15.澤村家論争

 

 隼人に連れられて、白い手すりの階段を上がる。

「奥の部屋なんだ。昔……親父とおふくろの寝室だった所なんだけど……

今は、ゲストルームとして使っているから」

「そう……お母様の寝室を? 使っていいの?」

先程まで、美沙との会話で頑なな表情だった隼人だが……

葉月と二人きりになると、いつもの穏やかな兄様顔に戻った。

葉月としては、それは安心したのだが、その『ギャップ』はやはり戸惑う物で

何かが拭いきれない……。

だが、隼人はいつものきめ細かい優しさで、葉月の荷物を持ってエスコートしてくれる。

「気にするなよ? 昭雄伯父さんが泊まる時はいつもその部屋だし」

「そうなの?」

そう言いながら……突き当たりの部屋に辿り着く。

隼人がその部屋のドアを開けた。

 

 「わ! 本当だわ! ゲストルームって感じ!」

部屋を覗いて葉月が驚くと、隼人のニッコリ顔。

どうやら『澤村家ご自慢の部屋』らしく……その雰囲気の良さに葉月は驚き!

 

 まず、目の前に出窓。そこから横浜の街が見えるからだ!

しかも海まで……!

「夜景が綺麗でね。親父の自慢……だから、葉月をここに泊めたかったみたいだな」

「…………」

葉月は茫然としながら……隼人と一緒にその部屋に入ると……

隼人がそっと扉を閉めた。

大きな部屋だった……。

丘のマンションで言えば……もしかして? あのリビングぐらいの大きさはあるのじゃないかと?

ベッドもダブルベッドで大きい。

絨毯敷きの広い空間には丸テーブルもあって……

テーブルの上には、庭に咲いていた小さい薔薇が一輪挿しにさしてある。

日差しがいっぱい入ってきて……

なんとも優雅な雰囲気の部屋だった。

 

 「おふくろが身体弱かったんで……寝込んでもこの部屋で事足りるようにってね……」

隼人がベッドに荷物を置いたかと思うと……

部屋のはしにある白い木扉へと向かってゆく。

そこを開けると……葉月を手招きするのだ。

「なに?」

そこへ向かって彼が開けた腕の下から覗き込むと……

なんと! バスルームと、パウダールームがこぢんまりとあるのだ!

「ご自由にどうぞ? お嬢さん」

隼人のニッコリに……葉月はただ……絶句。

(本当に……お母様用のお部屋だったのね?

ううん! お父様、本当にお母様のために……)

 

 きっと……この部屋で小さな男の子だった隼人も父と母に挟まれて

笑っていた穏やかな時間がそっと存在しているのだと……

葉月は畏れ多くなってくる。

 

 「なに驚いているんだよ? 今じゃ空き部屋。

こんな造りなんで、ゲストルームにはもってこいってところだな」

驚く葉月を見ては、隼人は可笑しそうに笑う。

「俺と親父が大切にしている部屋だから……その……」

隼人がそこで口ごもった。

葉月もフッと、一瞬、首を傾げる。

でも──

『あ……』

解った。

それで、もっと、畏れ多くなった。

「あ、有り難う……このお部屋……美沙さんが整えてくれたのかしら?」

そういうと、彼の顔が強ばったので……

葉月はハッとして……

「あの……お母様のお部屋、大切に使わせていただくわね?」

それとなく微笑むと、隼人も小さな事には触れずにすぐに微笑み返してくれた。

 

 (どうしよう? 昭雄伯父様以外には使わせないって事だったのかしら?)

だから……『畏れ多くなった』のだ。

和之と隼人が……如何に……

この部屋への入室させる事にある意味拘りがあるかだった……。

『ゲストルーム』とはいうが……

実は、そう人は入れていないような気が葉月にはしたのだ。

その拘りの部屋への『入室』を許されたと言う事が……

(いいの? 私で??)

葉月はそう思った。

 

 隼人もこの部屋に葉月を招待できて最初は嬉しそうにしていたのだが……

『美沙さんが整えたの?』

葉月のその心ない一言で、無口になってしまったのだ。

でも……気を取り直したように……

「ああ。そうそう、右京さん。どんな服、葉月に選んだのか楽しみだな!」

そういって……振り向いたのだ。

「あ、うん。そうね……着替えようかな?」

「手伝おうか?」

ベッドに座ってニヤリと隼人が微笑んだ。

「なに言ってるのよ? まったく!」

「左肩、痛いだろ?」

「いいの。一人で出来るわよ!」

いつものからかいに呆れながら、葉月は隼人の前で膨れ面になる。

隼人がそっと俯いて微笑んだ。

いつもなら……からかってムキになる葉月を思いっきり笑い飛ばす彼が……

ただ、そっと微笑んで下を向いたのだ。

「隼人さん?」

その顔を覗き込もうとした瞬間──

 

「葉月──!」

ベッドに座っている隼人が目の前で立っている葉月の胸元に抱きついてきたのだ!

「──!! ど、どうしたの?」

彼の長い腕は背中に回って、きつく……隼人の身体に引き寄せられた。

あまりにもいきなり、強く抱きしめられて……葉月はただ……驚いて。

ここの所……彼が葉月を腕の中にそっと取り込む時は

左肩の傷に負担がかからないように、右腕だけそっと力を抜いている事を葉月は知っていた。

そんな細かい気遣いが……いつもの彼らしいのに……。

なのに──

でも……今、この瞬間の彼は……

白いカッターシャツの胸元にまるで子供のように顔を埋めて

背中を撫でる隼人の力はいつもの『大人の男』の優しさを感じる力加減ではなかった。

「もう、帰りたい……小笠原に」

葉月の胸元に頬を埋めて、苦しそうに呟く隼人を見下ろして……

葉月はそんな苦痛顔の彼にひどく驚いた。

いつも余裕で、頑なな葉月をそっと解きほぐす頼りがいある隼人からは

考えられないような思い詰めた顔──。

葉月は……一時茫然としていた。

その葉月の止まった表情を隼人がそっと見上げた。

その視線と合う──。

黒い彼の瞳が頼りなく、幼く揺れているような気がして……

葉月はさらに胸を突かれた。

そんな彼は見たことがないから……視線を逸らしたくなったほど。

だけど──

『これも、彼……』

葉月の心の中に……自然とそんな一言が響いた。

だから……自然とニッコリ微笑んでいたのだ。

「変な隼人さん……。らしくないの……」

そういうと……隼人が眉間に皺を寄せて苦しそうにまた葉月の胸に頬を埋める。

本当に子供のようだった。

困り果てて……葉月もそっと彼の黒髪を撫でてみると──

「……葉月。お前さえいれば……いいんだ。

小笠原での毎日だけがあれば……それで……こんな所に帰らなくても」

背中を撫でる仕草が……愛でてくれる指先ではなかった。

強く何かを必要としている手先。

「あのね?」

彼の黒髪を撫でながら葉月はそっと呟く。

隼人は葉月の胸元に頬を埋めたまま、『なに?』と力無く返事を返してきた。

「私に……『パパ、ママ』って言えるようにしてくれたのは、隼人さんだから。

隼人さん……私にパパとママを引き寄せてくれた……。

私にね? してくれたから……隼人さんは絶対に自分で取り戻せるわ。

取り戻すことが本意でないなら……変えることだって隼人さんは出来る。

私はそれを見届けに来たんだもの……そうしてくれた隼人さんが側にいて欲しいって……

頼んでくれたの初めてだから……だから、嬉しくてついてきたの。

でも……小笠原にいる生活が良いと思わせる為についてきたんじゃないもの」

突き放す訳じゃない……。葉月は心でそう言い聞かせた。

お前さえいればいい……。その言葉に喜ぶだけでは駄目な事解っているから。

『パパ、ママっていつかは言ってあげな』

そう言ってくれた隼人は、本当にそうなるようにマルセイユで駆け回ってくれた。

だから──

隼人がこれから先、『やっぱり横浜には帰りたくない』

そんな風にいつまでも思わないように……今回結果が出なくても

少しのとっかかりは見つけて欲しい。

自分にそうしてくれたから……だから、彼にも少しでもお返しがしたい。

だが──隼人はさらに葉月を引き寄せて、白いシャツに頬ずりをする。

ここから先……もう、何処にも行きたくなさそうだと思わせるほどの苦痛の表情。

「信じているから、私」

「……何を?」

頬を埋めたまま、隼人が小さく呟いた。

「私の彼は……きっと望んだ以上の形で取り戻す、変化出来るって……」

「俺はそんなに強くない。幻滅したかもしれないけど……これも、俺だ」

「解っている……。違和感はあるけど、私が知っている隼人さんにちゃんと見えるわよ。今も」

黒髪を撫でると……また、隼人が葉月を胸元から見上げた。

「俺に見える?」

「うん!」

そう笑うと、やっと隼人も微笑んでくれた。

そこで、やっと隼人が腕の囲いを解いて……黒髪をかき上げる。

その途端に、いつもの兄様の顔に戻ったから、葉月もホッとした。

「……呼んでいたじゃない? 行かなくていいの?」

そういうとまた、隼人の顔が強ばった。

「……また、しょうもない、俺に言われてもどうしようもないことを言いたいだけなんだよ」

隼人がやっと継母とのコミュニケーションに関して口にした。

「隼人さんに言ってもどうしようもない事?」

「そう。俺と親父を取り違えたような……」

「……」

『例えば、どんな事?』と、葉月としては聞きたいのだが……

心の何処かで、それを聞く事に恐れを感じている自分もいたりする。

「……もとい……。兄と父親を取り違えていると言っておこうかな?」

「……」

反応を示さない葉月が内心戸惑っていることを隼人は悟ったの、かそう言い直した。

でも、言い直しても同じ意味だった。

(つまり──ある部分、隼人さんを父親みたいに? 男として頼っているって事??)

予感はしていた事だ。

「……和人君の事?」

葉月がそう言うと……隼人がかなり驚いた顔をしたのだが……

すぐにいつもの余裕で……何か解りきったように微笑んだ。

「流石……隊長。ちょっと言っただけですぐに直感するところは全然、適わない」

隼人が、おどけて笑い出した。

「じゃぁ……もう、隠すこともないかな?」

「……え? 隠すって?」

「あ。いや……こっちの事」

また、笑ってくれたが今度は誤魔化し笑い。

だけど……隼人が立ち上がった。

「……ごめん。行ってくる」

制服の上着だけ隼人は脱いで、側にあるテーブルの椅子の背にそれをかける。

黒髪をもう一度、かき上げて整えた。

『行ってくる、彼女の所に』

隼人がそう言うなら……葉月は止められない。

いや──行かせなくてはいけない。

彼女と何年ぶりの会話か解らないが、何を話すのか解らないが

隼人が何かを恐れていても……ここで小笠原に連れて帰っては振り出しに戻る。

たとえ、実父の和之とはつかえが取れても、それは親子だから当たり前だ。

だけど……継母とは向かい合わない限りは、前に進まない。

それが一番に葉月の心に出てくる感情。

その裏で……隼人の潜在意識がどのように揺れてしまうのか?

そんな恐れも抱いている女の自分もいる。

「私、着替えているね」

だけど、葉月は笑顔で隼人を見送ろうとした。

「……ああ」

隼人も……どこか葉月に付いてきて欲しいような顔をしていたが

たとえ、この場合は、隼人がそれを望んでも葉月は断る心積もりだった。

それに……隼人は、暫く葉月の顔を眺めていたが……

何も言わずに背中を向けた。

揺れてはいるが、最終的には葉月には付いて来て欲しくないことを選んだのだと解った。

 

 『パタン……』

 

 扉が重くゆっくり閉まって……彼の背中が消えた……。

 

 葉月は、そっと大きな寝室の天井を見上げる。

 

 「ねぇ? お母様だったら、どうやって隼人さんの背中を押すのかしら?」

思わず声に出していたが……心の中の声は、任務の時のように返ってこない。

葉月はベッドに腰を下ろして……そっと、ため息をこぼした。

穏やかな夕方の日差しがこぼれる想い出の寝室はとても静かで風の音だけが聞こえるだけ──。

 

 

 暫く葉月は、ベッドに腰をかけたまま着替えもせずにぼんやりしていた。

やっぱり……気になるのだ。

だからといって、そっと覗きに行くのは行儀が悪い。

そう思って、やっと床に置いてある右京が渡してくれた紙バッグを取って

どのような服を選んでくれたのか見ようと手を伸ばした。

 

 『いつも言っているだろ! 俺にそんな事聞かないでくれ!』

 『でも!』

 

 「!!」

大きく響き渡る音ではないが、微かにそんな声が聞こえてしまった。

耳が良い葉月は、そこで動きが止まる……。

そっとゲストルームの白い扉を開けてみた。

 

 『和人の事は、親父に言うべき事じゃないのか?』

 『隼人ちゃんだって同じだったでしょ? お父さんの言う事を聞かない時期ってあるでしょ?

男の子には……。和人はね? 今、大事な時期なのにその状態なの。

和人は……お兄ちゃんの言う事はちゃんと聞くから……ね?』

 

(あ、本当だわ)

葉月の勘は当たったらしい……。

美沙が思い詰めた顔で隼人に来て欲しかった訳。

お兄ちゃんにはそれは良くなついている弟をコントロールして欲しいと……

確かに、兄としてはそれも一つの役所かもしれないが……

隼人が言うとおり、なんだか相談している様がまるで『夫』に突っかかっているよう?

思わず……葉月は『ゴクリ』と喉を鳴らしてしまった。

その上……『行儀悪い』と解っているのにドアから外に出てしまった。

 

 

『和人の自由だ。それに和人はもう子供じゃない』

『見たでしょ? あの髪の色……あれだけでも言い聞かせてくれない?』

『……俺から見ると髪の色なんて、たいしたことない』

 

徐々に声が……二階の廊下を歩く葉月には鮮明に聞こえてくる。

部屋のドアがこの二階に一つ、二つ、三つ……。

そっとそこを通り過ぎながら、葉月は階段に近づいた。

 

そして……やっぱり『行儀悪い』と解ってはいるが……

階段側の壁から手すりの下……先程のキッチンの入り口を見下ろした。

隼人がドアの入り口で立っている姿だけが見える。

 

『それは外国にいたからじゃないの?』

『俺は別に自由だと思う』

『日本は違うのよ』

『じゃぁ、俺とは感覚違いだ。美沙さんとは話にならない。親父に言ってくれ!』

『だって……和之さんは、なんだか傍観しているというか……

全然、注意してくれなくて……取り合ってくれないのよ』

『それは、つまり。俺と親父は同じ考えだって事じゃないのか?』

『…………和之さんは……もっと若かったらきっと……

……隼人ちゃんが、和人ぐらいの歳の時にあんな事していたら、きっと叱っているもの。

今は……』

『そういう言い方、よしてくれ!』

 

声を荒立てて、顔を背けた隼人が見えた。

『あんな怖い顔。滅多にしないのに』

隼人が強面で怒ったのは、和之を黙って小笠原に招待したのがばれたとき。

彼が本気で怒って、女の葉月の襟元を掴みあげた時。

その他で叱られることは多々あるが、厳しい顔と言うべきで強面ではない。

 

かなり怒った顔だった。

でも──葉月は、隼人の言いたいことが解る。

(そうよ。お父様が若かったらなんて……言い過ぎだわ)

確かに歳が離れていて言いにくいこともあるだろうが……

隼人の方が歳が近いから、あんな風に気易く相談が出来るという風に葉月には見える。

そう──隼人が言いたかった『兄と父親を取り違えている』というのはこういう事なのだろうか?

 

『今日だって……塾に行かなくちゃいけないのに、出かけるとき……

お父さんはそんな和人を見て、ただ……『お客様が来るのに出かけるのか』ぐらいしか言わないの

良く聞くでしょ? 子供に言い返されるのが嫌だから、正面を向けない父親って……』

『親父がそんなタマか? 子供に言い返されるのが怖いだなんて笑えるな。

さっきも言っていただろ? 連休中なんだから、そんなに詰め込む事ないって』

『……隼人ちゃんと和人は違うのよ』

『俺と和人は確かに兄弟で……親父の息子だ。親父は平等だ!』

『解っているわ! だけど──! 今のままじゃ、駄目なのよ』

『──ったく! 帰るなり、そんな事ばかり俺に言わないでくれ』

『……ご、ごめんなさい。でも……他に言える人いなくて……』

『いなくても……親父に──』

そんな会話が延々と続きそうだった。

葉月は……壁の側で腰を落として、膝を抱え座り込んだ。

 

 

 葉月は頬にかかる自分の栗毛を指でつまんでそっと目線に近づけた。

『私だって茶髪』

日本は島国だから、人種としては一定しているお国柄。

若者が個性を求めて、髪の色を変えることに葉月は異存はない。

和人の気持ちも解るし……

外国に行けば、髪の色でとやかく言われることはほとんどなかった。

でも──

『葉月ちゃんの髪ってどうして茶色いの?』

日本の小学校に通っていた時、周りのクラスメートがそう尋ねる事は多々あった。

周りの皆は『ママ』と同じ綺麗な艶やかな黒髪。

葉月だってない物を強く望んだことがある。

だから……それと一緒で日本人が茶色い髪を欲しがるのは批判しない。

でもレイチェルグランマは……

『日本では……珍しいのは確かね? でもね? 葉月。

その内に、お友達は皆、貴女の髪の色を羨ましがるわよ? だから、気にしない』

『でもね? 葉月はママみたいな綺麗な黒い髪が素敵に見えるの』

そういうと、祖母はニッコリ微笑んで、豊かな胸の中に葉月を抱きしめてくれた。

『葉月はグランマの事、嫌い?』

まさか! と、一生懸命首を振ると……

『だったら、お友達にグランマが外国人だから葉月の髪は栗色って……

胸張って言えるわよね? それとも、グランマが黒髪のおばあちゃまだったら良かった?』

そこでも当然、首を振った。

彫りが深くて、ツンとした鼻、大きな瞳、長いまつげに紅い口紅が似合う祖母。

父の亮介も、叔父の京介もしっかり祖母の顔つきを受け継いでいる。

だから、そんな事、思ったことはない。

美しい祖母、そのものを葉月は愛していたし、尊敬して、憧れてだっていたから。

『うん。お友達にそう言うね? グランマ!』

元気良く微笑むと、祖母はとびっきりの笑顔で強く抱きしめてくれた……。

そんな想い出。

壁際で、膝を抱えてジッと床を見つめてそんな事を思い返す。

隼人と美沙の行ったり来たりの会話はもう雑音にしか聞こえなかった。

 

「葉月君……」

 

そんな和之の声が背中から聞こえてドッキリ!

葉月は立ち上がって、振り返った。

和之が、廊下に並ぶ一つの部屋から顔を出してニッコリ……葉月に手招きを。

 

「お、お父様──」

行儀悪い盗み聞きを見られてしまって、葉月はそっと頬を染めて俯いた。

だけど……和之はクスクス笑っているだけ。

「こっちにおいで? そんなつまらない言い争いが面白いかい?」

「いいえ……」

「はは。つまらないは、真剣に言い合っている奴らに失礼かな?」

なんでも軽やかに笑い飛ばす和之は何もかも解っているかのような余裕顔。

「……お父様」

葉月は少しばかり驚くと同時に……やっぱりそんな余裕の和之に安心をした。

 

「コーヒーしかないけど」

「……宜しいのですか? お部屋に入っても?」

「ああ。私の書斎だからね? 面白い物いっぱいあるよ」

「書斎ですか……」

 

まるで子供を呼ぶように和之が手招きするので

葉月もつい、ニッコリ微笑んでそれに応えてしまった。

 

隼人と美沙の言い合いは……暫く止まった様だった。

 

「隼人が戻ってくる前においで?」

「はい」

 

和之なりに何か伝えたいことでもあるのだろうか?

 

葉月は、誘われるまま……紳士の笑顔につられて一つの部屋に足を踏み入れることにした。