43.第六感計画

 

 店内が落ち着きを見せた頃……。

 マリアと達也が寄り添っている姿をみて葉月は呟いた。

 

「今夜、約束していたんでしょう? 今からでもいってらっしゃい……」

笑顔で勧めた葉月に、寄り添っていた元夫妻が揃って驚いた顔をした。

「そうだ、行って来いよ」

隼人も笑顔で勧めた。

 

「……あの、ハヅキ……いえ、大佐」

「お礼なんていわないでよ。私が我慢できないほど言いたいことあってここに来ただけ」

葉月はいつもの淡々とした調子でマリアに言い返していた。

「達也、彼女を頼んだわよ」

「あ、ああ……行こうか。マリア」

達也が脱力しているマリアをそっといたわるようにして、店の入り口に向かった。

 

「……後は彼がなんとかするでしょう」

マイクもホッとしたように二人の背中を見送っていた。

 

「──さて」

葉月が急に気合いを入れたように、鼻息をついて腕を組んだ。

「そこの工学科二名」

葉月の凛としたお達しに、工学科の男二人はビクッと身を固めてしまった。

「納得できないことは百も承知よ。これから、ちょっと私の話を聞いて欲しいのだけど」

脱力していたのはマリアだけでない。

達也に精神的に決定的に蹴落とされたマーティンもまたグッタリしていた。

「なんでしょうか?」

その彼の代わりに、しっかり答えたのは

葉月に叩きのめされ、隼人に殴られたブルースだった。

彼の眼差しはまだ、死んでいなかった。

葉月が彼の肩章を確かめると、マリアと一緒で『大尉』

勤務後で名札をつけていなかったのでアンダーネームは確認できない。

「ブルース。あなた、アンダーネームは?」

「クレイトンです。大佐──」

「クレイトン大尉ね」

眼差しは死んではいないが、もう、反抗的ではなくなっていた。

 

「澤村中佐」

「イエッサー」

「問題の計画書を持っているでしょう?」

「はい、ジャッジ中佐の車の中に置いてきた荷物に……」

「取ってきてくれる?」

「……イエッサー」

「ジャッジ中佐」

「イエッサー」

「ここの席で、一度、腹割って話したいことがあるのよね? お付き合い頂ける?」

「勿論です。お席を整えましょうか?」

「お願い」

葉月が指示を出すと、中佐二人は黙って動き始める。

葉月は椅子の向きをテーブルの方に直して

もう一度、丸テーブルに腰をかけた。

「私が今夜はご馳走させていただきます。遠慮なく──」

マーティンはずっと同じ席に座っていたが、立っていたブルースが

葉月の向かい、マーティンの隣に腰をかけた。

先程までマリアが座っていた位置になる。

 

程なくして、マイクがカウンターに注文をして戻ってくる。

マイクは椅子をひとつ余分に空いている席から借りてきて葉月の横に腰をかけた。

隼人も、マイクからキーを借りて荷物を持ってきた。

そこからマリアの計画書を出して、葉月の前にスッと差し出す。

 

葉月の手元にあるマリアの計画書に皆の視線が注がれた。

 

「問題の計画書ね……」

葉月は疲れたため息をこぼしつつも……それを開いて話し出す。

「まず──マーティン少佐」

「はい……」

彼が自信なさげに返事をする。

「正直、あなたとクレイトン大尉が先程言っていたように、この計画書は

今の段階では『お話になりません』──」

葉月がキッパリいうと、二人が一緒に顔を上げた。

先程、葉月は『大佐として受けた』と言い張ってブルースと対立したにも関わらず

葉月が『話にならない計画書』と手のひらを返したように言い出したからだ。

「最初……この計画書をみて……澤村中佐はどう感じましたか?」

「大佐と一緒です。彼女にも『話にならない』と突き返しましたが」

「ジャッジ中佐は?」

「同じです。たとえ彼女の言っていた事に利があるとしても、

サワムラ中佐と供にするべき事でなく、彼女の業務とは関係がないと言いました」

二人の中佐が最初は彼等と同じように……『断った』と知って

工学科の二人は益々訳が解らない顔をしていた。

「ジャッジ中佐は、その時、澤村中佐が出した『条件』で指名された中佐として

結局、最後に『サイン』をしたのは何故?」

「そうですね……」

マイクが少し目線を天井に向けて考える。

隼人は『実は葉月とマリアを向き合わせたかった』という事を

どのようにして述べるかハラハラした。

「大佐嬢とブラウン大尉が……同じ女性として何を得るかという

『興味本位』でサインしました」

あっさりとマイクが笑顔で答える。

またもや、工学科の二人は結局『計画書云々以外』で中佐がサインした事に

驚いたようだった。

元を正せば、サインしないはずのマイクがサインをしたから妙な方向へ

このマリアの計画が動いたのだから。

益々──工学科の男二人は怪訝そうな表情を浮かべている。

「澤村中佐は?」

「……大佐と彼女が向き合う必要があると思ったからです」

「大佐は何故、サインされたのですか?」

マイクが最後に今はここで一番の上官である葉月にサラッと聞いて

言わそうとしていた。

「彼女と仕事をしたかったからよ」

 

「では──! 計画書については、

あなた方も私と判断は一緒だったという事じゃないですか!?」

「そうですよ──! 私情だ!」

「黙りなさい!」

葉月の一喝で、散々叩きのめされた二人はサッと黙り込んだ。

「少佐に大尉──。何度も言いますが、推薦をしなければ、

この計画は澤村の目に付くこともなく、澤村はあのような条件を出すこともなく

澤村が条件を出さなければ、ジャッジ中佐の目にも付かなかった。

この中佐達や、ましてやもっと上のブラウン少将の目にまで止まるようになったのは

元々はマーティン少佐、あなたがキッパリ彼女を止めなかったからよ」

「全てが私の責任と大佐は仰るのですか?」

マーティンが納得いかなそうに呟いた。

「いいえ? 最後まで聞いてよ。

私があなたに言いたいのは、そこはキッチリ考え直してと言っているの。

嘘の推薦などするから、予想外に許可された後、大変な目にあったでしょう?」

ここの誰よりも若い娘にもっともらしく説教をされて

まだマーティンは納得いかなそうに眉間に皺を寄せていた。

「そうだよ、マーティン少佐。大佐嬢が言っていることは

君の上司としての姿勢について言っているんだよ。

そこは今回の反省点としてしっかり受け止めるべきだよ」

小娘で納得行かないところは、年上で少佐より上であるマイクが

きっぱりと言い切ってフォローしてくれた。

「それで──その事はもういいとして……。『今後について』ですけど……」

葉月が開いていた計画書のあるページを探す。

「今後──? ですか?」

マーティンが首を傾げた。

 

「そう、今からよ。さっきまでの『わだかまり』については、ここでは忘れて話を聞いて」

「は、はぁ……」

訝しいマーティンを見つめて、葉月はマリアの計画書を

彼とブルースの前に差し出した。

「彼女の計画のうち、澤村が今着手している『訓練見学』の事はもうご存じね?」

「はい。いろいろとメンテナンスチームの見学をされているようですね。

ブラウンからは『小笠原第四中隊所属フライトチーム』の為の参考見学だと聞いておりまして、

サワムラ中佐に計画を提案する前から『もっと幅広い層の隊員を見学するべき』と

計画書に書いてあるとおりに主張しておりました」

マリアは『メンテ員引き抜き』という事は表だっては出していないようで

隼人はホッと胸をなで下ろす。

「実は……澤村中佐が何故、見学を繰り返しているかというと……

私が所属するコリンズフライトチームをサポートする『メンテナンスチーム』を結成するため

『メンテ員の引き抜き』で目当ての隊員を見定めているところなの」

「引き抜き!?」

マーティンとブルースが揃って驚く。

「ええ、そうよ」

葉月としては、そろそろ噂が『本当だった』と広まっても良い段階と決めて

迷わず言っているのだと隼人は思った。

「彼女がこちらの為にと推薦してくれたメンバーの中に、

こちら小笠原でも目の付かなかった隊員を紹介してくれました。

それは参考になると思い、明日から澤村が見学をすることになり、

それには彼女のサポート、つまりアシストが必要なの。

この点でも、彼女のおおざっぱな計画が少しでも役に立っていることは否定できません。

そういう事なので、やはり今は、そちらの工学科にご迷惑はかけますが

彼女をお返しすることは出来ません。宜しいですか──?」

葉月が改めて、マーティンに詳細を説明して伺いを立てていた。

本来なら、上の大佐が『プロジェクト進行のためアシスタントとして借りる』と言い出したなら

極秘のプロジェクトに下の少佐は首を突っ込むことも出来なければ

内容を『告知せよ』とは言い出せないはずなのだ。

だが、葉月が『七光り嬢様で物事を好きに動かす』と

彼等に見下された為、事態の収拾がつかず今夜の騒ぎとなった。

あのまま……ブルースを殴り倒して、マーティンをとことん追いつめて

その後、放っておいても良かったのだろうが……。

その後、マリアがあの教官室へ戻った時に、上司と折り合いが悪いままじゃ

今以上に工学科には居にくくなる。

だから、葉月が今……彼等をどうにか納得させようと、

例外に『プロジェクト』を明かしているのだ……。

隼人はそう感じ取って……

何故──? 大佐という地位まで昇った彼女がこんなに骨を折らねばならないのか?

何故──? こんな下っ端の隊員に『大佐直々にマリアを貸して欲しい』事を

『貸せ!』の一言で納得してもらえないのか……。

そんな口惜しさが生まれた。

だけど、一番良く解っているのは『最年少大佐』の葉月であるのも隼人は解っていた。

彼女は紛れもなく『大佐』であって、大佐の肩章をつけてはいるが……

まだまだ『肩につけられただけ』であって、本当の意味での『大佐』と

皆にまだ認めてもらっていないことを──。

それを今──大佐という権威を取り払って、彼等と『対等』になる事で

認めてもらおうとしているのだ。

そうなれば、隼人も葉月に従って、『小笠原御園大佐室』が

本当の意味で『大佐室』として認めてもらうよう努力しなくてはいけないのだ。

 

「そうでしたか……。そんなに極秘であるなら、

こちらが大佐から知らせていただく事ではない事だったのですね。

大佐側がアシスタントに欲しいと言われたときに、二つ返事で承知するべきでした」

『申し訳ありません』

マーティンがやっといつもの冷静な顔つきになって

少佐の雰囲気を取り戻し始めた。

「そうだ。そういう事なら……やっぱり、彼女の計画は、

ある程度は大佐側の役に立ったかもしれないけど……

『プロジェクトの邪魔』になったかもしれませんね?

私達の段階で、キッパリ彼女を止めるべきでした」

ブルースもやっと落ちついて物事を考えられるようになったらしく、葉月を見つめて素直だ。

「その点はお互いにぶつかり合ったから、もう、よろしいでしょう?

私側にも、あなた達が納得しない『強引』さがあった事はお詫びいたします」

葉月も、工学科の年上の彼等が神妙になった為か、気まずそうに微笑んだ。

「話は続けますが……」

葉月は、マリアの計画書で今……『メンテチーム見学』の隊員推薦が記してあるページから

数枚めくって違うページをマーティンに示した。

「彼女の計画書を見て、私は元より、ジャッジ中佐が『ある程度光る物がある』という

見方をしたのでサインをしたのも一つの理由です」

「そういえば、先程、光る物があるから上官がサポートすると言っておりましたね?」

素直になったブルースが、葉月と言い合っていた際の

彼女の言葉を受け入れたように反応した。

「そうね。彼女のこのおおざっぱな『提案』だと、あまりにも事が大事に聞こえて

上司のマーティン少佐が、『とんでもない事簡単に考える』と思ったでしょうね?」

「仰るとおりです……。フロリダだけでなく、他基地の隊員と接触をして

基地内だけの見聞だけでなく、他の新しい空気にも触れるべき──と。

口では言えますが……そのような事、すぐに実行できるわけでもありませんし……

ましてや、ブラウンはサワムラ中佐と接触がしたいが為の『上手い口実』

私には、そうとしか思えませんでした……。

勿論、それを解っていながら推薦した私の非はここで責められても仕様がないことです」

「ふふ──マーティン少佐? 今、何て言った?」

葉月が神妙に筋道を立てて心底服従したようなマーティンに

ニヤリと意味ありげに微笑む。

「え? はい……責められても仕様がないと……」

「じゃなくて、その前に言った事」

「はい? えっと、ブラウンが口では簡単に言える事、すぐには実行できない事を

『上手い口実』に使ったと……」

すると、葉月は微笑みを消し、真顔でマリアの計画書を

スッとさらに前に、マーティンへ向けて差し出した。

「それ、あなたに実行してもらうわよ」

「え!?」

「──!!」

葉月が何かを『やりだした』

それに気が付き驚いたのは隼人だけじゃなく、マイクも同じ様だった。

「レ、レイ? 言っている意味が解らないな?」

マイクが苦笑いで問いただす。

「この計画書を、明確にしろと言っているのよ」

葉月は何喰わぬ顔で、真剣に答えた。

「明確って……なんだよ?」

隼人も、ハッキリと理解が出来ない──。

だが、葉月には隼人の声は聞こえていないかのように、

ただ真っ直ぐマーティンを見つめているだけ。

「部下のおおざっぱな計画を明確に作り直せと言っているの」

「!?……作り直せとは??」

マーティンは、大佐嬢に妙なことを突きつけられてかなり狼狽えたようだ。

「確かに──ブラウン大尉は、澤村に近づきたいという口実で考えついたかもしれないわ?

でも、彼女、中佐の元で活き活きと仕事をしているわ。

口実だったかもしれないけど、こういう事を思いつくという事は

ある程度は、そんな『願望』があるという事じゃないかしら?」

「つまり、大佐は……他基地の違う隊員同士が向き合って刺激し合うのが良い……

と、思っているという事ですか?」

何に置いてもすっかり落ちついているブルースが静かに葉月に尋ねる。

「そうね、そういう事」

「ですけど……。うちの少佐がこの計画を作り直して

今から何をしろと? まさか……ブラウンと一緒にアシスタントになれとでも?」

「今回のアシスタントは一人で充分よ」

「……さっぱり、解らないのですけど」

ブルースも怪訝そうだった。

勿論、隼人もマイクもだった──。

すると、葉月が一時黙り込んだ。

そして、迷った末と言ったように切り出す。

 

「実は……私。今回の休暇を利用したフロリダ帰省の中に……

ちょっとした『下見』も兼ねていて……」

「下見──?」

男達が口を揃えて首を傾げる。

「……これは私の中ではまだ『検討中』の事なんだけど……」

『やっぱり!』と隼人は背筋が伸びる!

また、じゃじゃ馬が『台風信号』を発し始めたような気がしたのだ!

 

「先日、小笠原にブラウン少将とフォスター特攻隊長が来てくださって……。

その時、フォスター隊長から色々と指導を受けて感じた事が……

丁度、ブラウン大尉が思っている事と同じだったというか……」

「ああ、なるほど?」

マイクが徐々に解りかけてきた様に頷き始める。

「もし? 小笠原にそんな他基地、主にフロリダ本部の隊員……。

そういう隊員と小笠原の隊員が同じ訓練をするとか……講義をしてもらうとか

見学しあうとか……そういう事になったら面白いだろうなと……」

「レイ──!? ちょっと、いいかな??」

マイクが驚いた様にして……隣に座っている葉月に詰め寄った。

「なに?」

「それ……ロイの差し金じゃないだろうね?」

「まさか……私だってマリアさん同様に、『おぼろげ』の段階よ」

「……」

なんだかマイクの顔つきが変わった。

隼人も気になるが……マイクはそれ以上は何も言い出さなくなった。

「ブラウン大尉は、今回、空軍について新しい道を開こうとしているわね?

あなた達は、銃器工学のプロフェッショナルでしょ?」

「そうですが……」

ブルースが、戸惑いながら答える。

「その『銃器科』に置き換えて、ブラウン大尉の計画を作って欲しいの」

「しかし……」

「あなた達、彼女の上司と先輩でしょう?

彼女に一歩先の計画を立てられて後を抜かれるかもしれないわよ?」

「え! それ、どういう意味ですか!」

ブルースはマリアとはある程度対抗心があるらしく

葉月に煽られすぐに反応してきた。

「うーん、これも『私の勘』だけど……。

小笠原連隊長のフランク中将が……そういう大きな計画を立てそうな気がして……」

「また、勘ですか?」

ブルースが呆れたように葉月に向かって顔をしかめた。

「……いや、当たっているかもよ」

隼人はそっと言葉を滑り込ませた。

「うちの大佐嬢は──『まさか、そんな』と思うことを……良く当てる。

それに連隊長とうちの大佐嬢は付き合いが深く……まるで兄妹のように繋がっているし。

連隊長がほのめかさなくても……彼女は通じているような……?」

側近の隼人が『信じにくい事』を真剣に言いきったので、工学科の二人が眉をひそめた。

「ええっと、実はぁー」

黙っていたマイクも迷った末……と言ったように咳払いをして会話に入ってきた。

 

「そういう、『打診』が……俺の秘書室に小笠原連隊長からあったりして……」

「──!! ええ!?」

葉月以外の隼人を含めた男3人が一緒に驚いた。

葉月はと言うと『やっぱりね』と言った落ちついた顔をしているだけ。

「それはまだ……小笠原連隊長も大佐嬢と同じく『検討中』みたいで……

極秘にするという段階でもないけど……『どうだろうか?』という申し出みたいなのはあったね」

「やっぱりね。この前、ブラウン少将が来日してくださった時。

『そういう話』を冗談交じりにしていたけど、兄様の目がどうも本気だったのよね?」

葉月は、腕を組んで深々と息をついた。

葉月の勘……連隊長との『疎通』

それを、隼人は改めて驚いたが、

工学科の二人も納得せざる得ないと言った唖然とした顔をしていた。

 

「少佐に大尉……。ここは大佐嬢に乗ってみたらどうかな?」

マイクが笑顔で彼等に勧める。

「乗ってみるとは?」

ブルースがなんだか怯えたように問い返した。

「ブラウン大尉を見返してやりたいだろう? 男としても。

そして……大佐嬢も見返したいだろう?」

マイクがニヤリと意地悪い笑みを浮かべて、葉月を見下ろした。

だが……葉月は『ふん』といった様子で特に取り合わなかった。

ここは『男の進言』の場であると心得ているかのように──。

「だいたいにして、俺も思ったからね? 自分の『私情』をこじつけた計画書。

これを一直線にサワムラ君の所に押しつけに行っただけでも、たいしたもんだ。

ああいう『お嬢様』の『世間知らず』なところ……俺は正直、呆れたからね?

彼女は昔から整った環境で、なんでも上手く進んできたから解らないんだよ」

マイクのらしからぬ『こきおろし』に隼人は内心驚いたが、

まるで工学科の二人を煽る為の様にも見えた。

「マーティン少佐、君は彼女の上司だろう?

君が計画を作り直せば、立派なのが出来上がるだろう?

それで彼女の上司としての威厳を再提示すればいい──。

それに、俺もそうだけど……大佐嬢も、

そうはおもいながら『許可』した手前の今回の『騒ぎ』……。

大佐嬢が、ここで君達に汚名返上の『チャンス』というかお詫びといった所だと思うよ?

俺でもそう手を打つと思うな?」

マイクがさらに煽ると工学科の二人は顔を見合わせて……まだ戸惑っている。

「それは……ブラウンの計画を横取りすることになりませんか?」

マーティンが恐る恐るマイクを伺う。

「ならないわ。銃器はあなた達が、空工学は彼女が望んでいるとおり計画を立ててもらうわ。

あなた達3人でやるのよ。つまり──私はこの計画を『持って帰りたい』のよ。

帰ったら、今度は私が……小笠原連隊長に推薦するわ」

「いえっ……それは……」

マーティンが『計画』が現実味帯びてきて腰が引いたようだが……

「先程、マーティン少佐は『事が大きすぎてすぐに実行できるわけない』と言っていたわね?

私は未熟者の大佐だけど……それをやるべき、できるべきポジションにいるわ。

あなた達がその気になってくれたら、私は私じゃないと出来ないその先の『開拓』を進める。

だけど──私一人が『開拓』してもどうにもならないのよ。

やっぱり隊員ひとりひとりの『実行』がないと、たとえ連隊長でも大きな事は成し遂げられないわ」

「──!!」

葉月の目が真剣そのもので輝きだした。

そこにいた皆が『これはやる気』……葉月が本気であることを痛感した瞬間だった。

「私、もし連隊長が動き始めたら、小笠原で一番にこの仕事を取りたいの。

私は今、中隊を支える『実績』が欲しいの。任せてくれたら、あなた達にも『実績』がつくんだけど……」

「……」

工学科の二人は絶句していた。

先程まで、取っ組み合いの喧嘩をしていた相手が『仲間になってくれ』と申し入れているのだ。

「しかし……」

まだ二人は迷っている。

葉月も焦れったそうに溜息をついたが、無理強いはしない。

「信じてくれないようね。仕方がないわ……。もう少しこっちの手の内みせるわ」

「手の内──?」

また男達は首を傾げる。

「こうなったら、澤村にも動いてもらうわ」

「え? 俺──?」

「もっと落ちついてから相談しようと思っていたんだけど。

ブラウン大尉に揺さぶられて私……急ぐことになったみたいね」

「それで? 俺には何をしろと?」

「澤村中佐も……『この手の話』、一年前から持っているでしょう?

それをそろそろ現実にしてもらおうかと……」

「一年前から……?」

隼人は『何のことだろう?』と首を傾げて暫く考えたが……

「もしかして!? ジャン……いやジャルジェ少佐のメンテ研修の事?」

そう……隼人のフランス同期生、ジャン=ジャルジェとは

以前から『小笠原への研修』という話で度々盛り上がっていた。

ジャンもいつかは隼人の新しいメンテチームと一緒に争ってみたいと──。

「それも私は『視野』にいれていて、まとめて連隊長に提示するつもりなの」

「──マジかよ!?」

隼人は葉月の先へ先へとゆく『計画』に、まったく驚いて絶句してしまった。

隼人は今、メンテ員引き抜きでいっぱいいっぱいなのに……

葉月は『それが終わったら次はコレ』と着手していた事に──!

そこには、目の前のことでは安心しない……中隊を引っ張っていこうと

全力をみなぎらせている『若大佐』がいた。

誰も……マイクさえもが、急に威厳を醸し出した葉月に言葉を失ったようだった。

だが──、一番最初に落ちついたのも大人のマイク。

「へぇ。面白そうだね。それで? レイ──フランスのメンテナンスチームを動かす事になると

勿論フライトチームも動かすつもりだろう?」

「当然。フランスのフライトチームに来てもらうつもりよ。藤波がくれば面白いわね。

今は任務負傷でリハビリ中だけど、この話を聞いたら、計画がまとまるまでに

康夫は絶対この話に飛びつくわよ。フランス版トップガンを押しのけてもね」

葉月の『思惑』が次々と明確にされてゆき、隼人は益々絶句した。

「なるほど……それだったら、フロリダからもそれに見合う

フライト・メンテチームを派遣しないと『おいしいところ』逃すことになるね」

「なにも優秀なチームを呼びたい訳じゃないの。できれば……『同世代』で──」

「となると……アンディ……いや、プレストン中佐のチームなんかお手頃じゃないか」

マイクが既に葉月に引き込まれているかのようだった。

「ま、そこまで私の知り合いで固めようとは思っていないけど?

フロリダ陣営でそこは選んでもらわないと……。ただし、この計画が発足されたらの話よ。

だけど──小笠原連隊長が動いてくれるような『下地』は必要だわ。

一番に仕事を取るためには、それをいち早く『実行』する事ね」

「ふぅん? それは面白うそうだ」

マイクがついに本気になったようだ。

「それで? レイ……。空軍だけじゃなく、工学科の彼等も誘ったって事は……」

「勿論、教官同士の研修も視野に入れているし、陸部訓練もまとめたいと思っているの」

「全部、四中隊で引き受けるわけ?」

「四中隊でまとめて、小笠原の全六中隊にいろいろなチームをちりばめるつもり。

これなら、他の中隊にも『交流』と『刺激』が行き渡るから」

 

「それ、乗った」

 

マイクがニヤリと、自信たっぷりの笑みを浮かべた。

「いずれにしよ、ロイが何か始めようとしている事は解っているしね。

フロリダの『威勢』を見せつけるには良いチャンスだ」

「あら? こっちはフロリダより小さな基地だけど……? 負けるつもりはないわ」

「フフ……。こっちが『研修』をつけるという形になるんじゃないかな〜?」

「返り討ちに注意してよね」

「ほら……これが『実現』したら、君達置いてかれるよ?

フロリダの第一線の教官として胸張ってみたいだろう?

これは今回、大佐嬢と出逢った『チャンス』だよ?」

 

将軍秘書と大佐嬢が今にも実行しそうな勢いでの会話……。

隼人は額に汗を浮かべて……そして……武者震いを起こした。

「俺も乗った。フランスとフロリダのメンテチームを動かしてみる。

今回、そういう意味でも見学は『無駄じゃない』という事になるし」

隼人も震えそうな声で言い切ったので、工学科の二人は既に硬直していた。

 

だが──

 

「解りました。大佐──。今回は不手際を起こした私ですが……。

その汚名返上をさせていただきます。大佐がフロリダ滞在中に、仕上げます」

「そう! 決まりね──!」

急に男らしい顔つきになったマーティン落ちついた返答に

葉月がパッといつもの笑顔をこぼした。

「ブルース! あなたが少佐のアシスタントだからね?」

葉月は取っ組み合いをした相手の方が変に気が砕けられる様子だ。

「あーあ。大佐の『勘』ね? 解りましたよ。それ、最後まで見届けさせてもらいますよ」

ブルースも変に葉月とは『壁』が取れているかのような雰囲気だった。

「それから……大佐の『勘』は解ったからいいとしても……

俺、やっぱり、ブラウンの『こじつけ』は許せないですね。

ホント、反省はしていますけど、中佐に跳ね返されて泣けばいいと思っていたんです」

「それは男らしくないわね」

葉月がチラリとブルースを見上げた。

ブルースの目の色が変わる……。また燃えたようだが今度は違った。

「だったでしょうね? 大佐からみると。

俺──この話、乗ったからには『お嬢ちゃん大尉』に負けるつもりは全然ないですよ」

マリアより一つ上行く計画を立てる気になったようだった。

「いいねー。男はやっぱりそういう所で女を牽制出来ないとね」

マイクがいつもの穏やかな笑顔に戻ってブルースに微笑んだ。

「ついでにうちのお嬢さんも牽制してほしいよ」

隼人も、疲れたため息をおとしてガックリテーブルに頭を垂らした。

「それは無理でしょ? 中佐。あんなファイティングを挑む女性ですよ?

俺……こんな跳ねっ返りお嬢様を毎日相手にしている中佐に感心しちゃいましたよ」

「……解る? 俺の苦労」

隼人の助けを求めるような眼差しに、マイクがクスッと笑いだし……

何故か、マーティン少佐までもが笑いを堪えていた。

「なんなのよ。みんなして──!」

早速いつもどおりに拗ねた葉月をみて、急に皆が笑い出したのだ。

 

軽い食事とカクテルを挟んで、大まかな考えを工学科の二人が

サッと提示してくれ、マイクが先輩としてアドバイスをする食事になった。

サッとすぐに考えが浮かんだ工学科の二人に……葉月は満足が隠しきれない様子。

『男としては許せないとか散々怒っていたけど──?』

隼人は葉月がいつのまにか彼等の『素質』を見抜いていた事に気が付いた。

 

それもやっぱり……『勘』?なのだろうか……?

葉月の『予定』としては……小笠原の式典……

つまり……コリンズチームが航空ショーのフライトチームに

選抜されるかどうかの式典が終わってから『なるべく早く動かしたい』との心積もりのようだ。

隼人の元にまた新たな『宿題』が転がってきた。

 

でも──そうしなくては『小笠原四中隊』は止まってしまう。

葉月は誰よりも先に先頭を走ろうとしている。

隼人はそれを痛感した……。

それと供に……喧嘩相手の彼等をこうも惹きつけてしまった事にも……。

そんな彼女のする事……やっぱり『誇らしく』思った。

 

栗毛の若大佐は、同世代の工学科の二人とグラスを合わせて

すっかり元のお嬢様に戻っていた……。