-- 蒼い月の秘密 --

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22.飢え犬にご馳走

 

 寝食を共にする。軍人とはそれがベースにある。同じ釜の飯を食う仲間も同様。
 同じ部屋で寝起きをする先輩とフレディと、なんでもかんでも行動が一緒だった。
 ただし、食事をする場合、同じ席を取らなくても良いぐらいか。だからとて、あまりにも離れすぎても妙なもので、馴れ合わなくても、それなりに近い席を取って食事を済ます。

 英太とフレディはまさにそれだった。
 先輩達は既に慣れ親しんでいるせいか、平井中佐がいる部屋の先輩達とだいたい一緒だった。
 その付近に、若手であるフレディと英太が席を取る。そして二人は一席二席離れて、各々で食事をする。
 時折、平井中佐が『お前達もこっちに来たらどうだ』と声をかけてくれることも。そこはキャプテンの気遣いとして若い二人は従うが、隅っこに位置し、先輩達の話に耳を澄ましているだけだった。

 なんだ。先輩達の声なら、しっぽを振る奴だと思っていたのに。フレディもそれほど先輩達の輪に踏み込まない姿を見て、英太は意外に思っていた。
 だが、この四日目。テスト飛行だけでなく、生活にも変化が起きた。

「前、いいか」

 夕食の時、フレディから英太の目の前の席にやってきたのだ。
 『いいぞ』とも答えていないのに、彼はトレイを置いて座ってしまった。

「なんだよ」

 つい、つっけんどんに言ってしまう。
 こんな俺と何を話したいのかと。

「単刀直入に聞く。毎日、准将の隣にいて、二人きりでどんな話をしているんだよ。それが凄く気になる」

 かき込んでいた白飯を、英太は吹き出しそうになった。
 本当に『単刀直入』だった。無駄なことが嫌いだと言った通りではあるが、ここまでスッキリしていると流石に英太も驚くばかり。

「ど、どんなって」

 そんなにあの女が気になるのかと思った。
 初めて甲板でフレディを見た時、ミセスと向き合って昂揚していた様子が脳裏に蘇る。
 あんなの、ちょっと品があるだけの、ずっと年上のオバサンじゃないかと英太は言いたい。が、それを聞いて彼に反論され言い返すのも労なので、やめた。
 だが、彼が言いたいのは、英太が思っていることとは少し違った。

「俺が飛んでいる間に、俺のことをなんと言っているか。それが知りたい」

 ああ、そういうことかと英太はどこかほっとしたり……。

「別に。あの通り。いつものあの顔で、喋りもしない。無言でただただ空を見ている。誰かが『甲板にいるロボットだ』って言っていたけれど、まさにそんな感じだよ」
「そうか……。エイタには? あの人は何も指示しないのか」

 エイタと呼んでくれ、少しばかり驚いたが。

「なーんにも。ただフレディの飛行を見ていろとそれだけ。今日だって、お前の体力が心配だから『交替させて欲しい』と上申しても、あの素っ気ない顔で即刻却下されたからな」
「なるほどね?」

 彼が溜め息をこぼした。
 やがて、どこか重々しい手つきで、フレディも白いジャガイモのスープをすすり始める。それでも味わう余裕もないほどに、彼は何かを黙々と考えているようだった。
 英太もだまって食事を続けた。

「なあ、エイタは今回の俺達のテスト飛行をどう思う」
「どうって? 別に。ミセスが思うままに動かしているだけだと思っている。俺達は単なる駒だってね」
「駒……か。俺も最初は『主機』を命ぜられて喜んでいたが、どうも、何か違う気がしてきた」

 急に本心をちらつかせたフレディの言葉に、英太は箸を止める。

「どういうことだよ。主機としてテストデーターを取ってもらっているのに? 俺なんか、コックピットに搭乗することすら許してくれないのに。なにが『違う』のだよ。やっぱり、主機だけこき使われるのが気に入らないのか」
「まだそこまでは言いたくない。だけれど、俺は始終上空にエイタは常に甲板で待機。四日も経ってここまで徹底されると、なんだか妙な気持ちになってきたんだよ。主機とか予備とか。どうもあのミセスの中では、最初からそんな『役割分担』などあってないような気がしてきたんだよ」
「それなら、俺のこと『予備機』だなんて任命しないだろ。最初からサンダーX機と同様に、俺が乗るサンダーZ機も、毎日一緒に空を飛んでデーターを取ればいいじゃないか。でも、それをしないわけだから……」

 と、そこまで言って、英太はふと思い出したことが。
 横須賀での長沼中佐の言葉だ。――『彼女と付き合って行くには、常識を信じていたら駄目だ。あの彼女は人が当たり前に思っている物事の裏を上手く読む人なんだよ。うっかりしているとなにもかもひっくり返される。鈴木も、これから彼女の訓練を受けるだろうけれど、彼女の戦略を知るなら、彼女のその手を知っておいた方が良いよ』。あの言葉。

「そういえば、俺の横須賀時代の上官がそう言っていた」

 そのままフレディに伝えると、『それ本当か』と落ち着きある彼らしからぬ驚いた顔を見せた。

「俺が初めて面会した時もそうだったな。すげーふざけた女将軍と思うほどの、気に食わない態度でさ。かと思ったら、俺のこときっちり観察してメモしていて。つまり……俺を試していたんだな。あのふてぶてしい態度。俺のこと、一発で見抜かれていた」
「それ、凄いな。っていうか、ミセスにそうさせるほど、その時からエイタも負けないほどふてぶてしかったんだろ!」
「だったらどうなんだよ。本当にあり得ないほど行儀悪い格好していたんだぜ。将軍様である以上に、日本女性にあるまじき……」

 あれ、あの人は日本人だよな?と、英太はふと思ってしまった。どう見ても顔は生粋の日本人とは言えなかった。それに雰囲気だって、独特で『大和撫子』とはかけ離れたムードだ。
 だがフレディは『その時のことを、もっと教えろ、教えろ』と、すっかり興奮していた。
 その時も、あれ? 俺……いつの間にか、こいつと平気で話しているよとも思った。

 最後、先に食事を終えた平井中佐が背後を通る時に『やっぱり若い者同士で気が合うんだな』と笑っていた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

「それならば、ミセスの裏をどう読むか……だな」

 就寝の時間がやってきて、ベッドに横になっていると下からそんな声が聞こえてきた。覗き込むと、フレディの独り言のようだった。
 彼もベッドに横になり、手帳を広げ、なにやら色々と英語で書き込んでいる。
 なんとも細かい奴だなと、英太は思った。正に正反対だ。英太など、そんなことはもう考えないようにしていた。思い浮かんでも、『その時にならなくては分からない』と言う答しか出なかった。ミセスの裏を考えたところで、それが正解であるかどうかも分からない。考えているうちに疲れてしまったのだ。
 でも、細かい男はまだこだわっている。

「早く寝ろよ。どうせ明日もこき使われるんだぜ、そっちは。体力の回復させておけよ」

 と、彼を思って言ってやったのに、返事がない。
 もう元の気の合わない男に逆戻りかよと、英太はふてくされた。
 だがそこでフレディが腕時計を見て、ぽつりと言った。

「今夜もそろそろか……」

 英太も腕時計を見て、なんのことか分かった。
 二人揃って、この狭い部屋にある丸窓へと視線を向ける。そして先輩達も、そっとその窓を開けた。誰も何も言わなくとも、どことなく待っているものが……。
 だがこの晩はその時間が来ても、待っている『音色』は聞こえてこなかった。

「准将も毎晩ってわけじゃないだろうな」

 フレディが先に横になった。
 英太も『そうだな』と、彼と同じように横になった。
 でも、そのうちに聞こえてくるだろうという期待……? どうしてか英太は寝付けないまま、それをいつの間にか待っている自分を知る。
 本当に聞こえてこない――。やがて、下のベッドからすうすうと寝息が聞こえてきた。覗くと、流石に体力を消耗しきっていたのか、フレディがもう寝付いている。本当にこの四日で疲れたんだと思う。
 さて、自分もそろそろ眠くなってきたと思った途端だった。艦内に警報音! 窓辺の先輩二人が『スクランブルだ』と起きあがり、窓辺を覗いた。
 甲板に甲板要員が慌ただしく走り出す姿が見える。そして深緑色の飛行服を着込んだ『ビーストーム』のパイロットも戦闘機へと走る姿。

「くそ。雷神であるのに、まだ実務ではビーストームのサポートが必要なフライトだなんて――」

 『いつまでも実務化されない戦闘機に乗せられているのか。いくら最新鋭の開発機でも実務で役に立たないなら、旧型に戻りたい』とさえ、先輩達が本音を吐いた。
 英太が思っていたとおりだった。先輩達はまだ雷神というエースの名を持っているから我慢している。だが、俺達『戦闘機乗り』は『護り人』でもあるのだ。その本質の業務をワンチームとして認められない。それが口惜しい。
 先輩達の本音を間近で耳に出来、英太は益々決意する――。だが、そのチャンスがまだ来ない。

「どんなスクランブルだったか確認してくる」

 先輩の一人がベッドから降り、部屋を出て行った。
 騒がしい甲板を目にして、落ち着いて眠れるパイロットなどいない。英太もその状況が気になるから、横にならずに起きていた。フレディにも知らせた方が良いかと迷った。知らずに寝ていただなんて、彼自身が許さない気がしたのだが。残った先輩が、英太とフレディのベッドを見る。

「四日も主機だけのテスト飛行か……。いいから、そのまま寝かせておいてやれ。起こさなくて良い」
「はい」

 先輩もどこか呆れたような溜め息。

「思わぬ切り口というか。あの人らしいな。さて、何日目で手を打ってくるのか。お前達も大変だろうけど、テストに専念していればいい。それに、早く新ヴァージョンに俺達も乗り換えたいからな。頼んだぞ」

 まだそれほど話したこともないクールな先輩にそう託され、英太は益々威勢良く『はい』と返した。

 スクランブルの騒がしさが収まった頃。英太もやっと床につく。
 何事もないスクランブルだったようで、ほっとした。というか、スクランブルはいつだってそう終えなくてはいけないものだ。何事もなく収める。それが鉄則。たとえ、帰還するまでに熾烈なドッグファイが勃発しても、あっちもこちらも何事もなく当たり障りなく終わる。それが『平和』というものだと……。英太はまどろむ。

 その晩、ヴァイオリンの音は聞こえなかった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 五日目――。
 その日もフレディ一人だけが、空へ向かう。
 こうして傍にいて見ているだけだからか……。初日の基礎飛行から、徐々に実践に近い演習のような飛行に変わってきていることが英太の目にも解ってきた。

「休憩よ。着艦しなさい」

 相変わらず。感情の起伏を表さない平坦な声で、彼女が指示をする。
 どんな時も、どんな指示も、ミセス准将はそのまま。そんな葉月さんの決して揺るがない声に、英太は苛立ちを覚える。冷たくて、強固そうで、偉そうに。その声で、俺達の気持ちを無視して『権力』があるだけで、当たり前のように、なんの疑いも持たずにたった一人で前に突き進んでいるようで……。

 いつものように『只今帰りました』と、フレディが戻ってきた。
 また疲れ切っているフレディにも、彼女はいつもと同じ顔で『ご苦労様』と言うだけ。感情が分かり難いだけに『それだけかよ。もっと労え、褒めてやれ』と腹立たしくもなってしまう。

「一時間休憩よ」

 そう告げると、ミセスはまたいつものように佐々木女史とダグラス少佐と共に打ち出されたデーターを眺め、あれこれと論議を始めている。
 フレディは詰め所に、英太はそのままモヤモヤとした感情を渦巻かせ座っているだけ。
 空は青く、雲は白い。艦はオホーツク海を上がり、北海道東岸沿いを北上。気温がだいぶ下がったが、それでも甲板は暑い季節。こうして座っていると、白い作業服を着込んでいる雷神専属のメンテナンサー達が、じりじりと熱された甲板の上で陽炎となって揺らめいて見える。キャプテンのハリス中佐を筆頭に、フレディが降りたテスト機『サンダーX』のメンテナンスに取りかかっている。

 ただそれを悶々と眺めていた。
 いつもの、『糸口』が見つからない。
 いつもの威勢が思いっきり出来ない。
 大佐に釘を刺され、なおかつ、ミセス准将の威厳に圧されっぱなしで、どうして良いか分からない。
 だけれど、このままではいけないはずだ。でも今のままでは『予備としてどう働けばいいか』すら解らない。ただ座っていることが――? これが予備の仕事?

 いや、日本海に入るまで、我慢してみよう。我慢を……出来るか?
 御園大佐に言われた言葉を何度も噛みしめ、英太は何度も己を自制してきた。
 だが、五日目にして体も心もうずうずしてしようがない。

 空の色だけが移ろい、風の冷たさが増し、やがて宗谷海峡に辿り着くだろう。
 飛べない青空を英太は仰ぐ。

「英太。飛ぶわよ。サンダーZ機を準備させているから、そのつもりで」

 青空の中、そんなひんやりとした声が聞こえ、英太は驚いて振り返った。
 サングラスを外したミセスがそこにいた。

「飛べるのですか?」
「そうよ。待たせたわね」

 待っていた瞬間だった。
 英太は微笑み、威勢良く立ち上がった。『任せてくれ』とばかりに。
 これで幾分か、フレディを休ませることが出来る。そうか。どんなに冷徹なミセスでも『五日目で限界』と最初から予想してくれていたんだなと、ほっとした。
 それと同時に、これでようやっと『自分で見つけた答えらしきもの』を試すチャンスが来たとも思った。佐々木女史が言ってくれたあの『データーがあるのに存在しない』という話。あれを試す時が……。だが、英太の意気込みを挫くことを、ミセス准将が呟いた。

「いつかのように、フレディとドッグファイの演習をしようと思っているのよ」

 疲れ切っているフレディを、また空に返す。そして英太と一緒に飛ばせ、演習をすると言いだした。
 英太は茫然とさせられる。

「待ってください。どうして演習を? クライトンは既に疲れ切っています。一機でのテストであれだけの消耗。なのにさらに精神力を使うだろう演習なんて無茶です」

 だがこともなげに、ミセスは言った。

「その無茶をさせるのが私という指揮官でね」

 英太は唖然とした。

 そんな指揮官なんか……。もう少しで彼女に吠えそうになり、英太はぐっと堪える。
 やっと飛べる。でも、目の前の女が『無茶を承知』と真っ向からとんでもない命令をする。そんな命令、俺はともかく『相棒』にとってはとんでもなく危険な……。葛藤をした。

「前回と違うのは、今回は英太側に私が付くこと。つまりフレディにはたった一機で好きに飛んでもらう。だけれど貴方は私の指示に従って、私の作戦で……」

 もうそれを聞いているだけでムカムカしてきた。
 もう我慢できない。ボロボロになっているパイロットに、体力有り余っているパイロットを差し向け、なおかつ司令官の絶対的命令で彼を追いつめると彼女は言っているのだ。

「出来ません」

 きっぱり言い放つと、ミセスが暫く黙り込んだ。

「言いたいことはそれだけ? 『俺は空を飛べなくても良い』と言っているのと同じよ。それでいいのね」

 まるで脅迫だった。
 空へと飢えている英太に、ようやっと餌を与えようとしている飼い主がそれを取り上げようとしてるかのような、脅しだった。
 もうぶち切れそうになった。かまうものか。こんな冷酷な采配を当たり前に振る女上官の言うことなんか聞けるものか! 今度こそ、いつもの英太らしく葉月さんに喧嘩を売ろうと決意した時だった。

「准将、自分はいけます。行きますから、エイタとの演習を、そしてテストを続けさせてください」

 詰め所から出てきたフレディが間に入ってきていた。
 当然、英太は踏み込んだ一歩を退き、ミセス准将はフレディの目をじいっと見つめ黙っていた。

「ということよ。英太、フレディの意気込みに負けないようにね」

 なんだと〜。俺だってやる気は、もう溢れんばかり、堤防決壊寸前まで溜め込んでいるのに、如何にも意気地がない男みたいな目で見るな!
 アンタだろ。俺を飢えさせて、なのに餌をくれようとした時に、仲間を殺したら餌を食べさせてやるだなんて、冷酷極まりない指示をして『男らしくない』ように動かそうとしているのは!!

 だが彼女はいつもの凍り付くばかりの眼差しを、ひたすら英太に向けているだけ。
 その冷たさが、英太の熱をなんとか沸点寸前で差し止めている。

「エイタ、俺のことはいいから。ミセスの指示に従え」
「……フレディがそれでいいなら」

 いまにも飛び出しそうな英太を案じたフレディがなんとか止めようとしている気持ちが伝わってきたから、飛び出した心をなんとか奥に引っ込めた。

「では、一時間後。二人揃って飛んでもらうわよ」

 ――イエス、マム。

 フレディと揃って答えはしたが、青年二人の声に勢いはなかった。

 『こっちにこい』とフレディに引っ張られ、英太も詰め所に入る。
 そこで向き合ったフレディが、英太に言い聞かせるかのような強面に変化した。

「昨日、お前が言いだしたんだぞ。ミセスには裏があるって」
「それでも。無茶だろっ。あの女、自分から『無茶をさせる』と言っていたぞ。つまりそれは……」
「うるさい。いいか。ひとまず、あの人の言うことを聞くんだ。ここで突っぱねて拒否している限り、『雷神の男』になんかなれっこない。俺だってお前が来るまでの三ヶ月、必死だったんだ。俺だって思っているよ。あの人の考えていることなんてちっとも分からない! でも平井中佐はよく分かっている。中佐は元チームメイトだけあって、あの人の訳の分からない指示の裏をよく読んでいる。俺達にもそれがこれから必要だって事だろ。ここで投げ出してどうするんだ!」

 気の合わない男のはずで、クールなばかりのいけ好かない同世代の男だと思っていたのに。そんな彼がここにきて英太以上に熱くなっている。英太の方が圧せられていた。それもそうだと、思ってしまったのだ。

「でも。フレディ、お前……本当に大丈夫なのかよ」
「俺の心配より、自分の心配をしろ。エイタと初めてドッグファイの演習をした時の、ミセスの作戦と指示を思い出せ。俺だってな、あの時、お前にぶつかるか、俺がしっぽを巻いて退陣するか。もの凄く死ぬ思いでやり抜いた作戦だったんだぞ」

 嘘だ。フレディは一ミリ単位の精巧な飛行をやってのけていた。あれでどうしようもない『敗北』を味わったほどに――。英太はあの時のことを思い返したのだが、このフレディも恐ろしい目に遭っていたのだと初めて知り驚かされた。

「あんな無茶指示を平気で突きつけてくる冷徹な人だぞ。エイタもきっとそんな無茶を突きつけられるに決まっている」

 あの時、英太とは別の恐怖を味わった男の目が、それを物語っていた。

「わ、分かった」
「覚悟しておけよ。それに俺は『主機』として今回の任務をやり遂げ、新ヴァージョンのホワイトを乗りこなした最初の男という実績が欲しいんだ。お前がきちんと相手役を務めてくれないと、最後まで全うできないだろ。俺の邪魔をしないと思うなら、ミセスの指示に従ってくれ」

 だから俺のことなど、構うな。己のことだけに必死になっていろ。
 彼にそう叩き込まれ、英太は茫然とした。
 それだけ必死になって前に進もうとするフレディの熱気に負けそうになっている自分がいることを思い知る。

「分かった。フレディがそこまで言うなら、俺だって俺だけのことしか考えないからな」

 心配してやったのに……とも思うし。
 でも、英太にもその男としての気持ちが分かる。
 そして『主機』を命じられている彼の使命感を羨ましく思った。

 

 やがて、その時間がやってくる。

「時間よ。離艦準備しなさい」
「イエス、マム!」

 真っ白い飛行服を着て、初めてのフライト。
 隣にも白い飛行服の栗毛のパイロット。彼と並んで、白い戦闘機へと走った。

 梯子を駆け上がり、英太は久しぶりのコックピットに乗り込む。
 ヘルメットを装着し、キャノピーを閉めた。

「見てろよ。アンタなんかに潰されてたまるか」

 キャノピーに広がった北海の青空に、ミセスの冷たい目だけが浮かぶ。

 

 

 

Update/2009.8.23

 

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