今から大学へ行くという真一。
その義理甥っ子が、出張から小笠原基地に帰る隼人を、定期便が出る横須賀基地まで送ってくれると言う。
今は真一も自分の車を持っている。
イマドキのスポーツワゴン車に乗っていて、隼人は助手席に乗せてもらう。
冬の朝。まだヒーターがかかったばかりの車は寒く、隼人はコートの襟を立て、さらに妻がくれたマフラーの中へと顔を埋めた。
「隼人兄ちゃん、寒そうだね」
「ああ。やっぱり、本島に出てくると寒い。真一は慣れたみたいだな」
運転席で眼鏡をかけている青年が、笑う。
「慣れたよ。でも、時々、あの湿った風が吹く海際が懐かしくて仕方がないよ」
イマドキの青年に代わりはない真一だが、父親と趣味が似てきたのか、派手ではないが落ち着いて品のあるファッション。それでも一目見れば、随分と大人になったと隼人は会うたびに思う。
初めて会った時はまだ、訓練生の詰め襟制服を着ていた可愛らしい子供、少年だった。なのに近頃は会う度に彼の成長ぶりを垣間見ると溜息が出てしまう。自分が二児の父親になったのだから、まあ、それもそうか……など思ったりする。
「まったく、オヤジの奴。隼人兄ちゃんがせっかく挨拶に来たというのに……。ねぼすけジジイめ」
「いやいや。義兄さんも遅くまで仕事しているんだし。昨夜、お義父さんとお義母さんと一緒に食事もして沢山話したからさ」
だから、いいんだよ。と、隼人は繕った。
帰りの挨拶に寄った時、自室から出てこなかった義兄。それを見ていた真一は、息子としてはかなりおかんむりの様子だった。
「ほんっと。あのオヤジほど、自分勝手に生きている男はいないと思うよ。不摂生もいいところなんだ」
「でも、あの歳まであのライフスタイルを続けてきたなら、なかなか直らないと思うな〜」
「だろうね。俺も呆れているもん。煙草も酒もやめない上に、不規則な生活。ただ、最後に辻褄合わせてきっちりと仕事も家事をやっているからさあ〜。なーんか最後はうまーく世界を自分の思い通りに回した顔をしているのが余計にシャクに障るんだよなあっ」
つまり『なんでもこなす、やり手親父』ということらしい。
ハンドルを操作しつつも、父親の有様にぶつぶつと文句を言う息子。
純一に『はっきり物申す男』は、この隼人を含め数名いるが、その中でもこの息子に敵う男達はいまい? と、隼人は思う。
男同士である父子が遠慮なくやりあっている姿。なんだかいいなあ、なんて。息子を持つようになった隼人お父さんは羨ましく思ったりするのだ。
「ふ〜。うちの海人も、そのうちに俺のこともそう言い出すのかな」
「子供の頃から可愛がれば、俺みたいにひねくれないよ。兄ちゃんは海人を可愛がっているから解り合えるって!」
そこも少年の頃は過敏に繊細に感じ取っていただろうに、今の真一は『笑いネタ』にしてしまうほど、へっちゃらのようだった。
隼人もそれは微笑ましく思う。
「いや。今の義兄さんと真一、羨ましいよ。俺も海人とは思いっきり文句を言い合える親父と息子になりたいね」
隼人がそう言うと、真一はちょっと照れくさそうに黙ってしまった。
結局……。真一も、そんなふうに長年離ればなれだった父親と喧嘩が出来ること、文句を言える毎日が大切で、楽しくおもっているのだなと、隼人は微笑んだ。
後部座席には、パリッとプレスされている白衣と教科書が入っているというバッグ。
口が開いているバッグの中から、『心療内科』のテキストが見えた。
真一は子供の頃から目指していた外科志望を、希望医大合格当時からがらっと変更していた。
家族が事件で心を痛めてきた姿を散々見てきたからだろう。人の身体は大怪我に病気もするが、心の大怪我をすることもあるのだと。さらには新しい家族の中には『精神科専門の名医』であるジャンヌがいる。それを間近で見て考え方が大幅に変わったのだと、父親の純一から聞かされていた。
それを分かっていて、今更ながらだが、隼人は敢えて聞いてみた。
「外科に、未練はないのか?」
真一がちょっと、戸惑った顔で暫く黙っていたのだが。
Update/2007.12.22(WEB拍手内)