あー、あの人。またドーナツを食べているよ〜。
室長のデスクがあるのに、サミーの憧れの人は、今日も実験をする机に居座っていた。
資料に教材にノート、そして周りには彼女が朝から仕掛けている実験装置。それを彼女はじいっと見ている。
そして彼女の片手にはドーナツ。サミーは自分の仕事や研究をまとめている傍ら、そんな新しい女上司の動向をちらちらと見入ってしまうのだった。
朝、出勤したら既にそこにいた。
簡単なミーティングをしたが、彼女はとっても面倒くさそうな不機嫌な顔でさっさと済ませ、またその実験装置の前に座り込む。
特になにかの実験をしている訳でもなく、時折、ノートに凄い勢いで何かを書き込んだら、その装置に一個、二個、部品を付け足したり。薬品の棚に向かって、そこでぶつぶつと呟きながらメモを取ったり。そうしてまた実験装置の席に戻ってきたら、片手に届く位置にあるドーナツをぱくりと食べる。
サミーがそれを朝から見ていたところ、今、彼女が手にしたドーナツは五つ目だ。
見ていると、こっちが胸焼けを起こしそうになった程……。すごいドーナツしか食べていない。と唖然とするばかり。
流石のサミーも見ているのが限界になってきた。あの可愛い顔のドクターテイラーは、それをここに来てから毎日繰り返している。
「あー。早速始まったんだなー。久々に見たー」
アダム先輩も、まだ来て日が浅いにもかかわらず、そんなテイラー博士の日々の過ごし方を目にして、そんな諦めに近い呟きをこぼしていた。
「見ていろよ。そのうちに、すんげーぼさぼさに荒れてくるから。その頃にちょっと声をかけた方がいいかな。今、声をかけると凄く機嫌が悪くなって、暫くは口をきいてくれなくなる」
それってめちゃくちゃ扱いにくい上司が来たってことになるのでは? サミーは眉をひそめる。
そして可愛い人が来た〜と、浮かれている自分のことも、ちょっと考えを改めたくなってしまう。
「でも、すごい結果を出すから、俺はあの人がどんなことを今考えているか解らなくても、わくわくするね。いつも参考になるんだ」
仕事は凄いけど、女としてはちょっとーと言う事らしい。
ああ、でも……。見れば見るほど、可愛い。
なんで年上なんだろう? 年齢を感じさせないよ、あの人は。
たくさんの実験に没頭している間に、きっとあの人の周りだけ時間が止まってしまって、あの人は歳を取らなかったんじゃないか。そう思いたくなる。
まだボサボサになる彼女を拝見していないサミーは、そんな現実が待ち構えている事が解っていても、今はもう〜彼女しか見えていない。
それになんたって。ドーナツを頬張る度に、頬についてしまうドーナツの欠片。まるで子供のような横顔になる年上の人。なのにそれを見ると、サミーはかいがいしく指先でそれを取り除いて、俺が食べちゃいたいなんて衝動に駆られるのだ。
「うん。でも、あれは良くない」
あんな食生活を見せられて、サミーは黙っていられなくなった。
夕方になり勤務時間が終わる。帰る前に、まだ実験装置の席で一人で悶々としている博士の側に、そっと温かいミネストローネを置いてきた。
彼女は気が付いていたのか、気が付いていないのか。しかし、そこを去るサミーを呼び止める事はなく、ノートに向かってなにかを懸命に計算している彼女。
だんだんと、こういう人なんだなと、サミーも判ってきたし、理解できるようになってきた。
翌朝、出勤すると──。やはりそこにはまた同じ姿勢のままのテイラー博士の姿があった。
でも、スープを入れた紙コップが空になっていて、なんだか嬉しいサミー。
それどころか……。
「サミー。ご馳走様、美味しかったわ」
眼鏡をかけた可愛いお人形さんの顔で、彼女が微笑みかけてくれた。
もう、それだけでサミーは飛び上がりたくなった。しかも、サミーが置いていった事はちゃんと判ってくれていたのだと!
「い、いえ。ドーナツばかり、身体に悪いですよ」
「そうよね〜。最近、これはやめなくちゃと思っているのよ。貴方が置いていったスープを食べながら反省したわ。これから、ちょっと努力するわね」
確かに、あの触りたくなってしまう柔らかい栗毛が徐々にボサボサになっているのだけれど……。
ああ、なんだかそれも、可愛く見えてきてしまったサミー。
これって完全に恋、だよな?
でも、なんだか日々、振り回されそう。
そんな予感も過ぎった三十男の新しい恋の日々。
Update/2008.3.4(WEB拍手内)