20.マルセイユへ

うつら……うつら……と、浅い眠りの中……。

『うわ! コレがマルセイユかぁ……』

そんな声で葉月は、フッと目が覚めた。

昨日の夜中、小笠原を軍輸送機で出発。

コリンズチーム一同、そして源メンテナンスチーム。

隼人を含む四中隊通信科の選抜メンバーと

五中隊の選抜メンバー各数人……。

1中隊から出てきてくれたクロフォード中佐通信隊長。

そのメンバーが輸送機に乗り込んだ。

一番前の指揮官用の座席には、勿論ウィリアム大佐とその側近。

そのすぐ後ろの座席には、葉月と山中が……。

『お嬢の側近は隼人だろ? 俺は……隣は……』

側近らしく、隊長の隣に座ることを山中は躊躇っていたが。

『何言っているんだよ。俺は……今は他のメンバーといるんだ。

兄さんがじゃじゃ馬の面倒見てくれなきゃ誰が面倒見るんだよ?』

妙に余裕気な隼人の嫌みな笑顔に葉月は膨れ面。

『面倒ってどうゆう事よ!』

そう突っかかったのだが……

『そうか。解った。俺が隼人の分も面倒見るよ。』

真面目な山中の一言に、葉月は黙り込んだ。

隼人はまだ知らないが、山中は良く知っている。

葉月が突然飛び出す性分を……。

『行方不明事件』を起こしてそれを知っている男に

そう言われると、葉月も返す言葉がない。

隼人は知らないことだが……

(うーん。見抜かれているかも。。)

葉月は兄貴二人に、釘を差されたような気がして

大人しく山中の横……先頭ウィリアム大佐の背後に席を取る。

監督補助でついてくることになった細川は、

階級が階級だけに別行動で側近と共に別機で

マルセイユを目指すことになっていてここにはいなかった。

指揮官用の座席がコックピットの後部に扉を隔ててある。

そこにウィリアムとその側近、そして山中と4人で座る。

その座席室のドアを閉めると……他のメンバーは見えなくなる。

彼等は、側面に付けられた折り畳みの座席に横並びで座ることとなる。

輸送機の座席の乗り心地は何度乗っても良い物ではない。

民間の旅客機とは、異なる構造の座席はかなりおおざっぱな物だ。

(前線に行く彼等に、不自由な座席。私達はちゃんとした座席)

葉月は自分が座るシートベルト付の椅子を眺めてため息をついた。

隼人や小池に座らせてあげたいぐらいだった。

訓練用の深緑色の飛行服。

それを任務出動として着込んで……

春先のフランスは小笠原より寒いだろうと立て襟の紺のロングコートを羽織る。

山中も……ウィリアムもその側近も。

指揮官組は皆このスタイルだ。

隼人の作業着は紅色なので、新たに侵入用として紺の訓練着が渡された。

小池を始めとする通信チームはこのスタイル。

コリンズチームは葉月と一緒でお馴染みの深緑色の飛行服だった。

その出で立ちで、小笠原出動チームは輸送機にて小笠原から西を目指す。

フランスへ向けて出発した。

皆、出発準備で疲れたのかすぐに仮眠のため眠り始めたようだ。

葉月は……寝付かなかった。

頭の中で、いろいろな想像を馳せていた。

『お前はいつでも飛び出す。そう……ジュンに言っておく』

右京の揺さぶる言葉を再び思い返して

そんな事になるのか、ならないのか……。

彼が帰還するまでジッと待つのか、待つことが出来ないのか。

窓際に座らせてくれた山中は葉月の横で腕組み静かな寝息を立てている。

外の空は真っ暗で何も見えない。

おおざっぱな輸送機の機内に大きなエンジン音だけが響いていた。

「少しは眠りなさい。到着したら落ち着くまで休息はないよ?」

そう気遣ってくれるウィリアムもやはり葉月と一緒で寝付けないようだった。

彼の40代半ばのアメリカ人側近のおじ様が

葉月のために備品の毛布を差し出してくれた。

それは隊長であるウィリアムが羽織るために持ち込んだ物なのに。

「大佐。お気持ちは嬉しいです。でも……

私は……今は『娘』ではありませんから……。」

せっかくの親切だが、それをお断りしたのだ。

「いいのだよ? その方がお嬢らしいね。」

ウィリアムは金茶毛の口ひげをニッコリ緩めて

徐々にいつもの凛とした軍人女性になる葉月に安心したようだった。

暫くしてウィリアムがその毛布を羽織って側近のおじ様と共に寝付いたようだ。

葉月も規則正しい大きなエンジン音のリズムに慣れてきて

紺色のコートに身体を巻き込んで窓辺にもたれかかった。

途中、フロリダ基地にて燃料を補給。

降りる暇はなかった。

(母様……どうしているかしら?)

今回の父親との着任で少しは安心しているかと思うが……。

母の登貴子は葉月が大人しく内勤勤めをしているのは何も言わないが

男と取っ組み合う『武術大会』などに出ようとするといい顔はしなかった。

だから、葉月はこの大会に出た事がない。

訓練も信頼されている熟練の教官の元にカリキュラムを組み直されたことも。

任務に出るなど知ったらまた……

(怖い顔しているわね。きっと……)

父親が一緒で、母が信頼している細川が一緒に来るということで

それで今回は安心しているのか、

精神をすり減らすような神経質な連絡は『今回はなかったなぁ』と

葉月は頭にかすめた。

もっと、言えば……将軍で任務も言い渡されていない細川が

葉月の空軍指揮補助と称してついてくる。

これも『小娘の気まぐれは私が止める』という心積もりで

母に何か言われてついてくる事になったのでは? と、葉月は予想したのだ。

母の気配をそっと感じるフロリダでの燃料補給が無事に完了して

いよいよ……大西洋上空にさしかかる。

葉月も少しばかり長い搭乗時間に飽きがきて

うつら……うつら……と何度も寝ては起きてを繰り返す。

そして……

『うわ!』と、言う山中の声で目が覚めたのだ。

彼の声で目覚めると、葉月の目の前に懐かしい色彩の紺碧の海が

窓辺、下界に広がっていた。

山中もさすがに身を乗り出して葉月横の窓辺に近づいてくる。

「俺、フランス初めてなんだよなぁ〜……。仕事じゃなかったらなぁ」

山中はため息をついて乗り出した身を通路側の座席に戻した。

葉月は眠い目をこすりながらも、思わず微笑んでしまった。

それぐらい……初めての山中が声を上げるぐらい美しい海が……

丁度、夜明けにさしかかって日が昇るところ……。

紫色の空にクッキリと青い海が広がっているのだ。

「ああ。美しいねぇ。なのに……下界の人間は『争い』か……。」

ウィリアムも丁度目を覚ましたところなのか

そんな、やるせなさそうなため息を……。

彼の側近と葉月、そして山中も一緒にため息をついた。

『マルセイユ基地に着陸態勢入ります。』

副操縦士の隊員がウィリアムに報告。

隊員すべてに着陸態勢の指示が出される。

葉月もシートベルトを締めて……窓辺の海が近づいてくるのを眺める。

懐かしい風景の滑走路が近づいてくる。

『去年、あそこから……生徒達が康夫を初めて見送った……。』

そう思うと、急に切なくて妙に哀しい様々な場面が葉月の頭を巡った。

立派に巣立ちしただろう生徒達の一人、一人の顔が浮かんで……。

最後に隼人の頼もしい教官姿が浮かんだ。

その彼が、紺の訓練着を来て前線に行くなど……

一年前は誰が予想しただろうか?

(こんなはずじゃなかったのに!)

下向する機体の角度。 葉月の今の心の中と一緒だった。

『ドウン……』

機体が一瞬、強く揺れた。

無事に着陸したようだった。

『キーン……。』

動きっぱなしだったエンジンが

やっと一息というように音を静かに落とそうとしていた。

ウィリアムがシートベルトをはずして一番に立ち上がった。

「さぁ……。気合いを入れていこうか?」

『はい』

葉月と山中……そして大佐の側近も表情を引き締めて席を立つ。

隊員達がいる座席室にはいると皆も、機敏に立ち上がって

下乗の支度に取りかかっていた。

マルセイユ本基地、フランス航空部隊の整備員達が

輸送機に群がるのが窓辺から見える。

機体の扉を、デイブが先頭を切って開けると潮の香りが機内を取り囲んだ。

「さて。通信班は機材を降ろして、御園中佐とパイロットは一番に空母に移動だ。

通信班は私と共に準備が整い次第、別移動で空母入り、解ったね。」

いつも穏やかな大佐の指揮官たる変貌に徐々に皆の表情も引き締まる。

皆、揃った声で『ラジャー!』と勢い良く……

マルセイユの土地に足を踏み入れた。

先ずはデイブと葉月は空軍パイロットを引き連れて

既にスタンバイしている小型輸送機で沖合に移動。

その為に小笠原隊員達は二手に分かれた。

「あっちについたらすぐにスクランブルかもな。」

やっと、隣に肩を並べたデイブ=コリンズ中佐が重そうに呟いた。

「ですね。気を付けて下さいよ?

ジョイが集めた情報では、平気でロックされて打ち落とされるようですから。」

葉月は突進型のデイブが張り切って先頭を突き進むのじゃないかと

心配になって釘を差すと、デイブはなんだか不機嫌そうに葉月を見下ろす。

「??」

「まったく。お前が一緒じゃないなんて……。良いのか悪いのか。」

デイブはそう呟くとメンバー達に『急げ!』と喝を入れて前に行ってしまった。

『私だって……訓練しているんだもの。皆と飛びたい。』

とにかく、デイブは今回の着任で

葉月が指揮側におかれたことに始終不機嫌だった。

『お前は俺達のチームのサブキャプテンだぞ!? こんな人選あるか!?』

最初はそう言いっぱなしで、不満タラタラ……。

そのデイブの機嫌を直すためにメンバー一同手を焼いていたぐらいだ。

そんな中、コリアンのリュウがポッと呟いた事。

『とうとう……嬢が“あっち”に持って行かれる日が来たか。』

その一言には葉月は『ドキリ』とした。

葉月とデイブは、デイブが先輩とは言え、地位的には『同等』

葉月は遠野の殉職でいきなり中隊長になってしまって、

同じ中佐で空軍チームの要としても一歩先にリードを踏んでしまったのだ。

チームでは若輩の『サブ小娘』でも

中隊単位で眺めると葉月はデイブより上になった形にある。

ウィリアムなどの熟練が固めている第5中隊では

デイブが中隊長になることは、余程でないとない事だった。

しかし、デイブは『現場派』

そんな地位は眼中にないようだから、今まで上手くお互いの立場を使って

チームをまとめてきたのだ。

その葉月が今回、初めてチームから引き離されてしまった。

『二期ステップのエリート嬢。いつかは幹部指揮に置かれる』

皆、解っていたのだろうか??

葉月が現場を退く日をパイロット兄様達がそう予想していた事。

葉月はいつも目の前の事に必死で先の事など考えたことがない。

だから……今回の『変化』によって

起こりうるかも知れない『チームバランス崩壊』の兆しを見た気がしたのだ。

しかし……今もそう……。

目の前の事を片づけることで精一杯。

その不安を抱えている暇はなかった。

だから……デイブの愚痴も今は止まっている。

とにかく……実力が付き始めたチームとして

任務で第1にお声がかかった『栄誉』を証明するために

コリンズチームのメンバー達も今回はかなりの気合い。

皆、すぐに小型輸送機に乗り込む体制に。

デイブが一番最初に乗り込み、チームメンバーが続く。

山中が乗り込み、葉月は最後に……。

輸送機の乗り込み口に足をかけて葉月は潮風の中

降りたばかりの輸送機に振り返る。

まだ束ねていない栗毛が頬を覆って、そっと手で払いのける。

輸送機から機材を降ろしている紺色訓練着の通信チーム。

黒髪の隼人と小池が並んで機材をチェックしている姿を眺めた。

『ミゾノ中佐?』

なかなか機内に入ろうとしない葉月をパイロットが声をかける。

『今、乗るわ。』

フランス語で綺麗に返すと、アメリカ系のチームメンバー達が

『ヒュゥ♪』と、からかいの口笛を吹いた。

そんな陽気さはいつも通りで葉月は思わずほころんでしまった。

機体扉にロックがかかる。

小高い機械音が機内に響いた。

ふわっと機体が浮かぶ。

まだ、空母艦内で会えるだろうが、

移動時間内も……ずっと隼人とは一言も言葉はかわしていなかった。

毎日、いつでも一緒にいる彼。

仕事と解っていても葉月は初めて割り切ることが出来ない

寂しい気持ちを胸に宿していた。

機体は高く上昇し、隼人達紺色の隊員達は小さな点となって

葉月の視力でも確認が出来なくなり、

再び……マルセイユの海上へと葉月達は旅立つ。

十数分後、機内から海上に浮か空母艦が見え始めた。

葉月は、コートのポケットから一つの黒ゴムを取り出して

長い栗毛を一つに束ねた。

その様子を側にいたデイブがジッと眺めていた。

「オヤジさんとは……一年ぶりか?」

「はい。去年の春に小笠原の会議に来て以来ですから。」

父親に会うが為に自由に流していた栗毛をくくる。

デイブにはそう見えたらしい。

勿論、将軍であり上官である父親に

『なんだ、その髪は!』と言わせないためにしたのではあるが……。

父親が、『娘は特別扱い』と言われないように

場をわきまえたスタイルにするのは当然。

本当なら、短く切ってくるべきなのだろうが

葉月は長い髪を伸ばしてから一度も短くしたことがない。

髪を伸ばし始めて一番喜んだのは『母・登貴子』であったし……。

父も京介叔父も、右京も……『軍人らしく切れ』とは一度も言わなかった。

そこに『幼い葉月の影』を皆が重ねて

表情は硬くとも姿は10歳の『お嬢ちゃん』に戻ってくれたと思っている……。

葉月は……大人達の反応をそう捕らえていた。

だから……そこは言われなくともやはり髪は束ねるぐらいは……と思ったのだ。

背中に栗毛が一本筋でスッと流れていくのをメンバー達がジッと見ていた。

「お前も大変だな。一年ぶりの再会でも『上官と部下』か。」

デイブがやるせなさそうにため息をついた。

『たまには甘えてやれよ。父親は嬉しいモンだぜ?』

小さな娘二人いるデイブは時々そう言ってくれる。

亮介とは一緒に食事に行ったりはするが、話す事と言えば『軍事ごと』

お互いに硬い表情、落ち着いた言葉。

それが今の葉月と亮介の交流だった。

『困ったことがあれば、母さんにすぐに言いなさい』

父は帰る時は必ずこの一言を残して帰る。

だが、葉月はあまり母に『困った』と連絡する事はない。

母が葉月のために『洋服・靴・バッグ』を見繕って送ってくれる。

その御礼で電話をして近況を報告するぐらいだった。

父に連絡するときは、やはり『仕事環境変化』の報告ぐらい。

それで、先日『側近が付いた』と連絡したところ

父がいつになく、柔らかい声で『恋をしているならそのまま素直に』と

言ったので、葉月は驚いて戸惑って……素直になれずに

最後はいつもの『突っかかり言葉』で会話を切ってしまった。

父と話すのはあの報告以来だ。半年ぶりと言うところだ。

『どうせ、顔を合わしたって将軍と中佐よ。いつもと一緒。』

父の顔を見られるのは、心の何処かで期待しているが

楽しい会話が出来るなど微塵も期待していなかった。

だから、冷たい無表情にデイブはため息をつき……

長い付き合いのメンバー達も、葉月の横にいる山中も……

髪をくくる葉月の『わきまえ』を、ちょっとやるせなさそうに眺めているのだ。

父と娘が久しぶりに会うにしては、その和やかさや期待顔……

それが、葉月の雰囲気から一つも感じられない事に皆はため息をこぼす。

しかし、葉月の『将軍に会うため』のスタイルが整うと

メンバー達も自然と緊張感を醸し出し始めて

いつもおちゃらけた明るいチームメイト達は

しっかりしたエリートパイロットの顔つきに引き締まってきたようだ。

そして、小型機は降下を始めて、葉月達は空母甲板に辿り着いた。

輸送機のハッチが開いて、今度は沖合の強い風が

皆の頬を殴りつけるように吹きすさんでいた。

葉月の背中の一本髪もスッと風に乗って宙に舞う。

皆が機体を降りてすぐに確認したのはさらに沖合。

うっすらと見える『岬』だった。

「あれが管制基地か。」

デイブが静かで、そう変わりはなさそうな雰囲気の岬を眺めている。

本日、夜が更けてから隼人と小池そして……達也は海中を通って

崖際から基地に潜入する予定。

正面、側面、基地の視界内に近づくことは今は出来ないらしく、

死角である海際から潜入するのが今回の作戦だった。

冷たそうな紺碧の海の波間を葉月も見つめた。

隼人が……あの情報理系の彼がこんな海に入らなくてはならないのか?

葉月は、またやるせない想いで胸が苦しくなる。

葉月が遠い視線を青い海に馳せていると

思うところはすぐに解るのか、山中がいたわるように肩を叩いてくれた。

『お疲れ様。ミゾノ中佐』

そんな英語が耳に入ってきたので

一緒に並んでいたデイブと葉月は一緒に振り返った。

艦内出口から、見覚えある男が立っていた。

「マイク……」

葉月の慣れた呼び方にデイブが横でハッとしていた。

山中も葉月の横にスッと代理側近らしく一歩下がった。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

ニッコリ微笑む黒髪のアメリカ人。

彼は父の側近で、そう……リッキー並みに優秀な父の第1側近。

その彼とは勿論、フロリダに帰省すれば何度と顔を合わせいた。

どうやら、側近の彼が小笠原空軍隊のお迎えと言ったところらしい。

「お久しぶりです。ジャッジ中佐。」

葉月は、我に返って規律正しく敬礼。

マイクもピッと敬礼を返してきた。

それに合わせて、まとまりなかった空軍チームも

ザッと整列してデイブを先頭に将軍側近に礼儀正しく敬礼。

そんな時だった。

葉月達の輸送機が着艦したすぐ向こう……。

カタパルト滑走路に慌ただしくメンテナンスチームが出てきた。

「なに?」

その慌ただしさを目にしてデイブ達も神妙な顔つきで振り返る。

「この前の緊急発進(スクランブル)は夜中でしたけどね。」

「夜中って数時間前ですよね!?」

デイブがマイクに驚いたように突っ込んだ。

「はい。昨日こちらに入艦しましたがかなりの回数発進が……

それだけ、対岸国も気になるようですね。岬を狙って飛んできますから。」

そんな話をしている間に、セッティングされたF−14が一機、

既にエンジン音を早朝の空に響かせ始めた。

早朝のスクランブルが発動される。

カタパルトから何機かのF−14が紫色の空へと慌ただしく飛び立っていった。

『結構、キツイかもな』

デイブがコソッとリュウに耳打ちをしていたのが葉月にも聞こえた。

「コリンズチームにはミーティングが終わり次第シフトに入ってもらいます。

ミーティングは、ウィリアム大佐が入艦次第、

小笠原隊と、フロリダ隊、合同で始める予定です。

ミーティング室にご案内しますからどうぞ。ついてきて下さい。」

『Yes……』

葉月は山中を横に添えて、ジャッジ中佐の後に続いた。

「今、休息していたフロリダ隊が起床したところです。

ミーティングが終わり次第、入れ替わりで

小笠原通信チームに仮眠が与えられます。

夕方、起床後、フロリダ隊と小笠原隊で潜入準備と最終確認を。

コリンズ空軍隊には今からシフト通りにすぐに動いてもらう予定です。」

ヒンヤリとした薄暗い鉄の艦内に入り

通路に出てから、マイクの説明に皆は耳を傾けながらついてゆく。

(よかったな。隼人達に少しでも休む時間が出来て……)

山中がそっと腰を曲げて葉月の耳元に囁いた。

『そうね……。』

葉月もそこの配慮にはホッとした。

数十分後にウィリアムと隼人を含む通信チームが到着する予定。

葉月達空軍チームは、椅子が綺麗に並べてある狭い会議室に通された。

「正面のお席は御園中将、その隣はブラウン少将です。

御園中佐とウィリアム大佐は前面壁際の席に。

コリンズチームは一番端の列にお掛け下さい。

中央はフロリダ特殊部隊の『フォスター隊』になります。

起床して食事がそろそろ終わるので直に来ますでしょう。

フォスター隊を挟んで、反対壁際がクロフォード通信隊ですので。

ウィリアム大佐到着次第、御園中将がお越しになります。

細川中将には直接御園中将から説明いたしますので

細川中将の到着を待たずしてミーティングと言うことですので。」

「解りましたわ。こちらで待機しております。ご苦労様」

一通りのスケジュールを葉月も飲み込んで

案内役のジャッジ中佐にもう一度敬礼。

ジャッジは顔見知りである優雅な笑顔を初めて葉月にこぼして敬礼を。

「お嬢さん。頑張りましょうね。」

「マイクもね。父様の面倒大変でしょ。」

やっと、知り合いらしい言葉を交わして、

二人はそっと微笑みあって敬礼を解いた。

「いえいえ。日本茶はちゃんと持ってきましたよ。」

「もう。。父様はこんな時にまでそんな我が儘を?」

「あはは。私が勝手に持ってきたのですよ!」

「マイクじゃないと父様も過ごし難いったらないでしょうね。

本当にご苦労様ね〜……。」

『フフ……』

と、マイクは上官の娘の口悪に笑いをそっとこぼしていたが……。

マイクがリッキーレベルの良くできた側近であることは葉月も良く知っている。

本当に感心するぐらいの気遣いはこの彼も天下一品だった。

そんな馴染み同志の会話と知ってか、葉月とマイクをそっと置いて

デイブのキビキビとしたリーダーシップでコリンズチームは

言われた席に規律正しく座り始めていた。

山中も葉月が座る正面壁際に用意された、葉月の椅子より

一つ下げてある側近用の位置に腰をかけて大人しく待機。

そんな時……。

『うわぁ〜。揺れる船は寝心地悪いったらないぜ!』

入り口の向こうから遠慮ない声の日本語が響いた。

葉月はハッとして、思わず大人しく座った山中に振り返ってしまった。

山中も……察したのかサッと立ち上がり……

デイブもせっかく座ったのにすぐに立ち上がって入り口に振り返った。

それと共に、ザワザワした英語の会話が遠く聞こえ始めた。

そう……フロリダ特殊部隊『フォスター隊』がやってきたのだ。

フォスター隊の中で日本語が話せる男は一人……。

葉月は頭の中で

『何年ぶり!?』……と、身体が硬直した。

葉月の瞳は暗がりの廊下へ……他の仲間と視線は釘付けになった。