10.光る君?

 

 5月に入って小笠原は雨──。

 

 今、葉月は弟分のジョイと一緒にお昼の食事に出かけていた。

まだ左肩は思うように動かないが、肩の釣り包帯を取っても差し支えなくなったところ。

何故だか座っている席は『特等席窓際』

葉月とジョイが来ると若い隊員がサッと食事を切り上げて空けてくれたのだ。

 

 『そんなに気遣わなくても良いのに』

 

 弟分がぽそ……と、こぼした一言に葉月も同感……。

やはり──軍人一家の若いこの二人が揃っているとかなり目立つらしい。

しかも……先月の『昇進辞令』後、かなりの視線が二人に集まった。

知っている親しい者達は、今まで通り親しく声をかけてくれ、お祝いを素直に述べてくれるが……。

そんな視線にジョイもだいぶウンザリしているのは、姉貴分の葉月にも良く解る。

 

 「あー雨が続くね。お嬢、残念だねー、せっかくの隼人兄とのお出かけ。明日の昼の便だろ?」

 そう、5月の連休が明日から始まる。

葉月と隼人は一番に休暇をもらって、明日の昼間の便で横須賀に行く予定になっていた。

真一は一足先に、今日の夕方、鎌倉に行くこととなり

京介叔父が横須賀から連れて帰るとの事だった。

「うん、明日も雨みたいだけど。でも、本島はお天気になるみたいよ?」

いつものクラブハウスサンドウィッチを頬張りながら葉月は素っ気なく答えた。

「そう言うところ、お嬢って冷めていない? もっとウキウキしないの? 彼との旅行」

ジョイはふてくされながら、雫が伝う窓を頬杖尽きながら呆れた目で見つめたのだ。

「別にぃ」

葉月の毎度のお言葉にジョイが再びため息をついた。

「いいな、鎌倉。俺、当分行っていないよ」

ジョイの今日の気分は『ハッシュドビーフ』

サラダを付けたセットをトレイに並べて、なんだかジョイは元気がない。

「私も久し振り。去年、フランス研修から帰ってきて帰省して以来だから」

「ああ、もう、そんなにたつんだね?

ところで、横浜に行くのは解ったけど……鎌倉に行くことは隼人兄には言っているの?」

「ああ、うん──。鎌倉に行く行かないはともかく。

兄様が横須賀基地の空港まで顔出すって言うんだもの」

「マジ!? それって兄ちゃん、結構、本腰なんじゃないの??」

「さぁね? 別にそこまで来なくていいって私言ったし……

だけど──なんだか、隼人さんったら『俺は構わないよ。お兄さんには会っておきたいから』って

結構、あっさり受け入れてくれて私が驚いたんだから。

それを聞いたら、お兄ちゃま、張り切っちゃって。またBMWでカッコつけてくるつもりなのよ」

「へぇ! 隼人兄がね!? 隼人兄も結構、本腰来てるじゃない??」

「本腰ってなによ?」

葉月は解っていながら、ただシラっとサンドを頬張るだけ。

だけど──ジョイの言うとおりだった。

右京がこうして『お前の男に会うぞ』と自ら出てくるのは……

あの『達也以来』だった。

しかも達也は愛嬌があるから誰に会うと言っても全然怖じ気づかない性格なのだが

あの控えめな隼人が自ら『会う』と言ってくれたのにはかなり驚いた。

隼人は特に『右京』には一目置いていて、会う時期を計っていたように葉月には感じられた。

それだけ──慎重な男なのだ。

その慎重な彼が、満を持したように『会う』と言うのだから……。

 

 もう一つ──。

確かあれは……和之は本部の端末を総入れ替えに来てくれた時。

──『その女性が……どんな女性であってもどんなに傷ついている女性でも』──

彼の父親がそう言葉にした時……葉月は悟った。

『お父様はうちの事情をもう知っているの!?』

救いはその彼の父親がその時に

──『すぐに捨てるそっぽを向く、すぐに投げ出す……そんな息子になるはずない』──

息子にそう言い含めてくれて……どれだけ葉月の心が安堵したことか。

隼人に捨てられるとか、そんな事でなくて

『うちの事情を知って……お父様が隼人さんを心配し始めたらどうしようかと思ったけど』

そう、こんな手の掛かる娘。

そんな娘に息子が振り回されているなんて……きっと和之は気に病むと思ったのだ。

とても紳士で懐が深い。

そんな彼の素敵な父親にいつまでも黙っているのが心苦しくなって……

あの時……いっその事、早めに自分の事は知ってもらおうと口に出したくなった。

自分の幼少体験を──。

そんな衝動を働かせる所など、息子の隼人に告白した時と同じ現象だった。

話してしまいたくなる……そんな雰囲気、安心感。

やっぱり『父子』だと唸る一夜だった。

 

 その時──

『葉月──親父に横浜行きの事、相談に行ってくる』

彼も何か悟っていたのだろうか?

そう口にしながらも、実は父親に確かめに行ったのだと葉月は解っていた。

何喰わぬ顔で帰ってきた優しい隼人。

だが──葉月は彼が出かけてすぐに、真一が入浴をしている隙に鎌倉に連絡をしたのだ。

 

 『こんばんは、お兄ちゃま?』

『ああ、葉月か。どうした? 何かあったのか?』

葉月の声を聞くなり、心配した優しい声。

それだけ葉月の声に何かを悟ったのだろう……。

『あのね──』

すぐに何て説明していいのか言葉が見つからないのもいつもの事。

『……葉月、腕、大丈夫なのか?』

『う、うん……』

『今日、ロイから聞いた。夕方、お前……ロイに突っかかったんだって?』

そんな報告が事細かく右京の耳にはいるのもいつもの事なので葉月は驚かなかったし

説明しなくても右京が既に把握してくれている……だから、ロイの報告は当たり前で

葉月にとっては無理に語らなくて済むので、逆に『助かる』と言うところなのだ。

『うん──また、ロイ兄様を困らせちゃった』

『別にロイはお前の事、困った奴だなんて一言も言っていないぜ?

むしろ、辛いところに追い込んでしまったと責めていたからな。

そこは俺がフォローしておいたよ。ロイは間違っていないと。

それはお前も解っているだろ?

ああ、ロイがお前に言ったことだけど……深く考えるなよ』

『でも──』

『お前な、近い内にこっちに来れないのか? 俺と一緒に食事しよう』

『うん──お兄ちゃまにも、ずっと会っていない』

『だろ? いい店見つけたんだ。二人だけで行こう』

『うん』

『お前も冷たくなったからなぁ。鎌倉に半年以上も顔見せないなんて

澤村とか言う男はよっぽどの男なんだな』

『……いろいろ知っているクセに。お兄ちゃま達はなんでも知っているクセに……』

隼人という男については、どんな人間か右京の耳にも散々情報は届いているはずなのに……

従兄はそういって何も知らない振りばかりする。

だから──右京もそっと黙り込んだが、葉月には彼が電話口でそっと微笑んでいるのが解った。

『まぁな──。そうだが……会ってみないとやっぱりね……。

ロイは当然知っているし……ジュンも、見届けているだろ? 俺だけまだ見たことがない』

『…………今度、横浜に行くの。その時、彼がその気になったら……』

『そうか……』

従兄は特に反対はしなかった。

『その後──純兄様は?』

『いや? 連絡はない』

『そう──』

本当にそうなのだろうか? と、葉月は思った。

なんと言っても任務前、純一が右京に預けていた『指輪』を持っていたぐらい。

その気になれば、いつだって会っていて、任務中の報告だってきっと知っていると葉月は思っている。

『今日、澤村のお父様が来ているの』

『ああ、本部の端末入れ替えを強引に進めてくれたんだって?

あのロイがたじろいでいたけど、いずれ考えていたことだから丁度良かったってさ。

良いお父さんじゃないか……』

『……そのお父様なんだけど』

『なにか?』

『……京介叔父様と親しいみたいだけど……うちの事、もう、お話したの?』

その葉月の質問に右京の息づかいが止まったように葉月には感じた。

『なにか……言われたのか?』

途端に声が強ばっていて、警戒をしたようだ。

『べ、べつに……特には。でも、なんだか、たとえ私が何かある女性でも捨てるなって……彼に』

『──!!』

また、従兄の電話口の雰囲気が固まったのを葉月は感じる。

『親父に確かめてはおくけれど……親父はそう簡単には口にしないと思うぞ。

特に──フロリダの伯父さんの許しがなければ独断で口にしない』

『解ってる……だったら……昔から噂でも……?』

『ない! こっちは必死になって隠したんだ。警察だって頼りにならないし

お前……警察の警護が付いていたにも関わらず口封じに襲われかけたのを忘れたのか?

皐月が一番恐れていたのは……』

『やめて!』

『あ、ああ──すまない。噂ときたものだから……』

『ううん……解る。お兄ちゃまが怒るのも……』

『……葉月。おそらくな……頭の良い社長だから、お前に会って何か思い出したのかもな?

噂は当時は多少はあっただろうさ……あの頃、澤村社長は頻繁に出入りしていて

親父も……その隼人君の下宿先の世話や相談に乗っていたのは……

お前がアメリカに引き取られた頃だからな……計算、合っているだろ?』

そう言われて、葉月も急にハッとした。

そう──葉月が姉と死に別れてアメリカに行った頃と……一致していた。

『この前──親父とそんな話したから……もしかするとそうかもな……噂は大丈夫だろ?

噂になっても……毅然としていれば良いんだ。俺達は何も悪いことはしていない』

『う、うん──』

こうして従兄が色々と話を聞いてくれて大人の言葉で気持ちを抑えてくれる事。

葉月にとっては一番の頼り。

これに似ているのだ。隼人は……。

部外者で初めての感触を葉月は感じているのだ。

『ああ、さっきな。真一にメール出した。連休の予定のメール。

週末だからお前の所に来てチェックすると思って……

瑠花と薫がたまには旦那抜きで兄妹、子供連れで出かけないか?って誘ってくれたんで。

俺がいると義弟達も気遣うだろうからいつも遠慮しているから、気遣ってくれたんだな。

子供連れと来たら、俺はやっぱ真一だろ? ディズニーランドに行こうってさ』

右京が上手に話を切り替えようとしてくれた。

『そう……今、お風呂に入っているわよ。シンちゃん、喜ぶわよ!

徹君と美音ちゃんといると急にお兄ちゃんになるもの。

じゃぁ、シンちゃんがチェックするまで黙っておくね』

『残念だな、お前も一緒にって妹たちは言っているんだけど……』

『うん──時間があったら鎌倉に顔出すから……

それにパパから指輪……返してもらったの。また、お兄ちゃまに管理してもらいたいし──』

 

『葉月ちゃーん!』

バスからいつもの甘える声が聞こえてきた。

その声が聞こえたのか右京が『クスリ』とこぼした。

 

『はは。お前の前では、まだまだみたいだな。

ま、お前も真一とジョイの前では急にお姉ちゃんだもんな』

『なによ。これでも私、中隊長……あ! そうよ!! 大佐になったんだから!

誰かさん達の企みにまんまとやられたわよ』

『沢山の補佐付きチビ大佐だけどな』

『ええ、そうよ! その通りよ!』

葉月がムキになると右京はケラケラと笑って、『また近い内に』と早々に電話を切った。

 

 その後、メールが頻繁に来るようになって……

返事を打ち込む姿を気にしている隼人に……

『お兄ちゃまが……会いたいって言っているんだけど、無理には言わないって』

それとなく──従兄の希望を伝えてみると……。

『ああ、いいよ。俺は構わない。お兄さんには会っておきたいからね』

余裕の返事が返ってきて驚き。

それでメールに『彼が会うと言ってます』と送信してみると。

『だったら、横須賀に着くときに顔を見せる』との返事が返ってきた。

 

 (いよいよなんだわぁ)

 

 葉月は紅茶を入れたカップをティースプーンでかき回しながら

ジョイと同じく雨模様の滑走路を眺めた。

「俺も連休に鎌倉行ってみようかな? 大丈夫かな? お嬢とは一緒にならないけど」

「ああ。大丈夫よ。叔父様も兄様もジョイが久し振りに顔見せたら喜ぶわよ」

「そうだね。久し振りにお寺とか廻って気分転換しようかな?」

元気のなかったジョイがいつもの明るい笑顔をこぼした。

「アメリカの実家には帰らないの?」

元気がないのはそう言う事もあるのじゃないかと葉月は聞いてみる。

「あー。ちょっと、やばいというか」

「やばい?って??」

「うーん。まぁ、長男にはいろいろあってね。というか一人息子にはうるさいマミーが付き物なの」

「ふーん。早く、恋人作りなさいよ。そうしたらオリビアおば様も安心なんじゃないの?」

「あ、そういう事は鋭くて。偉そうに言うね!? お嬢ったら!」

「なによ? ジョイの事思っていっているのよ?」

「俺はね。女は面倒くさいの!」

「ジョイなら可愛い恋人、すぐに出来そうなのに……」

『勿体ない』と葉月が、ため息をこぼすと、そんな姉貴分の心配にジョイも勢いが萎えたようだ。

「ま、その内ね……」

ジョイがまたため息をついて、スプーンを動かし始める。

 

 二人で食事を終えてエレベーターを待っていると……

「大佐、中佐。お疲れ様です♪」

いつもの女の子達が挨拶をしてくれる。

そう、この前、クッキーを二人にくれた新入女性隊員だった。

「お疲れ様」

葉月とジョイも、一緒ににこやかにお返事。

「これ、二人で作ったんですよ。宜しかったら召し上がって下さい。

昇進のお祝いには粗末なんですけど」

「あ。悪いねー♪ わ。美味しそう! 頂きます!」

二人の女の子が差し出してくれたのは……今度は『パウンドケーキ』のようだった。

ジョイはいつもの如く、愛嬌良く遠慮がない。

葉月は弟分が遠慮なく受け取ったのを見届けて……

「お気遣い有り難う。あとでご馳走になります」

控えめの笑顔で彼女達に笑いかける。

「お付きの中佐さんと是非」

葉月に手紙をくれた彼女がニッコリそう言ってくれた。

もう、知ったのだろう……。

『お付きの中佐が恋人』と──。

そう解っても、葉月を慕って以前と変わらぬ気の使いよう。

(羨ましいわ。あの素直さ)

そう思ってしまった。

 

 

 エレベーターに乗って、ジョイと一緒に連絡通路がある3階で降りる。

「お嬢もあれぐらい素直だと楽になれるんじゃないの〜?」

葉月はドッキリ!

『羨ましい』と思った瞬間を弟分に悟られたと思ったのだ。

恐るべし! 幼なじみ!

「……ジョイこそ。あんな風に慕ってもらっているのに、ちょっと考え方変えて付き合ってみたら?」

「ああいうのは『憧れ』っていってね。現実見ると幻滅しちゃうの。

夢見させてあげるのも、優しさってかな〜」

「生意気!」

葉月も歯がたたなくて悔しがるとジョイは大笑い。

「ってか。お嬢が考え方、変えろよ」

「なによ、今度はなんのお見通しのつもりよ? 『フランクボーイ』!!」

本当にこの弟分は頭が良いだけに無邪気とは言っても時々歯が立たない葉月。

「あ、言ったな。フランクボーイって!

そろそろ、隼人兄にいろいろ素直になっても良いんじゃないの?

言いたくない事も言ってしまえば、色々と親身になってくれると、俺、思うけどな?」

「!!」

葉月は急に硬直!

ホントにこの弟分は葉月の事、良く解っている。

何と相談しなくても、まるで今の恋人との状況丸見え状態なのだ。

それも──葉月が一番戸惑っている部分を『ズバリ』と触れてくるのだから。

「わかってるわよ」

渋々と声をすぼめて唇を尖らす。

「ま。無理が一番禁物だから、少しずつが良いかもね。

お嬢が感じるまま、行きたいままにやっていけば良いんだよ。

お嬢だって、結構頑張っていると思うよ? 仕事も私生活も。

特に私生活ね。以前に比べたら全然進歩に見えるけど。

まだまだ、苦しい所、いっぱいあるんじゃないの?

だから、楽になりたいなら……無理しない範囲でそうして見るのも良いんじゃない?

って……俺は言っているの。

俺はそう思うよ……。兄ちゃん達の思惑なんか気にするなよ」

「ジョイ──」

オチビ同志だけあって、ジョイはこう言うところが寛容なのだ。

兄達のように、ありきたりな大人の高いハードルをちらつかせたりしない。

「ジョイ、好き」

葉月が横からそっと抱きつくと、ジョイはビックリ飛び上がった!

「だ、だ、ダメだろ!! ここ何処だと思っているんだよ!!

そーいう事は、相手が違うジャン! 相手が!!」

「あは! 一本取り♪ 顔真っ赤になってる!」

生意気に畳み込まれかけたお返しに、葉月は大笑い。

「バカ! 何考えているんだよ! 変な目で見られたらどうするんだよ!!」

「噂に……なると思う?」

葉月がしらけた顔でジョイから離れると……ジョイも急に我に返って金髪をかき上げる。

「……なるはずないか。俺達は」

「──でしょ?」

訓練校からいつでも一緒の『リトルレイとフランクボーイ』

それなりの噂がたっても、いつだってすぐに立ち消えてしまう。

『姉弟そのもの』なのだ。

「あーあ。トキメキ与えてくれるいい女いないかな〜? お嬢に抱きつかれてもね〜」

「顔、真っ赤にしたクセに。それより、いつだかの女の子とのデートはどうだったのよ?」

「ダメダメ。ブランド品の話ばっかりだったし」

「ジョイも結構、むつかしくない?」

「…………かな?」

「ジョイも考え方、変えたら?」

「男はそう簡単に変えないの」

「女だってそうよ」

「よっくいうよ、すぐにスカートに戻ったクセに」

葉月はしらけたジョイの青い瞳に見下されて、また、硬直!

「俺に素直に抱きつけて、どうして隼人兄には出来ないの? まったく……」

また、丸見え状態……。

「うるさいわね。放っておいてよ! ジョイとは違うの!」

「あっそ」

 

 そうしてお互いに暫く黙り込んで四中隊棟に繋がる連絡通路を渡る。

外の雨は止みそうにないほど。

そんな外の風景を二人一緒に眺めながら歩く。

 

 連絡通路を渡って四中隊棟に入ると……またジョイが変な話を始めるのだ。

 「でも、お嬢〜。決戦って感じ」

「決戦??」

だがジョイの見透かしたようなにやけた流し目……。

葉月は解らない振りをしながらも……また! 『丸見え状態』にドキドキ!

「お洒落していけよ? 若いだけじゃ勝てない何かがあるかもしれないっしょ?

お嬢はそのまんまで充分男の目を引くけど……気は抜かない方が良いよ〜」

「な、なんの事よ!」

「ロイ兄と、ここ最近その話題で持ちきり!」

葉月はまたビックリ、おののいた。

と、言うか──この弟分がそんな事まで知っているのは

あの見通し鋭い『ロイ従兄からの吹き込み』と解って、見通されたのは、なんだか納得!

「う、うるさいわね……私は私なの!」

「わかんないよ〜? 男って結構甘えたい女に弱いんだよね〜」

ジョイの勝ち誇ったニヤリ笑い……。

「あっそ。だからジョイはオリビアおば様と、ジュディ姉様に弱いわけ?」

葉月も負けずにしらけた視線でやり返す。

ジュディはジョイの姉で葉月達より少しばかり年上、達也と康夫ぐらいの歳。

ジョイを挟んでその下に妹も一人。

ジョイは姉と妹に挟まれた真ん中っ子の長男なのだ。

案の定……

「ちっがうよーー!! マミーと姉貴はただ単に小うるさいから適わないの!

最近はユリアまで俺に生意気なの! 俺が女と疎遠なのはそれも原因かも!!」

「あーなるほど。。 でもジョイがそう感じるのと……隼人さんも一緒だと思うけど?」

隼人が継母を避けるのは、男性特有の鬱陶しがりだと葉月は思いたい。

いや──思うように自分に言い聞かせないといけない。

他の事は考えたくない。

過去の事だとしても、考えるとまたなにやら、感じた事ない訳の解らない気持ちになりかける。

だけど──生意気な弟分が指を一本立てて『チッチ!』とまた勝ち誇り。

「だって、血の繋がりないんでしょ? ロイ兄が言っていたモンね。

『光る君と日の宮』って……」

「…………源氏物語の事? ホントに! アメリカンなの?? 従兄弟揃って!」

「えー。俺、結構、好きだけどね。紫式部。ロイ兄は司馬遼太郎?」

葉月も絶句……。日本人の自分より知っていそうだった。

葉月は純日本人の母に簡単に読める『源氏物語』を十代の頃、読まされた記憶がある。

日の宮は藤壷の宮。

光源氏の父帝が再婚した女性。母に似ている女性。

それで、許されぬ愛を抱えて継母を思い続ける話──を、思い出して葉月はゾッとした。

「その話で行くとお嬢は、紫の上ってところかな〜♪ いいジャン?」

「良くない! しかも紫の上はある意味可哀想よ?

藤壷の宮の姪っ子で、似ているからこれまた源氏の君が側に置いたんだから!

それに……栗毛の紫の上なんて笑い話も良い所よ! それに誰が光る君ですって?」

「しかも、じゃじゃ馬の紫の上に振り回される光る君って、結構すごいね〜♪」

ジョイがそこで大笑い!

葉月はまた口でやられて悔しがるだけ。

「まぁま。お嬢、だからさ……俺が言いたいのはちゃんとお洒落して損ないよーって事。

ロイ兄も言っていたよ? リトルレイが女の子になればこれはなかなか見応えあるんだからって

熟女の継母に負けないって!」

「なーによ。そんな事で勝った負けたって言う方がおかしいわよ!」

葉月がプイッとそっぽを向けるとジョイが横で苦笑い。

「そういう意地っ張りは皐月姉にそっくりだね〜。

姉ちゃんも男には結構意地っ張りだったモンねー。ロイ兄はそこ気に入っちゃたみたいだけどね?

男はそういう女を解きほぐすのも甲斐性なんだってさぁ?

ちょっと、大人な言葉って思ったりして。

でも? 隼人兄もそんな感じのところない? お嬢に関しては」

これまた、葉月はどっきり。

身近な親しい男同士の会話はなかなかどうして?

客観的に見てもらうと、なんだかもの凄い説得力。

ついに降参──リトルレイ。

 

葉月が『はぁ……』と、ため息一つガックリ歩き出すと、ジョイが後ろでクスクス笑うのだ。

「どぉん? 俺のアドバイス。お洒落していけよ!」

「フランクボーイには適いません」

「リトルレイにたまには仕返ししないとね〜♪」

 

『なによ!』

『なんだよ!』

 

二人で廊下を歩きながら顔をつきあわせていると……

 

「相変わらず、仲がよいね? ランチの帰りかい?」

なにやら柔らかいおじ様の声に二人はハッと我に返る。

「あ。大佐──お疲れ様です」

「お疲れ様です。ウィリアム大佐」

四中隊棟の隣棟が五中隊棟。

そこから渡り歩いてカフェに向かう途中なのか、ウィリアム大佐とその側近に出会った。

仕事姿勢を忘れて、幼なじみ同士の素のもみ合いを見られ……

葉月とジョイは揃って苦笑いのご挨拶。

今日のカフェのメニューは何か尋ねられて、二人揃っていつもの品格良い姿勢に正す。

そこで挨拶程度の会話を交わした後……

二人はそっと背筋を伸ばして、ピシッと歩き始めたのだが。

「あはは〜」

「ふふ……」

何故か二人揃って、その姿がおかしくなって一緒に笑いをこぼし始めた。

 

『気を付けて行って来なよ。お嬢』

『うん──兄様にもジョイが来るかもしれないって言っておくね』

 

 

 だけど……二人で昔のままの気兼ねない同世代話……。

たまにはこうして、幼なじみと毎日お食事も悪くないなと思っている葉月だった。

 

 『帰ったら支度しなくちゃ!』

 だけど……ジョイの『お洒落』が妙に引っかかる。

実は──どんな洋服を持っていこうかなんて何にも考えていなかったりする。