-- エースになりたい --

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19.エース願望

 

 重い操縦桿が上昇操作で傾く。
 そしてコックピットが上向きになり、背中が後ろへと引っ張られる感覚。

 でも今。その背にはこの操縦をしている『元パイロット』がいる。

『よっしゃーっ。嬢ちゃん、まずは慣らし運動いってみるか』
「オーライ、コリンズ大佐」

 ヘッドホンから威勢の良い男性の声。

『おい、嬢ちゃん。俺にぶつかってくんなよ』
「あら。逝く時は一緒といつも誓っていたではありませんか」
『はあん? だーれがお前と一緒に死んでやるだなんて言ったんだよ。死ぬ時はお前一人で逝けよな』

 すごい達者な日本語? どちらの大佐もアメリカ人だったはずだが?
 しかもミセスを捕まえて、ものすごい言い草。でもミセスは敬語。だが二人ともどこか楽しそうな声。英太にも分かる。このカタパルトを飛び立ってからの上昇旋回、パイロットなら一番ファイトが湧く時だ。

『ミラーも間に入れよ』
『ラジャー。隊長。では、俺は貴方達のど真ん中、割っていきましょうかね』
「では。いつものウォーミングアップでいきましょうか」

 三人の声がそれぞれ聞こえ、英太はそれだけで手に汗を握った。

 シミュレーション上空を水平飛行で飛んでいる三人。
 英太とミセスのシートも時には斜めに傾き、他の二機との距離を図っている。
 映像は横須賀ではなかった。小笠原だ。シートが横斜めに傾く。ミセスの操作は小笠原基地上空の海岸線の上を旋回している状態。
 ここまでは――。英太はただこの機械を操ることが出来る女性であることだけしか実感が出来ない。このシミュレーション機なら覚えてしまえば、女性だってこれぐらいはなんてことはない。英太が握っている彼女の操作で動いている操縦桿も、ただゲームでもしているかのように簡単に動いているだけだ。

(ウォーミングアップと言っていたな……)

 彼女たちの会話から、やはりこの三人は時にはこの『チェンジ』に乗っているのだと確信した。だが――データーは残していない。それが何故だかは分からないが、ミセスの操作は慣れていた。

『おい。坊ちゃん――』

 急にコリンズ大佐のそんな声に、英太は我に返った。『坊ちゃん』――おそらく、自分のことだろうと英太は『はい』と返答してみる。

『お前の滑走路の飛行、映像で観たぜ』

 自分の滑走路でのアクロバットが撮影されていたことは、既に御園大佐から聞いていた英太。
 それがどうも上層部では、かなり噂になっているらしく、元パイロット達が騒いでいると聞かされていた。当然、甲板からの発進を割り込ませてくれたコリンズ大佐も確認していたようだ。

『あんなので、お前、すごいとか思うなよ』

 ヘッドホンから威勢の良い大佐の挑発的な声。
 どうも彼のパイロットとしての闘志に英太は火をつけてしまったようだ。
 だが英太にとっては『してやったり』。思わず、唇の端をあげるほど、にやりとしてしまった。

「サンキュー、サー」
『勘違いするなよ。お前に今から、あれ以上のものを体感させてやる』

 そうさ。俺は今日、ミセスのそれを待ち望んでいた。だがまさか、ミセスがこんな大物をひっさげて来てくれるとは――。これは面白いことを体験できそうだと、英太の血が騒いで止まない。

 さあ、葉月さん、見せてくれよ。横須賀の元トップパイロット達を震え上がらせたとか言う飛行を!

『さあ、行こうか』

 落ち着いた男性の声は、ミラー大佐のようだ。彼の異名は『精密機械』。英太は彼の操縦にも興味津々だ。

「では、私は東から」
『おなじみだな、嬢ちゃん。じゃあ、俺は西から』
『では最後、俺が南から突き刺すよ』

 突き刺す?
 英太は眉をひそめた。
 模擬戦の演習ではなく、三人で何かをするようだ。
 しかも、三人は違う三方角に位置を取ろうとしている。ミセスの機体がさらに旋回。そしてレーダーを観ると他の二機も西と南へと向かっていく。

 映像は相変わらず基地の上。レーダーを見ても他の二機もそれほど離れてはいない。同じように基地の上。そして基地裏にある小高い山の上へと位置を取る。
 やがて位置を取ったミセスの操縦は、『急上昇』へ。英太が持っているだけの操縦桿ががちんと傾く! それと同時に、シートがかなりの角度で背中へと倒れ急上昇を始めた。
 ミセスの機体は、ものすごい上空まで昇っていく。気圧がない分、どんなに上昇してもシートが急に背中へと倒れていくだけで、苦しくはない。ただ操縦桿が重たいだけ。だが手元のレーダーではぐんぐんと上空フィート数をあげていく。他の二機も同じだ。互いの上空フィート数を揃えるかのようにぐんぐんと上昇している。もしこれが本当の空だったら、かなりのGがかかり、マスクをつけていても息が苦しいはずだ。
 ――これを、マジでやっていたのか? その細い身体で? それともこのシミュレーション機だからやっているだけか? 出来ているだけか?
 英太の中で、どちらが本当か確信することが出来なかった。それだけ、彼女の体型とこの操縦は合わないからだ。それとも十年前の二十代の彼女なら? もっとしっかりした身体だったというのだろうか? 想像できない。長沼はそれでなくても『パイロットデビューしたときから、可愛い人だった』と言っていた。そんな彼女が何故、こんなに空を駆けていたのか?
 こうして同じコックピットにいると、英太の中で、気になり始めた彼女に対しての疑問が次々と浮かんでくる。やがて英太の中に明確になってくる一番の疑問。

『何故、この女性は空を飛ぼうとしたのか』

 彼女はもう、何故空を飛ぼうとしたか、そして何故コックピットを去っていったか。それの答を見つけたと言っていた。
 それを、英太は知りたいと思い始めている。

 そんな英太の疑問を乗せ、シートは上斜めにかなりの鋭角で傾き、あるところでミセスが旋回。彼女たちが思うところの『上限』に来たようだ。
 上昇操縦が終わり旋回、水平飛行に戻る。その間に英太はレーダーを確かめる。三機は上昇をしても変わらずの位置にいた。自分達が決めたポジションで同じフィート数を揃え上昇をしていたらしい。そしてレーダーに映し出された二機の点と英太とミセスが位置しているところを考えると、そこにはトライアングルが出来ていることに英太は気がついた。

 ――トライアングル。三機がその三角形ど真ん中に挟んでいるのは『滑走路』。

(まさか――!)

 シミュレーションなら、滑走路の上を飛んでも特に『禁止飛行区』と設定しない限りは危ないことはない。――ということは?

「大尉。私達のウォーミングアップを貴方も楽しんでちょうだい」

 ミセスの楽しそうで、そして不敵な声が聞こえてきた。
 水平飛行にバランスを戻したばかりの機体が、くんっと機首を下げ始める。今度はシートが身体を落としそうなほどに下へと傾いた。真っ逆さまに落とされそうな英太の目の前にあるコックピットのフロント――機首を下げた真下には『滑走路』!

 英太は確信した。
 この人たち――『俺がやった飛行を三機同時にやるつもりなんだ!』と。
 すでに降下が始まっていた。すごいスピードで……! まるで真下に落ちていくジェットコースターに乗っている感覚。
 そりゃ、自分もそんな操縦を幾度となくこなして楽しんできた。だが人が操縦するとこんなにもスリルが増すのかと思ったほど。しかも使い慣れていない乗り慣れていないシミュレーション機。それでもミセスが始めた急降下の軸はぶれることなく真っ逆さまに落ちていく!

 ま、まて! 俺だったら途中で回転して微調整する。
 いや、違う! レーダーを見ろ。三機同時に滑走路に突っ込んできやがる。滑走路一本に同時に突っ込む? 無茶だ!
 だが三機は同じスピードで急降下を始めている。しかもミセスの操縦桿があまり動かない!

「准将! なにしているんですか。このままでは墜落と同じ……!」

 だが英太が叫んでも、彼女の操縦桿はあまり動かない。まったく動いていないわけではないがほんの少し左右にぶれるだけだ。
 自分とはまったく違う感覚の操縦に英太は驚愕していた。目の前の景色はどんどん高度を落として本当に墜落しているかのよう。英太が自分で言うところの『微調整』が如何に動きが大きいものなのかを初めて思い知らされる。彼女の微調整は静かで僅か。言ってみれば、無駄がない? ポジションを取った時に既に計算が終わっていたのか。それとも――?

 レーダーに映っている二機も容赦ない急降下。トライアングルのど真ん中を示す、滑走路へと点が向かっている。
 そしてついに――! 英太の目の前に滑走路の中央線が肉眼で見えるほどに高度が落ち、目の前にコリンズ大佐の機体を示すホーネットの映像が映し出され、目視での確認をする。それだけ近くに迫ってきていると言うことだ。
 パイロットの感覚では、どんなに距離がまだあっても、目視できる時点でもう『正面衝突寸前』の感覚! 英太は震え上がった。
 もう機体は滑走路の真上、目の前にはコリンズ大佐のホーネット。そしてそれだけじゃない。ミセスとコリンズ大佐が正面衝突をしようとしているライン上垂直方面、九時の方向からミラー大佐の機体までこの滑走路めがけて落ちてきている。そして英太は気がついた。『刺す』――ミラー大佐が言っていたのはこのことだったのかと! 二機が滑走路の線に沿ってぶつかり合おうとしているその間に割り込もうというのか!?

 英太の目の前にコリンズ大佐のホーネット。その機首が迫ってくる! さらには九時の方向、左真横からミラー大佐の機体がワンテンポ遅れてこちらに突っ込んでくるのも確認。
 これでは三機衝突! 英太の危機回避の反射神経が手元に働く。だが操縦桿が動かない。

「じゅ、准将――!」

 思わず、動かないはずの操縦桿を握りしめ、英太は自分が思う『回避したい方向』へと傾けてしまう。
 だがその時、英太は驚かされる。自分が『こっちに逃げたい!』と思わず動かしてしまった方向に、がちんと操縦桿が動いたのだ! それと同時にシートが回転、頭が横に傾いた。
 『え? 俺が動かした??』と思うほどに……。だがそれは確かにミセス准将が判断し見極めた操作。英太の胸にかあっとした何かが襲ってきた。『俺と同じ感覚で――』ミセスとシンクロしていた? そんな感覚だった。だがそんな驚きも束の間。シートは横向きになったまま飛んでいる映像だが、見るともう地面がすぐそこ。コックピットの下方は空ではなくアスファルトの映像に変わっている。

「高度、もっとあげないと――。葉月さん、翼が地面につく!」

 恐ろしいほどの低空飛行。だが彼女の操縦桿はそのまま。
 ただただ英太が喚いている間に、ふっと灰色の固まりが英太の視界をよぎっていった。

「コリンズ大佐――!?」

 一瞬だが、あの大きな固まりは戦闘機がよぎっていった他なにものでもない。だがすごい距離感! すれすれだった。
 それだけじゃない。ワンテンポ遅れて、今度はコックピットの正面を何かがよぎっていく。今度はミラー大佐だ!

(マジかよ! 三機とも同時に同じ位置に降りてきて、滑走路すれすれかすっていった!)

 英太の驚愕――。
 ほんの一瞬の間の、ものすごいタイミング合わせ。
 ミセスの機体の真横をコリンズ大佐が同じような地面すれすれ低空飛行でかすっていき、そのあとすぐにミラー大佐がミセスのコックピットの真っ正面をかすっていった。

 機体はすでに急上昇。またシートが回転し正常水平に戻り、真上へと機首をあげ高度を上げていく。

 ……手に、ものすごい汗をかいていた。
 それだけじゃない。額もだ。

「これがウォーミングアップよ――」

 上空へ落ち着くと、そんな彼女の静かな声が聞こえてきた。
 これがウォーミングアップ? 英太はたった一人で滑走路で同じような飛行をしたが、あれでも『俺の限界にチャレンジした』飛行だった。それをこの三機はこれだけの大技をやってのけて『ウォーミングアップ』といいやがる! 英太は唇を噛む。だがどこかで既に『降参』もさせられていた。

 と言うのも。英太はシミュレーションだというのに、息を切らしていた。映像のリアルさもあるが、パイロットとしての感覚をこれだけ刺激されるとは――!
 しかもこの人。墜落同然の操作を平気でしていた。微調整? あまり意味がないような操作だった。それとも? 彼女を軸にしてコリンズ大佐とミラー大佐が合わせてくれた? いや、三機同時に突っ込んで、戦闘機のスピードでは誰に頼るのでもなく自分で調整しなくては絶対に歪みが生じて衝突大事故を起こしているはずだ。なのに彼女の、あのなにかを諦めているとも思えるかのようなあの静かな操縦はなんだったのか?

 確かに恐ろしかった。
 彼女が何処を見て何を定めて飛んでいるのか分からない感覚だった。
 これでは側で飛んだ男が『二度と飛びたくない』と言ったのも分かる気がした。

 だが、コリンズ大佐とミラー大佐はきっちりと彼女に合わせていた。

 ――これが、小笠原ビーストーム!

 そのトップがビーストームを卒業して、『雷神2』を指揮している。
 身震いが起きた……。

『どうだ、坊ちゃん! 俺と嬢ちゃんは若い時これを何度もやっていたんだ』

 コリンズ大佐の勝ち誇る叫びが聞こえてきた。
 これを。実際の飛行でやっていたと言う話に英太はふと肩越しに彼女に振り返った。

「本当ですか」
「ええ。式典の航空ショーでね。二度ほど――」

 だからシミュレーションでも息があったのかと納得させられた。
 いや。今まで英太が見てきた中で、こんな飛行を二機で手合わせしている演技は見たことがない。

(葉月さんはこれを現役時代に――)

 愕然とさせられた。
 先日の、自分が滑走路でやったことが単なる芸にしか思えなくなってきた。

「ミラー大佐と実際に空を飛んだのは一度だけ。彼とはこの『チェンジ』が出来てから、一緒に遊ぶだけよ。今日のも私達の『遊び』で合わせたタイミングなのよ」

 なんと。ミラー大佐とは共に飛んだことがないのに、このような息の合った飛行?
 余程、相性がよいということらしい。ミセスはコリンズ大佐のような豪腕な熱血飛行も、ミラー大佐のような静かで淡々とした精密飛行でも相性が良いらしい。
 それはつまりは、ミセスがとてもニュートラルな操縦をするということなのか? どの機体にも合わせられるということか?

 こんなシミュレーションだけでは分からない。

『鈴木、どうだ。望んだような体験はできたか?』

 御園大佐の声が聞こえてきた。
 まるで、知らない世界に放り込まれどうして良いのか戸惑っている迷子になった英太を、兄貴の彼が見つけてくれたような気分だった。

『これから、実践演習を行おうと思っています。お三方も引き続き、よろしいですか?』

 御園大佐が、ミセスとパイロット大佐二名に確認する声。
 だが、英太はそこに割って入ってしまう。

「た、大佐。い、一度、外に降りても良いですか」

 しんとした空気が漂ったのを英太は感じた。
 コリンズ大佐の声もミラー大佐の声も、驚いたように止まったように思えた。そして英太の後ろにいるミセスも。

「そうね。澤村大佐。外に出てインターバルとりましょう」
『承知致しました、ミセス。では一度、チェンジを落としますよ』

 そのやりとりで、コックピットが真っ暗になった。
 その暗闇の中、ミセスが言った。

「貴方も、コリンズ大佐とミラー大佐と飛んでみる? この前の、滑走路であれだけのことやったんですもの。出来るかも知れないわよ」

 だが英太は力無く首を振り答える。

「いえ、結構です……」
「あら。らしくないわね――。飛びついてくると思ったのに」

 ミセスが笑う声。
 だが英太はどうしようもない敗北感に包まれていた。

 自分もかなり常識破りだと思っていたがとんでもない。
 ミセスどころか、コリンズ大佐にミラー大佐も。とんでもないこと考えている、やっている、やっていた。

 しかも一人じゃない。三人一緒の同レベルでこの息の合方。

 いつも一人で飛んできた英太には考えられない大きなものを見せつけられた気がしたのだ。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 いったん休憩を取ろうと言うことになった。
 外に出ると、御園大佐がパイプ椅子を三つ揃えてトップの三人を迎え入れる。ミセスに大佐達がそこに座ると丁寧に一服のドリンクまで差し入れている気遣い。そこでトップの三人が談笑している。

「鈴木。ここに来い」

 一人外れた英太のことも忘れずに、御園大佐は迎えに来てくれたかのように声を掛けてきた。
 こちらも大佐自らパイプ椅子を出してくれ、そこに座るように英太は促される。言われるまま力無くそこに座り込み、御園大佐と向かい合った。

「どうだった」
「いえ……。驚きました」
「その驚きが欲しかったんだろう」

 御園大佐が笑う。まったくその通りなので英太も何も言えなかった。

「そうだな。横須賀の演習は『優秀』すぎる――。そこに鈴木のような飛行は合わない。だが、どうだった? 彼女と彼等はあれを十年前に自由気ままにやっていたんだ。鈴木には十分な刺激になったみたいだな」

 さらに彼が言うとおり。英太は敵わない新たなる敵を見せつけられたようで、少しばかり仏頂面で頷いていた。

「ただし、マニュアル通りに実行することに関しては横須賀の方が秀ていた。ビーストームはどちらかというと昔ながらの『ドッグファイ』が得意でね。それが良いか悪いかとなると、横須賀が上だったと、そういう評価もされるんだ」

 その話に英太は、大佐の顔を確かめるように見てしまった。また新しい感触との出会いを感じた――。まるで横須賀に馴染まなかった自分とビーストームのフライトカラーが重なったからだ。
 確かに横須賀の野郎共は、日本人らしく枠組みの中で如何に上手くやっていくか囲いの中での規律を如何に守れるか従えるかに必死な奴らばかりだった。ということは、やはり国際的に編成されている小笠原は、日本人が集まっている横須賀とはカラーが違うということなのだろうか?

「つまり小笠原のビーストームは、気まますぎて評価されなかったと?」
「いや違う角度で評価されていた。まあ、言ってみれば『若くて豪快、枠に囚われず思い切りがよい。各個人で独自に飛ぶので個人の判断力は秀でている』というところかな。それだけだったチームを新たに変えたのは総監だった細川中将がシアトルの湾岸部隊からミラー大佐を引っ張ってきたことだった。当時、きっちりとした飛行を的確にこなすミラー大佐がキャプテンになって、馴染めない指揮にビーストームのパイロットのジレンマは相当なものだった。ミセスはその時は既に指揮に引き抜かれてしまい、甲板からそんな精密な飛行を武器にするミラー大佐と、親しくしてきたフライトチームのメンバーの馴染みあるフライトの板挟みになってかなり悩んでいた。だが細川中将の狙いは当たった。甲板のミセスと空のミラー大佐が見事にシンクロするようになった」

 その話に英太は急に、なにかに掻き立てられるような感触を覚えた。
 先程のミセスとの操縦。ここ一番『危ねえっ!』と危機迫った土壇場で、あのミセスとシンクロした感覚。もしかしたら、これから甲板で……?

「ミセスとミラー大佐のシンクロ。それがビーストームを変えた。そしてミセスは若くして細川中将から指揮を譲り受け、ついに『雷神』を創設したんだ。空の中でのミセスとコリンズ大佐。そして甲板のミセスとミラー大佐。その繋がりが、今の飛行だ。三人は時折、現役時代のコックピットを恋しがり『遊び』で『チェンジ』に乗る。だが、コリンズ大佐は『現役の参考に』と願い出てくれてそのデーターを残しているが、ミセスとミラー大佐は直に雷神の指揮を執っている為、本人達の意志とは関係なく、上層部の意向でデーターは残さないようにしている」
「それはどうしてなのですか?」
「分からないのか? どんなに彼等が名が知れているパイロットでも、データーとは言えもしそのデーターに誰かが勝った途端、指揮力が失われる。負けたパイロットの指揮など受ける気はなくなるだろう? そう指揮の為だ。分かってくれないか」

 もう、そんなデーターなんか関係ない。英太の興味は他に移っていた。
 興味が湧いたのは、ミセスがどうしてあのような飛行をするか。またはどのように空を飛べるかだった。

「わかりました。データーとの対戦はもう結構です」

 そう言うと御園大佐が『そうか』とほっとした顔。
 でもと英太はさらに願い出る。

「でも本日限定と許してくださっているなら、あちらの三人の演習に同乗させてください。もちろん、ミセスのシートで」
「いいだろう。本日限定。それにきっと彼女も大佐達もそのつもりだろうしな」

 英太が大人しく納得したと安心したのか御園大佐が椅子を立ち上がった。そして休憩をしているミセスと大佐達の所へと向かっていく。
 御園大佐は『鈴木が納得した。あともう少し付き合って欲しい。次は演習を』と申し出ているところだろう。

 英太は拳を握って、そしてもう一度開いて眺める。

「あの感覚。もう一度、感じてみたい」

 もし。ビーストームにいた彼女や大佐達が英太と同じなら。
 雷神というチームで自分がどう飛んでいくべきかが見えてくるような気がした。

 それに初めてだ。『俺と同じかもしれない』と感じることが出来るパイロットに出会ったのは――。

「よし。鈴木、再開するぞ」
「イエッサー」

 御園大佐の声で再び、ミセスと大佐達も『チェンジ』へと向かう。英太も椅子から立ち上がって再度の探索への意志を固める。

「さて。次は演習ね」

 二号機の入り口で再びミセスと向き合う。

「楽しみにしていますよ。ミセス」

 英太は彼女に微笑みかける。
 そこには彼女の奥底まで見抜きたいという新たな闘志が湧いていた。
 相変わらずミセスの眼差しは真っ直ぐで、英太の目を見てくれているのに、英太の目の奥を通り越した遠くを見ているよう――。なんだか吸い込まれそうで怖くなる。だが今日の英太はそんな彼女から目を逸らさない。

 俺も負けない。この人たちのようなパイロットになってやる!
 それにはビーストームではなく、この小笠原のトップに据え置かれた『雷神』で、彼等に『お前がエースだ』と言わせなくてはならない。

 的確な目標が出来た気がした。
 それまでなんとなく空を飛んでいた英太に、そんな目標――。

『ミセスの中で、一番のパイロットになってやる!』

 

 

 

Update/2008.8.11
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