39.薄情な男

『ザバァ!!』

空が明るくなりはじめたオレンジ色の水平線の中……

二人の男と女が勢い良く海面から姿を現した。

男がアクアラングの酸素口を外して、供に来た女に言った。

「お嬢様……あそこです。あそこにまず……あがりますよ」

「ラジャー……エド」

隼人達が潜入するために這い上がった崖とは全く違う岩場にエドに案内された。

そこは基地の金網も何もない……車が走るような基地前の車道がある道の下だった。

「なんで? 軍とは違うところからあがるの?」

「崖なんてあがっていたら、タイムロスですよ?

夜が明けて多少危険でも、敵は基地外から出てきてはいないようですから……

先ずは、徒歩にて基地に近づきます。

それに……今、崖を進行中……

いえ、既に敷地内に潜入している二陣と鉢合わせる訳にはいきません。

軍が入り込んでいる反対側のフェンスから侵入します」

岩場にあがってそう言いながらもエドは葉月に手をさしのべてくれた。

今度は素直にそのエドの手添えに甘えて葉月は岩場にあがる。

まだ……空は明け切っていないがもう……夜明けはすぐそこだった。

薄暗い朝焼けの中、エドに従って葉月はウェットスーツを脱ぎ捨てる。

機敏なエドが葉月の耳に小型高感度通信器を取り付けてくれた。

二人でお互いの感度をチェックして、葉月はエドについて岩場をあがる。

エドが岩場の一番上で、銃を構えて右……左と警戒をしていた。

「早朝ですから……まだ車の通りも少ないようで……

と、言っても警戒態勢に入っている基地に近づく車もいないでしょう……かえって好都合です。

ですが……基地の監視塔から望遠にて監視されているかも知れませんから

いいですか? 今からここをあがってすぐに……向かい側の草場に移動しますよ?」

小声で囁くエドの声が葉月の耳に付けた通信器からハッキリ聞こえる。

「解ったわ……」

エドが銃を腰にしまい……息を潜めて道路に出ようとしていた。

葉月も遅れまいと、エドと供に神経をとがらせて集中をする……。

「GO!」

エドの手振りに従って、二人は一緒に道路に飛び出す!

身をかがめるようにして道路を横切って……素早く草場に身を隠す!

「この草場を突き進むと、正面門から側面のフェンスに辿り着きます……。

時間は5分……良いですか?」

「ええ……急ぎましょう!」

その草むらに……朝のひんやりとした潮風が激しく吹いていた。

岬特有の草原のような草場を葉月はエドとかき分けながら低い姿勢で前進する!

うっすら……闇が開け始めた空の下……。

葉月とエドは、静かに基地のフェンスに辿り着いた。

すると……エドが手探りで金網フェンスの下を探り出す……。

暫くすると……何もしていないのに金網の一部が外れたのだ……。

「どうして??」

「私が、犯人を調べるために先日ここから潜入したので……」

真顔で微笑みもしないエドの説明に葉月は驚くだけで……頷くほかない。

「そう……じゃぁ……二度目の潜入って事ね?」

「こう言ってはなんですが……その時暗殺したかったぐらいです。

手が出せないとはなんとも……悔しかったですね」

『暗殺』と言う言葉がさも当たり前に……彼の口から冷たく放たれたので

葉月は、一瞬ゾッとしたのだが……

『手は出せなかった』

彼等なら……簡単に片づけられる事だったのだろうが……

『世の動き』をよく見て私情を挟まない所はさすがだと感心をした。

(私はどうなの? 私情で動いているの??)

そんな気もしてきたのだ。

「さて──お嬢様……今から敷地内にはいるに当たって……

ボスに言い付けられていることがいくつかあります……

それを守っていただかないといけません……」

「義兄様の言い付け?」

「ハイ……先ずは……

一つ──もし……サワムラ少佐が死に絶えていても……

仲間が生きていれば当初の計画通り進めること……。

そして、一つ──全滅していたら潔く私と供に何も手を出さずに撤退すること

いいですね? 一陣が全滅していてあなたが怒り任せに主犯を捜して

敵をとることはしないようにボスに言い付けられました。

あなたが冷静さを失ったときは、例えあなたでも私は力ずくでボスの元に連れてかえりますよ?」

葉月はその言い付けに、言葉を失った。

どちらの言い付けも……『隼人が死んでいたら』という二つの言いつけだったからだ……。

そして……『私情』について、考えていた葉月の心を見透かすような義理兄の『言い付け』

部下のエドにここまで言い含めているとは……

葉月は自分の行動も、気持ちも手に取られていて……『適わない』と、唸ったのだ。

「解った……どちらにしても……あなたの力には適いそうにないし、お任せする」

葉月の冷たくも、暗く落ち込んだ声にエドは少しばかり同情めいた表情を刻んだが……

「さて……いよいよ行きますよ。

ここから……そこ、すぐに見える建物の壁から通気口に潜入しますからね」

「ラジャー!」

「スターライトスコープを忘れずに……

それから……今から夜が明けるので、明るいところでは外して下さいよ?

目が潰れますからね?」

「解っているわ……」

意外と心配性なのか? 几帳面なのか?

エドの細かい指示に葉月は解りきっていることなのにクドクドと言われて

思わず、呆れたため息をついてしまった。

とにかく……二人は空が明るくならないうちに敷地内に潜入成功!

建物の壁にエドがワイヤーを張って……そこから通気口に入り込んだのだ……。

暗い通気口の中、スターライトスコープをつけて葉月はエドの後をついて

埃まみれの通気口を突き進む!

『義兄様の言いつけなんて……聞きたくない!

隼人さんが死んでいるなんて……達也も死んでいるなんて……

小池のお兄さんだって……皆……きっと! きっと!!!』

葉月ははやる胸の鼓動を押さえながら……

緑色の画面を醸し出すスコープに映るエドの後ろ姿を必死についてゆく……。

『……??』

何かが、ぼんやりとして見えてくる。

何故だか……目がクラクラしていた……焦点が定まらない……。

その上、なんだか窮屈な感触を、隼人に感じさせていた。

そして──

「オラ! どうした!? ここで一人仲間を失うぞ!!」

「!!」

パッと目を見開いて、隼人はやっと我に返った!!

目の前に……仲間達が後ろ手に拘束されていて、壁際に並べられていた!

『気が付いたか!? 少佐!!』

隼人の目の前には、頬にアザを残している達也が……

これもまた、後ろ手に拘束されて……跪かされていた!

先輩達と並べられている一番端にいて、大きな男が構えている機関銃の銃口を向けられていた。

そして──

今、たった今、目を覚ました隼人にそっと日本語でそう囁いたのだ。

隼人は痛む頭の感触に眉間を寄せた……。

(しまった──コンタクトレンズが外れている!)

だから……景色がぼんやりと見えたのだ。

胸ポケットに眼鏡は入れているが……

「この東洋人がどうなっても良いのか!? 誰がパスワードを知っている!?」

隼人も同じだった!

両腕は後ろに回されて……テープで固定されているようだった。

そして……跪かされて……

その上!! そう叫んでいる『見えない男』が隼人の頭を

アーマーブーツで後ろから倒すように踏んでいるのが解って、急に腹が立ってきたが……

どうやら……頭のつむじの辺りにもう一つの感触……。

そう……ヒンヤリとした鉄の『銃口』を突きつけられていたのだ!

一人気を失っていた自分が、人質にされて……

ログインパスワードを、目の前に捕まえた先輩達から聞き出そうとしている……。

(くそ!!)

……そんな状況だと……やっと、飲み込めた!!

隼人は、ぼんやりとする視界の中から……

『トッド=クロフォード』が何処にいるか確認しようとした。

金髪の男が達也とは全く反対の端の方に見えた。

真ん中にもう一人金髪の男……。

体格が良いから中央にいるそれがフォスター隊長だと解った。

(トッド先輩──教えたらダメだ!!)

隼人は、皆とは別の最悪の状況下に置かれていたが……

クロフォード中佐が隼人のために口を割るなんて絶対に嫌だった。

その目線を……トッドに向けたのだが……

微かに見えるトッドの表情は、

隼人を守るべきか……使命を守るべきか戸惑っている表情であるのは

隼人にも把握できた。

(くそ……後もう少しだったのに……)

隼人も唇を噛みしめる……。

『ジッとこのまま耐えるんだ……二陣が来る』

皆がそう思って危なかしげに、隼人が目を覚ますまで、

口を割る割らないの攻防をしていたのが解る。

その間に、達也がいつもの『生意気大口』を叩いて

そこの大きな男に一発、二発殴られたのだろう……。

だから──口に頬にアザを作っている……。

隼人を守るためにそんな事をしたに違いない……。

『うるさい男、危険な男』と見なされて、一番端、銃を構える男の側に置かれたのだと

隼人には判断が出来た……。

隼人達が固められているのは、広い部屋の奥だった。

その奥の壁に一列に先輩が並べられて……向かい合わせに隼人が『見せしめ役』で置かれている。

先輩達の前には……空母艦から付けてきた『交信機』が奪われたのか……

山積みとされて、乱暴に踏みつけられた跡も伺えた……。

(通信機は??)

それは、押さえつけられている隼人には確認できなかったが……

誰かが後ろで『カタカタ』とキーボドを打ち込んでいる音が耳に入ってきた。

(奪われたのか──でも、『パスワード』なしでは起動しない)

だから──敵が隼人達を殺さないで『パスワード吐かせの最中』だと、

状況をやっと、隼人は把握する──。

(思い出した! 通信機セット中に……入り口が軽く爆破されたんだったっけ!?)

意識がハッキリするに連れて、何分前のことか解らないが

やっと……! この状況下に追い込まれた場面が隼人の脳裏に蘇ってきたのだ!

『二陣が来るまで、俺達が入り口突破を死守する!』

フォスター隊の『決心』を頼りに、隼人達、クロフォード通信隊は迷うことなく

通信機セットの準備に素早く取りかかった。

「サワムラ君……ログインパスワードを投入して、起動したら……頼むよ!」

小池と供に配線を組むクロフォードに『復旧第一声』を送信する役目を隼人は言い付けられた。

配線のセッティングが終わって、通信機と持ち込んできたノートパソコンを

小池の後輩が繋げる。

「ドドドド──!!」

「このやろう! 撃てば破れるってモンじゃないぞ!!」

フォスターや達也達が入り口に向けて、時折、撃ち込まれる機関銃の弾を

何とか和らげようとデスクを何層にも積み上げて入り口を必死に固めていた。

「トッド先輩! セッティング完了しましたよ!」

小池の後輩が、パソコンと通信機が繋がったことを報告。

「よし! 後一息だ! サワムラ君……」

クロフォードの手から……隼人は通信ヘッドホンを渡された。

「これで──復旧報告をして……空軍に岬上空を固めてもらい、

二度と対岸国が侵入しないように指示するんだ。

それが、出来るようになれば……上空からこの基地内にほかの救援隊が

基地外壁を固めて、犯人は囲まれる。空から逃げることもできなくなる」

神妙な顔つきのクロフォード隊長にその空管制の役目を言い付けられて……

「解りました……起動、お願いします」

隼人も表情を引き締めて、クロフォードからヘッドホンを受け取る。

「コイケ……俺と一緒に起動修正やってくれ……」

「ラジャー!」

「トミナガとミラー……サワムラ君と一緒に……周波数調整を」

「ラジャー! トッド先輩!」

隼人はヘッドホンをつけて……それぞれの持ち場に付く先輩を見つめて……

『静かになったな……』

ホッとしたように呟くフォスター隊が死守している入口を振り返った……。

(本当だ──急に静かなになった──)

ここに立て籠もっていることは敵も解っているはずなのに……

先ほどから、間を置いてはあの手この手で機関銃を撃ち込んでいたのに……。

急に静かになったのだ……。

「クロフォード中佐……」

隼人に嫌な予感が走った……。

トッドはもう──小池と一緒にノートパソコンに跪いて『パスワード』を打ち込もうとしていた。

「何しているんだ……? サワムラ少佐も早く通信機に付いてくれ……」

「待って下さい……おかしくないですか?」

「なにが!?」

言い付けられた『復旧』はもうすぐ目の前……。

その上、トッドは『ここで無理に復旧したくない派』だったのに……

隼人と小池の『ここでやろう! 少しでも早く!』に押されて意を決したのに……

煽った部下が『待って下さい』と、止めるので少しばかり苛ついた声を上げたのだ。

しかし……隼人は、そんなトッドにもお構いなしで……

入り口を警戒しているフォスター隊に歩み寄っていく……。

そして、隼人はヘッドホンをしたまま……達也の横に並んだ。

「何しているんだよ? 少佐! 早く持ち場に戻れよ!」

達也も勿論……早く、復旧作業を復活させて欲しいところを

隼人が何を思ったのか? 入り口に近づいて行くのを困ったように見つめていた。

「なんだ? サワムラ少佐?」

先頭にいたフォスターも訝しそうに眉をひそめる……。

隼人はヘッドホンを頭から外して、首にかけながら……

バリケートで積み上げられたデスクの向こうに耳を澄ました……。

「──!! やっぱり!!」

隼人の上げた声に、フォスター隊も何かを悟ったのか……

皆、顔色を変えてサッと……入り口から下がったのだ!

「外で……爆薬を仕掛けている! ここから離れるんだ!!」

隼人がそう言いながら、やっとセットした通信機に駆け寄る!

クロフォードも驚いて、ログインしようとしたキーボードから指を除けた!

通信隊は通信機を守るようにして、機材を引きずりながら……

入り口反対側の窓辺に移動!!

フォスター隊もまったく遠いところに皆が一斉に走り込んだのだ!

隼人とクロフォード……そして、小池が通信機を守るように引きずっていると……

『ドン!!』

単発的な短い爆破音……しかし、強烈な爆風と光が隼人達を襲った!!

入り口のデスクがいくつか……広くなった部屋に戻って来るかのように宙に舞っていた!

『ぐぁ!』

隼人は爆風で窓際の壁に激しく身体を打ち付けられた!

『…………』

皆の衝撃を受けた声が微かに聞こえたが……

『葉月──俺──』

こんな時にどうしてか? 長い栗毛を揺らしていつも通りに微笑んでいる恋人が浮かんで……

それからは……覚えていない……。

隼人はそこまで思い出して……もう一度、首を振った……!

『生きていたなら……何とかしないと!』

だけれども……

「まったく──この東洋人が、空管制役なのでしょう?」

隼人の頭を足蹴にしている男とは……違う……若い男の声が後ろからする。

その男らしき足が……隼人の視界に移った。

そして──その若い男が隼人が首にかけていたヘッドホンを手にしていた。

その男はゆっくり余裕気に……一列に壁に並べている先輩達の前を行ったり来たり……。

そっと……隼人が目線をあげると……

眼鏡をかけた金髪の男だった。

若いのに妙に『堂々』としている……。

隼人が持っていたヘッドホンを手でもてあそびながら……

金髪の眼鏡男は、ニコニコと……先輩達の前で囁く……。

「見たところ? この東洋人は若いし『通信役』

通信専門のリーダーはこの中の誰かな? それとも?

今ここで……目が覚めた東洋人の彼だけが……『パスワード』知っているのかな?」

金髪眼鏡男が……『にっこり』……目を覚ました隼人に振り返った!

隼人と目が合う……。

(そうか──案外、俺が気を失っていて正解だったか……)

誰も口を割らない……。

だったら──

通信役とされている『気を失っている東洋人:隼人』が知っているかも知れない……。

だから──

隼人が目を覚ますまで……誰も殺されなかった……。

そうゆう事らしい……。

(──って事は!? 俺が目を覚ましたってやばいんじゃないの???)

隼人はそう解った途端に頭の中でいろいろなことが『ぐるぐる』と巡って回転を始めた。

『俺が──気が付いた東洋人が本当に知らなかった……

それならば──目の前の誰かが知っているから……

『この東洋人を殺すぞ』と叫べば……先輩が口を割るかも知れない!』

その次ぎ

『俺が実は一人だけ知っていると装ってみる……

もったいぶらすだけもったいぶらせば……先輩は攻められない……』

でも?

『吐かないダミーの俺を痛めつける姿を見て……先輩は口を割るかも!?』

どっちも一緒だった……。

でも──後者の考えだと少しばかり時間が稼げるかも知れない……。

隼人がログインパスワード知る者でないと判明しても

自分が人質として……痛めつけられるだろう……。

その間──先輩には何が何でも口を割らないように耐えてもらうしかない!

隼人は……意を決した!

「俺が……知っている」

英語で囁いていた金髪の眼鏡男に英語で呟いてみた。

勿論──並べられている一陣隊の先輩達が驚いて息を止めたのは言うまでもない。

隼人がそう言った途端……

金髪の若い男が眼鏡の縁を光らせて『ニヤリ』と微笑んだ。

「ど……どうするつもりなんだよ!?」

達也が日本語で驚きの声をささやかに送ってきたが……

『黙れ!』

隼人の発言を止めるために達也が引き留めていると取ったのか

彼の横にいる男が……達也の頭に銃口をさらに押しつける!

達也は苦虫を潰したような表情で、うつむいて黙り込んだ。

金髪の眼鏡男がさっと……隼人の後ろに下がった……。

「英語がお上手ですね。東洋人さん……

さて──嘘か本当か……言っていただきましょうか??」

彼が隼人達がセッティングした通信機器の側に行ったのが背中で解る。

「……」

(なるべく──焦らさないと……)

隼人はそう思ってもったいぶるように暫く黙り込んだ……。

「言え!」

隼人を足蹴にしている男が、隼人の頭を後ろから踏み倒しながら……銃口をつむじに押しつける……。

「……大文字のE」

『カタ!』

キーボードの音がこの広めの部屋に高らかに響いた。

「次は?」

「今……時間は……」

余計な口と解っていたが、隼人は気にはなっていたので尋ねてみる。

「はぁ──どうしてかな?」

「空が明るくなってきているから」

「じゃぁ──その時間ぐらいでしょうね……次は?」

下手に時間を気にすると二陣が来ることを待っていることがばれてしまうだろう……。

知りたいことだったが隼人は彼が教えてくれないならそれで良しとした。

「数字の7……」

『カタ!』

「もっと早く言ってくれませんか?」

「後ろの男が恐ろしくて……思い出せないな」

隼人は少しばかり微笑んで、余裕に囁いてみる。

先輩達が唖然としながらも……冷や汗をかいて隼人を見守っていた。

だが……少しばかり金髪の男が『ム!』としたのだろうか?

「……早く言わないと今度は目の前の誰かがあなたの代わりに殺されるかも?」

隼人に合わせるかのように……妙に『嫌みたらしく』言い返してきた。

(来たな……)

隼人はフッと思い描いていた所に、相手を連れ込めたかも知れないと……

おもわず……口元をそっと緩めてしまった……。

フッと目の前にいる達也を見つめた……。

『…………』

隼人のその視線を、達也もしっかり受け止めようとしてくれているのが解ってホッとする。

『何をやろうとしているんだよ!』

彼は隼人の意志を何とか汲み取ろうと……ジッと見つめていた。

「そうだな……そう思うなら殺してみては?

もし──俺が嘘のパスワード保持者であった時……

思い余って君が見せしめで殺してしまった男が……実は本物かもね?」

隼人の『挑発』に後ろで彼が『ム!』としているのが解ったが……

「その答えはすぐに出るでしょう?次は??」

隼人が丁寧に告げるパスワードを言い終えるまでは……

隼人が真の保持者かどうか解るまでは……

手荒に先輩達には手を出さないと『確信』を得た。

目の前の先輩達が……そんな隼人の『仕掛け』をやっぱり冷や冷やとしながら見つめていても……

今まで一番足手まといだった隼人の大胆な『挑発』に驚いている様が伺えた。

ただ一人──

隼人の目の前の達也だけが……

『へぇ──やるじゃん♪』と、ばかりに余裕に微笑んだのだ。

その、笑みを見ただけでも隼人の心は妙に和んだのだ。

とにかく──時間を延ばす──敵を攪乱しなくてはならない!

例え……ここで隼人達の手で復旧が出来なくても……

二陣達が辿り着いて、隼人達の代わりに復旧をしてくれるまでは……

隼人達は敵に『新・システム』を奪われてはならないのだ!

おそらく──

これだけの人数を捕らえて……

これだけ敵に『オオボラ』をふっかけて……隼人が『偽のパスワード保持者』と解った時……

『俺は殺されるかもな』

そう……思った……。

でも──やれるところまでは、やらないと──

ここで、二陣に手柄を譲っても新システムを奪われては意味がない。

例え命からがら逃げ延びても……中隊長・御園中佐の所には帰れない。

彼女はどのような形でも、『お帰りなさい』と笑って迎えてくれるだろう……。

彼女の為にも本当なら……父親が言うように『命は一つしかない』……

そう思って、待ち望んでくれている折角出逢った『恋人』の為に帰るべきなのだろう……。

でも──

彼女の部隊に泥を塗るのはもっと我慢が出来なかった。

勿論……今回泥を塗っても、あとで挽回すればいいだろう……。

彼女も一緒に頑張ってくれるだろうし、隼人だって『全力』を尽くす。

でも──今回の『失態』で彼女がその度に苦い思いをするのは……

やっぱり部下である自分のせい……。

ならば──万が一。 今のこの危険な『賭け』を望んでみたかったのだ。

(葉月──ゴメンな──俺もやっぱり軍人……男なのかもなぁ)

「次は!!」

苛立つ金髪の彼に従って……次のパスワードを隼人は呟く。

「小文字のp」

「次は!?」

「えっと──」

「早くしないとあなたを撃ちますよ!」

「言え!!」

「小文字のc」

そんな風にして、ゆっくりと一文字づつ伝えて行く……。

でも──隼人の『はったり』の制限時間が徐々に近づいてくる……。

「次は!?」

「……」

隼人が何とか時間を延ばそうと……少しばかり黙り込むと……

やっぱり隼人を押さえている男が、ここぞとばかりに頭を踏んで銃を押しつけた。

「あ──確か……数字の8じゃぁなかったかなぁ??」

そこで……計ったように達也がとぼけた声で口を挟んだのだ!

『海野中佐……』

「最後は大文字だった? 数字だった? どっちだった?」

そういって隼人も達也に返してみた。

「忘れた」

達也も度胸が据わっているというかなんというか……

そういってとぼけるので隼人は思わず大笑いしそうになったが、何とか堪えた。

しかし──

こんな『おふざけ』通用するはずがない……。

案の定──

隼人の『はったり』に従って時間を費やした金髪眼鏡の彼が顔を真っ赤にして

隼人の目の前にノートパソコンを突き出したのだ。

「さぁ……あなたのもてあそびもここまで。

最後の一文字を教えて下さいよ……? ここで『嘘』と解れば……覚悟は出来ていますね?」

「…………」

とうとうその時が来たと……さすがに隼人も額に汗を浮かべた。

頭の上で男が銃の引き金に手をかけたのが解った。

隼人は……そっと達也を見上げた。

『……なに?』

彼ももう限界なのか……行くところまで来てしまったかのように……

緊張感を漂わせながら……同じように額に汗を浮かべていたのだ。

「海野中佐……俺にもしもの事があったら……彼女を頼んだよ」

日本語で隼人は囁いた……。

「な……!」

「たぶん──君なら大丈夫──よろしく。

こんな大馬鹿で薄情で戻ってこない男の事は忘れるように言ってくれ」

「くそ! 本当に奪うぞ!! 葉月を!」

達也が隼人の『覚悟』は本物だと悟ったのか、敵に従えられているにも関わらず

身体をよじらせて、そう言い返してきたのだ!

「シャラップ! 東洋人同士で悪あがきはやめろ!!」

金髪の彼が怒りだして、隼人の黒髪をむしり取るように掴みあげる!

『サワムラ君……』

『澤村君……』

日本語が解る男達は、『ここまでか──』と唇を噛みしめて涙混じりの声を漏らしたのだ。

『お嬢が待っているのに……』

最後に小池のそんな囁きが聞こえた……。

「さぁ──言うんだ! 最後の一文字!!」

達也の眉間にも銃が突きつけられている……。

もしかすると──

『嘘』がばれた場合は茶化した二人一緒にやられるかも知れない!

「さぁ──!!」

金髪の彼に額を床に押さえつけられた!

隼人はその『屈辱』を噛みしめながらも……

フランスのマルセイユの風を頭に思い浮かべた……。

『大尉……』

一年前の夏──自分に微笑みかけてくれた栗毛の女性。

『俺の……お転婆ウサギ』

少しばかり目頭が熱くなってきた……。

「大文字の……」

隼人の唇が震える……。

『葉月……緑の葉っぱは落とすなよ……二度と落とすなよ!』

自分がいなくても……彼女が前に進めるよう願いながら隼人は呟く……

「大文字の……X!」

金髪の彼の指が勢い良く、『X』のキーを叩いた!!