14.彼、15歳

 

 美沙に連れられて、葉月はリビングに入ってみる。

そこも庭が見渡せる、綺麗で広いリビング。

キッチンが対面式で、キッチンも広い! ダイニングテーブルがあった。

リビングのソファーには隼人が既に座りこんでいて、なにやら憮然としていた。

頬杖を付いて、日差しが降り注ぐ庭ばかり眺めているのだ。

その様子にため息をつきながら、父の親の和之は隼人の向かいに腰をかける。

「さぁ──葉月君もお座り?」

和之の笑顔に、葉月はホッとしながら……とりあえず……隼人の横に腰をかけた。

「紅茶がお好きとお聞きしたわ」

美沙がにっこり……微笑みながら対面式のキッチンに戻ってゆく。

「暖めたミルクで濾してくれ」

隼人が憮然としたまま……美沙をみずに呟いた。

「え?」

美沙が戸惑ったように、隼人に問い返す。

「彼女が好きなのは『ロイヤル』だ。葉っぱはアールグレイ。ノンシュガーだ」

『隼人さんったら……』

葉月は隼人の制服のカフスを引っ張って止めようとした。

「あ、あの……普通の紅茶でお願いします」

葉月が、美沙ににっこり……気にしないように微笑むと

彼女は安心したように微笑み返して流しに入った。

「でも、ロイヤルがお好きならお入れしますわ。アールグレイはないけれど……」

「ダージリンも香りが高いから一緒です」

女同士の会話は和やかだった……。

でも──隼人はなにやら気に入らなかった様で、葉月にまでそっぽを向ける始末。

(嘘ー。本当に? 横にいるのは隼人さん???)

ほっぺたをつまんでみたくなった。痛くないことを祈りたい。

 

──『俺じゃない俺を見るかも知れないよ。でも、見て欲しいんだ。

情けない義理息子の姿を見せるかと思う……』──

──『いつも偉そう──! とかいう、お前の兄様側近じゃないかもしれない俺だぞ』──

 

 ……確かにそうは言ってはいたけれど……ここまでとは。

葉月はまだまだ、困惑中。

和之は、見慣れているのかため息だけで済ます。

リビングは……変に重たい空気。

美沙がお茶を入れる音しか聞こえない。

 

 そんな空気の中──

「息子の和人もいるはずだったのですけれど……」

美沙が申し訳なさそうに葉月に話しかけた。

「そこであった。彼女とも意気投合して……挨拶は済んだ」

また、隼人が美沙の言葉を切り捨ててしまう。

「えっと……ええ、お会いしました。お母様にそっくりな明るい雰囲気の男の子ですね」

葉月が苦笑いをしながら、なんとか会話を繋げようとすると……

『お母様なんて呼ぶなよ!』

隼人が葉月の横で……『ピシ!』と小声で釘を刺してくる。

(えー。じゃぁ……なんてお呼びしたらいいのよ!)

段々……腹が立ってきたが、『側にいる。一緒に泊まる』と約束した。

隼人が初めて葉月にお願いをしてくれた事だから……。

葉月は、いつも迷惑ばかりかけている彼からのお願いだからと何とか堪えようとした。

「そう、どうして?……連れ戻してくれなかったの?」

美沙の不服そうな声。

弟を外へと解き放したお兄ちゃんのやった事が納得いかなそうなのだ。

「別に──。今夜泊まるわけだし、そんなに拘束したら和人も息苦しいだろ?」

隼人は絶対美沙を見ようとしない……

変わらぬ姿勢……頬杖で庭ばかり眺めていてキッチンをみようとしなかった。

和之は……何処かしら落ち着かない顔をしつつも

葉月の反応を確かめている様子。

チラリ……と、視線があっては和之は苦笑いばかり返してくる。

「あの子……今から塾の時間だったのに……お客様の挨拶もほったらかして飛び出したのよ?」

塾を放り出して飛び出すところを、母親に止められて

それで和人は『クソばばぁ!』と言ったことが葉月には予測できた。

「そんな事、俺が知るかよ」

冷たい隼人の返事。

(うそー……ホントに隼人さん??)

思わず、そっぽを向けている隼人の顔を覗き込みたくなった。

「その辺にしないか? 和人も連休中まで塾では息が詰まるだろう?

それなりに普段、スケジュールはこなしているんだから今日ぐらい多めに見てあげなさい」

和之はそれほど、拘っていないようだった。

また……妻に父親のように諭して……美沙がしょんぼり黙り込んだ。

「……また、女の子に会いに行ったのかしら?」

そっとこぼした一言。

誰も返事はしなかった。

葉月は家族の会話に馴染めなくて……

(ウチも結構、隔たりはあるにはあるけど……言い合うときは開けっぴろげだけど……)

こんなに冷たくて噛み合わない会話、葉月の家にはなかったような気がする。

隼人がフランスに籠もっていただけのことはあって……

(一筋縄では解けなさそう……)

そう思ってしまった。

 

 そうして冷たい空気、言葉が続かない中、

美沙がお茶を並べて……和之の横に並んだ。

「ああ。そうだ、隼人。 今夜、昭雄兄貴が顔見せたいと言っていたけどどうかな?」

和之がカップの柄に指を通しながら呟く。

「本当かよ! そりゃ、会いたい! 会いたい! 伯父さんには彼女紹介しておきたいし!」

「葉月君は? 構わないかな?」

叔父の名を聞いた途端には隼人は、いつも通りの輝く笑顔に戻った。

「勿論です。お父様に並ぶ澤村精機の技術主だと……通信科の隊員からも……

彼の工学講義の教官である大佐からもお聞きしております。それに、母からも!

それに──沙也加お母様のお兄様ですし……是非!」

母からも聞かされていた、母は若き頃、京介叔父の紹介で和之と昭雄伯父に会ったことがあると。

『隼人君は伯父様似かも知れないわね? 大きな目に長いまつげ、思い出すわ』

マルセイユの休暇、ホテルでは母と同じ部屋だった。

女同士、母娘の久し振りの会話。

葉月は、隼人とどんな暮らしをしているか、母に沢山報告した。

そうしたら……母がそう言ったのだ。

『控えめで、本当に和之さんの横でひっそり微笑んでいて、いかにも技術屋さんって感じの人よ?』

それを聞いて益々……恋人に似ているなら会ってみたいと思っていたから抵抗はない。

そんな葉月の素直な反応……。

その目の前で……美沙がフッと眼差しを伏せがちにして紅茶を飲み始めた。

(あ。沙也加お母様って言ってしまったから??)

葉月は口を塞ぎたくなったが、出てしまった言葉はもう取り消せない。

(複雑って……こう言う事?)

誰が母親で、誰がここの『奥様』で……誰をどう表現して良いのか解らない。

きっと……初めて来た葉月がすぐに感じたこと……。

隼人は幼少の時から、毎日、日常で常に感じてきたのだと……。

その『大変さ』を15歳までの隼人がどう受け止めてもがいてきたのか?

そう思うと……やっぱり少し不憫に思えてきた。

「そうそう、マクティアン大佐が親父と伯父さんに会ったことがあるって言ったとき、驚いたな」

「あの大佐が日本に来たときに、横須賀でお会いしてね」

「フロリダのお母さんにも会ったことあるんだってな」

「ああ! 素敵な女性だったよ? 頭も良くて……分野は違うが話甲斐のある女性だった。

あの時は……お互い若かったから、色々な論理の意見交換してね!

そうだ、そうだ! 葉月君はそう言えば顔の輪郭に笑い方はお母さん似なのかな?」

妙なところで話が盛り上がったのだ。

流石……父と息子。同じ畑とあって、話が合うには合うらしい。

「俺もマルセイユで一緒にさせてもらったけど……お母さんのお話はすごいよ」

「お前、ちゃんと相手できたのか? お母さんは『博士』だろ?」

「そりゃ──足元及ばないけど、お母さんは俺の目線に合わせて

分かり易く話してくれるところが、変に偉ぶっていなくて、話しやすい所だね。すごく、尊敬した」

「だろうねぇ……葉月君のお母さんだもんね」

葉月は我が事のように……嬉しいのだが恥ずかしくなって……

紅茶を口に付けて……俯いた。

それに……母に似ているって言われて一番嬉しいのは葉月なのだ。

黒髪で賢い母。小柄で、愛らしい母。

姉に憧れていたように、葉月は母にも大変憧れている。

その母に似ていると言われると父に似ていると言われるより嬉しいのだ。

だから……ちょっと恥ずかしくなったのだ。

そんな葉月も見て、隼人がいつもの優しい穏やかな微笑みを向けてくれていた。

『良かったね? お母さんに似ているって言われて』

彼の笑顔がそう言っている。

黒髪の母への憧れを……手に入れられない憧れは隼人には打ち明けていたから。

葉月も……そっと、微笑み返した。

その二人を見て、和之はなんだか嬉しそうにこちらも『にっこり』

「素敵なお母様なのね? でも、葉月さんを見る限りお父様も素敵な方なのでしょうね?」

本当にこんなに屈託のない女性のどこが? 隼人は気に入らないのか葉月は顔をしかめたくなる。

「あ。美味しいです……ロイヤルで入れて下さって有り難うございます」

葉月がそれらしく御礼を言うと、美沙は嬉しそうに微笑んでくれたが

隼人は横でむっすり……美沙が入れた紅茶に初めて口を付けた。

「俺の方が上手い」

(もう、なに!? 子供みたいに!!)

今度は葉月が憮然としたのだ。

勿論──美沙も初めて……義理息子の意地悪い言葉に憮然とした。

「あら? それは……私の入れ方が慣れていなくて、あなたの上官をもてなせなくて申し訳なかったわ」

それを見て……すかさず……

「ええ。中佐の方が確かにお上手よ。毎日入れていれば、上達しない方がおかしいわよ」

葉月はシラっと呟いた。隼人の機嫌を損ねるのを覚悟してのことだったが……

あんな子供じみた発言にいちいち合わせるのは、同じ女としてなんだか許せなかったのだ。

すると──隼人は……急に葉月に向かって『にっこり』いつもの余裕の笑顔。

予想外で葉月の方が……のけ反ってしまう。

「当然だろ。俺が一番にフロリダのお母さんに『合格』もらうんだ。

その前に、娘を落としておかないとな」

(うわ。こんな時だけ余裕なんて、相変わらず! 偉そう──!!)

葉月がむっすりすると……和之と美沙が揃ってクスクスと笑いだしたのだ。

「まぁ……だったら、私も負けないようにこれからは腕を上げないとね」

美沙の余裕の微笑み。

「はは。どうかな? 隼人、あちらのお母様の味に近づくのに何年かかることやら」

「なんだよ。大佐室のお茶入れは大変なんだぞ。

側近職ってヤツ、バカにしているだろ?」

「自分勝手でマイペースなお前が人に合わせられるのかね?」

和之がニヤリ……と、勝ち誇った笑顔に葉月は笑い出したくなったが、

「ふん。今に見ていろよ? 誰の息子だと思っているんだよ?」

「ほぅ? お前、『茶道』解るのか? 鎌倉の京介さんは茶道の達人だぞ」

そこで、隼人が『ヒヤッ』とした顔をしたので……

葉月は、『流石、お父様ー!』と手を叩きたくなった。

「フランスにいたのだから、全く手ほどきの機会はなかっただろ?」

「……」

隼人が黙り込む。

「えーと……葉月は?」

「え? そりゃ……叔父様は日本のお父様みたいなモノだから……習ったわよ、サラッと」

「まぁ……そんな風には見えませんわ? 雰囲気がとっても洋風というか」

美沙も葉月を見て驚いたらしい。

「ええ……ですが、叔父は初めての方に固いことを言うおもてなしはしない主義です」

それを聞いて、隼人はホッとしたらしい。

「煎茶の入れ方も、お前は知らなさそうだな」

和之は息子が精進していると自信を付け始めているところへ父親らしく釘を刺す。

「いや……小笠原は外人が多くて」

「美沙に教わりなさい。勿論、葉月君から教わるのであれば素直に手ほどき受けなさい」

最後に、和之は……

ミルクティーは隼人に一旗、煎茶は美沙に一旗揚げて締めくくろうとした。

美沙に習う気がなくても、上官から習えとも……。

(さすが……家長だけある!)

葉月は感心! 思わず見習いたくなったのだ。

 

隼人も美沙も……何も言わなくなったのだ。

(なんだか……お父様に子供が3人いるって感じ?)

葉月はそんな錯覚に陥ったのだった。

 

 

 妙な雰囲気のお茶の席が堪らなくなったのか?

一番最初にしびれを切らしたのは『隼人』

「おふくろの仏壇に挨拶に行ってくる。彼女は例の部屋に案内して良いんだよな?」

隼人は立ち上がって、和之にだけ視線を向けた。

「ああ、綺麗にベッドメイクしておいたから、暫くゆっくり休んだらいい。

葉月君? 左肩は大丈夫かい? まだ、痛いだろう?」

和之の気遣う優しい笑顔に葉月もにっこり。

「いえ、任務からもう……2ヶ月程、経とうかとしていますし……だいぶ。

夏には訓練に復帰する予定です」

葉月の『訓練復帰』に和之が嬉しそうに微笑んだ。

「そうかい! だったら、次ぎに小笠原に行ったときは君のパイロット姿が見られるかな?」

「見ていただけるように、頑張りますわ。

もう……チームキャプテンの中佐が……いつ出てくるかと今からうるさいぐらいで……」

『そうか、そうか』と、和之は我が子のように葉月の復帰を待ち望んでくれている。

本当に優しい恋人の父親で、葉月は申し訳なくなってくるぐらいだった。

その横で……美沙もそっと微笑んでいるだけ。

余計な事は……何一つ言おうとしなかった。

おそらく、隼人に揚げ足を取られるからだろうと思った。

「葉月、行こう」

冷たい顔の隼人が荷物を持って立ち上がる。

「……はい」

葉月は、美沙には冷たい隼人を見て……それを堪えている継母を見て……

なんだか、いたたまれない気持ちになって隼人の後を付いてリビングを出た。

 

 「ゴメンな」

リビングを出て……二人きりになった途端──。

隼人が背を向けたままそう呟いた。

「俺、変だろ? 冷たいだろ? あんな風でないと彼女には接すること出来ないんだ」

その声が……もの凄く苦しそうにやっと言っているのが葉月には解る。

「……変だけど。でも……仕方がないことなんでしょ?」

「……幻滅しただろ?」

肩越しに振り返った隼人と視線があって、葉月は『ううん』と首を振った。

隼人がそっと微笑んで……廊下を歩き始めた。

(きっと……家を出たときのまま、時間が止まっているのね?)

葉月は今の見た事ない隼人の姿はそれに違いないと思ったのだ。

『15歳のままの彼』

葉月はそれを見届けに来たのだ。

 

 

 その先に……生みの母がいる仏間があるらしい。

今は彼になんて声をかけて良いのか解らないから……そのまま彼の後についていった。

 

 隼人が連れていってくれたのは、奥にある座敷。

そこに……黒い大きな仏壇があった。

花が活けてあり、仏壇には女性の写真二つと、男性の写真が一つ。

「祖父さんと、祖母ちゃん。で、お馴染みのおふくろ」

隼人が写真を指して紹介してくれる。

「あ、お祖父様、お父様に似ている! お祖母様も優しそうな方」

葉月がシゲシゲと眺めると隼人も嬉しそう。

「俺、お祖母ちゃん子だったからな……お祖母ちゃんは確かに優しかったよ

お祖父さんの記憶はないなぁ……確か、生まれる前に亡くなったと聞いたけど。

澤村精機の元を作った機械屋さんだからね。俺も……受け継いでいるんだろうね?」

「へぇ。すごいわ! メカニカル一家!」

葉月は、凛々しい彼の祖父に見入ってしまった。

(このお祖父様が……澤村メカニカルのルーツなのねぇ)

葉月が感心している横で、隼人が厳かな感じで、座布団の上に正座をした。

葉月も……すこし後ろに控えて正座する。

白黒の遺影を葉月は見つめる。

家紋が入った留め袖姿の『沙也加』は絶品の日本美女だったから。

黒髪を結い上げている、しっとりとした姿。

こんな美しい女性が隼人の母親。

彼は、幼少の時、この母を眺めて育ったのだろう。

彼が黒髪の美しい女性を好むのも無理ないな……と、心静かに納得した。

黒くて大きいぱっちりとした瞳は隼人とそっくりだった……。

 

そして──

隼人が持ってきたスポーツバッグを開けた。

彼が取りだした物に……葉月は思わず驚いた!

 

「おふくろ……『勲章』もらったよ。見守ってくれて有り難う」

そっと微笑んでいる沙也加の写真は……古い町工場の前で撮られた物らしい。

その時代に流行っていたのだろう?

ジーンズに、幾何学模様の大きめの襟のブラウス。

その上に、町工場の灰色のジャケットを羽織っていた。

若々しく、瑞々しい……愛らしい黒髪の女性。

隼人が丘のマンションで飾っているのは清楚な白いワンピースの沙也加だったが。

こちらの写真は如何に……澤村精機内に彼女が携わっていたかが伺える写真。

和之は……この沙也加を気に入っていて、

息子の隼人は、清楚な白いワンピースの美しい母を気に入っているのだと解る。

でも……その写真を、隼人は優しい眼差しで見つめながら

母の遺影の前にそっと……立派なケースに入っている勲章を置いたのだ。

(隼人さん……そんな事、決めていたのね)

自分がもらった勲章を母に捧げる息子。

その姿をみて……葉月はなんだか目元がじんわり熱くなってしまったのだ。

「俺、この写真も結構気に入っているんだけど、親父がくれないんだ」

(あ。やっぱり──)

葉月の勘は当たっていたらしい。

でも……働いている母の姿も隼人は気に入っているようで葉月は

何故かホッとした。

そして、隼人は線香に火を点けて……数本、葉月にも分けてくれる。

「明日、彼女と墓参りに行くからな」

隼人はそう言いながら線香を立てた。

鐘を鳴らして……隼人が手を合わせたので……

葉月も横から線香を立てて……

「初めまして、御園葉月です」

正座できちんとお辞儀をしてから……合掌する。

葉月が、まるで生きている人に挨拶をしたようにかしこまっているのがおかしいのか?

隼人が合掌したまま『クスリ……』と、こぼした。

でも、すぐに二人揃って神妙に仏壇に暫く手を合わす。

(お母様……あの時、励ましてくれて有り難う)

達也の弾丸に撃ち抜かれ……意識が遠のく中聞こえた声。

葉月の胸に入っていた『へその緒のお守り』

(あ──)

「隼人さん……お守り、どうしたの?」

「ああ──持ってきたよ。今、おふくろに御礼言っておいた。

俺の相棒、守ってくれて有り難うって……

今までなら……そんな気休め信じなかったけど……

そんな事、あるはずないと思っても……生きている人間がそう思うことで……

その人もやっぱり生きているんだと思ったから……」

 

葉月は……隼人のその言葉が……

──『でも──そう、思うぐらい良いじゃないか?

下界の俺達がそう想像する事で漂う魂が救われるかも知れないぞ?

魂だけのなくなった物に形が出来るかも知れない……』──

 

そう……純一義兄が言っていたことと重ねた。

 

でも……葉月はその『お守り』は……和之が持たせてくれたと聞いていたので

この時は『継母の手作り』だとは知らなかったのだ。

 

隼人の制服の胸ポケットに肌身離さずそのお守りが胸に入れられている。

任務が終わってから……ずっと。

葉月の血糊が付いたまま……隼人は持っているのだ。

 

 「さて──部屋で少し休むか? 疲れただろう? 傷の具合見てみよう?」

隼人がいつもの笑顔で立ち上がったので、葉月もそっと微笑み返して立ち上がる。

ふすまの座敷を出て……また洋風の風景に戻る。

廊下を歩いていると先程のリビングの入り口に差し掛かる。

その手前のドアが一つ……開いていた。

キッチンへはいるドアだったらしく、美沙が一人でお茶の片づけをしている。

 

「あ……お母さんへのご挨拶すんだの?」

また……屈託のない笑顔で美沙が二人に微笑みかけた。

「ああ」

素っ気ない隼人の返事。

葉月ももう……驚いたり慌てないことにして、美沙にそっと微笑み返す。

「あのね? ちょっといいかしら?」

美沙が、困ったように隼人に声をかけた。

「なに?」

一応……受け答えは出来るらしく葉月もホッとしたのだが。

美沙は、隼人の背中に控えている葉月を見て気まずそうだった……。

 

「あの……私、お部屋をお借りして着替えてきます。隼人さん? お部屋、どこ?」

「…………彼女を案内したら、降りてくるから」

隼人は無表情にそれだけ言って……葉月の肩をサッと抱いた。

「行こう……葉月」

「……」

 

「待っているからね」

 

肩を抱いて彼女を案内する義理息子に……美沙がそんな一言を残す。

 

隼人はなにも感じなかった様に……葉月と階段を上がり始めたのだが。

 

『なぁに? 継母様……なんだか、すごく……』

切実な感じだったのだ。

 

二人きりで何を話すのか?

美沙は隼人と何を語りたいのだろうか?

 

隼人の横顔を見上げると……彼はいつも以上に淡泊で

そして──憮然としていたのだ。

 

でも──隼人は後で、美沙の所に行くだろうと葉月の勘は確信していた。