【お題 SIDE】 *** 氷の心臓(純一ver.) ***

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【お題 SIDE】震える心と10の言葉たち
 
氷の心臓(純一ver.)

 もうすぐ夜明けだ。
 汗をかいたために、純一はこの部屋にあるシャワーを浴びていた。

 まだ薄暗い部屋、直ぐそこの寝室にある大きなベッドには、栗毛の女性『義妹』が眠っていた。
 ……いや。『無理矢理、眠らせた』と言った方が正解か? そう思うと純一はシャワーを浴びながら、少しだけ苦笑いをこぼしてしまうのだ。
 いつも、そう。その栗毛の義妹に会う時は、前もって彼女の仕事のスケジュールぐらいは調べはするが、彼女の『その他の都合』など完全に無視して、純一は連れ去ってくる。
 そんなやり方が正しいはずもなく、むしろ純一は、どこかで義妹に申し訳なく思っている。

 ……それでも。今はそうせねばならない自分がいた。
 いや、本当のところは自分の都合であって、『そんな自分から逃げている』とも言えた。

 例えばだ。それなら前もって、普通の恋仲である男女のように、日時を約束して落ち合うとしてみよう。そうしたならば、『義妹』はどんなにしてでも、その日その時間その場所に来てくれると純一は信じている。
 きっと何を置いてでも、義妹は一番に駆けつけてくれると……。
 もしかすると純一はそれが一番怖いような気もするのだ。義妹が、社会人という道をやっと歩み始めた今、その何もかもを捨て去って自分のところの駆けてきてくれることが。自分は嬉しくても、義妹もそれを望んでいても。それは果たして──? そう思って、いつもここでやめる。
 それでも尚、このように義兄本位でしかない勝手を押しつけるやり方……。そこには、お前が選んだ事じゃない、俺の勝手にしておきたい気がする。だから義妹に罪はないと……。
 だが、その反面義妹に対しては本当に申し訳ない気持ちもある。そうしておきながら、また違う方面での『勝手な事情』ばかりが絡んでくる。
 結局、どうしても。純一の存在は、義妹の葉月には負担なのか──。いや、もう言うまい。忘れたい。

 とにかく。なにかと気難しい義妹と共に、久しぶりのひとときを味わうには、あまりにも時間がなさ過ぎる。
 落ち合う場所を決めて、義妹に日時を知らせたとしても、そんな義妹が来るのを待っているとか……。それすらも今の純一にはもどかしい。『どうして会えないの──だったら会おう──いやよ、意地悪なお兄ちゃまになんか会いに行かない──そうか、それならもういい』なんて、つまらない意地を張ってしまう流れになりかねない。そんな口論をするのすら、気持ちのすれ違いを摺り合わせるのすら、そんな時間がいやだった。『直ぐに会いたい』からだ。だからさらってくる。有無も言わさずさらう。そこにも純一の彼女に対する甘えが見え隠れする。純一にはそれが自分で分かっていた。『どんなにしても、義妹なら最後には解ってくれる』──そんな甘えであって、実にその通りに、義妹はこの上ない理解を、この残酷な義兄に寄せてくれている。
 以上に、義妹とはなにもかも忘れられる状態で会いたかった。
 彼女の、そして俺の、日常で背負い込んでいるもの全てを忘れられるような場所と『世界』を。

 そして純一はここでも、いつも思う。
 果たして、このやり方が義妹のためと言えようか? と。
 疑問に思いながらも、それでも今はこうしか出来なかった。

 そんなことを考えながら、すっかりチビ姫ではなくなった義妹を眠らせたまま抱きかかえてこの部屋に連れてきたのだが、それでもやっぱり一仕事だった。
 しかしその腕にかかる重みが、妙に狂おしい感触に思えてならないのはどうしてなのだろうか?
 義妹を抱きかかえて、少しずつ身体が熱くなっていく感触。
 ──これはきっと、『あの時』に知ってしまったもの。まだまだ少女である義妹を、この腕にこの身体で抱いてしまった時に知ってしまったものが、純一の身体に熱く深く刻まれたからだ。
 今でも、その義妹の身体の重みを思うと、自然とあの優しい甘さを漂わす彼女の匂いが湧き起こる。
 義妹のその優しい甘さを、忘れたことはない。どんなに会えなくても、どんなに離れていても、義妹のことを頭の片隅で思い浮かべると、決まってその優しい甘さに純一は包まれた。そしてその時も、純一の身体は独りひっそりと燃えている時がある。

 独りこうしたもの思い。
 身体の汗を流している今、もうそこに直ぐそこに、あの『儀式』のような一夜で『一心同体』になったとも言える義妹が眠っている。
 今、純一は、義妹の優しい甘さに溢れた匂いに包まれている。石鹸の香りなんかよりずっとだ。

 そうして、純一の身体の中に密かに彼女だけと染まっていると、いきなりこのバスルームの扉が開いた。
 そこには、軍服姿の義妹が非常に不機嫌な顔で立っている。
 まあ、当然だろう? いつも彼女の都合も聞かず、それこそ拉致でもするかのように強引に眠らせ、眠っている間に彼女の知らぬ場所に連れてきてしまうのだから。それまで何ヶ月だって、時には一年以上も音信不通。連絡もしないで突然現れてさらってしまえば、『お兄ちゃまの勝手ばかり』と責められても文句など言えないのだ。
 それでも純一は、そんなことなど悪くも思っていない顔で淡々と言う。

「起きたか」
「相変わらずね。いきなり来て、私には何も聞かず何も言わさずに、『こういう強引な方法』で連れて来ちゃうの」
「嫌なら、直ぐに小笠原に帰してもいいぞ」

 ますます仏頂面になる義妹の顔。
 義妹の葉月が、どんな顔をするかなんて純一には直ぐに判る。
 チビ姫の時から変わらない。
 陽気な笑い声、大人の真似をするおしゃまな顔、背伸びをして生意気なことを言うませた顔、私も大人なんだとムキになる顔、そして──お前はチビだよと突き返されて拗ねる顔。
 兄貴に余裕げに返されて、結局は自分が望んでいないことを突きつけられ試されていることに怒っている顔。
 今、その顔をしている……。
 申し訳ない反面、純一はそんな義妹の『正直な顔』も好きだった。いつしか見せてはくれなくなったその感情有る顔が、懐かしい。
 そして今のその顔。試されて拗ねている顔。『そんなこと言っても、私だって……会いたかったのに。ひどい!』──黙っている義妹の顔がそう言っている。判る。あの頃のチビ姫のままだったら、葉月は間違いなく大声で純一にそう叫んでいたはずだ。今はもう……そんな顔だけしか見せてくれないが。
 だけれど、そんなチビ姫の声が聞こえてくるから、純一は笑っている。

 そうだ。ここにさえ来れば、頑なになってしまった義妹だって──。
 そうだ。俺といる時だけでも、お前はチビ姫に戻ってくれたらいいんだ。

 そんな思いで、純一はシャワーの下から、義妹の側へと向かう。
 目の前に来ても、まだ怒っている葉月の顔。
 そしてちょっと恥ずかしそうに逸らされた視線。純一はどうしてだろうかと一瞬思いつつも、それが自分の裸体から逸らされたのだと知り、そこで初めて彼女を愛らしく思う。その瞬間、純一の中にあるひっそりとした炎を燃え上がらせ、その勢いが、この目の前にいる義妹を手に入れて良いのか悪いのかと迷ってばかりいるのに、ここぞとばかりに抱きしめていた。
 濡れている男の裸体が、自分よりずっと細い軍服姿の女性を抱きしめる。
 軍服姿でも、義妹からはあの優しい甘い匂いがした。今度は、純一の中にある記憶から蘇らせるものではない、『生』の『本物』の、待ち焦がれている匂いだった。だから、またその濡れたままの腕がより一層きつく義妹を抱きしめていた。
 一瞬、義妹の身体が男に抱きつかれて強張ったのも伝わっている。それが純一には悲しい。だからそれを拭い去るようにもっと抱きしめると、やっと義妹の身体から力が抜けていき、ほっとする瞬間を得る。

 もう、これで今回も……。この日も、義妹を手放せないだろうと純一は思った。

 そして、義妹も着ている物を濡らされても、その愛らしい頬をそのまま純一の胸に寄せてくれた。
 もう、ここでも。やっぱり『駄目だ』と純一は思う。この日もきっと、あらゆる事情を忘れて、この義妹を自分の物として当然のように愛してしまうだろう。
 火照った胸に、ひんやりとしている義妹の頬。その頬がじんわりと暖まり、純一の胸に溶け込んでいくよう……。

 素直でないのはお互い様なのだが、その手先はいつの間にか、義妹を奪おうとしている。
 だけれど、制服の上着を静かに取り払うと、今度は義妹から白いシャツのボタンを外していく。それならば、俺はそのスカートを……。そしてお前がシャツを脱いでいる間に、その少しだけ女らしさを残しているスリップとブラジャーを……。義妹の素肌がみるみるうちにその甘い匂いを純一に突きつけてくる。もう、ここで押し倒しても良いかと迷ったぐらいだ。
 そして最後には、義妹がもどかしそうな手つきで、ショーツを白い足から取り去るその姿。
 なにもかもを、この義兄に投げ出そうとしている数秒前、そのカウントダウンのように、純一ももどかしく思う反面、でも、そのもどかしそうに小さなショーツを脱ぎ去る義妹のその姿がまた愛おしい──。

「お兄ちゃま……!」

 極めつけに、この愛らしい義妹は、昔と変わらぬチビ姫のまま、純一を慕って飛び込んでくる。
 これを受け止めずにどうしようというのか?
 そこに抱きしめた柔らかさと優しい甘さは、純一にとっても懐かしい物で、本当なら毎日毎日当たり前のように傍にあったものだったというのに。

『葉月、お前は変わっていない』

 そう言いたいのに言えないまま。
 もうそんな兄貴の顔はどこにもなく、純一の身体を燃やしているのは男の炎。
 そのまま、義妹をバスルームに連れ込んだ。

 流れてくる湯滝の中で、素肌の義妹を潰してしまうかのように抱きしめているその瞬間は、もう、本当に義兄ではなく『男』だった。
 純一の中に染みついている愛したい女の全てが、ここに。この義妹の『血筋』だったり、この義妹であって『葉月という女』だったり、この葉月という女であって『義妹』だったり、ヴァイオリンを弾く女神だったり、いつも飽きさせないチビ姫だったり、どうしてか居心地良さを覚えさせる小さくても優しく広がっていく安らぎを持っているたった一人の存在であったり、いろいろだ。彼女の全てそのものが、純一には長年に染みついていると……。義妹はまだ知らないだろう。いや、純一が知らせないのだ。知らせると……なにもかもが壊れそうな気がしてどうしようもない。この栗毛の義妹の姉を失ったような、あの恐ろしい感触が蘇ったりする。俺が愛してしまうと何かが起きるのだろうか? こんな臆病な男……。

 そんなちょっとの罪悪感が、本当はすぐに愛してあげたい彼女の清らかな唇を避けていく。
 義妹が、不満そうにうっすらと瞼を開けたのだって純一は判っている。
 そしてもっと純一の罪悪感。『いつもの挨拶』。自分のちょっとした勝手で姉との約束を破ったために犠牲になったこの義妹を傷つけた跡を、純一はいつでも懺悔をするように慰める。……そして、どこかそれはそんな罪悪感から逃れたい自分の為だとも気が付きながらも、それでも純一は義妹を癒したい一心で慰める。

 そして傷は慰めても、身体はそうじゃない。

 そこに現れた優しい甘さを放つ女性に跪いて、純一はその彼女を、本気で愛する。
 その時はもう、罪悪感はない。もう既に『素直な気持ち』のつもりだった。
 それが義妹にどう通じているかなどは考えていない。ただ、愛したいだけだった。

 初めてこの彼女を愛した時には、まだまだ幼かった小さな胸の膨らみが、会うたびに女らしい形に成長していた。
 この日、目の前にした乳房は、もうそんな幼さはない。艶っぽい胸先を実らせている大人の女性の乳房。
 純一がそれをそっと包み込んで唇で静かに愛撫すると、義妹の身体が僅かに震える。『大丈夫だ』と言えない代わりに、純一はそっと彼女の背を撫でた。
 その瞬間に、義妹がぴったりと抱きついてきて、愛らしいことにこの義兄の額に震えるような小さな口づけをしてくれた。その思いがまた純一を彼女の身体へと急き立てる。
 義妹の乳房は、豊満だった姉のそれとは違い、そんなに大きくはない。男のこの手に、すっぽりと収まってしまう。それでも、純一はその女性らしくなった義妹の乳房を愛おしく感じる。この俺の手にすっぽりと収まってしまうのが、まるで、俺の手の中だけのような感覚に陥らせるのだ。

「あ・・っ」

 この日、初めて義妹が漏らした艶っぽい声。そんな声も以前よりずっと大人の女の色っぽさに甘さを醸し出すようになった気もする。
 この瞬間、純一はさらに燃え上がる。
 今、ここで、この無感情になってしまった義妹に、熱さを分けてあげたい。
 凍ってしまったその心を、熱く愛してあげれば、それで義妹は幾分か満足してくれるだろうか?
 俺では、役不足なのだろうか? 俺でも駄目なのだろうか? それとも、俺以外に誰かいるのだろうか? これから現れるのだろうか?

「やっ……。そ、そんなにしないで……」

 純一ははっとする。
 ぎゅっと握りつぶしている柔らかな乳房。そして夢中に愛していた胸先が、すっかり純一の愛撫で濡れ、少しばかり赤くなってしまっていた。

「悪い、つい」

 男性に嫌悪感を持つことになってしまった義妹には、こんなふうな力任せや荒っぽさは控えようと心がけていたのにと、純一は夢中になっていた事に我に返る。

「ううん、いいの……」

 そして、その義妹の幼い時のままの、柔らかい微笑み。でも不思議とその笑みが、どこか大人を知った優雅な女性の笑みにも見えた。
 義妹のそんな笑顔に魅せられてしまい、純一は暫く、そんな義妹を跪いたまま見上げていた。
 その瞬間だった。ちょっとしたその隙を狙ったように義妹の唇が降りてきたのは。

「お兄ちゃま」

 唇の端。義妹はいつもそこに口づける。
 遠慮したように口づける。
 キスをしてくれないお兄ちゃまと思っていることだろう。
 そしてきっと、彼女のそれは『姉を今でも愛しているから、私じゃだめなの?』と、思っている遠慮でもあるのだろう。

 純一の唇が震える。
 罪悪感もなにもかも、今までの残酷な過去をも忘れ去り、この過去から守らねばならないことがある使命を忘れて、この歳が離れている義妹をそのまま愛してみたいと、もう少しで自分の中に作っている壁を壊しそうになってしまう瞬間。

 堪らずに、湯で濡れているままの義妹を抱きかかえて、隣の寝室に連れて行く。
 そしてこれまた有無も言わさずに、濡れたまま放り投げて純一は間を置かずに、義妹に覆い被さった。

「純、兄様?」
「なにも、考えるな。いいな」

 なんて、それはまるで自分に言い聞かせているようなのに、義妹は素直にこっくりと頷いてくれた。
 荒っぽくしないように心がけながらも、どうしてかまるで噛みつくようにして義妹の身体を愛し始める。
 そう、激しく愛してなにもかもを忘れたいのは、お前じゃなくてこの俺か? 
 濡れている身体のせいで、シーツが湿っていく。それでもお互いの濡れた肌をぴったりと合わせて、その身体が乾くまで、心が潤うまで。純一は葉月の身体の滴を拭い去るように吸い尽くす。そのうちに、己の頭の中は義妹で葉月で麻痺していく。そうした時、初めて彼女の唇を奪っている。
 いつもそう。彼女を労る口づけが出来ない。彼女を愛でるための挨拶のような優しい口づけが出来ない。こんな時の男の力と勢いに任せないと、義妹が望んでいる口づけが出来ない。勿論、義妹だってこんな身体を結んでいる上での高揚時に勢いで口づけられるものなんか、愛の口づけではなくて性愛の口づけとしか思ってくれていないだろう。それでも純一は酒に頼ったようにして、素面で出来ないことを、ここでする。

「やっん……、く、くるしいって……おにい・・・」

 息苦しそうに首を振る義妹の頭を、それでも残酷なぐらいに両手で押さえて、口づける。そして身体の結ばれたその部分も、もっと強く結ぼうと純一は義妹の身体の奥へと身体を押しつける。そして何処までも深く受け止めようと身体を開いてくれる義妹。
 これで満足してくれるとは思っていない。だから、気が済むまで愛してやる、愛し抜いてやる。

 ここは今、それだけの世界。
 せめて、ここだけでは、俺とお前でいてもいいだろう? なあ、葉月。
 そう囁くことも出来ずに、ただ義妹を愛した。

 唇を離すと、息苦しそうに頬を染めて、彷彿としている義妹。
 頬だけじゃなく、身体も随分と火照っている。そして純一が愛し抜く間、乳房の下で眠っていた義妹の『氷の心臓』が、激しく脈打つのを純一は聞き届けた。
 それを知ったなら、やめることは出来ない。いや、やめる必要なんかない。
 一度目は俺のために。二度目はお前のために。三度目は俺達のために──。
 器用じゃないから、そうでもしないと、伝わらない気がして純一はこの小さな義妹を午前中一杯、腕の中から離さなかった。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・・

 

「純兄様、珈琲を飲む?」
「もうすぐジュールが来て、いれてくれる。お前は座っていろ」

 熱愛を交わした午前。
 身なりを整えた二人はブランチをとる。
 食事を終えると、葉月がテーブルから離れ、小さなキッチンに備え付けていた珈琲メーカーへと寄っていった。
 房総の海を目の前にしているオーシャンビューの窓から、初夏の風が入り込んできて、爽やかなワンピースを着ている義妹の栗毛を揺らした。

「リッキーに教わったの。上手になったねって、部隊に入隊してから初めて褒めてくれたのよ。だから、純兄様も飲んでみて、ね?」

 言い出したら聞かないだろうと、純一は葉月がするまま放っておくことにする。
 食事を済ませた白いテーブルを離れ、テラスの窓、その前にある大きなソファーへと移る。そこにゆったりと腰をかけて、煙草を吸い始める。

 背を向けているキッチンから、葉月のハミングが聞こえてきた。
 カノン──のよう? 途切れ途切れで、微かな音で聞き取りにくいが、それでもそこであの義妹がご機嫌でいることに、純一は微笑まずにはいられなかった。

 そこに用意されている英字新聞を広げると、この部屋に珈琲の香りが漂い始める。

「純兄様」

 煙草をくわえて、座っているソファー。新聞を広げている最中。後ろから葉月が抱きついてくる。
 純一の首に、両腕を巻き付けて、後ろからこの兄貴の冷たい頬に暖まった頬を寄せてくる。

 そのままずっと、葉月は黙ったまま、ただ、純一に抱きついていた。
 珈琲が出来上がるその時まで。でも、珈琲が出来て暫くも──。
 純一にとってこれが短い安らぎの瞬間。在りし日の義妹との幸せだった日々を思い出させる懐かしい感触。
 そうしてこの瞬間が、岬で別れた後の過酷な日々を、また支えてくれることだろう。
 だから、そっと彼女の暖かみと、いつもの優しい甘い匂いを刻みつけて──。

 

 

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