* ライバル大佐嬢 *

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【WEB拍手 御礼SSシリーズ】
 
ライバル大佐嬢[2]

 

「いつも、思うんだけれど」
「なんだよ? お嬢」
「なんか。小池のお兄さんのところにくると、きちっとお茶が出てくるのはすごいわよね。わざと? なんか私が『来る』ということが分かるシステムでもあるの?」

 小池はドキッとしたが、いつもの笑顔を見せる。

「そうか? お茶が出てこない日だってあるだろう」
 それは、小池の勘が外れた日。
「それも、そうねえ? 不思議ねー。私が座った途端に出てくるの」
 お嬢が数分しかいないから、慌てて入れない為に山を張って前もって行動しているんだ。
 と、小池は心の中だけで言っておく。大佐嬢はそれすらも知らなくて良いのだ。

「それに、このフレーバー。最近、私が新しく見つけたお店のものに似ているわ。今、お気に入りなの」
「そうなのか? いやー。こんなものもどうだろうかと、うちの男が見つけてきたんでね。お気に入りだったとは、なにより」
「まあ。ここの班室の殿方は、紅茶にまで神経を張り巡らせているの!?」

 大佐嬢にここまで言わせ、小池はもう勝利の笑顔をめいっぱい浮かべたくて堪らないが、いつもの『任せっきりでOKのお兄さん』の顔を保つ。
 そしてこの日、大佐嬢がついに言った。

「ほんっとうに。私がなにも言わなくても、完璧な班室ですこと」

 小池だけじゃない。
 この班室にいる男共が、この時は皆ニンマリしたことだろう。

 だからなのだ。文句を言っていた新人青年達が、いずれ小池のポリシーに染まってしまうのは……。
 若手筆頭の大佐嬢に『完璧、任せっきりでOK』と言わせるほどの男達が集まる部署。そこにいる男がやらねばならぬ『精神』は既にそこから始まっているということに気が付く。

 ただ。ここにいる男共に小池は、まだまだ満足していないことがある。

「そうだったわ。今日はこれをね、お兄さんに見てもらおうと思って」

 葉月が小脇に抱えていた書類をひとつ。小池に差し出した。
 小池も、手元に外していた眼鏡を掛け直し、それを眺める。

「そろそろ通信科にも、そんな企画があっても良いのではないかと、横須賀の通信科と話を進めているの。良かったらやってみない?」

 小池の頭が真っ白になる。
 そして班室の男達も驚いた顔を揃え、こちらに視線を集めていた。
 葉月もその異様な男達の空気を感じ取ってしまったようだ。だから小池は慌てた。

「そ、そうか。良い提案だね、お嬢。よく見ておくよ」
「そう。良かったわ。お兄さんのお役に立てることなら、何でもするわ。そう思って、あちらの通信科に誘いをかけていたの」

 大佐嬢の向こうにいる男達の溜息が聞こえてきそうだった。
 小池も心の中では項垂れている。

「では、そういうことで。お茶、ご馳走様! また明日くるわね」

 いつもの数分の訪問が終わり、大佐嬢は去っていく。

 彼女がドアを出ていって直ぐに、静かに仕事をしていた男共が立ち上がる。

「中佐! また、大佐嬢に先を越されたじゃないですか!」
「俺達が計画していたのに!」
「これから横須賀と交渉しようとしていたのに、大佐嬢が先にしていただなんて……」

 俺達、ショックです!!
 男共の叫び声に、小池も泣きたくなってくる。
 今日まで密かに押し進めてきた計画を、大佐嬢が一気になぎ倒していったのだ。

「くっそ。またお嬢に先を越されたか! 今度こそ、お嬢より先に『これぞ』という企画を作って驚かそうと思ったんだぞっっ!」

 小池通信科班室。
 何事も大佐嬢に『なにもありませんでした』と報告するのが彼等のポリシー。
 必死な姿は彼女に決して見せてはいけない。どんなことがあっても『大佐嬢を心配させるまでもなく、何事も平穏』と見せておきたい男達。
 そしていつかきっと大佐嬢を越える仕事をするのが、彼等の目標。

 大佐嬢は、最大のライバルでもあった。

 

 

 

Update/2008.1.25(WEB拍手内)
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