新しい室長がロスアンゼルスから来ると聞いた。
四十代の女性だと聞いて室長にしては若いなとサミーは思ったと同時に、『なんだ。おばさんか』とも思ったのだ。
サミーは三十歳になったと同時に、フロリダのこの班室へ配属された。その時の室長は、中将夫人でもあった御園登貴子博士。おふくろさんのような穏和でそして仕事ではシビアな彼女に、サミーは大変お世話になり、今でも尊敬する上司だった。
この度やってくるというその『おばさん』は、突然に退官してしまったミセス・ドクター登貴子の愛弟子であった人だったと、サミーは先輩から聞かされた。
サミーはその『イザベル』とかいう若博士がロスに行ってしまってから科学班に配属されたので、彼女の事は知らない。
「すんげー没頭する人だからなあ。本業以外の管理職がイザベルに出来るか心配だなあ……」
『イザベルおばさん』がこの科学班に所属していた時代を知っているという黒人のアダム先輩が、ちょっと不安そうにぼやいていた。
「すごいぞ。あの人、家に帰らないし食べないし寝ないし、シャワーも浴びないで、没頭する。俺も『ぼさぼさになった彼女』に遭遇した時には絶句したね」
あれは女じゃないと、アダムが教えてくれ、サミーは『うひゃー、勘弁〜』と震えあがった。
「なんすか〜。やっぱりこういった理系班に、潤いある女性を求めるのは幻想なんですかね〜」
この科学班に配属されてから数年、三十代になり年月を重ねるばかりで、女縁も遠退くばかり。
あっちの工学科棟に行けば、綺麗なお姉さんが幾人かいる。あと高官棟の秘書室にも綺麗なお姉さんがいる。でも、白衣を着ている男共には目もくれないご様子。軍服の肩や胸ポケットのバッジに星がいっぱいついている男が彼女達のターゲット。白衣の冴えない男など、興味ないのだろう。──と考えていたら、アダム先輩はちょっと違う事を言った。
「それがなあ。イザベルは仕事以外のことには滅茶苦茶に無頓着なんだけれど、よく見ると、いい女? かもしれない」
「……かもしれないなんて。そんなあやふやなのいりませんよ。あれでしょ。アダム先輩は彼女と一緒に働いていたのが長かったから、情が移って可愛く見えちゃったんじゃないんですか」
アダム先輩はちょっと首を傾げ、考え込んでいた。
「そうかもしれない。とりたてて目立つほど美人ってわけでも?」
『ほらー、そうでしょうっ』と、いきり立つサミー。
変な期待など持たせないで欲しいと抗議をした。
「でも探求心と研究感性は、俺達なんか敵わないと思うな」
まあ、そうでしょうねとサミーは思う。
そうでなければ、あのミセス・ドクター御園の後継者と言われるはずがないのだ。
(どんな、ボサ女がくるんだよー)
やだなあ、益々潤いのない軍基地生活かとサミーは溜息をついた。
その女博士がフロリダ本部基地にやってきた。
イザベル=テイラー博士、初日の出勤。そしてサミーと初対面。
「知っている方も初めての方もよろしくお願い致します」
サミーは彼女を一目見て、絶句していた。
すごく可愛い女性──それが第一印象。
本当に四十代の女性?
頬に沿う栗毛は触りたくなるほど柔らかそうで、そして愛らしい水色の瞳。そしてちょっと童顔。
まるで人形みたい!?
自称──冴えない白衣の、三十代シングル男。
遅咲きの恋、咲いちゃいました。
Update/2008.2.25(WEB拍手内)