=マルセイユの休暇=

5.パパの部下

 『あはは!』

御園夫妻が、あれやこれやと相談しながら娘の病室の入り口に立つと

そんな笑い声が聞こえてきた。

亮介と登貴子は顔を見合わせて、首を傾げる。

そっと、ドアから病室を覗くと

そこには、いつも仲が良い姉弟のような『孫と娘』の楽しそうな姿。

夫妻はお互いに顔を見合わせて、安心して微笑んだ。

「真一を連れてきて正解だね? 登貴子」

「……だって。葉月が素直に笑うのは真一だけだもの……」

笑顔を失った幼い娘が、笑顔を取り戻したのは……

真一が生まれたときだった。

『可愛い──!』

そういって、産みの母親である姉や父親の純一を差し置いて

小さな真一にすっかり執着。

毎日、毎日……保育器に入っている真一を

『見たい、見たい!』と、せがんでは純一と一緒に通っていたのだ。

末っ子の自分が『お姉ちゃん』になった気になれたのだろうか?

だから……葉月は真一といると『しっかりお姉さん』になろうとする。

だから──そう思って登貴子は真一を連れ出すため、遠回りでも日本に寄ったのだ。

夫妻もホッと頬をほころばせて病室に入った。

「葉月、お腹が空いているだろうが、夕飯までは駄目だそうだよ」

亮介がそっと残念そうに葉月に解らせようとすると……

葉月はやっと亮介にも『にっこり』

「そう……いいの。ダメモトで聞いただけ」

そういう葉月の『魂胆』を真一は解っていた。

ワザと我が儘なフリして、真一と二人きりになりたかったから両親を上手く外に出したのだと。

「起きるのも、我慢して? まだ処置が済んだばかりだから……安静にって」

登貴子もそう言って葉月の額を撫でると

ここでも葉月は素直にニッコリ微笑んだのだ。

「ゴメンね……少し……安心したら眠くなってきたわ」

「そうかい? じゃぁ……ゆっくり眠りなさい」

亮介にも額を撫でられて……葉月は満足そうに微笑んでホッと一息ついて目を閉じた。

「次ぎに目が覚めたら……きっと隼人君や達也君も来ているわよ」

「うん……ママ」

「葉月ちゃん……ゆっくり休んでね?」

真一の優しい言葉にも葉月はニッコリ微笑んで……

一頃すると、薬の効果のせいか、スヤスヤとアッという間に寝息を立ててしまった。

「さて──葉月も落ち着いたようだから……私はそろそろ……

少しでも任務隊に顔を出さないと」

亮介の顔が急に『将軍』に戻った。

そして──登貴子も……

「そうね。そうした方が宜しいわ? 葉月は私に任せて」

「頼んだよ。また、夜にでも来るから……」

「あなたも……休んでいないのでしょう?」

「ああ……任務隊の状態を確認して時間が余ったら

私も宿舎でマイク達と一休みする予定だよ。

登貴子──君も倒れたんだから……無理しないようにね」

「私は大丈夫……もう、すっかり元気よ」

夫妻が、お互いをいたわり合って微笑んだ。

真一も、いつものお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの仲の良い姿に見とれて満足。

「真一、あとで、ゆっくりな」

「うん! 一階にあったレストランに夕ご飯連れていって♪」

大好きな逞しいお祖父ちゃんが頭を撫でてくれて真一も猫のようにじゃれてみたり。

甘えてくる孫に亮介はすっかり目尻をさげて、にっこり病室を出ていった。

そして……一頃して、登貴子も動き出す。

「担当の先生に揃えるように言われた物がいっぱいあるのよね

シンちゃん……一人でお姉ちゃんとお留守番出来る? お祖母ちゃん、売店に行きたいの」

登貴子がハンドバッグを手にして、少しばかり任せにくいような顔を真一に向けた。

「大丈夫! 葉月ちゃん寝ているし」

「本当に? あ……そうだわ」

登貴子がバッグから何か小さな冊子を取りだして真一に差し出した。

「なに?」

「ビギナーフランス語講座」

登貴子が笑って真一の手に握らせた。

「先生に何か聞かれても、解らないことには無理に答えないように。

それから……どうしても困ったときは……お姉ちゃんを起こして良いからね?」

「なるべくそうならないように……頑張る!」

真一だって一役買いたいところだ。

だから……張り切ってお祖母ちゃんを外に送り出した。

日差しが降り注ぐ病室はちょっと静か。

機材の音が『ピッピッピ……』と規則正しく聞こえてくると、ちょっと眠気を誘う昼下がり……。

でも、真一はバッグから眼鏡を取りだして……『フランス語講座』を早速眺めてみる。

 葉月がスヤスヤ寝息を立てているのを時々確かめながら真一は眼鏡をかけて

『フランス語講座』を読みふける。

「嬉しい──ジュ スイ コンタン? かなしい──ジュ スイ トリスト?

うーん……英語と違って舌、噛みそう」

そう思って舌を『ンベ。。』と出して顔をしかめてたりしていると……。

「ボンジュール」

真一はドッキリ! お留守番中に白衣の先生が病室に入ってきて飛び上がる。

胸がドキドキした……。

入ってきた白衣の先生は、栗毛の男の先生。

それになんだか、医者のくせにワイルドっぽい無精ヒゲなどがあったりして

真一はちょっとそのカッコイイ先生に緊張しながらも暫し見とれてしまった。

そして──ハタと我に返って

「ボ・ボンジュール……」

御園の一員として、格を落とさないようにときちんとご挨拶。

すると先生はそんな真一を見て優しくニッコリ……。

真一は頬を染めてしまって俯いた。

なんだか……すごくカッコイイ先生だったのだ。

その先生がそっと葉月に視線を馳せた。

(この人が葉月ちゃん担当の先生?)

真一はお祖母ちゃんがいない時に、こんな若くてカッコイイ先生が

葉月に近づくのに妙な『危機感』を走らせた。

そこは、真実を既に知ってしまった真一としても『若叔母の警戒』は重々理解していたから。

『エクスキュゼ モア?』

先生が寝ている葉月にそっと声をかけている。

真一は『ドキドキ』……何も起こらないことを願って手に汗握って緊張。

所が……そんな気配取りはどんな時でも『敏感』な若叔母。

あんなに安らかに眠っていたのに、男の先生が声をかけた途端に

『バチ!』と、かなり警戒した顔で目を開けたから……真一もビックリ!

それどころか……

「──!!」

葉月がその先生の顔を見て……かなり驚いた顔をしたのだ。

『お加減如何ですか?』

先生がフランス語で葉月に話しかける。

真一には、何を問いかけたかは解らなかったが……先生の優しい笑顔がそう言っていると感じる。

警戒をしてものすごく驚いた顔の若叔母が……どう反応するのか?

嫌がるなら、真一が動けない若叔母を守らなくてはならない。

そう思って、真一も『警戒』

なのに? 葉月は先生をジッと見つめて……なんだか嬉しそうに微笑んだのだ。

『え?』

真一は思わぬ若叔母の反応が腑に落ちなくて眉をひそめたのだが……。

『宜しければ……傷の具合加減を見せていただきたいのですが』

先生がまた葉月に話しかけている。

そして、葉月がそっと穏やかに微笑み……

『ウィ……』と答えている。

『ウィ』は真一にも解る単語。

(なに〜? 何を了解したのかなぁ? 葉月ちゃん……)

そう思って若叔母自身が警戒していないのだから『大丈夫だろう』と眺めていると

先生はそっと葉月に近づいて、彼女が着ている患者服を肩から滑らしたから……

真一はまた、驚き!

(お医者さんなら……平気なのかな? 葉月ちゃん)

若叔母が……隼人も両親もいない所で、安易に白い肩をはだけさせる。

左肩には大きな脱脂綿が太い布テープでがっちり貼られている。

それを先生がそっとテープを剥いで、脱脂綿も取ってしまった。

そして先生が優しい表情を、一転させて固い真剣な眼差しを傷口に注いだ。

その時……葉月が真一に視線を向ける。

「? 葉月ちゃん? 何?」

「こっちに来て? 先生のやること、シンちゃんもお医者の卵、見せて貰ったら?」

葉月がニッコリ……穏やかに微笑んで真一を手招きする。

『それも、いいかも♪』と思って真一もそっとその先生の傍らに寄って覗いてみると

何故だか? その栗毛の先生が頬を染めていたのだ。

「??」

真一が首を傾げると、葉月もなんだかそんな反応の先生を訝しそうに眺めていた。

『……これだけの処置なら大丈夫そうですね? ボスも安心するでしょう……

全治二ヶ月ですか? ご気分は?』

でも、先生はすぐに落ち着いた顔に戻ってまたフランス語で葉月に話しかけている。

『大丈夫。気分もいいわ……ボスに宜しく。色々有り難う……先生』

『お大事に……』

外人のくせに……その先生は何故か葉月に頭を下げて去っていった。

その途端に葉月の顔が強ばって真一を見つめた。

「──? 何? 葉月ちゃん??」

「シンちゃん……今の先生を追いかけて……!」

「なんで?」

「今の人ね……兄様の部下なの……いつも側にいる人なの!

私の傷具合を確かめて……兄様に報告するって言っていたわ!」

「──!!」

「彼は『一流のプロ』だから、去るのも早いわよ! 早く……気づかれないように!」

葉月は今にも起きあがりそうな勢いで真一に強くそう言い含める。

真一は……それでも足が動かなくなった。

やっぱり……直接『父に会う』と言う事が、自分ではどう言うことかまだ解らないのだ。

「大丈夫よ──兄様は……きっと逢ってくれる!」

外国の町並みに一人で出かけること……そんな事はどうだって良い。

とにかく、解らないのだ。思慕は抱いても……何を話して良いのか解らないのだ。

「〜うぅぅん……」

葉月がそんな唸り声を喉から絞り出して、無理に起きあがろうとしている。

それを見て……

真一は、サッと病室を飛び出す! 視界の端にホッと微笑んだ葉月がチラリと見えた。

 HCUの入り口……自動ドアを飛び出すと……

栗毛のカッコイイ先生は、白衣を『チラリ』と翻して階段を降りていく所!

『一流のプロよ! 気づかれないように!』

真一は先生が踊り場を曲がって次の階段を降りるまでは、階段に飛び出さない。

彼が降りたのを確かめて自分もサッと階段に飛び出す!

額に汗を滲ませながら……慎重に、慎重に一階まで……

栗毛の先生の頭を僅かに確かめながら……一階まで降りられた。

降りた廊下は人影が少ない『検査室』が並んでいる通り。

階段から廊下に飛び出す前に、真一はそこで栗毛の先生に

『気配』を読みとられないよう、留まって……チラリと覗く。

先生は……人影少ない廊下で、サッと白衣を脱ぎ去る。

白いシャツ、黒いスラックス……はためく軍医のモスグリーンのネクタイ。

(言われてみれば、ちょっと軍医の服装と違うジャン??)

しかも先生は白衣を脱ぎながら、襟からモスグリーンの規制のネクタイを取り去って……

チラリと後ろに振り返った!

真一は驚いて、サッと階段の壁際に頭を引っ込める。

『ガン……』

そんな音が静かな廊下に響いて……『カツカツ……』

先生が歩き始めた音がして、そっと覗くと……

先生が去ったすぐ後ろにあるゴミ箱の蓋がユラユラと揺れていた。

(わぁ。白衣とネクタイ……捨てたのかぁ)

なんて大胆な侵入を堂々とすることかと真一は手にまた汗を握って

廊下へと息をひそめて、歩き出す。

薄暗い検査室通りの廊下が徐々に明るくなって、患者が往来している『内科』にでる。

先程……隼人がお祖母ちゃんを運び込んだ場所だった。

そこから暫くすると……真一と登貴子が最初に来た受付ロビーに出る。

沢山の人が行き来している中で……

栗毛の先生は、もう先生じゃなくて……『一般人』

小笠原同様……軍の医療センターは民間にも開放しているから。

民間人だって沢山いる。

その先生が『民間専用出口』に向かっていった。

真一は見失わないよう広いロビーの端っこを伝うようにして同じ出口を目指す。

その回転扉の向こうの景色は……『外国』

外人の栗毛の先生は、躊躇うことなく……出ていった!

が……そこで、またチラリ……と後ろに振り返ったので……

真一は驚いて! 後ろを向いて……側にいる大きな隊員さんと重なるように隠れる。

先生が背を向けて……また歩き出す。 外へと脱出成功!……と言うところだろうか?

真一も回転扉をくぐって……

日差しが柔らかく降り注ぐ……石畳の街……

真っ青な青空の『マルセイユ』に一人で飛び出した!

 『ジュール……ジュール……』

「エドか? お嬢様はどうだった?」

こちらは噴水が見える緑の公園前。そこの街中。

商店が並んでいる少し賑わいある海辺の街に停まっている黒いベンツ。

運転席で金髪、茶色のサングラスをかけた黒スーツの男が……

聞こえてきた声に反応して、耳元に付けている小さな交信機、マイクに話しかけた。

『ジュール……お嬢様の側に真一様がいたんだけど……』

「なに? 真一様までこっちに来ていたのか?」

ジュールは驚きながら……フロントミラーからチラリと後部座席を見てしまった。

後部座席には、煙草をくゆらせている黒いスーツ、黒サングラスの『ボス』

ジュールの一言に……その男が、身を固め……煙草を指に挟んで口から外した。

だが……それだけ。

ボスはまた……窓辺の緑の向こうにある海辺公園の噴水に視線を馳せるだけ。

ジュールはフッとため息をついて……

「エド……早く戻ってこい」

後輩にそう命令する。だが……

『真一様が……俺の後を付けてきて……一人で街中に飛び出したんだ』

「なに?」

ジュールがまた驚くと……またフロントミラーでボスと視線が合ったが……

今度はジュールから先に視線を逸らした。

『ジュール……お嬢様が送り出したに違いない……まくのは簡単だ。

でも……どうする!?』

エドの『どうする!?』

その戸惑いはジュールにも良く解った。

潜入専門のエドが人をまくのなんか『簡単』な事だ。

エドがそれでも『ワザと真一に後を付けさせている』

それは……『ジュール……逢わせてやれないのか?』

その『同意』を後輩が求めているのがジュールには伝わってきた。

エドが勝手に連れてくると、純一はあからさまにエドを咎めるだろう。

だが……長年一緒にいる『ボス弟分』のジュールが先輩として

エドと同調したのなら……『部下の勝手な選択』はジュール、エドとも『同罪』

だから……いつもは生意気な後輩エドも、こう言うときはジュールを頼ってくる。

勿論……ジュールだって……

「……同意」

ボスに悟られないよう、そっとフランス語で短くエドに返事を返す。

『解った……それとなく誘導する』

そこでエドの声が聞こえなくなる。

ジュールは落ち着かなくなったが……鋭いボスには悟られてはいけない。

何喰わぬ顔で町並み行き交う、街の人々を眺める。

「どうした? エドに何かあったのか?」

やはり……息子が側に来ていたとあって純一も気になるのだろうか?

「いいえ? エドが何か飲み物でも買って良いかと聞いてきた物ですから……

せっかく町並み歩いているから、アイスカフェオレでもどうか?と……で、『同意』を──」

ジュールは苦笑いにてフロントミラーにボスへと微笑みかけた。

「そうか……それも良いかもなぁ……なんせ、岬と違ってここは風がなく暑い」

「でしょ?」

ジュールの『ニッコリ』に純一は何も感じなかったようにしてまた公園に視線を馳せた。

「ボス? 岬の帰りにスキューバーダイビングなんかして……どうしたんですか?」

エドが来るまでジュールもそれとなく違う話題に逸らしてみる。

純一は洞窟に隠したクルーザーを海原に出した途端に……

『海に潜りたい。良いポイントを知らないか?』と言い出したのだ。

ジュールは『終わるなりなんですか?』とすぐに帰ろうとしない純一に呆れたのだが……

後輩のエドが何かを知っているかのように……

『ボス! 熱帯魚がいっぱい見られるポイント知っていますよ! 私が運転します!』

などと……張り切ってマルセイユのダイビングポイントに移動したのだ。

(まったく──なんだよ? 二人して……)

岬基地の潜入の際、二人だけが葉月の側にいてジュールは一人行動を命じられるし。

いったい何があったのか? と不機嫌にならざる得ないじゃないか?

そうして……エドが移動した、真っ青な美しい岸辺について

純一が一人で海に潜ってしまったのだ……。

『エド……なんのつもりなんだ?』

ジュールがクルーザーの甲板でスーツに着替えながら後輩に尋ねると……

『お嬢様が……欲しがっていたから』

エドがスーツに着替えながら……『いきさつ』を教えてくれたのだ。

『……そうか。じゃぁ……基地街についたらお洒落な小瓶でも捜すか?』

ジュールがそう提案すると、エドもニッコリ微笑んだ。

『そうだな。俺がいい雑貨店をネットであの街中で捜す』

エドは手先が器用な上……美的センスが抜群なのだ。

そこはジュールも認めているところ……だからエドは医師以外に美容なども専門としている。

『じゃぁ、俺がこっそり後で仕入れる』

そんな事には気が合う後輩。

不器用で素直じゃないボスには、真っ向から提案するとひねくれてしまうから……

『こっそり、そっと』……魚を捕ってきた後に差し出すことにした。

純一は潜る前に、どうでも良いような瓶を手にして行ったから……

案の定……一時間ほど純一は海に潜って……瓶の中に黄色や青色の熱帯魚を詰めてきていた。

丁寧に……緑の海草まで……。

『ボス──それ、どうするのですか?』

ジュールが知らない振りして尋ねてみると……

『別に……目の保養だ』

それだけ無表情に答えて……ウェットスーツを純一が脱いだ。

エドは船室で黙々とノートパソコンに見入っていた。

絶対にそんな事……義妹の為とあからさまに言わない男。

 

ジュールはそれでもう一度、話を逸らすために尋ねたのだが……

「せっかくマルセイユに来て血なまぐさい仕事で終わっては後味悪い。

美しい景色を見て終わりたかっただけだ」

純一が二本目の煙草に火を点けて……またサングラスの視線で公園向こうの海辺を眺めている。

(ほんとに〜素直じゃない)

純一の座る後部座席の足元にどうでも良い瓶に入った魚が2匹……。

港について、ベンツを取りに行く際……エドが見つけた店でジュールはこっそり小瓶を入手。

その瓶は、エドが座っていた助手席に箱に入って置いたまま。

(しかし……真一様が来るなら……渡してもらっても良いかもなぁ?)

そう思って……ジュールは助手席から小瓶の箱を手に取った。

「ボス。ボスが目の保養に取ってきた魚が映えるように……先程見つけたんですよ」

ジュールは箱から、小瓶を取りだして後部座席の純一に差し出した。

蓋がアンティーク調の胴金づくり。

真上じゃなくて、すこし手で開けやすい位置に斜めについている小瓶。

ガラスは透明じゃなくて少しばかり薄緑に色入ってガラス内には気泡が入っている。

純一がそれを見て……

「ほぅ? 良いじゃないか??」

目を輝かせた。

ジュールもにっこり……。

『オチビが喜びそうだ』

そう思って、純一が嬉しそうに手にとって……早速、どうでも良い瓶から

そのアンティークの小瓶に魚を海水事移し替えた。

そして……『トドメ』

「エドが先程、ネットでその魚の種類を調べましてね? 飼い方などを……メモしました」

ジュールは胸ポケットから白い二つ折りのメモを取り出す。

それにも純一は目を輝かせた。

「そうか! わるいな……いつも」

「ついでに……そのメモ、輪ゴムにて瓶に付けておくと

餌をやる度に見ることが出来て……忘れなくて宜しいかも?」

「なんだ? そんな事しなくても俺は忘れないぞ?」

ジュールがやっと『ニンマリ』、いつもの生意気でボスに微笑むと……

やっと純一も気が付いたよう……。急に表情をいつものように固くした。

プレゼント用に輪ゴムで説明書を付けろ……というジュールの遠回しに

『オチビへの贈り物とばれている』と悟ったようだった。

だが……お互い『知らぬ振り』

そんなやり取りを済ませた頃……

ジュールが座っている左ハンドルのバックミラーにエドの姿を確認。

ジュールは『いよいよ』と緊張を走らせる。

ミラーに映る後輩エドも……妙に固い表情にてベンツを見つめていた。

石畳の町並みの中……エドの姿がバックミラーから消えた途端……。

人並みの中……栗毛のジーンズ姿の少年が躊躇うように姿を映した。

『ジュール……連れてきたぞ』

「…………」

昼下がり……町並みは、そろそろ夕食の買い物で賑わう頃……。

公園では町人たちが緑と海の風に揺られてくつろぐ午後のマルセイユ。

石畳の街の中……栗毛の少年が切なそうに黒いベンツに

栗毛の男が到着したのを確認して立ち止まっていた。

『さぁ……おいで。ここまで勇気を出してきたんだ。おいで……怖くない』

ジュールはミラーに映る少年にそう念じた。

エドがベンツに戻って、道際、右側の助手席のドアを開こうとせずに……

やっぱり……人並み向こうの少年を心配そうに見つめる。

後部座席の黒い男は、まだ……気が付かない。

部下が用意したアンティークの瓶の中に泳ぐ魚を

そっと微笑んで眺めているだけだった。