19.栗毛の将軍

晴れ渡った紺碧のマルセイユ沖合。

ハタから見ると、何とも穏やかで陽気な風景なのだが……。

上空の風は激しく吹きすさび、人の目には見えぬ

『切迫』した空気が漂っているのだ。

青い海の波はこの日は少しばかり高いようで、

その上を何機かの戦闘機が横切っていた。

『こちら空母管制。 前方上空。侵入機、接近中。』

「ったく! またかよ。 オーライ! こちらフジナミ。接近OK、応対する。」

『キャプテン! 岬に気を付けて!』

チ−ムメイトの声が耳をかすめたが……

「お前達は下がっていろ! 俺の指示が出るまで近づくな!」

『ラジャー!』

フランス航空部隊、若手パイロットフライトチームのキャプテン

『藤波康夫中佐』は、後輩達を後ろに下げて

自分一機で、管制指示があった上空ポイントを目指す。

手元のレーダーに2つの点が点灯。

(二機か……)

「ヨハン! 俺の背後をサポートしてくれ!

他の奴らは、岬の基地へ敵の砲撃目標にならない程度に守りに行け!」

『ラジャー!』

キャプテン康夫の指示で上空にてチームメイトのF−14が散らばった。

(くそ! やりにくいったら!!)

この事件がフランス基地内で発覚したのは、先週のことだ。

康夫が受け持っていない同じフランス基地内のフライトチームが

防戦スクランブルに出動した際……。

いつも沖合に出てから頼りにしている岬の小基地……。

管制基地からの指示が『得られなかった』と言うことで

不審に思いその小基地の上空付近に指示を求めに近寄ると

なんと……味方基地なのに基地内に設置されている

砲撃ミサイルで一機の戦闘機が撃破されてしまったのだ。

勿論……味方基地でパイロット達が頼りにしている国境前線の小基地

疑わずに近づいた被害機のパイロットは殉職。

それからフランス航空部隊、マルセイユの本基地は騒然!

『リビア側の仕業か!』

対岸国が岬の基地が小さいのを良いことに占拠した!

フランス・マルセイユ基地の皆がそう……囁いた。

しかし、リビア側は『関与していない』の返事。

宣戦布告もなし。

表向きは『フランス側国境管制基地の詳細が解るまで近づかない』と言うが

とんでもない!

リビア側も様子見に来るのか、岬の基地上空を何度となく脅かす。

なのにフランス側の戦闘機が近づくと

砲撃ターゲットにされ、ロックをかけられそうになった仲間は多数。

なのに、リビア機が上空を近づいても素通りにさせたことも度々。

だから、岬の管制小基地上空は今は

フランスとリビアが上空を取り合いっこしている。

取り合いといってもフランス側は砲撃目標にされるので

岬手前のフランス領土内にこれ以上、リビア機が素通りしないよう

危険を冒して、スレスレの空域でなんとか空域を死守している状態。

だから、味方の基地なのに……危険で近づけない。

だが、スレスレで守らないとフランス上空の安全バランスが崩れる。

その防戦スクランブルを康夫達は何度もこなしているところ。

占拠されたと判明したのは。

砲撃事件があったすぐ後、フランス海兵隊が小基地に突入した際

死傷者が出て帰還してきたからだ。

つまり……『乗っ取られた』

犯人は解らないとのことだ。

解っているのは、中にいる犯人は、フランスは狙いリビアは通す。

どう考えたって、リビア側の仕業だと康夫も思うし、皆も言う。

おかしいのは、どう見たって岬は『フランス領土内』なのに

そこを占拠したとて、永遠にリビアの領土として保持するのは

リビア側にも『リスク』があると言うことだ。

陸続きの国同士が国境のあるポイントを取り合うなら解る。

今回は互いの国は大きな海を挟んだ『対岸同志』

海を挟んで、小さな岬を分捕ったとて、維持する事は

岬の陸を引きちぎって対岸に持っていくという

不可能な方法でなければ自国領土にはならない。

だから……そこが『おかしい』と言うことで軍トップも

『100パーセント、リビアの仕業』とは決めかねているようだった。

しかし、逆に『リビアのメリット』となる事もある。

あの岬の管制基地が機能しないと言うことは、

スクランブルで鉢合うフランス機の対応が鈍くなる。

空が攻めやすい。

一度、岬の管制小基地に被害が出れば。

暫くは、何かしらの形で空域が広がる。

フランスが体勢を立て直すまでのその時間をどう有効に使われるか解らない。

だから……小さな基地とはいえ、

フランス航空部隊にとっては、重要な指揮を出してくれるポイントだったのだ。

それが本当に今、機能していないから康夫達も困り果てている。

空母艦からの管制にも限度があるからだ。

人質も取られている。

目的がさっぱり解らない。

リビアが占拠したとしても『目的』が見えてこない。

リビア側の仕業でないなら、誰が何のために?

あんな小さな基地の利点を逆手にとって人質を取り

何のために、立て籠もっているのだろう??

それが解らないようだが……軍としては一刻も早く

『通常業務を復帰させたい』ところだ。だから……。

そこで、次の突入は『奪回戦』に切り替えたらしい。

その為にフロリダから突入専門海兵特殊部隊が。

そして……小笠原からは応援フライトチームと

同時に、奪回に一番の役目を背負った通信班が

フランス航空部隊応援に投入されることとなった。

(それにしても……達也と葉月がそろってくるか……)

『3人一緒に顔を合わせるのは何年ぶりだろう?』

ふっとそんなことを頭にかすめたが、すぐにいつもの集中力に戻した。

何はともあれ、今康夫が出来ることは

対岸からやってくるいつも以上にしつこい偵察に来る

対岸国敵機を、国境空域から追い払うこと。

康夫の肉眼で判断できる視界に二機の戦闘機を確認。

操縦管を握りしめて……

『来てみろ!』

迎撃体制に入った。

しかし、敵機二機……。

康夫の機体を確認するとサッと……機体を翻して対岸上空に去って行く。

この繰り返しだ。

『こちら空母管制。 上空侵入機、回避。着艦せよ。』

「ラジャー……。」

(まったく。この繰り返し、いつまで続くんだよ!)

こうして、本基地のフライトチームは交代で空母艦から

岬基地上空とその空域を脅かす対岸国機を牽制。

康夫は、岬基地に回したチームメイトを早く退避するよう命じて

今は役に立たない岬小基地の代わりに管制を行っている

空母艦に向かった。

このフライトが終わるとフジナミチームは交代。

いったん、マルセイユの基地に戻ることになっている。

空母艦着艦体制に入る。

空母艦のエアポートから見慣れた男が康夫を誘導してくれるのでホッとする。

無事着艦。

次の空母艦当直まではフランス基地にもどって一時休戦だ。

見慣れた男は……康夫のフライトチームをサポートする

メンテチームキャプテン『ジャン=ジャルジェ少佐』だ。

「お帰り。中佐……無事終わってホッとした。」

彼もサポートするフライトチームが無事に帰ってきて緊張が解けたようだ。

「俺は良いんだけどよぅ……心配だなぁ」

康夫が役目が終わってポツリと呟くと……

ジャンはそっと悲しそうにうつむいた。

康夫の「心配だなぁ」の意味がすぐに通じたらしい。

「大丈夫。 隼人はきっと大丈夫」

フランスで一番の親友だった男が航空員にも関わらず

教官という立場だった経歴で知識があると取られて前線に出る話は

もう……旧友である康夫とジャンの耳にも届いていた。

ジャンはそれから元気がなかった。

ただでさえ。フライトチームが危険にさらされて、

こうして皆が帰ってくるのをいつも以上の不安を抱えて待ちかまえている。

その緊張感の中、飛び込んできた親友の窮地。着任。

康夫は『余計なこと言った』と反省……。

ヘルメットを小脇に抱え、ジャンの肩を叩いて『大丈夫さ』と励ます。

ジャンも、隼人に会えるかも知れない期待と

見送る不安が入り交じっているようで……

その気持ちは康夫も一緒なので余計に彼の気持ちが解る。

「そうだ。中佐……。大佐が着艦後管制室に来いって……。」

ジャンも男。 すぐにいつものキャプテンの顔に戻る。

(?? 管制室に? すぐに基地に戻りたいんだけどなぁ)

身重の妻が心配しているだろうとそう頭にかすめたが。

ジャンがその康夫の不服そうな表情を読みとったのかこう言いだした。

「スクランブル中。フロリダ隊が到着していたから……。

俺、実物初めて見たよ!」

「実物!?」

「ほら……! あのじゃじゃ馬嬢の親父さんさ!

本当に、彼女に似ていた! その上すっごい重厚な感じで!

将軍一人だけ全然違う空気を放っていて一目でわかった!

やっぱり栗毛でさぁ! 彼女と雰囲気良く似ていたぜ!!」

ジャンはそこは急に明るくなった。

去年の夏。 自分たちをかき乱していったあのじゃじゃ馬嬢。

ジャンは良く覚えていて時々懐かしそうに去年の夏の事を話す。

しかし……康夫はその一言に硬直!

「じゃ。なにか!? 管制室に来いって言うのは??」

「ミゾノ中将、直々にお呼びって事らしいぜ?

さすが……じゃじゃ馬嬢と長い付き合いしている男だって

メンテチーム一同……皆、感心していたぜぇ♪」

ジャンはやっといつもの笑顔に戻って元気良くメンテ指揮に戻っていった。

康夫は、一瞬……呆ける。

そして……ハッとして慌てて空母管制室に急いだ。

『お呼びでしょうか! フジナミです!』

管制室、扉を開けてその入り口で康夫はピッ!と背筋を伸ばして

元気良く『敬礼』

妙な緊迫感漂う、管制室。

前面のガラス窓にはマルセイユの青い海が揺れている。

その窓辺に並ぶレーダーなどの機材席に

ヘッドホンをつけた幾人もの管制通信員が背を向けて

英語を標準語にして、通信会話を続けていた。

その彼等を見守る、緑色の飛行服を着た黒髪フランス人の男が振り返る。

「おお。 フジナミ。ご苦労様。 何事もなくて何より。」

今回空母艦からの防戦を指揮しているフランス側の大佐だった。

少しばかり腹が出てきた50歳前の小太りの男だが

皆の信頼は厚い快活な大佐だった。

その横に二人の男……。

こちらは、迷彩柄の訓練着の上に紺色の立て襟コートを羽織っていた。

二人とも栗毛の男だが……。

一番背が高い男が振り返った。

(御園中将!!)

親友にそっくりな……『紳士顔』の初老の男……。

栗色の髪を綺麗にセットして、鼻の下には立派な口ひげ。

初めて対面した訳じゃないが、何度顔を合わせても

その品を醸し出す笑顔。放たれる気品。

康夫よりがっしりとした大きな体。

康夫は、いつも彼と会うとき感じる緊張感を身体に走らせた。

「やぁ! 康夫君♪ 久しぶりだねー!!

今、ここに到着するなり君がスクランブルフライト中で観戦していたんだ。」

にっこり……微笑むと重厚な将軍の雰囲気が急に和らぐ。

微笑む笑顔は、どことなく失礼ながら『無邪気さ』を感じさせて

そう……葉月からはこの笑顔がなかなか感じ取れないが

あの真一と似た雰囲気の憎めない笑顔をこぼす。

その陽気さが『御園亮介将軍』が皆に慕われている魅力かも知れない。

「お久しぶりです。将軍……。お元気そうで何より……。」

康夫は日本人らしく頭を下げると、亮介が嬉しそうに寄ってきた。

「固い挨拶は抜きだよ! 聞いたよ? 奥さんがご懐妊だって??」

日本語で会話をしているので、管制室にいる誰もが振り返っても……

将軍と一中佐が何を話しているのかは余計に解らないらしい。

だがやはり視線は興味津々のようだ。

「はい。8月には生まれる予定です。」

「いやぁー♪ あどけない少年訓練生だった君が

もう立派な父親なんだねぇ! うちのじゃじゃ馬に見習わせたい!」

『あはははー!』と軽やかに笑う所は本当に孫の真一にそっくりだと

康夫も、思わず自然に頬を緩めていた。

そう……誰に対しても重厚な雰囲気を植え付けながらも

御園亮介はこうして自然体。

だから、一中佐の康夫ですら気が和んでしまうのがいつものパターン。

残念なのは……

おそらく葉月もこの素質を持っているだろうに

この明るさ、陽気さが父からまったく受け継がれていない

味気ない表情を保つ娘のまま成長していることだ。

「いいえ。彼女がその気になれば、何時だってなれる普通のことですよ。」

「その……『普通』がねぇ……」

御園亮介は、ちょっと疲れたようにでもまた憎めない表情で

ため息をこぼしたので……

康夫も謙虚に述べたつもりの言葉でも敏感に反応されて

『しまった!』と心の中で舌打ちをしたい気持ちになった。

でも……

「いやいや♪ 最近そうでもないかもしれないね!」

急に元気な笑顔に戻った陽気な将軍。

それが……娘の新しい頼もしい側近が

恋人になった事を言っているのが康夫にも解った。

「それで……康夫君に御礼を言っておこうかと。」

「御礼?」

「娘の為に……君が、君の片腕を譲ってくれた事。

そのお陰で、娘は一歩前に踏み出し……それで……。」

『今は恋をしている』

そこは父親として言いたくないのか、照れているのか言葉を濁していた。

別に二人が恋人になれば良いとまでは康夫も考えていなくて

ただ……葉月と隼人の一歩前進のために引き合わせただけだ。

なのに、康夫が思った以上に二人が意気投合、意志疎通をして

とうとう……一線を越えてしまった。

それでも、二人は仕事は思った通り今までの自分の職務スタイルは崩さず、

お互いに刺激しあいながら上手くパートナーシップを確立している。

康夫にとっては、仕事で手を取り合った後は本人達の意志。

そこに恩を感じられては、逆に困り果ててしまう。

「いえ。澤村にしてもいつまでも、前進しないのはいけない。

そう思って……御園嬢の為になればと引き合わせただけで。

後のことは、私の知るところではありません。二人の意志ですから。」

思ったことを正直に真顔で述べると

亮介はさらに品の良い穏やかな笑顔を浮かべて

康夫の肩を、父親のように『ポン!』と、叩いてくれた。

「君らしいね。」 と……。

「フライトを眺めさせてもらったよ。もう立派なキャプテンだね!

先頭を切って前に突き進むなんて……。」

ライバル嬢の父親にそう言ってもらえると康夫も嬉しい。

だが、現実彼女より立場が上の『キャプテン』であっても

彼女の『勇敢さ』には、まだ勝った気がしないのはどうしてなのだろう?

康夫はいつもそうして自分に納得はしていなかった。

「まだ……コリンズチーム程じゃありません。」

謙虚なつもりでなく、心にある納得いかない自分だから

素直に……真顔で言うと

御園亮介は『やっぱり、君らしい♪』と何故か嬉しそうだった。

「そうだ。達也君も来ているけど、小笠原隊が来るまで仮眠を取らせているんだ。

彼等が起きたら、達也君にも伝えておくよ。」

「いえ。お互い着任中です。

同期生の触れ合いは事が終わってからで結構です。

海野もそう言う男ですから。」

それにも亮介は嬉しそうに微笑む。

『娘の友人が立派で嬉しい』と言うところなのだろうか?

それとも? 娘しかいない立派な将軍は、息子でも出来たかのように

達也と康夫が葉月と出会ってから、かなり気にかけくれている。

娘の一番の友人として康夫は昔からこの有名な将軍には

良くしてもらっているのだ。

達也もそう……。

一時期は『娘の恋人』だったかも知れないが……。

元を正せば、2期ステップしている葉月とは同期生の3人。

フロリダ校を卒業する葉月が、『教官職の道』も考えて

日本の基地勤務希望ということで教育実習に来たことが始まり。

葉月は年下の17歳だったが、同期生として神奈川横須賀校で出逢った。

葉月に刺激を受けて、康夫と達也は訓練校卒業後、

すぐに入隊はせずに、フロリダの特別訓練校……

つまり……大学で言うところの大学院のような課程がある、

葉月の卒業校、フロリダ校に一年編入した。

入隊では葉月の一期下になったしまったが3人の中では

ほぼ同じ学歴を持った同期生という心積もりだった。

だから。達也も今は『恋愛』をのけても充分葉月とは絆がある。

それを、御園亮介も、その妻、葉月の母である登貴子博士も良く知っている。

『葉月にそんなお友達が出来て嬉しいわ。』

凛として、賢そうで優しい笑顔をこぼす彼女の母親が

達也と康夫がフロリダ校にいるときは

母親代わりのようにしてよく世話を焼いてくれた。

そんな想い出がある。

3人の間でいろいろな想い出がある。

初めて……3人一緒の着任。

達也にも会いたいのは山々だ。

悪友の彼は自由奔放で天真爛漫、康夫とは全く正反対の性格で

康夫のように律儀で規律正しく几帳面でない。

その悪友に今後についてこんこん……と説教したいことが山ほどある。

しかも……別れた葉月と達也が会うことだって何年ぶりか?

しかも……隼人という新しい存在が3人の間に加わってしまう。

達也の反応も隼人の反応も気になるところだ。

(っったく。面倒くさいな!)

達也の態度、隼人の受け止め方。葉月の反応。

それを考えただけで康夫は頭が痛くなってくる。

まぁ。

俺が……俺が……私が……。

などと言っている暇はないし、仕事に関しては割り切ってこなす友人達だ。

ジャンにもこの事の話題を康夫はよく話していた。

『大丈夫だろ? 特に隼人は冷淡で割り切りいい男だし。

お嬢さんは冷たい顔の無感情さん。

ウンノ中佐には会ったことないけど? 大丈夫だと思うぜ?』

隼人と葉月のことは良く知っている彼がそう言えば

康夫もホッとしてきたのだが、

長年の付き合いをしている者としては

やっぱり不安が先立ってしまうのだ。

「さぁ。雪江さんが心配しているだろう。お疲れ様。

また……葉月達が到着して、空母当直に戻ってくるまで

陸で休んでおいで? 引き留めて悪かったね?」

御園亮介の穏やかな表情と労いに康夫もハッと現実に戻る。

「失礼いたしました。」

にっこりと、見送ってくれる亮介の背中……管制員の側で

同じ栗毛のもう一人の将軍もニッコリ……笑顔を見せてくれた。

(あれがブラウン少将か。)

達也が別れたという妻の父親。

御園亮介ほどの気品はないがあちらも穏やかそうな紳士顔。

体格もがっしりしていたが、御園中将ほどの存在感はなかった。

ジャンが言ったとおり。

管制室の中で御園亮介一人が妙に華を添えるようなオーラを出していた。

男ばかりで緊迫している軍事室なのに、華やぐという言葉もおかしいが

そう……その気品が何か皆を余計に盛り立てるようなそんなオーラだ。

それが……娘の葉月にも受け継がれていることを

康夫は何度も肌で感じてきたから余計に感じた。

『得な奴!』

いつも彼女にそう言ってきたが父親のあの威厳を目の当たりにすると

やっぱり親友が持つ『持って生まれた気品と素質』は否めなくなるのだ。

康夫は管制室をでて空母艦内の外に出る。

陸に戻る連絡小型船にチームメイトが乗り込んで

首を長くして待っていた。

『キャプテーン! 早く帰りましょうよ!』

『将軍。どうでした? 御園嬢にそっくりだって聞きましたよ!』

去年、葉月が航空ショーのアクロバット訓練を一緒に引き受けてくれたので

チームメイトも葉月のことは良く覚えている。

その父親が来たと言うだけで、もう皆は去年の夏に戻ったような熱気だ。

(本当。得な奴。)

チームメイトもここ最近、隠せない疲労を皆顔に刻んでいたが

久しぶりに明るい笑顔をこぼしながら、興味津々のようだ。

キャプテンの自分が一生懸命、メンバーに気遣って元気付けても

『ミゾノ』と一言来ただけで、皆、今の状況も忘れたが如く

急に表情が活き活きとしているので康夫もため息。

でも……それもそのはず。

康夫達は、去年葉月が去り、隼人が転属した後。

念願の航空ショーチームにとうとう抜擢されたのだ。

華やかな舞台で空を飛び、皆の脚光を浴びることができたメンバー達。

葉月のかき乱したじゃじゃ馬台風は

今になっても触れてきた男達はその心に残しているのだった。

康夫は連絡船に乗り込む前に空母艦に振り返った。

(達也も今眠っているのかな?)

真面目な言葉を口にしたものの……

やはり同じ学校で精進し合った悪友が側にいることで落ち着かない。

本当は少しでも良い。

一言でもかわして……一目でも悪友に会ってみたかった。

『気を付けてな』

海空軍と海陸軍の異なる道に別れる前は

康夫と達也は寮でも学校でもいつも一緒だった。

違うクラスになっても良く一緒に出かけた。

彼が突入するまで会えるかどうか解らないから、余計に落ち着かなかった。

『帰ったら、シャワーにビールかな?』

『ホテルママンの所に行くか?』

『いいねぇ♪』

とりあえず、スクランブル当直が終わったメンバー達が

少しの合間の休息について明るく会話を始めた。

連絡船の小窓から見える不気味なほど静かな岬の基地が

遠く微かに康夫の視界に見えていた。