× ワイルドで行こう【ワイルド*Berry】 ×

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 13.龍と苺と小鳥と 

 

 ――気分が悪い。
 車酔いなどしない彼女が、あと少しで到着という港町でそう言いだした。
 路肩に車を停め、英児は彼女を助手席から外に連れ出す。この南部田舎町のフェリー港がすぐそこで、潮の香もきつい。
 路肩の防波堤で、琴子が手をついてはあはあと苦しそうだった。
 その背をさすりながら、英児は彼女に言う。
「なあ。この前、ダム湖の集会でダム峠を野郎達と走った時も、お前、酔っていたじゃないかよ。疲れているんじゃないか」
 顔色が悪い彼女が首を振る。
 週末に、走り屋がなんとなく集まるダム湖。そこにたまに琴子を連れて、野郎共とドライブをすることもある。彼女がいるので安全運転ではあるが、峠道だったせいか琴子が酔ってしまい、野郎共を心配させてしまった。
『タキさん。無理しないで、奥さん連れて帰った方が良いよ』
『いままでも酔ったことないのに。疲れさせてんじゃないの〜』
 疲れさせている。が、夫妻の夜の営みを暗に指しているからかいだと判っていたので、英児も『うるせえ』と言い返したりして。その時は琴子も笑っていたのに。
 からかい通り、『夜の営みに、強引な男』は当たっている部分があるにはある。だが、ほかに疲れさせている心当たりは……ない、はず。
「琴子、ここまで来たけどさ。もう引き返して帰ろう」
「いや、今日……どうしても、行きたい」
 なにを決めているのか。『結婚三年目』。これぐらい共に生きてきた夫妻になると、普段は控えめな女房がたまに我を張るとどうにも譲ってくれないことを旦那の英児はもうよく知っていた。
「わかった。大丈夫なら、行こう。平気だな」
「……平気」
 胸をさすった琴子は自分から助手席に乗った。英児も運転席へ。
 再び車を発進させつつも、英児はあまり気が乗らず、ハンドルを回しながらもう一度問う。
「いまからさ、カーブが多い山道なんだけどさ……」
「そこ通らないと、岬に行けないでしょう。走って。あと少しだもん、大丈夫」
 やっぱり譲らないか。英児はため息をつきながら、その道を行く。
 ――岬に行きたい。
 店が定休日のこの日、平日なのに、琴子が急に言いだした。しかも彼女が英児にそれを言いだした時には、きちんと三好ジュニア社長の許可を得て休暇まで取っていた。それほどの気持ち。
 突然の計画なしの外出は、英児が言い出すことがあっても彼女から言い出すことは滅多にない。
 天気も良く、英児も休暇とあって、特に反対する気もなく、『いいな。途中、漁村で昼飯くって行こうぜ』となんとなく出かけた。
 そうしたら。岬に到着する手前、岬灯台がある海沿いの山を上る手前で琴子が酔った。これで二度目。
 もうすぐ灯台がある先端。そこまで上りつめても、琴子ははあはあと気分が悪そうだった。
 やっと、時々彼女と訪れる灯台岬にたどり着く。
 英児が心配する間もなく、琴子はすぐに外に飛び出し、またスカイラインの傍に座り込んで苦しそうにしている。
 なんか、おかしいな。この女房がこうして我を張る時は、なにか大きな意味があるんだ。しゃがみこむ妻を見下ろし、英児はそう確信する。
 また彼女の背をさすって、英児は尋ねる。
「琴子。どうして今日、岬に来たかったんだ」
 彼女自身も休暇をとったりして。もし体調が悪くて休暇を取ったなら、こうしてドライブに行こうなんて言い出すような性格じゃないのに……。
 そこで彼女が『大丈夫』と笑顔で立ち上がった。それでもハンカチで口元を押さえながら、海が見渡せる崖手前まで歩いていく。
 五月の風は爽やかで、平日の岬は静かだった。そして風とさざ波の優しい音色。かすかにひばりの唄声。灯台がある岬までの道は新緑に彩られている。見渡せるそこに立つと、黒髪をなびかせる琴子もやっと笑顔になる。
 隣に寄り添って立つ英児の手を、彼女がそっと握りしめてくる。そして変わらぬ愛らしい眼差しで、あんなに青ざめていたのに、いつもの柔らかい笑みを見せてくれた。
「どうしても来たかったの。暫く、ここまでは来られないだろうから」
 暫く、来られない? 英児は首をかしげる。
「なんでだよ。いつだってお前が行きたいと言えば、夜中だってなんだって俺が連れてきてやるよ」
 俺はお前のロケット。お前が迷っている間に、抱きかかえてどこだって。俺が連れて行ってやると――。本気だった。
 だが琴子が笑顔で首を振り言った。
「私のお腹が大きくなっても?」
 お腹が、大きくなる――?
 暫く考え、琴子のぺたんこの腹を見下ろし、英児はそんな彼女を想像し、やっと気がつく。
「え! 琴子。お前、それって……」
「いま、三ヶ月だって。車に酔いやすいのも、つわりが始まったところだから。暫くは頻繁なドライブは禁止かなって」
「だってよ、お前……。俺達、この前……」
 まだ飲み込めない英児を見て、琴子は致し方ない笑みを浮かべ海を遠く見つめる。
「そうね。できるかどうか調べようと決めたばかりだったものね」
 結婚して二年。どんなに愛しあってもどうしても出来ない。なのに今度はあんなに子供を早く欲しい五人産むと急いでいた琴子の方が、どっしり落ち着いてなにも言わなくなった。
 それでも二人の間で『子供欲しいね』などは、徐々に話題にするのも気を遣うような空気になってきて、その話題になると会話が続かなくなったりした。そして丸二年、三年目のこの年。琴子の年齢もあり、英児からついに切り出す。
 ――『俺が原因なのかもしれない。琴子、はっきりさせに行こうと思うんだけど、どうだろうか』と、投げかけた。
 すると琴子も神妙な面持ちで、英児の目をしっかり見て『そうね』と快諾してくれる。
 ダメならダメとはっきりさせて、ダメだったなら、これから二人だけで生きていく気持ちを固めよう――。
   二人でそう決意したのは、先月のこと。そうしたら、なんだって? え、どうしてこういう流れに? 俺と琴子が結婚してから、もやもやしてきたあれはなんだったんだよ?
 英児は改めて、琴子のお腹を見つめる。その視線に気がついた琴子が、小さな白い手でそこをそっと撫でた。
「次に来る時は、三人でね。ロケットに乗員一人増えます。よろしくね、パパ」
 白い灯台から吹き込んでくる青い潮風に、琴子の黒髪が舞う。あの結婚式の時のような微笑みが、また。
 そのまま英児は黙って、母親になる女房を抱きしめる。きつく、何度も強く抱き返した。彼女も優しく英児の背を抱いてくれる。
「マジかよ。なんだよ。今頃。もっと早く……」
「困っているパパを見て、慌てて来たみたいね」
 当分来られないからと、琴子は英児の胸の中で、濃い潮風を胸いっぱいに吸い込んでいる。
「海はパパの匂いって、教えるつもり」
「は、なんだよ。それ。わけわかんねえ……」
 つまり『原始的』。彼女がそう笑う。やっぱりわからない。でもそうなっているらしい。

 子供の名前、どうするかな?
 まさか、車の名前とか言わないわよね?
 セリカとかセレナとか。あ、セナとかいいなあ。
 えー、本気なの!?
 女だから、それしかないだろ。
 セナは男性じゃない!

 お腹の中にいる子は、女の子だと判明した。
 そうして名前を『車関係にするのが俺の夢』だと言い張っていたら、女房どころか、従業員にも『よく考えろ』と言われ、矢野じいにも『琴子の意見を無視するな』と言われ、滝田の父親にも大内の義母にも『ちょっと待ちなさい』と引き留められる始末。
 お椿さんの祭りが終わった頃。二人の挙式記念日間近に、その子が生まれた。
「お母さん、お父さん。おめでとうございます」
 頑張る彼女に一晩中付き添って、朝方生まれた子。汗びっしょりになってぐったり横たわっている琴子に、白い布に包まれたちいちゃな赤ん坊が渡される。
「ちっちゃい……。可愛い」
 お腹にいた子。初めての対面。待ちに待ったベビー。琴子が涙ぐんで、その子の頬をつついた。
「ほら、パパも」
 琴子に促され、助産士の手添えで英児もやっと、この腕に……。
 ちっちゃくて。本当に赤い。赤ん坊。ちゃんと瞬きをしているのを見て、英児もそれだけでドキドキする。
「セナちゃんて呼んであげて」
 英児がお腹にずっと呼びかけていた名前。琴子もついに、認めてくれたようだ。
 なのに。ちっちゃくて、母親の琴子みたいな優しいぬくもりを知って……英児は。
「いや。小鳥だ」
 『え』と目を丸くする琴子。
「セナは腹の中にいる時のあだ名な。今日から、こいつは『小鳥』だ」
「ことり?」
 ママの琴子の『コト』をもらって。そしてママがお気に入りの可愛い小鳥柄の眼鏡ケース。
『これ、死んだお父さんが誕生日プレゼントに一緒に選んでくれたの。花柄だけのケースと、花と小鳥のケースと悩んでいたら、琴子は小鳥って、お父さんが選んでくれたの』
 あのケースがどのようにして琴子のお気に入りになったのか。それを後から聞いた。
「小鳥の名は、会えない祖父ちゃんからのプレゼントだ。いいな、琴子」
 琴子も、名の由来を知ってついに涙をこぼしてくれる。
「有り難う、英児さん。嬉しい……。でも、」
 『でも』?
「なんなのよー。私、もうすっかりセナちゃんのつもりだったのに。いつその名前も候補にしていたのよ」
 そんな彼女に英児は言う。
「候補になかったよ。いま、閃いたんだから」
「いま、閃いた?」
 彼女の呆れた顔!
「もうもうもうっ。なんでそんな閃きばっかりなの! その閃きでなんでそんな素敵なことを思いついてくれるの! もうもうもうっ」
 『嬉しいけど、なんだか納得できない』。涙もそこそこに止まってしまったと琴子が怒っている。
「だってよう、こいつを抱いた途端に、」
「ピカって来ちゃったのね」
 こちらも旦那の突発的な行動は慣れっこ。『ピカとビリが来たなら、しようがないわね』と落ち着いてくれた。
 英児の腕に中で、もう小さな彼女がちょこちょこと腕を動かすと、本当に感動。
「俺の子か。俺の……」
 最初の家族は女房、そして娘が出来た。また一人、英児の傍に。
「パパは瞬発ロケットの空飛ぶ龍で、娘もその後をぱたくたついていく小鳥ちゃん……。それが道路でなんて、なったらどうしようかな」
 つまり。パパの背をみて、女だてらに『走り屋』になったりして――と、ママが冗談を言っているのだが。
「ばっか。女だぞ。絶対に琴子みたいに女らしい女になるに決まっているだろ」
 ママが大好きな眼鏡ケースのように。乙女チックに育つ小鳥ちゃん……。

 

 父ちゃん。ハチロク、借りていく。

 

 土曜の夜、週末。店じまいをして従業員が帰った後。事務所を閉める忙しい時を狙って、娘が父親が所有する車のキーラックから『カローラレビンAE86(ハチロク)』のキーをかすめ取っていった。
「こんの小娘、待ちやがれ!」
 父ちゃんの叫びも空しく、娘はひょいと事務所のドアを開けて飛び出そうとしている。だが、親父も負けない。素早く追いかけ、首根っこを捕まえ事務所に引きずり戻した。
 最低限の約束は『黙ってキーを持ち出さない(母ちゃん除く)』。だから一声はかけたが、あとは乗って行ってしまえば『こっちのもん』と思ったようだった。だが、娘も父親の叫びが『いつもより怖い』と悟ったのか、毎度の強気もどこへやら。無言で言い返してこない静かな娘。
 そんな娘『小鳥』を英児は見下ろす。  黒髪ポニーテール、拗ねた顔とか目つきが若い時の俺にそっくり。これがまたどうにも腹立たしい。どーして可愛い母ちゃんに似るようにしてあげられなかったのか、と。
 そのうえ、車に乗って出かける時は龍星轟のジャケットを羽織っていく。なのに、そんな娘からは『あの女の匂い』。ここ数年、女房の琴子と同じ匂いを感じるようになった。
 つまり。娘が女になってきたということ。
 ボーイッシュな服装を好むところはあるが、あの琴子ママが育てただけあって、中身は『きちんと女子』。身だしなみもきちんと、黒髪も長く伸ばして綺麗に手入れをしている。可愛い小物だってひっそり隠し持っている。ただ外見がボーイッシュなだけ。さらにさらに、ママに似て着痩せする女っぽいボディスタイルまで隠し持っている。女らしくすればママのように絶対に『女っぽい女』のはずなのに。しかしママと正反対なところがひとつ、『気が強い』こと。それが玉に瑕。
 高校卒業したばかりの十八歳。母親と同じ女子大学に通っている。女の子らしい学校で地元では有名。なのに、この娘と来たら。そういう男っぽい格好で、夜な夜な車に乗って出かけてしまう。
 『走り屋』とつるむなんて。夜が多く、しかも男ばかり。こんなこんないい匂いがする女を、若い男共が放っておく訳がなかろうに!
 娘がレビンに乗る乗らない以前に、英児の『駄目だ、まだ駄目だ』という頑固さはそこにある。
 しかも80年代もののハチロク・レビンなんかで峠を走った日には、どれだけ目立つことか!
「お父さん、なにを怒鳴っているの。また小鳥ちゃんと?」
 二階自宅から、琴子が降りてきた。それだけじゃない。
「なんだよ。姉貴、レビンさらうのを、また失敗したのかよ。だっせーな」
「また姉ちゃんだ」
 長男の聖児と末っ子の玲児も、母親にひっついてきた。だが英児はここで顔をしかめる。
 母親の琴子が娘と夫の諍いを案じてやってきただけならともかく。十七歳になった長男と、中学生の次男。そして一番上の子、小鳥。これが『車のことで集う』となると――。
「だって……さ、もう乗ってもいいでしょ。ハチロクにずっと乗りたかったこと父ちゃんだって解ってくれていると思っていたのに」
 解っているつもり。自分も小鳥の年齢になってすぐ、車を手に入れて峠に飛び出していったのだから。
 だが、父親として娘を案じているのは何故かは、娘は知らない。そして英児も言えない。
 お前がいい匂いがする大人の女になったから、心配しているんだとか……。そんな娘が娘ではなくなるようなこと、自分からいいたくない。
 傍でじっと黙って見守っている女房の琴子。彼女はこんな時は父親の英児に任せて、あまり口出しはしない。でもじっと子供と父親のやり取りから目を逸らさない。いつも。
「レビンは俺も狙っているんだから、俺が卒業してから、姉ちゃんが乗るか俺が乗るかを決めて欲しいんだよ」
 長男もレビン狙い。先に免許を取れる年長というだけで、姉貴に一足先に持って行かれるのが悔しいらしい。
「父ちゃん、俺は母ちゃんのゼットがいい。だから母ちゃんに新しい車を選んであげてよ」
 末っ子だけに、琴子が運転するゼットに良く乗せてもらっていたせいか、次男はフェアレディZ狙い。
 子供の頃から、父親に乗せてもらってきた年代物の車。もうどこにも走っていない。あまり見かけない車。でも、知っている人は知っている車。プレミアムで父ちゃんが発掘し、常に手入れが行き届いている『走り屋の車』!
 それを子供達がよく知っていて、なおかつ、古い車を知って愛着を持ってくれるところに胸が熱くなってしまう……。
 だが、そこはグッと我慢の親父心。
「っていうかよお。お前ら『自分だけの車』っつーものを、自分で探さんかいっ。まずはそれからだ」
 だがそこで、三人の子供達が揃って社長デスクにいる親父に向かってきた。
「だって、私達、子供の時からずっと、」
「親父がチューンした車じゃないとさ、乗り心地合わないっていうか、」
「いつか絶対、父ちゃんが大事にしている車は全部乗ってやろうって思っているんだもんな!」
 じゃなきゃ、龍星轟の子供じゃない!
 思わず、今度こそ、英児は陥落しそうになった……のだが。
 『だから父ちゃん、今夜だけでもいいから、私、レビンに乗りたい』。『やめろー、俺が免許を取ってから決めてくれ!』。『父ちゃんは乗せるのはいいけど、運転されるのはすげえー嫌なんだ。母ちゃんだけなんだろ。どーなんだよ!!』。
 三人揃っての大砲。これが束になってかかってくると結構な威力があり、親父英児も吹き飛ばされそうになることがある。そんな時、対峙する父親は……。
「もうお前ら、うるさい!」
 これを言えば、子供達がピタリと口を閉ざす。別に親父が怖いわけでも、怒声に震え上がったわけでもない。
 子供三人の目線が、こんな時、静かな母親に向かう。そしてそれは、旦那の英児までもが。
「うるさいのは、幸せな証拠」
 母ちゃんの、にっこり柔らかい微笑み。そして優しい声の『締め』。これが我が家の恒例で、そして、そう……母ちゃんが言うとおり。『うるさいのが幸せ』ということを子供達は幼い時からずっと聞かされてきたから、そこで納得して終わる。
「もう、いい。今日は自分の車に乗っていく」
 娘が諦めてくれた。姉貴に先に奪われず、長男もホッとした顔。そして次男はもういまの言い合いなど忘れて、父親のデスクにある新刊の自動車雑誌をくすねて持っていってしまう。
 これにて、お開き。母ちゃんの『にっこり、幸せ』が出たら、いつも解散になる。
 娘が紺色の車で、龍星轟を出て行った。彼女が最初の車に選んだのは、トヨタのMR2。ウィングの下トランクには、三つのステッカー。『龍と星の龍星轟ステッカー』、『ワイルドベリーと龍のレディスステッカー』。そして、苺をくわえた龍の後を羽がついた天使がついてくるように飛んでいる『エンジェルステッカー』。
 実はこれ。雅彦が小鳥の大学合格と免許取得を祝いデザインしてくれたもの。それはこの一枚だけ。小鳥だけしか貼っていないステッカーだった。
 そんな娘の車を見て、琴子が言う。
「あのステッカーを見た走り屋の男の子達は、そうは乱暴にはしないでしょう」
 父親、母親、自分を象徴したステッカーを貼っているのは小鳥だけ。龍星轟の娘という証拠。走り屋野郎共なら必ずくる店の娘。そこの強面な元ヤン親父を知っている男なら『俺に喧嘩売れるもんなら、売ってみろ。覚悟して来い』と、ステッカーから吠える声が聞こえてくるはず。つまり、三つのステッカーは良い魔除けでもある。
 十八歳、大学生。いつまでも縛ってはおけない。はらはらしながら、走りたいという娘を見送ってしまう。
 だが、同じ女として琴子からもきちんと諭しているらしく。『門限は守ること』、『グループ集会参加はまだ禁止』、『峠エリアでは車からは降りない』などを二十歳になるまではと約束させているとのこと。これを破ったら、運転禁止。車取り上げ。事務所とガレージの立ち入り禁止。だと、優しいママが頑として言い張ってくれているらしい。
 ブウンと、娘が運転する車のエンジン音が徐々に遠のいていってしまう。これが何故か、最近……せつない。
 
 事務所に女房の琴子と二人きりになる。そこでやっと英児はデスクに手をついて、ほっと安堵の息を吐く。
「くっそー。あいつらに負けるところだったー」
「父ちゃんの車を乗りこなせなくちゃ、龍星轟の子供じゃない――だものね」
 琴子もほっと嬉しそうな顔。英児も同じだった。
「ありがとうな、琴子。三人も頑張って育ててくれてさ。『車屋の子供』として」
「ううん。私がなにもしなくても、あの子達は、英児さんを見て育ってきたはずよ。龍星轟のお店のみんなの働く姿もね」
 今でも控えめな妻に英児は返す。
「大人しそうなママが、ゼットをバリバリ走らせている姿もな」
「おかげさまで、時々『ママも元ヤン?』と聞かれます」
 と、琴子が笑った。
 そんな妻を、英児はまた周りも気にせず抱きしめてしまう。
「なんだよ、それ。いいとこのお嬢さんのまま母ちゃんになった女のどこが元ヤンに見えるっていうんだよ。ちくちょう」
「いいの、いいの。そこまで見てもらえる貴方の嫁になれました――というところかしら」
 元ヤン走り屋パパの妻。元ヤンでもなんでもない『いいところのお嬢様風情』だった女房までもが、いつしか『奥さんも元ヤン?』と言われるようになるまでに。そこまで英児という夫と同じ気持ちで、車を愛して乗って走らせている奥さんになったという証拠。
「ほんと、お前は龍星轟の立派なオカミさんだよ」
 耳元の黒髪を指でのけ、英児は耳裏の黒子を探してキスをする。それもずっと変わらない――。
 そのお気に入りのわけを、彼女が知ったか知らないかは、英児も判らない。でもここをキスするのはもうお決まり。
「また。龍のロケットに乗りたい」
「よし。俺達もたまには行くか」
 だいぶ手から離れた子供達。二人きりのドライブに出かけられるようになってきたこの頃。
「明日。漁村の朝の入り江がみたい。ずっと前に……見逃したままなの」
「わかった」
 黒いスカイライン、銀色のフェアレディZ。それとも、赤い……? 明日の夜明け、どのロケットに乗ろう。
 いまだって、いつだって。運転席と助手席は二人だけのもの。
 思いついたら、一緒に飛んでいく。思い立ったら、一緒に飛んでいける。
   ほのかなイチゴの匂いを伴って。

 

■ ワイルド*Berry 完 ■ 

 

 

続編も最後までお読みくださり、有り難うございました^^
『ワイルドで行こう』、番外編でもう少し続きます。

 

   
  
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Update/2011.12.25
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