◇・◇ お許しください、大佐殿 ◇・◇

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 EX2. ドーリーちゃん、よろしくね(9)

 

 真っ黒なレザーファッションで現れたゴリライダーのお母さん。
 息子の帰省が待ちきれなかったのか迎えに来ちゃった? 浜松基地の正面門で堂々と待ちかまえていた。
「雅臣、ついてきな」
 どうして待っていたのかなど告げもせず、ゴリ母さんは運転席にいる雅臣へ視線を向けると颯爽とヘルメットをかぶりバイクにまたがる。
 ドウンドウンドウン! けたたましいエンジン音だったが、警備隊員の青年達が『すげえ』と身を乗り出すほどに、ゴリ母さんのカッコイイ後ろ姿。
「はあ、なんだよ、もう」
 でも息子の雅臣はそんな母さんは当たり前見慣れているとばかりに、ほんとうに普通の息子の反応。めんどうくせえなあとハンドルを握った。
 ゴリ母さんのバイクが発進する。雅臣と心優も警備に敬礼をして基地をあとにした。
 浜松市の車道を行くゴリ母さん。それについていく息子のレンタカー。
「お母さん、待ちきれなかったのかな」
 助手席にいる心優はわざわざ迎えに来てくれたのはどうしてか気になってしまう。
「うーん。本当に来てくれるか心配だったんじゃないかな。この前、小笠原の基地で、准将室にあんな大迷惑かけちゃったもんだから。心優があとになって『つきあえる家族じゃない』と避けられないか心配していたのかもな」
「わたしは気にしていないよ。大騒ぎでびっくりしたけれど、アサ子お母さんに会えたことも、ユキ君とナオ君に会えたことも楽しかったし嬉しかったよ」
「でも、拭えない不安ってやつなんだろうな……。俺がひとりで帰省していたらどうしようとか思っていたのかも」
 ハンドルを握って、前を行く母親のハーレーから目を離さない雅臣。その眼差しが翳ったのを心優は見る。
「それも……。塚田さんの奥さんが……来た時のこと?」
「じゃないかな」
「お母さんと彼女さんの間でなにかあったってことなの」
「わからないし、あったとしても過ぎたこととして片づいていると思っていた。でも……。こんな母さん初めてだよ。すげえ放任主義で、俺が航海任務から帰ってきたからって横須賀の港に出迎えに来たのも最初だけだったし、帰省するからって新幹線の駅までお出迎えだってなかったよ。大人になったんだから勝手に帰ってこいみたいなかんじでさ」
 雅臣もいまここで、ハーレーダビッドソンに乗ってわざわざ母親が迎えに来たことになにやら懸念を持ち始めたようだった。
「大丈夫だよ、臣さん。もうそんな気持ちも今回でなくしてもらおうね」
 なにがあったか知らないけれど、心優はそうしたいと思っている。
 できれば。塚田中佐と臣さんの間にある小さなわだかまりもなくなってほしいな……と。
 それにしても……。目の前のゴリ母さんのバイクさばき? 素晴らしい。なにげに臣さんもお母さんの巧みなコース取りについていっている。こういうところ、元々乗り物ライダー気質だったのかなと思ってしまう。
 ゴリ母さんのバイクが大きな通りから、ついに脇の住宅地へと左折した。
 何軒も一軒家が並ぶその町並みは、雅臣が子供の頃に開発されただろう住宅地という雰囲気。新築ではない住み慣れ街として時を重ねてきた空気を感じる大きな木が植えてある庭が続く住宅地。
「姉ちゃんも、この近くの中古住宅をリフォームして住んでいるんだ。だから毎日通っているみたいだな」
「そういえば。お義兄さんて大工さんだったよね」
「そうそう。兄ちゃんがリフォームしたんだよ。双子が住みやすいようにってね」
 双子のためのリフォームと聞いて、心優は見てみたいと微笑んだ。
「おー、見えてきた。あれが俺の育った家な」
 目の前、黒いライダーがハーレーダビッドソンを停めて降りている家の前。
 その家を見て、心優はちょっとだけ言葉が止まってしまう。
 周りは昭和の名残がある造りの自宅ばかりなのに。ゴリ母さんがバイクを止めた家は、基地のアメリカキャンプの平屋の官舎のような造りで、少し雰囲気が違う。
「え、臣さんの実家って」
 雅臣もちょっと溜め息をついた。心優がそんな反応をすることがわかっているかのように……。
「まあな。母さんも父さんも、アメリカかぶれっていうのかな。子供の頃目立った家だったんで、みーんなが遊びに来たがったもんだよ。ほら、母さんがビッグサイズだからさ。父さんがアメリカみたいなの建てればちょうどいいんじゃないかって発想だったんだってさ」
 はあ……。すごい。なんか臣さんが、すんなり小笠原基地に馴染んでいるのもわかる気がした。実家からして既にアメリカ並みだったんだと。
「母さんの時代の若者はアメリカに憧れる時代でもあっただろう。そういうのに、父さんも母さんものっかっていたみたいなんだよな」
 そこで心優は急に緊張していた。そういえば、影が薄かったけれど『臣さんパパ』ってどんな方?? ゴリ母さんのような豪快な女性と結婚して、なおかつお母さんと一緒にアメリカかぶれにのっかれて、さらにこんなアメリカオールディーズみたいなお家をもっともっと前の時代に建てようと言い出せる、ほんとにやっちゃった人って……。
「……臣さんのお父様って、どんな方?」
「え、普通のサラリーマンだよ。いまは塾で英語の教師をしているけど」
 英語の先生!! ああ、臣さんが英語もなんなくぺらぺらだったのも発音がきれいだったのもそのせい??
「お、臣さんって。話してくれなさすぎ!」
 実家付近で傷ついた過去がある人だから気遣って実家のことを聞かなかった自分も自分だけれど心優も思えど、雅臣ったら当たり前のようにすごいこといっぱい隠していてびっくりする。
「いや、話すほどのことじゃあないだろ。……あの豪快な母ちゃんに比べたら、父ちゃんは普通すぎるし」
 どこが! お父様だって英語の先生なら国際基地の大佐殿が育った要素の一因でもあるじゃないといいたい。
 この大佐殿。国際基地で秘書官やパイロットや大佐になれる要素、いっぱいいっぱい詰め込まれていた人だったんだと痛感させられる。
「もっと聞いておくべきだったよ……」
「そうか? 俺の家よりも心優の実家の方が凄いじゃないか! お母さんはアスリートを支える栄養士で、兄ちゃん二人は格闘家、父ちゃんに限っては横須賀で格闘訓練の凄腕教官じゃないないかよ。そりゃあ、心優みたいなすらっとしていてもしなやかな身体の強い女の子が育つわけだよ。俺だって、明後日の兄ちゃんと初対面、緊張してるんだからな」
「お酒を呑まされるだけだよ」
「マジかよ、おいー」
 大佐殿。これまで緊急事態に備えてアルコールは控えめの生活を送ってきたので、それほど飲み慣れてない。でっかい兄ちゃんズにもみくちゃにされちゃいそうと心優は予測していた。
「そっか。お父様にいまからお会いするんだよね。あのお母様の旦那様ってことだよね、緊張してきたよ……」
「大丈夫だって。母さんが、英語教室に通っていたのと、音楽の趣味が合ったのと、母さんのこざっぱりしたところが気に入ったとは子供の頃から聞かされているよ。ああ、冗談で『男友達の親友みたいだった』とか言っている」
 でもそのお父様って凄い――と心優はますます緊張してしまう。
 ついに雅臣が家の前にレンタカーを駐車した。
 心優は恐る恐る車を降りる。ついに、ついに。大佐殿のご実家に来ちゃった!!! 

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 車から降りるなり、黒レザースタイルのゴリ母さんが心優の背後からのっそり現れた。
「心優さん、いらっしゃい。待っていたよ」
 小笠原でも見せてくれたビッグママを思わせる笑顔を見せてくれ、心優もホッとする。
「お母様、お邪魔いたします」
「母さんでいいよ。実はさ、葉月さんからもお母様って言われるとあれ、めちゃくちゃくすぐったくて恥ずかしいんだよ。でもあちらはお嬢様育ちで当たり前みたいだからさ――」
 確かに。母様に父様、特に『兄様』が何人も出てきて心優はいつも誰がどの人なのか区別するのに苦労している。と、ちょっと考えている心優を、ゴリ母さんがとてつもなく真顔で見下ろしているのでドキッとした。
 あ、上の空だったかな? なにか返事をしなくちゃ……
「じゃ、じゃなくて、み、心優さんがお嬢様ではないって意味ではないんだよっ」
 心優じゃない。心優の反応を汗をかきながら伺っていたのはゴリ母さんの方。葉月さんはお嬢様だからあの言い方は仕方ないけれど、心優さんはお嬢様みたいにしなくていいと気遣ってくれた言葉が、逆に心優はお嬢様ではないと言ってしまったと焦っているんだとわかった。
「いいえ。わたしは体育系一家の末っ子ですから。葉月さんはほんとうのご令嬢なのですけれど、わたしはあの方の側近なのでつい『様』と呼ぶくせがついているだけなんです。えっと、アサ子お母さんと呼んでもいいですか」
「も、もちろんだよ! あ、雅臣、ちゃんと心優さんの荷物ももっておいでよ。あんたの部屋、空けておいたから。そこ二人で使いな」
「わかってるよ。いまほら、ちゃんとやってるだろ」
 女同士の挨拶の合間に、雅臣もちゃんと車のトランクを開けて自分と心優のスーツケースを出してくれている。
「さあ、おいで。父さんも、真知子も、双子も楽しみに待っていたんだよ。今日は焼き肉だ。大食らいばっかりだから遠慮なく食べてって」
「はい! 嬉しいです!」
「あ、心優さんも大食らいって意味ではなくて……」
 また……。これ、もしかして相当な重症? 心優の方がヒヤッとしてきた。
「お母さん、わたし大食らいで、上司だった雅臣さんが驚いて死ぬほど笑い転げたことがあるんですよ」
 明るくいいのけた心優を、ゴリ母さんがきょとんとして見下ろしている。
「そうかい。よかった。いっぱい準備してあるからさ。いっぱい食べていきな」
「はい」
 ゴリ母さんが優しく心優の背を押してくれる。『こっちだよ、おいで』と。
 やっぱりこの手がお母さんらしくていいな――。心優はそう思っている。

 

「おーい、帰ったよ!!」
 玄関を開けるなり、ゴリ母さんの声が天井まで響き渡った。
 中もほんとうに昔のアメリカンホームドラマでみたような造りで、目の前が階段。その上からドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。
「心優さんだ! やっときた!!」
「心優さん、いらっしゃい!!」
 階段の上から覗き込んだのは、ユキとナオの双子。
 大きな身体の二人がこまたドタドタと素足で争うように降りてくる。
「おまえら、うるさい。静かにする約束だろ!」
 またお祖母ちゃんの怒声が響く。隣にいる心優は耳を押さえたくなった。でもそのおかげで、双子は落ち着きを取り戻して静かに階段を下りてくる。
 そうか。この家はこのお祖母ちゃんの迫力がでっかい子猿君をコントロールしてきたんだと悟った。
「ああ、心優さん。すぐそばで大声を出してごめんよ……」
 またゴリ母さんがらしくない申し訳なさそうな顔。逆に心優が気の毒になってしまうくらい……。
 これは本当に。息子の彼女にこんなに気遣うなんて。前にそれほどのことがあったのかなと思わずにいられない。
 でも。かわいい甥っ子の二人が、あの時のかわいいお猿な笑顔で並んで出迎えてくれる。
「ユキ君、ナオ君。お邪魔します」
「俺達もメシの準備一緒にしたんだ」
「おいでよ。一緒に食べよう」
 二人が心優の手を持ってひっぱった。身体はおっきくて大人並みなのに、まだこういうところ子供なんだなあとそのギャップにまだ戸惑う。
「おら! なにやってんだよ!! お姉さんに気易く触るな!!」
 今度の怒声はゴリ母さんじゃない。玄関を上がってすぐのドアから、エプロンをした茶髪の女性が飛び出してきた。
「うわ、母ちゃん」
「って。俺達、別に心優さんに触ったわけじゃあ……」
 また心優は驚きで固まっている。花柄のワンピース、きれいなメイクに、バレッタで器用に束ねた素敵なヘアメイク。お洒落なママさん。そして、ゴリ母さんにそっくり!
「姉ちゃん、その声、なんとかならないのかよ。心優がびっくりしているだろ」
 二人分の荷物を運んでいた雅臣が遅れてやっと玄関に現れた。弟の窘めに、お姉さんも途端に恥ずかしそうにして頬を染めている。
「あ、いけない……。おっきな声出さないっ注意していたのに……」
「真知子お姉様ですか。初めまして、園田心優です。本日はお招きありがとうございます」
 初めてのお姉様に、心優は深々と頭を下げる。
 なのに。迫力のあるお姉様は、心優の目の前に来るとスッと正座をして手をつき、なおかつ床に額が着くほどに頭を下げたのでびっくりしてしまう。
「初めまして。雅臣の姉、そして双子の母親の真知子です。先日は息子二人が多大なるご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」
「や、やめてください。お姉様……。先日のことはわたしではなくて、上官である御園がすべて丸く収めてくださったことですから」
「双子からも聞いております。とてもよく面倒を見てくださったと。お姉さんのようだったと、楽しかったと……。お土産まで持たせてくださいましてありがとうございます」
 えー、こんなつもりで来たんじゃないのに。でも……。あの騒ぎを子供達が起こしちゃったら、母親としてこうしないと気が済まないのかなとも思うし、どう答えていいか心優はわからなくなってしまう。
「姉ちゃん、やめろって。双子のことは葉月さんが収めてくれたんだし、心優にそんなこと許してもらう筋じゃないだろ。まあ、心優が双子を可愛がってくれたのは確かだけれどさ」
 雅臣がやっと割って入ってくれた。そこで真知子お姉さんもやっと顔を上げてくれる。
「わたし、兄貴二人がいる末っ子なので、お姉さんができると思って嬉しかったんです。……あの、今日のヘアメイク素敵ですね……」
 自分でしたならば、かなり手慣れていると心優は思う。でも、そう伝えると真知子姉さんがやっと笑顔を見せてくれる。
「こういうことするの好きなんだよね。うん、良ければ教えるよ。心優さんみたいにショートカットでもいろいろできるよ」
「ほんとですか。軍だからお洒落なんてと思っていたんですが、准将のお供で時々私服になることもあったり、アメリカキャンプでパーティーがあったりして、お洒落なんてしたことなかったから疎いんです……」
「だったら。私に任せて!」
 うわ。ほんとうにお姉ちゃんができちゃったかも――と心優も嬉しくなってしまった。
「ほんと。沼津の実家に帰ると、男臭くてだめなんです。嬉しいです、わたし!」
 どうぞ、あがって。やっとお姉さんも、気さくな笑顔を見せてくれたので、心優もホッとする。
「ごめんよ。うちの旦那、今日も仕事が入っちゃってさ。夜遅く帰ってくるんだけど、心優さんには絶対会いたいし会わせたいから、後でね」
「そうでしたか。わたしも滅多に小笠原を出られないので是非、今回お会いしておきたいです。お待ちしております」
 ゴリ母さんも娘と息子の彼女が打ち解けられそうだと安心したようで、にっこりと微笑んで心優を上がらせてくれた。
「父さん! どこにいるの。雅臣と心優さんが来たよ!」
 また真知子姉さんの大声が響いた。
「もう、また祖父ちゃんが行方不明かよ」
「すぐにどこかに消えるよな」
 双子もリビングを覗いても見かけないお祖父ちゃんがどこにいるのか廊下に出てきてキョロキョロ。
 すると。階段の下にある物置のような小さなドアが急に開いた。
「あー、やあっと見つけたよ。これこれ……」
 白髪に眼鏡のひょろっと、でも長身の男性が小さなドアから出てきた。
「お父さん。またそこにこもっていたの。心優さんがいらっしゃったよ」
 娘の声に、眼鏡をつまんだ男性がこちらへとじいっと目を懲らした。
 え、あれが……。臣さんのお父さん? え、ゴリ母さんの旦那様??
「これ。今日はこの気分だったんだよ。これを心優さんと一緒に聞きたいなあと思ってね」
 何故か、そのひょろっとした白髪のお父さんが、にっこりと古びたレコードのジャケットを心優に差し出している。
 また雅臣が隣でふうっと溜め息をついている。
「父さん、ただいま。いまはそれじゃないだろ。もう……相変わらずマイペースだな。こちら、俺が結婚をする、園田心優さん。基地では中尉で、御園准将の……」
「小笠原空部大隊長准将室、御園准将の護衛官をしている、園田心優中尉殿。空手家、元全日本代表選手団所属で、最高三位の実績。ご実家は沼津で、お父上は横須賀訓練校の格闘教官。上のお兄さんは櫻花日本大柔道部のコーチ。心優さん自身は、先日の巡回航海任務の功績にてシルバースターの功労あり」
 ロボットが記録を読み上げるようにキビキビとお父さんが答えた。その顔が、その顔が、すっごい鋭い目になった凛々しいもので、心優はひやっとした。
 なのに。心優を見ると、またにっこりとした穏やかそうな眼鏡の白髪おじ様の顔になる。
「いらっしゃいませ、心優さん。雅臣の父、雅史(まさし)です」
 うわー、うわー。お父様は、インテリっぽい。なにこのギャップ?? でも、でも、豪快なパワーはゴリ母さんから。臣さんが秘書官としてキビキビ計算していたところ、お腹になにかを隠して手際よく立ち回っていたのはこのお父様譲りなんだって納得した。
「お父様、初めまして。園田心優です。本日はお邪魔いたします」
「よく来たね。これ、一緒に聴こうね」
 差し出された古いレコード。そのレコードは『Electric Light Orchestra』。そのレコードに収録されている一曲をお父さんが指さす。
「これね。これを心優さんと雅臣がいる時に聴きたいなあと今朝からね」
 その曲は『Xanadu/ザナドゥ』。
「あ、これ……。御園准将が航海中にヴァイオリンで弾いてくれたことがあります。わたしも、好きです」
「ほう、知っていたんだね。なるほど、あの准将さんもいろいろ知っているとみた」
「アメリカで過ごした帰国子女なので、洋楽もいろいろ知っています。この頃の曲は、葉月さんから教えてもらったみたいなものです。あ、雅臣さんも良く聴いていて……」
 そこで心優はやっと気がつく。臣さんがいろいろ洋楽を知っているのも、いまも好んで聴いているのは……そっか、これもお父様とお母様の趣味の影響だったわけ! やっとわかった。
「アサ子、これかけてくれ」
「あいよ。ってかさ、私は今日はばーんとシンディ=ローパー……」
「アサ子の趣味は今日はいいの。まあ、あとで新しい娘になる心優さんに、おまえの好きな曲を教えてあげな」
 あのでっかい奥さんを、ひょろ長い旦那さんがレコードジャケットで頭を軽くぽけっとはたいた。でもゴリ母さんより背が高いから、これまた頼もしい男性に見えてしまって不思議な光景??
 ゴリ母さんがかわいい女性に見えたし、ひょろ長いお父さんは頼もしい旦那さんに見えた。
 ああ、でも二人揃って長身なのね。だから臣さんが、こんなこんな……。
 雅臣の実家にやってきて、心優はこのお猿さんがどうやって出来上がったのか目の当たりにしてちょっとくらくらしてきた。
 でもすっごい素敵なお母様とお父様にお姉様! 豪快そうだけれど、繊細そうで。
 というか、お父様が『御園大佐』ぽく見えちゃったの気のせい??? 強い女性の、しなやかな旦那様って感じ……。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 夏の夕風が優しく入る大きなリビングで、焼き肉パーティーが始まった。
「えー、私はさあ、Backstreet Boysがいいよ」
 と真知子お姉さん。
「俺達は、アブリル、」
「Avril Lavigneだよな!!」
 と、ユキ&ナオのイマドキ双子。
「Bon Joviも聴きたいなあ。AQUAも聴きたい」
 いろんな時代もけっこう守備範囲の臣さん。
「いやいや、次はDavid Bowieのブルージーンだ」
 そして、懐かしどころを厭わずつっこんでくるお父さん。
 なのに。娘に息子に、孫達が『おー、いいじゃん。聴きたい』と丸く収まってしまう不思議な光景。
 そしてそれをサッと取り出しちゃう、ゴリ母さんが、オーディオにセットしちゃう。
 うわー。この曲も臣さんが官舎で聴いていたから知ってる! 私も好き! と心優ものってしまう。
 開け放している窓から夏の夕風。年季が入っているフローリングだけれど、丁寧に手入れをされてきた味わいがあるリビング。大きなテーブルにずらっと並んだ焼き肉の材料を、三つのホットプレートで次々と焼いていく。
 焼き肉を豪快に食べつつ、お祖父ちゃんを中心の音楽の話で盛り上がる城戸家の風景に、心優もすっかり馴染んでしまった。
 お酒もちょっぴり頂いて、気分もついつい良くなってしまう。でもゴリ母さんはお酒は全く呑んでいない……。
「あーあ、もうビールがなくなっちゃった。取ってこようかな」
 お姉さんの飲みっぷりは豪快そのもの。彼女が席を立った。
「母さん、もうとうもろこしないのかよ」
「俺はソーセージもっとほしい」
「はあ、もう食べちゃったのかよ、あんた達は〜」
 息子二人が餌を求める小鳥のように、席を立ったお母さんにあこれこ要求。ほんとうに小鳥のようで心優はそっと笑ってしまう。
 そのままエプロンをしているお姉さんがリビングの向こうにあるキッチンへと入っていったので、心優はそっと追いかけた。
 キッチンのドアも開いていて、心優がそこを覗くと、真知子姉さんが冷蔵庫を開けているところ。
「お姉さん、お手伝いありますか」
 既に私服に着替えていた心優がキッチンにいるのを知って、彼女が驚いた顔をする。
「いいよ、心優さんはお客様なんだから」
「あの、アサ子お母さんが呑んでいないのが気になって……」
「ああ。あの人はいつもバイクに乗れるようにって滅多に呑まないよ、酒よりバイク。酒より音楽って人だから」
「そうでしたか。本当にバイクがお好きなんですね」
「うん。私や雅臣が生まれる前から乗っていたからね。私達姉弟がもの心つく前にぼんやり覚えている若い母さんだってバイク乗ってる母さんだからねえ。だから気にしなくていいよ」
 それならいいんだけれど……と心優もホッと微笑むことができた。
「母さんのこと、気にしてくれて、ありがとね」
「いいえ……。お母さんのことだから、なんとなく。みんなを守るためにそうされているような気がして。基地に来られた時も、雅臣さんのことも、双子ちゃんのことも、心も身体もめいっぱいつかって守ろうとした姿を見たものですから」
 その時の母親としての心苦しさを思い出してしまったのか、真知子お姉さんが飲もうとしていたビール缶をキッチンにあるダイニングテーブルに置いてしまった。
 あ、双子ちゃん家出の話はしない方が良かったのかなと心優は後悔してしまう。
「時々、あの双子は思わぬことをしてくれるんだよね。あのように無邪気で、体は大きいけれど、まだまだかわいい男の子なんだけれどさ」
「わかります。確かに思わぬことが目の前で起きて、わたしもびっくりしましたけれど。素直に謝って、素直に自分たちがしたことが悪いならそれを受け入れるという真っ直ぐな姿勢がまわりの大人達、隊員達が、すぐにこの子達は悪気はなかったんだ。かわいい子供のようなものと感じさせていたところはあります」
「でもね。だからって子供だからと許されるのもあと数年だよ。思わぬことを引き起こして、他人様に迷惑をかける、または組織に迷惑をかける。そこがどうしても母親として防げることができなくてね……。今回、ほんっとに心底そう感じたよ」
 そんなことが何度も? 母親としての真知子の苦悩する表情を見てしまった気がして、心優はなにも言えなくなる。
「そんな息子が、規則で厳しい軍隊なんかとんでもないよ。また雅臣に迷惑かけるに決まっている。諦めさせたいんだ……」
 う、どうしよう。これって、心優が首を突っ込んでいい話じゃないかも。いくら弟の嫁でも、ここは真知子お姉さんの家庭の問題?
 心優は迷った。でも、だったらどうしてお姉さんはこんな話を心優にしているのだろう。だから思い切って。
「思わぬことをするって……。うちの御園准将も、かなりのものですよ。おもわぬことをするから、ご主人の御園大佐と、連隊長のお二人がかりで手綱を握っていると基地で言われているくらいです。それぐらいの人材も軍隊では必要です」
「え、あの、お嬢様だとかいう隊長さんが?」
 そうだよね、そう見えるよね。わたしもそうだったよ――と心優は『お嬢さん隊長様は、男達を突風の目に巻き込んで動かしちゃう魔風の女』なのにと苦笑いしてしまう。
「見かけはお嬢様ですけれど、元パイロットですよ。雅臣さんだって恐れるくらいの行動をされる女性です。女性……と言いたくはないです。あの方は、ほんとうに根っからのネイビー。その方が、雅幸君と雅直君になにかを見出しているのは確かです。それどころか、とんでもないことをするお嬢ちゃんだと手綱を握っている連隊長だって、双子ちゃんになにかを感じて心を動かされたぐらいです。とんでもないことをするかもしれません。でも、軍隊でなくても。きっと双子ちゃんはスケールの大きなところで力を発揮できるんだと思います。いまだと、ちょっと枠が小さいのかもしれないですね」
 なんて……。思ったことを、ついに心優は言い切ってしまった。初対面の、しかもお義姉様に生意気いっちゃったかな……。恐る恐る真知子姉さんを心優は窺う。
 やっと彼女が缶ビールを手に、プシュッと栓を開けた。
「そっか、枠が……か。でも、雅臣の迷惑にはなりたくないんだ。それでなくても……、あいつ、飛んでいる時だってお国のために身体はって、外国の敵機と張り合ってきたんだろ。身体だって望んでいない形で壊しちゃってパイロットを諦めてさ。やっとやっといまの仕事に戻れたんだろ。そんな……」
「既に。手に負えない悪ガキを受け持っていますよ。その悪ガキパイロットさんが葉月さんの元に来た時は、それはもう言うことを聞かなくて、規則破りの飛行をしたとか大変だったらしいです。そういう男達を葉月さんは束ねていますし、雅臣さんだっていまその悪ガキパイロットを受け持って、エース教育をしているぐらいです。そんな双子ちゃんだけじゃないですよ。そういうエネルギッシュな才能も必要なんです」
 迷っているんだ。そう思った。だから、心優はもうひとこと付け加える。
「軍隊には、ユキ君ナオ君のような男達はごまんといます。大喧嘩をして処分を喰らう男なんて、珍しくないことです」
 彼等だけが問題児というわけではない。そういう男達が組織の中で学んで、軍人という男に育っていくもの。心優はそう言いたい。
 彼等が特別ではない。そう聞いた義姉の表情がふと我に返ったように変わったのを心優は見た。息子達のような男達はいっぱいいる。そんな男達でもそこで大人になっていくもの――。
「体力と忍耐、そして志がものをいう現場です。おいそれと務まるものではありません。それ以上に、パイロットはなりたくてもなれるものではありません。これこそ恵まれた『素質』があってこそ。弟の雅臣さんはその男達の上に立つ兄貴であって、大佐です。いまでも皆が憧れる『ソニック』はエースでヒーローです。そんな大佐のお姉様が育てられた甥っ子のユキ君とナオ君にその素質があってもおかしくはないし、叔父さんとおなじ性質がすでに備わっているのは当然のような気もします」
 ついに真知子義姉がうつむいて、黙ってしまう、すごく難しい顔をして、ビールを一口飲んだ。
 そこで心優ははっと我に返る。
「も、もうしわけありません。なにも知らないのに……、生意気を申し上げました」
 深々と頭を下げた。ただ、ただ、ユキ君とナオ君はそんなに悪くはない。いっぱいたくさんの可能性を秘めている男の子達だと言いたかっただけ。
「ひょろっとして、本当に護衛官?」
 ビールをさらに煽った真知子姉が、にやっと心優を見た。今度は心優がヒヤッとする。うわー、どうしよう。生意気を言って、だいぶ年上のお義姉様の気分を害して、第一印象台無しじゃないこれって!? と焦った。けれど。
「と、思っていたんだけれど……。うん。雅臣が惚れたのもわかった。そりゃ、あのお嬢様飛行隊長の護衛官だもんね。肝すわってるわ」
「は、はあ……。あの、ですが……」
「あのユキとナオをそういってくれて受け入れてくれるなんて、安心したかな」
 ん? 安心した? 双子ママさん、どういう心境でそう言ってくれているのか。心優は首を傾げる。
「結婚する弟の婚約者に、『前のカノジョさん』のことは話したくないんだけれどさ……」
 さらにビールを飲むお義姉さんが、また深い溜め息をついてうつむいた。
 でも心優はドキッとしつつも、心の中では『聞きたい』と騒いでいる。だって。ゴリ母さんがあんなに気遣うのもきっとその時のことが原因だと思っているから。
「アサ子お母さんなんですけれど。すごくわたしに気遣ってくださるんです。もしかして、以前……、その、雅臣さんがおつきあいしていた……えっと、雅臣さんの補佐だった中佐殿の奥様……」
「え、そこまで知ってんの。心優さん」
「いろいろと。たくさんの方達から聞きかじって知ってしまったといいましょうか」
「……実はさ。雅臣がカノジョに嫌われたのって、うちが原因なんだよね。きっと」
 それは雅臣もなんとなく感じていたようだけれど、だからってなにが原因だったか雅臣ははっきりわかっていなようだった。でもお義姉さんはわかってる?
「うちの双子なんだよ。原因は……。そういうこともあって、もう、あの双子がきっかけで事態が変わっちゃうなんてことはしょっちゅうなんだよ」
 双子ちゃんが原因? なんだか、彼等なら思わぬことやっていそうで、だったらその時なにがあったのかと心優の方がドキドキしてきてしまった。
「な、なにがあったのですか」
 それが原因。この家族が、アサ子お母さんがあんなに気遣うのも、真知子お義姉さんが双子を外に出すのは心配と案じて自信がなさそうなのも?
 すると、真知子義姉が、制服からボーダーのカットソーに黒いスカート風のパンツに着替えている心優を見た。
「カノジョさんね。はじめてきた時、うんと清楚で素敵な真っ白なワンピースで来たんだよね」
 ……わたしもワンピースにしようかなと思った心優だったけれど、何故か雅臣が『ラフな格好なほうがいい。きっと気取らない食事になるはずだから』と言ったからそうしただけ。
 でもカノジョさんの気持ちわかる。お嫁さんになるかもしれない彼の家族に会うなら、そういう女性らしい綺麗な格好していきたいよねと。
「こんなふうに家族で食事をすることになって。その時は『寿司』を母さんが奮発して頼んだんだ。あの双子がいまよりガキだったもんでね。落ち着きなかった。お客様がいるのに暴れて、喧嘩して、はしゃいで。うちにしてみればいつもどおり。カノジョさんもかわいい、元気な男の子と笑って見ていてくれたんだけれど。度が過ぎた取っ組み合いをするもんだからさ。とうとう双子がテーブルの上にあった食器をいくつもひっくりかえしたんだ。で、その時、カノジョさんの真っ白なワンピースに醤油がね……」
 あああ、やりそう。あの双子ちゃん達、やりそう。もう心優にも小さな頃(でもビッグサイズ児童)が小笠原にいたあの調子で場をひっくり返したのが目に浮かんでしまう。
「それを、またうちの母さんが、もんのすごくテンパっちゃって。ごしごし拭いたら広がっちゃって、もうどうにもならなくなったんだよ」
「そ、それでどうなったのですか……」
「日帰りで来ていたからさ。着替えなんてないの。母さんと雅臣が適当に着替えの服を買ってきたんだけれど。それが、ダサくってさ。私が行けば良かったのに、私は私で子供達がやったことでこれまたテンパっちゃって考え及ばなくて……。そのダサイ服をカノジョさんは笑顔で着替えて帰っていたんだよね。まあ、その時じゃないかな。なんか合わないなとカノジョが思ったのも、ほんとは雅臣自身もすごく気遣っていたからそこで我に返って冷めちゃったのかもね」
 凄く気を遣っていた。綺麗な女の子に弱かった臣さんの姿も、心優には目に浮かんでしまう。
 でもカノジョさんは、たまたま……元カレ臣さんの部下だった塚田中佐に恋をしてしまった。その禊ぎとして、事務官の仕事を辞めてしまい家庭に入ったのだと思う。そこから、塚田さんにも臣さんにも邪魔にならないようひっそりと息を潜め公には派手にならないように徹している気がする。
 それだって臣さんへの思い、ご主人になった塚田さんへの愛だと、心優はそう感じている。
「たまたまそうなっただけです。それで、それが二人が本当の姿を見直すキッカケになっただけかもしれません。ユキ君ナオ君のせいでも、お母さんのせいでも、お姉さんのせいでもないと思います」
「そっかな。ずっとね、過ぎたことだと忘れようとして、でも今回、雅臣がまた恋人を連れてくるとなってずしっと思い出してね。それなのに。あの双子ときたら、私に内緒で、勝手に小笠原に行って、そこで雅臣の上官である准将さんに迷惑をかけて、しかもその准将さんの護衛さんが雅臣の婚約者の彼女でこれまた迷惑を!!! って気が遠くなっていたんだ……」
「……びっくりはしましたよ。ほんとうに。でも、御園准将に驚かされることに比べたら、ユキ君ナオ君はまだまだかなって……かんじ、です」
 いや滑走路進入はたしかに度肝を抜かれたし、あのミセス准将が大慌てで駆けつけるなんて滅多に見られないものも見せてくれたけれど? と心優も最後はちょっととぼけ気味に答えてしまう。
「あはは! あの双子の騒ぎがまだまだって! なんかそのミセス准将さんって隊長さんに会いたくなった!」
「アサ子お母さんとも気が合うようでした。真知子さんとも気が合う気がします。准将も双子のお母様に一度お会いしたいと言っていたので、真知子さんも今度は双子ちゃんと一緒に小笠原に来てください!」
 きっときっと准将も喜ぶだろうと、ついつい笑顔で誘ってしまった。
 すると、真知子義姉がニヤッとした笑みで心優に缶ビールを差し出した。
「飲みなよ。義姉妹の乾杯しようよ」
 って、なんでそんな仁義っぽいのと心優も笑ってしまう。
「では。いただきます」
 せっかくだからと、普段は飲まないようにしているお酒も今日は解禁。心優も遠慮なく手にとって栓を開け、お義姉さんと乾杯をした。
「心優さん、『スケバン』て言葉、知ってる?」
「はい。真知子お姉さんと、上の兄が同世代ですから。兄が持っている漫画とかで……」
「私、それだったの」
 ギョッとして、心優は真知子義姉を凝視したまま固まってしまった。こんなこんな、海外のお洒落なビッグママという感じのお姉さんが……。あのスケバン!?
「雅臣は普通の男の子だったんだけどさ。私はやんちゃでね」
 ああ、そう言えば。ゴリ母さんが『やんちゃだったのは娘の方』とか言っていたのを心優は思い出す。
「言ってみれば、その准将さんも『スケバン』じゃん。会いたくなったわ。ほんとに。あの双子をどうしつけてくれるのか見たくなった」
 あれ、もしかして。軍隊に預ける気持ちがすこしできたのかな。心優はそう感じてしまった。
「母さん、とうもろこしないのかよ」
「ウインナー、ウインナー!!」
 痺れを切らした双子がキッチンへと声をあげて、ついにこっちにやってくる姿が見えた。
「ちょっとさあ。雅臣叔父ちゃんもそこにいたなら、母さんに声かけてよ」
「なんだよーさっきから、キッチンに入ればいいのにそこにずっといてさ」
「いいだろ、入れなかったんだよ!」
 キッチンの入口にいたのは双子だけではなく、そのドアの影からひょっこり雅臣が出てきた。とってもばつが悪そうな顔をしている。
 そこで心優と真知子義姉は顔を見合わせる。女同士の話を聞いていたのだと。
「まったく。もう。まあいいや。これで雅臣も安心しただろ。私と心優さんはもう姉妹だよー」
 逞しいゴリ母さんのような太い腕を心優の肩に回して、ぐっと抱き寄せてくれた真知子お義姉さん。
「俺もビールくれよ」
 滅多に飲まない雅臣も缶ビールを冷蔵庫から取り出した。
「姉ちゃん、ありがとな。その、これまでもいろいろ……」
「は、なにいってんだよ。かわいいお嫁さんじゃん。しかも強いみたいだし」
 そのお義姉さんがちょっと涙ぐんだので、心優と雅臣はそろって驚いてしまう。
 でも真知子姉さんも次には微笑んで、二人に缶ビールを掲げてくれる。
「結婚、おめでとう。結婚式が楽しみだよ」
 俺も俺もと、大きなママのそばに、お猿な双子もまとわりついて、キッチンの方が賑やかになってしまう。
 リビングからはあの思い出の曲が。Bruno Marsの『Just The Way You Are』が流れてきた。

 

 夏の夕暮れは長い。洋楽が途切れない和やかな食事を終え、これまた美味しい珈琲をお父さんが淹れてくれる。
 その珈琲が出そろった頃、城戸家の綺麗に片づいたテーブルにそれが置かれた。
 雅臣と心優が並んで座っている向かいに、城戸のお父さん、アサ子お母さん、真知子お姉さんが並んでいる。お母さんの隣に双子も今日は大人しくきちんと座っていた。
 城戸家の家族へと、雅臣がそれを差し出す。
「婚姻届。ここで書くから見届けて欲しい」
「わかったよ、雅臣」
 雅史お父さんが怖い顔になる。それだけ真剣ということだった。
 雅臣がついにペンを手に取った。
 心優はもうドキドキ。妻の欄に、ついにわたしも名前を書く時がやってきた。

 

 

 

 

Update/2016.10.23
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