11.素直に好き

 

 「えーっと……あ! 歯ブラシセット。。」

風呂上がりのいつものガウン姿、ベッドの側で葉月はお出かけの支度中。

登貴子が送ってくれた旅行バッグをクローゼットから引っぱり出して支度中。

しかも……初めて物を詰め込むバッグ。

さらに──荷物詰めはやり直しの最中……。

何故なら──。

 

 『なんだよ、お前! そんなバッグで行くつもりなのか!?』

 隼人が『風呂はいる』と葉月の部屋に顔を出した時。

『だって、制服で行くんだもの。いいじゃない』

そう、葉月は軍で支給される深緑色の綿バッグに荷物を詰め込んでいたのだ。

それを見た隼人の顔。

『あのな。行き帰りは基地空港を使うから制服だけどな?

お母さんが送ってくれたバッグが沢山眠っているだろ?

こういう時こそ、使ったらどうなんだよ??』

『……』

その上、『どの服を持って行くんだ?』と、聞かれたので。

『これとこれ』

両手に持ってぶら下げると……

『ハァ──』

隼人の大きなため息。

しかも額を手で覆って黒髪をかきあげた。

『この前の水玉ワンピースがいいんじゃないの? それから……ま、いいや、もう──』

それだけ言って出ていった。

 

 『……』

 

 両手から詰め込もうとした服を膝に落とす。

ジーンズとシンプルで単色のカットソー二着。

そして一応女の子らしく、上に羽織る花柄のブラウスを一枚。

『……』

葉月だって解っている。

彼の紳士な父親の住まいに泊まりに行く事。

だけど──『外出でお洒落をする自分』なんて……。

葉月もため息をついて立ち上がってクローゼットを再び開ける。

マルセイユの休暇で母が買ってくれた服を数枚。

もちろん『お揃いのスカーフ付き 水玉ワンピース』も手に取る。

それから……よそのお宅で着ても恥ずかしくないハウスウェアを一枚。

母が送ってくれた一度も使ったことがない旅行バッグを取りだして──

もう一度バッグに詰め直す。

そして……手持ちのバッグをもう一つのクローゼットから……。

葉月のクローゼットはこの八帖部屋に二つもある。

一つは普段用の服に制服類。

もう一つはまさに『お蔵』と言ったところで、バッグの箱も結構積まれているのだ。

だが、葉月は滅多にその『お蔵クローゼット』は開けない。

開けるなら登貴子から荷物が届いて仕分けた後にしまうときぐらいだ。

その『お蔵クローゼット』の中で積まれている箱を一つ開けて……。

それなりに気に入っている小さなバッグを出す。

それにハンカチと化粧ポーチと財布を入れる。

後は洗顔セットと下着と洋服。

最後に思い出した『歯ブラシセット』を洗面所に取りに行こうと部屋を出ようとした時。

 

 「おっと……」

バスローブ姿の隼人が丁度ドアを開けたので、

葉月はいつもの反射神経でサッとよけた。

「支度、終わったのか?」

「うん──あと、少し……」

呆れていた彼と向き合うのが気まずくて、目も合わさずサッとすり抜けるように部屋を出た。

洗面所からトラベル用の歯ブラシセットを見つけて部屋に戻る。

ドアは完全に閉まっていなくて、何かを感じて隙間からそっと覗くと……。

『ふぅ……なんだ。解ってるジャン』

隼人の独り言。

葉月の普段用クローゼットを開けていた。

隼人がクローゼットを開けるのは日常茶飯事。

別に洋服や下着を覗くとかそんな下心ではなくて……。

クローゼットの床にある段になっている籐のかご……

葉月のフェイスタオル棚からタオルを良く取っていくのだ。

風呂上がり、葉月の部屋に来れば隼人はいつもそうして

葉月のお気に入りのタオルを気兼ねなく手にとって

首に巻いて風呂上がりの汗を拭っている。

そのタオルを取った彼が……そう独り言を呟いていたのだ……。

クローゼットのハンガーに掛かる洋服を眺めている。

水玉のワンピースを捜しているのだろう? それがなくなっていて安心しているようだ。

母が目を付けたと言っても色を選んでくれたのは隼人で……

お互いに思い出深い一着だから……。

 

「これなんかも結構似合いそうだけどなぁ──」

掛かっている洋服。

葉月がまだ、隼人の前で着たこともないよそ行きの服。

その中の一枚を手にとって、隼人がため息をついてクローゼットを閉めた。

 

 彼の片手に缶ビール。

葉月はそっとテラスに視線を移す。

いつもテラスで仕事や余暇を楽しんでいる彼のノートパソコンは

今日は電源が落とされて閉じられていた。

明日は出かけるから、今夜は何もするつもりはないらしい──。

 

 隼人はそのまま……葉月の水色のベッドに腰を下ろして缶のプルタブを開ける。

そこで葉月も部屋に入る。

 

 「洋服……変えたんだ」

何喰わぬ顔で隼人がビール缶を傾ける。

葉月も再び旅行バッグの側に座り込んで『うん』と何喰わぬ顔で歯ブラシセットをしまい込む。

「あのさ──フランスに来ていた時は……結構、女の子らしい私服持ってきていたじゃないか?」

同じよそ行きなのに、自分の実家に来る時は何故? ジーンズなんだ? と言いたいのだろう?

「ああ……ミシェールおじ様にご挨拶することもあるかも知れないと思ったから」

「ふーん」

何か含みを感じる反応……。

(……本当は)

葉月はバッグの中の荷物を触りながら、その声を背中で聞いて心で呟く。

そう──フランスに行く時、葉月は『お蔵』から洋服を出して持っていった。

ヴァイオリンも手にしていった。

何故なら……

(だって……お兄ちゃまに逢えるかもしれないと思ったんだもの)

そうなのだ。だから……持っていったのだ。

彼がフランス語入りのプレゼントを良くくれるので住まいはヨーロッパだと葉月は思っていたのだ。

そして──ジーンズの訳はもう一つ。

(だって……きっと綺麗な継母様だもの。お洒落したって意味ない。私は軍人だし)

葉月がスカートを穿いても一番安心するのは『軍制服』

葉月の一番の『武装』

誰にも負けない服装。

だから──

 

「……あのさ。あまり意識するなよ」

隼人の声が頭の上からそっと静かに舞い降りてくる。

「……意識って?」

振り向かずに答えた。

いや──結構動揺していた。内心は──。

意識とは『美しいだろう継母』への意識……『見抜かれている!』

隼人も言い難いのか? それ以上の言葉は続けようとしない……。

 

「意識するとは別の話だけど

……俺の彼女だから、俺の男の格あげて欲しいんだよね?」

「男の格?」

葉月は眉をひそめながら、やっとベッドに座っている彼に振り向く。

彼がなんだか照れくさそうに黒髪を葉月のチェックのタオルで拭き始める。

「そ。こんな女の子が俺の彼女って奴。別にジーンズでも葉月は格好良いと思うけどね?

その──あのワンピース……結構、俺、気に入っているというか……

もう一度、着て欲しいというか……」

しどろもどろの彼。いつもは天の邪鬼、からかいばかりの彼も精一杯なのが伺えた。

「…………あ、そうなの」

そして──素っ気なく答える自分。

こんな時に喜べない自分。

ううん? 本当は心がそっと微笑んでいる。くすぐる程度に。

だけど、うんとくすぐったくならない……。感じないように我慢してしまう。

「だけど、葉月は軍服が一番落ち着くな。でも本島の基地の外で軍服は目立つだろ?

特に──お前、クウォーターだし、雰囲気ちょっと独特だからな

ジロジロ見られるのも嫌だろ?」

「…………」

葉月の変な意地っ張り。

そうして葉月らしく受け止めてくれて、

嫌に思う部分、気にしている部分、葉月の自信が持てない部分……。

それとなく見通して、それもナチュラルに受け止めてそっとほぐしてくれる彼。

だから──

素直に洋服は入れ替えた。

 

 「あのね?」

葉月はそっと彼の隣に腰をかけてみる。

「なに?」

隼人が缶に口を付けて傾けながら見下ろしてくる。

「……好き」

自分でもちょっとぎこちないと思ったが……

ジョイに抱きついたようにそっと横から隼人に抱きついてみた。

すると──

隼人がビール缶を口に付けたまま、面食らった顔。

「あ、驚いてる」

葉月がおどけると……

「なに似合わない事、やっているんだよ」

隼人に栗毛の頭をそっとはたかれて、胸から引き離された。

「やっぱり?」

「そうだろ?ったく──」

隼人が何故か、ふてくされながらシーツを剥いで横になり背を向けてしまった。

葉月も、ちょっとだけふてくされて、最後の支度に取りかかる。

 

 ふと──最後にクローゼットに振り返った。

横になったまま動かなくなった静かな隼人にも振り返る。

さっき隼人がクローゼットを開けて眺めていたあの洋服。

それを──葉月は手にとって、暫く悩んだ末……旅行バッグに入れることにした。

 

 隼人は静かでピクリとも動かない。

飲みかけの缶ビールがベットサイドボードに置かれていた。

葉月もガウンをそっと脱いでいつも通り、スリップ姿で彼の上を横切って寝床に入る。

一息つきながら葉月も心静かに横になると。

隼人が寝返りを打った音。

「なんだよ。さっきの……」

「あ──起きていたの?」

彼の長い腕が上から葉月の身体を取り込む。

そっと隼人の胸に身体が引き寄せられた。

「ああいう事されると、俺──逆に不信抱くんだけど」

「不信? 失礼ね」

葉月がプイッとそっぽを向き、彼の腕の中背を向けようとすると……

無理矢理、向き合わされた。

「本気だったのかよ?」

「…………」

彼の真っ直ぐな黒い瞳に嘘が付けなくて……言葉にしなくても頬が火照ってしまった。

思わず──

「じょ、冗談よ。冗談」

『不信』と言われるならそうしておこうと、葉月はそっとシーツをたぐり寄せて顔を隠した。

『クス……』

そんな隼人のこぼした笑い声。

「冗談だったのかー。あービックリした。本当に」

隼人に笑われながら、シーツも無理矢理剥がされた。

「そ、そうよ!」

「ふーん」

どんなに隠れようとしても、すぐに見つかってしまう隠れんぼのよう。

見透かしたような微笑みで隼人が始終葉月を眺める物だから

余計に身体が火照って葉月は逃げ場がなくて、どうしようかと思っても

もう隼人の囲いの中。隠れようがなくて内心……

ジョイに言われて、ちょっと試したことを後悔していた。

でも──

「俺も冗談だよ……『不信』だなんて……驚いただけさ」

彼の黒い瞳が熱っぽく揺れた。

胸が『とくん……』と高鳴った。

彼の大きな手が、少し伸びた葉月の横髪をなぞるように撫でてくる。

『結構──嬉しかったよ』

そう言って口付けられた。

その後は……いつも通りの『二人だけの時間』

『明日から暫くは……触れないからね』

彼の手が器用に葉月のスリップを脱がしていく。

手慣れた仕草に、熱っぽい口づけに──。

(ううん……いつからこんな人になったのかしら??)

あまりの器用さに時々葉月は驚いてしまう。

こんなに葉月を飼い慣らす男は……

(すっごい遊んでいたのかな? 隼人さん)

近頃、そう思えてしようがない。

(だって──最初のあの……あの……)

ぎこちない手つきで自分を触っていた『奥手な彼』は何処に行ってしまったのだろう??

そんな事を思い巡っているうちに

いつの間にか隼人は裸になっているし、シーツだって全部剥がされて

水色のシーツの上には、あからさまにお互いの裸体が重なっているだけ。

「い、いや……ダメだってば!」

「なにが? ダメ? 言ってくれたらやめる……」

近頃、葉月が許した事ない範囲に隼人が平気で誘導する。

許したことないと言っても……

そんな姿や行為を許す女の自分に嫌悪してしまうから許さないだけで

隼人が嫌な訳じゃない。

「いや……その、そういうこと……されると。明日が嫌」

「明日? 俺と顔合わすのが恥ずかしいとか?」

「……」

なんだか、隼人の対応が任務後変わった気がする。

時々、変に彼がすごい大人に見える。

葉月を子供みたいに……学校の先生のように話す彼がいる。

「今、既に恥ずかしいクセに、明日から恥ずかしいなんておかしいよ

だけど、その恥ずかしいは、俺には見せてくれる最高の……」

「……」

徐々に何も言えなくて、抵抗できなくて……。

「う……あん」

押さえていた声を漏らすと、隼人が満足そうに優しく微笑む。

「はぁ……いや、もう──私……」

だけど、隼人は全然緩めてくれない。許してくれない。

「葉月の『いや』は、誉め言葉かなぁ?」

全然……以前は『嫌』と逃げていれば、躊躇してそこで力を緩めてくれる彼だったのに……

「……うん、誉め言葉」

結局、どこまでもどこまでも……最後には彼の思うがまま……

(だって……もう、すごくいいんだモン……)

彷彿とした眼差しでそっと『降参』すると彼が嬉しそうに笑う。

葉月の降参を見届けて、さらに男に変貌する彼。

以前は嫌だったのに……嫌だったのに……

優しい彼が、急に貪欲な男になっても……

葉月を求めて、求めて……飛び込んでくる彼に妙に胸が締め付けられる自分がいる。

時々、仕事中も彼の横顔を見て……

そして……彼のキーを打つ指を見て

眼鏡を外す仕草を見て……心の奥底では……

どれだけ『ときめいている少女のような自分』がいるかは誰も知らない。

隼人も知らない。

その彼が今、自分の身体に密着して『憧れている横顔』がすぐ側で

切なそうに自分を見つめている。

仕事では的確に動いている指が、今、葉月を巧みに翻弄している……。

後輩達を厳しく動かす凛々しい口元が、熱っぽく葉月を求めている……。

まだ口で言えない自分がいたけど……

彼にこんなに熱く愛される日々がそっと緩やかに自分の身体に染みついてきている。

そして……『私』……。

また、明日……きっと、彼の瞳に眼鏡の横顔。

それを見つめて、誰にも言えなくて、どうして表現したらいいか解らなくて

意地っ張りに素っ気ない態度をとる可愛くない自分がいたりするのだ。

 

『素直になったら〜?』

ジョイが言う事は解っている。

『そういう所は皐月姉ちゃんとそっくりだね〜』

 

『お姉ちゃまも……こんなだったのかな〜??』

最近、そう思えてきた。

だが、姉の思い込んだら一直線、熱烈攻撃は……真似できそうになかった。

姉は意地っ張りではあったが、裏では結構大胆だったという話を聞かされている。

その『熱烈一直線』で、あの純一を振り向かせたのだろう……。

 

「なんか最近、変に可愛くてね」

そっと一時を終えて、隼人の腕の中、頬を寄せていると

短くなった栗毛をかき上げながら呟いた。

「…………」

「おやすみ、葉月」

栗毛の頭に、彼が口づけして、そっと息を整えて眠ろうとしている。

葉月も瞳を閉じた。

なんだか眠れなかった。まだ胸が締め付けられるようにときめいている。

『スースー』

隼人の息づかいが変わった。

眠りに付いたのだろう……。

そう思って、腕の囲いを解いて外に出ようとすると……

『──!!』

隼人の腕に力がこもって、また胸元に引き寄せられた。

だけど……彼は起きない。

(解った……ここにいるから)

葉月は、心でそう呟いてそっと彼の腕を撫でてみた。

彼の寝息は変わらない。彼の腕を撫でているうちに……葉月もいつの間にかまどろんでいた。

──『あのお洋服……いつ着ようかな?』──

 

隼人が手にした服は……シックな大人っぽい黒のワンピース……。

 

 

 『キーーン……』

「うわ、なんだか、涼しい!」

小型の連絡セスナ機を降りた途端に隼人が呟いた一言。

「小笠原は暑いからね」

葉月もちょっと身震い。

 

 二人は昼過ぎ小笠原を出て、今、横須賀の空港にたどり着いたところ。

本島は雨上がりのようで、滑走路は濡れていた。

だけど──

「良かったー。晴れたな。空が真っ青だ」

「……」

隼人が手をかざして空を見上げた。

葉月も、一緒に見上げる。

白い雲がまだ所々早く流れていたが、絶好の青空が広がっていた。

「俺が持つよ」

まだ左肩が痛いことは良く解っている隼人が、当たり前のように荷物を取ってくれる。

隼人の肩には、隼人のスポーツバッグ。

片手には、葉月の旅行バッグ。

葉月は、母が買ってくれたプラダの手持ちバッグを手に提げて

滑走路から二人揃って、警備口に向かう。

そこで下乗の手続きを済ませて横須賀基地内に入る。

「俺、初めてー。横須賀の基地もでっかいなぁ……」

隼人が小笠原同様、綺麗に整っている建物に感心の声。

「朝、携帯にメールが入っていて……。

お兄ちゃまが横浜まで送ってくれるって……駐車場にいると思うわ」

「そう……気を遣わせるね」

その途端に……隼人が無言になった。

葉月も落ち着きなくなってくる。

横須賀基地内は葉月が良く知っているから、葉月の後に隼人がついてくる形。

棟舎の中を歩いて、外に出る。

広い駐車場に出た。

 

 「あら? お兄ちゃま……来ているはずなのに?」

濡れているアスファルト……。

晴れ渡った空。

広い駐車場。

(お兄ちゃまなら、一目で解るはずなのに……)

あの目立つ兄が見あたらないことがおかしい……葉月は辺りを見渡した。

「……予定でも出来たのかな? 携帯に連絡入っていないのか?」

隼人が『ふぅ』と荷物をそっと乾き始めている地面に降ろした。

葉月も、手持ちバッグから携帯を出して確かめてみる。

着信履歴もなければ、メールも入っていないし、留守電メモも件数は増えていない。

「結構、几帳面なのよ。兄様は……時間にも」

「……うーん」

隼人も緊張しているのか、どうしていいのか分からない様子。

 

 すると──

『ピッピー!!』

駐車場の奥からそんなクラクションの音。

 

「あ……」

葉月がそう呟くと、隼人が急に背筋を伸ばす!

見えてきたのはあのお馴染みの『白いBMW』。

しかも……ルーフがオープンにされている。

左ハンドルの運転席から、サングラスをした栗毛の男性が見える。

「え? あれ??」

隼人もそれだけで驚いたのか? 眉をひそめて息を呑んだのが葉月には解った。

葉月も苦笑い。やっぱり、来れば一目で『右京』と解ってしまう登場だ。

 

 『キキッ──!!』

葉月と隼人の目の前、少し離れた差し支えないスペースにその車がサッと綺麗に停車。

『バタン!』

左ハンドルの運転席からおりた男。

茶色のサングラスにサラサラとなびく栗色の髪。

水色のサマーセーターに生成り色のジーンズ。

長袖のセーターは腕半分まで捲っていて、

そこからそれなりに逞しい腕が葉月に向かって手を振った。

颯爽と、ボンネットを回りながら、スラッと背の高い栗毛の男が近づいてくる。

 

「わりい。わりい……ちょっと運転中に携帯に連絡が入ってさ。

道ばたで駐車して話していたら長引いてしまって!」

 

「どうせ、女の子からの電話でしょ?」

葉月は顔を合わせるなり、生意気に口を叩く。

隼人が横で戸惑っているのが解って苦笑い。

 

そんな右京の登場に……隼人が『絶句』している。

それもそうだろう……なんせ、従兄は本当に目立つのだ。

 

 従兄の優雅な雰囲気は相変わらずで……それは葉月も自慢の従兄なのだが……。

「よう! 初めまして。うちのオチビが世話になっていて悪いね」

右京は、まだ隼人の目の前に到着もしていないのに

歩きながら叫んで、片手をサッとあげるのだ。

「お兄ちゃま、砕けすぎ!」

葉月がしかめ面を送ると、従兄は意味もなく満面の微笑み。

全然、葉月が怒っても意味がないこの余裕が『大きいお兄ちゃま』

 

 品があるのかないのか解らないときがある従兄。

そんな従兄の優雅さに気圧されながらも、隣にいる隼人が背筋をピント伸ばして……

濡れたアスファルトを歩いて近づいてくるのを固唾を呑んで葉月も見守る。

 

さて──!

優雅で妙に砕けた従兄と、控えめな彼の対面。

はじまり、はじまり?