◇・◇ お許しください、大佐殿 ◇・◇

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 37.いまこそ護衛官ガール  

 

 おそらく『シド』だと思われる、突然現れた黒い戦闘員。
 あっという間に中年らしき侵入者を制圧する。その強さに、エネルギッシュな闘志はこの場を圧巻する。
 その男が心優を見た後は、ミセス准将へと視線を向けた。
「アドルフ、アドルフ――。しっかりして!」
 あの艦長が、何年も側に置いてきた大事な護衛官が負傷して、やや取り乱していた。
「じゅ、准将……。だ、大丈夫ですよ……」
「なんて馬鹿なことするの。命を落とすようなことは、護衛でもしないって約束……」
「艦長の負傷は、俺達護衛官の不名誉……です、か……ら……。そんなこと……になったら……自分から退官、する……て決めて……い・・」
 ハワード大尉の眼差しが、ふっと閉じられてしまう。
「アドルフ……!」
 あの艦長が、大きな身体の男に抱きついて泣きそうな声。
「ミセス。すぐにドクターも警備隊長も来ます。大丈夫ですよ」
 黒い戦闘員の男が日本語でそう言った。
 若い男のその一言を聞いただけで、ミセス准将がふっと我に返ったように落ち着きを取り戻す。涙を見せても、横顔が瞬時に凍った。いつものアイスドールの顔に戻ってしまう。
 でも、心優はここでも確信する。その声、話し方。ぜったいに『シド』だって!
「心優――。大丈夫か、これ」
 側に来てくれた雅臣が心優の腕を手にとって、凍り付いた声――。
 言われて雅臣が大事そうに抱いてくれている肩の下を心優も見下ろすと、そこの訓練着が切れて血が滲んでいる。
「え、気が付かなかった」
 切られたばかりだからなのか、痛みがない。それとも浅い傷? よく見ると、紺の訓練着がところどころ切れている。
 男のナイフの刃先だけでも触れていたことになる。ロッドで切り返しが間に合わなかった時は、さっと瞬時に避けていたが、それが紙一重でかすっていたようだった。ということは、ほんとうに危なかった。ロッドで切り返すタイミングがずれていたり、少しでも避けるのが遅れていたら、心優は八つ裂きにされていたのかもしれない。
 初めてゾッとする。だが雅臣は青ざめている、そして特に切れている腕のところを急いでめくって傷を確かめてくれる。
「切り傷程度のようだな……、でも、出血している。待ってろ、止血する」
 心優のことを一生懸命になって、なんとかしようとしてくれている……。
 雅臣がねじったハンカチを腕に結んでくれる。
「……死ぬかと思った……。俺が……。銃を向けられた時、間に合わないと思った」
 彼が泣きそうな声で、唇を噛みしめる。
「でも、すごかった。本物の護衛官だ。すごかったけれど……、すごかったけれど……」
 護衛官として讃えてくれる大佐殿。
「頼む。これ以上……、人を亡くしたくない……」
 密かに彼が、ロッドを持っていた心優の手をぎゅっと握りしめ、心優の肩の上に額を付けて泣いているような息づかい。
「大佐、心配させてごめんなさい。でもわたしも、ハワード大尉と同じです。艦長を負傷させることが、わたし達の不名誉であって職務怠慢なんです」
「わかってる。よくやった。全うしたな」
 雅臣がそこでやっと、心優が秘書官時代から憧れていた上司の顔で微笑んでくれる。でもうっすらと目尻に涙がくっついている。複雑そうな眼差しは変わらない。
「艦長――、大丈夫ですか!」
 ドクターが駆け込んできた。
「ドクター、アドルフをお願い! 意識がないの」
 ドクターも驚いて、ベッドの下で座っているハワード大尉へと駆けていく。
 すぐに診察、触診を始める。
「大丈夫でしょう。命に別状はないと思いますが、弾が貫通していないようなので、すぐにオペに入ります。よろしいですね、艦長」
「もちろんよ。おねがい、アドルフになにもないようにしてあげて!」
 ドクターも頷くと、すぐに処置をするため、看護官を集めはじめる。
 警備隊長も、警備隊を引き連れて到着した。
 その警備隊長は他の隊員に、シドが制圧している男の拘束を命じると、すぐに御園艦長のところへと跪いて、床に額が付くほど頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。艦長の護衛に間に合わず……」
「いつからなの!」
 普段もそれほど怒りもしない艦長が、さすがに今回は警備隊長に吼えた。
「艦長室側に二人、『チャトラ』が発見しました。いつからかは判明しておりません。ここは『チャトラ』が阻止しています。警備1班からもブリッジ下の甲板レベル3に侵入者を発見したと報告があり、艦中枢を死守するため、そちらを優先しておりました。『チャトラ』が艦長が医療セクションの侵犯パイロットのところに向かった後を追ったのですが、『チャトラ』が到着した時には、あの不審者が病室に侵入した後でした――。後手になりまして、申し開きできません」
「ブリッジも狙われていたの……?」
「なので、こちらのパイロットも狙っていたとは予想外で手薄になりました。また、艦長が医療セクションに向かっている最中の出来事だったので、艦長室への報告が届かず……、申し訳ありません」
「もしかして。パイロットの彼が目覚めて、私が艦長室を離れるタイミングを狙ったのかしらね……」
 艦長が次に睨んだのは、シドらしき、黒い戦闘員だった。そこで水色の目の彼が、初めて申し訳なさそうに俯いた。
「後は艦長室でゆっくりと事情を聞きます。金原隊長、パイロットの彼を別室に移します。警備の強化を。そして不審者拘束の体勢を万全に整えてください。明日、司令部にパイロットの彼と併せ、不審者の引き渡しをします。その後、艦長室へ」
「かしこまりました。明日、無事に引き渡せるよう万全に遂行いたします」
「お願いね」
 艦長はそれだけ言うと、床に置かれたままのパイロットのところへと駆けつける。
 寝たまま茫然としている彼を、艦長が自ら起こしあげる。
「大丈夫よ、貴方を絶対に国に帰してあげるから」
 茫然としたパイロットが、艦長をそっと見上げる。
「いつ自分がどなるかわからないのは覚悟の上です。大丈夫です。祖父も父も兄も軍人です。家のために巻き込まれることもあるだろうと……」
 それでも彼が愕然とした様子で俯いた。
「国のためというなら、あの時、死んでも良かったのですが……。あれが父の考えている作戦なら、甘んじて受け入れても良かったのですが……」
「あの男が、お父様の手先だと思っているの? そういうお父様なの?」
 子息は即座に首を振った。
「そつなく済ませようとする穏便派の父は、それを良く思っていない過激派と対立しています」
 艦長が『やっぱり』と憤った。
「つまり。今回、大量出撃はするがこちらが乗らなければ即撤退という穏便に済ませる作戦を執られたお父様を良く思っていない過激派が、お父様の作戦決行日に合わせてこの艦の隙を狙っていたということね」
「なにもかも、父がやったように仕立て上げたかったのではと、瞬時に思い浮かびました。祖父の代から、一家揃って妬みもかわれることもよくあることで、自分が日本国内で死亡すれば、父にも日本にも打撃を与える。そこを狙い目にしたのか……と瞬時に思い浮かびました」
「私もおなじよ。祖父も父も、兄も姉も軍人でしたからね。私が狙われることもままあったわ。家柄的に大変ね。派閥摩擦はどこにでもあること。そういうことね。よくわかったわ。こちらの警備の詰めが甘く、申し訳なかったわ。これからさらに強化します。二度とこのようなことがないよう、明日の朝、無事に貴方を信頼している司令へと届けますから」
 そんな艦長の頼もしい言葉に、彼もしっかりと頷いている。
 そのパイロットが、遠くにいる心優を見た。
「素晴らしい護衛官をつけていらっしゃるんですね……。女性艦長だから、ただ女性の補佐を側につけているだけかと思っていました」
「彼女、空手の選手だったのよ。もしかしたらメダル選手だったかもしれない」
 彼がそれを聞いて『凄い、道理で!』と目を丸くした。
「国に帰ったら……。父に貴女達、女性の活躍のことも伝えたいです」
 すごいものを見た――と彼がまた心優を見て微笑む。でも心優は微笑み返せない。
 現場がまた騒然としている。
 ドクターがストレッチャーを持ってきた看護官と共にハワード大尉をオペ室へと連れていく。
 警備隊員が暴れる男を数人かかりで拘束し、連行していく。
「心優、貴女も治療してきなさい」
 だが心優は毅然と答える。
「嫌です」
 側に寄り添ってくれている雅臣が『は?』と目を丸くしている。
 なんでも従うばかりの素直なばかりの心優が艦長に楯突いたからなのだろう。
 心優は側にある頼もしい男の胸を突き返した。雅臣がびっくりして離れる。
 立ち上がって、自分の足で艦長の目の前へ――。
「わたしは軽傷です。ハワード大尉が艦長の側にいられない以上、いまいちばん側にいなくてはいけない護衛官はわたしです。治療が必要ならば、艦長室にドクターを呼んでください」
「園田少尉、私の言うことが聞けないの?」
 ほぼ同じ身長である女二人が、そこで鼻先を合わせるように向かい合う。
「准将が、わたしを娘のように大事にしてくださること感謝しております。わたしのことを『娘』だと思ってくださるなら、言わせてください」
 初めての航海。まだ少尉になったばかりの、未熟なばかりの、未経験ばかりの軍人とは言い難い娘のような女。空手の選手という枠から抜け出せず、軍隊ではおろおろしてばかりいた。そんな娘を気遣って、ミセス准将は包みこむようにして大らかに暖かく見守るだけ。
 そんな娘としてぬくぬくしてきた。でも、もう違う。心優は冷たい琥珀の瞳に真向かう。
「娘だって母親を全力で守ります」
 それを聞いた琥珀の目が、ふっと緩んで熱く溶けてしまうのを心優は見てしまう。
 彼女の目がすこし潤んでいる。
「そうね……。頼もしい娘だった。でも、母親はそれでも娘が心配なのよ。でも、アドルフを負傷させてしまったのが、不甲斐ない……」
「わたし達、護衛官の気持ちを察してください。艦長。ハワード大尉は、艦長が負傷することの方が『癒えない負傷』になります」
「わかったわ……。ならば、今後は護衛官としてしっかり護ってもらうことにする」
 やっと、ミセス准将が納得したのかふっと僅かに微笑んだ。
「金原隊長、彼をお願いします」
「イエス、マム」
 警備隊長にパイロットの彼を任せると、御園艦長は跪いてただ待機している水色の目を持つ男を見た。
「チャトラもご苦労様。艦長室に来て、私の護衛を」
「イエス、マム」
 彼が眼差しを伏せ、跪いたまま頭を下げた。
 艦長がこの病室を出て行こうとする。心優は切られた腕を押さえながら、歩き始める。
 今になってズキンズキンと脈打つような痛みが襲ってきた。
 でも堪えて、心優は艦長の背を追う。
 御園艦長がやっぱり振り返る。心配そうに――。
「心優――」
「大丈夫です」
 意志が固い心優に溜め息をついて、どうしようもなさそうな顔をする艦長。
「雅臣。心優のためのドクターを選んで連れてきて」
「イエス、マム」
 雅臣もホッとしたようにして、心優のために一刻も早く医師を連れてこようとしてくれたのか、サッとドクタールームへと走っていく。
 『オペにはいるぞ!』
 遠くでは、ハワード大尉がドクターと看護官に囲まれ、オペ室に入るのが見えた。医療セクションの通路は騒然としていた。
 そんな中、黒い戦闘服の男が側にいたはずなのに、いつのまにか消えている。心優はハッと我に返ってあちらこちらを見渡す。
 艦長がなにもかもわかったようにして、ふっと笑い心優に教えてくれる。
「チャトラは『猫』だから、往来の通路は眩しすぎて歩けないのよ」
 そういうと、彼女が天井を見上げる。
「私と心優より早く艦長室に着くはずよ。素早いわよ」
 彼は人目につくような場所には姿は現さない――ということらしい。
 また通気口や人気のない通路を見計らって艦長室へ行くということらしい。
「そのチャトラでも間に合わなかったのだから、こちらのちょっとした隙を上手く突いてきたところは、あちらも上手のプロ集団だったわね。危なかった」
 シドとは言わない艦長。『チャトラ』って、ほんとうにシドなのか心優は少し疑いたくなってきた。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 でも。御園准将と心優が艦長室へ戻っても、『チャトラ』はいなかった。
「葉月ちゃん」
 心優ははやく『チャトラ』にもう一度会いたいのに、艦長が帰還したせいか、橘大佐をはじめ、次々と艦長室に幹部が駆けつけてくる。
「葉月ちゃん、間に合ったか。ブリッジの下、レベル3に侵入者がいて、ブリッジと艦長室を狙っていたと警備から報告があったが、艦長が医療セクションに向かっている途中で、俺が連絡を受けたんだ。でも、ここから離れるわけにもいかないし、どうなったかと心配したじゃないか」
 橘大佐の目の前では、艦長は本当に冷めた顔を保ち続ける。
「心優とチャトラが制圧してくれた。後で説明するからブリッジをお願いします。ただいまから、海東司令に報告をする」
「わ、わかった。引き続き、管制は俺がみておく」
「お願いします」
 橘大佐が管制室に戻っていくと、艦長がドアを閉める。
「艦長――!」
 指令室へ続くドアがすぐに開き、ラングラー中佐がとても慌てた様子で入ってきた。
「アドルフが怪我をしたと、警備からの連絡を受けました。艦長と園田は、大丈夫でしたか」
「アドルフは命に別状はないとのことよ。でも弾丸摘出のためのオペに入ったわ。私は大丈夫。心優は少し怪我をしている。雅臣がいま、ドクターを連れてくるところ」
「そ、そうですか……」
 ラングラー中佐がホッとした顔をする。
「チャトラが、ブリッジを狙っていた侵入者を仕留めた後に、私の後を追ってくれたけれど間に合わなかったのよ。でも制圧はしてくれた。心優も身体を張って、私を護ってくれたわ」
「自分もついていくべきでした」
「いいえ。それでは指令室が手薄になるからと、雅臣と心優とアドルフで大丈夫と判断したのは私よ。それより、テッド。海東司令にすぐに報告するから衛星電話の準備をして――」
「イ、イエス、マム」
「心優は座っていなさい。ドクターが来たらすぐに治療を受けるのよ。わかったわね」
 ラングラー中佐が艦長デスクのパソコンを立ち上げ、衛星電話の準備を始める。艦長デスクに衛星電話の小型機器をセッティングして受話器を取る。
「こちら、・・・航空団指令室、」
 ラングラー中佐が中央指令センターへと電話を繋げる。
 心優は言われたとおりに自分のデスクの椅子に座って、痛む腕を押さえながら、やっとひと息ついた。
 まずはラングラー中佐がヘッドセットを頭につけ、モニターの調整をはじめる。
 その向こうに、ヘッドセットをつけた指令センターの隊員が映し出される。
「緊急事態の発生です。海東司令をお願いします」
『ただいま参ります。少々お待ちくださいませ』
 男性がヘッドセットを取り払うと席を立つ。空いた席の向こうは、現在海にいる船を表す緑ランプが点灯している電子航海図の壁が見える。大きな室内の、中央官制センター。沢山の隊員がヘッドセットをして様々なレーダーやデーターを眺めて、空と海の防衛のため監視をしている場所。
「艦長、司令が参ります」
 こちらの中佐もヘッドセットを取りさり、艦長へと差し出す。御園艦長もすぐにヘッドセットをして艦長デスクに座った。
 少し遅れて、海東司令もモニターに現れた。
『どうしたミセス。もう調査員派遣の準備も整ったが、なにかあったのか』
 明け方のバーティゴ侵犯騒動を切り抜け、これから収束へと動いていた海東司令も少し不精ヒゲというやつれた姿で現れた。
 それでも御園艦長は、間髪入れず淡々と告げる。
「司令。不審者が侵入いたしました。四名です。既に制圧し拘束しております。明日、こちらにこられる際には『護送』の準備もお願いいたします」
『は……?』
 この上、まだそちらで騒ぎが起きたのか。そう言いたいのに言えない様子。海東司令はもう絶句していた。朝方の侵犯騒動だけでも手一杯なのに、この上、またかと言いたそうだった。
『すでに制圧はしているのだな。……トリプルAの体勢でも駄目だったのか』
「制圧はしております。警備隊と、わたくしの護衛二名がすべてを阻止してくれました」
『負傷者は!』
「ハワードが私を銃から護り、負傷いたしました。ただいま弾丸摘出のオペにはいっておりますが、命に別状はないとのことです。他は、園田がパイロット暗殺を試みた不審者から護ってくれました」
『パイロットを……暗殺、だと?』
 海東司令がさらに絶句し、今度はさっと血の気が引いたような顔色になった。
 彼もきっと、瞬時に悟ったのだろう。もしパイロットが暗殺されていたら。大陸国内の派閥争いの末、同志の諍いで起きた死亡という結果になっても、日本国内で他国籍のパイロットを拘束中に死亡したとあれば、こちらでどのような管理と扱いをしていたかと延々と責められる『きっかけ』を作ることになっていただろうと。
「並びに、わたくしのことも狙っていたようでございます。こちらは予測済みでしたが、あの侵犯機墜落の騒ぎに乗じて艦内に侵入された気がしています。あの時、消火隊救助隊と出入りが激しかったので便乗された恐れがございます」
『トリプルの体勢は完璧だったのか!?』
 あの海東司令までもが吼えた。
「完璧でございます。侵入は見逃しましたが、即刻対処はしております」
 海東司令の息が荒くなっているのが見て取れた。本当にこんなことが起きてしまったという驚きと、その危機が知らぬ間に起きて、知らぬ間に終わっていること、そして、本当に危なかったことが今やっと彼に襲ってきているようだった。
 そんな海東司令が御園艦長を睨んだ。
『御園准将――』
「はい」
『トリプルAの継続をするように頼んでもいいか』
 なにかを躊躇っているような言い方に聞こえた。
「それでよろしいのですか。司令」
 海東司令は彼女の顔をみつめ、まだなにか躊躇っている。
 ミセス准将はいつもの淡々とした横顔のまま。
 そうして二人の沈黙が暫し続いたが、御園艦長から口火を切った。
「司令、あとのことはわたくしにお任せ頂けませんか。報告はいたします」
『わかった。君に一任する。護送の件も了解した。明日、午前中にはそちらに到着する』
「今度こそ、滞りなく警護いたします。お騒がせいたしました」
 そこで衛星電話を終える。モニターも消された。
「テッド。暫く、ベッドルームにいるから誰も近づかないようにして。これから『猫』を増やす」
 ラングラー中佐も少し驚くと、サッと頭を下げて従う姿を見せる。
「かしこまりました」
「雅臣が帰ってきたら、同じくベッドルームに来るように伝えて」
 艦長のベッドルームに雅臣を入れる? 心優はびっくりする。艦長のベッドルームに入れる男は限られている。長年の秘書官であるラングラー中佐と、家族同然で弟分である鈴木少佐ぐらい。そこに、雅臣を……。
「……城戸君に知らせるのですね」
「雅臣には知っておいてもらうのに良い機会でしょう」
「了解です。では艦長室の留守を守っております」
 艦長はベッドルームでなにかをしようとしている?
「心優も来るのよ。ドクターが来る前に教えてあげたいから、いらっしゃい」
 え、わたしも? 心優も呼ばれる。
 御園艦長が艦長デスクを離れて、ベッドルームへと向かう。心優も後をついていく。
 艦長が自室へのドアを開ける。すでに灯りがついていた。
「遅くなってごめんなさいね」
 そして御園准将が、誰もいないはずの部屋なのに、誰かに話しかける。
 心優はそこでやっと『彼』を見つける。
 部屋の奥に、目出し帽をかぶったままの戦闘員の彼がいた。跪いて艦長を見るとお辞儀をする。
 艦長がドアを閉める。心優はやっと彼に会えて、やっと知ることが出来ると心臓をドキドキさせている……。
 だが艦長がまた天井を見上げた。
「エド」
 また心優の心臓がドキリと蠢く。
「どこにいるの、エド」
 天井に変化はない。特に艦長室は侵入を防ぐため、天井に通気口の鉄格子はなく、全て壁の床上という細いところに設置されている。
 なら、彼はどこにいるのか。いや心優はその時点で驚きを隠せない。あの人! 諜報員でもあると聞いていたが、この艦の中にいた? 艦長に付いてきていた? でもそれは軍として許されること? 御園家の私用のボディガードなのでは?
 その時、心優は背中にすうっとした涼しげなものを感じた。
 振り向くと、先ほど閉めたはずなのにベッドルームの扉が静かに開いている。
「お嬢様、ここでございます」
 心優の足下、下から声がする。そっと肩越しに確かめると、そこにスターライトスコープをしている黒い戦闘員がいる!
 彼が跪き、下を向いたままそのスターライトスコープを目元から額へと移す。その顔が心優にも見覚えのある栗毛の男性。
「はいって」
 艦長の言葉に、その低い姿勢のままエドが入ってきた。
「お嬢様、申し訳ありませんでした。侵入に気がつかなかったこと、申し訳なく思っております」
「仕方ないわ。今朝方、騒然としたもの。さすがのエドでも外をうろうろ警備することは難しかったでしょう。恰好の侵入のチャンスだったことでしょう」
「そのようでございます。その後、隈無く警備をしたはずでしたが、この時間までどこに潜んでいたのか。把握できず不甲斐なく思っております」
「この広い空母に、エドと、こちらでフロリダから配備してもらった極秘隊員、チャトラと他の二名だけでは通気口全て調べろは無理だと思う」
「ですが『チャトラ』が前もって、ブリッジ付近の通気口を重点的に仕掛けておいたトラップにまんまとひっかかってくれたので動き出したことを感知することが出来ました」
「助かったわ。そのトラップによくかかってくれたわね」
「そこは巧妙なトラップを仕掛けられるようになった『チャトラ』を褒めてあげてくださいませ。さらに報告ですが、お嬢様に知らせず勝手に判断しましたが、『空母の外』では三名ほど動いておりましたので捕獲しております。おそらく『帰りルート確保の見張り』だったかと。水中ジェットを数台所有して見張っていたので、侵入は水中からだと思われます。ジルに捕獲させ、こちらで拘束しております。必要あれば、横須賀司令部に送りますが……」
「それは司令に報告してから判断する。やはり外をうろつかれていたわね」
 この『エド』という男性は、本当に諜報員並の傭兵。しかも現役だった。
 『お嬢様』のために、密かに付き添ってきていた。御園准将のその用意周到さにも心優は驚きを隠せない。
「陸で、ボスとジュールが、大陸国の派閥事情の調査を開始しております。二日ほどお時間をください。大陸国海軍総司令の子息が狙われた経緯を裏付けます」
「ありがとう。でも『ボス』には深入りしないように伝えて。あとは軍側の仕事になると思う。フロリダ本部が処置出来ることは、本部にいるマイクかジョイに報告して」
「イエス、マム」
「それから、私の一存になるけれど、猫を増やして欲しいの。配置と人数はエドに任せるわ」
「イエス、マム」
 『猫』を増やす? 心優は艦長が勝手になにかをはじめているようで、少し怖くなる。
 しかも心優に『実家の秘密』をわざと見せている。その意図は……?
 エドへの指示を終えると、御園艦長が心優を見た。
「心優。貴女、これからも私の側にいると、こんなふうに危ないことも引き寄せて巻き込まれるわよ」
 だから、これからどうする? そんな問いだった。そしてその問いの意味を心優もきちんと受け止めている。
「それはこのように、軍の指示なしにご実家の力を使って勝手に動くこともある。それを黙って見ているように――ということですか」
 はっきりと突きつけた。これからもミセス准将のいちばん側にいる護衛官でありたいから、誤魔化して付き合っていきたくないから。
 それはミセス准将も同じ。
「そうよ。海東司令の知らぬところとして、このことに関して問題が起きれば、全て御園が勝手にしたこととして処罰を受ける覚悟ってこと。側にいる貴女もただでは済まない事態もあるかもしれない。軍人としても、一人の平凡な暮らしを望む女性としても」
 心優はその投げかけに、すぐには返答できなかった。
「いいのよ、それで。今回は貴女と航海が出来て楽しかったし……。『娘だって母親を全力で守る』と言ってくれて嬉しかった。初めての航海でこれだけのことが起きた。でも、私にとってはこれはもう日常なの。どうしてって?」
 心優が問わずとも、でも心優が知りたいことを御園准将は静かに言う。左肩に手を当てながら。
「十歳で、闇を好む男に虐げられたからよ。いまもずっと、あの男は私に巣くって心を蝕む。だから、私はそんな男達にまだ向かっている。私と共にある『黒猫』達は、私と同じように心から血の涙を流して悶えてきた男達ばかり。だから、彼等が祖母のところに集まった」
 また心優には解せない話が始まった。
 御園艦長が、やっと静かに奥に控えている『チャトラ』を見た。
「彼の現在のコードネームは『チャトラ』。猫の茶色毛のトラ猫って意味。彼の母親が栗毛で息子の彼が金髪だからそういう名になったの。でもね、このネームは彼にとってはまだまだ不名誉なのよ」
 またここでも『猫』と関係する話が出てくる。そして彼の名は『茶色のトラ猫』という意味だった。
「逆に、そこにいるエドは『黒猫』と呼ばれている。『チャトラ』は、母親が黒猫だったので、黒猫二世ね」
「黒猫――」
 確かに猫のようだった。暗闇に潜み、息を潜め、飼い主が呼んだらひっそりと音もなく現れる黒猫のよう。
「彼等は『黒猫』と呼ばれて一人前なの。『チャトラ』は、まだそこまでに至らないから、年配の黒猫たちに『まだ黒くなれない、金茶縞のトラ猫』と揶揄されて『チャトラ』とつけられたの」
 ミセス准将が少し笑って『チャトラ』を見た。
「フロリダでは優秀な戦闘員なのに、おじ様達がなかなか認めてくれないのよね。ね、『シド』――」
 准将がそう呼ぶと、目出し帽を被ったままの彼が怒った眼差しをミセスに向けている。
「もういいわよ。シド。会いたかったでしょう、心優に」
 夜な夜な訓練をして、一緒に食事をして日々を過ごしてきた仲。訓練の相棒は、心優が昇進試験を受ける前に何も言わずにフロリダに行ってしまった。会えるのは帰還後だと思っていた。でも、いま、その彼が目の前に。彼がそっと静かに目出し帽を脱ぎさる。
 最後に会った時は短髪だった金髪が、少し伸びていた。そして金色の不精ヒゲ。なのに、金色の中で澄んで光る明るい水色の輝石。
 間違いなく、シドだった!
「シド……!」
 だけれど、シドは『御園の奥さん』の前だからなのか、心優を見てもじっと黙っている。
「そろそろシドも『黒猫』でもいいはずなのにね。厳しいわね、特に貴方のフランスのおじ様」
「……ですが、今回、侵入を許しました。それを思えば、自分はまだチャトラということなのでしょう」
「あら、チャトラにしては素直でおとなしいわね。心優がいるせい?」
 彼女が少し笑うと、心優の足下にいるエドも少し頬を緩ませている。そしてシドはもう子供のようにぷっくり頬を膨らませていた。やっぱり子供っぽい王子様のシドだと心優もちょっと頬が緩んでしまう。
「侵入に関しては、あの騒ぎだったから仕方がないこと。貴方達の落ち度ではない。不審者が作戦を決行し動き始めたことはすぐに察知して、最小限の被害に食い止めてくれた。これで充分な功績。気に病まぬように。特にチャトラ。艦長室を狙った不審者を捕獲した上で、私がいる病室まで迅速に移動し、私の護衛官の危機を救ってくれた。感謝しています」
「奥様……、有り難うございます。奥様が艦長室から離れていることを知って、無我夢中で追いかけました。間に合ってホッとしております」
「あれほどの男に隙も与えずに屈服させたわね。流石だったわよ、チャトラ」
「はっ」
 跪いたシドが恭しく頭を床に床にと下げる。その様は、もう上官にというより、『お仕えしている奥様』という雰囲気だった。
 この艦長のベッドルームが、海軍の部屋に見えなくなってくる。闇の世界で暗躍する男と、その男を束ねている女主人という異様な光景だった。
 だから、心優はやっと悟る。
 この世界についてこられるのか。貴女の上官は、これから護ろうとしている上官は、そんな危ない橋を渡りもする女主人。そんな裏の顔を持つ。
「では、そちらの男性達のことは『黒猫』とお呼びすれば良いのですか」
 どこか覚悟を決めたように問う心優を知って、御園准将が少し意外そうな顔をする。
「急がなくていいのよ。艦を降りるまでに、今後のことを考えて決めて、」
「わたしは御園准将の護衛官です。他の上官の下で仕えることなど想像もつきません。では、なんの為に、わたしを横須賀の城戸秘書室から引き抜いてくださったのですか!」
 今夜の心優は気持ちのまま、上官にぶつかっている。今夜だ。今夜がこれからを決める。この身に起きたことは、御園葉月という闇の男達に虐げられてきた女性には日常に起きていることであって、そして、彼女が一人で苦しんできたこと。それを同じ女性として思う。『一人の平凡な暮らしを望む女性として』、艦長はそう言って心優のことを思ってくれていた。それならば、心優も同じ思い!
 そして心優がこの世界に身を投じようと思うもう一つの思い。――『これから臣さんが向かう防衛最前線の世界は、こんなにも危うくて厳しい現場』。その世界を、これから一緒に生きていくと誓った女として知っておきたい。見ておきたい。彼の力になりたい!
「わたしもまだ未熟です。彼が助けてくれねば殉職していたことでしょう。それでも、もう既に経験しました。見させて頂きました。艦長の防衛最前線の現実を」
 心優は、御園葉月という女性の琥珀の眼差しを捕らえる。
「これからも、わたしは、御園葉月准将のいちばん側にいる護衛官です」
 心優もそっと、エドやシドのように跪く。
「お願いです。准将。お側に置いてくださいませ」
 それはある意味『御園家に仕えることを誓う』ようなものだった。
 でも、心優はさらに思い描いている。『これ、きっと……。これから艦長になる臣さんにも必要な後ろ盾だ』と。御園派である以上、御園准将の愛弟子になる以上、雅臣にもこのバックアップは必要だ。
 だからパートナーになろうと誓い合っている心優も、そこにいて役に立ちたい。そんな想いだった。
「ありがとう、心優。それならば、改めて紹介するわね」
 そうして御園艦長は『黒猫』について説明してくれる。
「黒猫。私の祖母がつくった『私設部隊』なの。以前は父が権限を持っていたけれど、いまは私と主人が同等の権限を譲ってもらって、彼等を従えている」
「私設部隊……? お祖母様の代からの?」
 とてつもない話を明かされ、心優は茫然とする。
 この人、とんでもないお嬢様。お金持ちとかそんなものじゃない。ひとつの部隊を従えてしまう、そういう力を持った資産家の娘。
 彼女が軍人で居続ける訳、その秘密も知ってしまった気がした。身体の傷を見ているから、彼女自身も身体を張ってここまで上りつめてきたのだろうが、それだけではなかった。
 実家で脈々と受け継がれてきた『軍人』としてのなんたるかを、この人は丸ごと継承している人。
「私が重宝されるのは、この男達が秘密裏に動いてくれるから――というのもあるのよ」
「では、司令はそれを知っていて、御園准将を利用しているということですか」
「むしろ『利用してください』と告げている。もし、うちの黒猫たちがどこかで捕獲されても司令には『知らない』と通してもらうことにしている。その時は、心優も知らないと言って欲しい。あってないものとして扱うの」
 それを聞いて、心優はやっと理解する。海東司令がなにやら、御園准将に躊躇って頼んでいたことを。
 彼からあからさまに頼めないのだ。頼んだ証拠を残してはいけない。でも、秘密裏に部下である御園准将が実家の力を使って海東司令をバックアップしてくれる。それを頼りにしている。
 御園准将の指揮官としての実力は本物。でも、裏に手を回せる『コネクト』も持っている。デメリットもあるが、メリットが大きすぎる。そういう『使える隊員』として重宝している。
 そして、今回も……。『君ならなんとかしてくれる』。そう思って、彼女に一任した。『猫を使ってでも、なんとかしてくれ』という期待でもあったのだ。
 そこでノックの音がした。
 雅臣が帰ってきて、この部屋にやってきたようだった。
「城戸です」
 雅臣はどう受け止めるのだろう? 心優は自分と同じように受け入れられるのか心配になってきた。
 しかも! シドと雅臣が対面する時――。
「どうぞ。城戸大佐」
 雅臣も、どうしてここに呼ばれるのかと、恐る恐るといった様子で艦長のプライベートルームに入ってきた。
「入って、雅臣」
「失礼いたします」
 雅臣が艦長室に入ってくる。そうして、心優の足下にいるエドを見つけて驚いた顔。
「あ、やはり。彼も来ておりましたか……。そんな気がしていました」
 雅臣は心優ほど驚きもしなかった。
「長沼さんから聞いているのでしょう」
「おおまかには……。そちらの御園のボディガードさんとは何度かお会いしておりますし、きっと『裏方』としてフロリダとも繋がっていると感じていました」
 そうだった。雅臣は横須賀准将の秘書官、しかも室長だった男。そして御園とは関わり深い『長沼准将』付きの主席秘書官だった。御園の事情も既に知っていたのだから、もうこれぐらい察していたということらしい。
 それはわかった。では、シドとはどうなのか。
 心優は雅臣がシドを見つけどう感じるのか。またシドが雅臣を見てどう思うのかハラハラしながら――。
「あら。いまそこに……。チャトラがいたのに……」
 どこにも逃げ道も侵入口もないはずなのに。先程までそこにいたシドがふっと姿を消していたので、心優はとてつもなく驚く。
 黒猫と認めてもらえない、ガキ扱いのチャトラ君なのに。まるで忍者のよう! 御園准将もキョロキョロしていたが、ミスターエドはくすっと少しだけ笑っていつもの澄まし顔に戻ってじっと待機している。
「チャトラ――とは准将がフロリダから手配していた秘密隊員のことですか」
「ええ、そうよ。心優を助けてくれた。え、どこに行っちゃったの? やだ、あの子。雅臣に紹介しておこうと思ったのに」
 雅臣もどこかおかしそうに笑った。
「かまいませんよ。秘密隊員ならば、顔を見られたくないのでしょう。また紹介してください」
 『逃げた』。心優はなんとなくそう思った。あの子供っぽい反応も厭わないシドがやりそうなこと……。
 まるで雅臣と心優の関係をもう知っているのかよう……。そこで心優はドッキリしてしまう。
 だとしたら? シドはいつから艦に乗っていて、心優と雅臣のことを見ていたのだろう?

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 午前八時。横須賀司令部、調査団の艦上輸送機を管制室から確認。

 青い空の向こうから、灰色の飛行機がきらりと現れる。
「横須賀司令部、調査団の輸送機です」
 その輸送機着艦の準備へと、また甲板が騒がしくなる。甲板要員があちこちへ動き回り、艦上輸送機を誘導しはじめる。
 その輸送機が、空母甲板へと無事に着艦。
「行きましょうか」
 管制室で着艦を確認した御園准将が動き始める。心優もその後をついていく。
 これまでよりもすぐ後ろに彼女について、心優は四方に神経を尖らせた。これまでとは心持ちが異なっている。
 今日もまだ油断が出来ない。不審者は警備隊が滞りなく拘束を維持しているが、あんなのが艦にいる以上、これからだってどうなるかわからない。
 甲板に出て、調査団が輸送機から降りてくるのを待つ。そのお出迎えだった。
 翼の下で回っていたプロペラが少しずつ回転速度を落としていく中、輸送機の後部のドアがあけられ階段のタラップが甲板へと降ろされる。
 調査団数名と、そして護送警備の隊員が次々と降りてくる。
 御園准将がそちらへ迎えに行こうと歩き出す。心優も周囲を警戒しながら艦長の背後を護衛する。その後を、雅臣と橘大佐と、ラングラー中佐もついてくる。
 そこで、御園准将が足を止める。
 最後に降りてきた男性、二人。その男性を見て、御園准将がギョッとした顔をしている? 心優も驚き足を止め、雅臣も『え、まさか』とこぼして立ち止まった。橘大佐も『嘘だろ』と仰天している。
 調査チームの後に現れた男――。若白髪で、肩に少将の肩章を付けているあの人が目の前に。
「海東司令――、どうして」
「御園艦長。昨日はご苦労」
 海東司令が直々に来てしまった。だが、御園艦長が驚いているのは、海東司令がわざわざ来てしまったことだけではない。もっと驚くこと、それは海東司令の後ろにいる男。
 その男を隣に従え、海東司令が面白そうにしてミセス准将に引き合わせる。
「アドルフが負傷し帰還することになった以上、手薄になるだろうから、彼を連れてきた」
 海東司令のその横で、『眼鏡の男』がにっこりとミセス准将に微笑む。
「お疲れ様です。御園准将。昨日は侵犯措置と不審者の侵入制圧、大変でございましたね。ご無事でなにより、ホッとしております」
 にっこり微笑むその男は、『御園大佐』。
 海東司令が直々に来ただけでも驚きなのに、その司令が艦長の夫である御園大佐を連れてきてしまった!
 管制センターでは彼も精神をすり減らしているのかあんなにやつれていたのに、海東司令はもういつもの余裕ある穏和さに戻っている。そんな穏やかな落ち着きに戻った司令が、潮風に若白髪の髪をそよがせながら告げた。
「御園准将の空母指令部をさらに強固にするため、本日付で御園大佐には『艦長代理』に就いてもらうことにした」
 艦長代理――!?
 そこにいた幹部達が、仰天の声を揃える。
 御園艦長が不機嫌そうに海東司令に言い放つ。
「どうして夫なのですか?」
 なのに御園大佐は相変わらず、眼鏡の胡散臭いにっこり笑顔。
 クルーには空部隊の女王と畏れられるミセス准将。そんなミセスを『ウサギ』と呼んでは彼女の心をかき乱す男が来てしまった。

 

 

 

 

Update/2015.8.11
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