50.獲物

「サワムラ大尉って…お嬢に似ていない?」

「からかってもすました顔って?」

「だったらお嬢の方がまだムキになるタイプっぽい!」

デイブの後輩達は、やっと対面できた『お嬢の側近』の話で盛り上がっていた。

「良い青年だね。デイブも気に入ったんじゃないの?」

デイブと同期であるフランシス大尉がいつもの穏やかさでにっこり横で微笑む。

「まぁな。コレで落ち着くと良いんだがね。」

同い年の彼は階級は下だが、同世代なので

葉月を一緒に…大人の男として見守ってくれてきた同志。

フランシスも『本当だ』とクスクスと笑った。

隼人と別れてそんな賑やかさを携えて…デイブ達は女子ロッカーの扉を通りすぎた。

『リュウ!今日のフライトさ!俺の方が上手♪』

『フン!十年早いよ、マイケル!』

上下の関係は最低限の礼儀以外はない…本当に良くできたチームだと

デイブはいつものつつき合いをする後輩達に笑顔をこぼして

フランシスと先頭を歩いていた。

『ガシンン!!!』

何かがたたきつけられるような音が遠くから聞こえた。

『!?』

デイブだけでなく…メイト一同が何かを悟ったように足を止め振り向く。

「…女子ロッカーからじゃなかった?」

葉月の後輩でもある…ノリの明るい栗毛のマイケルが…いつにない怯えた顔で呟いた。

「キャプテン…」

リュウが心配そうに呟く前に…

皆の前をデイブが既に女子ロッカーに向かってダッシュしていた!

『キャプテン!!』

青年達とフランシスはデイブの背中を追った。

しかしデイブは扉のノブと手にして何かためらっている。

「嬢?」

分厚い扉を突き抜けるはずもない、か細い声でデイブが囁く。

「おじょ…!!」

マイケルが叫ぼうとしたが…デイブがその口をふさいだ。

「リュウ。ジョイを連れてこい。いいか?騒ぐなよ!」

『お…オーライ…キャプテン。』

直進型のデイブが思ったより落ち着いた命令を出したので

リュウは戸惑いながらもサッと走り去ってゆく。

「フランシス。お前は…細川のおっさんだ。

何か解らないが…何かが起きたとだけ報告しろ」

「わ…わかったよ…デイブ。急いで行って来る!」

「平井。サワムラを呼んでこい!いいか?メンテチームに気取られるなよ!

ハリスには…メンテメンバーを外に出さないよう言ってくれ!」

「了解!キャプテン!」

唯一の日本人男性である彼も落ち着いた顔で男子ロッカーに走った。

『俺は?キャプテン…』

マイケルが何も任されない不満を顔に刻んだか…

「お前はここにいろ!スミスお前もだ!力がいるかも知れないからな!」

栗毛のマイケルと…体格がいい『黒人パイロット』のスミスはデイブの元に残された。

『後の奴らは統括課に行って上手い理由付けて合い鍵借りてこい!』

後の若いメンバー達は事の重大さに頷いてデイブが言う通り

不安そうな表情をしながらも足早に管制塔を去っていく。

(しまった!サワムラの…勘が当たってしまったか!)

デイブにはすぐ解った。

デイブは『女子ロッカーの無防備』な話は噂で聞いていた。

しかし…葉月に限っては何も起こらないだろうと。

彼女はデイブが思っているより警戒心が強いし、腕っ節も良い。

ロッカーに入るときでも男性一同がロッカーに入るのを確かめてから入る。

だからデイブもその警戒心を和らげるために、

小うるさい後輩達を先にロッカーに押し込めてから…最後に自分が入る。

そして…

『嬢!後で来いよ!』

そう毎日声をかけると彼女はやっと安心したようにロッカーに入ってゆく。

デイブが出てゆくときも…メンバーを疑うわけではないが

全員をまとめて引き連れてゆくのもそうゆう事だ。

葉月に何か抜け駆けをするような若者が出ないよう気を配った。

お陰様で、デイブの後輩達にも『レディをいたわる気持ち』は良く浸透していた。

メンテチームのキャプテン達も葉月がロッカーを使うときは気を配ってもらうようにしていた。

そして葉月は、メンテチームがロッカーを夢中になって使っている間か…

タイミングを外せばメンテチームが完全に撤退してから出てくるような念の入れよう。

その葉月が…。思わぬ隙をつかれた!

それがデイブには解った。

(しまった…!せっかくフランク中将に…任されていたのに!)

デイブにとってもかなりの痛手だった。

いつもなら、ドアを蹴り倒して突進したいが…騒ぎにすれば葉月が傷つく。それを恐れた。

「キャプテン!合い鍵なんて…待ってられないよ!」

マイケルがそわそわとじれったそうだった。

「そうっすよ!いくらお嬢が…芸達者でも!つっこもう!」

スミスはメンバーの中でも特に血気が早い…。

「バカヤロウ!騒いで注目されて傷つくのは誰か解って言ってるのか!

たぶん…嬢は今起きていることだって…お前らに見られたくないはずだ!」

デイブの言いきる言葉に…さすがに後輩二人は納得して引き下がった。

「…でも。何が起きているんだろう?男が押し入ってるのかな?本当に??」

デイブの行動で皆がそう思って動き始めたが…

デイブだって『俺の勘違いだった!なーんだお嬢、お前具合悪くて倒れた音だったのかー♪』で…

終わらせたい…。しかし…隼人のあの『相談』があった後だけに…

デイブの直感は…追いつめられた山本の仕業と判断している。

デイブは山本が葉月にだいぶ前から気を持っていた事も知っていた。

しかし、見て見ぬ振りをしてきたのも源中佐と『同意見』

『幹部女性として働くならそこの交わし方も必要な腕』そう思っていた。

しかし…このやり方は女性に対する『暴力』の他何者でもない。

しかも!!

あの可哀想な傷を肩に持ち続けている葉月に…

(あのやろう!!!!)

デイブの頭に…だいぶ血が上ったときだった。

「コリンズ中佐!」

まだ…作業服を着替えていない隼人が血相を変えて出てきた。

「サワムラ!お前なら…中に…」

しかし隼人の耳にはデイブの言葉は届かなかったようだ。

「葉月?」

やはり…言わずとも隼人は…『騒ぎにはしたくない』と解っているようで

まず落ち着いて…扉を『コンコン』とノックをしたのだ。

しかし…『コンコン』と何度叩いても今度は先ほどの大きな音が嘘のように…

女子ロッカールームからは一つも物音が帰ってこない。

葉月がいる気配すらも消えてしまっているようだった。

「いま…合い鍵を若い奴らに取りに行かせてる。ジョイにも中将にも報告は…」

デイブがそう囁くと…

隼人がキッとものすごい目つきでデイブを見つめた。

「そんなの待っていられますか!彼女は…彼女は…」

(どんなに強くても本当は怯える女の子なのに!)

すべてを知らない男達の前ではそこまで口に出来ない…しかし…

隼人のその叫びは…聞かずともデイブには良く解っていた。

「葉月!?おい!!」

隼人がドアノブをとうとう…荒く回しはじめたが…

女子ロッカーからは、何の反応もなくよけい静まり返っているように感じる。

隼人の焦りがもうそこまで…はち切れそうになってた。

『ああ!』

シャワールームの一個室でうめき声が小さく響いた。

足元が中から浮いて…首元を押さえつけられ、もがく姿がそこに…。

「ふふ。久しぶりの獲物。」

額から肩に湿気をすってゆるくウエーブがかかった葉月の栗毛。

その長い髪から冷たく光るガラス玉の瞳。

ピンク色の唇が不適に…冷たい微笑みを刻んだ。

肩紐がちぎれた右肩から天井に向かって白い腕が高々と上げられていた。

「………くそ…!はなせ!」

「ここまでされたら…なにしたっていいよね!」

いつもの落ち着いたしっとりした女性の声ではないように山本は感じた。

まるで…子供が何かを見つけたような幼そうな口調だった。

立場は逆転していた。

山本が本能をむき出しにして押し切ろうとした途端…。

今まで大人しく、それどころか…

動揺して怯えていたかのように見えた、か弱い葉月が…何かはち切れたように、

筋肉はついているが山本より細い白い腕で『ガッ!』と襟首をつかんだのだ。

『往生際が悪い!』

男の力で彼女の細い腕をふりほどこうとしたのだが…

どうしたことか…どこからそんな爆発的な力がその細腕から出るのか!?

しかも。片腕でいいように大の男である山本が宙づりの如く

足もつかないほど葉月に天井に向かって持ち上げられてしまったのだ。

今度は自分の方が動揺していた。

彼女の『武芸達者』は有名だが、その力を封じ込めるために『弱み』を作った。

『弱み』はただの『保険』で満足すれば素直に葉月に手渡すつもりだった。

その軽い気持ち。

目の前の女には…通用しないようだった。

とは、いえ…細腕。ジタバタすれば力つきて地面に落とすだろうと…

山本は暴れたが…。

「往生際悪いよ。おにいさん!」

なんだか…もてあそんでやると言うような悪戯っぽい瞳で

それも余裕げに微笑む葉月に今度は両腕で

木製の壁に逆に押さえつけ大きな音がロッカールームに響き渡った。

制服の詰め襟が首に食い込む。

山本を降ろしはしない訳の分からない『底力』が今度は二倍…首に掛かった。

『殺される』

そう思いたくなるほど葉月は冷たい眼差しで微笑んでいる。

力はどんどん首に食い込んできていた。

「わー…解った!俺が悪かった!」

息も絶え絶え…山本は力を振り絞って胸元に隠したビデオテープを取り出し…

シャワー室のタイルの上に「カツン!」と落とす。

それを素早く葉月が白い足で外に蹴り飛ばした。

ビデオテープはくるくると回りながらドレッサーの方まで滑ってゆく。

葉月がテープに集中力を削ぐと思って落としたのに…

山本の思惑通りには行かず葉月はまだ、手元を緩めてくれなかった。

「あのテープ。もういらないから。」

葉月がポツリと呟く…。

「どうしてだよ!?」

そこで葉月また不適に『フフ…』とピンク色の唇を妙に艶っぽく緩めたのだ。

山本の視界には栗毛の中うつむく白い頬と『フフ』と微笑むピンク色の麗しい唇だけ。

この状況下におかれても…その唇に欲望を抱くほどの美しい形をしている。

しかし…

「!!」

宙づりにされた山本を葉月が見上げた。

うつむいていた葉月が栗毛の中から表した表情は

雌豹のように獲物を捕らえた冷たい眼差し。

唇からは微笑みも消えていた。

その顔。今度こそ…『将軍の娘』の気迫を感じ取った。

「私を誰だと思っているの?」

突然いつもの落ち着いた冷たいご令嬢の声になっている。

「私は…『御園亮介』の娘よ!あんな弱みなんか関係ないわよ!!」

山本を突き刺すような…輝く眼差しを最後に…山本は…

シャワールームの扉を抜けて軽々とドレッサーの方に投げ飛ばされていた!

ドレッサーの前に投げ落とされて山本は腰を押さえて立ち上がろうとしたが…。

シャワールームの扉をガッ!と勢い良く開いた葉月が乱れたスリップ姿で向かってきた。

ふと気づくと、入り口・鉄扉のドアノブを外から誰かが回しているのにも気が付いた。

「ちょ!っと…まった!」

しかし、もう山本には逃げ場はない。

『獲物』を捕らえた雌豹にまた首元を捕まれ、今度は鉄扉に向かって軽々と飛ばされた。

『ガーン!!』

女子ロッカー入り口の鉄扉に何かがぶつかって大きな音が響く。

ドアノブに手をかけていた隼人も、周りを囲んでいたデイブ達も

『うわぁ!』とおののいて一瞬扉から離れる。

「………!!葉月!開けろ!俺だ!!」

誰よりも素早く隼人が、今度は周りに構わず鉄扉を激しく叩いた。

『葉月!おい!!』

『どうゆう事だ!?』

山本は思わぬ理解できない力にすべてが真っ白になりながら鉄扉の元でうずくまった。

身体中に大きな衝撃が走り、暫くは動きをとることも起きあがることもできなかった。

フッと目をうっすらと開けると…目の前にはすらっとした白い足。

「…………」

山本が見上げると…彼女は激しく叩かれているドアの方をジッと見つめていた。

『葉月!どうしたんだ!動けないなら声だけでも出してくれ!葉月!』

一生懸命助けようと声を張り上げる男の声を

今度は無表情に見つめていたが何処か眼差しは哀しいように山本には見えた。

彼は肩を押さえて力無くやっと…半身を起こす。

「どうした。騎士がお出ましだぜ?開けてやれよ…。」

山本もやっと…自分がやったことが愚かなことと我に返りながら

すべては終わったと覚悟を決めた。

すると…その山本の観念した声を聞いた途端に

葉月の冷たい眼差しがフッと解除されたように彼女は動き出した。