4.花見行こう?

 「はぁ──お腹一杯!」

丘のマンションに辿り着くと、葉月はバリアフリーになっている

段差のない玄関で、行儀悪に黒のショートブーツを脱ぎ捨てたのだ。

「こらこら──行儀悪い。お前酔っているだろ? だいぶ……」

『うーん。そうかもぉ……』

淡いグレーの制服上着を脱ぎながら、葉月が廊下の曲がり角に消える。

隼人はため息をつきながら……自分の靴を出船に脱いで

葉月のブーツもきちんと揃えてからカーペットの廊下に上がった。

リビングに入ると……葉月が明かりも付けずにダイニングチェアに座っていた。

ジッと……穏やかな瞳で夜海の漁り火を眺めていたのだ。

隼人もそっと……隣の椅子を引いて腰をかけた。

「お前さ……もしかして『ワザと明るかった』? 疲れていない?」

葉月はそっと首を振ったのだ……。

「おじ様と……チームと一緒だとあんな風には自然になれるんだけど……」

「けど?」

「なんだか──やっぱり時が流れると色々と『形』って変わるのよね?

チームはバラバラだし……

あのお店に沢山基地の人が来るようになったのは良いことなんだけど」

「ああ──そう言うこと。 穴場だったのに皆の物になっちゃったって事?」

「うん──。素直に嬉しいのよ……」

「解るよ……その気持ち」

隼人がそっと葉月の栗毛を撫でると葉月もようやっといつもの愛らしい笑顔を浮かべる。

「私がいると……『中佐嬢』が何故ここに?って……

チームと一緒だと誰も何も言わないと思うけど……

一人で行くと……新しく通い始めた隊員とかに変な目で見られるのよね」

「ああ……なるほど。ある事ない事言われるってワケ?」

葉月がこっくり頷いた。

「せっかく……コリンズ中佐が気持ちよく通っているんだもの……

変におじ様のお店の『格』落としたくなかったのよね……」

「気にしなければいいのに……」

「それも解っているんだけど……」

葉月は致し方なさそうに微笑んでそっと頬の栗毛を外に払った。

「だから……チームと一緒に通えばいいじゃないか?」

「それはそれでまた、いろいろあるのよね」

「なんだよ? そこまで話したなら全部言えよ」

隼人がそう言うと葉月がなんだか言いにくそうに微笑んで俯いた。

『お前。柔軟になれないの?』

と……言ったとき……葉月が殻に籠もったワケが聞けそうな雰囲気だったのだ。

それに──酒のせいかどうかは解らない……

今の葉月はいつも以上に内心を見せて言葉にしようとしているから……

『今しかない』そう隼人は思ったのだ。

「ほら──おじ様も言っていたでしょ?

『嬢は結局は皆に可愛がられているんだ』って……

下っ端の時はなんでもなかった……。

でも──中隊である程度のポジションに着いたら……

後ろ指さされ易いって言うのかしら??」

「?? 誰に──」

「女の子達に」

「ああ……そう言う事」

そう言われると……隼人もやっと納得した。

ともあれ……女性とはそんな物だ。

男から見るとくだらないし……もっと言うと考えられない事が沢山ある。

「仕事にありあり出すのよね……態度を……

なんで、私がそんな女中佐の言う事聞かなくちゃいけないの?って……

遠野大佐の側近になった時もそうだったわ……

大佐は『女の変な感覚なんかお前には関係ないだろ? お前は男同様に堂々としていろ』って

言ってくれていたんだけど……やっぱり、私だって女だもの……『男には、なりきれない』のよ

御園中佐は……いつも男と一緒……

コリンズ中佐にいつも何処かお誘い受けて出かけて……

それで……仕事も上手くやっているんだって……」

「ああ……なるほどねぇ……めんどくさいねぇ……女は」

「ほらね?」

葉月の『ほらね?』……に、隼人はドッキリした。

つまり──男はそんな女の『くだらない感覚』相手にしないと言われたのだと。

それで……葉月は……あの時

『隼人さんに言ったところで解ってなんかくれないのよ』

最初から……諦めていたのだと。

「……ほらね?って……確かにそう思うけど……

言ってくれなくちゃ俺だって解らないし、耳傾けられないよ

お前はさ……『諦めすぎ』なんだよ? 言いたいことあるなら言ってくれれば

嫌なときは嫌だというし……違うときは違うと言うし……」

「放っておけとか……気にするなとか……愚痴っぽいとか……

それに……くだらないとか……『男同様に考えろ』とか結局そうなるのでしょ?」

「…………」

なんだか言い返せなかった。

でも──ここで退くものか!

「悔しいなら、御園中佐と一緒の仕事を選んで

おじ様達にどつかれながらやってみろって俺は言いたいけどね

葉月がいつも男と一緒って当たり前じゃないか?

幹部職なんだから──軍人は男ばっかりだぜ?

そんな後ろ指さすことしか能がないって事だよな?

男でも女でも……本当に本質構えている奴は出来ない事棚に上げて

後ろ指さすようなことは絶対しないし……黙っているものだよ

後ろ指さして安心するところに……すでに自分に負けているってことなのでは?

俺も……そこまでは偉く言えないけど……『理想論』」

隼人がそうため息をつきながら言い切ると……

「……隼人さんは、いつもそう言って色々糸を解いてくれるのね」

「糸?」

「うん。。理論派のなせるワザっていうのかしら?

わだかまり……に『説明書』付けてくれてすごく納得するもの」

葉月がホッと笑顔をほころばして、隣りに座る隼人の肩にもたれてきた。

「もう、一つ……」

そんな葉月から、カボティーヌの香りが髪からフッと湧き上がる中……

隼人は葉月の肩を抱き返して、一言。

「後ろ指さされて……逃げるのも自分に負けたことになるかもよ?

堂々としていることが……やっぱり一番かもね。これも『理想論』」

「……うん。『理想』に近づくよう努力するって事ね?」

葉月が納得したように隼人の肩に頬を埋めた。

「もう──このまま眠ってもいいかな? 明日、シャワー浴びようかしら?」

葉月は晴れやかな笑顔を……瞳を閉じて夜灯りの中浮かべる。

その穏やかな顔……。

それを見ると隼人もホッとする。

そして──自分の何気ない言葉を頼りに安らいでくれる『相棒』

「俺の勝ち」

「何が?」

「ジャンケンで決めただろ?」

隼人がそっと葉月の顎に指を添えると……すこし彼女の瞳が開いた。

「……えっち」

「どうとでも……」

ジャンケンで負けた者は、酒を呑んで勝った者の『いいなり』

それを……冗談だったのに……葉月が『了解』した。

そのままそっとお互いの唇が重なる。

「やっぱり──お風呂入ってくる」

葉月が唇が離れた隙にそう呟いたが隼人は構わず塞いだ。

「……いい。このままで」

葉月の香りがするカッターシャツ。その胸元に隼人は手を這わせた。

「ここじゃ……イヤ」

彼女の胸元が乱れても……

隼人は葉月をダイニングチェアの背に押しつけるように閉じこめる。

「いや……ここは」

「解ったよ……お嬢さん……」

そのまま、葉月から離れて……そっと彼女の足、膝の裏側に腕を通した。

そのまま……ザッと葉月を抱き上げると……

「うわぁ……隼人さんがこんな事してくれるのって初めてじゃない??」

葉月がなんだかはしゃぐ子供のように喜んだので隼人はちょっと拍子抜け。

もっと、女性らしく首に掴まるなり、しっとりしてくれれば……

今さっきまでの肌のさぐり合いのムードが壊れないのに……と……。

「他に誰がしてくれたっていうんだ?」

「パパ♪」

「はいはい──」

酔っているのか妙に明るく無邪気な葉月を隼人は抱き上げて

葉月の八帖部屋に向かった。

「おっと──誰かさんの食べ過ぎでかなり重いかも……! ミサイル並みか?」

途中で落としそうなフリをしてみると葉月がかなり大笑い。

「ひどーい!」

『おっと──』と、腕の力を落として床に葉月を近づけると

彼女がまた大笑いをしてやっと首にしがみついてきた。

だが──そんな『おふざけ』もそこまで……。

葉月の部屋に入り、彼女の青いベッドに彼女をそっと置く。

そのまま……隼人は葉月に覆い被さって

制服の上着を脱ぎながら彼女の唇をもう一度塞いだ。

もう……葉月もふざけない。

お互いの息が……そっとそっと静かに交わりあう。

お互いが耳を澄まさないと……二人にしか聞こえない息づかい。

熱い吐息。

葉月は自分のシャツを自分で脱いで……スカートのホックを外している。

隼人も同じように白いカッターシャツのボタンをせわしく解いて

自分の背の方に脱ぎ去って放り投げる。

やっとお互いの肌が直に触れ合う。

「なんだか──熱い」

葉月は隼人の肌が触れた途端にそうポツリと呟いた。

「だろうね。呑み過ぎだ」

隼人が真顔で葉月の白い首に吸い付くと……

「なに? 呆れているの?」

「少しだけ」

「そんな顔しないで? 隼人さんがジャンケンで……」

「解っている……」

彼女の首に少し歯を立てると──

葉月がそっと……うめき声を漏らしてそれ以上は何も言わなくなる。

でも──

「ダメ──跡つけないで……」

「……どうして?」

「意地悪──解っているクセに。。明日も、訓練よ。訓練着の襟から見えたらイヤ」

「皆、解っているさ」

そう言いながらも……跡が残らないように葉月の白くて細い首を愛す。

本当は『跡』の一つでも付けて、まるで『俺の物』と刻印したい衝動はあるのだが……

葉月が困った顔をして困った声を出すのが、意地悪いが楽しんでしまう自分がいた。

だが──そこは隼人も衝動はあるが、堪える。

やはり、仕事場で余計に冷やかされるのも『労力』だからだ。

葉月の首からカボティーヌの『ラストノート』

昼間、訓練から彼女が帰ってきたときはフレッシュな果実と花の香りを振りまいていた。

それが──この時間になると『ラストノート』に変わり、人それぞれ違う。

葉月だけが放つ残り香。

鮮烈だった『トップノート』の香りは、優しくこなれた葉月らしい香りに変わっている。

嗅ぎ慣れてきた彼女の香り。

今は……隼人だけが堪能できる香り。

そう思うだけで……胸が急く。

濃いカフェオレ色のスリップドレス──。

裾から手をくぐらせると、本当に葉月の肌はいつもより熱かった。

彼女が呑んでいた酒は『焼酎』だったせいかそうは匂いがしない。

むしろ微々たるその酒の香りより、彼女のトワレが勝っていた。

しかし──その微々たる『酒』の匂いが妙に今夜の彼女を色立たせている気がしてならない。

(いつも──俺よりヒンヤリしているのに)

葉月の頬がやはり少しばかり桜色に火照っていた。

お馴染みのナチュラルなピンクの口紅しか付けない彼女が

まるで──頬紅でも付けたかのような艶やかさだ。

「桜がここにも咲いている」

「え?」

隼人がその火照っている頬に口付けると葉月がさらに頬を染める。

照れているようだった。

隼人も思わず、その反応に微笑んでしまった。

「そういってフランスの女性も?」

(ん??)

葉月がそんな事をいって少しばかりふてくされていた。

珍しい兆候だった。

「ヨーロッパ仕込み。口が上手いわね」

「なんだ……素直じゃないな……言葉じゃダメなのかよ」

そういっていつも通りの『しつこいぐらいの愛撫』を始めると

葉月がやっと生意気な口を止めて……隼人の腕に爪を立てた。

『さぁて……今夜はどうやら少しばかり……有利かな?』

なんて……酔っている彼女を下に敷いてよこしまな事を男として頭にかすめていると……

葉月の鼻から突きぬけるような……

いつもの頼りなげで悩ましい熱い呼吸が少しばかり続いていたのに……

妙に……安らかにリズムが整った呼吸に『すーすー』変わっているのに気が付いた。

ふと……葉月の身体から離れてみると……

なんと??

「こら? おい?? 寝るなよ!」

葉月はもう隼人に愛されるがまま目をつむって眠ろうとしてるじゃないか??

「だって。。ふわふわする。。」

ほんわりとした顔つきで頬を染め……葉月は静かに目を閉じていた。

なんと──失礼極まりないじゃないか??

こっちは、一生懸命、彼女の為と尽くしているのに!

と……思うのだが……

(俺のよこしまな心、見えたわけ?)──と、隼人は苦笑いをこぼした。

「……まったく、しょうがないな!」

ここで引き下がる隼人でもない。

しょうがないから目でも覚ましてやろうかと……

そうして、隼人が『勝手な事』を強引に進めてみる。

「ああん……!」

まだ気だるそうでも葉月の安らかに眠ろうとした顔が急に歪んだ。

「失礼じゃないか? お前」

「だって。。。」

「だってじゃないだろ?」

でも──そんな隼人の男の行為に葉月は今夜は抵抗しない。

いや──ここの所、葉月はそんなに頑なでもない。

あと、もう少しの所で隼人はいつも手ぐすね引いているのだが糸が切れる状態。

でも──今夜の彼女。

隼人の行為に……まるで夜中に切なそうに外で鳴いている子猫のような反応。

そんな声をただ……力無い身体を横たえて……

白い肌をいつも以上に火照らせて……

隼人にされるまま……猫のように鳴き声を喉から絞り出す。

それだけで……もう、充分だと隼人は一人でそっとほくそ笑んでしまった。

それでも、やっぱり『手ぐすねの糸は切れる』

子猫の切ない鳴き声も、そっと……小さくなって止んだ……。

 

 なんだか、気温が上がってきたせいだろうか?

隼人の肌も汗ばんでいたが、葉月の白い肌もいつも以上にしっとりしなやかになっていた。

「うーん……」

子猫は鳴き疲れたのか……やっぱり、そのまま眠ろうとしていた。

隼人はため息をついたのだが……いつもの最後の挨拶は忘れない。

彼女の胸先にそっと口付けた。

「……葉月……『花見、行こうよ』?」

そっと甘噛みを捧げると……

「う、ん……」

そんな返事が返ってきて、驚いて隼人は顔を上げた。

でも……なんだか無邪気な顔をしてそっと安らかな微笑みを浮かべているだけ。

しかも──

またいつもの頼りなげな『寝息』をすーすーと立て始めたのだ。

「ふぅ……」

隼人は汗ばんだ黒い前髪を掻き上げて……彼女の身体からそっと離れる。

「まったく、手間のかかるウサギだな」

そうなんだけど。

自分との肌の睦み合いの後……こんなに幸せそうに寝付かれては何も言えなかった。

隼人はそっとそのまま葉月の部屋を出る。

葉月の身体が熱かったせいか、冷ためのシャワーを浴びたくなったのだ。

シャワーを浴びた後……隼人もやっと『一服』

テラスの窓を少し空かして、ビールを一缶飲み干した。

『葉月の愚痴かぁ──』

そんな感情も持っていたのだなと笑っていた。

そう──無感情じゃなくて『押し込めているだけ』

『お前。もう少し柔軟になれないの?』

あの時──隼人に『冷たい』と突っかかる事だって出来たはずなのに。

隼人も反省……。

葉月なりの『わだかまり』も女性らしくあるのだと再認識した。

やっぱり──葉月だって『普通じゃないか』……と。

しかし──そこを一人でコントロールしようとするところが……

彼女の良いところでもあったりするのだ。

『でも──少しは頼って欲しいけどな……相棒だろ?

溜め込まれるよりかは、いつもみたいにムキになってくれる方がアイツらしいのに!』

でも──一つ何かが解明した気分……。

隼人はバスローブ姿でサッと伸びをしながら立ち上がる。

なんだかまだ身体が火照っているような気がして

葉月の側にはもう一度行くのは『危険』のような気がした。

なので、漁り火を背に……心安らぐ、木々の音がする林の部屋……

自室へと向かうことにしたのだ。

 

 

 そんな次の日の夕方。

昨夜、あんなに無防備に無邪気だったウサギさんは……

職場ではいつもの『冷たい中佐嬢』に逆戻り……。

真剣な顔で仕事をしていたのだが……一つだけ、なにやら違うことをしていた。

「? なにしているの??」

隼人は、この日の夕方は『オヤジさん』の所へどうやって一人で行こうか考えているところ。

気になるのは……葉月の書類の進み具合。

隼人はこの日……葉月には気が付かれないよう……

それとなく昼間から気合いを入れていつも以上に仕事をこなしていた。

つまり──葉月より『早く帰らなくては』という『魂胆』……。

そんな気になる彼女の仕事進み具合。

彼女が昼上がりの訓練から帰ってくると……

『ジョイ──これ、手配できる?』

なにやら一枚の書類を手にしてジョイに渡していたのだ。

『? なにするの? お嬢??』

『ジョイと私の秘密。出来ないならそれで良いわ。出来るかどうかだけ教えて』

するとジョイが書類のあるところを指さしたのだ。

『隊長の命令だから、余計なことは聞かないけど?

でも──ここだけは記入してくれないといくら俺でも手配できないよ』

その空欄を指さすと……葉月がなんだか隼人には見られたくなさそうに

サッとジョイからその一枚の書類を取り去ったのだ。

そして……長い栗毛を垂らして、重厚な中佐席でサラサラとペンを走らせた。

『期待させたらいけないから……内密に』

(期待させたらいけないって???)

隼人は弟分にだけ、そんな事を頼む近しい上官のやることに不信感を募らせた。

でも、ジョイはその書類を見て『にっこり』──!

『へぇ♪ お嬢ったら! オーライ♪ 任せて! 言いたい意味解ったよん♪』

ジョイはなんだか嬉しそうにその書類を手にしたのだ。

しかも、中佐室を出る寸前で……

『手配できたら……俺もOK?』

などと……意味不明なことを……。

勿論、葉月はいつものお姉ちゃん笑顔で『勿論よ』と笑っていたのだ。

『絶対、手配する!』

ジョイがその書類を握りしめて気合い充分、外に出ていった。

そして──15時前後の中休みが終わった頃。

ジョイがすっ飛んで中佐室に駆け込んできた!

「どう♪ お嬢! 俺の営業力♪」

その書類にはなにやら……立派な印鑑とサインが……。

葉月も『ニッコリ』

「だから、ジョイに任せたのよ……」

「お嬢自身が『許可』もらいにいっても差し支えないような雰囲気だったけど?」

「隊長自らじゃ……ねぇ?」

「まぁ──『大佐』もお嬢らしい……って笑っていたけど?」

(ん? 大佐って何処の大佐に何の許可をもらおうとしたんだ??)

幼なじみ姉弟の『やりとり』を耳で澄まして、隼人は思わず

ノートパソコンのディスプレイから顔を上げてしまった。

「じゃ! 俺も参加OK?」

「ええ……きっとコリンズ中佐も喜ぶわ」

(んん!?)

『デイブと参加』の二語が出てきて隼人は『花見の事?』と悟りはしたのだが?

それが御園中隊長が『許可要請書類』を出したことと何の繋がりがあるか解らない。

それで……

『? なにしているの?』と、隼人は問うたのである。

「なんだっていいじゃない?」

葉月はツンとしてその書類を机のバインダーの山の中隠したのだ。

(なんだよ??)

冷たい顔は毎度の事なのだが……

良く思い返してみると、そういえば? 葉月は朝から妙に不機嫌のような気がしてきた。

朝から……

『訓練いくのか? 今日も天気がいいけど春の空気流は激しいから気を付けろよ』

と──いつもの『空模様情報』を添えて見送ったときも……

『メルシー……少佐さん』

とか……なんとか? いつにない横顔で出かけていったのだ。

『メルシー』なんて……もう、とっくに卒業した日常語なのに……?

それで昼にやっと帰ってきたと思ったら、隼人には内緒でジョイとコソコソ……。

だが──隼人もそんな事、いちいち気にしているほど暇でもない。

隼人も隼人で『オヤジさんの誘い』の為に

本日はさり気なく必死に業務をこなすのに集中しなくてはならないし、

オヤジさんが何を話してくれるのかそればかりが気になって気が急く。

それで……今になって葉月の様子が変であることに気が付いたのだ。

(まったく、なんだよ)

隼人は苦々しい思いで頬を引きつらせたのだが……

(俺もそれどころじゃないからな!)

などと……葉月には内緒でお出かけするためにまたノートパソコンに食らいつく。

中佐室の大窓に夕日が射し込み始めた頃……

「嬢ちゃん!!」

毎度のデイブの『ご訪問』があったのだ。

(はぁ──中佐になんて言おうかな? 葉月がのらりくらり決めてくれない事)

昨日の今日だが……この気まぐれウサギを週末までに頷かすことに隼人はため息を。

ところが──?

デイブは自動ドアをくぐるなり、葉月の中佐席にものすごい勢いですっ飛んできて

葉月も勿論……皮椅子の背に張り付いてのけ反ったし……

隼人もおののいてしまったのだ。

「聞いたぞ! ウィリアム隊長から!」

(え? 葉月の『手配要請』ってウィリアム大佐だったワケ??)

すると、そんな風に突っ込んできたデイブに……

葉月が先程、バインダーの山に隠した書類を差し出したのだ。

「スタッフを動かすのは『プロデューサー』でしょ? お任せしますわ」

するとデイブは……

「サンキュー♪ 嬢ちゃん! さっすが『中隊長』!」

その書類にキスをしたのだ。

そして……

「流石だな! サワムラ! お前、名側近だな!」

それだけ言うと、デイブは隼人にニッコリ書類を掲げて中佐室をすっ飛んで出ていったのだ。

「???」

何故、デイブに礼を言われたのか隼人には解らない。

「お前……いったい何をしたの?」

「感謝してよね。隼人さんの男としての面目立てたんだから」

「は?」

葉月はシラっとペン先を書類にまた走らせたのだ。

「牽引車……手配したの。手配したなら花見参加するって事」

それを聞いて隼人は驚いた!

「お前──なんで俺にそう言う事教えてくれないのさ!」

『牽引車』……それは『なぎ屋台』が峠を越えてこちらに来られるように……

葉月が、それなりの立場を使って上手く手配したと言うことだ。

それが解ると……昼間の間、不可解だった事の線が皆繋がった!

葉月は……『なぎ』に、時々顔を見せるウィリアム大佐なら許可をくれるだろうと思って……

勿論……ウィリアムも妻を連れて行くほど……花見に依存はないって事だ。

そうして……ウィリアムも誘ったと言うことだった……。

そして……

『手配できたら、俺もOK?』

ジョイも誘ったと言うことだ。

そして──……

隊長自ら独断で手配するといかにも『職権乱用』だから……

それに営業上手のジョイがウィリアム大佐に上手いこと言えば

隊長自らでなく……『皆のお花見のため』と言う事になる……。

そう思って……またもや彼女のあっという間の『手際』に隼人が絶句していると……。

「名目は『中隊余興』。曖昧に何処まで濁そうかと思ったけど

ジョイに『空白』をせっつかれたから、詳細に『チーム中隊慰労会=花見』とは書いたけど。

申し出者は『デイブ=コリンズ』、申請者は『御園葉月』てね?

これぐらいは、大佐が何とかしてくれるかな? って……。

もう、ジョイが本部室で『回覧』なんか回して本部員をお花見に巻き込んでいるわよ」

「…………」

そう──『コリンズチームのみ』の花見で終わらすことは出来なかったが……

デイブは何も言わなかった……。

とにかく彼は『賑やかにお花見をしたい』タイプなのだろう……。

そうすれば……本部員の女性も参加するだろう。

葉月が一人、男に混じって『お花見』で無くて済むのだから。

それにもっと驚くのは……

そんな大勢が集まりそうな、催しに葉月が手配をして『参加する』と決めたことだ。

昨夜の『理想論へ努力』を実行してみた──と、言うところなのだろうか?

そこで──隼人はハッとした!

「お前……昨夜、俺が『花見行こう』って言ったとき……『うん』って言ったよな?

あれ……本気だったワケ?」

すると、葉月がかなりしらけた視線で隼人を見つめたのだ。

隼人も『ドッキリ』

「手間がかかる『ウサギ』でも、これぐらいは出来るわよ」

サッと血の気が引いたり……。

「お前、起きていたのかよ!?」

「失礼ね。眠りに付くまで少しは時間がかかるくらい知っているクセに

それに──あんな事言うからには、デイブ中佐と示し合わせていたでしょ?

『嬢を上手くほだかして、ウンと言わせろ』とかなんとか?

だから──隼人さん、妙に必死だったんでしょ? 失礼ね。

それで、昨夜あんなに『口が上手』だったワケ?」

葉月が不機嫌なワケもやっと解った。

「なんだよ? お前こそ失礼だったぞ! 昨夜! それに俺は……」

『桜がここにも咲いている』

あれは……あの場だから言えたことで……

今は天の邪鬼……『本気で言った』なんて口が裂けてもここでは言えない自分がいた。

すると……葉月が『にやり』

「本気? 嘘? 天の邪鬼? どれが正解?」

隼人はもう──適わないと悔しくて眼鏡を外した。

「訂正……『ウサギには適いません』」

ため息をつくと……葉月がやっと可笑しそうにクスクスと笑った。

「ゴメンね? 色々と気遣わせて……」

最後にはそう素直になってくれるから……本当に憎めない。

「でも──キャプテンには内緒ね? 口の上手い男のにほだされて了解したって事」

「ああ……本当に適いませんよ。野ウサギさん」

「ねぇ? そのウサギって何なの?? シンちゃんもよく言っているわよ?

『小ウサギって俺のこと言う!』って……」

「その内ね……」

隼人はため息をついてパソコンに視線を戻し、眼鏡をかけ直した。

「なんだ……昨夜、そんなに『良かった』? 『ほだされるほど』」

今度は隼人がニンマリ微笑み返すと葉月が頬をカッと火照らせたのだ。

「そっちこそ適わないわよ! もう!! 班室回り行ってきます!!」

葉月はプイッとまたそっぽを向いて隼人の手厳しいお返しから逃げたのだ。

逃げたウサギから……花の香り……シトラスと百合の香り。

『桜も良いけど……どんな花をこれから咲かせてくれるのかな?』

彼女が残した香りに隼人はふとそう頭にかすめてそっと微笑んだのだ……。

あんな一言で『ほだされた』、手強いウサギさんがなんだか急に……

女らしく咲き誇りそうな気がした。