──。

そんな風にして自分の気持ちを確かめていると……。

 

「レイ。休暇なんだってなぁ?」

「え?」

ポンと誰かに肩を叩かれて振り返ると……

「ア、アンディ……ケビン!?」

そこに金髪で緑色の瞳を冷ややかに葉月に向けている青年が一人と……

黒髪に黒い瞳だが、スッとした鼻筋のアメリカ青年が一人立っていた。

 

 

「……それで大尉、君にまず手伝ってもらおうと思っている事だけど……」

「はい。メンテキャプテンへの意向伺いなどの雑用でもなんでも」

隼人とマリアがやっと話の流れが掴み始めた時。

 

『やめてっ! どうしていきなりそうなるのよーー!!』

 

本部の外からそんな『葉月』の声が聞こえて、隼人とマリアは一緒にハッとした。

 

本部の入り口に目を向けると……

『ケビン! お前、レイの足を担げっ!』

『オーライ!』

葉月が金髪の男に脇の下から抱き上げられ、黒髪の男が葉月の足を持ち上げているところだった。

 

「──!!」

隼人は顔色を変えて立ち上がった!

その姿はまるで男二人が『拉致』でもするかのような異様な光景だった。

「あら? アンドリューにケビンじゃない?」

だけど、目の前のマリアは落ち着いた口調でそう呟いた。

「彼等を知っているのか?」

「え? ええ……彼等は……」

マリアがなにか呟き始めたが……

 

『この! 暴れ馬が!』

『はなしてよっ!!』

葉月がおもいきり大抵抗をしているところで、男達も『拉致』に手こずっている所。

本部で残業を始めた隊員達もその騒ぎ声に『何事か?』と入り口を注目し始めた。

 

「まったく! 何やっているんだ!?」

隼人が半ば呆れつつ、怒りつつ入り口に向かう!

「中佐……あの……彼等は……」

「彼女の同期生か!?」

「ええ、そうですけど……」

それは先日の空母艦見学で見かけてから、隼人は既に解ってはいたのだが、

だからといって、あの様に葉月を『粗末』に扱う所が許せなかったのだ。

(あんなに葉月が嫌がっているじゃないか!?)

もしかして──虐められていた同期生なのだろうか?と隼人は気が気じゃなくて

走るように入り口に向かったのだが……!

 

「やっぱり! アンディ! ケビン!! レイに何しているんだ!!」

 

隼人が入り口から廊下に出ようとしたその時。

廊下の向こうから、一人の男性が顔色を変えてこっちに走ってきた!

「離してやれよ! 二人とも何しているか解っているのか!?」

葉月をなんとか連れ去ろうとしていた男二人の間に割って入ってきた栗毛の男性。

その男が二人の男を何とか葉月から離れさせた。

「ダニー! お前だって解っているだろ!? こいつの逃げ足!」

金髪の男が、栗毛のダニーに腕を解かれてしまって彼に食ってかかりつつも……

「きゃぁぁ!」

金髪のアンドリューが人目も構わず、葉月を背中から抱きすくめたので

葉月が本気で怖がって彼の腕の中飛び上がった!

隼人も我慢限界で、彼等の中に割って入ろうとしたその時!

「いい加減にしなよ! アンディ! レイが怖がっているじゃないか!」

その栗毛のダニーがまたもやアンドリューの腕を振りほどく。

結構、いとも簡単にアンドリューはパッと葉月の身体を解放した。

 

「ダニエル!!」

その途端に、葉月が半べそで栗毛のダニエルの胸に飛び込んだのだ!

 

「!!」

隼人はかなりショックを受けた!

 

金髪の男に抱きすくめられて怖がった葉月が……

その栗毛の男には何の警戒もなく抱きついた!!

あの男嫌いの葉月がだっ!

 

しかもその男、隼人が知っている人間の中でも

──かなりの美男子!──

……だったのだ。