3.波乱予感

 隼人が思うところの『万が一』……。

その事について、幼なじみの晃司には、ハッキリ聞いてもらうことを隼人は決した。

あってはならない……

そして、そうならないようにする為に隼人は『恋人相棒・葉月』を連れていきたいと思っている。

しかし──

今まででも、昔から……

この晃司にだって、ハッキリとした自分の気持ちは口から語ったことはない。

今から口にしようとしている『万が一への不安』に対しても

隼人自身が『一欠片でも』そんな不安を抱いているのは

継母の彼女に対して『侮辱』であり、父親に対しても『侮辱』であり……

何を置いても『隼人の軽薄、傲り』に匹敵する事である。

人間として、そこまで考えたくないこと。

継母に『恋する以上の事』が、隼人にとって新たなる『万が一への不安』

 

 その『不安』は、勘の良い葉月は、もう察している……。

 

 「……横浜、一緒に行くのか?」

 「う、うん……」

 

 あの葉月が躊躇った返事の訳。

あれほど、隼人と一緒に『横浜のお父様に会いに行く!』と帰還後張り切っていた彼女が

落ち着いて時が経つと何かが見えてきたのか……最近、そんな返事の仕方……。

 

 葉月は言葉にして隼人に問いただしたりはしないのだが……

『隼人さんの……継母様ってどんな人? 好きだったのでしょう?』

それもあるだろうし……

『継母様は……隼人さんを大切にしているでしょ?

昔は子供とお姉様……今は? どうなの? 10歳しか歳が違わないじゃない?』

隼人が継母に対して『一片』の想いが残っていなくても……

葉月は同じ女として感じるところがあるのだろう?

言ってみれば……

『隼人と美沙』は『葉月と真一』程しか歳が離れていない。

葉月と真一は……

──『歳が近い弟みたいな甥っ子』と『歳が近いお姉ちゃんみたいな若叔母』──

として……家族として血の繋がりがあるが?

隼人と美沙は、血の繋がりがない、ハッキリ言って『他人』なのだ。

葉月や真一のように『本能的な親族感覚』が得られない関係……。

しかも……隼人の幼い恋愛感情が『バランス崩し』をしてしまったし……

彼女が『母親面』に執着したのも、大人の彼女が先に隼人の恋心を見抜いていたから……

『私はあなたのお父さんの妻! 母親! 何想っても無駄よ!』

そう言いたかったのだろうと……今は、そう思うこともできる。

 

 今度は『形勢逆転』?

年老い始めた父と若い継母の『夫妻仲』のバランスが崩れていたとしたら?

そこへ……夫の息子隼人が帰省すると……

『美沙さんは俺を……また、息子扱いするだろうか?

もう、15年前とは違う……俺も、もういい大人……30男だし

40の女が……大きな顔で息子扱いはしないだろう?

でも……俺もそれは望んでいたことだけど……』

──今度は、継母は俺にどう接する!?──

父親が選んだ女性だから……『しっかり心得ている』と信じてはいるのだが……。

それを感じたから余計に隼人は……『立ち向かわなくては、帰省しなくては、彼女と一緒に』

そう……思い募ってきてるのだ。

その前に様子を確かめたいが、確かめる術がなく、忙しさにもかまけすぎていた。

 

 でも、この目の前の幼なじみ男はそんな事言わなくても解ってくれる男。

その上……やはり──この男は隼人が思うところの『万が一』を察していたのだから……

──もう、躊躇うことはない──

隼人はそう感じた。

その上、やっぱりまだ、口にすることを躊躇っている隼人を見かねてか?

幼なじみの彼から言葉を発した。

 

 「……そこまで割り切っているなら言う事ないけどな……

俺は……中坊の頃の気持ちがお前に残っていたら……どうなるのかと……

お前にも『潜在意識』あるだろ?」

「……俺の今の潜在意識は……『葉月一色』だ

それに……やっぱり、俺が帰ると家族がごたごたするから……

それに……先月、親父が俺に謝った……」

「おじさんが??」

「ああ……『お前のせいじゃない。若い後妻をめとった私の力量不足

すべては私の選んだ人生のしわ寄せだ』ってね……

それを聞いてから……なんだか、親父もおふくろ亡くして色々あって……

それで……美沙さんは美沙さんで澤村に嫁に来てからも

おふくろの影と戦って……俺一人、拗ねているのもなんだかなぁ?ってね……

それで、ちょっと引っかかったんだよな……親父の言い方が……」

隼人が腕を組みながら、窓の外……

滑走路を通り越して、遠い水平線に視線を馳せると

晃司も目の前で、また、『ふぅ』とため息を落としたのだ。

「……『若い後妻』ね? 歳の差は、義理息子との方が近い……ってね」

晃司も、やるせなさそうに……呟いたが……

隼人が言いにくいことは、すべて察して変わりに口にしてくれるので

隼人も……本当に安心感が得られる。

「……丁度いい。気にはなっていたんだけど……

最近、親父と美沙さんはどんな感じなんだろうってね?

家を出て……軍隊に入ってガキじゃなくなってくれば、

俺だってある程度の見通しはついたぜ? まだ、気持ちに片が付いていないときは……

『俺……帰ったら危ないな』と思っていたからさ……

晃司だって、俺が帰国するたびに言っていたじゃないか?

自分で『家族を守ると外に飛び出したんだから、危ないと思うなら危なくなるまで帰ってくるな』って

親父の嫁さん、横取りなんて……絶対、やりたくなかったからな……」

隼人は周りを気にしながらも……やっぱり、幼なじみには

葉月にも言えない昔のことをスラスラ言い始めている自分に気が付いて……

でも、他に聞ける者も話せる者、今の状態ではこの幼なじみしか居ないのだ。

「……特に前と変わらないと思うけど……

なんていうのかな? 男の『老い』ってどうだか予想つかないけど

オヤジさんは昔通りのパワフルさも男らしさも紳士らしさもあるけどさ?

美沙さんは女盛りの40歳なりたてだもんなぁ??

息子のお前の方が今や、若々しい良い男になって……」

 

──『再会すればどうなるか?』──

 

 この一言を晃司は言わなかったが……隼人は心で呟いていた。

「それで隼人? お前……帰省しないわけ?

また……『家族にイザコザ持ち込まない、俺が居なければ丸く収まる』と思って?

帰省しなかったのかよ? 相変わらずの根性だな?

でもな? 今度帰る気になったのは……恋人が出来たからなのか?」

「……も、理由の一つかな? そうでなくても……ちょっとばかり……

先月親父が来てから見方が変わったことがあってね……

それを確かめたいような? 確かめたくないような??」

「なるほどな……そんな事だろうと思った……! でも、一つ言っておく……。

今の状態でも今まで通り、波風は立ちにくい『距離の置き方』かもしれないが……

オヤジさんが認めるほどの恋人も出来たんだ……

そろそろ……立ち向かったらどうなんだよ? 『家族としてまとまる』って壁に……

昔、学校から帰ってくるとお前と美沙さん、本当に『家族』だったぜ?

母親に見えないとしても、俺、羨ましかったぜ? お前に綺麗な姉さんが出来てさ。

俺も、可愛がってもらったから……美沙姉には弱いんだよなぁ〜」

「…………」

 

 隼人も解っている……。

そうしなければ……いけないところに自分のテンションもあがってきているのだ。

それも……葉月と亮介の『父娘のわだかまり』を乗り越えた姿と……

それに手を貸した自分のあの『懸命さ』

それだけの事が出来て……自分のことは何も出来ないなんて……。

今度は葉月に顔向けが出来ないだろう。

それに任務中、亮介にも随分生意気なことを吐いた事へも顔向けできない。

御園父娘に対して……

『オヤジさんと向き合えよ! オヤジさんも! 娘を助けに来いよ!』

あんな偉そうなことを言った自分が嘘と言う事になってしまう……。

それに……

(あのじゃじゃ馬台風が首を突っ込まないうちに、俺が何とかしないと)

そう言う部分もある。

とにかく……葉月が『一生懸命』になると周りが『ドッ』と動くから

変に大騒ぎになったりするのだ。

だが……美沙にある程度の『隼人の生活ライン』を示しておかないと

それこそ……晃司と供に恐れている『万が一』が起こっても困るから……

賭けに近いが『台風』を連れていくと決めているのだ。

継母にしっかり……『俺の相棒!』と示しておきたい。

隼人の気持ちが二度と継母に向かないにしても……

今度は継母がどう思うか解らない。

世間で良く聞く『泥沼家族』にはなりたくない……。

『確かめたい』の一つには……

──『親父を愛しているままの姉さんでいてくれ』──

父親の……『若い後妻』 あの発言……。

昔の父はそんな事は口にしなかった。

歳は離れていても……良い男振りで若く美しい継母を射止めたことは知っている。

なのに……その父が自信なさそうに呟いた言葉……。

あの時から……父の『老い始め』をふと感じたりした。

そして、幼なじみがクッキリと隼人の不安を明確にした。

『歳が離れていないのは義理息子』

継母は、父が恋人を認めても納得していないその真意。

それを確かめるのも怖い気がするが……

そう……継母への道ならぬ想いをやっと乗り越えた隼人が今望んでいること……。

──『昔通り……綺麗な親父の奥さん、俺の姉さん……新しい家族』──

晃司の言うとおり、隼人がこれから望む形はそれであって……

それが出来て初めて葉月を会わせて……彼女も安心感を得る。

葉月にも、すんなり澤村家に馴染んで欲しい……。

そうさせたい女に出逢ったのも初めて……だから、『立ち向かう決心』が付き始めたとも言えた。

 

 「俺の中では結構、綺麗さっぱり終わって嫌な思いもなくなった」

「葉月嬢のお陰?って所なのか?」

晃司がニッコリ……やっと彼女を認めてくれる一言。

「そう……アイツ、スッゲー台風で、親父も巻き込まれた口だね」

「へぇ♪ お前を振り回すほどのお嬢さんか……可愛くて堪らないんだろ?

お前ってば……さっき大佐室で彼女とヒソヒソ話していただろ?

もう……顔がすんごい! 見た事ない優しい顔して、なし崩しっ! て、感じだったぜ!

この! 見せつけるな〜!!」

晃司がテーブルの下で隼人の靴を蹴りまくったのだ。

「うるさいな! お前こそ、女の一人、二人いないのかよ!」

隼人も蹴り返す。

「うるさいな! 俺はお前みたいに、理屈っぽく考えないから簡単に見つかるんだよ!」

「だから! すぐ別れるんだろ!? ただ不器用なだけで女の扱い方知らない機械男!」

『いったな? このやろう! お前も機械男だろ!』

『うるさい!』

二人は暫くそうして、靴を蹴り合ったが、最後には笑い出していた。

 

 

 夕方17時……そろそろ本部内で終礼が行われる時間……。

第四中隊の本部の入り口で、ジョイは明日の入れ替えの前準備……

新しく入る機種の機能をパンフレットを広げて眺めながら

デスクで『にこにこ』としているところだった。

 

 入り口への訪問客は、直ぐに気が付く位置にいる。

『ん?』

なんだか黒っぽい影が一瞬見えたような気がしたのだが?

──『気のせいか?』──

もう一度、パンフレットに目を向けると……また、チラリ?

『???』

気になって席を立ち……開け放している本部のドアの外……

廊下をそっと覗くと……

 

 「真一? どうしたの? 本部に来るのは久振りじゃないか?」

真一が紺色の制服姿で、壁際に学校帰り姿で立っていたのだ。

「えっと……えっと……葉月ちゃんが今夜、食事に行くから夕方来いって……

あのね? 隼人兄ちゃんのお父さんが来るから挨拶しなさいって……

もう、来ているんでしょ??」

真一が『モジモジ』と躊躇っていたのだ。

ジョイもニッコリ……

「ああ、もう来ているよ。今、お嬢と色々話しに花咲いているみたいだけど?」

「その……俺、会って良いのかな?」

ジョイはそんな真一のいつもの『人見知り』を感じて、暫し、動きを止めた。

いつもは無邪気で素直で……それでいて『結構しっかり者』のお嬢の甥っ子。

ジョイも葉月と同様……小さな弟のようで一緒に見守ってきたから可愛さは人一倍。

そんな真一が『人見知り』するのは、若叔母譲りと言いたいところだが……

本当はそうでないことを解っていた。

──『俺の生い立ち……どうなるの?』──

若叔母と隼人の生活の中では、真一の生い立ちについては、もう解りきった容認的なところ。

でも……

初めて会う大好きな隼人兄ちゃんの親。

自分の生い立ちのせいで、葉月に迷惑かけないだろうか?

真一にとって……澤村和之という人間は、

まだ素直さを開けない外から来た『知らない未知の大人』なのだ。

その躊躇いは……若叔母にもあるのだろうから……

その甥っ子が感じてもおかしくないのだと……。

 

でも……ジョイはそんな消極的な真一をみて、スッと背筋を伸ばして……

「しっかりしろ! 『純兄』がここにいたら、情けないボウズ!俺の息子かっ!

……て、叱ると思うぞ!」

真一の背中を『バシッ!』と、一発喝入れ!

『え!?』

真一は、勿論、ビクッと背筋を伸ばしたのだが……

大きな茶色の瞳を見開いて、ジョイを驚きの表情で見上げたのだ。

 

 「ジョイ……今、何て言った!?」

真一が驚くのも無理ない……。

真一が本当の父親のことを話せるのは『葉月だけ』のはずだから……。

ジョイは、少しばかり……致し方なさそうに口を曲げて……

でも、ニッコリ余裕の微笑みを真一に向けたのだ。

 

 「お嬢から聞いた……。俺って結構、そういう報告はお嬢からもらえるんだよね?

勿論……隼人兄には内緒……。当然でしょ? それは二人の問題だから」

ジョイがそう言うと、真一はもっと驚いた顔をした!

「俺と……葉月ちゃんだけの『秘密』かと思っていたのに……!?

じゃぁ! ジョイは……ロイおじさんに……『報告』しちゃうの!?」

真一と純一が接触するとロイがひどく嫌がり、怒り出すのは……

真一は幼い頃、経験済みだったから……一瞬、凍りついたのだが!

ジョイは……また、同じように青い瞳を緩ませてニッコリ……。

「まさか……俺って昔から『お嬢の味方』だよ? 何故だか解る?」

真一はまだ……信じがたいのか……? そっと、首を振った。

「俺もロイ兄からすると『オチビ』扱いだからね〜……。

お嬢もそうじゃない? ロイ兄や右京兄に『オチビ扱い』されて

肝心な所は『教えてくれない、いいように動かされる』って拗ねているモンなぁ……。

俺もそう……。だから、俺とお嬢は『オチビ同盟』昔から組んでいるのさ♪」

ジョイが明るく笑い飛ばしても……真一はまだ……納得いかないような訝しい顔。

「ロイ兄になんか報告するモンか。

それに、兄ちゃん、姉ちゃん達のごたごたした三角関係? 四角関係? なんて

オチビの俺達には知るところじゃないよ。

そんな事でロイ兄が怒ったり、騒いだりするなんて可笑しいじゃないか?

だって、真一と純兄が『会うこと』は当たり前じゃないか? 父子なんだから……

俺、お嬢から報告受けて嬉しかったモン! ああ、真一と純兄が親子と向き合い始めてさ……」

「本当に!?」

「ああ……俺だって……『純兄』大好きだったモン……」

ジョイがそういうと……真一がやっと嬉しそうに瞳を輝かせた!

「ど、どんな人だったの? 俺にはちょっと怖いおじさんなんだよね……」

「ああ……うーん、昔から、無口でぶっきらぼうで近寄りがたい所はあったね?

でも男として『憧れ』っていうのかなぁ〜??」

「憧れ? あんな意地悪いオヤジが??」

真一が『意地悪いオヤジ』と言ったのでジョイも吹き出してしまった。

「あはは! 確かにね〜!」

でも、ジョイはスラックスのポケットに手を突っ込んで……そっと俯いた。

そして……静かに口にしようとしているのを真一もジッと待ちかまえていた。

「皆に悪者にされたって……周りがそれで上手くまとまるなら俺は黒くても良いって感じ。

先ず、自分は最後……って所が良いよね……。黙って耐える男って感じ。

日本男児の良いところ? っていうのかなぁ??

純兄が笑うとすごく優しいんだよ……やっぱりマコ兄と兄弟って感じで……。

俺が日本に遊び来たとき、お嬢と一緒に海に連れていってくれたり……

抹茶氷食べさせてくれたり……『これが日本』って上手く教えてくれたの純兄だった。

鎌倉のお寺もいっぱい連れていってくれたなぁ……。

俺を日本好きにさせてくれたのは『鎌倉男』の純兄なんだよね……想い出いっぱいある。

そんな純兄が、一度だけ、自分本位に皐月姉ちゃんへ想いを遂げたこと……

俺、ロイ兄も可哀想だと思うけど、非難しないよ。

ロイ兄はフィアンセ奪われてガックリだったかも知れないけど

それだって、純兄が皐月姉ちゃんを遠ざけていたから……婚約できたわけだし」

「……そんな話! 葉月ちゃんはしてくれないよ!?」

聞いた事ない話に真一はかなり驚いた様子、でも、興味津々? 瞳が輝いていた!

「ああ……だろうね?」

「……?? だろうね? って??」

ジョイはそこまで話して苦笑い。

これ以上は『葉月の潜在意識』抜きでは言えない『大人の話』になるからだ。

「お嬢だってその内、話してくれるよ。

お嬢に言われたんだ……『ジョイも良かったら……真一の話聞いてあげて?』て。

自分からは言えないこと、言いたくても上手く表現できないことがあることは……」

ジョイはそこでスッと顔を真一から背ける……。

ジョイも葉月から『真一が知ってしまったの……そして、兄様にも会ったのよ』と

聞かされて……真実を知ってしまった真一を不憫に思い……

そして、本当の親子関係が始まったことを喜んだ、複雑な心境だったから……。

だけど、今度はジョイも『一人の見守る兄貴』として真一にしっかり、青い瞳を向けた。

その眼差しに、真一も引き締まった表情に……。

「自分からは言えないこと、言いたくても上手く表現できないことがあることは……

『若叔母の心の傷』を知ってしまった真一なら……解るだろ?」

そういうと、真一も急に神妙になって……直ぐに『こっくり』頷いたのだ。

「オチビ同盟だからさ♪ 大人達は俺達を避けて何を考えているかしらないけど……

俺とお嬢はオチビなりにやって行くわけ。真一もその仲間入り!

だから……お嬢は、言いたくても言えないことは……俺に頼むって事だと思う……

その辺で困った事あったら……いつでもおいで♪ 近い内に様子見て言うつもりだったんだ」

ジョイのいつもの明るい笑顔を見上げて、真一も輝く笑顔をこぼしてくれた。

「だから……その強い純兄の『ボウズ』が、

こんな所で怖じ気づいているなんて俺、許せないよ?

純兄は、礼儀正しい軍人だったからね! 真一もほら!

『堂々』と、胸張って! ちゃんと叔母さんの甥っ子として良いところ見せてきな!」

ジョイがもう一度、背中を叩くと……

「うん♪ 解った!」

真一が輝く笑顔をこぼして、大佐室に向かって行くところで、ジョイはハッとした!

「あっ! 真一!!」

ジョイが呼び止めると、真一が本部の入り口で振り返った。

「えっと……さっき……お嬢、一個上に上がったんだ」

ジョイが肩章を指さすと……

真一はまた驚いて……ジョイの所に戻ってきた!!

「──って!? ジョイだって星が増えているじゃない!?」

「あ? ああ、うん。。 でも、お嬢は……」

「…………」

ジョイが照れて俯いても、真一は何かものすごく驚いた顔のまま静止していたのだ。

『?』

──『オヤジが言ったこと……本当になっちゃった!? どうして??』──

真一がそう思っている事はジョイには解らない……。

「おめでとう! ジョイ♪ 最年少中佐じゃないの??」

真一のお祝いの言葉にジョイもニッコリ……でも……もう一言。

「嬉しい事に……『短期昇進中佐』になった男も一人いてね?

今日から、叔母さんの仕事場は『大佐室』で、そこに中佐が一人いたりして……」

「えーーー!!!」

真一は、それだけ叫ぶと今度は一目散!!

『新・大佐室』へと構わずすっ飛んでいったのだ!

「おーい。ちゃんとお父さんに挨拶しろよ〜……って、入っちゃったね」

ジョイは苦笑い……。

 

 「あれ? ジョイ? なんだよ。一人で……」

そこへ……隼人がカフェテリアから幼なじみの青年と帰ってきたところ……。

「ああ。今、真一が来て、お父さんに挨拶していると思うよ?」

「え!? 本当かよ?? それは、ちゃんとオヤジにも受け入れてもらえるよう見届けないと!!」

隼人も顔色を変えて、サッと青年を連れて『大佐室』に急いで去っていった……。

 

 『本当は、真一の心聞き役は……』

──早く隼人兄に譲りたいんだけどねぇ?──

ジョイはそれが、いつのことになるのやら? と、首を左右に振りながら席に戻った。

 

 席に座ると、途端に内線が鳴った……。

「お疲れ様です! 第四中隊 フランクです!」

『お! ジョイか?』

いつもの馴れ馴れしい偉そうな声にジョイは直ぐに曇り顔。

「なに? ロイ兄」

だから自分も遠慮なし。従兄弟の間柄はフルに活用。

『水沢から聞いたが? 葉月が話したいことがあるって?

今なら時間があいているし……言いたいことはだいたい解っているから

早めに聞いて、言い聞かそうと思って……』

「ああ……そうなの? 今、澤村社長と盛り上がっているけど?」

『そうか……18時から、社長と連隊長室で会う約束はしているが……その前に……』

「なぁ? ロイ兄……お嬢もそろそろ『自立自覚』って奴出ると思うよ? 無理させるなよ?」

『お前が口出すところじゃないぞ!』

「あっそ? オチビって訳かよ? いいよ、別に。お嬢に伝えておく!」

ジョイはそこで受話器を置こうとしたのだが……

『ジョイ……昇進おめでとう……。

フロリダのジョージ叔父貴もオリビア叔母さんも喜んでいた。

今夜辺り、実家に電話しろよ?』

そんな従兄の優しい声……。

「An……サンキュー」

実はロイは一人っ子で……ロイも母親を早くに亡くしていた。

ロイは大将である父親の男手一つで育ってきた名家軍人子息だった。

だから……早く家庭が欲しくて結婚を望んでいた。

賑やかな御園ファミリーにいつも憧れていて……それに、

いつもジョイの姉と妹がいる従弟妹ファミリーを羨ましがっていた……。

そんなロイの孤独はジョイが一番知っている。

だから、ロイは葉月を本当の妹のように大切にする。

解っているから……本当は強く言えない所もある。

「御園大佐に伝えておきます。連隊長」

『なーにかしこまっているんだよ? 中佐になったからか? フランクボーイ』

ロイがクスクス笑って、葉月が『リトルレイ』ならジョイは『フランクボーイ』

でも、昔から大好きな大きなお兄ちゃんだから……ジョイもそこは自然に笑っていたのだ。

 

『さて……お嬢に一波乱ありそうだなぁ〜』

ジョイは受話器を置いて、ため息一つついた……。