3.フロリダから

第四中隊・本部室入り口、すぐ側のデスク。

『門番』と言われている金髪の青年は、本日も意気揚々…

自前のノートパソコンと業務用端末を繋げてつつがなくお仕事。

「あー。コーヒーでも入れようかなぁ…。」

「お!ジョイ。俺にも入れてくれ♪」

隣の席で、大きい図体でさも当たり前に言い出した先輩を

ジョイは『ジロリ…』と冷ややかな眼差しで見つめ返す。

「もう…。どうして山中の兄さんはそうして俺をこき使うわけ?」

「いいだろ?ついで♪だってお前が入れるコーヒー美味いモン。」

「ハイハイ。俺は少佐。兄さんは中佐。当然だよね〜。」

ジョイは、致し方ないため息をつきつつも…

『美味いコーヒー』を入れると言われて内心は無邪気に喜んでいた。

席を立ち上がろうとした時だった。

ジョイの机の上にある電話が鳴る。

『ああもう!』

本部にかかってくる電話の一番の取り次ぎ役は自分に任されていた。

そうでなければ、山中が…。

後輩や、大尉以下は英語しかしゃべれない者もいるので

二カ国語がいけるジョイが特にこの役を任されてしまったのだ。

ジョイは『コーヒーぐらい入れさせろよ!』と心で叫んで

にこやかに受話器を取る。

どうやら…内線ではなく『外線』のコール音。

なおさら…気構えて極上の笑顔を浮かべて声を出す準備。

先ずは…ここは日本。日本語でご挨拶。

『お世話になっております。小笠原・第四中隊本部。フランクです。』

日本語は葉月から教わった。逆に英語はジョイが葉月に教えた。

二人で話しているうちに、上手い具合にお互いの国の言葉を

『共通』にしてきたのだ。

その流ちょうな日本語に、山中もニッコリ眺めていた。

しかし…

「え…た…た…」

言葉巧みなジョイが言葉を噛んでいるので山中は横でいぶかしむ。

眺めていると、ジョイは何を思ったのか、すぐに保留ボタンを押したのだ。

「なんだよ?どうしたんだよジョイ?」

山中も営業上手の後輩が顔色を変えているので思わず立ち上がる。

「どうしよう!兄さん!」

「だからなんだ!?」

「た…達也兄から電話!お嬢に代われって言うんだモン!」

「達也から!?」

昔の仲間からの急な連絡。

それも…本部にかかってきた。

山中も一緒になって驚いた。

「なんだよ?今になって本部にいきなりかけてくるなんて…」

「お嬢は今訓練中だよ?それに取り次いで良いの?悪いの?

この場合は、『私用』って事だよね!?」

「しょうがないな…。」

そこはまだ24歳の若い青年。

仕事は良くできても、人間関係の対処は年上の山中が上である。

ジョイのうろたえに、業を煮やして山中がため息ついて受話器を取る。

「おう。久しぶりだな。達也。」

『兄さんか…。元気かよ?』

相変わらずの生意気口調に山中は苦笑い。

「お嬢は訓練中だ。」

『相変わらず…午前中訓練か…。解ってはいたんだけど。

だったら…帰ってきた頃またかけるよ。』

「うちの隊長に用事があるなら、俺が取り次ぐ。何だ?」

『………。手厳しいな。ずいぶんとガードが堅いじゃないか。』

「私用の用事なら、お嬢の自宅に連絡しろ。」

『兄さんも…相変わらず律儀でお堅いなぁ。』

「将軍付きの側近なら、それぐらいの常識はあるだろ?」

『ハイハイ。そうしたいところだが。何となく見えてね。』

「見える?」

『ああ。葉月が新しい側近とか言う男と暮らしているんじゃないかって。

そこへ連絡をするのは、気が引けるって事。そうなんだろ?』

そこは、『元・パートナー』の勘とも言うべきかと山中は一瞬言葉を止める。

『やっぱりな。そうだろうと思った。』

達也の声のトーンがやや落ちる。

その少し切なそうな声。そして…一瞬の隙を、

年下の後輩に読みとられて山中は益々言葉を失う。

だが…。気になることがあったのでこの際、山中は問いただしてみた。

「もしかして…フロリダでは『噂』に?御園中将はどうしている?」

『別に。噂もなければ、親父さんも取り立てて変わっちゃいないよ。

強いて言えば、登貴子博士が時々気にしているぐらいだよ。』

「お嬢のおふくろさんが?」

『ああ。俺には別れた娘の話は『タブー』と思ってしないみたいだけどな。

親父さんの稽古に出ることもあるし…。出来た人たちだからな。

過去の事なんかちらつかせずに、俺のことは一隊員として接するだけ。

親父さんに『側近がついたようで良かったですね』ってカマかけても

『御園という中佐は知っているが娘が何をしているかは知らない』って

いつもの調子さ。おふくろさんは、やっぱり母親なのか…

『ちゃんとやっていると良いのだけれど』ぐらいは漏らすけどね。』

『ふーん』と…山中は隼人と共に『兄貴』として守っている手前、

彼女の両親の反応に思わず聞き入ってしまい…

横で『ナニナニ!?』と袖を引っ張るジョイにハッとして気を改める。

「とにかく…私用なら、かけにくくても、自宅にしてくれ。じゃぁな。」

『冷たいな。俺だって、ここに私用で連絡することはいけないと

解っている上で、葉月と話したいって言っているんだ。

とにかく…『中佐』としても話しておきたいことが…。』

「その手には乗らない。」

『…………。』

受話器の向こうで、生意気だった後輩が急に声を出さなくなったので…

人がよい山中だからこそ…躊躇した。

『頼む。マジで…アイツに言っておきたい事があるんだ。

あいつが訓練から帰ってきたら、アイツに知らせなくてもいい。

俺からもう一度かける。その側近に感づかれないよう取り次いでくれ。

今更…葉月とその男の邪魔しようだなんて思っちゃいないよ。

それでも…葉月と話したいんだよ!頼むよ!兄さん!!』

元は、まだ小さな部隊だったこの『御園隊』を一緒に支えてきた仲間。

その仲間が、諸々の事情の『非常識』を解っている上で切実に訴えている。

山中の心も『グラリ…』と、揺れる。

それに、彼は『隼人』の邪魔をしないとも言っているのだ。だから…。

「解った。日本時間の13時頃、俺・『山中宛』にもう一度連絡してくれ。」

『サンキュー。兄さん。恩に着るよ!』

達也のホッとした声に、山中も安心したが

葉月と隼人には『不義理』をしてしまったような複雑な心境。

ところが、ホッとしたのか受話器の向こうの達也がポツリと呟いた。

『実は…俺、任務に出るんだ。』

「え?将軍の指揮補佐で?」

将軍付きの『側近』となると、現地へのお供かボディーガードだ。

『いや。特殊部隊に混じって、本戦。』

「どうしたんだよ?将軍付きの側近が出る幕じゃないだろ??」

『いや…訳あってね。だから…出かける前に葉月と話したくて…。』

「何かあったのか?」

達也の並々ならぬ電話の訳が何となく解って山中もおののく。

『それは…フロリダ側の人間としてここでは言えない。』

それはご最も…と、山中もそれ以上は『島』の人間として聞けなくなった。

『じゃぁ。数時間後』

「ああ。」

そこでお互いに、電話を切った。

「ナニナニ!?」

ジョイがまだうろたえて、山中をつつく。

「ああ。達也…任務に出るんだってさ。その前にお嬢と話したいって。」

「任務?ブラウン将軍が指揮で?」

ジョイの反応も、山中と一緒だったが…

「みたいだね。」

ジョイがこれ以上うろたえると面倒くさいので

『兄さん』はそんな風にして誤魔化しておく。

「将軍付きの側近なら任地に出向いても危険じゃないジャン。

そんなに神経質になって『昔の恋人』と話したいって何?」

そこは、勘が良いお坊ちゃんなので山中も苦虫をつぶす。

「さぁね。俺だって不思議で解らないよ。」

達也の思い詰めた連絡の訳は解った。

本戦で特殊部隊に混じると言うことは戦闘の最前線をゆくこと。

命を簡単に落とす事もあり得る。

だから…出かける前に忘れられない女の所に連絡をしてきた。

その気持ちは、達也と同じ『陸官』の山中には良く解る。

だけれども…その将軍付きの『側近』という優雅な地位に就いた

元・仲間が突然『本戦』に参加する成り行きについてはかなり不思議だった。

何はともあれ…そうゆうことなら…

出かける前に、話したい相手に取り次ぐことは…。

同じ『陸官』として山中は同調せざる得なかったのだ。

山中は、ふと・すぐ後ろの『中佐室入り口』の鉄扉に振り返った。

(許してくれよ。隼人…)

いま・鉄扉の中で、一人仕事をしているだろう同い年の仲間に詫びていた。

「ただいま〜♪おなかいっぱい♪」

近頃・明るくなった葉月が調子よく本部に戻ってきた。

本部に入るなり…目の前の補佐二人が葉月を見て

表情を強ばらせたように感じたので、葉月は首を傾げた。

「なに?」

『別に?』

金髪の弟分と、五分刈り無精ヒゲのお兄さんが口を揃えたので

『??』といぶかしみながら、中佐室に戻る。

「あ。お帰り。じゃぁ…俺、昼飯に行って…

今日は、源チームの補助して、その帰りはロベルトと話し合い。

空軍ミーティングの時間には戻ってくるから…。

管理の指示は、皆に振ってあるから何かあったら宜しく中佐。」

葉月と入れ替わりで、隼人が忙しそうに出かける準備を始める。

「ねぇ?何か連絡あった?」

「別に?何かあったらジョイが報告してくれるだろ?俺は何も受けていないよ?」

「そう?なんか…外の二人の様子がおかしかったような気がして?」

「そう?取り立てて…変わったことはないよ?

そう言えば、最近『お小言内線』減ったな…。」

『山本』の事を思い出させたくないので、隼人はそれ以上は言わなかったが…。

葉月が中心になって『空軍管理改革』を行った勢いで

山本が岩国という外の基地に飛ばされた。

あまり調子に乗って『お嬢さん』をいたぶると、

御園中佐は、真っ向から正統なやり方で向かってくる。

それが、どうやら知れ渡ったようで、畏れをなして、

今までたいしたことないことで、

『お小言』を投げかけていたオヤジが減ったのだった。

隼人は、心で『ざまーみろ♪』と、爽やかな気持ちでいたところ。

後は、本当にこちらの本部員に不手際があったという

『真のお小言内線』しかかかってこなくなったぐらいで

そうゆうことなら、致し方ないこと、キチンと対処するまでだった。

その内線が減ったので、余程の事がないと

ジョイも側近の隼人には葉月留守中の内線は取り次がない。

「隼人さんが来てくれたから…女一人と思わなくなったからじゃないの?」

「またまた。そんなに持ち上げても何にも出ないよ!」

葉月が、思い切って改革をしたから…と言うのは言うまでもないのに…。

そんな謙虚さで、男の隼人を立てる葉月に、つい『天の邪鬼』で照れる。

「あら?持ち上げておいたら…今日のデザートは何かしら〜♪」

葉月の調子良さに、隼人はシラっとした視線を投げつける。

「お調子モン。」

「ふふ♪」

元気良く、明るい笑顔で中佐席に座り込んだ葉月を見て

隼人も結局はその『無邪気さ』に適わなくなって笑っているのだ。

「あ。隼人さん?今日ね?カフェテリアで『老先生』とお話たのよ。」

「へぇ?なんて?」

「『中佐は良い子を見つけたね』って言われちゃった♪

『通信科』にいないのが惜しいくらい、

知識が豊富だねって先生言っていたわ!」

「ふーん。別に…俺、戦闘機が好きだから空軍でいいよ。」

先日の『澤村精機の息子だろ?』が心に引っかかっていたので

せっかくの『老先生』のお褒めもやっぱり素直に受け取れなかった。

『もう。嬉しくないの?ズレているんだから…』

葉月が呆れたため息をこぼす。

「ズレていて結構。葉月はそこに惚れてくれたんじゃないの?」

「…。なにそれ…。」

隼人の『ニヤリ』に葉月も急に頬を染めて、照れているのか黙り込んでしまった。

いつものやりとりも程々に、隼人は出かける。

『行って来ますー。』

『行ってらっしゃーい♪少佐!』

いつも通り、葉月に見送られて隼人も『外勤』に出かける。

葉月が言ったことが気になって、隼人は中佐室を出て

前に並ぶ補佐二人を見つめた。

「ジョイ?何か連絡あった?」

すると…ジョイが背筋をピン…と急に張ったように思えた。

「え?別に?何も?」

振り返った青い瞳が、妙に苦笑い。

(あれー?葉月が気にした通りだなぁ?)

「兄さん?何かなかった?」

「別に?何かあったら言う。」

こちらは落ち着いた返事が返ってきた。

その同い年の山中の反応を見て…

隼人は「そぉ?」と一応安心をして、本部の外に出た。

隼人が出た後…。

「ジョイ。お前はすぐに顔に出る。営業はバッチリなのに。」

「だって…。身内ジャン…。

そうゆう兄さんこそ気にしていながら、良く平静顔できるよなぁ。」

そこは生意気な弟分で、山中も痛いところをつかれてドッキリ…。

顔を赤らめて黒髪をかいた。

時計は13時をすぎていた…。

補佐の二人は、お互いの電話を見つめて、事務作業も落ち着かない。

『Rururu…』

そら来た!と…二人一緒に手を伸ばす。

山中が一歩先に受話器を取り上げる。ジョイは横で固唾を呑む。

『兄さん…。俺。葉月かえってきた?』

「ああ。」

『側近さんは?』

「今・出かけたところ。」

山中がそう言うと、声なき安心した息づかいが伝わってきた。

『一つ聞いていいか?側近は年上だって聞いている。

空軍のメンテナンサーだって…本当か?』

「ああ。お嬢より4つ年上。つまり…俺と同い年。」

『どんな奴?』

「……。落ち着いた男だよ。」

『そ。4つも年上なんだな。』

そこはなんだか…達也はガックリしたようにまた声をくぐもらせる。

『葉月…。取り合ってくれるかな?』

午前中の勢いもどこへやら…達也はいざとなって、自信なさそうだった。

「さぁね。とりあえず…俺から取り次ぐから待っていろよ。」

『ああ。サンキュー』

山中は、保留にして…一呼吸…。

中佐席へのボタンを押した。

 

『Rururur…』

 

葉月の席の電話が鳴る。

「はい。中佐室、お兄さん?どうしたの?」

山中の取り次ぎに…相手の名を聞いて、葉月は一瞬息を止めた。

「なに?私用なら取りあわないわよ。」

『解っている。俺もそう言った。でも…』

律儀で業務には筋を通す山中がそこで躊躇った。

それだけで、葉月には解った。

自分でなくては、いけない何かがあって、山中が無理に取り次いだと。

「解ったわ。こっちに繋いで。」

『お嬢…。悪い。俺…』

「いいのよ。お兄さんがそう選んだなら余程の事って事でしょ?」

葉月のいつもの明るい声に山中も安心したのか、

『解った』といって…そこで違う音が耳に届いた。

微かに…渚の音がする。

フロリダ…。葉月の第二の故郷らしい音だった。

「Hello?Tatuya?」

「How are you?Haduki?」

変わらず、綺麗な発音の英語。

彼は8歳までアメリカで育った『国際児』でもあったのだ。

「久しぶり…。どうしたの?」

『うん…まぁな。お前はどう?元気そうだけど。』

「お陰様で…。達也は?」

『ああ。程々に…。』

「日本の実家に帰って来ることはあるの?」

『いや…。結婚してからは一度も。』

「甲府のお父様…お元気?」

『ああ。相変わらず頑固なワイン職人だよ。』

「同じ日本にいるのに…私もお父様とは会わずじまいだわ。」

『親父は…お前のこと時々気にしているけど。

俺が…あんな事したからな。親父はお前に会いたくても

息子の不始末で…合わす顔ないって言っている。

気になるなら…お前から連絡してやってくれ。喜ぶから…。』

「不始末なんて…私が…。」

『そんなことで連絡したんじゃないんだ。』

お互いの痛い所の話にどうしてもなってしまう。

お互いが…『悪かった』と思っているから…

その、詫びたい気持ちの確認のためにそんな話になる。

だから…連絡もお互いに避けていた。

思った通り…『過去の過ち』の話になった。

だから…そこを察して葉月が口にする前に達也は遮る。

葉月も彼の気遣いを感じたからそこで口をつぐんだ。

「なに?本部に連絡なんて…」

『お前。正式中隊長になったんだってな?何か近況で変わったことは?』

「?別に?何もないけど…。」

『そうか。じゃぁ。一つ忠告。じゃじゃ馬も程々にな。』

「え?なによ…それ…。相変わらずの『お言葉』ね。」

昔と言うことが何一つ変わらない、元・恋人に葉月はため息。

『だから…お前はもう『中隊長』なんだ。自分から動くなって言っているんだ。

何かの『仕事』ができたら、じゃじゃ馬はやめて…部下を使えばいい。

お前は人を動かす力があるんだから、指揮だけすればいいんだよ。』

いきなり、連絡をしてきて達也が切々と何かを説いているので

葉月は『?』と眉間にしわを寄せる。

「そんなこと。関係ないじゃない」

『ああ。関係ないだろうさ。でもな…忘れないぜ。俺。

側近の俺を振り払ってまで、お前が選んだこと。やったこと。

お前…自分のじゃじゃ馬で…』

そこで…達也が言葉を濁してしまった。

その彼の言いたい先が葉月には解った。

その『じゃじゃ馬故…』 

葉月は恋人であった達也を差し置いて『妊娠』をしてしまったのだから。

「ねぇ?いきなり連絡してきて。何かあったの?」

お互いにこんな話になると解って、連絡をしてきたからには

何かせっぱ詰まったことがあるのだろうか?と葉月は再び問いただす。

『いや?別に?』

「人の心配より…達也こそ、つつがなくやってよ?

康夫がパパになるって聞いた?」

『………。ああ。やっとだよな。』

「達也だって…」

『子供が出来てパパになればいい』

葉月はそう言おうとして…今度は自分が口を濁してしまう。

達也の方が、先に『子供が出来る』事を口にすると

彼が葉月の『流産』を気にする…と思ったからだ。

しかし…どうしたことか彼とは『言葉なし』で通じるようで

今度は達也が、葉月の言いたいことを察したようだった。

そこは…『元・パートナー』とも言うべきフィーリングを

葉月も達也もお互いに感じたのだ。

『俺は…俺なりに好きなようにやっている。大丈夫さ。』

「そう?本当に…どうしたの?いきなり…」

『いや。康夫と久々に話したから…『ついで』にお前と話したかっただけ。

また…じゃじゃ馬やって、新しい側近振り回しているんだろ?』

「失礼ね!達也が側近だったときは達也が私を振り回していたんじゃない?」

葉月がムキになると受話器の向こうで『アハハ!お互い様♪』と

いつもの明るい彼の声が返ってきたので、葉月も急にホッとした。

『仕事中悪かったな。だから…気を付けて…立派な中隊長になれよ。』

口悪い彼が急に…優しい声。

葉月も久しぶりの会話のせいか、しんみりしてしまった。

『おっと。俺、もう少し懐かしいから…山中の兄さんと話したいんだ。』

「そう?じゃぁ…代わるけど…。元気でね?

私…。もう気にしていないから…達也も気にしないで…奥様とお幸せに。」

『………。ああ。俺も気にしていないさ。葉月の気が済んだならいいんだよ。

お前も上手くやれよ!』

「なに?上手くやれって??」

『照れるなよ!お嬢さん!』

隼人のことを見抜かれていると解って葉月は一人…照れながら

『じゃぁ。』と言う別れの挨拶をして内線を山中に返した。

(本当に…久しぶりにしては様子が変ね?)

受話器を置いた後、一人昼下がりの日差しの中首を傾げた。

 

「お嬢と話して気が済んだのか?」

山中の手元に、内線が戻ってくる。

『ああ。そうだ。兄さん…もう一つ頼む。』

「何だよ?今度は…。」

『いずれ…島でも『噂』になると思うが、それまで…

葉月には、俺が任務に出ることは黙っておいてくれないか?』

「何だよ!言わなかったのかよ!?」

『ああ。いずれ解ることだろうし。だから…面と向かって言いづらかった。』

そんな、後輩の葉月への気遣いが『男』として山中にも解るので…

それ以上は、達也にも言えなくなる。

「解った。表で発表されるまで黙っておくよ。気を付けて行って来いよ。」

『ああ♪そこんとこは、『自信』あるからなぁ♪心配するなよ!』

「相変わらずだなぁ」

生意気な弟分がもう一人…戻ってきたようで

山中は思わず、呆れて微笑んでいた。

彼ならきっと『武功』をあげて帰還する。

そんな安心感を得られる自信が山中には羨ましくさえ感じた。

達也の声は、受話器から消える。

山中もそっと…後輩の無事を祈りながら受話器を置いた。