52.初愛

「あ…。忘れていた…鍵…」

まだシャワーがタイルの上で流しっぱなしの音を立てていても…。

「あん…なに…?」

隼人と葉月は肌と肌を重ねて、離れることはなかった。

葉月の吸い付くような…陶器のように白い肌。

隼人は、彼女の肌に頬を埋めながらふとそう思い出した。

誰かが合い鍵を持ってくるはずだったこと。

そう呟いても葉月がひっついて離れようとしないので、隼人も手放し難くて…。

(ああ。もう・どうでもいい…)

葉月の胸の谷間に黒髪を埋める。

「誰も…来ないと…思う…け…ど…」

隼人の愛撫に葉月の息が途切れ途切れに。

葉月の濡れ髪も隼人の頬に張り付く。

ピンク色の唇がそっと…花開くように咲き誇る。

頑なな彼女が、いつになく敏感に隼人の指を熱く濡らしてゆく…。

隼人が指で弾くとまるで感度良く音を出す楽器のように葉月は細い声を出す。

葉月に油まみれの作業着はゆっくり解かれてしまって

隼人はアンダーシャツ一枚になった。

その黒い…汗ばんだ木綿の生地の下をひんやりとした白い手が

なんだか・ためらうように…ゆっくりとくぐってゆく。

『はづき…』

彼女の耳元に口づけて…濡れた髪をいつもはそっとゆっくり撫でるのだが

無性に胸がせき立てられて隼人は葉月の髪を鷲掴みにして自分の胸元に引き寄せた。

細い首に残る…他の男が付けた刻印に隼人は静かに唇を寄せる。

最初はいたわるように、唇で撫でてみる。

『あ…ん』

葉月の甘たるい声。

『んん…。』

隼人が少しずつ、きつく吸い付くと葉月は過剰に反応した。

『いたい…はやとさん』

そういいながらも葉月は隼人の首に抱きついて、黒髪を抱きしめ

隼人の耳元で、今にも消え入りそうなしっとりとした声でうめいて息を弾ませる。

他の男が付けた刻印は、自分が消す。

その男より…より大きく彼女の身体に『印』を残さねば…。

隼人は取り付かれたようにその一カ所に長い時間唇を吸い付ける。

『これで…俺の印』

『うん…もっと…付けて?』

『おねだり』をするような小さな女の子にそんな可愛らしくいわれては…

『はぁ・・あ!…はや・・とさ・・ん』

隼人は葉月を立たせて奥の壁に押さえつけた。

彼女の白い背中に、お気に入りの長い栗毛が揺れる。

それを眺めて背中から抱きつく。

腕で葉月の細いウエストを抱きしめて…荒れ狂うように…

隼人は『本能』を開いて葉月の背中に頬を埋める。

彼女の…手のひらに収まってしまうような、

柔らかくふっくらとした白い胸に五本の指を食い込ませる。

葉月の首筋、腕にも…白い胸。そして背中を降りて白いヒップに腿の内側にも。

隼人は葉月の希望通り、くまなく口づけてそれぞれに

痛々しくなるほどの後をくっきりと残す。

そして…葉月の身体に黒い油の筋が張り巡らされる道のように走る。

そこまで膝を落として愛撫を繰り返し…隼人は立ち上がり、

再び、葉月を背中から抱きしめて壁に押さえつける。

彼女と一体になった途端に…

「いやぁ…だめ…!!」

何がイヤかは、もう尋ねる気はなかった。

隼人は、髪を振り乱して腕の中もがく葉月の『誉め言葉』と取ることにした。

どこか…いつもガラス一枚の『理性』をお互いの肌に挟んでいた。

徐々に解放されるお互いの『本能』。保ち続けた『強い理性』がかすれてゆく。

隼人の堅い腕の戒めに葉月はもがきはするが解くこともない、抵抗することもない。

「葉月…お前でも…こんな事出来るんだ…」

「いわないで…!」

淫らに扱う隼人に葉月が頬をピンク色に染めてうつむく。

『恥じらい』が、いじらしいあまりに隼人は虐めるように葉月を腕で固めて

壁に押さえつけて…思うままに愛し続ける。

『はぁ…あ…あ!あん!』

隼人の愛そうとするリズムに葉月があわせるように声を放つ。

今まで葉月は、ベッドの上でも唇を噛みしめて

激しい声を出すことはなかったのに…。

壁に押さえられ、逃げ場がなくて白い小さな手を握りしめて壁に頬を押さえつける葉月。

時々栗毛を揺らしながら『いや・いや』と呟きながら首を振る。

冷たい無感情の令嬢を、熱い…淫らな女に変えてゆく『優越感』が

男である隼人の中を駆けめぐった。

『ほら…いっぱい付いたよ?俺の印…』

後ろから葉月の耳元に囁き…そっと、うつむく葉月の顔を覗く。

茶色の愛らしい瞳には、今にもこぼれそうなほどの涙を浮かべていた。

それが…今まで以上に彼女の気が高ぶっていると知って…

その瞳でジッと熱っぽく見つめられて…

今にも、とろけそうな葉月のピンク色の唇。

白い肌がそっと桜色に染まる。

隼人の印を浮き上がらせる。

『葉月…!!』

最後の力をありったけ…葉月の身体に注ぎ込んだ。

葉月のその時の反応はもう・関係なくなっていたが…

男の力を振り絞りながら隼人は初めて思った。

理性をなくすほど、この女をひどく愛しているのだと…。

『コリンズ中佐!!』

観念した山本を黒人のスミスが腕をねじ上げて『連行』しようとしていると…。

リュウと一緒にジョイが血相を変えてやっと駆けつけてきた。

「お嬢は!?」

山本の姿など目にも入らないらしくジョイはデイブに詰め寄って

すぐに女子ロッカーの扉を開けようとした。

その後ろ襟首をデイブはつかむ。

「今。サワムラが付いている。大丈夫だろう…。」

「でも!お嬢は!!」

『トラウマに触れられて、誰にも手が着けられない姿になっているはず!!』

ジョイはそう思い。付き合って日が浅い隼人では驚くだけでどうにも出来ないに違いない!!

そう…叫びたかったが、部外者がいるここでは言えなかった。

すると…ジョイの目の前でトラウマ事情を知るデイブがそっとうつむいてため息をついた。

「そう思って…ジョイを呼んだんだが。今・サワムラが嬢ちゃんを殴った音が聞こえて…」

「殴ったぁ!?」

「ああ。その後、嬢ちゃんのすすり泣く声がした。大丈夫だろう?感情表現があったんだから。

サワムラが『へこたれるな。男に負ける気か、じゃじゃ馬!』って…あれすごいな。俺には出来ねぇな…。」

「…………」

大人のデイブが既に落ち着いていたので…ジョイもやっと冷静に心を落ち着ける。

『そうか…。お嬢…良かったね…』

ジョイは心でそう呟いて…静かな扉を見つめてそっと微笑む。

『弟の俺の役目…今度こそ終わりかな?』

それにしても…とジョイは後ろを振り返った。

スミスの黒く太い腕にねじ込まれている山本。

観念しているからか彼は頬にいくつかのあざを残してぐったりうつむいていた。

「ジョイ!!」

デイブが気が付いたときには…

内勤族の細身のジョイが思いっきり山本の腹部に膝蹴りを入れていた。

スミスが『おっと…』と多少よろめくほどだったが…。

「コリンズ中佐。こいつ…とりあえず、『おじさん』の所に連れていくよ。

よけいな騒ぎにしたくないからね!ロイ兄に先にいうとマジギレするよ。まずはおじさんに決断を…。」

「そうおもって…『おっさん』には待機してもらうようフランシスを送ったよ。」

お互いの葉月を気遣う意志が一致していたようで

ジョイはデイブの手際に感謝をして…

『スミス!連れてきて!』

ジョイはデイブを連れて山本を速やかに連行。

山本も抵抗はしなかった。

デイブが歩き出すとやっと、合い鍵を取りに行かせた後輩が慌てて到着。

『おそい!もう・一件落着したから返してこい!』

せっかく慌てて取りに行ってくれたところをすぐに追い返した。

「リュウ、マイケル。奴らが帰ってきたらランチに連れていってやってくれ。

今日は俺のおごりだ。平井。メンテチームに何もなかったと言って

ハリスには安心するように報告してくれ。」

デイブはマイケルに人数分が食事が出来るチケットを渡して

平井をもう一度、男子ロッカーに向かわせた。

マイケルもやっと安心したように微笑んで『ラッキー♪』といつもの調子に戻る。

リュウはそんな後輩に苦笑い。「任せてキャプテン」と第三番目の落ち着きで答える。

平井もそっと微笑んで『はい。』と男子ロッカーに戻っていった。

ジョイとデイブは一緒に女子ロッカーを振り返る。

何をしているかなんて『無粋な予想』だった。

しかし…二人の金髪同志の男はにっこり微笑みを浮かべ…

「さて。少佐。覚悟してよ。せっかくお嬢が仕事でも権力使わずに

なんとか上手くやったのに。こんな事なら最初から痛い目にあわせるべきだったよ。

言っておくけど…。細川のおじさんは手ぬるくないよ。知らないよ。俺!」

いつもの生意気口調で、先頭を堂々と歩き出した若いジョイを見て…

デイブとスミスはそっと笑いをこぼした。

『終わったの?』

そんな囁きが耳に届いて隼人は彷彿とした気持ちから

元の現実に目覚める。

「終わったの?って。葉月は?」

背中から力無い腕で葉月を抱きしめた。

「…………」

葉月はどうゆう質問か解っているようでまた…恥ずかしそうにうつむいていた。

解っている…。葉月に最後まで付き合ってもらうにはまだ…

彼女の身体も未熟だし、隼人も力量不足と言うことは…。

「いいよ無理に合わせなくても女性はそうゆうもんだよ。これから目標にする。」

息を弾ませながら隼人は…

さらに恥ずかしそうにうつむいた葉月の…胸の上にかかる

濡れた栗毛を葉月の肩越しから見下ろして指に巻いた。

葉月の白い乳房に自分の口づけが『小魚』のようにいくつか泳いでいるよう…。

黒い油がその小魚たちが泳いだ軌跡のように筋を描いていた。

山本に荒らされたより、葉月の身体はかなり隼人の手によって荒れていたが

すべては葉月の希望と隼人自身の意志。

二人が一緒に作り上げた跡がそこに残っている。

隼人も満足、気が済んだ。彼女は?

「私…。」

「なに?」

うつむく葉月の耳たぶにそっと唇を寄せる。

栗毛を撫でて…指で巻いた髪を口元に運んで葉月を見下ろした。

「あなたで良かった…。ここで…。こうなったのが…。

イヤな場所にならなくてすんだの。思い出の場所…になるから。

良い方の想い出になるから…明日からもここにこれる…。」

心を閉ざしかけていた彼女がうっとりと…微笑んで隼人の肩にもたれかかってきた。

その笑顔は今までに見たことない満たされた…女性の笑顔だった。

小さな女の子も微笑みも好きだが

何処か色気を携え始めた葉月の優しい微笑み。

隼人はそっと葉月の肩越しをぬって…葉月の顎を上げて口づけた。

優しい口づけ。

葉月の方から『頂いている』ような気になって

隼人はぐっしょりと濡れた葉月の栗毛ごと…

白い身体をここぞとばかりに自分の腕に押し込めた。

「安心した。せっかく葉月とここまでお互いで築き上げたのに…

またお前が何処か遠くの女の子になってしまうかと…」

「連れ戻してくれたじゃない…。隼人さん」

もう一度微笑んでくれた葉月を隼人はもう一度抱きしめた。

その後。隼人は葉月をドレッサーが並ぶような洗面台に連れて、椅子の上に座らせた。

隼人は濡れてしまった黒いアンダーシャツを脱ぎながら…

赤い作業ズボンをはく。

「制服。早く着ろよ。今日はもう帰りな。」

何処か元気がないような葉月はゆっくりと籠からショーツを出して

白い長い足に通していたが…隼人の一言に驚いて動きを止めた。

「どうして?」

「訓練に管理業務に甥っ子の心配。男の中でこんな目にあって

冷静に仕事をしろって方がどうかしているよ。たまにはゆっくり休めよ。

側近の俺もいるし、ジョイもいる山中の兄さんも…。頼ってくれても良いんじゃないの?」

シャワールームで隼人は濡れたシャツの水分を絞り出しながら…

葉月に背を向けてそう勧める。

「でも…ミーティング…おじ様が…」

細川のことを葉月が初めて親類のように呼んだ。

「おじ様も解っているさ。」

「父様には言わないでって…言わなくちゃ…。

こんな事聞いたら…父様も母様もまたビックリするし…私…。」

被害を被った本人のクセして…娘姉妹が傷つけられた親の心境を心配する。

先ほどあれだけ…幼児返りをしたように『パパ』とか言っていたくせに…。

そんな葉月がいじらしく感じる。だから…よけいに…。

まだ裸でいる葉月の足元によって隼人はひざまずく。

葉月の栗毛を撫でながら、隼人は彼女のうつむく顔を見上げた。

「そう思うなら…俺が細川中将にそういうから。

それでも怒り散らすおじ様だったら…俺真っ向から抗議するよ?

御園中佐は今日は『激しい訓練後、急な貧血で早退』。解った??」

隼人の兄のような言い聞かせに葉月はやっとコクリと頷いた。

そこを狙って隼人はもう一声。

「本部にも寄らずに…ここからすぐに車で帰れるね?」

本部に戻ると『やっぱり仕事する』と無理をきかそうとすると思ったのだ。

「キーがないから…」

「じゃぁ。タクシーで帰ればいい。俺が拾って上げる。

車はオレが乗って帰ってくるから?いいね?」

葉月は隼人の頼もしい言葉にすっかり飲み込まれたのか

いつも以上に素直にコクリと頷いた。

「ほら。早く着替えな。」

隼人が微笑むと葉月はやっとのろのろと下着を身につけ始めた。

隼人も葉月のバスタオルを拝借して濡れた黒髪をごしごし拭いて

葉月がカッターシャツを羽織るのを眺める。

いつもキビキビしている彼女が気力抜けしたのか、じれったいぐらいに

ゆっくりとけだるそうにボタンをかけるのに多少苛立つ。

やっとタイトスカートを足に通してホックをかけた。

「何しているんだよ。まったく…」

男子禁制の女子ロッカー…。

今になって我に返った隼人は早く葉月とここを出たい気持ちで焦り始めていたのだ。

だから、洗面台に用意されている葉月の上着を手にして肩に羽織らそうとしたが…

慌てていたのか…上着を裾から逆さに広げてしまった。

すると…彼女の上着から何かがヒラヒラと…隼人の足元に落ちた。

「?」

何かと思って拾い上げようと腰をかがめて…手に取ると

『枯れた葉っぱ』だった。

「あ!それダメ!返して!!」

濡れた髪をとかしていた葉月がやっと気が付いて立ち上がり隼人に食らいついてきた。

『あ…あのときの!?』

フランスのある夕暮れ…。

ロベルトとの別れ話を哀しそうに話してくれた葉月が

『私ってこんな感じ…』といってヒラヒラと落として…

その地面に落ちた葉を『そんな風に自分を例えるなよ』と言って

隼人が拾い上げて葉月に握らせた物だった。

葉月はその後『新しいお守り』とか言って訓練の時に見せてくれたが。

(まだ…持っていたのかよ!)

驚きだった…。葉月がそんな『乙女心』を奥深くに隠し持っていたことが…。

葉はあんなに青々としていたのに…水分を失ってすっかりカラカラになり茶色に変色していた。

でも…葉月は毎日着る制服にそっと忍ばせていたようだった。

「返して…!」

葉月が恥ずかしそうに自分より背の高い隼人に手を伸ばすが…。

「なんだよ。こんなモン。」

隼人はその枯れ葉を微塵もなく握りつぶした。

水分がない枯れ葉は、弾力がないので隼人の拳の中で『クシュッ』と砕けた。

「…………」

その時の葉月の哀しそうな顔。

「コレは…葉月が日本に帰ったら別れそうな恋人とまた上手くいくように…。

そう思って握らせた物だよ。こんな物もういらないだろ??」

でも…葉月にとっては何か大切な物だったようで…

隼人もその気持ちは嬉しいが、葉月はさらに泣きそうな顔でうつむいてしまった。

「俺が…いるだろう??」

「……そうね…そうよね…。」

葉月は微笑んではくれたが…納得していないようだった。

隼人はため息をついて葉月に急いで荷物をまとめさせる。

『俺も制服に着替えてくるから、男子ロッカーの前で待っていろよ。』

隼人は外を覗いて誰もいないことを確認。

ロッカールームの周りは昼休みのせいかだいぶ静まり返り誰もいる気配がなかった。

『ロベルトも先に行ったようだな…』

皆が気を利かせてそっとしておいてくれたことにまたため息。

葉月がバッグを肩に掛けたのを目にして彼女とは一緒に出ずに外に出る。

葉月は隼人が先に出たのを確かめて…。

彼が目にすることなかったビデオテープをそっと拾ってバッグにしまう。

隼人に引き裂かれたスリップドレスを探した。

入り口近くに無惨な姿になったドレスを発見。

それをそっと拾い上げた。

フランスで黒猫の兄が贈ってくれた…あのスリップドレス。

最近の一番のお気に入りだったのに…。

葉月はゴミに捨てても良いような切れ端になったドレスに、また・ため息。

でも…

『ゴメンね。おにいちゃま。もしかしたら…私…見つけたのかも。外の世界に…』

葉月はため息をつきつつも…何処か満たされた気持ちを胸に

そのシルクのドレスをバッグに丸めてしまい込んだ。

葉月はロッカーを出る前にそっと…後ろを振り返る。

『初愛』

それを隼人からも自分からも感じたような気がしたのだ。

『愛している』

その言葉が今にも唇からこぼれ落ちそうだと…。