32.ティーンエイジ

 

 

「まったく困った奴らだね? 俺もだしぬかれて置いてかれて、やっと追いかけてきたんだから!」

しかもその栗毛のダニエルは胸に飛びついてきた葉月を

まるで飛び込んできた犬か猫でも可愛がるように葉月の栗毛を撫でていた。

その上……その『ダニエル』という男。

 

隼人の目から見ても、ハリウッドの人気スターの様に超美形だった。

隼人の中で、周りの人間で誰が『美形』かというと……

今のところ、『ロイ』か『右京』が一番の美形だった。

そのロイにも匹敵……いや? それに上回るかも知れないほど……!

そういうハッとするほど整った顔つき。

ふんわりとした品の良いクセが付いた栗毛。

彼が子供であったならどこかの広告にでも出ていそうな『王子様』のような顔つきだ。

 

その超美男子に葉月が抱きついて離れない!

必死に彼にしがみついて、男達の難から逃れようとすがっているのだから……。

 

「だぁってなぁ? お前がいるとレイを捕まえられないしな? な、アンディ?」

黒髪のケビンが、自分達がしていることは『当たり前』とばかりに平然と言った。

「そいつに何度逃げられたと思ってるんだ? ダニー。人を出し抜く、投げ飛ばす。

なんでもござれだぞ? ああでもしないといつまで経っても捕まりゃしない」

金髪のアンドリューも、『これが正当法』と言わんばかりに

『拉致』に失敗して不機嫌そうに呟いた。

「捕まえ方が問題だよ! 二人とも! レイが『女性』だって事わきまえろよ!」

ダニエルは二人の男に、葉月を撫でながら怒っている。

だけど、二人のパイロットは『こいつの何処が?』と葉月を指さして笑い出したのだ。

 

「あ……」

ダニエルになだめられて気がハッキリしたのか、

葉月はやっと隼人がそこにいるのに気が付いたようだ。

『サンキューダニー……』

葉月が髪を整えながら、そっと栗毛の美男子の胸から離れた。

 

「まったく……」

隼人もだいたい解った。

そういう『親しみ深い同期生同志』という事は。

問題は葉月がダニエルとか言う美男子に警戒なく『抱きつく、甘える、撫でてもらう』

それを『自分以外』にこうも簡単に許していることだった。

だが、ここでそんな『男の意地』をさらけだすつもりも微塵もなかった。

 

「初めまして。サワムラ中佐でしたよね?」

金髪のアンドリュー=プレストンが緑色の瞳をキラリと輝かせ

なにやら意味ありげに隼人に微笑みかけた。

「ええ、先日は空母艦でお見受けいたしましたね。プレストン中佐?

そしてそちらが、僚機のバレット少佐でしたよね?」

「おや? 私達をご存じでしたか。それは光栄ですね?」

同じ中佐だけあって、彼は何故か隼人に自信たっぷり微笑み……

そのうえ口調が『挑発的』だった。

まるで隼人が『何故、只今不機嫌』かという事を見抜いて挑発しているかのよう……。

ここで隼人が葉月の事で取り乱すことを望んでいるかのようだった。

だが、隼人もさらに冷淡な顔つきは崩さない。

「私もお名前を覚えて下さっているようで光栄ですね」

平淡に応対すると、向こうは顔にハッキリ出した。

そこに金髪の中佐と黒髪の中佐の視線が冷ややかにかち合い

シンとした沈黙が漂った。

「あのね……中佐」

葉月がなにか取り入るような、言い分けたいような顔で隼人に寄ってきたのもむかついた。

そんな彼女も見たくはなかった。

いつも隼人をヤキモキさせるくらいツンとしたりサラッと交わしたり

そんないつもは男の気持ちもなんのその平然としている葉月には見えなかったのだ。

 

「俺、忙しいから。行こうか? ブラウン大尉」

「あ……はい」

後ろに控えていたマリアを従えて本部に戻ろうとすると……

 

「ブラウンがここにいるのか?」

ケビンがポソッと不思議そうに呟いた。

マリアがその声にチラリと肩越しから、目を細めた視線を流した。

「ええ、そうよ? 今度こちらの中佐のアシスタントにさせてもらったの。『大佐』にね」

マリアが彼等にツンとした受け答えをしたので……隼人は『おや?』と首を傾げる。

どうも彼等とマリアも顔見知りのようだった。

「そうなのか? レイ?」

「レイ、今の事、本当!?」

「お前、正気かよ!?」

3人の同期生が口を揃えて葉月に詰め寄っていた。

 

「うるさわね! 私の仕事なんだから! 文句ある!?」

妙に心配めいた彼等の狼狽え振りに葉月がいつもの気の強さで言い返していた。

 

「なんだか……頭が痛い」

隼人が額に指をあてながら葉月とその同期生の騒々しさから背を向けると……

「解ります。私も昔からそう……」

マリアも疲れた顔で呟いたので隼人はまたもや『おや?』とマリアを見下ろした。

「いつも騒々しくて、変なことばっかりしていて。理解できないわ」

マリアはそういうとすぐにでもそこを離れたいとばかりに……

ツンとして隼人より先にスタスタと窓際目指して行ってしまった。

「な、なるほど……」

それは同感と思いつつも、昔からあの騒々しさなのかと隼人は苦笑いをこぼした。

 

(まぁ……そういう事なら大丈夫かな?)

そんなに仲が良かったのなら、葉月を女の子として、ちょっとからかう男の子達に見えてきて

隼人も気が静まりかけてきた。

美男子に抱きついた葉月にはだいぶ納得行かないが。

 

「あの!」

隼人がマリアと一緒に背を向けた入り口に、その美男子ダニエルが隼人を呼び止めていた。

「なにか?」

葉月が彼にだけ警戒を抱いていない事の悔しさでちょっとばかり

隼人は冷ややかに答えたのだが……

彼は笑顔で本部に入ってきて、隼人に向かって一直線!

隼人の目の前に来た彼は満面の笑みで隼人にニッコリ屈託なく微笑みかけてくる。

そのうえ……隼人の手を彼から『ぐっ』と握ってきた!

「私、ダニエル=ハミルトンです……。あなたがサワムラ中佐? お噂はかねがね!」

「あ……はい」

隼人は戸惑いつつ、彼の肩章を確認すると……

『少佐』

少佐に中佐に大佐の同期生とはなんとも豪勢と隼人は唸った!

そういう同期生組らしく、いかに葉月が入っていた『特別校』が

レベル高きコースであるかを物語っていた。

だけど目の前の彼からは、そういう『出世の貪欲さ』が伺えない。

なぜか本当に汚れ無き王子様に見える。

「ちょっとダニエル!」

そこへ葉月が怒ったようにして隼人とダニエルの間に割り込んできた。

しかも……隼人とダニエルが握手をしている手をほどこうとするのだ!!

「な、なにするんだよ?」

挨拶の握手を振りほどくなんて!?

先程からどうも葉月の行動が読めない!

それに葉月はあれだけ甘えていたダニエルをもの凄く警戒した目つきで威嚇しているのだ。

「──??」

本当になにがなんだか訳が解らなくて、マリアじゃないが隼人もここから一刻も早く離れたくなった。

 

「やだなぁ〜。レイ……そんな怖い顔しなくても……。

レイ、この前ドクターママに会った時に聞いたよ? 彼との『関係』。

ママは嬉そうに自慢してくれたよ? 解っているよ♪ ちょっと挨拶だよ、挨拶」

『ママったら!』

葉月が『お喋り』とぼやいたが、どうやら本当に彼等と葉月は親も認める同級生らしい。

登貴子の口から、彼等に『葉月に素敵な彼が出来たのよ』と恋仲であることは承知済のようだ。

「彼はダメ!」

葉月が、怒りながらダニエルに食ってかかっている。

「あはは、残念」

 

『彼はダメ』? 『残念』?

その言葉に隼人が眉をひそめていると……

「それにしてもレイがそうして怒るほどの『彼』をゲットしたって事なんだね〜?」

ダニエルが隼人をうっとり見つめて、足から頭まで見つめたのだ。

なんだか……隼人はその眼差しに背中にゾッと何かが走った。

すると、入り口でアンドリューとケビンが何か解っているかのようにニヤニヤとこちらを観察していた。

(も、もしかして!?)

隼人はビックリして……目の前で微笑む美男子から後ずさりそうになった。

「彼?って言うのかしら? 彼は私の『姉貴分』って言ったら……解るかしら?」

葉月が隼人を探るように、変に真剣な目つきで訴えかけてきた。

「そういう紹介ってある? レイ。俺だって一応女性とも経験あるけど?」

『マジっ!?』

隼人はあんぐりとして、その美男子を見つめる。

「ダニエルは欲張りよ。でも男性の方が大方お気に入りみたい?」

それを聞いて隼人の腕にまたザッとトリハダが立った!

「いいね〜。レイはこんな頼もしそうな彼が出来て……」

ダニエルが羨望の眼差しで隼人をまたうっとり見つめる。

「サワムラ中佐ってフランスが長かったんでしょう?」

にっこり微笑む彼の笑顔が……葉月が言うとおり『お姉さん』に見えてきた!

つまり『ゲイ』? いや──女性もござれなら『バイセクシャル』という事になる!?

軍隊は男の固まりに近い、そういう『人間』がいるという事は噂で良く聞くが

こうして目の当たりにしたのは、隼人も初めてだったのだ。

これで葉月が警戒なく抱きついた訳? 疑惑?も難なく解けた!?

(つまり? つまり?? 葉月にとっては彼は女性であって彼から見ると葉月は女性で??)

隼人が頭の中をぐるぐる整理しようとしている間もダニエルはニコニコと見つめてくる。

「サワムラ中佐?」

「は、はい?」

さすがの隼人も引きつり笑いしか浮かべられなかった。

「こうしてお騒がせして申し訳なかったのですけど……。

私達4人は、訓練校で同じチームで動いていたんですよ。4人一組のね?

私達の班に彼女がツーステップして入ってきたんです」

つまり、ダニエルもこの優美な雰囲気で『パイロット』という事らしい。

「ああ……そうでしたか……」

「ご心配するお気持ちは重々解っておりますが……彼女を暫くお借りして宜しいですか?」

ダニエルはにっこり優美に微笑んで葉月の肩を抱いたのだ。

葉月も彼を見上げてニッコリ。

男達に襲撃されたにも関わらず、すっかり安心しきった顔でダニエルに微笑み返していた。

「え、ええ……どうぞ? は、葉月?」

つい彼女を名前で呼んでしまった。

「なに?」

葉月がにっこり女の子の笑顔で隼人に微笑む。

「その……楽しんでおいで? なんだか久し振りみたいだしゆっくり話しておいでよ?」

「有り難う」

『彼』から許可をもらえて葉月が嬉しそうにして、ダニエルの腕に掴まっていた。

ハタから見ると、妙な光景だ。

冷たい大佐嬢が、超美麗な青年に甘えている姿なんて。

ちょっと間違えれば、変な噂でもたちそうなほど……お似合いといってもいいくらいだ。

『けっ。ダニーの奴、イイカッコ振りやがって』

そんなアンドリューの声が小さく聞こえてきた。

だけどダニエルはさらに隼人にニッコリ。

「ご安心下さい。ケビンは結婚しておりますし、アンドリューはああみえて女性に奥手です。

飛行機バカなんですよ。私のタイプじゃない汗くさく熱いだけの男」

葉月は葉月で……『クス』と笑ってアンドリューに勝ち誇った視線を送っていた。

「あ、そうですか……それは……」

隼人はさらに引きつり笑いでしか笑顔が作れない。

「それに……こういってはなんですけど……」

ダニエルの口調が急に滑りが悪くなった。

そしてダニエルは葉月を確かめるように見下ろした。

葉月は何かダニエルに頷いて、そして恥ずかしそうに俯いてしまったのだ。

「?」

首を傾げる隼人にダニエルは真顔になって、急に男らしい顔で隼人を見つめた。

「……葉月の事……良く知っていますから。

彼女の『傷』の事なども、良く心得ている男達です。あんなふざけた事してもね……」

「!!」

急に『葉月』と彼が言い、そして……葉月の過去を知っているから

『何がタブーかは良く知っている、だから安心して貸してくれ』と言っているのが伝わった。

つまり葉月が十代の頃、学生生活で一番信頼していた男達という事になる。

 

「そうでしたか。では……お任せいたします」

隼人もやっと落ち着いた眼差しで応えることが出来た。

ダニエルは隼人の落ち着きを確かめて、にっこり優美な笑顔は絶やさない。

「奥深く、静かで頭の良い貴方のような男性が私の……」

隼人はまた、ピク……と、笑顔が止まってしまった。

「ダニー!」

葉月が色目を使う美男子にまた食ってかかった。

「行くわよ! もう──!」

そんなに怒らなくても隼人はハナから『ノーマル』なのに……。

葉月は今にも美形同期生に隼人を取られるような危機感をありありと醸しだし

ダニエルを引っ張り入り口を出ていった。

 

『そこまで怒らなくても』

ダニーが無理矢理引き離されてご不満のようだが……

そこは『姉貴分』??

葉月をちゃんとエスコートして笑顔は絶対に絶やさない。

『ふん。おまえが男を大切にするなんてがらじゃないぜ?』

それどころか葉月のそんな感情表現が気にくわないのはアンドリューの方に見える。

『ああ、どうでもいいだろ?せっかく4人揃ったんだぜ? カフェに行こうぜ』

ケビンは一番落ち着いていた。そこは既に結婚している男の『蚊帳の外』のような落ち着き。

 

「なんだよー」

隼人は嵐が去って脱力。

マリアをチラリと見たが、彼女はこちらを伺いつつも冷ややかな眼差しのまま。

「なんでゲイに嫉妬して、女と一緒にいることには嫉妬しないんだろうな??」

マリアは女に見えなくて、ダニエルの方が女に見えているかのような勢いで……

隼人はため息をついて窓辺の席に戻った。

 

 

「お待たせ……」

隼人がくったりとデスクに腰をかけるとマリアが『くすり……』と微笑んだ。

「ね? お疲れになるでしょう?」

「確かに──」

隼人はげんなりと応えて、手元の書類を広げた。

 

するとマリアが妙に砕けた仕草で頬杖をしてフッと溜息をこぼした。

「……どうした?」

隼人は先程からマリアの反応が気になったので尋ねてみた。

「彼女はいつもそうして『ああいう男性』と一緒。結構、恨まれているのよ」

「ああ──ありがちな事だね」

男と一緒にいるだけで、同性の反感を買う。

それは以前にも葉月がすこしばかり気にしていた事だし

隼人も小笠原基地内でそんな女性隊員からの雰囲気は肌で感じていた。

それにそんな『ありがちな事』を今更葉月じゃない女性から言われた所で

そんな問題、同性からのこうした『抗議』の言葉を聞いたとて『女のつまらない戯言』としか

男の隼人には思うことしかできない。

だから……流そうとしたのだが……。

「私の友人にもたくさん……。ダニエル=ハミルトンに振られた人が何人もいるんですよ?」

「え……!? 友人って女性だよね!?」

隼人が思わず背筋を伸ばして真っ直ぐになると、マリアが眉をひそめた。

隼人が驚いたのは『男』として話しているのか?

『女=ゲイ』として話しているのか?……解りかねたからだ。

マリアは首を傾げつつも

「女性に決まっているではないですか?」

……と言ったのでホッとした?

そしてマリアは続ける。

「彼等のグループはパイロット研修生の中でもトップクラスだったんですよ?

訓練校生の時、どれだけの女性達が注目していたか……。

アンドリューはあの通り、リーダー格でしっかり者。4人のまとめ役といった所。

ケビンはちょっとクールでつかみ所がなくて……。

そしてダニエルはあの通り基地内でも有名な美男子だし」

「ふーん!? 昔から目立ってはいたんだ」

こんな話をしている場合でもないし、切り捨てるのがいつもの隼人なのだが

おもわず……反応してしまう。

「私、アンドリューに振られた事があったんですよ」

「え……!」

はっきりとそういう過去の事を言ったマリアの潔さに、また隼人は硬直。

「といっても、今となっては若気の至りというかティーンの思い違いと言い切れますけど」

「は……はは……なるほどね?」

隼人はここでも引きつり笑い。

彼女の父親は『葉月に拒否されたのが唯一の挫折』といっていたが……

マリアが好む男性には必ず葉月が関わっていて、ここにも『挫折』はあったようだが?

マリアとしてはその事については『挫折』とは感じていないようだった。

おそらく十代の頃の、その時だけ熱が上がった恋だともう割り切っているのだろう。

なるほど? それで先程、アンドリューと顔を合わせてもマリアは冷たかったのだろうか??

それにしても……

達也にしろアンドリューにしろ『因縁』がついて回っているように隼人には見えたのだ。

だけどマリアは、そこは十代の若気の至りとして口にしただけで、もっと違うことを言いだした。

「私はそういう男らしい男性が好みだったんですけど。

私の女友達は皆、『ダニエル』の虜になって……次々と振られるんですよね?

私としては、ああいう『ナヨッ』とした男性はタイプじゃなくて……」

(確かに──。お父さんの影響かな?)

マリアの性質が良く解る話。

それにダニエルが『軟弱に見える』と十代で判断したマリアは

ダニエルが美形と言うだけで、騒ぎ立てていた女性達より『見る目はあった』という事になる。

「だからダニエルに振られて泣きついてくる友達も沢山いたんです。

それで──彼女達が次に考えること……中佐は予想できますか?」

「え? ああ……。うんーー? つまり仲がよい御園嬢が大変恨まれたと?」

「そうです。先程も中佐もご覧になられたでしょう?

ハヅキは、ダニエルにはなんだか人目もはばからず、平気でくっついたりして……」

マリアが葉月の事を初めて『大佐』でなく『ハヅキ』と言った。

彼女は今は意識せずに呼んだようだが、その様子から……

『親しくない間柄だったが、近しい関係』と言う事が隼人にも伺えた。

「それでハヅキは、本当に女性達の目の敵。

一度、私の友人達が私に内緒で、集団で抗議に行ったくらいで」

「抗議って……葉月の所に!?」

さすが女性が考えそうな事だと隼人はおののいた。

でも──隼人も予想できた光景をマリアが語ってくれる。

「付き合っている仲でもないのに、目に付く程くっつくのは

いい加減にして欲しいと数人で言ったところ……。

ハヅキは、なにを感じた風でもなく冷たい顔で『彼は男じゃないから関係ない』と

すっぱり言い捨てたとか……。

その狼狽えもしない冷静振りで、また、女友達一行は頭に血が上ってよけいに収まらなくなって……

そんな事も、ありましたわ?」

「へぇ──……」

ダニエルの正体を、女性達は知らないらしい。

隼人は苦笑いしかこぼせなかった。

ダニエルが『ゲイ』だと葉月はほのめかしたつもりなのが隼人には解った。

十代の学校生活ではそういう『些細ないさかい』事も若い勢いでどこもあるだろうが……

「私は……ああいう『集団』で抗議って逆に『卑怯』だと思うんですよね?」

「そうだね……気に入らないなら個人で個人に向かうべきだね。

まぁ、その頃は若い女の子同士、仕様がなかったんだろうし、

うちの大佐嬢の事、かよわい女心もよく心得ずに、男並に冷たく切り離すだろうしね」

隼人が溜息をつくと、マリアがそんな隼人をちょっと驚いたように覗き込んだ。

「──? なに?」

「中佐も同じ事、お考えなのかしら? と、思って……」

今の彼女は、隼人に従う『大尉』ではなくて、葉月を知っている一人の品良いお嬢様にみえた。

その彼女が凛とした軍人の顔を取り払うと、こんなにも愛らしいお嬢様顔をするのかと

隼人もおもわず男として見とれてしまいそうになった。

でも──彼女がそうして『一人のお嬢様』として『隼人のお嬢様』を語る。

だから今は隼人の興味もそちらに集中する。

「同じ事?」

「ええ、今、中佐……『かよわい女心も心得ず』って仰いましたね?」

「え? ああ……そうだろう? 彼女はあの様にして男社会で頑張ってきたんだ。

俺もね……毎日一緒にいると、もうちょっと『女性らしく』ならないかな……と」

「その『女性らしい』なのですが……外見とか仕草とかそういう事ですか?」

隼人はハッとした。

目の前のお嬢さんは……『なかなか話せる相手だ』と初めて痛感したのだ。

そう──葉月は別に女性らしくない訳じゃない。

彩とりどりではないが、化粧もするし……お洒落だって軍服を逃げばするし。

『お嬢様』という『品格』もきちんと備えている。

それに男性達が放っておかない程の美しさだって目に見えて明白と言って良いほど……。

隼人の『女性らしくならないかな?』

それは内面のことであって、もうちょっと女性らしい感情表現を『豊か』にして欲しいという『意味』

それを……マリアも感じているということらしい。

「本当に昔から理解できないんです……。彼女の事……」

マリアは……疲れたように溜息をこぼし、そして眼差しは虚しそうに曇らせた。

「仕方がないだろうけどね? 俺でも毎日一緒にいても彼女が解らないときがあるし」

「何故なんでしょうか?」

マリアは……そう……やっぱり毎日一緒にいる隼人から葉月を知りたかったのだと……

隼人はこう向き合ってみて初めて彼女の『真意・目的』が理解できた気がした。

彼女は……父親が言ったとおり『葉月の傷』の『意味』を知らないから理解が出来ない。

隼人の中でそんな『答』は浮かんでいるが……

やっぱりマリアにそれを告げることは……今は出来なかった。

「私は……女友達が決めつけたような『男に囲まれるいけすかないお嬢様』でじゃなくて

ハヅキには何か理由があると思うんです」

(へぇ……判断的確だな!?)

女がありきたりに『御園嬢がダニエルを独占して弄んでいる! 抗議しなきゃ!』なんて

突っ走らなかった事も……

そこで一端立ち止まって、葉月を正視しようと向き合った事が良く解った。

それを……周りの大人達が葉月を過保護に取り囲んだり……

そして──葉月はそんな自分から抜け出せなくて

こんな『素敵なお姉さん』が側にいることを『見落としていた』という事になる。

隼人が感心ばかりしていても、マリアは語りだした事が隼人に受け入れられたせいか

堰を切ったようにさらに続けた。

「そんな理由を彼女から無理に引き出すのは良くないと解っていたのですが

声をかけないと距離だって縮まらないし……。

ハヅキは、変に『女性感覚』を『拒否』している様に見えましたし」

(まったくその通り!)

と……隼人は静かに聞き入っていたが、大いに首を縦に振りたくなったぐらいだ。

「父親同士仲が良かったから……姉妹みたいになって……

『一緒に綺麗な女の子になりましょう?』って誘ってみたかったんです」

(それでも拒否された……って事か)

葉月が十代にもがき苦しんだことは確かだろうから

そんな風にして人を避けてきたこと、『女性拒否』をしていた行為は隼人には批判できない。

でも──マリアともっと早く心を砕いていたら?──

そう考えると隼人は残念でしかたがない。

でも、そういう過程を辿ってきたから葉月は他の男に早々に捕まらずに隼人と出会ったとも言える。

だから──なんともいえない。

「ハヅキは、いつも髪を短くして、いつもスラックス姿で制服を着て……

先程のように、男の子とバカみたいな事ばかりしていて……。

喧嘩だって平気でしていたし……『女性感覚』が何処にも芽生えていないような気がして。

とても幻滅したんです……私」

「幻滅?」

するとマリアは急に大きな琥珀色の瞳を潤ませたように隼人には見えた……?

「……中佐は……ハヅキの『お姉さま』ご存じですか?」

「あ、ああ……皐月さんだったね? うちのお嬢さんより十歳年上で……

中将に写真を見せてもらったけどとても綺麗な女性だった」

するとマリアが瞳を潤ませながらも、ニッコリと微笑んだ。

「そうなんです! 皐月お姉様……とっても素敵なお姉さまだったんですよ!」

「…………」

隼人は……父親であるリチャードから先程『娘が可愛がってもらっていた』と聞いてはいたが……

こうまで、彼女を無邪気に微笑ましたので驚いた。

それと供に……葉月からはあまり聞くことも出来ない『姉の姿』

第三者から語られても『皐月』の素晴らしさはそれだけで良く伝わった。

「皐月お姉様は……軍人としてはとても頼もしくて……。

だけど……ひとたび『女性』となると……本当に綺麗なお姉様で……」

マリアが夢を見るかのように、空中にぼうっとした眼差しを泳がせ始める。

 

マリアの眼差しの奥から、甘い光景が蘇る。

あれはいつだったか……皐月が父親の亮介と一緒にブラウン家に遊びに来たとき。

皐月は、マリアの部屋に遊びに来てくれて、ドレッサーの前で髪結いをしてくれたのだ。

『マリアの髪もとっても綺麗ね?』

だけど皐月が、リボンを使ったりして可愛らしくまとめようとしてくれたのだが……

マリアは『もっと大人っぽく結って欲しい』と皐月にねだると

彼女はピンを上手に使って……大人びた髪を結ってくれた……。

『うん! でも、お姉様みたいな美しい大人の女の人に早くなりたいわ』

『ふふ……マリアはいつもおませね? うちのレイと一緒』

『お姉様の妹の事?』

『そうよ。 マリアより一つ年下』

『レイっていうの?』

『ううん? 葉月っていうの私とお揃いみたいな名前よ?

レイって言うのは彼女のニックネーム。私が付けたの』

『どうしてレイなの?』

すると皐月は煌めく笑顔でクスクスと笑い

『それはレイと会うまで秘密』

『えー!? いいじゃない? おしえてっ!』

『会えばどうしてレイなのか解るわよ?』

マリアはそんな姉妹を羨ましく想い、皐月を見るたびに『姉妹』を切望した。

『お姉様みたいに綺麗?』

『うふふ……綺麗と言うよりお姫様みたいなオチビちゃん』

『今度、そのレイが来たら綺麗なドレスを3人で着てパーティに行きたいわ!』

『あら名案ね!』

『いつか……お姉様みたいな大人っぽい黒いドレスを着たいわ』

『じゃぁ……マリアが綺麗な女性になったら、私のドレスあげるわよ』

『本当!?』

それは結局、実現しなかった──。

『レイ』という名前の秘密も……。

誰に聞いても誰も、父親ですら教えてくれない。

皐月のことを聞けば、皆が変に話をはぐらかす。

『大人の話』として片づけられた。

 

そんな想い出──。

 

それをマリアは言葉短めに『簡潔』に、ポツリと語っていた様だった。

 

「なんだか……あの皐月お姉様の妹じゃないような気がして……。

それに……お姉様から聞いていた『可愛い妹』といイメージとも食い違っていたし──」

 

その話を聞いた隼人は……

「そうだったんだ……」

隼人はその話をマリアから引き出して……彼女の『挫折感』という気持ちが

『挫折感』と結論付けるのは『間違い』だったと思った!

『挫折感』じゃない……。

マリアも想い出を引きずって……そして御園家に関わって『絶望』した一人だった。

皐月が亡くなって哀しんだというマリアは葉月が側に来るのを心待ちにしていた。

亡くなったお姉様と密かに立てた『名案』を受け継いで……

血の繋がったその妹と『皐月』を蘇らせたかった。

そんな想いで葉月を欲していた。

 

だけど──『拒否』された。

だけど──それは『仕方がない』

マリアは知らない。

皐月が何故……亡くなったかを……。

 

「マリアさん……」

隼人が名前で呼び彼女に微笑みかけると、彼女がビックリしたように我に返ったようだ。

「は、はい……お仕事でしたね!? すみません……一人でべらべらと語ってしまって」

マリアは慌てたように頬を染めて、椅子の上姿勢を正した。

だけど隼人はそれでもマリアに、静かで……そして黒い瞳を揺らして穏やかに微笑んでいる。

「良い話を聞かせてもらったよ」

「……あの? 大佐からはお聞きにならないのですか? こういうお話?」

すると、隼人が眼差しを伏せて……ちょっと哀しそうに微笑むだけ。

「……」

彼は黙って手元の書類のページを意味もなくめくっているように見える。

「君が……『一緒に仕事をすれば、理由は言わずとも解ってくれる』と言っていたけど

やっと意味が解ったよ……」

「──!!」

マリアには目の前の黒髪の中佐が……急にすごい大人に見えてきて戸惑った。

マリアがあまり触れた事ない……いや? あのマイクと接している時と似た感覚を感じた。

 

「そんな話は、これからゆっくりお互いに」

「……は、はい……」

『職務的』態度はキッパリしている彼が、

急にそんな姿勢に転換した中佐になったので、マリアは首を傾げる。

「仕事では中佐と大尉でしっかりやり通すけど……

それ以外では、お兄さん先輩とお嬢さん後輩でどうかな?」

目の前の中佐が、優しい笑顔で微笑んだ。

マリアは……『私の思うところ通じた!』と感じて……輝く笑顔で応えていた。

 

 

『そうか──葉月はこの十代の時に絡まった糸の形が解って……』

それで……達也を引き抜くなら、その前に彼の妻であり……

距離は遠かったが幼なじみとも言える『マリア』とこういった問題がついてやってくる。

それに気が付いたんだと隼人には解った。

『忘れ物取りに来たの』

『糸を解きに来たの』

葉月は……解っている。

だけど、マリアのこの想いは知らないだろう……。

隼人は今、この二人のお嬢様の間にすっかり挟まっている。

さて──そこからどう『説明書』をさり気なく差し出すか……。

葉月が一人で向かって立ち止まった時……隼人はその時まで様子を見ることにした。

葉月には自分で向かっていって欲しいから……。

 

『なんだかなー。急に女の子と男の子の訓練校に来た感じ』

葉月の十代の知り合いが揃ったそんな日だった──。